マッチョ女子の善逸ちゃん

公式設定のままの身長、体重、体型の先天的女体化した善逸ちゃんの炭善。結婚、妊娠、出産含むので地雷に注意してください。
約113000字/15禁/原作・女体化

ただし雷の呼吸のため後に元に戻る

人の美醜、特に女の子の美醜について言うのは好きじゃない。いや、可愛い子は可愛いし、美人は美人だよ?分かってるよ?芸術的に考えて、やっぱり人の見かけには上下はあると思うよ?
けど俺としてはね、女の子はだいたい綺麗な音してる。たまに雑音混ざることあるけどさぁ、野郎よりはやっぱり音がいいのよ。男女比で考えると男よりやっぱり女の子の方が優しいし。だから女の子って好きだわ。

だからね、男があの子が可愛い可愛くないとか話すの嫌いなんだわ。だいたいそういう話をする時の野郎どもの音もいい音してないし。でもまあしょうがないんだわ。人の外見には優劣があります。残念だけど!

それでもって俺はねー。
附子なんだなーこれが!!

太くて形がへんな眉にそばかす。さらに目の下には青い隈が濃くあり、日本人なのに派手な金髪の残バラ髪しかも鼻が低くて顔つきが地味だから金髪に振り返った人が異人みたいに濃い顔を期待したのに地味じゃんみたいは反応はいつもだ。まあようするに我妻善逸は附子だ。
加えて胸に柔らかさはなく、むしろムキムキで筋肉がついてる。側からみれば金髪の男。冴えない男。だけも悲しいかな、俺は男ではなく生物としては女だ。女って点は股になんにもついてないって点しかない。胸に厚さはあっても柔らかさは皆無!!しかも上背あるからもう男にしか見えない!!

だからね、一見さんじゃ俺を女だって見抜けるやついないのよ。爺ちゃんだって俺とひと月弱暮らしてようやく気がついた次第だからね。なんで気がついたかって?月のものの血の匂いだわ。ちなみに獪岳は気がついてない。あれは絶対に気がついてない。俺、修行中は生傷絶えなかったからね。あの俺に一切の興味を見せないあいつが気がついてるわけがないね!

俺がこんなんだから出会った当初は炭治郎も伊之助も気がついてなかった。藤の家紋の家で仲良く布団並べてて、やっぱり月のものの匂いでようやく気がつく。2人とも心底驚いた顔してたわ!ごめんね!!附子で!!俺だって禰豆子ちゃんまでとは言わないけど、禰豆子ちゃんの10分の1くらい可愛さがあったらよかったと思うわ!!

それくらい、俺は女としては附子なのよ!!女として死んでるのよ!!わぎゃってるわ!!悲しいくらい分かってるよ!!

だけどね、だけどね!!だからってね!附子って言われて傷つかないわけじゃないのよ!?現実を知ってても平気とは違うからね!!

「うっうっうわあああん!!たんじろぉぉぉ!!」
「どうした善逸。そんなに泣くと目が溶けてしまうぞ?」

俺は甘味屋で買い求めた団子の包みを抱きしめながら、よろよろと蝶屋敷の庭で鍛錬している炭治郎に近づいた。伊之助はまだ任務から戻っていないようだ。

「うっうっ、また、また求婚断られたぁあ」
「またか・・・・・・」

炭治郎は呆れたような声を出しつつも、手拭いで俺の顔を拭ってくれる。優しいけど、俺に向ける顔はひどい。これは『人様にまた迷惑をかけたのか・・・・・・』という顔だ。

「それで?今回は男性に求婚したのか?それとも女性に?」
「道に迷ってた俺を助けてくれた男の人。でも、結婚して欲しいって言ったら・・・・・・じょ、女性が好きなので困るって言われたあぁぁ!!」
「まあ、善逸は男物の羽織を着ているしなぁ」

よしよしと肩を抱いて炭治郎は俺を慰めてくれる。言葉は容赦ないけど。でもこうして慰めてくれる炭治郎の音はいつだって優しい。柔らかくて、しっとりとした音だ。

「でも、でも、俺は女ですって言ったら・・・・・・美人が好きなのでって・・・・・・くそおおお!!どうせ俺は附子ですよおおおおいおいおい!!」

オロロロロンと涙がまた出てくる。もう全然だめ。女の子に求婚しても男と勘違いされたままで断られ、男に求婚しても男は困ると断られ。女だっつーのと再度迫れば嘘だろどこが女だ!100歩譲って女でもお断りとくる!もう八方塞がりですよ!!

くすんくすんと泣きながら、縁側に座って買ってきた団子を炭治郎と食べる。炭治郎は落ち込みすぎている俺に心配そうな音をさせている。普段おやつを食べる頃には気分が持ち上がっているのに、今日の俺は沈みっぱなしだからだろう。だって仕方ないだろう。振られたのが通算50回目なのだ。流石の俺だってもうダメだって思うさ。

「ううっ・・・・・・俺がもっと、もうちょっとでも可愛く産まれてたら良かったのに・・・・・・。そしたら女の子は無理でも男と結婚できてたかもしれないのに・・・・・・」

「そもそも同性では結婚できないぞ」

「事実婚でもいいんだよぉぉ・・・・・・」

「そうなのか・・・・・・。ところで善逸は女性も男性もいけるくちなのか?それとも、本当は女性がいいけど、仕方なく結婚のために男性にも求婚しているのか?」

炭治郎の質問に俺はひっくとしゃくりあげると炭治郎の方を見た。炭治郎は真剣な顔をしている。ええと、質問内容はようするに恋愛対象は女になのか男なのか、はたまた両刀なのかということか。うーん、難しいな。

「できれば女の子がいいかなぁ。でも普通の女の子は男が好きだから俺は望みが薄いよね。だから男でもいいかなって思うよ」

「なぜ女性がいいんだ?」

炭治郎、今日はやけに食いついてくるな。なんで女性がいいかか。ちょっと生々しい話になるからできればしたくないけど、炭治郎は身を乗り出して聞いてきてるしこれは言わないと引かないかな。

「まぐわっても、子供ができないから」

俺がそう言うと、炭治郎は驚いた顔をした。まあそりゃそうだろう。女がこんな下品な話するもんじゃないし、女が子供を欲しくないなんて大家族で育った長男の炭治郎には理解できないだろう。

「・・・・・・善逸は子供が欲しくないのか?子供が嫌いな風には見えないが・・・・・・」

「子供は好きだよ?可愛いし、見ると幸せになってほしいなぁって思うよ」

「じゃあ、なんで子供を作りたくないんだ?」

「だって育てられないじゃん。子供を身篭って鬼を斬れないだろ。まあ!俺は弱いから子供が腹にいてもいなくても斬れないけどさ!!」

鬼の恐怖を思い出して俺は身を震わせる。一昨日も行ってきたのよ任務に。しかも単独のやつ!!本当にやめてほしい!なんでかまた気がついたら鬼が死んでたし、怖いから!!

「善逸。女性隊士が子供を身篭った場合は生まれるまでの十月十日と、産まれてからの1年半は休養が取れると規則にあるぞ」

炭治郎はすらりとそう言った。その言葉に今度は俺がびっくりする。なにそれ知らない。

「ええ?そうなの?てか炭治郎はなんで知ってるの??」
「しのぶさんに聞いたんだ。女性が身篭った場合、任務はどうなるのかと思って」
「え?自分から聞いたの?なんでまた・・・・・・」

何かの話の流れでしのぶさんの口から出たのではなく、炭治郎が知りたいからしのぶさんに質問したってことだろう。なんで男の炭治郎がそんなこと知りたいって思うのさ。俺は素直にそう思ったけど、その理由はすぐに知れた。炭治郎の顔が赤くて、そして心臓の音がドクドクと強くうっている。

「・・・・・・避妊も確実ではないだろう?もし、好きな女性を孕ませてしまったらと思ってな。もちろん責任は取るが鬼殺隊士としての任務は俺にはどうにもできないからな」

「え?やっぱり好きな子いるの?しかも鬼殺隊士なの?上手くいきそうなのか?」

「あっ!いや、その・・・・・・まあ・・・・・・今のところ脈は・・・・・・あるんだかないんだか・・・・・・あるんだか・・・・・・」

炭治郎は?を赤らめると珍しく歯切れ悪くそう言った。俺はこの人たらしかつ初恋泥棒である炭治郎が特定の誰かを好きになるとはと純粋に驚き、そしてそれは素晴らしいことだと思った。

だって炭治郎は本当にいい奴だ。鬼になった妹の禰豆子ちゃんを人間に戻すために命を懸けて戦っている。辛い訓練にも、鬼にも怯まずに鬼に慈悲の剣を振るう。炭治郎の剣に屠られた鬼はほんの少し音が変わるんだ。それはほんの少しだけ禰豆子ちゃんの音に似る。きっと炭治郎の優しさに鬼は安らぎを感じるのかもしれない。
鬼にだって優しい炭治郎は人間にだって優しい。蝶屋敷はもちろん、あちこちの任務で訪れた町で娘さんたちを恋に落としているし、女性隊士の中にも炭治郎に想いを寄せる人が多い。藤の家紋の屋敷に年頃の娘さんなんていたら、手紙を送られることもしばしばだ。

そんなとっても頑張っている炭治郎に好きな人。炭治郎が好きになる人ってどんな人だろうか。絶対に可愛くて気立てがよくて、鬼にも怯まず立ち向かえる強い子なんだろう。・・・・・・該当者が少ないな。鬼殺隊士にそもそも女の子って少ないし。年齢を考えるとカナヲちゃんとか・・・・・・?あ、でも長男だから甘えさせてくれる歳上がいいのかな?カナヲちゃん歳上だけども、どっちかというと妹気質かな?じゃあしのぶさんとか?あり得そうだな・・・・・・。

何にしても炭治郎の恋は叶うだろう。こいつこう見えてかなり押しが強くて強引だし、炭治郎に迫られれば女の子の方も悪い気はしないだろう。・・・・・・美男美女の夫婦か。眼福だろうなぁ。ちょっと羨ましくて、ムカつく気もするけど、炭治郎たちが幸せならその方がいい。

「へぇー。まあ、でも炭治郎はいい奴だし、顔もいいし、きっと上手くいくよ」

「善逸は俺の顔、いいと思うか?」

炭治郎は背けていた顔をぐりっと回して俺をみた。なんだか鬼気迫る様子に炭治郎でも顔の良し悪し気にするのかと驚く。やはり好きな子に顔がいいと思われたいと願っているのだろうか。ならばここは友達として褒めて自信を持たせてやらないとな。

「うん。俺は炭治郎の顔、好きだよ。伊之助みたいに美形や美人・・・・・・って感じではないけど炭治郎も顔が整ってるし、不思議と男らしさを感じるよ。炭治郎みたいな奴をきっと男前って言うんだ」

「そ、そうか・・・・・・」

俺が褒めると炭治郎は嬉しそうな音を立てた。うんうん。これで自信がついてくれたらいい。まあ、炭治郎なら絶対大丈夫だから俺が褒めてもなんら結果に影響ないだろうけど。

「あーあ。炭治郎にいち抜けされてしまうよー。俺も女の子とお付き合いしたいよー」

「俺もまだ付き合えるとは決まってないが・・・・・・というか、やはり女性がいいのか?子供はちゃんと産める環境を用意してもらえるぞ?」

炭治郎は心底不思議そうに言っているが、俺からすれば産前産後に休めても意味はない。むしろ産んだらより大変なことになる。

「炭治郎!お前は何を言ってんだよおおお!!産後に1年半休めてもその後は復帰するんだろ!?死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!復帰すぐの任務で死んでしまう!!そんなことになったら俺は自分の子供を片親なしの子にしてしまうじゃないか!そんな可哀想なことできるかよ!!1歳半で母親と死別なんて性格形成に多大なる影響があるわ!!俺は詳しいんだ!幼い頃から親がいないのは大変で苦しくてひもじいんだぞ!!主に心が!!」

「善逸は強いから死なないぞ!子供を残して逝くなんてことは決してない!!」

「嘘おっしゃい!!なんの根拠でお前はそんなこというのよ!!」

キイイイイと頭を掻きむしって叫ぶと炭治郎は通例のように諦めた匂いをさせた。炭治郎はちょくちょく俺を強いと言ってくるけど、本当になんなんだろうか。炭治郎の目は節穴なのだろうか。まあ、このやり取りも飽きるほどやってるから飽きるのもやっぱり早い。
俺は串に残っていた最後の団子を口に入れると縁側にゴロリと転がりながら咀嚼した。

「あーあ。誰でもいいから、俺のことを好きって言ってくれないかなぁ」

「なんだその投げやりなのは。きちんと好きな人に好きになってもらうべきだろう」

炭治郎は真面目な顔をして俺を嗜めるが、俺からすれば炭治郎の言葉こそ嗜めたい。好きな人が自分を好きになってくれるなんてどれだけの奇跡だというのか。そんなものは泥の川原で砂金を探すようなものだ。

「俺と炭治郎は好きの価値観が違うんだ。俺はね、好きになってくれた人に気持ちを返すのよ。俺を好きな人を好きになるの。分かる?」

だって俺は何もないのだ。親もなければ住むところもない。剣の才能もなければ鬼と戦う勇気もない。伊之助や炭治郎のように優れた容姿もないし、柔らかく気持ちのいい豊満な肉体もない。筋肉はあるけど。加えて気立ても悪けりゃ性格も悪い。本当に何もないな。自分で言ってて泣きたくなってきた。
まあいい、そんな俺が誰かを好きになって、その好きな人に自分を好きになって貰おうとするなんて高望みにも程がある。

あれ?でもそうすると誰が俺を好きになってくれるんだろうか?俺は俺を好きな人をよっぽどヤバい奴じゃない限り拒まないけど、こんな俺を真っ当な人は好きになるだろうか?

・・・・・・やめよう。暗い気持ちになることを考えるべきじゃない。

俺は縁側から起き上がると、お盆の上の茶を飲んだ。ぐいっと飲み干して台所に持って行かねばなとぼんやり考えてたら、ドドドドドドドドドドととんでもない爆音が聞こえてきた。

え!?何なに!?聞いたことない音がするんですけど!?超怖いわ!!てゆーか炭治郎の方から聞こえるんですけど!?

俺が音源らしき炭治郎を振り返ると同時に、炭治郎は縁側についていた俺の左手に右手を重ねてきた。炭治郎の手はいつも温かいけど、今日は温かいというか熱いくらいだ。一体どうしたというのか。

「炭治郎、なんかすごい音するけど」
「好きだ」

いったいどうしたの、と続けたかったのだが炭治郎に遮られた。
なんて?

「・・・・・・なんて?」

俺がそう言うと、炭治郎はすいっと俺の左手を自分の口元付近まで持ち上げた。そして俺の手の甲に熱すぎる炭治郎の唇が触れる。炭治郎はその間、真っ直ぐに俺の目を見てる。

「好きだ、善逸。お前が誰でもいいというのなら、俺のことを好きになってくれ。・・・・・・俺がお前を守るから、俺の子供を産んでほしい」

炭治郎の子供を俺が・・・・・・?
え・・・・・・なんで?
色々と無理すぎじゃない?

「・・・・・・む、無理です・・・・・・」
「なんでだ!!」
「ひえっ・・・・・・顔怖っ!」

炭治郎の顔が一気に般若になった。音もなんか巨大な滝のような音になってるしどんどん大きくなってくる。正しく怒ってる。でもなんで俺が怒られなきゃいけないんだよ!!

「善逸はさっき自分を好きな人を好きになるって言っただろ!俺は善逸が好きだ!だから俺を好きになって俺と結婚してくれ!!」

「はああああああ!?何言ってんの!何言ってんの!!今まで普通に友達だったでしょ!?そんなのいきなり求婚されても困る!!お断りです!!」

「何を言ってる!!善逸なんか知り合いでもない人に突然求婚するじゃないか!それと比べたら俺たちは友達だったんだぞ!!求婚しても何も間違いじゃないだろう!!」

「本当だ!俺もう突然求婚するの止めるよ!これ本当に困るわ!迷惑だわ!みんな、今までごめんなさいね!」

「やめてくれるのは助かる!俺としては気が気ではなかったからな!しかし俺の求婚が迷惑とはどういうことだ!!俺はきちんとお前に出会ってから、月日を重ねて心のうちに想いを募らせていたんだ!!断じて迷惑じゃない!!そしておれの求婚を断るな!!結婚するぞ!!」

「ひええええ!何言ってんの!何言ってんの!そんな素ぶりもなく突然求婚されても寝耳に水だよおおおお!しかもグイグイくるよおおお!」

2人でギャアギャア騒いでいたらこれまた炭治郎に負けず劣らず般若の顔したアオイちゃんがとんでもなく早歩きで俺たちの元にやってきて怒られた。どうやら騒ぎが病棟の方まで聞こえてたらしい。うわっ!恥ずかしい!内容まで詳しく聞かれてないといいんだけど。

一緒にいると騒ぐからと明日まで部屋を別にするようにとアオイちゃんに言いつけられてしまった。俺たちはすごすごと部屋に戻ると黙ったまま部屋を分ける支度をした。と言っても部屋は俺と炭治郎と伊之助の3人で使っている。出ていくなら女の俺だろう。だから荷物をまとめていたのだが、背後からもの凄い圧と音で炭治郎が見てくる。怖い。

「・・・・・・じゃあ」
「・・・・・・ああ」

俺は逃げるように部屋をでた。目指すは女性隊士が使う棟だ。本来、女である俺は渡り廊下を渡った先の女性隊士たちだけが使う棟で寝起きしなければならない。そこは原則として男子禁制でいわゆる女の園だ。
けど悲しいかな、外見が全く男の俺がそこを歩くと悲鳴がたち、アオイちゃんが何事かと病棟から走ってこなければならなくなる。だって俺がいくら女ですって言っても信じてもらえないだよおおおー!!
いつも同じ女性隊士が逗留してるとも限らないので、初対面の人に叫ばれ、男ではなく女だとアオイちゃんに説明してもらい、俺のあまりの女ぶりの低さに可哀想なものを見る目で見られるという悲しい連鎖に俺は耐えられなかった。
なので駄々こねて炭治郎と伊之助の部屋に混ぜて貰ってた。禰豆子ちゃんもいるし!
けど、さすがに今日は叫ばれても我慢しよう。男子は渡り廊下までしか来ることはできないから、これならば炭治郎から暫くは逃げられるだろう。怒られて怖かったけど、アオイちゃんに感謝!!

「さて・・・・・・炭治郎は頭でもぶつけたのかな?」

じゃないと俺が好きなんてとち狂ったことをいいだすとは思えない。だがあの石頭が頭をぶつけて何か起こりえるだろうか?ぶつかった方が大惨事じゃない?あ、もしかして頭突きの趣味が祟って頭がとうとういかれたのか。

しかし、よくよく思い出すと炭治郎は最初からちょっとおかしい。この蝶屋敷は麗しい女の子たちがたくさんいる場所だ。屋敷の主人である胡蝶しのぶは勿論、継子の栗花落カナヲ、神崎アオイとなほ、きよ、すみ。どの子も申し分なく美しく可愛らしい。俺と違ってね!!
そんな可愛い子達に囲まれてるのに、炭治郎の音は変わらない。彼女たちに向かって親愛はあるみたいだが全てが平等だ。彼女達からは小さく転がるような恋の音・・・・・・のなりかけみたいな音がするのに。なんて罰当たりな奴なんだ!!

・・・・・・もしや、炭治郎は美醜の価値観が崩れてでもいるのだろうか。きや、それはないな。伊之助を顔がいいと分かってるから。それに何しろあんなに可愛い妹がいるのだ。美醜の価値観は真っ当なはずだ、
だとしたら外見に拘りはないのか?そしたら、内面を重視しているということになるが・・・・・・あ、ダメだわ!俺は性格悪いもん!!内面重視だとしても俺は選ばれないわ!!

じゃあなぜ炭治郎は俺に求婚を?好きとか言ってたけどなにが?どこが?こんなに可愛くて優しい子たちを差し置いて俺が優れていた点とは?ないじゃん、俺はみんなの真逆をいってるんだぜ!?

可愛くなくて、むしろ附子で、性格も悪くて・・・・・・自分で考えて悲しくなってきたわ!!クソが!!

「・・・・・・ん?附子?」

俺はそこでピーンと来たね!炭治郎が俺を選んだ理由に推測が立った!確か昔の奉公先で変わったお客が居たはずだ。変わった方だから、お前は顔を見せない方がいいと女主人に言われたんだよ!

そのお客人はそう、附子な女が好きな人だったんだ!!

おいおい!じゃあ顔見せない方がいいって俺が附子ってことかよ!あの時は深く考えなかったけど、今考えるとそういうことかい!!

・・・・・・違う違う。今は昔のことをほじくり返して怒ってる場合じゃない。そう、附子が好き。附子が好きという奇特な人間もいるのだ。

ということはだ、美人に囲まれていて美人に慣れすぎた炭治郎は顔に難がある平たくいう附子の方に魅力を感じているとするならば、俺を好きと言っても不思議ではない・・・・・・?

おおおおい!!附子さ加減がちょうどよくて選ばれたとか全く嬉しくないわ!!ナメてんのか!!?

いや炭治郎に確認してないから分からないけど、でもこれしか俺を選ぶ理由がないだろ!悲しいけど!!

伊之助も禰豆子ちゃんも美形だとは炭治郎も思っているのは間違いない。ということは炭治郎は美醜はしっかり理解している。理解している上で附子が好きということだ!!

うわっ。何か炭治郎が可哀想になってきた。でも世間一般を考えると美人を選んだ方がいいと思うんだけど。子供産んで欲しいみたいだし、俺の血が竈門家に入ると美形が産まれなくない?うわ、子供可哀想。俺に似たら大惨事じゃん!!ほんと、美人に産んでもらえよ炭治郎!!美形の血を維持しろ!日本の未来のために!!

・・・・・・あれ?でも・・・・・・もしかしてあれかな?
附子に子を産んでほしいということは・・・・・・。
炭治郎・・・・・・附子じゃないと・・・・・・た、勃たないとか?

「もしそうなら・・・・・・なんて業が深いんだ・・・・・・」

俺は恐ろしい考えに至り、ぶるぶると震えた。附子じゃないと勃たないなんて、炭治郎はいったい前世でどんな罪をおかしたっていうんだ。酷すぎる。竈門家の美形の血脈が損なわれるではないか。そんなの日本の損失だ。由々しき事態だ。

「ううん。これははっきりさせないとダメかなぁ」

炭治郎が附子が好みなのか否か。
それによって俺の心の傷つき具合がだいぶ違う。

いや、好みは人それぞれだけど附子が好きなやつに好きですって言われるのは流石に傷つくわ。それに炭治郎が附子が好きなら、こう言ってはなんだがもう少し俺よりも顔の造形が下回ってる子はたぶん・・・・・・まだ沢山いると思うんだわ。きっとそういう子たちのほうがいいと思う。俺より絶対、気立ていいよ。体つきも絶対いいよ。竈門家の家族になれるのは魅力的だけど、俺にあの美形の血を破壊する勇気はない。

俺は結局、その晩はそれ以上のことを考えずに眠った。ひとりきりの部屋は思いのほか、寒々しかった。

****

「炭治郎、ほらごらんなさいよ。人が沢山いるぞ!」
「そうだなあ。俺は人混みが苦手なんだが・・・・・・」
「まあまあ、美味いうどんを出す茶屋があるんだよ。せっかくの休暇なんだから羽を伸ばそうぜ」

俺はそう言うと、はぐれないようにと炭治郎の腕を引いて歩いた。炭治郎は鼻が効くせいか、あまり大きな町の人混みを得意とはしていない。鼻に入る情報が多すぎてくらっとしてしまうらしい。俺も小さい頃はたまにそうなることもあったけど、牛込神楽坂という花街出身だ。人混みにいちいちやられてたら生きてはいけない。俺にはこの人混みの生み出す怒涛の音たちを意識外に追いやることは簡単なことだった。炭治郎もいつか慣れていくんだろうか。

俺たちは昨日の今日で、町へと繰り出していた。本来の目的は昨日騒いだお詫びに茶屋のお菓子を買おうというものだ。ついでにその茶屋で昼餉としてうどんを食べようと俺は炭治郎を誘ってこうして1時間ばかりを走って町へとやって来たわけだ。

「やっぱり大きい町には色んなものがあるなぁ」
「あ、炭治郎なんかみたいものあるの?寄ってく?」
「・・・・・・小間物屋がみたい。おすすめの店とかあるか?」

小間物か。この町なら若狭屋が評判だった筈だ。

「いいよ。じゃあ腹を満たす前に小間物を見ようか」

やってきた小間物屋は若狭屋というこの町で若い娘に評判の店だ。とはいえ、大きい店であるから男の物も多く取り扱っている。ここならば炭治郎が欲しいものも手に入るだろう。

「大きい店だなぁ」
「何が欲しいの?」
「いや、特には決めてはいない」

炭治郎はそう言うとキョロキョロとしながらも女性ものの方へと進んでいった。店の作りからして右手に女性のもの、左に男性のものと分かりやすいつくりなのだから炭治郎も分かっているはずだ。もしかして禰豆子ちゃんに何かを買い求めようとしているのか?炭治郎は真剣に品を見定めているようで、何となく揶揄うのも介入するのも気が引ける。折角の妹への品を兄が考えているんだ。助けを求められてもいないのに口を出すべきではない。

俺は炭治郎とは反対に男物の方へと進んだ。冷やかして見ながら、巾着の辺りでそういえばと思い出す。

「そういや巾着、穴があいたんだった。新しくしようかなぁ」

俺はそう言いながら、色んな生地で作られた巾着を手に取った。巾着くらいなら自分で作ってもいいけれど、そもそもちょうど良い端切れの手持ちがない。給金も入ったばかりだし、買ってしまってもいいかもしれないなあ。

そんな風に思いながら柄を見ていく。とんぼ柄、かまわぬ柄、花菱紋、市松模様。どれにしようかな。まあ、丈夫であればどれでもいいんだけど。そう思いながらもついつい見慣れているからか、市松模様を指でなぞってしまう。

「巾着か?」
「うわあ!いいいいきなり声をかけるなよ!心臓が口からまろび出るだろ!!」
「すまん」

素直に謝る炭治郎は俺の横から顔を出すと手元を覗いた。そして俺の手元にある市松模様の巾着を見て何故か?を赤らめる。

「おおおおい!なんで?を赤らめるんだよ!!」
「いや、その、善逸が市松模様を選んでくれたと思うとなんかこう・・・・・・嬉しいなと思って」

炭治郎は口元に手をやりながら、恥ずかしそうにしている。いやいやいや!選んでないから!まだ買うとも言ってないし!!これ見てお前のことは思い浮かべましたけども!!

「いや買うとは決めてないし!まだ柄も見てる途中だよ!ほらこのとんぼ柄とかよくない!?」

俺は慌てて誤魔化すようにそう言った。いや、誤魔化すも何も真実よ。俺は別に市松模様の柄を買おうとは思ってなかったし!選んでる最中でしたし!!

「よくない」
「は?」

炭治郎はそう言うと、市松模様の巾着を手に取ると帳簿を書いている番頭のところへ向かった。

「すみません!これを買い求めたいのですが!」
「はい、ありがとうございます」

あれよあれよという間に炭治郎は買い物を済ませてしまった。そして戻ってきたと思ったら、俺の手を引いて店をでていく。
なになに?なんなのよ?結局、お前が買うんかい!

「おい、炭治郎!いいのかい?」
「何がだ?」
「買い物だよ!女物を見ていたんじゃないのか?」

禰豆子ちゃんへの贈り物はどうした!!見てもよく分からないならそう言えば一緒に考えてやったのに!こう見えても女の子に貢いだ実績はたんまりとあるから、贈り物選びには自信がある。喜んで貰えはしたけど、効果はなかったが。

「最初は女物をと思ったんだ。身に付けられるものがいいから赤い髪紐とかがいいかと思ったけど善逸は髪が短いだろう。じゃあリボンをと思っても・・・・・・情けないことだが俺の給金ではちょっと手が出せなくてなぁ。だからほら」

炭治郎はそう言って立ち止まると、懐から先ほどの市松模様の巾着を取り出した。それをすっと俺の手に握られせる。

「俺から善逸への贈り物だ」

炭治郎は眩しいくらいにいい笑顔だった。全く、顔がいい。
じゃないわ!!え!?なに!?俺への贈り物を探しにわざわざ小間物屋に行ったのかよ!!

「いやいやいや!いらないよ!受け取れないって!!なんで俺に!?俺になんか贈るくらいなら禰豆子ちゃんに贈りなさいよ!!」

「禰豆子にもいずれは贈る!新しい上等な着物を贈るつもりだ!」

ムンっと胸を張る炭治郎に「ああ、そう・・・・・・」と言いながら巾着を返そうと炭治郎の渡してくる手を押し返すがぜんっぜんダメだわ。炭治郎は俺の手をにぎにぎしながら嬉しそうな音をさせている。

「お前、何をそんなに嬉しそうにしてんのよ・・・・・・」

俺は押し返すのを諦めると渡された巾着を見た。巾着は炭治郎の手に包まれた、俺の手の中にある。ほんの微かしか見えない巾着は綺麗な市松模様で、そういえば目の前の男の羽織とまんま同じ色合いでもあった。市松模様というだけでも炭治郎と揃いのようで気恥ずかしいのに、なぜ色まで同じなんだよ。

「善逸が市松模様のものを持っていると俺と揃いなのだというように見えるなあと思ってな。それが嬉しい」

ふふっと機嫌良く笑う男にドッと心臓が鳴った。?もじわじわと赤らんでいる自覚がある。こいつ、なんでそんな口説くようなことを言うんだよ。

「お、おまえ!この!炭治郎!そんなこと言うんじゃないよ!びっくりするだろーが!!」
「何がだ?」
「何がって、なんか、口説いてるみたいに聞こえるぞ・・・・・・」
「いや、口説いてるんだぞ?昨日、好きだって伝えただろう?まさか昨日のことも忘れたのか?」

しどろもどろに言う俺に、炭治郎は眉を吊り上げると地鳴りのような音を響かせている。あわわわわわ。さすがに忘れてなんかおらんわい!!

「いや、だってほら、今まで口説いたりなんてなかったじゃないのよ!」
「・・・・・・昨日、善逸が言ったんだろう。素ぶりもなく、突然求婚されても困るって。だからこれからは容赦しないことにしたんだ!」

ぴっかーという音が聞こえそうなくらいに眩しい笑顔で言う炭治郎に俺は吐きそうになる。なんつーことをしようとしてるんだ。え?何これ?つまりこれからは炭治郎に口説かれるってこと?

いやいやいやいや!むりむりむりむり!!!
ひっどい絵面じゃねーかよ!
かたや男前とかたや男にしか見えない附子ってとんでもない事故だわ!
はたから見たら炭治郎が男に言い寄ってるようにしか見えないよ!?

というか今思い出したけど、ここ往来だわ!!
すでに大事故が発生してたわ!
いい歳した野郎たちが手を握り合って見つめあってるとか異常事態だから!!
ほらご覧!!あちこちからヒソヒソ声が聞こえるから!

「分かった!とりあえず分かったから先に進もう!」

俺は半泣きになりながら炭治郎を押した。炭治郎は不服そうな顔をしたが、往来では確かに邪魔だなとか言って歩きだす。
炭治郎が冗談を言ってないのはよくわかる。音に迷いがないからな。迷いなく、こいつは俺が好きなんだ。

・・・・・・怖っ!!
まじか?まじで炭治郎は附子が好みなのか?
そういう趣向のやつなのか?
いや、落ち着け。俺はそれを確かめるために今日、炭治郎を茶屋に誘ったんだ。これからいく茶屋はそれを確かめるにうってつけの場所だからな!!

むふふ・・・・・・覚悟してろ炭治郎!
お前の性癖を暴いてやるよ!

「というわけで、炭治郎」
「何がというわけなんだ?」
「それはいーから。ま、まま、ずいーっとあっちを見てみてよ」

茶屋に着いた俺たちは外に面している長椅子に並んで座ると、注文したうどんに舌鼓を打っていた。俺は炭治郎をつついて、店内を見るよう勧める。店内では2人の娘さんが働いていて、炭治郎も俺に言われてそちらを見る。

「・・・・・・あっちと言われても・・・・・・あ、品書きにトコロテンとあるな。久々にちょっと食べたいなぁ」
「あ、じゃあ頼もうか。すみませーん、トコロテンを2つー」
「はーい!お待ち下さーい!」

って違うわい!!トコロテンじゃないのよ!トコロテンじゃあ!!
どこを見てんだよ!娘!娘を見なさい!!

俺は仕方がないと炭治郎の耳元に顔を寄せると、言った。

「髪を結い上げた娘さんと、おさげの娘さん、炭治郎はどっちが好み?」

俺の言葉に炭治郎は俺を振り返った。そして少しばかり目を丸くして、無言で俺を見ている。そして食い終わった器を横に置くと湯呑みをぐいっと煽る。

「・・・・・・善逸。変な心配しなくても俺はお前が好きだから、よそ見はしないぞ?」

ちっげーーーよ!別に他の人に炭治郎を取られやしないか心配してるわけじゃねーーーのよ!!お前の!!趣向を知りたいのよ!!

「いや、そう言うのはいいよ。単純なちょっとした雑談よ。どっが好み?」

「女性を品定めするのはどうかと思うぞ。あと、俺の好みは善逸だ」
「んぐっ・・・・・・!そう言う顔でそういうこと言うなよ!!反応に困るわ!傷付けばいいのか照れればいいのか分からないって!」

炭治郎は心底軽蔑してますみたいな顔でしれっと口説くから精神がどうなってるのか不思議になるわ!

「・・・・・いいからできれば答えて欲しいんだけど。そんな深く考えなくていいからさぁ」

「・・・・・・」

炭治郎はつまらなそうな、不服そうな顔で店内に視線をやると中にいる娘さんたちを見る。髪を結い上げた方はここいらでも評判の美人である娘さんで、鈴が鳴るような声でおそらく常連の若い男と楽しそうに話している。この店はあの娘さん目当てに来る客も多いからああして客の相手をするのも大変だな。

「はーい!トコロテンお待ちどうさまでーす!」
「あ!ありがとー」

もうひとりのおさげ頭の娘さんが注文した品を持ってきてくれる。娘さんは愛嬌のある笑顔で品を渡すとまた急いで注文を呼ぶ客の元に向かっていく。この娘さんは器量は・・・・・・まあ、正直言うと悪いけど愛嬌のある気立てのいい娘さんだ。音も澄んでいて綺麗な音だし、個人的にいい人と巡り合ってほしい。絶対にいい奥さんとお母さんになると思う。
けどこの店に来るのはもうひとりの美人の娘さん目当ての男が多いからなぁ。この子もまあ、悪くはないけど・・・・・・ううん。まあ、ザリザリいう音がたまーにするんだよね。

俺はトコロテンの器をひとつ炭治郎に渡すと自分の分を口にする。つるりとした食感と酸味が美味い。ヒヤリとした感じも少し暑い今日にはぴったりだな。

「・・・・・・しいていうなら右の娘さんかな」
「え?」

俺の言葉に炭治郎はムッとした顔をする。音がお前が聞いたんだろと言っている。俺は右、右の娘さんと店内に目をやる。店の右側では逞しくもそれぞれの手にうどんの乗った盆をもつ娘さんがいる。・・・・・・さっき、トコロテンを運んでくれたおさげ頭の娘さんだ・・・・・・。

「ええと、さっきの子?」
「そうだな。あの子の方が個人的に好ましいかな。善逸には及ばないぞ?しいていうなら、無理に選んだらの話だからな?」
「え、ああ、うん・・・・・・そうですか・・・・・・」

美人の方、選ばないん・・・・・・だ。
大半の男は美人を選ぶぜ?でも、そっちなんだ?

ああ、でもなんか逆に安心したわ。
あの子は本当に気立ていいだろうから、優しい子に間違いないから。
この世は美人が得するけどさあ、美人じゃなくてもいい子はいるんだよ。
そんないい子が幸せにならないなんておかしいでしょ?
そういう子は炭治郎みたいな男と巡り合って幸せになってほしい。

・・・・・・いやもう、炭治郎でよくない?
もう炭治郎もあの子で良くない?

ほら、よく見てよ。あの子の身体!!
おっぱいデカくない!?
お尻も大きいし、安産型だと思う!!
子供産んでほしいならああいう子の方が・・・・・・

「善逸」

炭治郎に呼び掛けられて、びくりと肩が跳ねる。なんか分かんないけど、横からの圧が凄い。怖い。なんで怒ってるのよ。

「何度も言うようだが、俺が好きなのはお前だぞ。他の人間には興味はいかないから安心するんだ」

にっこりと笑う炭治郎だが、音はゴゴゴゴゴゴゴと地獄の窯が開くような音だった。俺はブルブル震えながらもコクコクと首を縦に振るしかできない。

「分かってるならいいんだ。さあ、土産を包んでもらって蝶屋敷に帰ろう」

炭治郎はそう言うと、先程の娘さんにみたらしと餡の団子を包むように頼んでいる。その様子を見ながら、ちらりと娘さんを見るとやはり炭治郎を見ながら僅かに?を赤らめている。まあ、顔を見ずとも音で分かるのだけど。

炭治郎の周りには鈴を転がすような小さな恋の音が良くするんだ。生まれたてのものもあれば、時を重ねてそれなりの音になっているものもある。

どちらにしても俺からは聞こえてこない音だ。
だって俺には炭治郎の隣は不似合いすぎる。
炭治郎が許しても、他の人ががっかりするに決まっている。

俺は炭治郎がいこうと声をかけるまで、足元を見ていた。

****

炭治郎と出掛けてから10日あまり経った。
その間にお互いに任務があったりしたから、気がつけば部屋を分けたまま、戻す機会を見失い当たり前になって定着してしまった。

蝶屋敷に来る初めて会う女性隊士も、金髪の隊士は男に見えるけど女といういつの間にか流れていた噂話により、女性隊士の棟ですれ違っても悲鳴をあげられることがなくなったというのもある。そのかわり男性隊士にこいつこの外見で女かよという顔をされるようになったわけですが・・・・・・。

まあ、それは置いておいて。よく考えれば炭治郎たちと部屋を一緒にしてるのは確かにおかしかった。俺は生き物としては女だからな。女な部分なんて本当に股から血が出るくらいしかないわけど。

俺はちゃぷりと湯船に浸かりながら、まさしく何もない胸に目をやる。そうして、ちらちらと周りに目をやり、ため息をついてしまう。

「・・・・・・なんですか。あんまり見ないでください」
「え!ご、ごめんよぉ!つい、俺にはないものだから物珍しくて・・・・・・」

俺は顔に熱を持ちながらも必死に邪な気持ちはないと首を振った。相手・・・・・・アオイちゃんは軽く胸元を隠すと不機嫌そうにそっぽを向いた。恥じらう姿、めっちゃ可愛い!!

「うふふ、まあ同じ女性同士ですから。アオイもあまり叱らないであげてください」
「べ、別に怒ったわけでは・・・・・・」

しのぶに窘められて、アオイは慌てている。その横ではカナヲがちゃぷちゃぷと湯を掬ってはそーっと手から流すという動きをしている。遊んでいるのだろうか?

しかし、この世の浄土かなっていうくらい壮観な眺めだ。麗しき蟲柱とその継子、そして蝶屋敷の医療介助を取り仕切る看護師が全ての布を取り払って湯に入っているのと同伴できるとは。本当に偶然だったんだけどね。俺が任務上がりで割と遅かったから、仕事終わりの皆さんとかち合ったわけよ。

これはまさしく、同性の特権だなあと俺は顔が緩むのを感じる。アオイちゃんから気持ち悪い目で見られてるけどしょうがないだろう。男が己にないおっぱいを求めるというのなら、女なのにおっぱいがない俺が、他のおっぱいに夢を求めてもなんらおかしくないだろう。

それにしても、みんな凄く綺麗な身体をしている。曲線が美しく、筋肉もついてるけどしなやかな感じだし、健康的に脂肪もうっすらついてるみたいだ。間違いなく抱きしめたら柔らかい。おっぱいも大きいし。

俺はみんなの身体をちら見した後、しげしげと自分の身体を見た。俺の体は本当に男みたいだ。腕も伊之助や炭治郎ほどではないけど、しのぶさんたちよりずっとムキムキしてるし、筋ばってる。手も他の女の子よりも一回り以上大きいし節が出ている。腹筋も恐ろしいことに6つに割れている。脚なんてもう見れたもんじゃないぜ?何これ?どうなってんのってくらいにムッキムキ。正直言って炭治郎や伊之助よりムッキムキな自信がある。上半身に対して脚はひとまわりくらい大きく筋肉ついてるし。

「・・・・・・オェッ、うっうっ・・・・・・!」
「ちょっ!突然どうしたんですか!?」
「あらあら、どうしました?」

俺がボロボロ涙を流すとみんな心配そうな音を出す。それが嬉しいけど、虚しい。

「・・・・・・お、おれ・・・・・・なんでこんなにムキムキなんだろう・・・・・・」

俺の言葉にアオイちゃんは掛ける言葉が見つからないのかキュッと唇をひき結んだ。だよね。分かるわ。こんなムキムキの女がなんでムキムキなのって言って泣かれても困るよね。本当にごめんね。

「・・・・・・そうですねぇ、善逸さんはとっても筋肉がつきやすい体質なのでしょう。私たちが使う蟲の呼吸、花の呼吸は筋肉の少ない女性でも扱えるように水の呼吸から派生した呼吸です。筋力は過剰に必要とはしていません。まあ、不足していると鬼の頸は斬れませんけど・・・・・・」

「あ、そうなんですか?」

花の呼吸って筋肉つきにくいんだ。まあ、確かに舞うような剣技だとは思ってたけど。柔軟と持久力に優れてるのかな?

「はい。女性は男性より筋肉が付きにくいですから。そう考えると善逸さんは女性なのに男性なみに筋肉がつくという稀有な才能をお持ちなんですよ。こればっかりは体質ですから」

しのぶの言葉にオロロンと涙がでた。女としては全く嬉しくない。鬼狩りとしてはいいことなんだろうけど。

「そも雷の呼吸は筋力を必要とする呼吸です。基本となる霹靂一閃は脚に相当な筋力を必要とします。筋力がなければ呼吸によって足が砕けますから。さらに速さに対応しつつ姿勢を維持した抜刀というのは上半身の筋力を使います。しかし速さを突き詰めた霹靂一閃を使うには、過剰に筋肉がついてもいけません。体が重くなりますから。ですから、大柄な人には向かない呼吸でもあります。しかしそうなると小柄かつ、筋力があり、加えて敵を捉える動体視力と反射神経となるとなかなか難しいですね。善逸さんはその全てを兼ね備えていますから、正しく素晴らしい肉体ですよ」

にっこりと笑うしのぶに褒められたちゃったと嬉しくなるが、あいも変わらず俺はムキムキだ。というか兄貴が霹靂一閃使えないのってデカくてマッチョすぎるからなのかな?今度手紙でもっと貧相な身体になれと助言して・・・・・・死ぬな。うん。やめよう。
しかし、こうして柔らかな女の子の体を生で見ると俺の体のヤバさが分かる。いくら鬼狩りとしてはよくてもその他では役に立たない。

「けど、こんな体じゃお嫁に行けないですおおおお」

ポロポロと泣く俺をカナヲちゃんがよしよしと撫でてくれた。優しさが嬉しいけど、傷が殆どないカナヲちゃんを見ると、ムキムキだけじゃなく傷だらけなのも気になってくる。

「大丈夫ですよ善逸さん!炭治郎君がもらってくれます!」

しのぶさんはにこりと笑ってそういった。その言葉に俺はギョッとして涙がひっこむ。この人、何言ってんだ。

「え!?え!?何言ってんですか!?」
「何って・・・・・・先日、炭治郎君に求婚されてたではないですか。聞こえてましたよ?炭治郎君、声が大きいですから。良かったじゃないですか。嫁ぎ先に困りませんよ?」

3人ともうんうんと頷いてるのに、俺は目をひん剥いて驚いた。

聞こえてた!?うっそでしょ!?
あいつ、自分が附子が好きなのバレちゃってんじゃん!!

「それに炭治郎君は善逸さんのその身体、お好きみたいですよ?ふふふっ。彼も年ごろの男の子ですね。男性隊士で女性の体についての猥談をしている時に、炭治郎君はあなたに興味があると言っていましたよ」

しのぶさんは「夜の巡回中の話しを聞いてしまいました」と笑っていたけど俺は笑えない。

え?なんて?
猥談?女の子の体について猥談で俺の体に興味あるって言ってた?
あれ?もしかして炭治郎は俺の附子な顔じゃなくてこのムキムキガッチガチな体の方がよかったのか?
え?業がさらに深くない?なんで?

「嘘でしょ・・・・・・」
「本当ですよ」

ふふっと笑う麗しき蟲柱に俺の意識は遠くなった。

****

目を開けると部屋で寝ていた。
頭の上には緩くなった手拭いが置かれていて、どうやら風呂場でのぼせて倒れたらしいことが分かる。

「・・・・・・運ぶの大変だっただろうな・・・・・・」

何しろ俺、58キロもあるからさ。
まあ、上背が165近くあってムッキムキだからな。
そんだけ体重あっても不思議じゃないわ。

今度また、お礼でも持っていこう。
すると遠くから声が聞こえた。俺が声が聞こえた方向を見るが、障子が閉められているからまあ、伺えない。しかしまた声が聞こえる。

俺はどうしようかと思ったが、何度も聞こえる声に我慢できなくなり縁側に続く障子を開けた。外はもう帳が落ちており、月が綺麗に輝いている。月の位置を考えると、俺は思ったより気絶していたようだ。その証拠に周りの部屋では女性隊士たちは眠りについている音がする。俺はその静寂の中を縁側にそって歩き、角を曲がる。

すると今いる縁側のさらに向こう、病棟側に向かう渡り廊下に立つ人影がある。

「善逸」

鬼殺隊士はみんな夜目がきく。じゃないと鬼を倒せないから。月明かりがあればさらに上々で、俺が目をこらさなくても渡り廊下に立つ浴衣姿の炭治郎は嬉しそうに?を綻ばせていた。

俺は駆け寄るのは悔しくて、わざと勿体ぶりってゆっくりと近く。そして炭治郎の手をむんずと掴むと渡り廊下を渡りきり、病棟側にある空き室に入り込んだ。

「お前ねえ、こんな夜更けに呼ぶんじゃないよ。皆さん起きたらどうするのよ。夜更かしは美容に悪いんだから」

「すまない。でも凄く小声で呼んだんだ。きっと善逸にしか聞こえないぞ」

「いや、俺の安眠は?」

「・・・・・・それはすまない。けど、任務が続いて善逸となかなかゆっくり過ごせなかっただろう?だから久しぶりにどうしても善逸に会いたくて・・・・・・」

顔を赤らめてそう言う炭治郎にうぐっと胸が苦しくなる。だって全身の音で本当に俺のこと好きって伝えてくるんだもん。こんな附子でマッチョのやつの何がいいのか・・・・・・。あ、そこがいいかもしれないんだっけ?

しのぶさんは炭治郎が俺の身体に興味あるって話していたと言っていが・・・・・・そんなことある?こんな上背も身体もほぼ男な女のどこがいいの?だって俺、竿と玉がついてないだけみたいだよ?子供産む穴がついてるくらいよ?炭治郎や伊之助と違うとこなんて。

炭治郎は俺の顔が好きなの?
それともマッチョ派なの?
でもあまりにも男過ぎる身体ですよ?
じゃあなに?ほぼ男だけど子供産めるのがいいの?
それって男が好きだけど子供は欲しいとかそう言う感じなの?

殆ど男である女の俺。
こんなのが好きな理由が本当に分からない。

「・・・・・・・・・・・・炭治郎さぁ」
「うん?」
「俺のこと好きって言ったじゃない?」
「ああ、好きだぞ」
「うん・・・・・・子供産んでくれって言ったじゃない?」
「ああ、産んでほしい。・・・・・・産んでくれる気になったのか?」
「いや、それはまだだけど・・・・・・先に確認したいことがあってさ」

俺の言葉に炭治郎は「確認?」と小首を傾げる。相変わらず顔がいい。顔がいい男が小首を傾げるとなんでこんなに可愛く見えるのだろうか。危うくきゅーんと心臓が止まるところだったわ。

「うん。確認。その、さ。炭治郎はさぁ」
「なんだ?」

先を急かす炭治郎だけど、俺はその先がなかなか言えない。俺が言い淀むのに言いづらいことなのかと炭治郎が心配する音が聞こえる。けれどそれ以上は急かすこともなく、待ってくれている。

仕方ない・・・・・・どの道、聞かねば落ち着かねーからな。
いくっきゃない!!

「お、俺で本当に勃つの?」

言ったああああああ!!
あけすけな言葉だし女から出るとしたら相当に下品ではしたないけど、言ったあああああ!!けどこのムキムキな身体にちゃんと勃つかどうかは重要な問題だろ!いざ本番迎えてダメでしたとか死んでしまうわ!

俺が言ってやったぜと、にわかに昂っていると目の前で黙っていた炭治郎からドッと巨大な音がした。

「えっ。何の音・・・・・・」

何の音なのと言うよりも早く、炭治郎に足払いをかけられ俺はくらりと天井が見えた。しかしすぐさま視界に炭治郎が入り込み、月明かりを後ろに炭治郎の赤みがかった瞳がギラついて俺を見下ろしているのにヒッと息が詰まる。

俺の頭は床に着く前に炭治郎に支えられ、腰もするりと捕まえられるととさりと静かに床に寝かされる。俺は驚いて逃げようとするけど、炭治郎に肩を抑えられ、足の間に膝を入れられ覆いかぶさられたから動けない。
炭治郎はふーっふーっと荒い息をしながら俺の耳元に顔を寄せるとすんっすんっと鼻を鳴らした。

こいつ、匂い嗅いでやがる。

「ひ、ひええ」

俺の口から堪えられなかった悲鳴が漏れ出ると、炭治郎はゆっくり顔を上げた。めっちゃ真顔で怖い。
美形の真顔ってこんなに迫力があるんですね!!びっくり!!

「善逸、自分が何を言ったか分かってるのか?」

「・・・・・・え?どういうこと?」

俺が何を言ったか?
あ!炭治郎は俺で勃つのかって話し?
え!?なになに!?怒ってるのかよ!?

「えと・・・・・・」

「俺が善逸で勃つかどうか・・・・・・教えてやろうか?」

炭治郎はそう言うと、俺の手を握って自分の脚へと導いた。浴衣の裾から炭治郎の逞しい脚を無理やり撫でさせられる。少しずつ上に上がっていき、このままでま男根に触れてしまう。

「た、炭治郎・・・・・・やだ・・・・・・」

俺が泣きながら首を横に振ると炭治郎はくつりと笑う。その顔が見たことないもので俺は途端に怖くなる。

「・・・・・・俺が勃つのか知りたいんだろ?触ってみればいい。それとも直接見てみるか?・・・・・・どちらにしてもそんなことになればもう、止まってはやれない」

あ。これダメだわ。
抱かれちゃうわ。
孕ませられてしまう。

「ぬわああああああ!!」
「ちょっ・・・・・・暴れるな善逸!!」
「知るかあああああ!!」

俺は慌てて脚をばたつかせて、なんとか抜け出そうと試みる。もうなりふり構ってられない。このままでは即、妊娠出産の道筋を辿ってしまう。竈門家の美形の血が!!炭治郎の全うな嫁さんをもらうという未来が閉ざされてしまう!!

「わっ!ぜ、善逸・・・・・・!!」
「どっせえええええい!!」

俺は怯んだ炭治郎の隙をついて、抜け出した。そしてなんとか少しでも距離を取ろうと壁に張り付く。手のひらから伝わる壁の感触がやたらにひんやりとしているのは俺の体温が上がってるからだろう。それくらいゼエゼエしてるしな。

対する炭治郎はというと、顔を真っ赤にしたまま俺を見ていた。お互いに黙ったままなのでこの次どうするべきか考えるが、俺が動くより先に炭治郎がふいっと視線を逸らし、指で俺を指した。

何その動き?
そう思って自分を見れば、綺麗に浴衣が崩れて乳がまるっと出ている。男のような乳房と言える柔らかさのない、もはや胸板、が、でている・・・・・・。

「・・・・・・ふひひっ」

「・・・・・・善逸?」

突然笑い出した俺に、炭治郎は目をキョロキョロさせながらもこちらに顔を向けた。様子のおかしい俺を心配してるが、見ていいのか分からないという感じか。まったく、ちゃんちゃらおかしい。何を見てはいけないというのか。俺にはなにも、ないっていうのに。

「見ろよ炭治郎!俺のこの逞しい胸をさあ!柔らかさのカケラもなくて、間違いなく俺が上半身裸で往来を走っても、奇異な目で見られるだけでだーれも女だって気がつかないぜ!!」

炭治郎は俺の言葉に顔を顰めてるけど、なんでそんな顔すんの?
俺が好きなんだろ?俺で勃つんだろ?ならなんで俺の裸みて苦しい顔すんのさ!

「人の趣味にあれこれ言う気はないけどさぁ、お前おかしいよ炭治郎。こんな竿がないだけの男を好きなんてさぁ。普通はもっと柔らかい乳も尻もある子がいいだろ。それに引き換え俺は顔も附子だし、腹は割れてるし、脚なんか炭治郎より太い!!・・・・・・それとも男みたいだから好きなのか?炭治郎は男色の趣味あんの?なら俺はわりといいかもね。男みたいだけど女だから子供産めるもんな!竈門家の長男としては後継が必要だもんな!残念ながら竿と玉はねーけど!」

炭治郎はすっと立つと俺の元まで歩いてきた。
本当に抱かれちゃうのかなって思ってたら胸元を丁寧に整えられる。そして炭治郎は俺を壊れものを扱うように、優しく抱きしめてくれた。

「すまない、善逸。俺が調子に乗ったばかりに・・・・・・そんな悲しい匂いをさせて自分を傷つけないでくれ」

炭治郎の言葉に涙がポロポロ流れる。
どうして涙がでるのか分からない。
炭治郎が今度は強い力で抱きしめてくる。

ぎゅっと隙間なく抱きしめられて、俺の身体に炭治郎の音が流れ込む。

愛しい、愛しい、悲しい、苦しい、愛しい、愛しい。

炭治郎の音は泣きたくなるくらい優しい音だ。
だから、俺が泣いてもおかしくない。

「うっ・・・・・・うううう・・・・・・ひぃぃいぃぃん!!」
「善逸。夜だからもう少し声を落としてくれ」
「うるっさいよ!!だったらお前が塞いどけ!!」
「・・・・・・分かった」

炭治郎は抱きしめてた腕を緩めると、そのままがばっと俺の口を塞いだ。眼前には炭治郎がいるけど焦点あわない。

あ、これって接吻だわ。
塞いどけとは言ったけど接吻でやれなんて言ってないんですけど!?

「あっ・・・・・・んうっ・・・・・・」
「善逸・・・・・・かわいい・・・・・・」

どこがだよ。抱きしめてて分かるだろ。
ガチムチの女子だぞ。可愛い要素なんて皆無だわ。

けど炭治郎は必死に俺の唇を貪ってくる。次第にチロチロと舌で合間を舐め始め、驚いた俺が薄く唇をあげたらがっつり舌入れてきやがった。

おい!お前さっき調子乗ったの謝ってただろ!
また調子に乗ってるんじゃあないよ!!

「ふっ・・・・・・やっ・・・・・・」
「はっ・・・・・・逃げるな」

なんとか顔を逸らそうとしても、炭治郎が追いかけてくる。頭を抑えられて唇を割られて、呼吸ごと奪われる。
そうして俺の頭がぼーっとして回らなくなった頃、ようやく炭治郎は俺を解放してくれた。と言っても口だけで気がつけばまた床に寝かされて覆いかぶさられてるし、整えられた筈の胸元がまた開かれていて、炭治郎の掌がひたりと当てられている。

俺は何にも感じない胸にぐすり鼻を鳴らした。

「善逸。俺は、お前が自分が女に見えないことを気にしないように努めていたのを知っているよ。本当はすごく気にしていて、男と間違われると大袈裟に茶化して誤魔化して・・・・・・すごく傷ついているのも知っていた」

炭治郎の言葉に体が強張る。

「女のお前が俺たちと同室になるのは本当はおかしい。けどお前は寂しいからと言って、一緒の部屋にいたな。禰豆子もいるからと言って。だけど本当は男の俺たちと同じ部屋で眠るのに緊張してるのを知っていた。そして緊張している自分を恥じていたのも知っていた。男のような自分が異性を意識するのはおかしいと言い聞かせているのを知っていた」

「た、炭治郎・・・・・・」

「他にもお前は本当は女小物に興味があるのも知っていた。しのぶさんやカナヲの蝶飾り、女性たちが使う化粧品、色とりどりの着物。それらを美しい、眼福だと己に相応しくないからと芸術を愛でるのを装って、羨ましい匂いをさせて見つめていたのを知っている」

淡々と俺を暴く炭治郎に怖くなる。真っ直ぐに俺を見下ろす目と俺の胸を優しく弄る手が俺に女を突きつけてくる。

「・・・・・・そして、お前が男にも女にも求婚する理由が、自分を男か女か立場を曖昧にして安心する為だとも知っている。善逸にとっては己の性別を決めることは怖いことなんだろうな・・・・・・。確かに善逸は見かけは男だ。股を見なければ気がつく人はいないだろう。俺も最初は分からなかった」

とつとつと話す炭治郎だが、手はゆっくりと俺の浴衣をはいでいく。とうとう褌だけの姿にされたが俺の体は動いてくれなかった。

だって気がついたんだ。
この好機を逃したら、こんな俺は2度と誰とも契る機会は訪れないことを。

「正直に言うよ善逸。俺がお前を好きになった時、たしかに俺は男のお前に恋をしたよ」

「あ・・・・・・やっぱり?」

「別に男が好きなわけじゃない。そもそもその時はお前が女なのを知らなかった。女の匂いがするけれど、平然と同じ部屋に泊まるし、言動や行動をするから女に似た匂いのする男だと思ったんだ。なのに突然お前は女になった。月のもので血を流すお前に俺はまた恋に落ちたよ。ようするに俺からしたら善逸であれば、性別はさしたる問題じゃない。でも女なら法的に拘束できるから、俺としては都合がいい。それにこの男でも女でもないっていう姿のおかげで他の誰にも見つからずにすんだというのなら、むしろこの姿は俺にとって最上だったんだ」

「え?それどういうこと?ていうか、お前いつから俺好きなの?男だと思ったってそれ、出会ってすぐの頃じゃ・・・・・・ひゃわっ!」

突然ゾワっとしたと思ったら炭治郎が俺の胸の上に置いてた手で乳首を捏ねくり回してる。ゆるゆると掌で捏ねくり回されると自然とつんっと硬くなってしまう。そしてそれを炭治郎は舌先でねっとりと舐めた。

「んっ・・・」
「・・・・・・甘いな」
「んなわけあるか!」
「匂いが甘いんだ。・・・・・・期待してる匂いがする。・・・・・・かわいい」

炭治郎はそう言うと、俺をぐいっと抱き起こす。俺は炭治郎の膝の上に座らされて、股のあたりに何か硬いものかま当たっているのに気がついた。

「・・・・・・ほ、本当に勃ってるな」
「そりゃあ、好きな人の裸を見ればいくら長男でも興奮する」
「でも俺、本物の男じゃないよ。本物の女とも言い切れないけど」

俺の言葉に炭治郎はふふっと笑った。

「大丈夫だ。善逸は立派な女だよ。ここにこれから俺のややこを宿すんだから。善逸が男でいたいのならそれでもいいが、本当は違うんだろう?なら、俺がお前を女にする。もちろん、責任も取る」

うっそりと笑って俺の下腹部を撫でる炭治郎に俺はひくりと引きつる。
本当にやる気なのか!?
マジな音は聞こえてるけど!

「な、なんでそんなに俺がいいんだよぉ!もっといい人を好きになれよぉ!お前なら選り取り見取りだろーが!!」

「俺を無条件に許してくれるのは、善逸だけだからな」

「は?あっ、んっ」

なにそれどーいう意味と尋ねる前にちゅうっと口付けられる。何度も何度も合わせられて、ふるりと震える。炭治郎から注がれる好きにくらくらとしてきて、もう全部どうでもいい気持ちになってくる。
炭治郎が附子が性癖でも、男女が性癖でも、俺を好きになってくれるんならなんでもいいんじゃあとか思えてくる。

「俺の好きで満たされて、俺を好きになれ。善逸」

その言葉を聞いて・・・・・・あ、もうダメって分かった。

****

「竈門は女隊士なら誰がいい?」

その言葉を聞いた時、さっと浮かんだのは金の髪を持つ友達だった。浮かぶのは当然で、何故なら俺は正しく善逸が好きだったからだ。あちらこちらからしのぶさんやら、カナヲやら、アオイさん、甘露寺さんなど様々な名前が出てくる。けどやっぱり俺が一番に思い浮かべるのは善逸だ。

この部屋は蝶屋敷で療養中の男隊士たちの大部屋だ。だから介助をしてくれる看護師達がいなくなれば、話の内容が異性の下世話な話になることは多かった。

俺は女性を値踏みするのはいかがなものかと思いながらも、この手の話はし閨のでの手管についての話になることがらあるため、だいたい黙って聞いている。
なぜなら早くに父を亡くしたから、閨でのやり方は誰から教えて貰えばいいのか俺には悩みの種だったからだ。仲のいい友達に聞くのも手なのかもしれないが、善逸は女性であるし恥ずかしめになってしまう。もうひとりの友達である伊之助は感覚的には知っているだろうが、細かな手順は気にしない性質のように感じられた。伊之助は多分、心のまましたいように女性を愛する気がする。
けど、四角四面なところがある俺としては正しい手順は知っておきたい。
初めての閨で嫌な思い出を残したくはない。
だから俺からすれば先輩隊士たちから時折聞こえてくるこの手の話題は新たな知識を得るいい機会でもあった。正面切って教えを乞うたこともあるが、「ちょっとごめん」と逃げられたこともあるのであまり大っぴらに教えを乞うものでもないのだと気がついた。
これは多分、先達たちのいろんな話を聞きながら技術を盗むようなものなのだろう。

そう思って黙って先輩たちの話を聞いていたが、珍しく俺にお鉢が回ってきてしまった。もしかしたら共に療養を進めるうちに親密度が上がったのかもしれない。冒頭の台詞を言われ、4人の先輩が俺を見る。中には村田さんもいる。

「えっと・・・・・・」
「胡蝶様か?お前、年上好きそうだもんな」
「あ、はい。年上は、好きかと言われたら好きです」

そういえば善逸は俺よりひとつ上の歳だ。鬼殺隊士のして情けなさを見せる善逸だが、時には俺より早くすごい決断をして進んでいくことがある。そういう時、俺は本当に善逸はすごい奴だと再実感する。あれはやはり歳がひとつ上というのか影響しているのだろうか?いや、それはない。あれは善逸だからこそのことだ。

「おおー!で、誰、誰?」
「誰がいいと言われたら、善逸ですね」

俺がそう言うと、先輩方はふわふわしていた雰囲気をぴたりとやめると一様に異様なものを見る目を俺に向けてくる。なんだろうか?ちゃんと質問に答えたんだが・・・・・・。

「いや、女隊士だと誰がいいかって話だったよな?」
「はい、そうですね?」
「善逸って・・・・・・我妻のことだよな?」

村田さんの言葉に、俺は素直に頷いた。間違ってない。だから俺は善逸の名前をあげたんだ。間違ってない。

「いや!分かってんならなんで男の名前あげるんだよ!我妻は男じゃん!」

他の先輩からの声に俺はびっくりした。そしてすぐに、先輩達が善逸の性別を分かっていないのだと理解した。

「あ、あの!善逸は女性ですよ!」
「はあ!?嘘じゃん!あんな女いるもんか!」
「いや、本当です!女性です!現に男部屋にいないでしょう!善逸は女性用の病室を使ってます!!」

俺の主張に先輩たちは心底びっくりした顔をしている。まあ、確かに善逸を見かけで女性と見抜くのは中々難しいものがあるのはわかる。顔は可愛いのに、本人が男のような仕草で振る舞うからより分からなくしているのも一因だと思う。俺も最初、女性の匂いがするのに視覚は男だと訴えていてなかなか混乱したものだ。まあ、そのうち『善逸』というのはこういうものと脳が認識したのか混乱は収まったけれど。

「嘘だろ・・・・・・あれで女なのか・・・・・・!?」
「前に二の腕捲ってるの見たことあるけど、ムッキムキだったぞ・・・・・・!!」
「いや、俺もシャツの裾で顔の汗拭ってる時に腹を見たことあるけど6つに割れてた・・・・・・」
「俺もあいつ浴衣姿で脚晒してんの見たことあるけどとんでもなく太くて逞しかったぞ・・・・・・!自分と比べて羨ましくて二度見したもん・・・・・・」

ざわつく先輩たちの言葉の中に、善逸の肌を見たことがあるという意味を読み取り、腹の底がムカムカしてくる。しかし本当に残念ながら俺は善逸の友達であって何でもないので、先輩達に何を言えるものでもない。

「ひえっ、竈門・・・・・・顔ヤバイぞ・・・・・・」
「え?そうですか?」

村田さんに無理やり笑ってみせるが、村田さんはさらに顔を青くして小刻みに震え始めた。俺はぐにぐにと?を手で抓って見るがみなさん俺を見て顔を青ざめている。

「・・・・・・お前、本当に我妻がいいの?え?どこが?」
「え?どこが?どこって全部ですけど?」
「え?お前・・・・・・正気?こんなに他に魅力的な女性が身近に沢山いるのに、本当に我妻なの?」

先輩の言葉を俺はよく理解できなかった。確かに魅力的な女性は鬼殺隊には沢山いると思うが・・・・・・本当に善逸とはどういう意味だろうか。俺は嘘はつけない男だというのは先輩達も知っているはずなのに。

鬼を連れている俺を取引も打算もなく、初対面で許してくれたのは善逸ただひとりだった。柱合会議で柱たちに鬼の禰豆子を否定され、その禰豆子を連れる俺を徹底的に否定された。そのことがより善逸がどれほど優しく、危うい人間なのかを俺に知らしめる。元から好きだった善逸をより愛しく、傾倒するのは止まらなかった。

「確かに素敵な女性は沢山いますけど、俺は一番善逸が素敵だと思います!!」

はっきりとそう言ってからこれだと善逸が好きだと宣言していると気がついた。じわじわと恥ずかしさがせり上がってきて俺は堪らずに顔を俯かせた。

「・・・・・・あ、ああ。そうなんだ、ていうかマジなんだね」
「いや、まあ、好みは人それぞれだからな、うん。頑張れよ」

先輩達はそう言って応援してくれた。
それから俺と善逸が恋仲になったのは半年くらい後のことだった。

夜の帳の中を駆けながら、俺はぼんやりとそう遠くない昔を思い出していた。思い出した理由は単純だ。今日は産屋敷の座敷で宴会があり、以前に病室で集まって話をしていた先輩達と久しぶりに会ったからだ。
先輩達は俺と善逸のことを祝福してくれて、良かった良かったとおめでたいと喜んでくれたのだ。

本当に良かったと思う。

宿敵である鬼舞辻を沢山の犠牲の末に倒した俺たちは、ようやく鬼のいない世界を手に入れた。禰豆子も人に戻り、他の鬼は鬼舞辻が倒されたことで連鎖的に消滅した。
鬼殺隊は一部を残して規模を縮小し、本当に残党の鬼がいないかの調査と、いつ再び鬼のような危機が現れないともあり呼吸を継いでいくのを主にして活動している。

そしてもう一つ、痣のでたものがいかに延命するかの研究だ。

これは鬼舞辻の呪縛に囚われておらず、消滅を免れた珠代さんと愈史郎君、そして蝶屋敷の医師達が主だって活動している。珠代さんが言うには鬼の血を希釈して個人が耐えうる量で特定の薬草と調合した薬を定期投与すれば延命は望めるということであった。

ゆえに痣のでた柱達と俺や善逸、伊之助など同期達は定期的に試験薬を投与している。本当に延命できるかどうかは、最初に鬼舞辻を倒した時に薄めた血を投与された悲鳴嶋さんがその日のうちに死ぬことなく生き延びたことで可能性は示されていた。

まだ鬼舞辻を倒して半年、悲鳴嶋さんは定期投与で生きて過ごしている。前のように呼吸をつかうことは出来なくなったが、それでも人として変わらず生きている。

鬼舞辻を倒した俺たちは満身創痍だった。もはや重傷で、生きていたのも暁光というくらいだった。柱も誰もかれも関係なく蝶屋敷で枕を並べて療養に励んだ。俺もあちこちやられていて、臓器がやられていないことだけが幸いだったか。伊之助も玄弥も同じようなもので、生きているだけでありがたいことだった。

しかし男部屋は怪我を治すだけというだけで落ち着いていたのだが、女性隊士の部屋ではその時、とんでもない事態が巻き起こっていた。

上弦の陸を撃破し、重傷のまま鬼舞辻とも戦い血鬼術の影響で重体になった善逸が、懐妊していることが判明したのだ。

女性隊士の部屋でアオイさんの悲鳴が響き、そしてすぐに俺の元にやってくると「善逸さんを最後に抱いたのはいつですか!?」と怒声で責められた。
男部屋は善逸の懐妊に騒然となり、そして同時にひどい怪我と血鬼術を受けたのに腹のややこが流れてしまうかもしれないから薬剤の投与が限られてしまうと知ると真っ青になった。もちろん、俺もだ。

俺のややこがいる。しかしそのややこを守るためには善逸に投与ができない。そうすると重体で予断の許さない状態の善逸が快方に向えない。

アオイさんにどうするかと問われて、俺は答えられなかった。
善逸も、ややこのどちらも選べなかった。
ややこを選べば善逸は辛く苦しく、下手したら死ぬ。
善逸を選べば、腹のややこが流れてしまうかもしれない。

けど俺が善逸を選んでややこが流れれば善逸はきっと心が壊れてしまう。善逸はいっとう優しい娘だ。自分のせいでと死ぬまで責めるだろう。人一倍、家族を望んでいるのだから尚更だ。

寝床から一歩も動けない俺は何も答えられず、なにもできなかった。アオイさんは俺をしばらく見つめて溜息をつくと、善逸が明日までに意識を取り戻したら本人に確認するといい、明日までに目覚めない場合は予断なしとして投薬をすると言ってでて行った。

俺はただ、泣くしかできなかった。

「ただいま」

俺は療養が終わったあと、無惨討伐の功を労って年若いお館様のご好意で故郷の住処に新しい屋敷を建ててもらった。俺は日の呼吸を継いでいくことが決まっていたのでちょっとした道場もある立派なものだ。
そこに人に戻った禰豆子と、体を思うように扱えなくなった善逸を連れ帰った。伊之助はここに滞在したり、ふらりと旅に出たりを繰り返している。

「お帰り、お兄ちゃん。宴会どうだった?」

出迎えてくれた禰豆子に上着を渡し、俺は草履を脱ぐ。

「たくさんの人が来ていたよ。もうすぐだと伝えたらみんな楽しみにしてると喜んでくれた。その日を迎えたら、ここで皆を呼んでお披露目をしようと思う!」

「もうお兄ちゃんたら気が早いわ。そういうのは落ち着いたらにしましょうよ。大変なのは善逸さんなのよ!」

「分かってるよ。それで善逸は?」

「お部屋で休んでるわ。やっぱりもうすぐだから、夜になると苦しくなるみたい」

禰豆子の言葉に、俺は僅かに不安になりいそいそと閨に向かった。縁側を通り、障子を開けると蝋燭の光が小さく灯るなか、善逸は布団に横になっていた。

「お帰り、炭治郎」
「ただいま。ああ、起きなくていいぞ。苦しいんだろう?」

起き上がろうとする善逸を制し、俺は布団へと寄った。善逸ははふっと息を吐くと言われるままに横になる。手の平はしきりに腹を撫でており、苦しいのだとわかる。

「大丈夫か?」
「・・・・・・うん。夜だからかな。ちょっと張っただけだよ」

善逸の言葉に俺もそろりと善逸の腹に手を当てた。善逸の腹は割れそうな程に膨らんでおり、俺が撫でるとその手を払うかのようにげしりと蹴られる。確実に俺の手に蹴りを入れてくる我が子に、もう父から母を守るのかとすごすご手を離した。善逸は眉を下げる俺をみて、くすくすと笑う。

「また蹴られてやんの」
「うん、善逸に触るなと怒られてしまった」
「ははっ。そんなわけあるかよ」
「いや、分かる。匂いが少し不機嫌だったから・・・・・・」

善逸は俺の言葉にふふっと笑う。

「お前が腹ぼての俺に無体を強いるからだろ」
「それは何ヶ月前の話だ。もうしてない。結婚してすぐの頃だけだろ」
「当たり前だ。臨月間近の妊婦を抱くなんて鬼の所業だわ」

俺は善逸の臨月という言葉にまた嬉しさがこみ上げてくる。そうだ。もうすぐ、来月には俺と善逸の子が産まれるのだ。

俺がアオイさんに選択を迫まられて答えられなかった翌日、善逸は意識を取り戻した。そしてアオイさんの説明を受けて、善逸は迷わずにややこを取った。

結果を教えに来てくれたアオイさんは「やはり父より母の方が逞しいですね」と言って善逸からの伝言を教えてくれた。

曰く、『絶対に無事に産むから、何も心配せず、考え込まず、さっさと治して食い扶持稼げ』だった。

全く持って頼もしい。
俺はそれからひと月くらいで回復すると、お館様に善逸との婚姻をすることを報告した。それで稼ぐ必要あるので仕事が欲しいことも伝えれば、日の呼吸の師範をして欲しいと言われたのでそれをもちろん受けた。

そこからはあれよあれよという間に屋敷が経ち、お館様と宇髄さんが腹が目立つ前に祝言をあげるべきだと熱弁されたため、善逸の回復とややこの安定を待ってお館様の屋敷でお館様が仲人となり式をあげた。

当日になって式をあげることを知った善逸は寝耳に水だと騒いでいたが、逃れられないと知ると大人しくなった。禰豆子や宇髄さんのお嫁さん方の手により整えられた善逸の白無垢姿はとても美しかった。
金の髪が綿帽子から垂れる様は型破りではあるものの、結い上げるほど長さが取れなかったのと派手な方がいいという宇髄の言葉でそのまま垂らさせていた。
しかしそれがとても美しいのだ。日の光を浴びて金の髪が綿帽子の間から光るのに多くの参列者が見惚れていたが、一番見惚れていたのは勿論、俺だと自負している。

外を駆け回らなくなった肌はより白く、紅を乗せた唇はよく熟れていて噛みつきたくなるのを堪えるのが大変だった。俺が長男でよかった。次男だったら無理だった。

とにかく善逸は日本一美しい花嫁だった。まろやかな丸みと幸せを抱えた美しい女だった。かつて善逸を男と間違えていた村田さんや先輩たちからは「お前、めちゃめちゃ見る目あるなあ。美人の嫁さん羨ましいわ」と褒められた。「もう全く男に見えないわ」と言われたように善逸は確かに女ぶりがあがった。要するに筋力が落ちたのだ。

何しろ怪我をしていたし、ややこがいるからと善逸は歩行訓練や日常生活の訓練はしても筋力をつける訓練などは長らくしていなかった。その結果、筋力は落ち、腹に子がいるからか脂肪も多くつき、少しずつふっくらとしていった。乳も少しずつ脂肪がつくようになり、ささやかながらも男と見まごうことはもうない。そして髪もほったらかしにした結果、肩につくくらいの長さとなったために、もう誰も善逸を男とは見間違わなくなった。

俺はしみじみと善逸は美しくなったなあと思った。これが俺に愛されて、腹に俺の子を宿したからだと思うと本当に感慨深い。自分は男だというように振る舞う善逸が蛹から羽化する蝶のように女になった。目の前に横たわる美しい女は俺が作ったのだ。

「ふふふ」
「なぁーにぃ?炭治郎、めちゃくちゃ顔がいやらしいんですけど」
「えっ、いや、なに、幸せだなぁと思っただけなんだが」

善逸はゆっくりと体を起こし、俺の額に浮かぶ痕を撫でるた。その顔は幸せに満ちていて、香りたつ匂いも全身で俺を愛おしいと教えてくれる。

「へへっ。きっと、これからもっと幸せになるよ。そうじゃなきゃあ、おかしいだろ?お前はいっとう頑張ったすごい奴なんだからさ」

「俺よりずっと、善逸のほうが頑張っていたよ。いまもずっと頑張っているじゃないか。腹の中でひとりの人間を育み産むなど男には逆立ちしてもうできないからな・・・・・・。ああ、本当にありがとう善逸。俺は間違いなく日本で一番幸せな男だ。幸せになる男だ」

ぎゅうと抱き知れば、善逸から嬉しい、幸せだという香りが立つ。

「俺はこれからも善逸を好きだよ。愛している。だから善逸もずっと俺を好きでいてくれ」
「・・・・・・馬鹿だなぁ、炭治郎。俺はこう見えて一途なんだぜ?・・・・・・お前がもし、俺を嫌いになってもさ。今の俺はもう、お前だけを好きだよ。まあそんな未来は来ないんだろうけどさ」

胸元でくぐもった声が聞こえる。
むずがるように善逸が額を懐に擦り付けてくる。甘えたな妻が可愛くて俺は?が緩みっぱなしだ。

善逸が言うようにこれからもっと幸せにる。
来月には子が生まれて、みんなきっと祝ってくれる。
お宮参りをして、お食い初めをして、お披露目もしよう。

幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがしていた。
けれどこの幸せは善逸の中から血潮とともにやってくるのだ。

雷の呼吸のため宴ではめっちゃ雷雨になった

鬼舞辻を倒し、鬼が一応はいなくなり、禰豆子ちゃんも人間に戻り、俺にはもう心残りなんてないと思った。
鬼になった兄貴の頸を落として、なんとか爺ちゃんに顔向けできるようにとボロボロの身体でその後も戦った。もうここで死ぬかも。けど鬼がいなくなる世界を作るのに少しでも役立ったなら、爺ちゃんも喜んでくれる。だから死んでもいい。そう思ってたのにーー。

「善逸さんあなたは懐妊しています。お腹に赤ちゃんがいます」

蝶屋敷で目を覚まして、あれ?これもう俺ヤバくない?容態がちょぅと悪くなったら死ぬやつじゃない?って感じのところでアオイちゃんにそう言われた。
なんでも薬を使うとややこに影響あって流れるかもしれない。でも薬使わないと自分自身が死ぬかもしれないと言われ、どっちを選ぶかと聞かれた。

そんなん一択だよね?
薬なんか使わずに治しますよ。

・・・・・・というわけで我妻善逸は絶賛、死にかけている。腹の子の父親である炭治郎もちゃんと生きてるらしく、俺よりは怪我も軽いらしい。アオイちゃんは俺の意識のない時に父親である炭治郎に投薬をどうするか確認しに行ったらしいが炭治郎は沈黙しか返さなかったらしい。炭治郎っぽいわ。あいつ、相変わらず判断遅いよな。赤子を優先させんのが当たり前だろーーが!!

「シィィィィ、シィィィィ」

「善逸、善逸、頑張れ!負けるな!お前は強い!こんなところで死なない!頑張れ!負けるな!」

俺が必死に呼吸だけで治癒を促してるのに対し、歩けるようにまで回復した炭治郎が病室抜け出しては俺の寝台の横で騒いでいる。正直言ってくそ煩い。こっちは痛いの我慢して呼吸使ってんだよ!集中しなきゃなんだよ!お願いだから静かにしてくれ!!

「あっ!お兄ちゃん!また善逸さんのところに侵入して!!邪魔になるから出てってよ!!」
「あっ!禰豆子!だ、だが善逸が頑張ってるのに俺だけ何もしないのは我慢ならないんだよ」
「何もできない割に邪魔だけするのはやめて!!早く!出てって!」

俺の病室で竈門兄妹が今日も喧嘩してる。人間に戻った禰豆子ちゃんは兄である炭治郎の状況と俺の腹に炭治郎の子がいると知った途端に幼なげだった精神が一気に13歳くらいまで引き戻ったらしい。そして兄よりも兄の子を宿した俺の面倒を見たいとアオイちゃんに掛け合ったらしく、禰豆子ちゃんは恐れ多いことに俺の専属に近く密な介助をしてくれている。

それはもう、食事から身の清め体勢の変更・・・・・・そして排泄までだよこんちくしょう。禰豆子ちゃんにそんなことまでしてもらうなんて悲しいし申し訳なさすぎる。けど今の俺は腹の子を育てる為に俺自身を生かすので精一杯なのだ。禰豆子ちゃんにせめてお礼を伝えたいと言葉を発せば「いいから自分とお腹の子のことだけ考えてください!!」とピシャリと叱られれた。いや、心配してくれてんだけどね。叱られたような気持ちになるんですよ。

というかあれですよ、さすが炭治郎の妹だけあるよ。すっごいしっかりしてる。鬼になった経緯や家族の死や戦って来た記憶は朧げにあるらしく、それでも禰豆子ちゃんはしっかり立っている。もっと自分のこと考えてと言いたくなるくらい頑張ってる。なんて良い子なんだ・・・・・・。この先禰豆子ちゃんに幸せがいっぱいありますように。

「ぜ、善逸・・・!何かあったらすぐに呼んでくれ!飛んでくるから!!」
「何にもないから早く出てって!静かにして!!」

実の兄を病室から追い出した禰豆子ちゃんはふーふーと肩で息をしてからテキパキと隣の寝台のシーツを変え出した。この部屋は2人用の病室で、だけど俺はあんまり動けないからベッドを清潔に保つ為に2つの寝台を行ったり来たりしている。もちろん歩けるわけないからみんなに運んでもらうわけなんだが、本当に申し訳ないわ。
ちなみに寝台が2つあるのをいいことに、見舞いのつもりで来てるらしい伊之助がよく片方で寝こけて禰豆子ちゃんに叱られている。その後部屋を追い出されて、男部屋の方から「ずるいぞ伊之助!!俺も善逸と一緒にいたいのに!!」などと叫んでる炭治郎の声がよくするが面倒なので俺は聞かなかったふりだ。

「・・・・・・善逸さん、お兄ちゃんが騒がしくしてごめんなさい。善逸さんならきっと分かってると思うんですけど、その、お兄ちゃんは善逸さんが大好きだから心配でしょうがないだけなんです」

そう言ってくれる禰豆子ちゃんに俺はなんとか微笑みだけを返した。残念だが呼吸に忙しくて会話は無理です。禰豆子ちゃんもそのことは分かってるからホッとした音が聞こえた。

「・・・・・・善逸さん、頑張ってください。みんな、あなたのことを心配してます。私もお兄ちゃんに負けないくらい心配してます。・・・なにかあったら遠慮せずに教えてくださいね?」

禰豆子ちゃんはそう言って俺の手を撫でると取り替えたシーツを持って病室を出て行った。なんて出来た子なんだろうかと思う。けど俺としては禰豆子ちゃんに申し訳がたたない気持ちが大きい。
だってよく考えてみてくれ。12歳の時に鬼になって、15歳のときに人間に戻れて、たった1人の家族である兄には孕ませた女がいる。しかも男みたいな奴ときたね。

・・・・・・・・・・・・。

い、居た堪れない!!
人として目覚めて兄の無事を確かめて、その兄には時期に生まれる子供がいますとか切ないわ!!可哀想だよ!!禰豆子ちゃんが辛い時に兄貴は女としけ込んでましたとか悲しすぎるわ!!炭治郎はもっと禰豆子ちゃんの立場とか気持ちを考えてから俺を計画的に孕ませて欲しかった!!

ていうかあいつ、マジでいつ中に出したんだよ!!さすがにガチで孕まそうとすんのはやめてと懇願して外に出してもらってた筈なんですけど!?まあ、突っ込んでるから避妊も完璧じゃなかったんだろうけど!!というか最終決戦のときにはすでに身重とかしんどいわ!!俺、ひとりで兄貴と戦ったつもりだったけどまさかの2人だったとはね!いやーひとりじゃないって素晴らしいわ!!力を合わせて勝利したってか!!あああああ身体中が痛いわああああ!!

「・・・死なない死なない。俺は死なないね。大丈夫、大丈夫」

俺は腹をさすりながら結局は回復の呼吸をするしかない。あとどれだけやればいいのか分からないけど、最長でもあれだ、産まれるまでだろ?楽勝じゃん!

「ウィヒヒ・・・・・・爺ちゃん、俺頑張るよ・・・」

諦めるなって応援してくれてるよね。

********

「ううっ・・・やはりまだ少し痛むな・・・」

ずきりと痛む腹に眉を顰めながら、俺は産屋敷家の座敷に座っていた。先日、傷も良くなって来たためお館様へのお目通りを願う手紙を出したところ快く招いていただけたのだ。

お館様にお会いしたかった理由は2つある。
ひとつは善逸と夫婦になることの報告。
そしてもうひとつは家庭を持つにあたって職を得たいということだ。

今の鬼殺隊は怪我が少なかったもの、動けるものが鬼の残党が本当にいないかを確認して回っている。今のところは鬼の存在は確認されていない。あもは隠の人たちが事後処理などを行なってるらしく、鬼殺隊は今後は規模が縮小されていき、解散になるのではないかというのが村田さんなど見舞いに来てくれた先輩隊士たちの見解だった。

俺は生家があったところに戻って炭焼きをまた始めてもいいかとも思ったが、もうあの家には人が住まなくなり何年も経つ。換気もできていないし痛みがひどいだろう。もしかしたら野党が住みつかぬように一家で消えてしまったことに気づいた街の人たちが取り壊してしまっている可能性もある。

俺と善逸も給金はそれなりに貰っていたし、任務に行っては療養、そして鍛錬からの任務と繰り返していたからそんなに使うことはなかった。養っているのも己だけだったために仕送りなども別にない。
だが家を再度作り直すにも金がいる。しかも善逸は身重だ。これからたんと栄養のあるものを食べていかねばややこは育たないし、ややこを産んでからは乳を出す為にやはりいいものを食わせてやりたい。

つまり俺は早く働きたいのだ。家を直して、炭焼きの窯も直してなどやってる余裕がない。しかし村田さんから聞けば職を鬼殺隊を離れ、職を探す隊士にはお館様が斡旋を請け負ってくれているとのことだった。
それならば折角、お館様のお心遣い。図々しいながらも俺もあやかりたいと思ったまでだった。

座敷に通されて少し経ったあたりで人が来る気配がした。俺はすっと居住まいを正すと襖が開くと同時に頭を下げる。

「やあ、炭治郎。身体の具合はもういいのかな?」
「はいっ!怪我も殆ど癒ており、日常生活はもとより呼吸を使用しての戦闘も可能となりました!」
「それは良かった。ああ、楽にしていいよ」

お館様の言葉に俺は顔を上げた。目の前には齢8歳というのに人を導く力を備えた産屋敷輝利哉様が座っている。俺が新しいお館様にお会いするのはこれで2度目だ。1度目は鬼舞辻を倒した直後にお声を掛けて頂けた。だが怪我もあり意識も朦朧としていたから実質、きちんと向き合うのはこれが初めてだ。となりを見れば宇髄さんが座っており、まだ歳若い当主の補佐をしているも聞いていた。

「お館様、本日はお時間を割いてくださり感謝しております!」
「うん。私も炭治郎に会えて嬉しいよ」

にこりと笑う笑顔は先代のお館様よりも当然ながら幼さを感じるが、それでもやはり似ている。雰囲気もだが、こう・・・・・・声の感じも似てる。まだ声が高いけれどふわふわとした心地になる声だ。耳のいい善逸だとひっくり返りそうだ。

「それで、今日の用向きはなにかな?」
「あ!えっと、すでに聞き及んでいるかと思われますが、我妻善逸隊士が俺の子を身篭りました!なので夫婦になることをお館様にご報告せねばと思い、参上しました」
「ああ、聞いているよ。とても目でたいことだ。おめでとう、炭治郎」

お館様直々の祝いの言葉に俺は嬉しさがよりこみ上げてくる。お館様も喜んでくれていることが匂いで感じ取れる。

「ありがとうございます!!」
「うん、夫婦になってからも大変なことはあるだろうけど炭治郎と善逸ならきっと乗り越えていけるよ」
「はい!善逸とお互いを支え合い、精進します!」

ありがたいお言葉に興奮がやまない。お館様に善逸と夫婦になることを認められたことがこんなにも嬉しい。善逸と手を取り合って、そして禰豆子と産まれてくる子供と幸せに暮らしていきたい。その為には俺は大黒柱としてやねばならぬことがある。

「つきましてはお館様!図々しいながら、お願いがあります!」
「何かな?」
「鬼殺隊は今後、解散の流れになると伺いました!ですが俺は妻子を養う為に早急に職が必要なのです!お館様は新しい道を進む隊士に職の斡旋をしてくださると聞き、俺もお願いしたく思います!」

そう言って頭を下げれば「なるほど」と歳若いお館様の声がする。

「顔をあげて、炭治郎」

その言葉に俺はゆっくり顔を上げる。お館様は少しだけ困った顔をして笑っていた。

「・・・・・・炭治郎の想いは分かったよ。たしかに妻子を養うのは夫として父として責務だ。職を欲する君は正しい。・・・・・・だが、ひとつ確認したい。君は鬼殺隊から出ていきたいと強く思うかい?」

お館様の言葉に俺はどういう意味だろうかと首を傾げそうになるが、お館様に気安い態度は取れない。俺はなんとか堪えると「どういう意味でしょうか?」と失礼ながら聞いた。鬼殺隊は柱を残して後は解散になるようだと聞いていたんだが・・・・・・。

「きっと又聞きで聞き及んでいるとは思うが、鬼が発見されない今、鬼殺隊は呼吸を継いでいく柱とそれを補助する隠や刀鍛冶をいくらか残して解散となる。これは間違いないよ。だけどね、私は優れた呼吸の使い手には柱でなくても呼吸を継ぐ為に残って欲しいと思っているんだ」

「・・・・・・と、言いますと?」

「炭治郎にも残って欲しい。鬼舞辻無惨の頸を斬った日の呼吸を後世に残して欲しいんだ。これは近々、炭治郎に願い出ようと思っていたんだが・・・・・・君の方が早く来てしまった」

お館様はそう言ってクスクスと笑った。えーと、つまり・・・・・・ヒノカミカグラを日の呼吸として継承してほしいということか。竈門家だけに伝わるだけで、失われた始まりの呼吸を再度残していく・・・・・・。

「勿論、炭治郎とその家族が十分に生きていける給金をだすよ。それに加えて鬼舞辻を討った功績に褒賞もだす。こちらはもし、君が呼吸の継承を断っても渡すよ。そしてここに残りたくないというのなら勿論、新しい職を紹介しよう。・・・・・・君たちには並々ならぬ恩がある。自由に自分の道を選んでほしい」

お館様の言葉に胸が苦しくなる。お館様から感じられる匂いは感謝と喜びとそれだけでない複雑な寂しさと悲しみの匂いだ。産屋敷家の当主として幼いながらに隊士を導くその身と背負った宿業の悲しみに俺は涙が出そうになる。

なんて優しい方なんだ。こんな匂いをこんな歳でさせなければならなかったのが悔しい。その憂を晴らすのに俺が少しでも手助けできればと思う。

「・・・お優しいお言葉、ありがとうございます。俺は今後、鬼舞辻のようなものが現れないことを信じています。けれど信じていても及ばないことがらあるのを知っています。・・・・・・その時のために、俺に日の呼吸を継承していきたい。使われないことを、必要とされないことを信じて継承をしていきたいです。・・・・・・引き継ぎ、鬼殺隊に在籍することを謹んでお受けします!」

そう言って頭を下げる。お館様からは嬉しそうな匂いがして、俺はこれでいいのだと納得できた。鬼が消え、平和になった。けど辛い記憶を忘れるのではなく、繋いで伝えていかなければ。それが生き残ったものたちの責任だ。

それから暫く、お館様と宇髄さんと取り止めのない話をした。蝶屋敷で療養中の隊士の話、鬼はもう存在を確認できない話、そして・・・・・・。

「しかしお前と善逸がこんなに早くまとまるとはな。いつかはと思ってはいたが・・・・・・。お前、純朴そうな顔してやることはやってたんだなぁ」

「わっ!う、宇髄さん!お館様の前ですよ!」

「ははっ。気にしなくていいよ。その手の話も父上には手ほどきを受けていたから。産屋敷の男は耳年寄りなんだ。それに父は僕たちを作ったのは炭治郎よりも若い頃だったよ」

お館様の言葉に、俺より若い頃とは先代はお幾つだったのかと思う。貫禄があったために年齢は分かりづらかったが、想像以上にお若かったのか・・・・・・。

「そういえば祝言はどうするんだい?善逸はまだ床上げできないのだろう?」

「えっ、祝言?」

「あん?なんだよ、やらねえつもりだったのか?」

お二人の言葉に俺はダラダラと冷や汗を掻いた。そうだ、祝言だ。すっかり失念していた。夫婦になるのなら、祝言が必要じゃないか。

「うっ・・・・・・失念してました。ですがやりたいのは山々ですが、移り住む家もまだ見つけてませんし、善逸の体やお腹の子のことを考えると・・・・・・」

できるだろうか?善逸は必死に回復の呼吸のみで自身を癒している。薬にも頼れない状態だ。そんな善逸に祝言をあげようと言うのは負担にならないだろうか?
俺は・・・・・・あげたい。祝言をあげたい。白無垢に身を包んだ善逸をとっても見たい!!だが身重には辛いのではないだろうか。善逸と赤子に何かあるかもしれないなら、諦めた方がいいのではないだろうか?ああーでも・・・・・・禰豆子や伊之助、沢山の仲間たちの前で夫婦の誓いを立てたい・・・!!

「ああ、なるほど。たしかにそうだね。思うようには中々いかないか・・・・・・。私としては2人に祝言を挙げてほしいな。新たな門出となる鬼殺隊として、共に生死を掛けて鬼舞辻を倒した隊士達が夫婦になるなんてとても目でたいことだ。しかもお腹にはややこもいる。そんなとても素晴らしいことはみんなで是非、祝いたい。だけど・・・・・・ううん。母子の健康が一番ではあるし・・・・・・。天元、どう思う?」

「そりゃあ勿論、挙げるしかありません」

宇髄さんの言葉に俺もお館様にも目を開く。宇髄さんはそれが当然と言うように強い目で言い切ったからだ。

「いいか炭治郎。女にとっても男にとっても祝言は特別なことだ。女は夫となる男に身を捧げる覚悟を誓い、男は嫁となる女を命をかけて慈しみ守ることを誓う場だ。やらないなんて許されることじゃねぇ。それに女が白無垢を着れる機会だぞ?お前は善逸を手放す気なんて一生ありゃしねぇんだろ?それなら善逸はこれを逃せば、白無垢に袖を通すことなく死ぬことになるじゃねぇか。お前もそれでいいのか!?愛した女の白無垢姿を見ないままでテメェは死ねるのか!?」

「できません!俺も善逸の白無垢姿が見たいです!!」

「ならやることは決まってんだろ!ド派手に祝言をあげるぞ!!善逸の身体?お腹のやや子?そんなもんは善逸が死ぬ気でなんとかするに決まってるから気にすんじゃねえ!負担かけたくねぇっていうなら、当日まで黙っとけ!!準備は全部こっちでやりゃあいい!善逸が回復してややこが安定したらやるぞ!!覚悟しとけ!!俺様が派手に手配してやる!!」

「ありがとうございます!!」

そしてその場で祝言は産屋敷のお屋敷で挙げることに決まった。俺は恐縮しきりだったが、鬼殺隊を上げて祝言を挙げるなら参列者がとんでもない数になるから普通の家では入りきれないと言われれば受けるほかない。
それから善逸の容態を見ながら予定を決めること、移り住む家のことなどを話し合った。

「おい、炭治郎」

話を終え、お館様の御前を退き屋敷を出るために廊下を歩いていた俺だったが、後を追ってきたらしい宇髄さんに呼び止められた。

「なんでしょうか?」

俺が振り返って問えば、宇髄さんは真面目な顔で壁に寄り掛かっている。ピリッとした空気に俺は宇髄さんを正面に向き直った。

「いや、一つ言い忘れたことがあったんだわ。その、善逸のことだがよ。祝言をあげるのはあいつにとって一つの区切りになると思うんだわ」

「区切り、ですか?」

宇髄さんはこくりと頷く。俺も確かに祝言は夫婦を始める区切りとしてはいいとは思っていたが・・・・・・。

「善逸は孤児だろ。今まで家族どんなもんかなんて知ってはいても理解はしてなかった筈だ。だからあいつは育てや兄弟子を爺ちゃんやら兄貴って呼ぶ。まさに家族ごっこだ。だが、それももうない」

宇髄さんの言葉に胸がギュッと痛む。善逸は最終決戦の際に鬼なった兄弟子を討ったと聞いている。そも、善逸の体を苛む傷のほとんどはその兄弟子の血鬼術によるものだ。そして鬼になった兄弟子の責任を取って、善逸の育ては腹を切っている。・・・・・・俺も禰豆子が万が一、人を襲い喰っていたら鱗滝さん、義勇さん、そして俺はその道を辿った筈だ。善逸は家族のように慕っていた人たちを亡くしたんだ。

「お前達は祝言あげるよりも先にガキができて、夫婦になる。別にそれが悪いとは言わねえ。世間としては外聞悪いかもしれないが鬼殺隊は死に近い場所だ。世間と合わせてなんかいられねぇ。だがな、善逸は家族なんてもんの実感がないやつだ。だからこそ、成り行きで夫婦になるんじゃなく、はっきり祝言をあげて示してやれ。夫婦になるんだと。家族になるんだと、善逸に分らせてやれ」

宇髄さんは「それだけだ」と言って俺の返事も待たずに来た道を戻って行った。俺はその背中に静かに頭を下げた。
宇髄さんの言うように俺と善逸には祝言が必要だ。家族を知らない、けれど寂しい家族が欲しいと泣いていた善逸に俺が家族になるときちんと形にして教えてやりたい。

もう善逸が不安にならないように、寂しがってひとりで泣かないように。

****

「おい!飯だぞ!」

そう言って病室に入って来たのは伊之助だった。いつも被っている猪頭は取り払われていて、美しすぎて腹が立ってくる顔が晒されている。

「おっ、ありがとうね」
「ん」

伊之助は寝台用の机を出すと俺の前に置いてくれる。そして味噌汁を溢さないよう気をつけながら配膳までしてくれる。正直、伊之助どうしちゃったのよと思わなくもないが、最近はよくあることだった。

俺はだいぶ傷もいえ、短時間で有れば歩行訓練も始めている。とはいえ、まだ全然本調子ではないので大半は寝台の上だ。けど排泄も自分でできるし、湯船は無理でも風呂で体を洗うのはできるようになったので以前より雲泥の快適さだった。

そして身体が動くようになってきた頃から、禰豆子ちゃんは別の仕事があるとかで俺の補助をする時間が短くなった。その代わりに炭治郎や伊之助があれこれと手を貸してくれるようになった。今日は禰豆子ちゃんも炭治郎もいないからか、伊之助がずっとそばにいてくれている。

「おっしゃ!食うぞ!」
「はいはい、頂きます」

伊之助も自分の分を持ってくると簡易の机を持ってきて椅子に座る。伊之助は食うぞと言いながらも、手を合わせてからご飯を食い出した俺をじーっと穴が開くほど見ている。正直言って食いづらいが、伊之助が俺を観察する理由はわかっているので指摘はしない。

「どうだ?食えるか?」
「ああ、うん。大丈夫よ。最近は割と物食えるようになってきてるのよ。この話、一昨日もしなかった?」
「したけどよ、今日も食えるからわかんねーだろ!!」

伊之助が真剣な顔していうのにむず痒さを感じる。伊之助が言うところのほわほわするってやつかな。

「おい!これも食え!ほら!」
「いやいやいや!それお前のだから!それとそんなに食えねーわ!」
「何言ってんだ!赤ん坊がでっかくなるのに飯食わないとダメだってアオナが言ってたぞ!!」
「アオイちゃんな。あと俺、あんまり動いてないからそんなに食ったらダメなんだよ」
「いいから食え!食える時に食え!」
「ああああー!!もう!分かったよ!食べるよーー!」

俺がそう言うと伊之助はせっせと自分の皿から魚やら煮物やらを俺の膳に乗せていく。ちょちょちょ!流石に多いわ!

「めいっぱい飯食って、早く治せ」

神妙な顔でそう言う伊之助に俺はため息を吐く。伊之助がやたらに食わそうとしてくるのは俺がついこの間まで悪阻が酷くて食事がままならなかったからだろう。体も治ってないのに少ないご飯を喰ってはゲーゲー吐くのに炭治郎も伊之助も真っ青になってた。まあ、あの時は結構確かにやばかった。

そんな感じに死にそうになってから、やたらに伊之助は俺の心配するようになった。俺の体調が悪くてぐったりしてると焦った音をだし、割と体調がいい日はホッとしたような音をだしている。親分は心優しいなぁ・・・・・・というのも間違ってはいないが、どうやらそれだけではないようだ。

「なあ伊之助。これ食べたら散歩に行こうよ」
「・・・・・・」
「いいだろ?ようやくちょっと歩けるようになってきたし、1日中部屋の中は気が滅入るよ。なぁ、いいだろ?親分が一緒なら大丈夫だって」
「長い時間はダメだぞ。権八郎とねず公がうるさいからな」

伊之助はそう言って俺にやってしまって少なくなったお膳を食べ始めた。結局は俺の要望に答えてくれる優しい親分に俺は自然に顔がにやける。

「ウィッヒヒ・・・伊之助がこんなに優しいくしてくれるとはね。生き延びてみるもんだわ」
「なんだよ、うるせぇな!」

?を赤らめながらも伊之助は前のように俺を殴ったりしない。まあ、これは俺が妊婦だからだろうな。伊之助は俺の腹にいる赤子に興味津々で・・・そもそも伊之助は赤子というものに思い入れがあるらしい。

・・・というのはカナヲちゃんに聞いたことだ。なんでも伊之助の母親は上弦の弐の鬼に追われて止む終えなく伊之助を川に落として逃したらしい。そのことを上限の弐と戦った際に伊之助は知り、母親のことを思い出したそうだ。

「・・・伊之助。俺、頑張るよ。頑張ってちゃんと元気な赤ちゃん産むな」

だからそんなに心配するなよ。・・・とは口にはしない。

「当たり前だろ。ちゃんと産まねえと承知しねぇぞ」

ああ、全くもって。なんて音を立てるのか。産む前から幸せな気持ちになっちまう。だけど今からこれなら、産まれたときはどんな音を聴かせてくれるんだろうか。

********

「柄はやっぱり鶴ですよ!生涯を共にする夫婦にぴったりです!」

「それもいいけど、鬼舞辻を討ち倒した2人が夫婦になるんだもの!平和の象徴でもある鳳凰なんかもいいんじゃない?」

「須磨、まきを、待ちなさい。炭治郎君も善逸さんも痣を出されているのよ。ならば2人の無病息災を祈って菊がいいと思うわ」

「ああ?それも素敵??でも吉祥を願ってる松竹梅の柄も捨てがたわぁ!あ、牡丹もいいかも!やっぱり女の子は花柄が可愛いわ?禰豆子ちゃんはどう思う?」

「そうですね、甘露寺さんの言うように花柄はいいかもしれません。善逸さんはまだ若い花嫁ですからね!ああ、でも鶴も鳳凰も捨てがたいです・・・・・・!ううーん難しいですね」

「禰豆子、裏地ってどうする?白で統一するか、流行りの赤を入れるか・・・・・・」

「赤!赤にしましょう!竈門家といえば赫灼です!お兄ちゃんは赫灼の子ですから、その嫁となる善逸さんには赤を身につけて貰いたいんです!!」

「きゃああ??浪漫ちっくだわ??」

「それじゃあ赤に合う柄を選ぶとしましょう。須磨、まきを!反物を取りに行くわよ」

「はい!」

「は?い!」

「髪はどうしましょうか?善逸さんといえば金の髪ですけど・・・金のかつらはないですよね?」

「金のかつらは・・・・・・あったとしても善逸の地毛の方が絶対に綺麗よ」

「ああ?そうよね。善逸ちゃんの髪は本当に綺麗な金色だもの。でも結い上げるには長さが足りないし・・・・・・。でも結い上げないと角隠しが似合わないし・・・」

「角隠しじゃなくて綿帽子にすればいいだろ。髪は横を一房ずつ残して、後は後ろで編み込んじまえ。結い上げる必要なんかねえよ。あいつの金の髪はド派手なんだから、どうせ簪なんか霞んじまう」

「それもそうかも。ああ?でも髪に何も飾りがないのは寂しいわ。そうだわ!洋装の飾りを取り入れるのはどうかしら?絶対に可愛いわ??」
 
「反物持ってきました?」

「きゃあーー素敵ーー?」

「おお?、いいじゃねえか、どれも上物だな」

「うわああ・・・こんなに上等な生地を見るの初めて・・・?見て見てお兄ちゃん!凄いわ!目移りしちゃう!!善逸さんどれが似合うかしら!!・・・・・・お兄ちゃん?お兄ちゃん!!」

「はっ!な、なんだ禰豆子!」

目の前で繰り広げられる会話についていけず、意識が飛んでいた。禰豆子に呼ばれてようやく帰ってこれたが、目の前には反物の山だ。見慣れない俺からしたら恐ろしい光景だが、禰豆子は気にもせずに反物を赤生地に当てては吟味している。

「もう!お兄ちゃんのお嫁さんに着てもらう反物を選んでるのよ!なんでそんなに無関心なの!?ちゃんと善逸さんをお嫁さんにするつもりあるの!?」

「勿論だ!善逸には絶対に俺のお嫁さんになってもらう!!」
「じゃあお兄ちゃんも一緒に選んで。内緒にしなきゃいけないから善逸さんには選んで貰えないし・・・・・・せめて夫になるお兄ちゃんが選んであげてよ!」
「あ、ああ・・・・・・」

禰豆子に言われるまま、反物が敷き詰められている場所による。輝く白の反物がたくさんあるが・・・・・・ち、違いがよく分からない。

今日、俺たちはここ宇髄さんの屋敷にて善逸の着る白無垢を作るための反物選びをしている。参加者は俺と禰豆子、宇髄さんとお嫁さん方、そしてカナヲと甘露寺さんという圧倒的に女性が多い布陣だ。そんな女性たちがあーでもない、こーでもないと議論を繰り広げてる中でよくよく知識もない俺が踏み込んでいっても一蹴されるだけだろう。それに・・・・・・。

「ううん・・・・・・どれでもいいなぁ」

ついつい本音が漏れると女性陣達が全員揃ってこちらを振り向く。全員が全員、「こいつ正気か」って顔をしている。宇髄さんも半笑いだ。

「お兄ちゃん?本気で言ってるの?」

禰豆子から不穏な匂いが漂ってくる。正しく、腹を立てている匂いだ。これはまずい。別に白無垢に興味がないわけではないんだ!ただ!そう!

「いや、言い方が悪かったな!違うんだ!!善逸はどの柄の白無垢でも一等、美しいに決まっている!!俺は善逸が白無垢を着て幸せそうに微笑んでくれたらそれだけでいいんだ!!」

俺は焦りながらも正直な心を言えば、女性陣達は穏やかに笑ってくれた。良かった、ひとまず誤解は解けたようだ。だが実際に俺は白無垢の柄や合わせる小物の色まで特に気にならない。先程伝えたように善逸はどんな白無垢でも絶対に美しいし、可愛いに決まってる。というよりも俺の嫁になるために白無垢を纏っているというのが重要なんだ!!

・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

「もう?!お兄ちゃん合わせるの下手!!あっちでお茶でも飲んでて!」

結局、禰豆子に輪から追い出された。俺はすごすごと壁際に寄るとお盆の上に置かれている湯呑みに急須から茶を入れて啜る。うん、ばっちり冷めているな。

「あー・・・やっぱり男はあの輪の中にはいらねぇな」

そう言って宇髄さんも俺の横に腰掛けた。俺は空の湯呑みに茶を注いだが、そういえば冷めているんだった。しかし淹れ直すも何も他所様の家なので勝手にはできない。迷った俺だったが、宇髄さんは気にせず湯呑みを取り上げると一口啜る。そして「冷めてんなぁ」と笑い、嬉しそうにお嫁さん方を見た。お嫁さんたちはこちらのことなど気がついてないようで今は小物選びに余念がない。

「いやぁ、女たちの熱は凄いもんだ」

「本当に・・・・・・。でも禰豆子が凄い楽しそうで良かったです」

「俺の嫁たちも楽しそうだ。・・・・・・俺は白無垢着せてやれなかったからなぁ」

しみじみと言う宇髄さんの言葉に俺は驚いた。あんなに祝言をやれと言っていたのに、どうして自分はあげなかったのだろうか。

「祝言はあげなかったんですか?」
「いや、祝言はやった。けど俺の古巣は忍びの里だ。嫁も3人っていう風習があるように祝言にも風習があった。・・・・・・白無垢を着るようなやつじゃなかったってことだ。けど忍びの里のもんでも外のことは知ってる。嫁たちも女だからな。白無垢に憧れがあっても不思議じゃねえ。まあ、言わないだろうけどな」

そう言った宇髄さんからは後悔・・・ではないがやるせ無さの匂いがする。宇髄さんも愛した女の白無垢姿を見たいんだろう。俺はとってもみたい。それなら宇髄さんも見たいんだ。間違いない。

「着せてあげたらいいじゃないですか、白無垢」
「はあ?俺らはもう祝言はあげ終わってんだよ」
「そうですけど、祝言以外に着たらダメなんでしょうか?喜んでくれるなら、俺はいつだって善逸に着せてあげたいです」

いつ着たって白無垢姿の善逸は可愛い。可愛い善逸をたくさん見たい。祝言以外は憚れるなら、俺の前でだけ着ればいい。

「・・・・・・そうだなぁ。まあ、考えとくわ」
「はい!考えてみてください!」

そう言って禰豆子を見る。禰豆子は目を輝かせながら反物を撫でている。禰豆子は裁縫が好きで得意だったからこうして綺麗な反物を見るのが堪らなく嬉しいのだろう。それに禰豆子にはこの婚礼衣装には並々ならぬ想いがあるはずだ。

「あああ・・・こんな綺麗な反物に針を通すなんて緊張するっ・・・!」

禰豆子は両頬を手のひらで包み込むとそう漏らした。そうなんだ。禰豆子に善逸と祝言をあげると伝えたところ、禰豆子は善逸が袖を通す白無垢にひと針でもいい、糸を通したいと願った。善逸の白無垢と俺の黒紋付は隊服を作ってくれていた隠の人たちが総力をあげて作ってくれるとのことで、俺は前田さんに禰豆子の願いを叶えて欲しいとお願いした。
その願いは叶い、禰豆子はひと針ではなくそれなりの縫製を行うことになった。その結果、禰豆子は善逸の介助を一旦は控えて今は鈍ったという裁縫の腕を戻すためひたすら練習をしている。俺から見るとどこが鈍ってるのか分からない。
俺が「無理はするなよ」と声を掛ければギッと睨まれて「無理だってするわよ!善逸さんが着る白無垢を作るのよ!!絶対に失敗できないの!!」と言われてそれからは何もいえなかった。だが禰豆子が善逸の為に何かをしたいと思ってくれるのが嬉しい。

「そういや、嫁と小姑は仲良くやれそうなのか?」
「あ、はい。問題ないです」

コソコソと聞かれた事に、俺もコソコソと返事をした。禰豆子は善逸を慕っているし、善逸は鬼である禰豆子を鬼の攻撃から庇うくらい大事にしてくれていた。2人とも思いやりある優しい人だから問題はない。

「ふうん、良かったじゃねえか。嫁と小姑は揉めるのが普通だからな」
「そ、そうなんですか?」
「一般的にはな」

宇髄さんにそう言われ、2人が喧嘩をする姿を想像しようとしてみたが・・・善逸に対して禰豆子がプリプリと怒り、ひたすら善逸がオロオロと謝る姿しか浮かばない。しかも禰豆子が怒る理由は善逸が心配かけるようなことをするからというものに決まってる。
うん、竈門家の未来は平和だ。

「そういや結局、新しい家には3人で住むのか?まあ、ガキ産まれた4人だけど」
「いや、伊之助も連れてきます。本人は山と行き来するつもりみたいですけど」

家に関してはお館様が鬼舞辻討伐の褒賞として、以前の竈門家があった山に作ってくれることになっている。さほど広くなくていいと言ったのだが、お館様に「これから子が増えるのだから、あらかじめ広く作った方がいいよ」と言われてしまった。たしかに、子が多いなら広い方がいいかもしれない。俺としては願わくば6人くらいは欲しいからな。このことを善逸に伝えれば「いやいやいや!1人目もまだ産んでないのにその先なんて考えられんわ!!しかも6人!?多すぎじゃね!?」と言っていた。
俺としは多くないと思うんだが、産むのは善逸だからな。母さんが大丈夫だったから善逸も大丈夫とは限らないと禰豆子にも嗜められたし、まあおいおい考えていこう。

「・・・・・・そういやあ、伊之助といえば最近は見かけないな。あいつ今、なにしてんだ?」

「伊之助ですか?大体は蝶屋敷の周りで鍛錬か・・・今は善逸の側にいると思います。俺も禰豆子も出払っているので、善逸の介助を伊之助がしてますよ」

伊之助が善逸の介助をと聞いて、宇髄さんは少し驚いた様子だった。まあ俺も最初は少しだけびっくりした。伊之助は優しい奴だから善逸を心配してるのは不思議ではなかったが・・・・・・丁寧に介助をしてやっているのに驚いたんだ。伊之助は丁寧とかゆっくりとかが苦手だから、それを辛抱強くやってるのに驚いた。

あれはいつだったか・・・・・・。俺と伊之助が機能回復訓練も終わり、より鍛錬する為に走り込みに行かないかと伊之助を誘った時だった。

「行かねえ」

鍛錬を誘えば伊之助は付いてくるのが殆どだったから断られたのに驚いた。何か用事があるのかと問えば信じられないという顔でこう言われた。

「俺も炭治郎もいなかったら、誰が善逸と腹の中の子供を守るんだよ!」

真剣な目でそう言った伊之助に俺はストンと納得した。たしかにいくら善逸が強かったとしても今の善逸は身を守ることは難しい。ここは蝶屋敷だとか、鬼はもういないに等しいとかそんな話は関係ない。つまり伊之助は善逸とややこが心配なんだ。
善逸とややこに何かあったとき、守れるのは俺か伊之助かどちらかしかいなくて、そのどちらかしか信用ならないのだろう。任せきれないと言っているんだ。

「分かった。ならば俺は鍛錬してくる。その後、伊之助と交代するよ」
「おう、行ってこい」
「善逸と子供を頼んだぞ、伊之助!」
「任せろ!!」

それからは俺と伊之助は交代に等しく善逸の側にいた。禰豆子やアオイさんがいるから特に何ができるわけでもないのだが、それでももしもを心配して側にいた。

伊之助は善逸と善逸の腹を特に気にしてよく見ている。朝晩1回は善逸の腹を撫でる。俺には分からないが撫でると腹に子がいるのが伊之助には分かるらしい。

・・・・・・伊之助がそこまで善逸とややこを気にしているのはたぶん、自分と重ねているんだろうと善逸は言っていた。母親と赤子。確かに伊之助は母親に捨てられたと言っていた。しかしそれは鬼から追われていた母親が伊之助を助ける為だったらしい。それゆえか、母と子というものに何らか思うところがありすぎるのだと善逸は言っていた。

「・・・・・・なるほど、母と子か。そりゃああれだな、伊之助はトラウマを克服しようとしてんだろ」

「トラウマですか?」

俺が簡単に伊之助がそうなっている経緯を話せば、宇髄さんがそう答えた。「トラウマっつーのは精神的外傷のことだよ」と続く。

「伊之助の奴は母親に捨てられたと思っていた、しかし鬼のせいでそうなった。母は子を守った。子は母に守られて生き延びたが母は死んだ。・・・これがあいつにとって自覚がなくても心の傷になってんだろ。だから善逸と腹のガキを気にしている。今度こそ母が子を守って死なないように、母と子が無事に笑って生きていけるように、そしてそれを自分の力で守れたのならば、母を守れなかった赤子の自分はもういないって思える。心の傷に打ち勝つことができる。・・・こんなとこじゃねえかな」

「・・・・・・む、難しいですね」

「分かんねーなら深く考えるな。あれだ、初めて歳の離れた兄弟ができるから張り切ってるとでも思え」

「伊之助は俺の子じゃありません!」

「例えだ!例え!!」

宇髄さんはそう言って再び女性陣の方を向く。つられて俺も眺めれば、幸せ、楽しい、嬉しいという匂いが香ってくる。ああ、なんて素敵な光景なんだとしみじみ思う。

「・・・ありがとな。お前らのお陰で喜んで騒ぐ理由ができたわ。・・・鬼舞辻を討ち果たしたのに俺たちは両手を上げて喜ぶには色んな大切なものを失い過ぎた。だからお前たちの祝言や懐妊の話はみんなが前を向いて喜ぶのにちょうど良かったよ」

その言葉に俺も確かにそうだと感じた。この前の戦いで勝てて良かった、悲願を達成した、仇を取ったと喜びもある。けれどその結果を得るにあたって多くのものがなくなった。先代のお館様、年若い柱達、それに俺の友達・・・・・・。寂しさと悲しみが大きくて、この傷が悲しみがすぐに癒えることはない。隊士達には大きな喜びとともに大きな悲しみが寄り添っている。
だから、俺と善逸のことが誰かの心を楽しませたり、慰めたりできるもいうのなら嬉しいことだ。

「俺こそ、ありがとうございます。宇髄さんに言われなかったら祝言をあげてなかったかもしれません」

そうなっていたら白無垢姿の善逸も見れなかったし、目の前で嬉しそうに善逸が着る白無垢を選ぶ禰豆子も見られなかった。本当に感謝しきれない。

「はっ。感謝はまだ早えよ。当日は派手に祝ってやるから覚悟しておけ」
「はい!」

俺と宇髄さんは笑い合うと眼前できゃらきゃらとはしゃぐ女性たちを眺める。この幸せそうな姿がずっと続くといい。・・・・・・善逸も幸せそうに白無垢を着てくれるといい。

俺は瞼の裏に善逸の白無垢姿を描いてみるが、それは今すぐ善逸に会いたいと思う気持ちを呼び起こすだけだった。

****

「善逸、今日は一緒に寝ないか?」

そう言って部屋に入って来たのは炭治郎だった。俺の身体が完治して早やひと月。そして懐妊から約6ヶ月。俺は病室からでで蝶屋敷の一室を借り受けている。隣には炭治郎の部屋があるのだが、屋敷を実質取り仕切っているアオイちゃんに「夫婦になるとはいえ、ここでは節度を守ってください」と言われて部屋は別にしている。だから、一緒に寝ると怒られる気がするんだが・・・・・。

「アオイさんにどうしてもってお願いしてきたんだ。明日はほら、お館様に2人で揃ってご挨拶に伺う日だろ?」

炭治郎の言い分に、なるほどと思った。明日は確かにお館様にご挨拶に伺うことになっている。夫婦になることと懐妊のことは炭治郎から報告が言っているが、なんかお館様の計らいで新しい家とか建ててもらってるらしいし、その辺のお礼も兼ねてご挨拶に2人で行こうという話になったのだ。

俺たちは子供ができて成り行きで夫婦となる。お館様に揃って挨拶をしたら、周りからは夫婦として扱われるだろうと見舞いに来た宇髄さんが言っていた。つまりは夫婦になる前の恋人としての同衾は今日が最後というわけだ。

「それならいいよ。布団敷くね」
「待て!俺がやる!善逸は楽にしていろ!!」

炭治郎はそういうと勢いよく押し入れに行き襖を開ける。いや、そんなに急がなくても俺は布団を取りやしないよ。というか布団の上げ下ろしくらい別になんの支障もないんだけど?

「善逸は重いものを持ったらダメだと何度言ったら分かるんだ!腹の子に触るだろう!」

炭治郎はそう言いながらせっせと布団を敷いていく。こいつ、マジで俺に一度も布団を敷かせないつもりだな。前に帰りが遅かった炭治郎に気を使って布団を敷いといてやったら叱られたからな。ちなみにそん時の俺の布団は伊之助が敷いてくれた。この男ども俺をどんだけか弱いと思ってんだ。弱いけど俺はか弱くはないんだぞ。そんじょそこらの女の子よりは相変わらずムキムキだし。まあ療養中に少しは太ったけどさ。

というか身篭る前は炭治郎も伊之助も俺の性別忘れてんじゃねーのってくらいにおんなじ鍛錬させてきてたけど、こうして身篭ったら態度がガラッと変わって気色が悪い。過剰に心配する男どもに禰豆子ちゃんもアオイちなんもドン引きで、介助が過ぎて叱られてることもある。改善してないけど。

まあ、いい。この積極的すぎる優しさも子供を産むまでの間だけだろうし、珍しいものとして甘受するとしよう。

「敷けたぞ。善逸、足を出してくれ」
「はいよ。いつも悪いねー」
「気にするな、好きでやってるんだ」

炭治郎に言われるがまま、俺は布団に座って足を伸ばした。両手は後ろ手について体を楽な姿勢にする。炭治郎は俺の脛をゆっくりと按摩し始めた。足の裏はなんか妊婦は指圧してはいけないらしく、脛を中心に揉んでいく。痛くもなく弱くもない按摩に俺はいやー妊婦は役得だなぁと実に思う。まあ、相手が炭治郎だからというのもあるんだろうけど。
奉公先の女将さんが姑とか小姑からの突上げくらって難儀してるのとかよく見たしよく聞いたもん。
それを考えると俺って本当に申し訳ないくらい幸せだわ。子の父親は優しいし男前だし、その妹は可愛くて優しくてまさに天女だし。この先の幸運、使い切ってないか不安になってくるわ。

俺はぼんやりしながら、せっせと足を揉む炭治郎を見つめる。なんか全く実感はないが明日、お館様にご挨拶したら俺と炭治郎は夫婦ということになる。その証拠に俺たちは明日はもう蝶屋敷を去るのだ。そして一晩はどこかに泊まり、その後に炭治郎の故郷に行く予定らしい。
伊之助と禰豆子ちゃんは先に家の準備があるとかで最低限の荷物を残して全部持っててしまった。まあ、俺たちはそもそもあんまり荷物ないんだけど。それでも暮らしていくのに、必要な日用品とかを運び入れてくれているらしい。

「なあ、やっぱり俺たちも手伝った方が良かったんじゃないか?」
「何がだ?」
「引越しだよ。禰豆子ちゃんと伊之助に任せちゃったけど、2人じゃ大変だろ?俺が邪魔なら俺だけ置いて炭治郎も行けば良かったのに」
「禰豆子に任せておけば大丈夫さ。何かあっても伊之助がいるし、困らないよ」

そもそもお前の家だろうに。お前、最近は俺の近くにばっかりいたから完成したの見てないだろ。

「それに禰豆子と伊之助は気をつかってくれたんだ。俺が行ったら怒られてしまうよ」

「何それ?」

「もうすぐ夫婦になる俺たちを2人きりにしてくれたってことだ。さあ、終わったぞ」

炭治郎はそう言って按摩を切り上げると俺の腕を引いて抱き寄せた。俺は炭治郎の恥ずかしい物言いに顔が熱く感じる。けど暴れるのはお腹に悪いので素直に炭治郎の腕と膝の上におさまった。横抱きに胡座のうえに乗せられて少し不安定なので炭治郎の肩に頭を乗せる。

炭治郎は出会った頃より随分と上背が伸びた。出会った頃は同じくらいの目線だったのにもう見上げなければならない。まだ17歳という少年と言ってもおかしくないのに、炭治郎はこの世の酸いも甘いも知り尽くした顔でしかし嬉しそうな音を立てて俺の手をにぎり腰を抱きとめる手で腹を撫でている。

「ああ、動いているな。元気そうで良かった」
「そーね。ずーっとドコドコ音ならして元気にしてるよ」
「善逸の耳ならそれこそ初期の頃から分かりそうだな」
「ああ、そうね。そういやそうだったよ。目を覚ましてすぐにお腹にいるって聞いたらようやく謎の音を理解したからね」

そうなのだ。妊娠なぞしたこともないから最初は何かいつもと音が違うなーというのを2ヶ月くらい思っていて、最終決戦の後、アオイちゃんにお腹にややこがいると聞いたら「この音それか!!」と理解したんだ。だから俺は炭治郎と夫婦になる実感はないけど、腹の子の親になる実感はもうすんごいある。
いやだって、毎日毎日音が変わってくのよ。しっかりした音になってくの。月日が経つと瞬きしてるらしい音とか聞こえるし。感動だよね。もう、絶対に産むって思えるし頑張れるよ。

「そういえばさ、最近は声かけると返事?みたいな音させるよ」
「えっ!そ、それは本当か!?」
「うん。でも返事って言っても声じゃないよ?声に反応した音がするって感じだよ?まだ喋れないからね?」
「分かっているよ!そうか・・・そうなのか・・・」

炭治郎は目を輝かせながら俺の腹を撫でる。その幼い雰囲気にこれで、父親かあと思うがまあ、俺も人のことは言えない。実際に俺たちは随分と夫婦になるには若いのだ。炭治郎なんて17歳でギリギリ結婚できる年齢だし。そんな風に明日には夫という扱いになる男を眺めていたら、炭治郎は突然にキリッとした顔つきになったと思えば・・・・・・。

「我が子よ!!俺は竈門炭治郎だ!!」

「うるさっ!!」

「まだ顔を合わせるのは先だが、お前と会えるのを楽しみにしている!!」

俺は前触れなく名乗り始めた炭治郎に慌てて耳を塞いだ。お前、俺を膝に乗せているんだから耳元で叫ぶんじゃないよ!!心臓がまろび出るだろうが!!

しかしそんな文句を言うよりも早く、炭治郎はワクワクした顔で俺を振り返る。これはあれか・・・・・・。ちゃんと反応したか知りたいんだろう。だけどなぁ・・・・・・。

「炭治郎の声がデカすぎてびっくりして、ややこの反応なんて聞き逃したわ」

「なっ!じゃあ、もう一回!」

「いや、いいよ!うるさいから!今夜だから!もう?早く寝ようよ!明日は早いんだろ!?」

俺は急いで炭治郎の上から降りると布団を捲って中に潜り込む。炭治郎は不服そうな顔をしたが明日早いのは確かだからか、何も言わずに灯をけす。そしてゆっくり俺の隣に潜り込んでくるので、さすがに緊張で体が硬くなる。

だって炭治郎と同衾するのは数ヶ月ぶりなんだ。いちおう恋仲になってからはそれこそ任務明けに休みが重なったりした時、怪我がなければ同衾どころか肌を重ね合ったよ?
というか、炭治郎が真顔で「今夜、善逸を抱きたいのだがいいだろうか?」なんて言ってくるのよ。この顔のいい男に求められて拒否できるだろうか。俺には無理だった。よって俺たちはそれこそお互いで知らぬところなどないくらい肌を合わせたわけなんだけど・・・・・・。

「・・・・・・善逸、緊張してるのか?」
「う、うるさいよっ!」
「ははっ。安心しろ、身重のお前を抱いたりしないよ。我慢するさ」

そう言いながら優しく後ろから抱きしめてくる男の声がなんかもう、雄だった。あーあ、出会った頃の炭治郎はどこに行ったんだろうか。遊郭のゆの字も知らなかったあのおぼこい炭治郎、帰ってこいよなんて・・・・・・ちよっとも思わない。

「でもお腹に子がいてもしていいらしいよ」
「えっ、そうなのか?」
「うん、アオイちゃんに聞いた。激しいのと乳房を強く揉むのはダメだけど体調と相談しながら優しくやるならいいって」

ころんと寝返りをうち、炭治郎と向き合う。灯は落ちてしまっているが闇夜にも慣れたもんだからきちんと炭治郎の顔が見えた。炭治郎は驚いた顔をしながらも期待が乗った眼をしてる。

「・・・・・・どうする?やっちゃう?」
「あ、いや・・・・・・今日は、やめておこう。残念だが、明日も早いから」

その言葉にちょっとだけ残念だなと思う。最初のこそ炭治郎を拒んだ俺だけど、愛されまくって体ごと変えられてしまった今では抱いてくれないのに寂しさを感じる。

「・・・・・・明日、余裕があったら抱かせてくれ」
「えっ!あ、お、うん・・・」

思ったより早いご予定にびびったわ。まあ、明日は一応は夫婦となる日なわけだから初夜という扱いになるのか?完全に今までやりまくっていたけど・・・・・・いや、考えるのはやめとこう。眠れなくなる。

「・・・・・・善逸」
「ん?なに、炭治郎」

助平な話をしていたから何か身の置き場が難しいなと感じながらも炭治郎をみた。炭治郎は俺を真っ直ぐに見ながら嬉しそうに苦しそうにしてゆっくり俺の?を親指で撫でた。

「明日、大事な話がある」
「えっ、なにそれ怖い」
「怖くはない。単なる俺の決意表明みたいなものだ。・・・・・・それを聞いてほしいんだ」

決意表明?なんで明日?まさかお館様の前で言うとかじゃないよね?

「今じゃダメなのか?」
「ううーん。・・・・・・明日がいいかな。待たせてしまうがすまない」
「まあ、いいけど。今日も明日も大差ないし」

何しろもう鬼はいないに等しいのだ。これから俺たちが鬼と戦うことは多分、もうないだろう。だから今日じゃなくて明日でもいい。

昨夜、炭治郎と共寝をした俺は朝早くに炭治郎と共に蝶屋敷を出立した。アオイちゃんやなほちゃんたちに世話になった礼をして、朝飯がわりの握り飯を持ち蝶屋敷を出たのが・・・・・・夜明け前だよ。なんでこんなに早いのよ。朝飯を普通に食べてからでよかったんじゃない?何時にお館様と約束してんの?

・・・・・・とはいえ、俺は歩いてないんだけど。炭治郎がなんでか知らんが俺を横抱きにして走っている。普通に俺、歩けるしなんなら走れるんだけど炭治郎は「何かあったら大変だし、善逸が到着する前に疲れるのは困る!!」とか何とか言ってる。

まあ、普段散歩をする時も「石に気を付けろ!」だとか「そこ!木の根があるぞ!」とか「疲れたか?抱っこするか?」とか言ってるやつだからな。たしかに俺が歩いて行くと炭治郎が過剰に心配してちっとも進まない可能性はある。つまり俺に出来ることといえば、高速で揺られながら、諦めた。

そして長い道のりを炭治郎が走った末についた産屋敷家。俺は目の前の門を前にようやくおろしてもらえたわけなんだけど・・・・・・えっ?なに?なんかドタバタと忙しそうな音が中からしてるんですけど?ここに入るの?めっちゃ取り込み中じゃない?

「さあ、行こう」

けど俺の葛藤など炭治郎にはお構いなしだ。約束はたしかにしているのだから、行かなきゃダメなのはわかるけど。炭治郎は勝手知ったるというように門扉を開けると俺の手を引いて中に入る。果たして中は・・・・・・な、なんなの?お祝い事でもあるの?
屋敷の庭には紅白幕がずらりと並べられ、白竹で出来た縁台も綺麗に並べられている。何があるの?能楽でもやるの?

「善逸、こっちだ」
「えっ。ちょっと待てよ!勝手に入るの!?」
「そうだぞ。お館様からここから入って奥の間に行けと言われている」

そう言って炭治郎は屋敷の勝手口に入って行く。中では戦場かっていうくらい女中さんらしき人たちが食材を切り、飯炊きをしている。彼女たちは俺たちに気がつくと笑って会釈をし、炭治郎も嬉しそうな音を立てながら頭を下げていた。とりあえず、俺も無難に会釈を返しておく。

「た、炭治郎。どこまで行くんだよぉ!お館様は?」
「大丈夫だ!予定通りだ!」

歩いてる廊下はどうみてもお館様たちが使うような通路ではない。これは裏方側が使う道だ。奉公人だった俺にはわかる。炭治郎は俺の言葉に大丈夫大丈夫と言って廊下をどんどん進んでいく。それにしても広いわ。

「着いたぞ」

炭治郎は突き当たりの部屋の前でそう言って止まった。俺は炭治郎を見て、部屋の襖を見て、もう一度炭治郎を見た。炭治郎からはすごく楽しそうな嬉しそうな音がしている。そして部屋の中からは沢山の人の今か今かというような音がしている。・・・・・・というか、知ってる人の音がするんだけど・・・・・・。

「ゆら・・・・・・炭治郎」
「開けるぞ」

炭治郎!!お前の鼻で俺の戸惑いは感じ取れてないのか!?はたまた気付いてるけど無視してるのか!?

俺の心中はまるっと無視した炭治郎が襖を開けた。すると中には禰豆子ちゃんと宇髄さんのお嫁さんたちがいた。俺は炭治郎に背中を押されて中に入るが、みんな嬉しそうに俺を見ていて・・・・・・。部屋にはこれまた見事な白い着物が下がっている。

「えーっと、とりあえず!禰豆子ちゃんおはよう? 雛鶴さん、まきをさん、須磨さん、お久しぶりです!・・・・・・で!?炭治郎!!お館様はどうしたんだよ!!」

「実はお館様との約束は昼過ぎなんだ」
「昼過ぎ・・・・・・!?」

どういうことだよ。俺たちは日が昇る前に朝早くでてきて、そしてここにまだ朝というような時間に着いたんだぞ?それなのに夕方が約束?

「昼過ぎまでに準備をして、そのあとお館様を始めとした皆んなに会いにいく」

「・・・・・・は?な、なに?何が起こんの?」

部屋には白い着物に、白い打掛、それに綿帽子・・・・・・。炭治郎も禰豆子ちゃんもみんな嬉しそうにしてて・・・・・・そして、今日はお館様に炭治郎と夫婦になるのを報告するはずだった日・・・・・・。

「善逸は察しがいい方だから気がついてるかもしれないが・・・・・・今日は祝言をあげるんだ」

炭治郎の言葉に頭が真っ白になる。
え?祝言?

「誰と誰の?」
「俺と善逸のだよ」
「ここで?」
「新居がよかったんだが・・・・・・参列者が多いからな。お館様がご好意でお屋敷を貸してくれた」
「ひえっ・・・・・・」

参列者が多い?多いってどういうこと?そんなに来るの?というかもしかしてお館様も列席されるの?

血の気が引いて青くなってる自覚がある。ガクガクと足が震えて立ってられない。腰が抜けそうになり慌ててペタリと座った。

「ぜ、善逸!?大丈夫か!?」
「善逸さん!?」

炭治郎と禰豆子ちゃんが慌てて俺のそばに寄ってくる。2人とも心配している音が聞こえてくる。

「体調が悪くなったか?無理をするな!」
「具合が悪いなら横になって!いまお布団を・・・」
「待って待って!俺、いま色々パニックなのよ!!お願いだから待って!!」

そう言って喚くと2人はようやく止まってくれた。似た顔の兄妹が前に並んで座り、俺を心配そうな顔で見ている。なんて・・・・・・顔が良いんだ。そんな現実逃避をしつつも、いつまでもこうしてはいられないとひとまず現場を炭治郎と禰豆子ちゃんに確認することにした。

・・・・・・
・・・・・・

「えーと、つまり?みんなで前々から祝言の準備をしてたってこと?」

「そうだ!色んな人に協力して貰ったんだ!」

「はい!みんな善逸さんとお兄ちゃんの新しい門出を祝いたいって言ってくれて・・・・・・こうして盛大な式をあげられる準備を整えていたんです!」

「あー・・・・・・そうなのかー・・・・・・なんで俺は当事者なのに蚊帳の外だったの?」

「祝言の話が出たときは善逸がまだ療養中だったから余計な負担を掛けさせたくなかったんだ。本当に祝言をあげられるかは善逸とお腹の子の様子によるし・・・・・・。祝言をあげると言っていて、もし体調が崩れてできなかったら善逸はみんなに申し訳ないと悔いるだろう?」

う、うーん。まあ、たしかにこんなに準備してもらってたのに間近でできないとなると申し訳なくて死にたくはなりそうだな。

「だからギリギリまでお前の体調を見極めたかったんだ。今朝、起きてアオイさんから大丈夫だろうと太鼓判を押されたからこうして式をあげることになったんだよ」

「えっ!?当日なのに俺の体調しだいで取りやめになる可能性があったの!?」

「当然だ!善逸の身体が一番大切なんだ!」

「ひええええ!やめてやめてええ!俺、大丈夫だからあああ!元気だからあああ!」

だからこんな盛大な準備をしてもらっているっていうのに取りやめなんてできない。そんなことになったら死ぬまで申し訳なさが付き纏ってしまう!!だって・・・・・・規模でかいだろ!いったい幾ら掛かってこれは誰が金出してるの!?

「元気なら祝言あげられるな!それじゃあ禰豆子、後は頼んだぞ!」
「うん!お兄ちゃんも支度してきて!」
「分かった!」

炭治郎と禰豆子ちゃんはとおおってもいい笑顔を見せると、炭治郎は部屋の外へ、禰豆子ちゃんはがしりと俺の腕を取った。

「えっと・・・・・・?」
「それじゃあ善逸さん!まずは汗を流しましょう!移動で汗かいたでしょうから!」
「ひ、ひえええ!全然歩いてないから汗かいてないよおおおお!」
「さあさあ!行きますよ!」

どこにそんな力があるのって思うくらい、禰豆子ちゃんは俺を強引に引っ張っていく。宇髄さんのお嫁さんたちもニコニコしながら身を清めるための準備を始めていく。身体を冷やさないようにと熱めの湯をタライに張り、その中に入っているのだがみんなに肌が見られるのめっちゃ恥ずかしいとごねたら、お嫁さん達は席を外してくれた。いや、禰豆子ちゃんは?自分でできるんだけど・・・・・・といい出すのも申し訳ないくらい、禰豆子ちゃんは楽しそうな音をたてている。

禰豆子ちゃんは丁寧に俺の身体を拭き、髪を清めていく。俺は恥ずかしさに真っ赤になりながら、飛び出して逃げないようなじっと耐えた。

「・・・・・・お腹、大きくなりましたね」
「えっ、ああ、そうだね。たしかに膨らんできたね」

先月くらいから少しずつお腹が大きくなってきた。割れていた腹筋が伸びるようになって、少し脂肪もついた気もする。今の俺には霹靂一閃はうてないだろうな。子供産んだら身体を元に戻さなきゃ。うぐぐっ・・・これってどれくらい鍛錬してら身体って戻るのかなあ、嫌だなあ。コツコツと鍛錬するの苦手なのに・・・。

「・・・・・・私、善逸さんに伝えられてないことがあるんです・・・」

禰豆子ちゃんは俺の体を拭き終わると、肌襦袢と裾除け着せてくれた。優しい手つきの禰豆子ちゃんの屈んだ故に見えるつむじを見つめながら俺は「えっ」と動揺が漏れだす。

禰豆子ちゃんが、俺に言いたいこと?な、ななに!?なんだろ!?今まで介助が大変だったとか!?だから途中でいなくっちゃったのかな?!炭治郎と伊之助に変わったのかな!?ああ、でもそれはないか。禰豆子ちゃんは怪我した俺を本当に心配してくれてたし・・・。
というか今言い出すってことは炭治郎とのことかな!?や、やっぱり目を覚まして久しぶりに兄と再会したのに兄に女がいたとか不潔だと思った!?しかも孕んじゃってるから夫婦になるのを止められなかったって悔やんでるのかな!?やだ、うそ、ごめんよおおおお!お、おれも炭治郎の為を思って拒否したことはちゃんとあるんだよおおお!でもアイツめっちゃ押して押して実際に押し倒して俺の初めて奪ってったからね!思いのほかお兄ちゃんは性欲魔人なのよ!し、知りたくなかったよね!?ごめんよおおおお!

「・・・・・・善逸さん、明後日の方向に考えてませんか?」
「えっ!そんな・・・・・・ことないと思います・・・・・・」
「そうですか?じゃあ、言いますね」

禰豆子ちゃんはそう言いながら今度は長襦袢を俺の袖に通していく。・・・動けるのにこうやって着替えさせてもらうの・・・俺、初めてかも。

禰豆子ちゃんは長襦袢を留めると、正面から俺を見上げた。近い、そしてなんて可愛いんだ。俺はこの竈門家の血を汚しちまったのか・・・。でも子には罪がないから、誰か責めるなら俺だけにしてほしい・・・。

「好きです、善逸さん」

「えっ!?」

「あなたがお兄ちゃんのお嫁さんになってくれてとっても嬉しいです。お兄ちゃんを見つけてくれてありがとうございます。私達を、お兄ちゃんを守ってくれてありがとうございます。善逸さんのお陰で、私は最後の家族をなくさないで済みました。善逸さんのお陰で、私は、お兄ちゃんは、また新しい家族を迎えることができます。本当にありがとう。・・・・・・じ、自分が死んでしまうかもしれないのに、赤ちゃんを守ってくれて・・・・・・、お、お兄ちゃんの子を守ってくれて、あ、ありがとうございます・・・」

禰豆子ちゃんはそこまで言うと「うええええん」と子供のように泣き出してしまった。俺は慌てながら転がってた未使用の手拭いをひったくると禰豆子ちゃんの?をなるたけ優しく拭う。けどボロボロと落ちてくる涙と鼻水は全然止まらない。しかし、可愛い子は鼻水垂らしても可愛いな。いやいや、そんなに泣いたらダメでしょ!目が溶けちゃう!!

・・・・・・
・・・・・・

「ずびばぜん・・・」
「いや、いいんだよ。・・・えーと、大丈夫?」

禰豆子ちゃんを座らせてそこら辺に用意していた水差しからお水を注いで渡す。禰豆子ちゃんは荒れた喉を潤すと湯呑みを遠くに置いた。そして向かい合っていた俺の隣にずりっと這いずると少しだけ迷った顔をしたが、「えいっ」と言って俺の膝の上に頭を置いた。ひえっ・・・何この可愛い生き物・・・!!

「・・・・・・頭、撫でてほしいです」
「はい!仰せのままにっ!!」

俺は間違いなくだらしない顔をしているだろう。でも仕方がない。なぜなら天女の頭を撫でているのだから!!なんたすべすべな髪なんだろうか・・・・・・!ぬばたまの髪は毛先に行くと赤みがあるがなんとも美しい。俺の妙竹林な髪とは大違いの滑らかさだ。

「・・・私、鬼から人に戻ったとき、いま迄の記憶はあんまりなかったんです」
「・・・・・・そうらしいね」
「でも、鬼が家族を殺した時のことは覚えました。私は切り裂かれた末の弟をなんとか守ろう思って・・・手遅れなのに覆い被さってました」
「・・・うん」

鬼になっていた頃の記憶がないのに、鬼になる直前の記憶があるなんて、なんて辛いんだろう・・・。俺は家族がいないから、同じ悲しみは分からない。けど大切なものが失せてしまったことはあるから、遠く及ばないにしても想像するだけで辛い。

「・・・・・でも、鬼なってる間が長かったからか、人間に戻って目を覚ました時も家族の死はすんなり受け止められました。悲しかったし、きっと一生悲しいけど、泣き崩れてどうにもならないわけじゃなかった。それよりもその時はお兄ちゃんと一緒に歩いてきた道のりを忘れてしまって・・・お兄ちゃんひとりに背負わせてしまったことが悲しかった。大変だったけど、私にも大切な記憶だったはずだったから・・・」

そうか・・・・・・。禰豆子ちゃんが鬼だった時のことを忘れてしまうと炭治郎はひとりでその時の記憶を持っていかねばならないのか。兄妹はいつも一緒だったから、けど記憶が別になったら寂しいよね。

「でも、人間に戻ってからお兄ちゃんに会って、無事を喜んで、そして・・・・・・お兄ちゃんは善逸さんのことを教えてくれました。記憶が朧げな私に、善逸さんと出会って私たちを守ってくれて、鬼の私をひとりの人間として女の子として扱ってくれて・・・そしてお兄ちゃんが善逸さんのことをどれだけ好きで、愛してるかを教えてくれました」

「えっ!?炭治郎の奴、そんな話してたの!?」

必要なくない!?人間に戻ったばかりの妹にする話の優先度がおかしいだろ!!そんなこと言われても妹も困るわ!!

「びっくりしました」
「そりゃそうだよ!!」
「でも、その人のお腹に赤ちゃんがいるって、お兄ちゃんの赤ちゃんがいるって知って私、泣き出すくらい嬉しかった」
「えっ、あっ、そ、そうなの?」
「だってもう、私とお兄ちゃんしか竈門家は残ってないと思ってたのになんて悲しいんだと思ってたのに、新しく産まれてくるんだって思ったら・・・泣いちゃいました」

えへへっと俺の膝の上ではにかむ禰豆子ちゃんは控えめに言ってももはや天女だ。神々しい。やべっ、鼻血でてない俺?

「どんな人かひと目見たくて、お兄ちゃんがまだ動けないのをいいことにこっそり善逸さんの病室を覗いたんです」

そうなの?俺が人間の禰豆子ちゃんと会ったのはアオイちゃんが禰豆子ちゃんを連れて俺の病室に来た時だった。「今日から禰豆子さんが介助することになりました」と言われた時はびっくりして呼吸止まってヤバかったもん。

「・・・こっそりドアの隙間から覗いた時、善逸さんは包帯だらけで傷だらけで、お兄ちゃんより酷かった。でも他の人のように薬は使えずにただ、自分の生命力と呼吸だけで必死に子を守って生きようとしてるのを見て・・・・・・私、絶対に大好きになるって思ったんです。この人が私のお義姉ちゃんになってくれるんだって思ったら嬉しくて幸せで、いてもたってもいられなくてアオイさんのところに急いで行きました。お義姉ちゃんの為に何かしたいって思って・・・お兄ちゃんは放り投げてしまいました」

くすくすと笑う禰豆子ちゃんだけど、笑えなくない?俺じゃなくてお兄ちゃん大事にしてあげて?いや、禰豆子ちゃんのことだからしっかり炭治郎のことも看てただろうけど。

「そ、そうなんだ・・・。ごめんよ。なんか、出来の悪いその、お、お、お、お義姉ちゃん・・・?でさ・・・」

くっそ顔が熱いわ。お、お、お義姉ちゃん!?いいのか!?俺がそんな禰豆子ちゃんのお義姉ちゃんなんていう立ち位置に収まってしまって!?

「そんなことないです!私は善逸さんにたくさん助けてもらいました!最初は記憶は朧げたったけど、善逸さんの傍でお世話をしてたら・・・その、少しずつ思い出したんです。私の記憶の中には黄色いタンポポが揺れていたって・・・・・・それを思い出したら少しずつ、少しずつ、鮮明に全部じゃないけどお兄ちゃんがどれだけ頑張っていて、善逸さんがどれだけ優しくしてくれて、伊之助さんがどれだけ私達3人を大切にくれてたか、思い出せたんです」

禰豆子ちゃんは俺の膝から飛び起きるとすがる様に肩に触れてきた。禰豆子ちゃんは俺が助けてくれたというけど、あんまりそんな記憶はない。大したことしてないし。けど禰豆子ちゃんは嘘の音がないから、本当にそう思ってくれているんだろう。それよりも・・・。

「・・・・・・思い出して、辛くない?・・・怖い気持ちない?」

鬼だった頃の記憶を思い出すということは、鬼と戦って傷を負ったことを思い出すということだ。あんな壮絶な戦いは普通の女の子には耐えがたい光景だったはずだ。

「・・・・・・ふふっ。善逸さんはやっぱり優しいですね。・・・全く怖くないと言えば嘘になります。でも、それでも忘れたくないことが多いから・・・私は大丈夫です。それにこれからは幸せだから」

禰豆子ちゃんはとても綺麗に笑った。けどあどけない表情にやはりまだ身体と中身の年齢がちぐはぐなのだと感じる。そりゃそうだ。身体は成長しても禰豆子ちゃんは12歳で鬼になって、ついこの前に人間に戻ったんだ。中身が幼い少女で間違いはない。・・・・・・そんな禰豆子ちゃんを愛しく思う。守ってあげたいって思う。

禰豆子ちゃんはそんな俺の気持ちなんて知りもせず、ゆっくり俺の両の手をとった。そしてまたポロリと涙を流しながら、嬉しそうな音をたてている。

「善逸さん、ありがとう。善逸さんのお陰でお兄ちゃんも私も幸せです。こんなに素敵なお嫁さんがきて、そして赤ちゃんも産まれて・・・・・・。いつだって善逸さんは私達に幸せを連れてきてくれます。本当にありがとう。竈門家に来てくれて・・・・・・ありがとう」

「ね、禰豆子ちゃん・・・・・・お、俺もありがとう・・・・・・。こ、こんな大した取り柄もない俺を迎えてくれてありがとう・・・・・・うっうっうわああああ!!」

「やだ、善逸さん、そんなに泣かないでください!わ、私もまた・・・・・・う、うええええええん!」

「禰豆子ちゃん好きだよおおおおおおお!大好きだよおおおおお!」
「私も、私も善逸さんが大好きですうううううう!!」

それから俺たちは2人で抱き締めあってびーすか泣いた。俺達の目元は真っ赤になったし、顔も髪も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。となりに控えていた雛鶴さん達が見かねて入ってきてくれるまで、ずっと二人で抱きしめ合っていた。

・・・・・・ちなみに俺はズタボロになったので、顔洗って髪洗ってと2度手間を掛けさせました。ご、ごめんよおおお!!禰豆子ちゃんは笑って気にしないでと言ってたけど、本当にごめんね!!

でも、禰豆子ちゃんの思うところを聞けて良かったと思う。俺はこれから竈門家の嫁になるんだから、禰豆子ちゃんとも家族になるんだ。だから正直なところを言ってもらえて良かった。

・・・・・・禰豆子ちゃんがそうしてくれたように、俺もそうするべきなんだろう。炭治郎と俺は夫婦になるのだ。その覚悟をしないといけない。炭治郎は俺を好きだと言って捕まえたけど・・・・・・俺はまだ、炭治郎に全てを伝えられてないんだ。

********

「ううーん。もう行ってもいいだろうか?」
「ダメだろ。派手野郎の嫁が呼びに来るまでくんじゃねえって言われてるだろ」

おかきを頬張りながらいう伊之助は珍しく袴姿だ。とはいえ上は一切着ていないから鍛えられた身体が惜しみなく晒されている。俺も身支度は済ませているが、はじめての黒紋付になんだかソワソワする。

「・・・・・・はあ、挨拶をもう一度確認するか」
「それ何度目だよ。お前、他にすることないのか?」
「それがないんだなぁ。雑事は宇髄さんが取り計らってくれてるから、俺は本当にすることがない」

だが祝言の準備や流れは勉強できたから、禰豆子の時にはきちんと家長として振る舞えるだろう。今回はもう仕方がないから、次回につなげることを考えよう。
俺は書いてきた挨拶の儀の内容文を目に入れるが、頭の中では善逸のことでいっぱいだ。騙し討ちのように連れてきてしまったから緊張しすぎて気持ち悪くなってないだろうか?それと禰豆子が「善逸さんと大事な話があるから、私にも時間を頂戴」と言っていたがそちらはどうなったのだろうか?ちゃんと禰豆子は善逸に伝えたいことを伝えられたのだろうか?

・・・人に戻った禰豆子は新たな竈門家の血を孕んだ善逸に一種の執着をしているのは気がついていた。失った家族は戻らないし、その傷はなかったことにはできないが、瘡蓋にすることはできる。禰豆子は新しい家族に寂しさを埋めてもらいながら立ち直っていくのだろう。その心のうちを善逸に伝えたいと言っていた。

・・・・・・本当に善逸には感謝しきれない。出会ってすぐに俺たち兄妹の命を守ってくれて、俺が禰豆子の側に入れない時は当然のように禰豆子を第一に考えてくれて、そして離れていても俺の中に住み、俺に力を与えてくれた。

それだけじゃない。善逸が欲しい欲しいと欲張る俺にその身全てを投げ打ってくれた。俺はこと善逸のことになると狭量になる自覚が・・・・・・色んな人に指摘されてようやく分かってきたので、善逸はきっと大変だっただろう。改善していきたいが、正直言って悪化していっている気がする。けど善逸は優しいから許してくれるだろう。ああ、善逸の優しさにつけ込むのはいかがなものかとは思っているんだがどうにもこうにも。

「はあ・・・・・・」
「晴れの日なのに辛気臭せーな」
「いや、嬉しい。嬉しい日なんだが・・・早く善逸に会いたい」
「離れてからまだ数刻だぞ」
「俺は1日中、片時も離れず側にいたいんだ」

真剣な顔であろう俺に伊之助も真顔だった。伊之助はこういう時、呆れた顔しないなと思う。いわゆる惚気でも真っ直ぐに受け取める伊之助は本当に一本気の優しい奴だ。

「ふうん。じゃあちゃんと目を離さず見ておけよ。紋逸のやつは突然おかしいこと始めたりするからな」
「ああ、そうだな。そうするよ」
「じゃあ、そんな子分にお守りやるよ!ほら!」

そう言って伊之助は愛染の巾着を投げてきた。受け取ってみると随分と軽い。開けてもいいものかと伊之助を見れば顎をしゃくって促される。

「わっ、白蛇の抜け殻か?」
「おう。とあるところから勝ち取ってきた」
「勝ち取る?山で拾ったんじゃないのか?」
「ネチネチ野郎と10本取ったらって約束で勝負して貰った」

つまり、伊黒さんから貰ってきたということか。しかし貰うにあたって壮絶な戦いを繰り広げてくれたということだ。すごい!!よくやったな伊之助!!

「ありがとう伊之助!これは家宝にするぞ!!」
「おう!末代まで崇めろよ!!」
「勿論だ!」

大きい白い蛇の抜け殻とは縁起がいい。これは善逸も喜んでくれるだろう。きちんと保管しなくてはな。伊之助はそれ以上はなにも言わなかったが、俺と善逸をとても嬉しく祝ってくれているのは分かり切っている。

伊之助「食いもん探してくるぜ!!」と言うと控え室を出て行った。これで俺は部屋に一人きり。また悶々と善逸の白無垢姿を夢想しては堪らない溜息を漏らす。善逸の白無垢姿・・・・・・絶対に美しいに決まっている。善逸はこんなに美しいのだとみんなに見せてやれると思うと嬉しさと誇らしさを感じる。

あと少し、あと少しとは分かっている。俺が長男でよかった。これが次男だったら善逸の控え室に突入してるところだった。だが残念だったな!俺は長男だ!呼ばれるまで待てるぞ!!頑張れ竈門炭治郎!!俺ならできる!!

そうしてまだか、まだかとまんじりとしていると待ち望んでいた声が
掛かった。

「炭治郎君、善逸さんの支度が終わりました。お会いできますよ」

雛鶴さんの言葉に俺はすぐさま立ち上がると部屋の襖を開けた。めちゃくちゃ襖が軋んだ音がして慌てたが、壊してはいないようだった。流石にお借りしているお館様のお屋敷を壊すわけにはいかない。

雛鶴さんはクスクスと笑いながら、「さあ、こちらへ」と俺を先導してくれるが・・・・・・ああ、こうして後ろをついて歩くのがしんどい。駆け抜けて善逸に会いにいきたい。だが廊下は走ってはならない。あと少しの辛抱だ!!

廊下を抜けて善逸が控えているという部屋に着くと、禰豆子が部屋の前にいた。にっこり笑う禰豆子の目元は少し赤い。禰豆子はまだ着替えていないようできっとこれから急いで支度をするのだろう。

「禰豆子」
「お兄ちゃん、善逸さんとっても綺麗よ。覚悟していてね」
「勿論だ!善逸は俺の想像以上に綺麗になっているだろう!・・・ああ、見るのが待ち遠しい!!」

禰豆子の前で早く入りたいとソワソワしてしまう。そんな俺を禰豆子は嬉しそうにしながらふふっと笑った。

「はいはい。今どきます。・・・その前にお兄ちゃん」
「ん?なんだ?」
「おめでとうお兄ちゃん。善逸さんは本当に素敵なお嫁様だね。優しくて綺麗なお義姉ちゃんができて、妹の私も幸せよ。私の大切なお義姉ちゃんを幸せにしてあげてね」

禰豆子の心からの言葉に俺はじーんと胸が軋む。禰豆子が善逸を義姉だと言ってくれたのが嬉しい。禰豆子が善逸を大切にしているのは知っていたが言葉にしてくれたのが嬉しい。

「当たり前だ。未熟者の俺だが頑張るよ。二人で・・・・・・いや、みんなで幸せになる。禰豆子も一緒だ」
「うん・・・みんなで幸せになろうね」

俺はゆっくりと禰豆子を抱きしめた。禰豆子からは幸福の匂いがする。まだ子供という歳に家族が死んで、それから年月が経ったとはいえ禰豆子の心は成長しきれていない。本当は母恋しく、弟妹も恋しいのだろう。そんな禰豆子を幸せな気持ちにしてくれる善逸は本当に凄い奴だ。俺にはもったいない人で、だけど誰にも譲れない。

「さあ、どうぞ。綺麗な善逸さんを見てあげて。あ!それと泣かさないようにね!せっかく綺麗にお化粧してあるんだから!」

「分かってる。気をつけるよ。ほら、禰豆子も着替えておいで。時間が来てしまう」

この日の為に禰豆子には善逸と一緒に着物を選んだのだ。人間に戻れた祝いに禰豆子に着物を買いたいと言えば善逸も嬉々として選んでくれた。蝶屋敷に呼びつけた商人にあれでもない、これでもないと反物を見せてもらい、熟考の末に選んだ反物で前田さん達に仕立ててもらったのだ。禰豆子に着物を買ってやる。俺の夢が叶った瞬間でもある。

「うん、そうするわ。・・・・・・お兄ちゃん、素敵な着物を用意してくれてありがとう。大事に着るわ」

禰豆子はそう言って廊下を行く。いつの間に雛鶴さんもおらず廊下には俺だけだ。あとは控え室に入り、善逸と呼ばれるまで待つだけだ。俺は部屋の前で深呼吸をする。きっと中にいる善逸には禰豆子との会話も俺の緊張の音も筒抜けだろう。そして俺にも部屋の中から善逸の甘い匂いと緊張と、そして期待の匂いを感じられる。

「善逸、入るぞ」

そう言って襖を引けば、部屋のやや真ん中、だがほんの少し壁寄りに白無垢姿の花嫁が膝を折って座っていた。綿帽子を目深にかぶり少し俯くその様にちらりちらりと金の髪が見える。部屋に入ってきた俺にそろそろと顔を上げた花嫁は蜂蜜色の瞳を潤ませて紅がさした小さな唇を震わせた。

「炭治郎」

ドッと心臓を撃たれたかと思った。体が折れ曲がりそうなくらいの衝撃があった。目の前にいる白無垢姿の花嫁にだらしなく口が開き、言葉が出ない。瞬きすら惜しくてじっと見つめる。写真・・・宇髄さんの提案で写真を撮ることになっているが、本当に良かった。この美しい花嫁を切り取って置けるのだ。ああ、どうして俺の目に焼き付けておけないのだろうか。というか、カナヲの目が欲しいとさえ思ってくる。鮮明に善逸がみたい。

「はあ・・・・・・なんて綺麗なんだ・・・・・」
「ちょっ・・・やめて・・・?めちゃくちゃ恥ずかしいんだから・・・」

善逸は困ったように眉を下げて?を赤らめる。その恥じらう姿に再度身体が痛み、熱くなるが・・・我慢だ。正直に言ってこの善逸を無茶苦茶にしたい欲求があるが、まだ早い。後だ後。

「無理だ。今まで見てきた中のもので一番綺麗だ。・・・・・・ああ、こんなに美しい花嫁を貰えるなんて俺はなんて果報者なんだ・・・・・・」

そう言って善逸の前に膝を折り、こちらを見ようとして見れない善逸の手を取る。善逸はぴくりと身体を跳ねさせたが、しっかりと俺の手に指を絡ませてくる。

善逸の白無垢は牡丹と菊があしらわれ、背面の裾には鶴が住んでいる。袂や裾には赤ふきがあしらわれていて善逸の金の髪に映えていた。これは本当に美しい。禰豆子の審美眼は大したものだ。
俺は正面から善逸をじっくりと見つめて何かを言わねばと思うのだがなかなかどうして、言葉が出ない。この美しさを何で例えればいいんだ?月か?百合か?蝶か?・・・・・・ダメだ。どれも表現として弱い。だだ、この姿をみて思うのは・・・・・・より美しいだろうと思うのは・・・・・・。

「きっとこの姿で放つ霹靂一閃はこの世のものとは思えない美しさだろうなあ」

「言うにこと欠いてそれかよ」

途端に呆れた顔をした善逸に俺はすまないと?をかく。

「流石にしろなんて言わないさ。無茶をしたらややこに障る」
「えっ?お腹に子がいなかったらやらせんの?え?無理でしょ?」

無理だろうか。もし子がいないならきっとできるだろうに。ああ、でも流石に白無垢が大変なことになるか・・・・・・。いや、裾を上げたら・・・・・・脚が丸見えか。ダメだな。俺だけの前ならいざ知らず、ほかの男に見せるのは嫌だ。

「人前でやるのは少しどころじゃなく妬けるな。いつか俺の前でだけやってくれ」

「いや、やらんよ?何を言ってるの?」

善逸はまったくもう!!と?を膨らせたと思うと俺を上から下まで見た。そして「ちょっと立ってくれないか?」というので素直に立つ。善逸はまた上から下まで見ると「はあああああ」と言って顔を覆う。そしてほんの小さな声で「とんでもねぇ炭治郎だ・・・」と呟いた。

「似合わないだろうか?」

俺は少し心配になって自分で自分の姿を見下ろす。花嫁に比べたら男はこだわるところは少ない。生地がとてもいいぐらいで、あとはなんの変哲もない黒紋付だ。髪型も元より前髪を撫で付けているので普段と代わり映えはない。まあ、こういうのは花嫁が主役のようなものだからな。男は添え物だ。だがこんなに美しい花嫁である善逸の隣に立つには俺は地味だったろうか。

「そんなことないぞ!あ、いや、なんてゆーかさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・すっごく格好いいよ・・・・・・炭治郎・・・・・・」

?を赤らめ目を潤ませながら言う善逸に思わず手が伸び、片膝をついてガシリと肩を掴む。そして恥ずかしそうにする善逸の唇すれすれまでに顔を寄せて・・・・・・慌てて仰け反った。

あ、危なかった。
唇に噛り付くところだった。

「び、びっくりした・・・・・・。心臓が口からまろび出るかと思った・・・・・・」

善逸も俺の突然の行動に戸惑っている匂いをさせているが、その中に微かに残念そうな匂いもあって俺は葛藤する。口付けたい。この美しい俺の花嫁の熟れた唇を貪りたい。・・・・・・が、禰豆子に怒られるだろう。

「すまん。あまりにも善逸が可愛くて・・・・・・頼むから煽るのは控えてくれ」

「いや煽ってないし。それとお前の発情する箇所ってどんななのかいまいち分かんないだよね」

「・・・・・・とりあえず可愛い行動や発言を控えてくれ」

「俺に可愛いところなんてない」

「そんなことはない!俺は何時間でもお前の可愛いところを語れる自信がある!!」

「やめてね?そんな時間は今ないから」

「そうだな、後日じっくり語ろう」

善逸はくしゃっと顔を顰めているが、何が不満なのか。俺としては善逸が不満に思う点がいつもよくわからない。まあ、これからは夫婦になるのだからおいおいすり合わせていくとしよう。

そうだ。今日、俺たちは祝言をあげて夫婦となるのだ。そのために伝えたいことがある。

「善逸。昨夜、今日伝えたいことがあると言ったのを覚えているか?」
「ああ、うん。言ってたね。何?」

俺も善逸も居住まいを正して、膝が当たりそうなくらい近くで向き合う。しっとりとした色気と可愛いらしさを同居させた花嫁姿の善逸にそのまま飛びかかり組み敷きたい気持ちが湧いてくるがグッと我慢だ!!そういうのは式が終わってから!!

「俺たちは祝言の前に子ができただろう?だから善逸が勘違いしないようにはっきりと言っておきたい」

「勘違い?」

きょとんとする善逸に俺は大きく頷いた。俺たちは子が先にできた夫婦だ。それは仕方がない。いつ死ぬか分からない鬼殺隊であるし、まあ、俺は孕めば善逸と家族になれると思っていたし。善逸も自然と夫婦になるのだろうと思ってくるていたが・・・・・・男らしくはっきりと伝えなければならない。

「好きだ善逸!!お前を何よりも愛している!!お前と子を作り、育み、お互いを支え合って生き!!そして同じ墓に入りたい!!死ねば骨と骨でお前と重なり合っていたい!来世だって契れるなら契りたい!だから、俺の嫁になって欲しい!竈門家に嫁に来てくれ!一生、お前を愛する!必ず幸せにする!!」

ふんすと鼻から息を吐く。善逸はびっくりした顔をして、ぱちりぱちりと何度も瞬いている。可愛い。

「あ、えっと・・・・・・」

「今更だと言われても仕方がないと思う。そもそも子ができ、ここまで来たら善逸が断らないのは分かっている。だがしかしけじめとして伝えたかった。俺は決して、子ができた責任でお前と夫婦になるんじゃない。お前が欲しくて孕ませたんだ。もちろん、お前との子も欲しかったが・・・お前と祝言をあげるのはお前を好きで好きで愛しているからだ。・・・俺の愛を知って欲しかったんだ」

言い切った俺は善逸から嫌がる匂いも苛立ちの匂いもらなくてホッとする。後悔はないが、男として誠実ではない事態だった。だからこそ善逸には責任や致し方なくなどとは勘違いされたくなかった。俺の想いを正しく知っていて欲しかった。

善逸は好きになった人に対して、気持ちを返すと言っていた。善逸の生まれや境遇を考えると好意というのは得難いものであったのだろう。だからこそ、好きになってくれた人に心身の全てを捧げてもいいという。その考えは寂しい。だが、誰かに好かれ、愛されなければ善逸が変われないというのなら、いまはそれでしか応えられないのなら、それでいい。俺は善逸を捕まえられた幸運な男だ。

「・・・・・・なんだよぉ。何でそんな俺を喜ばせることばっかり言うのぉ?」

善逸は目に涙を溜めながら、しかし決して零すまいというように上を向く。たぶん、善逸も禰豆子に泣かないようにと言われているのだろう。折角の化粧が落ちるからだ。そして善逸は誰かが丹精こめた仕事を台無しにしたくないと思う優しい娘だ。

「はあ・・・・・・」

善逸はなんとか涙を堪え切ると目を大きく開け閉めして、ゆっくり俺を正面にとらえた。真っ直ぐ俺を見てくる善逸から何か決意した匂いを感じて、俺も善逸の目を見る。

「・・・・・・炭治郎。俺はお前に言ったよな。俺は俺のことを好きになってくれた人を好きになるって」

言われた。俺はだからこそ、誰かに取られる前にと善逸に手を伸ばし、押して押して押し倒して体ごと頂いたんだ。

「俺は生来のものなのか、やっぱり好きとか難しいと思ってるよ。もしあの時お前が俺を欲しがらなかったら俺は絶対にここにはいない。お前の気持ちに比べたら薄っぺらい気持ちで・・・そんな気持ちしか持てない薄っぺらい人間なんだ」

善逸の言葉にそんなことはないと言いたいが、俺が善逸をもし、万が一欲しがらなければ確かに俺たちはここにいないだろう。誰か他の奴の隣に善逸はいたかもしれない。全く持って考えたくないことだが・・・。

「けどこんな俺だけど、俺も祝言の前に炭治郎に言いたいことがある」

善逸は珍しく視線を一度も逸らさない。この目をする時は善逸が本気の時だ。絶対に自分を貫き通す、強い善逸の目だ。滅多に見られないその眼差しを白無垢姿で見れたのに俺は高揚する。

「炭治郎、俺を好きになってくれてありがとう。俺に家族をくれてありがとう。きっとお前が俺を欲しがらなかったら、俺はひとりで死んでいたよ。お前はそんなことないと言うかもしれないけど、それこそそんなことはないんだ。お前が俺を欲してくれてなかったら、俺はあの無限城で死んでいた。生きる意味も見失って、俺は死んでいた。誰にも一等、特別な好きを貰えずに死んでいただろう」

善逸は泣きそうな顔をしても涙はでない。俺は一語一句聞き漏らさぬように、善逸の放つ甘やかで切なくて幸福な匂いを忘れぬようにじっと集中する。

「好きだよ炭治郎。俺はお前への気持ちに愛と名付けたい。俺の全てをあげるから、どうか俺をお嫁にもらって欲しい」

その言葉に俺は耐えきれなくなり善逸を抱き寄せた。ほろほろと涙が流れている。善逸ではなく、俺からだ。

「・・・・・・俺じゃなく炭治郎が泣くなんて珍しいな」

「・・・しょうがないだろう。ずっと欲しくて欲しくて堪らなかったものが本当に手に入ったんだ。・・・・・・ああ、善逸は何度俺を幸せにするつもりなんだ?こんなに幸せでいいのかと思ってしまう」

「俺が炭治郎を幸せにできるなら、それこそ飽きるほど幸せにしてやるよ。俺も幸せだ。こんな綺麗な白無垢を着れるなんて夢にも思ったことがないよ」

「俺もこんな素敵なお嫁さんを貰えるなんて、善逸に出会う前は想像したことがない。・・・本当に幸せだ。善逸、ありがとう」

そう言ってしきりに抱きしめ合い、ようやっと離れた頃には俺の顔面は残念なことになっていた。結局は綺麗に着飾った花嫁の意地で泣くことはなかった善逸がきゃらきゃらと笑いながら優しく俺の涙と鼻水を手拭いで拭ってくれる。

「炭治郎と禰豆子ちゃんは兄妹だなあ」
「ん?禰豆子とはそりゃ兄妹だが・・・なんでいまそんなことを言うんだ?」
「さあてね。・・・・・・あらら、お迎えが来たみたいだよ、色男」

善逸の言葉に襖の方を見ると、すぐさまスパンと開かれた。

「子分ども!!準備はいいか!!」
「お兄ちゃん、善逸さん!そろそろ時間よって、あら!お兄ちゃん目元が赤いわ!・・・・・・もしかして泣いたの?善逸さんは・・・・・・ああ、大丈夫ね。ならいいわ」

部屋に入ってきたのは伊之助と禰豆子で、伊之助は袴に腹掛けをつけ、禰豆子は赤地に牡丹と菊があしらわれた振袖姿だ。そういえば意図しなかったが、善逸の着物にも牡丹と菊が入っている。二人で並ぶと不思議と姉妹に見える。

「ふああああああ・・・・・・!!な、なんて可愛いんだ禰豆子ちゃん!!禰豆子ちゃんの白い肌に赤い着物が映えているよおおおお!えっ?えっ?まさかここは極楽!?俺、召されてない!?」

「まだ死んでないぞ!!俺と祝言をあげる前に死ぬな!いや、あげてからも死ぬんじゃない!!」

「うふふっ。ありがとうございます。でもやっぱり今日1番は善逸さんですよ。ああ・・・・・・何度見てもとっても綺麗・・・・・・」

「えっ、ウィヒヒッ・・・・・・そぉんなことないよぉ?」

「紋逸、見かけはいいのに顔が気持ち悪ぃぞ」

「お前!!この伊之助!!花嫁に何を言うんだよ!!」

4人でしきりに声を上げ、笑う。これを幸せだと言わず、何だと言うのか。

「よしっ!とにかく外に出るぞ!!車はもう用意したあるぜ!」

「車?なに車って」

「皆の前に出る時に人力車に乗って庭から入るんだよ」

「はあ!?何それ恥ずかしいっ!!」

「仕方がないんだ。伊之助が俺たちのために何かしたいって言ってくれたから、伊之助には車夫を任せたんだ」

「おう!任されたぜ!!俺様に任せとけ子分ども!!」

伊之助はそう言って部屋を飛び出していく。俺たちも早く追いかけないと伊之助が痺れを切らしてしまうだろう。

「さあ、2人とも行きましょう!私も宴席の方に行ってるから!」

禰豆子にも促され、善逸は渋々歩き出した。俺がその手を取ると善逸は?を赤らめて笑った。そのまま手を引き、廊下を出て縁側から庭に出る。用意されていた草履を履いて、目の前には人力車。

「ほら、善逸」
「うん」

俺は善逸を抱き上げるとひらりと飛び上がって車に乗り込む。近くから香る善逸の緊張の匂いに「大丈夫だ」と囁いた。

「よっし!行くぞ!」

滑り出す人力車に揺られながら、俺は前を向く善逸を眺める。本当なら前を向かなきゃダメなんだろうが、俺のお嫁さんが綺麗すぎて目がどうにも離せない。

綿帽子から溢れる金の髪が日の光を浴びてキラキラと輝く様は宝石のようだ。

「炭治郎、前向きなよ」

「うん・・・・・・そうなんだが、今日のこの日に善逸の花嫁姿を1番見たいのは俺なんだ。だがこの後は流石に前を向かなければならない。だからこそ、この短い間でもお前を見ていたいんだ」

「ああ・・・・・・そう・・・・・・」

善逸はそう言うと唇をついと尖らせる。だから、煽るのはやめてほしいとさっきも言ったのに。口付けしたいのに出来ないのはこんなに苦しいのか。そう思いながらもぐっと我慢をしてると善逸はパッとこちらを向いたと思うとそっと俺の耳に唇を寄せた。

「そういうのは式が全部終わってからね」

その言葉に俺はカッと顔が熱くなる。「音で全部丸わかりなのよ・・・・・・この助平」と続け様に言われて恥ずかしい・・・・・・が、終わったらいいのかと前向きに考えることにした。

「おらぁ!!花婿と花嫁のお通りだぜェーー!!」

屋敷の角を曲がり、開けた庭へと入る。目に入るのは紅白幕。そしてにこやかに笑う多くの剣士、隠の人に刀鍛冶の人もいる。まさしく鬼滅隊士たちの勢揃いだ。座敷の上座にはお館様が微笑んでいて、生き残った柱の人たちも全員いる。

縁台の間に作られた花道を車で駆け抜け、開かれた座敷の前に止まると俺は善逸を抱き上げて今度はひらりと飛び降りる。あちらこちらから幸せと喜びの匂いが登り、きっと善逸もその耳で聞いているだろう。皆の気持ちを。

禰豆子や伊之助、集まってくれた人々の笑顔。
そして愛しい、俺だけの花嫁!
 
全く持って幸せだ!!

それを祝うかのようなこの空!!

嗚呼、今日はなんて素晴らしい日本晴れ!!

雷の呼吸の方が速くてカッコいいと言われて泣いた

都会には程遠い、しかし人々の近しさを感じさせる温かみある音がする。こんなところで育ったんだなぁと俺は思いながらも人よりも体温がずうっと高い男に手を引かれてゆっくりと山裾の町を歩く。
隣の男はしきりに俺の様子を伺いながら、足元をキョロキョロと見て心配で仕方がないという顔と音をさせている。その姿は鬼殺隊士として仇敵である鬼舞辻無惨を倒したとは思えぬ情けない姿だ。俺はとうとうそれに我慢できず、はぁと溜息をつくと隣の男・・・・・・というか、夫の炭治郎はそれはもう慌てて俺の顔を覗き込む。

「どうした善逸!?苦しいのか!?やはりもう家に戻った方が・・・・・・いや、どこかで休むか!?それとも俺が抱えて、むぐっ」

往来にてクソでかい声で騒ぐ炭治郎の口を手のひらで押さえて塞ぐ。周りからはクスクスと笑う声がよーく聴こえて俺の羞恥は最高潮だ。ただでさえ町の人からすれば『竈門炭治郎が帰ってきた!!』というので大騒ぎなのに本当に勘弁してほしい。

「うるさいよお前!少し落ち着け!」
「すまない・・・」

項垂れる炭治郎に料理屋の女将さんがくすくす笑って出てきた。目的は炭治郎が焼いた炭だろう。手に財布が握られているもの。

「なんだい炭治郎。嫁さんにすっかり尻に敷かれてるのかい?」
「姉さん女房なので、しっかりしてくれていて」

嬉しそうに言う炭治郎にこいつマジかと思うわ。しっかりしてる俺なんてどこに居たってのよ。生まれた時から見たこともない母親の腹に落としてきたもんだと思ってたわ。

「あらそうなの?それにしてもあの炭治郎がこんなに立派な男前になって、綺麗でハイカラなお嫁さん連れて帰ってくるとは思わなかったわよ?。町のみんなでそれはもう心配してたのよ?」

「ご心配おかけして申し訳なかったです。家族は減りましたが、またなんとか帰ってこれたのでこれからも宜しくお願いします」

丁寧に頭を下げる炭治郎に倣い、俺も頭を下げる。
祝言をあげ後、屋敷が完成したからと移り住んだ俺たちを迎えてくれたのはこの町の人達だ。一家でいなくなった炭治郎達は家が荒れて血が流れていたことと、家の前に土が盛り上げられていたことから熊に喰われたのだろうと判断されたらしい。そして山裾の家に泊まっていたという炭治郎が家族を弔い、その悲しみと衝撃から町を出たか身を儚んだかしてしまったのだと悲嘆に暮れたらしい。

だというのにある時になって禰豆子が戻ってきた。町の人にまたここに住むことになったと、兄とその嫁と腹の子も一緒だと幸せそうに挨拶して回ったらしい。ちなみにやたらに顔が美しい伊之助が隣にいたお陰で、美しく成長した禰豆子ちゃんに言い寄る男はいなかったらしい。

町の人たちはことさら喜んでくれ、俺がこの町にやって来てから暫くはひっきりなしに町の人が祝い品を片手にわざわざ挨拶に来てくれた。まあ、みんな新しく山裾に建ったどでかい屋敷を見たいっていう野次馬根性があったのも否めないけど。

俺は身重だからとあんまり相手をできなかったけど、町の人は金の髪の嫁ってのにも興味深々だったらしく一目だけでもと挨拶をして行ってくれた。なんかこんなんで申し訳ないな・・・・・・と、思う。

「それにしても炭治郎が剣術の先生とはねぇ?。人生には色々あるものね。はい、これが支払い分だよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、台所に炭を置いてきますね。善逸、少し外すが気をつけるんだぞ」

「えっ、何に気をつけるのよ?」

炭の入った籠を背負い直した炭治郎が真剣な顔してそう言うが、こんな平和な町で何があるというのか。それとも立ってるだけで転ぶとでも思ってるのか?流石に鬼殺隊士やってたからそんなヘマしませんけど?

「ははは。あんたのお嫁さんは変な虫がつかないようにちゃーんとあたしが見張っといてあげるから!ほら、行った行った!」

女将さんにそう言われて炭治郎は照れたように笑った。ええー虫?こんな金髪だけが目立つ冴えない女でしかも腹ぼてに誰が集るっていうのか。

「さあさ、お腹大きいんだから椅子にでも座んなさいな」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」

俺は店の前に置かれている竹でできた腰掛けを勧められたので素直に座った。隣には女将さんも座り、「大きくなってるわねぇ?。産まれるのが楽しみだわ?」と人の良い音をさせている。その言葉に嘘はない。・・・・・・子供が産まれるって家族以外にも喜んでもらえるものなんだなと、不思議な気持ちになる。

「あの堅物の炭治郎がこんなに早くお嫁さんもらって、しかも子供までこさえてるなんて本当にびっくりよ!町中で驚いたんだから!」

「あはは・・・・・・」

愛想笑いしながらも、辺りから感じる視線に俺はそちらをチラッと見た。すると可愛らしい、俺と同じくらいの年頃の女の子がさっと目を逸らす。

「産まれたらみんなでお祝い持ってくからね!若いし初めての子は大変だと思うけど、頑張るのよ!」

「はい、頑張ります・・・・・・」

キリキリと胸が痛む音が聞こえる。この町は大半は優しく俺を受け入れてくれたが、ほんの少しだけは心のうちで嫌だと叫んでいた。その音の持ち主は大体は年頃の女の子たちで、きっと炭治郎を憎からず思っていたのだろう。それが死んだか蒸発したかと思っていた男が類を見ない男前となり大きな家を建て、そして腹ぼての嫁を連れて来たとなると・・・・・・まあ、遣瀬ないよなぁ。

「すまない善逸!待たせたな!」
「いや早いよ。2分も経ってないわ」
「あらやだわー。もう本当に惚れ切ってるのねぇ。見てるこっちが火傷しそうだわ!」

カラカラと笑う女将さんに炭治郎は当然という顔をしているから本当にやめて?羞恥で死ねるから本当にやめて?

炭治郎は女将さんに礼を言うと、俺の手を取って歩き出した。炭を売るために町に来たのだが、炭作りと炭売りは炭治郎の趣味みたいなものだ。ほんの少しだけ作ってお得意さんに下ろすくらいしかしてないから、もう今日は帰るらしい。

「善逸、腹は苦しくないか?」
「無理してないから大丈夫だよ。というかお前は心配しすぎだよぉ」
「悪い。何せ初めてのことだから不安でなぁ・・・・・・」
「俺も初めてだけどお前が慌てるばかりだから逆に冷静になるわ」

2人で手を繋いで歩いていると、前方から爺様と孫らしき子が手を繋いで歩いてきた。よちよちと歩く子は幾つくらいだろうか。俺は子供と関わることなんて殆どなかったからよく分からない。

「2歳になるくらいかなぁ?可愛いな」

笑ってそう言う炭治郎は一瞬であの子の年頃を看破したみたいだ。さすが6人兄弟の長男か。きっと子供が産まれたら俺より炭治郎の方が上手に世話をするんだろうなぁ。俺、こんなんで母親に本当になれんのかなぁ。

そんな風に思いながら、よちよちと歩く子供と爺様を見やる。爺様は幾つくらいだろうか、爺ちゃんくらいかも。その姿に全く似ていないのに爺ちゃんを思い起こす。

「善逸?」

炭治郎の呼びかけにはっとした。思ったより爺様達を見てしまった。なんだろうかと炭治郎を振り返れば炭治郎は心配そうな顔をしていた。

「どうした?少し、寂しそうな匂いがしたぞ?」
「あー・・・いや、ちょっとね」

俺は誤魔化そうと思ったけど、炭治郎がじっと見てるので正直に思ったことを言うことにした。俺たちは家族になったんだ。隠し事はよくないだろうし、炭治郎もそう願ってる筈だ。

「ちょっと、爺ちゃん思い出したの。俺、墓参りも行けてないから・・・」

爺ちゃんの墓は家のそばに建てられたらしい。鬼を出してしまった一門の育てゆえに他に建てられる場所がなかってらしい。俺は爺ちゃんの訃報を受けたときは修行中で、それが明けたら決戦で・・・・・・そこからは怒涛のような日々が過ぎて今に至る。俺は爺ちゃんの葬式にも49日にも出れていない恩知らずの弟子だ。

「子が産まれて、落ち着いたら行こうな。今のお前には遠出は辛いだろう」

「うん・・・・・・そうだね」

本当なら今すぐにだって行きたい。けど炭治郎のいうように身重で登山はダメだろう。我慢しなきゃ。爺ちゃんだって身重で行ったらきっと怒るはずだ。

「・・・・・・女将さんが産まれるの楽しみにしてるって。産まれたらお祝い持って会いに来てくれるって。この町の人はいい人ばっかりだな」

俺がそう言うと炭治郎は誇らしげに笑った。自分が育った町を褒められるのが嬉しいんだろう。俺にはよく分からないけど。俺の育った牛込神楽坂は都会で洒落ていて・・・・・・それだけだ。孤児には優しい場所ではなかった。だけど都会じゃなきゃ子供にやれる仕事なんてないだろうから、あそこじゃなきゃ俺は死んでいただろうけど。

この町の人は俺の腹から子が産まれるのを楽しみにしてくれている。幸せなことだ。子供は宝だと喜んでくれるなんて、俺からすればとても素晴らしく幸運がことだ。
けどそんな人達を見るとじゃあ俺は?という思いが込み上げる。俺は誰かに喜んでもらえたのだろうか。母親は膨らんでいく腹をどんな気持ちでなでたのだろうか。

想像しても想像してもいい気持ちはなかっただろうと思う。何しろ名前もつけられず、籠にもお包みもなく長者の屋敷前に捨てられていたのだ。俺が生き延びられたのは長者が外聞を気にする人だったからに過ぎない。家は目立つ人通りの多い場所にあったから子が捨てられていたのはよくあることだった。

そんな俺が母親になる。愛し方も愛され方もおかしな俺が、親になる。子を捨てるなんて絶対にできないけど上手に愛せるか分からない。加減が分からない。上手くできなかったらどうしよう。
けど上手くできないかもなんて誰に相談すればいいのか分からない。炭治郎にするべきなんだろうけど、炭治郎は大丈夫だと言うだろう。禰豆子ちゃんだってきっとそうだ。でも何となく、そういう言葉が欲しいんじゃないんだ。爺ちゃんみたいにはっきりとダメなところを教えてほしい。

「さあ、日が暮れる前に帰ろう。抱っこしようか?」
「平気だよ。病人じゃないんだから」
「うむ。そうなんだが・・・・・・ついつい心配で」

炭治郎が困ったように言うのに俺はほんの少し心がささくれ立つ。心配を掛けるほど俺は何か失敗しただろうか?そりゃ鬼殺隊士としては大した奴じゃないけど、一般の女の子から比べればよほど丈夫だというのに。

「なんだよ。そんなに俺は信用できないってか?」

思った以上に刺のある声になってしまって、俺はダラっと冷や汗が流れる。炭治郎もちょっと驚いた音をさせていてよりやってしまったと思う。炭治郎を責めるような言い方になってしまった。こう、笑って茶化す感じにすべきだった。

「信用してないわけじゃない!ただ、俺が善逸に何かあったらと心配なだけなんだ」

だからそれが信用してないってことじゃないのか?くさくさした心がそんなことを思ってしまう。炭治郎からは純粋な心配の音しかないのに、俺は何を口走っているんだ?思ってもないことを言ってしまったようで俺は自分が怖くなる。

「ごめん。なんか、変なこと言ったわ。早く帰ろう」
「あ、ああ・・・」

炭治郎は心配そうな顔をしながらもそれ以上は何も言ってこなくて俺はホッとする。でもなんか気まずいわ。俺のせいだけど。

そうして黙ったまま家に帰り、禰豆子ちゃんに迎えられて俺はようやく詰まったような息を吐き出せた。けどこれじゃまるで炭治郎と2人きりなのを嫌っていたみたいじゃんか。

そんなことを思いながら、俺は今日も今日とて何もすることなく上げ膳据え膳だ。働き者の炭治郎と禰豆子ちゃんに身の回りのことも家のことも全部やって貰ってる。だって何かやろうとすると炭治郎に止められるし、禰豆子ちゃんを手伝おうにも手際が良すぎてむしろ邪魔になってる。

「・・・・・・嫁とは一体・・・・・・」

俺の仕事といえば炭治郎に抱きしめられて眠ることと、ほんの時たま求めてくる炭治郎を受け止めるくらいなもんだ。あれ?それってなんて情婦?嫁じゃなくない?

でも俺、嫁として必要な能力殆どないし。いや、最低限はあるけど竈門兄妹には全く歯がたたない。腹に子がいなければただの居候じゃない?でも2人は俺の身体を心配してくれてるんだし、文句を言うものでもないだろう。家族は助け合うものらしいし・・・・・・俺から何もできてないけど。

本当にこんなんで嫁としていいのだろうか?まだ鬼殺隊士として任務をこなしてる時の方が不安がなかったかも。恐怖はあったけど。俺は悶々と考え込む。以前ならこんな時は爺ちゃんに手紙を書いてどうしたらいい?と聞くこともあった。けど爺ちゃんはもうどこにもいない。

俺は相談できる相手もおらず、結局その日も何もできずにただ炭治郎に抱きしめられて眠った。

その日、爺ちゃんの夢を見た気がした。

********

「善逸から寂しい匂いがずっとしてるんだが・・・・・・どうしたらいいと思う?」

「知らん」

伊之助の返事に俺はがくりと肩を落とす。今日は柱合会議だった。鬼殺隊士が減った今、俺と伊之助は柱として働いている。まだ継子を得てはいないが、検討していかなければならないため、その相談や今後の刀鍛冶の里の警備とことなど話し合うことは沢山ある。

俺と伊之助はその帰り道、蝶屋敷へ寄って土産を渡して行こうということになっていて向かっている最中だ。しかしどんな時でも俺の頭にあるのは善逸のことばかりで堪えきれない溜息を俺はまたひとつ吐いた。

「つーか、最近は紋逸のやつなんかピリピリしてるよな」
「そうなんだ!!」
「ピリピリしてるかと思えば萎んだ空気させやがるし、あいつ相変わらずじょーちょふあんてーだよな」

伊之助の言葉に俺も頷く。祝言をあげて、新しい家に移り住んでからひと月程、善逸は暮らしにも町にも慣れてきたと思うのだがここ最近は様子が少しおかしい。禰豆子は出産が控えてるのだから不安にもなるだろうと言うけれど、俺もそうかと思っていたけれど本当にそれで済ませていいのかと心配になる。
けれどいくら善逸に心配と言っても柳に風で、なんでもないと言われてしまうのだ。

「やっぱ退屈なんじゃねーの?あいつすることねーし」
「まあ、それはそうかもしれないが・・・・・・。無理をさせて何かあったらと思うと心配なんだ」

善逸が家のことを手伝いたいと思ってるのは知っている。けど善逸が大きい腹で廊下を拭いたりしてるのを見ると怖くなってしまうのだ。だって善逸は血鬼術を食らって身体中にヒビをいれていたのだ。中にまでは到達してないとのことだったが、無理に動けば死ぬというあの姿は俺にとっては忘れようにも忘れられないものだった。
そう思うと善逸には何もせず、そばにいて笑ってくれていればいいと思ってしまうのだ。なにか無理をさせて善逸を損なったらと思うと恐ろしい。

「お前みたいのを過保護っていうんだぜ」
「うう・・・・・・耳が痛い・・・・・・」

俺は昨日の町からの帰り道のことを思い出す。善逸はお爺さんと幼児が手を繋いで歩いているのを寂しそうに見ていた。あれは間違いなく、育ての桑島殿を強く思い出していたのだろう。俺は会ったことはないが、善逸からすれば爺ちゃんと呼ぶほど大切に想っていたのだ。

「ああ、墓参りに連れて行けたらいいんだが・・・・・・」
「誰のだよ」
「善逸の育ての方だよ。決戦前に亡くなられたんだ。・・・善逸は墓参りも49日も出来てないのを気にしているみたいだし・・・。しかし腹が大きいから遠出をさせるのはなあ、何かあったときにどうにもならない」

子供を産んで落ち着いたら。俺がそう言った時、善逸は泣きそうな顔をしていた。そんな顔をするくらいなら駄々を捏ねて行きたいと泣き叫んで欲しい。けど結局は連れて行けないのだけども。

そうして俺達蝶屋敷に辿り着き、持参した土産を楽しみながら近況を報告しあった。アオイさん達からは痣者の延命治療の進捗や投薬について、俺たちからは新居に移っての様子だ。特に善逸の体調のことはアオイさん達も気にしているらしく、根掘り葉掘り聞かれる。
俺も他ならぬ善逸のことだからと偽りなく答えていけば、アオイさんはここ最近の善逸の様子を聞いて難しい顔をした。

「元気がない・・・ですか」
「そうなんだ。寂しい気持ちもあるみたいで、桑島殿を思い出してるようなんだ」
「よくない兆候ですね。善逸さんは元々、心配性で後ろ向きなところがありますから。しっかり気分転換させてあげてください」
「例えばどんなものですか?」

花札や双六はみんなでやったりしてるけど、それではダメなのだろうか。アオイさんは「そうですね」と考えるとピッと指をたてて言う。

「日光浴や軽い運動でしょうか」

「えっ!?運動!?妊婦なのに!?」

アオイさんの言葉に俺は驚きの声を上げた。あんなにお腹が大きいのに運動なんかしたら大変なことにならないだろうか!?

「ごく軽いものですよ?散歩や重いものを持たない家事とか・・・あとは不満を溜めないように好きなことをさせてあげるといいと思います」

「なんだよ。今と真逆の生活じゃねーか」
「うぐっ!!」

伊之助の指摘に俺は胸を押さえた。アオイさんも胡乱げな顔で俺を見ていて、致し方なく善逸の最近の1日の過ごし方を伝えた。するとアオイさんは呆れた顔で俺を見ている。

「なんですかそれは!病人ではないのですよ!?無理をするのはダメですが、本人が希望してるなら簡単な家事くらいはさせてあげてください!」

「す、すみません・・・・・・」

「何もせずにずっと座ってろなんて退屈で仕方ないじゃないですか!気が滅入ってしまいます!気分が落ち込むのも当然です!」

「ごもっともです・・・・・・」

喧々轟々と叱られて俺は正座したままションボリと項垂れた。良かれと思ってやっていたことが裏目に出ていたのか・・・・・・。こういう時やはり出産経験があった人にもっと話を聞いておくんだったと後悔する。
俺も禰豆子も沢山の弟妹達を見てきたけど、母さんがどうしていたか、どう思っていたのかまでは分からない。禰豆子もまだ出産など経験がないし、善逸は実家というものがない。善逸は町にも移り住んだばかりで相談する相手もいないのだろう。だというのに夫の俺が善逸に我慢ばかりさせていたというのなら何ということだ!!

「そのくせお前、紋逸のことは抱くしな」
「ちょっ!!伊之助ーーー!!?」
「はあ!?炭治郎さんそっちは無理させるんですか!?いくら大丈夫と言っても加減してくださいよ!?それと来月にはもう禁止ですからね!」
「すみません!分かってます!」

俺はアオイさんにチクチク言われて、解放されたのはもう日が暮れる頃合いだった。思った以上に長居をしてしまったため、俺と伊之助は全速力で家路を駆けていた。今家には善逸と禰豆子しかいない。本当ならもっと早く帰るつもりだったんだが・・・俺の行動があまりにもダメ過ぎだと懇々と説教をされてしまった。
これからは心を入れ替えて・・・・・・そう、なるべく善逸にも無理のない範囲で運動を促したり家事を手伝ってもらおう。なるべく・・・・・・そう、なるべく。

「すげー顔してんぞ」
「ええ?」
「眉間。すごい皺が寄ってる。不満たらたらじゃねーか」

横を走る伊之助がトンっと自分の眉間を叩く。それで猪頭がガタリと揺れる。俺も自分の眉間を触ってみるが今はもうなにもない。

「不満そうに見えるか?」
「見える。テメェにはテメェの考えがあるんだろうけどよ、そういうのは夫婦で話し合うもんなんじゃねーのか?」

伊之助の言葉に俺は「うん・・・」と小さく頷いた。伊之助の言葉も最もだ。夫婦はお互いに会話をして、自分たちの気持ちをすり合わせていかなければならない。時には喧嘩にもなるだろうけど、お互い理解し合おうとしなければ本当の家族にはなれない。
俺と善逸はまだ夫婦になったばかりだ。お互いに鬼殺隊として仲間としてそして恋人として絆を強めあってきたけれど、夫婦となればまた視点が変わる筈だ。

「伊之助の言う通りだな。帰ったら早速、善逸と話してみるよ。俺が心配するばかりで善逸はたくさん我慢してるだろうからな」

「おう。頑張れよ。ギャーギャー喚かない紋逸は調子狂うからな!!」

伊之助の言葉に俺は笑った。そして少しずつ、自分たちの屋敷が見えてきて・・・・・・どうやら禰豆子が灯りを持って門扉の前に立っているようだ。

「ねず公じゃねーか?」
「俺たちが遅いから心配したのかな?おーい!禰豆子ー!」

急いで門扉の方へと近づくと、声が聞こえたのか禰豆子が振り返り慌てた様子で駆けてきた。

「お、お兄ちゃん!!大変なの!!善逸さんが!!」

禰豆子の叫びに俺はドッと汗が流れると瞬時に禰豆子の元まで飛んだ。そして目の前に現れた俺にぶつかりそうになった禰豆子をがしりと受け止める。禰豆子は真っ青な顔でダラダラと冷や汗を流していた。

「禰豆子!!善逸がどうしたんだ!?」
「あ、あ、善逸さんが!善逸さんがいないの!!家のどこにも!!」

禰豆子の言葉に俺は金槌で打たれたかのように頭が痛んだ。この時間に?家のどこにもいない?どういうことなんだ?

「いつからいねぇんだ?」

動揺している俺の代わりに伊之助が禰豆子に聞いてくれた。禰豆子は混乱している様子だったが、何とか言葉を紡いでくれる。

「えっ、えっと・・・・・・お、お昼ご飯を一緒に食べた時は善逸さんもいて、それでその後・・・・・・少しだけと2人でお昼寝して・・・・・・そしたら私が目が覚めたらもう夕方で・・・・・・も、もう善逸さんがいなかったの!こ、これ!これだけ残していなかったの!」

禰豆子が袖から出したのはよれた紙で、どうやら驚いた禰豆子が握りしめてしまったんだということが分かる。俺はその紙を受け取ると急いで引き伸ばして中を見る。そこには『3日で帰ります。ごめんなさい』と書かれていた。文字は間違いなく善逸のもので、迷いもない字だ。

「・・・誰かに拐われたとかじゃねーんだな。それならまだ安心か」
「どこがだ!!善逸は身重なんだぞ!!いくら安定期とはいえ・・・・・・だいたい3日も黙って出かけるとはどういうことだ!!」
「知るか。捕まえて話し合うしかねーだろ。お前がさっき言ってたことだぞ」

伊之助の言葉に俺は顔を覆った。伊之助の睨めつける目に、要するに俺の
今までの行動によってこの事態が起こったと言いたいのだろう。話し合いをするよりも前に、善逸に限界が来たということだ。

「捕まえるにしてもどこに行ったんだ?」
「そうとう重要なことじゃなきゃ、さすがの紋逸も黙って消えねーだろ」

3人で顔を突き合わせ、善逸がなによりも優先するとしたら何かを考える。そんなのは数が少ないからすぐに分かる。善逸が特別大切にしているものは自惚れでなくここにいる3人と、そして・・・・・・。

「桑島殿の墓参りか・・・・・・。そんなに行きたいなら言って欲しかった」
「もう行っちまったんだから、んなこと言っててもしょうがねぇだろ!で!?その桑原って奴の墓はどこだ!?」
「桑島殿だ。・・・確か、住んでらっしゃった山にあると善逸から聞いたが・・・どこの山なのかが分からない」

もっと積極的に聞いておくんだった。思い出したら辛いかとあまり桑島殿や雷一門の話を振らなかったツケがここになってきた。

「じゃあ本部に行って聞くのか?」
「・・・・・・いや、本部に行くより狭霧山の方が近い。確か鱗滝さんは桑島殿と知己だったはずだ」
「つーか雀は?」
「チュン太郎ちゃんもいないの。きっと心配で着いていったんだわ」
「じゃあ行き倒れたら連絡が飛ぶな」
「そんなことになる前に捕まえる!!伊之助!悪いが禰豆子と家に残ってくれ!俺は狭霧山に行って鱗滝さんに会ってくる!!」

俺はそう言うと蝶屋敷のみんなから貰った土産を伊之助に放り出して一目散に駆け出した。ここから狭霧山までは全力で2時間かからない。善逸は身重だから・・・・・・無茶をしていないとするとゆっくり歩いているだろう。きっと追いつける筈だ。

ああ、だが、ゴロツキなどに出会ってしまっとり野犬に出会ったらどうなるか。俺は何も言わずに飛び出した善逸に腹を立てながらも、飛び出すほど不安定になっていた善逸をそのままにしていた自分にも腹が立つ。

善逸はずっと寂しい匂いをさせていたのに、俺は自分の願いを優先させて善逸の本当の気持ちを確認するのを怠ってしまった。情けない!!夫として失格だ!!こんなのは怠慢だ!!

俺は善逸に教わった雷の呼吸のコツを使い、ひたすら夜道を狭霧山に向けて駆けた。

****

「チュン!チュンチュン!」
「ごめんよぉチュン太郎!でも許しておくれよぉ!」

俺は懐のチュン太郎に怒られややながら、ベソベソ泣きながら、爺ちゃんの家があった山裾へ向かっていた。幸いなことに爺ちゃんの家は今の住処からものすごく離れている訳ではない。なにしろ山の方だからね。関東は平野だから山だとわりと距離は近くなる。と言っても流石に普通の人間の足では遠いけど。

俺は子供がいる腹を避けて呼吸を足に巡らせて駆けていた。さすがに3ヶ月近く生きるために効率よく治癒の呼吸を巡らせた甲斐があった。俺はまさしく爺ちゃんのいう本当の全集中を会得したと思うわ。
筋肉の一筋一筋、血管の一本一本、子供に絶対に負担が掛からないように調節をしながら俺は脚にだけ力を込める。そのおかげで俺は身重だっていうのにその辺の飛脚よりも早く走れる。さすがに鬼殺隊士みたいには無理だけど。

昼を食べ終わって、俺は禰豆子ちゃんに昼寝をしようと誘った。禰豆子ちゃんは広い家を切り盛りしてるから疲れているのは分かっていたし、俺が寂しいから一緒に寝ようといえば断るような子じゃないのは分かっていた。
だから禰豆子ちゃんが寝入り、チュン太郎も眠ったのを見計らって家を出た。チュン太郎が目を覚まして炭治郎達に伝えに行かれたら困るから懐に入れて連れてきた。最悪、具合が悪くなって倒れたらチュン太郎に助けを呼んでもらおうという打算込みだ。

炭治郎たち、怒ってるだろうな・・・・・・。俺が残してきたのいつ帰るかの書き置きだけだ。帰ったらきっとしこたま怒られるだろう。もしかしたら捨てられる・・・ことはないだろうけど、愛想つかされたらどうしよう。でも子供だけでも好いて大切にして貰えるならそれでもいい。だって俺、たいして役に立たない嫁だし・・・。本当にできることないわ。

子供を産んだ後だってたぶん、何もできない。家のこともできないならどうしようか。しんどいの嫌だけどやっぱりまた身体を戻して雷の呼吸を使えるようになろうか。

でも雷の呼吸は・・・・・・鬼を出したから存続を許されないかも。そもそも鬼もいないんだから、俺がまた呼吸を使えるになるのも無駄かも。せ、折角、爺ちゃんが教えてくれたのに。俺が使えるの2つしかないけど、しかも1つは俺の作った奴だけど。・・・・・・爺ちゃんとの繋がりなのに、なくしたくないな。

「はぁはぁ・・・・・・」

俺は駆けるのが限界になり、ゆっくりと走りそして歩き出す。流石に全く鍛錬をしていないのだから呼吸を使い続けるのがしんどい。もっと鍛錬をしておけば良かったと思うけど、怪我もあったしそも鍛錬が許されているならとっくに墓参りくらい出来ていたはずだ。炭治郎からは普通の散歩すら1人では認められてなかったし、鍛錬がしたいなんて言ったら般若の顔で怒られたか、真っ青な顔でダメだやめてくれ!!と懇願されただろう。

・・・・・・炭治郎が俺を心配してるのは分かってる。俺は炭治郎の家族になったんだ。炭治郎はまた家族を失ったりするのは考えられないんだろう。だから俺もお腹の子もとっても大切にしてくれてる。
だから炭治郎は悪くない。炭治郎に愛されている筈なのに、たくさんの物をもらったのにそれだけじゃ足りない俺がいけないんだ。
本当なら炭治郎の言うように子供を産んで、落ち着いてから爺ちゃんに会いに行くのが正解なんだろう。だけど・・・・・・それはいつなんだ?産んで落ち着いたらっていつ?いつ落ち着くのかが分からない。
それにお産の時にもし万が一、俺が死んだらどうなるんだ?お産の際に死んでしまう女の人はまだいる。俺がそれに当てはまらないとは言えない。そうなったら墓参りもせずにあの世に行くのか?

そう思うとめちゃくちゃ怖い。むしろここを歩いてる方がまずいだろうと思うけど、俺の足は止まらない。どうしても爺ちゃんに会いたい。

上を見上げると月が綺麗に輝いている。満月ゆえに灯りがいらないくらい、辺りは見える。まあ、普通の人にしたら闇夜だけど鬼殺隊士は夜目が効く。問題ない。俺はふらふら歩きながら、あと少しだと気合を入れる。俺の目の前には山裾が広がっている。この山を越えれば爺ちゃんの家が桃畑が・・・・・・墓がある。申し訳ないが花も土産もないが、爺ちゃんに伝えたいことは沢山ある。たくさんの幸せが俺にはあった。それを手土産にさせて欲しい。

「よしっ、行くぞ」

そう思って一歩を踏み出そうとした時、背後から地鳴りが聞こえてきた。すわ地震かと身を竦めれば聞き慣れた心音も混ざっており、俺はまさしく飛び上がった。

「善逸ーーーー!!!」
「ぎゃーーーーー!!炭治郎!!」

背後からやって来たのは般若の顔をした炭治郎だった。来るの早くない!?嘘でしょ!?

俺は慌てて逃げなければと山に入る。ここで捕まれば爺ちゃんの墓参りなどする前に連れ戻されてしまう!!修行の際に駆け回った故にこの山は勝手知ったる庭のようなものだ。けど相手は炭治郎だから、匂いで辿られたら必ず追いつかれる。だから先に何としても爺ちゃんの家にたどり着かなくちゃ!!

「シィィィィ・・・・・・!!」
「なっ!!呼吸を使ってるのか!?だからこんなに早く辿り着いてたのか!?」

脚に力を入れて一気に駆け出す。身体が重いけど、少しでも距離を稼がなければならない。後ろからは炭治郎も脚に呼吸を巡らせて走り出す音が聞こえた。こんなことなら雷の呼吸のコツを教えるんじゃなかった・・・・・・とは思わない。教えてなかったら炭治郎はここに生きていないかもしれないし。

「待て!善逸!止まるんだ!頼むから止まってくれ!!」

炭治郎がそう叫んでるけど、止まるわけにいかない。ここまで来たらもう後には引く気はない。炭治郎に嫌われてしまうかもしれないけど、そも俺はずっとずっと好かれる程に何かできる奴でもない。嫌われる予定調和が早まったと思えばいい。

山を駆け、木の幹を飛び越え、岩場を登り、少しずつ炭治郎が近づいて来てる。地の利があっても流石に今の俺では炭治郎に勝てない。仕方ないと俺は山の斜面へと降りた。ここを降れば沢を越えれば爺ちゃんの家に程近くなる。

「嘘だろ!?善逸やめるんだ!!」

炭治郎がそう叫ぶけど、俺は躊躇いなく斜面へと飛んだ。浮遊感があり、次いでぐんっと下へと引っ張られる感覚がくる。そのまま着地して走り出そうと思って片足を着いたが、想像以上に腹が重くて前た傾いてしまう。このままでは転ぶと思い、慌てて手を出すが前に転倒すればそのまま下まで転がってしまうだろう。俺は身体を捻って後ろに倒れねばと力をれた瞬間、脇下から胸に掛けて腕が回されて後ろに尻餅をついた。

ドクンドクンと心臓が大きく鳴っている。俺のもだけど、俺を後ろから抱きしめてくる・・・・・・炭治郎の心臓も大きく鳴っている。加えて俺を抱きしめる腕は震えていて、全集中・常中の呼吸も千々に乱れていた。

「た、んじろ・・・・・・」
「善逸!!」

近くで怒鳴られるように名前を呼ばれ、俺はびゃっと涙が出た。怒ってる。炭治郎、これはマジで怒ってるわ。まずいまずい。何で勝手に出て行って大丈夫なんて思ったんだろう。なんで嫌われるのが早まるだけとか思ったんだろ。炭治郎に嫌われたくない、捨てられたくない。抱きしめてくれる、優しい腕を失くすなんて嫌だ。怖い。

「ひっひっ・・・・・・うう??っ・・・・・・!」

俺のせいで炭治郎は怒ってんのに、俺が泣いてちゃしょうがないだろ!!でも涙が全然!!引っ込まないわ!!ボロボロと涙も鼻水も出てくる。炭治郎を振り返れない。きっと呆れて俺に愛想尽かしたに決まってる!!

「・・・・・・善逸」
「ごめ、ごめんよぉ炭治郎??!ごめ、ごめん!ごめんなさい!謝るからぁ!き、嫌いにならないでくれよぉぉ!も、もう勝手なことしないから!我儘言わないからぁ!ちゃんと炭治郎の言うこと聞くからぁぁ!!」

おいおいと泣いて炭治郎に縋る言葉を叫べば、炭治郎は耳元で大きくため息をついた。それに俺はまたびくりと身体が跳ねる。もうダメかもしれない。子供がいても、こんな勝手なことばっかりする奴は家族にいらないのかもしれない。そんなことを考えていると炭治郎がぎゅうっと俺の体を抱きしめてきた。その優しい力加減に俺はつい、期待してしまう。

「・・・そんな悲しいことを言うな。我儘なんてたくさん言っていいんだ。俺の言うことなんか全部聞く必要ないんだ。嫌なことは嫌だって、やりたい事はやりたいって言って欲しい」

優しくそう言った炭治郎に、俺は恐る恐る後ろを振り返る。炭治郎は眉を下げて、困ったような苦しいようなけど炭治郎の音は全身で俺のこと好きって言っていた。

「善逸の話をちゃんと聞けなくてすまない。俺が頑固で心配性だから善逸はやりたい事、したい事を言い出せなかったんだろう?本当ににすまない」

そう言ってより一層抱きしめてくれるのに俺はまたハラリと涙が流れる。怖かった気持ちがゆるゆると解けていくのがわかる。

「お、怒ってないの?」
「怒ってるけど善逸にだけじゃないよ。善逸が無茶をするくらい、お前を追いつめた俺自身に一番、腹を立てている。お前は初めてのお産で、初めての町での暮らしで不安に思うことが沢山あっただろう。なのに俺は夫なのに妻の不安を気づいてやれなくて、自分のことばかり考えてしまっていた。善逸に何かあったらと俺の考えばかりを押し付けてしまった。夫として本当に不甲斐ない。・・・・・・ごめんなぁ、善逸」

背中を撫でられるのが心地いい。振り返って考えれば滅茶苦茶なことを俺は沢山したのに、嫌われてないのが嬉しい。俺はぐずぐずと鼻を鳴らしながら炭治郎に縋りついた。炭治郎は俺を安心させるように優しく抱きしめてくれている。

「ご、ごめん、ごめんよおおお。こ、今度からはちゃんと言うから!心配かけないようにちゃんと言うから・・・・・・!」

「うん。そうしてくれ。俺も善逸のやりたい事が何なのか話をもっと聞く。どうしたらいいか2人とも納得できる方法を考えよう」

「うんっ!うんっ!本当にごめんよたんじろぉぉぉ!」

****

「爺ちゃんに会いたかった」

鼻を啜りながら、むせ返るほど寂しそうな匂いをさせて言う善逸に俺は胸が苦しくなった。

鱗滝さんに善逸の育てであった桑島殿の家の場所を聞いて、急いで向かったら善逸を山越えをする寸前で見つけた。まさかの呼吸を使っての旅路だったらしく、通りでなかなか追いつけないと思ったのだ。

普通の妊婦の足ならば道中でとっくに捕まえられただろうが、善逸は全力でなくとも常人では無理な速度で移動していたのだからなかなか追いつけないのも納得だ。

善逸は俺に気がついて逃げ出しだけど、その姿に少なからず衝撃を受けた。善逸は俺に捕まれば連れ戻されると思っているのだろう。俺からも逃げなければ願いが叶わないと思うほど善逸を追いつめてしまったのに罪悪感が湧く。

山の中を移動する善逸との距離を少しずつだが縮めて行っていると、追いつかれると慌てたらしい善逸がまさかの斜面に降り始めた。流石にそこはと思うと案の定、善逸は体幹を崩して前へと転がり落ちそうになる。その姿を見た瞬間、たぶん、俺は最高速度がでたと思う。瞬時に善逸の元へ飛ぶと、その身体を支えて尻餅をついた。

それから何とか泣く善逸を宥めて、俺の不甲斐なさを謝罪して、ようやく善逸を腕の中に取り戻せた。正直、久しぶりに生きた心地がしない数時間だった。

それから斜面を降るのは危ないからと、山道へと上り、岩場に善逸を座らせるとようやく夫婦として向かい合い話し合うこととした。本当ならこんな野晒しのところでやることじゃないだろうが、今じゃないとダメだ。善逸にまた我慢をさせることになる。

俺が『善逸はどうしたかったんだ?』と問えば善逸は『爺ちゃんに会いたかった』と鼻を啜りながらそう言った。

「そんなにも墓参りに行きたかったんだな。察してやれなくてすまなかった」

そんな月並みなことしか言えない俺に、善逸は首を左右に振った。俺は善逸の手を取るとゆっくり立ち上がらせる。

「・・・アオイさんに叱られたんだ。善逸のやりたいことをちゃんとさせてやれって。俺は不安に思うばかりに、善逸の体の様子とかをきちんと分かってなかった。・・・呼吸を使えるのには流石に驚いたぞ」

「うん・・・俺、たぶん普通の妊婦さんより元気だよ」

「山道走れるくらいには元気だな。よしっ!このまま桑島殿の墓参りに行こう!ここまで来たんだからあと少しだ!」

俺がそう言うと、善逸はきょとんとした顔をした。そしてすぐにくしゃりと顔を歪めると涙を堪えながらこくこくと頷く。

「ただ、走るのはやめよう。ゆっくり行こうな?」
「うんっうんっ!ありがとう炭治郎・・・!」
「いいんだよ」

俺と善逸はゆっくりと山道を降り始めた。善逸が言うにはこの先を道なりに下っていけば桃畑に出て、そしてその先に桑島殿の住処があるらしい。俺たちは何を話すこともなく、2人で歩き続ける。善逸からは焦りと不安とがない混ぜになったような匂いがする。それを指摘するとまた泣いてしまいそうだし、そも善逸はまだ桑島殿の死を受け止めきれてないのかもしれない。

俺も人伝に聞いたことだから善逸の心は分からないが、桑島殿は善逸の兄弟子が鬼になった責任を取って介錯なしで腹を切っている。介錯なしなのはそれをもって善逸の切腹の免除を申し出ているからだ。そして善逸が鬼になった兄弟子の頸を落とす。それら全てをもって雷一門の汚名の責任を取るとのことだったそうだ。

もし桑島殿が介錯なしで腹を切っていなかったら善逸も腹を切ったのだろうか?今となってはあり得ないことを想像しては肝を冷やす。もし善逸が腹を切っていたら、俺はどうなっていただろうか?善逸が腹を切るということは恐らくお腹の子は誰にも知られることなく死んだだろう。
つまり善逸は無自覚に腹の子を殺して自分も死ぬことになる。そんなことになれば善逸は子殺しとして地獄に行っただろう。鬼を沢山倒しても一回の子殺しで人は地獄にいく。そうなれば善逸はあの世でも桑島殿と出会うことができないということだ。

月が空を高く登った頃、俺たちはようやく桑島殿の桃畑にたどり着いた。季節柄、また実はなっていないが木の様子を見るに手入れがされてない故、今年の実りは期待できそうになかった。隣の善逸も痛んだ木々を見てぐっと涙の匂いが強くなる。けれど善逸は泣かなかった。ひたすらに前に歩く。

そうして桃畑を抜けると質素な家屋があり・・・・・・残念ながら人が住まなくなった故に傷み始めているようだった。そしてその家屋から少し離れた桃の木の下に、こじんまりとした墓跡があった。

善逸はそれを見た瞬間、俺の手を離して走り出した。俺は思わず走るなと言いそうになったが、ぐっと堪えると善逸が転びそうになったら助ければいいと思い直して後を追う。

善逸は墓石に辿り着くと膝を折って座り込む。そうして静かに墓石を見つめていたら・・・・・・その大きな榛色の瞳からほとほとと涙を流し始めた。声も出さず、泣く善逸に俺はいてもたってもいられなくなり俺も地面に膝をつくとそのまま後ろから善逸を抱きしめる。善逸はそれが弾みになったのか、しゃくり上げて泣き出した。

「あ・・・あ、ああ、うあああああああ!!爺ちゃあああああああん!なんでだよおおおお!なんで死んじゃったんだよおおおおお!!俺、俺、まだ、全然、爺ちゃんに恩返しできてないよおおおおおお!」

善逸の身体全体から香る悲しみの匂いにつられて俺も涙腺が緩む。俺も弟子が鬼になったから、責任を取って腹を切るということがけじめとして必要だと言われることは分かったがやはり納得はできない。善逸だってそうだった筈だ。それもどこかの誰かではなく、自分の師で兄弟子だったわけなのだから。
けど俺も妹の禰豆子が鬼となり、その命を生かすのに師と兄弟子と己の命を懸けねば釣り合いが取れなかった。それ程までに鬼になるということは、人を喰うことはあってはならないことなのだ。

「爺ちゃん、爺ちゃん!獪岳と仲良くできなくてごめん!雷の呼吸も全部使えなくてごめん!爺ちゃんの、繋いできた技、ひ、ひとつきりになっちゃったよ、ほんとうにごめん!は、墓参り、遅くなってごめん!お、お腹大きいのに無理やりきてごめん!お、おれ、お嫁さんになったよ!は、腹に子供がいるんだ!い、いま、いまいっしよにいるのがね、お、おれの旦那さんのね、」

「竈門炭治郎といいます!」

「び、びっくりした・・・・・・!!ううっ、爺ちゃん、たんじろうだよおおお!俺の大事な人だよおおおお!爺ちゃんに会わせたかったよおおおおお!!お、お腹の子も抱っこして欲しかったよおおおおお!うわあああああああああん!!」

びえびえ泣く善逸を抱きしめながら俺も泣く。俺も善逸が爺ちゃんと呼び慕う人に会いたかった。善逸を信じて鍛えた人に、家族と思われて大切にされていた人に会いたかった。会って、善逸と結婚しますと伝えたかった。

俺たちは2人で墓前の前で長い時間泣いた。時間がどれほど経ったかは分からないが、少しずつ、少しずつ善逸の嗚咽が減りいつの時か静かになった。善逸は地面に胡座をかいた俺の膝の上に収まっている。すんすんと鼻を啜るのを抱きしめ、頭を撫でながら2人で墓石を見つめる。墓石は静かで何も返さない。そんなことは分かってはいるが、どうか声が届いていたらと願うばかりだ。

「・・・・・・俺、昨夜・・・爺ちゃんの夢見たんだ・・・」

鼻も啜らなくなった善逸は俺に身を預けながらそう言った。俺は善逸の髪を弄りながら、「うん」とひとつ返事をする。

「爺ちゃんが立っててね、何か言ってるんだけど・・・・・・聞こえないの。頑張って耳を澄ませたんだけど・・・・・・よく聞こえなくて・・・。それで目が覚めたんだけど、俺、起きて気がついたんだ」

「・・・・・・何に?」

「俺、爺ちゃんの声、はっきり思い出せないの」

善逸はゆうるりと俺を見上げて困ったような、また泣き出しそうな顔をしている。

「あんなに毎日聞いてたのにね、これかなって思う声はあるんだけどね。自信持ってこれが爺ちゃんの声って言えないの。・・・・・・爺ちゃんとは最終選別が終わってお祝いしてもらって、そこからは手紙ばっかりで会ってないから・・・・・・俺、爺ちゃんの声わかんなくなっちゃったかも。無限城で走馬灯かなぁ?爺ちゃんに会ったのに、何を言ってくれたかは覚えてるのに声は分かんない・・・・・・」

「だから、どうしてもここに来たかったのか?」

俺の言葉に善逸はこくりと頷いた。そして瞼が閉じられほとりと涙が落ちる。

「・・・爺ちゃんに会いに来たら、思い出せると思ったんだ。これが爺ちゃんの声だって分かると思ったんだ・・・・・・。でも、ここには爺ちゃんの墓はあるけど・・・・・・爺ちゃんはいないんだよね」

俺は善逸を強く抱きしめた。善逸は再びしゃくり上げて涙を流す。俺にはこの悲しみを取り除いてやることができない。大切な人を喪ったことは何にかえることもできないからだ。
けど俺は知ってる。大切な人を失っても支えてくれる人がいるなら、自分を信じてくれる人が側にいるならその傷は瘡蓋にすることができるんだ。俺はそれを善逸にしてもらった。
家族を失った悲しみを、人である禰豆子を失ったことも善逸が俺を信じてくれたから傷を悲しみを乗り越えることができたんだ。だから今度は俺が、善逸を信じて支える番だ。その為にも俺は伝えなければならないことがある。

「桑島慈吾朗殿ーーーー!!」

「ひえっ!声でか!!なにっ!?」

「俺!竈門炭治郎はーー!必ず我妻善逸を幸せにすることを誓いまーーす!!だからーー!どうかーー!!俺たちが夫婦になることをお許しくださーーーい!!ご挨拶が遅れたことーー!!本当に申し訳ありませーーん!!これから夫婦ふたり!!時には喧嘩もするでしょうがーー!お互いにーー尊重しあいーー!支え合っていきまーーす!!ほら、善逸も!夫婦としてやっていくことを桑島殿に宣言してくれ!」

「えっ?えっ?」

「善逸!」

「はいっ!えっと、えっと、爺ちゃーーん!俺、炭治郎が好きだよーー!!絶対に無事に子供産むから天国から見ててーー!!家族みんなで幸せになるからーーー!!」

「2人で、いや!家族一同で頑張りまーーす!お盆には是非とも!竈門家にお寄りくださーーーい!」

「待ってるよ爺ちゃーーーん!!」

全集中も全集中と言ったほどに集中して声を上げたので久しぶりにゼエゼエと息が切れる。善逸もけほっと咽せた為に俺はゆっくりと善逸を抱き上げた。まだ朝は遠いようだし、さすがに冷えてきた。これ以上の夜風は母体に悪いだろう。善逸も抱き上げられて移動するのに嫌がっていないようだった。

「家を使ってもいいのだろうか?」

「いいと思うよ。爺ちゃんは優しいから、許してくれるよ。というかさっきのあれ、なに?」

「ん?ああ、善逸を嫁にもらうにあたって桑島殿にご挨拶ができてなかったからな。けじめみたいなものだ。届いてるといいんだが・・・夢枕に立って善逸はやらんって言われたら困るな」

「言わないよぉ。炭治郎は俺には勿体無いくらいの旦那様だもの。むしろ俺が嫁として大丈夫なのか、しっかりしろと叱られるね。家のことなんもできないダメ嫁だし」

俺は家屋の扉を開けると土間に一旦善逸を下ろした。窓を開けて空気を入れ替え、簡単に板間の埃を払う。

「そのことなんだが善逸」
「どれよ?」
「家のことだ。今までは善逸が心配で制限してしまったが・・・・・・体調がいいようなら禰豆子を手伝ってやってほしい。さすがにあの広さを1人でまかなうのは大変だろうからな。もちろん、俺も手伝うが・・・・・・」

俺の言葉に善逸はパチリと瞬く。その表情に俺がこんなことを言うのが本当に意外だと思っていることが匂いを嗅がずにも分かる。

「え?いいの?」

「ああ。無茶しない程度に、好きなことをしてくれ。・・・・・・無茶しない程度だぞ?呼吸とかは使うなよ?」

「分かったよぉ?!大丈夫だって?!」

ふふふっと笑う善逸に俺はホッと心が軽くなる。それにしても夫婦としてやっていくのは中々、加減が難しいものだ。善逸とは家族だが血は繋がってない。別れると言われて手続きをしたらあっという間に他人になれてしまうのだ。俺は善逸を大切にしたい。けどそのやり方が独りよがりではダメなんだと当たり前のことがまだよく分かってなかった。今回の件はそのことがよーく分かった。

新たな竈門家としての初めて事件というか、喧嘩というか・・・・・・これってようするに実家に帰りますっていうことだったのだろうか?

ひとまず帰ったら善逸は禰豆子に泣かれるだろうけど、今回のことは俺が善逸を支えきれていなかった事が発端だ。禰豆子を宥めて叱らないよう頼むくらいはしてやらねば。

それから俺たちは夜明けまでと板間に転がって眠った。残念ながら家屋の中は綺麗に片付けられてしまっていたので何もない。ひとまず善逸をに羽織を掛け、少しでも寒くないようにと抱きしめる。

こうして俺と善逸の短いようで長かった、夫婦のすれ違いは終わったのだった。

****

「ふぇぇ?ん」

庭先で洗濯物を取り込んでいる時、俺の優秀すぎる耳がまろやかな鳴き声を聞き取った。居間で昼寝をしていた坊やが目を覚ましたのだろう。あの鳴き声の音は目を覚ましたら1人だったから寂しいしまだ眠いと訴えているものだ。

仕方がない、行ってやらねばと思い手に持っていた洗濯物を籠に入れていると、坊やの方に慌てて早歩きで向かう足音が聞こえて来る。

「どうした?目が覚めたのか?母さんはまだ洗濯物を取り込んでいるから、どれどれ俺が抱き上げてやろう!」

「びええええええええん!!」

「うわっ!どうした?お乳なのか?」

嬉しそうな声に続いて激しい泣き声が聞こえて来る。そして慌てた炭治郎の声に俺は堪えきれずに笑い声が漏れた。1人でくっくと笑っていると縁側から大きな声で呼ばれる。

「善逸?!俺じゃ全然ダメなんだ?!ちょっと来てくれ?!」

振り向くとほとほと困った顔で坊やを抱いた炭治郎がいる。首が座ったばかりの坊や、俺たちの息子は必死に泣いて炭治郎の体温が熱すぎて嫌!!と訴えている。

「はいはい」
「お乳かなぁ?」
「いや、この鳴き声は違うね。おねむだけど目が覚めて不機嫌なんだ」

俺は炭治郎から坊やを受け取るとゆらゆら揺らしながら子守唄を歌う。

こんこん小山の 子うさぎは なぜにお耳が 長うござる 
小さい時に母様が 長い木の葉を 食べたゆえ 
それでお耳が 長うござる

すると坊やはすっかり眠ってしまう。けどこれを炭治郎に渡すと体温で起きてしまうから、仕方がないと俺は庭から縁側に上がった。そして座布団の上に坊やを下ろすと炭治郎は羽織を脱いでそっと坊やに掛けてくれた。

「はあ・・・・・・。俺も善逸みたいにこの子の感情が読み取れればいいんだが・・・・・・」

炭治郎はそう言うと腕を組んで唸った。なんでも赤子はまだ未発達ゆえに感情の匂いが薄くどうしたって『不機嫌』という大きな枠組みの感情しか嗅ぎとれないらしい。

「といっても炭治郎は乳はでないし、おむつかどうかは匂いで分かるんだから特に必要なくないか?」

そして眠い時は断固として炭治郎の抱っこは嫌がる。熱くて寝られないと居心地が悪いらしい。

「・・・善逸はこの子の機敏まで全部分かるじゃないか」

「そうだねぇ。泣き声とか身体の音が全部それぞれ違うからねぇ」

ぽんぽんと羽織を軽く叩いて隙間をなくす。これなら秋めいてきた今でも寒くないだろう。まろやかな?でぷうぷうと寝息をたてる坊やを見ると心の真ん中あたりが暖かくなる。しかし、それにしても炭治郎に似ている。痣がないだけでもうまんま炭治郎だわ。俺の血は本当に入ってるのかと思えるし、俺の腹から出てきてるから母親の自覚あるけど並んでも親子に見えなくない?まあ、金髪とかにならなくて良かった。

「ふふっ」

笑い声に俺は炭治郎を振り返った。炭治郎はニマニマと笑っていて、こんな無邪気に笑うのは久しぶりに見た気がする。

「なによ?」
「いや、善逸が母親をしているなぁと思って」

炭治郎の言葉に俺はむうと唇を尖らせる。揶揄うような音と嬉しい音とが混ざっていてなんだか気恥ずかしい。俺だって母親に本当になれるのだろうかと散々心配したが、実際産まれたらそんなこと考えてる暇はない。案ずるより産むが易しとはよくいったもんだよな。

「炭治郎は?ちゃーんと父親してますかねぇ?」
「ううーん。どうだろうなあ・・・。俺は出産の時も何もできてないし、この子の世話も結局は善逸には敵わないからなぁ」

まあ、それは仕方がない。だって乳も出ないわけだし。そも父親と母親では子に対する役割も違うのかもしれない。あまり考え込んでも仕方がないだろう。

「まあ、いずれ炭治郎の出番がくるよ。この子は男の子だしね。それに念願の竈門家の長男だもん。ヒノカミカグラも日の呼吸も受け継いでいかなきゃね」

「そうだな。それと炭の作り方も教えていきたいな!これも竈門家の伝統みたいなものだしな!」

我が子が大きくなった頃の話とは、来年のことを言うと鬼が笑うどころではないけど、どうしても考えてしまうことだ。坊やはまだおすわりも出来ないけど、少しずつ、少しずつ大きくなって強くなっていくのだろう。

「成長が楽しみだねぇ。でも、まだまだ可愛いまんまの姿もみたいからゆっくり大きくなっていって欲しいね」

俺の言葉に炭治郎も頷いてくれた。

とつとつと刻まれる炭治郎の音は泣きたくなるくらい、優しい音。そして坊やからは、まあるい幸せの音がする。この2つの音が合わさって聞こえると、俺はひとつの音を思い出すんだ。

「・・・・・・俺さあ、実はね、お産した日の夜に爺ちゃんの夢を見たんだぁ」
「桑島殿の?」
「うん」

あれは長い時間を戦ってこの子を産んで、本当にその日の晩のことだった。隣に眠る我が子と俺を抱きしめる炭治郎に挟まれて眠っていたら爺ちゃんが夢の中に立っていたのだ。

爺ちゃんは優しい顔で、泣いてて、嬉しそうな音を立てていた。優しくて、幸せな音だった。

「・・・・・・俺、爺ちゃんの声をもう覚えてないのかもしれないけどさ、でもよく思い出したら爺ちゃんの立ててた音はよく覚えてた。優しくて、強くて、厳しくて・・・俺を信じてくれてた音」

「きっと頑張った善逸に会いに来てくれたんだな」

「そーかもね。そうだといいなぁ」

「そうに決まってる!」

炭治郎はそう言うとぐいっと俺を膝に抱きあげた。嬉しそうに笑う炭治郎だけど、聞こえてくる音は・・・・・・なんていうか・・・・・・。

「なんだよ、助平」
「ダメか?寝ている時くらい、善逸を堪能してもいいだろう?」

まあ確かに子供できると前よりはいちゃいちゃできないけど。俺もまあ、吝かではないけど・・・・・・今はまだ昼間だし、洗濯物をまだ取り込み終わってないし。

「善逸・・・・・・」

心の中で葛藤してる間に炭治郎の顔が近づいてくる。俺は反射でぎゅっと目を瞑る。炭治郎の吐息が顔に掛かり、ドキドキと若干期待しているとーーー。

「ふやあぁぁぁん!」

突然の泣き声に俺は瞬時に炭治郎の顔を押しやると急いで我が子を抱き上げた。よしよしとあやしていると、がっくりと項垂れた炭治郎が目に入る。まあ、気持ちは分からないでもない。なぜかいちゃつこうとするとこの子は泣くんだよなー。分かってやってるとしたらそうとう凄い。

「炭治郎、悪いけど洗濯物取り込んでおいてよ」
「・・・・・・分かった」

すごすごと縁側に出て、履き物を突っかける炭治郎の背中には哀愁が漂っている。まあ、父親と言っても17歳だもんな。性春真っ盛りって年齢だ。我慢はそうとうキツイだろう。

「炭治郎!」

俺が呼びかけると炭治郎は小首を傾げながら振り向いた。俺は呼び止めたはいいものの、視線を彷徨わせながらそろそろと炭治郎に近づく。そして庭に降りているため、一段低いところにいる炭治郎の耳に顔を近づけるとそっと囁いた。

「さっきの続きは夜にしよう?」

俺は恥ずかしさのあまりに慌てて踵を返すと縁側を坊やを抱っこしたまま駆けていく。背後からはドドドドと炭治郎の心臓の音が大きく響いている。

「っ・・・・・・!善逸!!今日は頑張って2人目をこさえよう!!」
「ちょ!声でか!!しかも早くない!?」

思わず立ち止まって突っ込むも、炭治郎は嬉しそうに笑っている。ああ、これは墓穴を掘ったかもしれない。だけどまあ、2人目も3人目も吝かじゃないのが辛いところなんだよなぁ。

なお呼吸法は雷の呼吸を使った

ジリジリと日差しが強くなってきて、長雨が終わり蝉が一斉に鳴きだす季節になった。体温が高い俺としては汗ばむ気候は苦しいものがあり苦手であったが、もうすぐこの季節は一等大切なものになる。きっと心待ちにする季節となる。

俺は朝日の光を浴びながら、神社の境内に続く石階段を登っていく。この神社の石階段は心臓破りとして有名だが、鬼殺隊士として鍛錬に明け暮れる俺からすれば軽いものだ。ひょいひょいと調子良く上り切り、目の前に現れた大鳥居の前で最敬礼をした。そして次はとすっかり慣れ親しんだ手順で手を清めると、本殿へと向かう。

要するにまあ、百日詣だ。
御百度参りでもいいかもしれないと思ったのだが、それは禰豆子に止められてしまった。何故と思ったが「だってお兄ちゃん、御百度参りしても一回じゃ足りないとか言って毎日御百度参りしそうだもの!神頼みもいいけど、ちゃんと善逸さんの傍にいてあげて!神様だって呆れちゃうわ!」と言われればなるほどと思う。
確かに祈願をするあまり、御百度参りで百日詣をしてしまうかもしれない。それはもはや神頼みもしすぎだろう。人事を尽くさねば天も見放す。俺がすべきことは妻である善逸が健やかに過ごせるように寄り添うことだ。

・・・・・・本当に男にはできることが少ない。日に日に大きくなっていく善逸の腹にもうすぐだ、もうすぐだと思うとソワソワしてしまう。この百日詣を始めたのもあまりにソワついて何か、何かもっとできないかと思ったゆえでのものだったからな。

俺は本殿で賽銭を投げ入れると御鈴を鳴らす。そして二礼二拍手一礼をすると住所と氏名と願いを心の中で強く、強く唱える。

竈門炭治郎と申します。
もうすぐ子供が産まれます。
母子共に健康で産まれますよう、なにとぞ!
なにとぞ加護をお願い致します!!
妻と子は俺にとっては何にも代えがたい宝なのです!
なのでなにとぞ!なにとぞお力添えをお願い致します!!!

俺はふぅと息を吐いて顔を上げる。静寂さを纏った本殿が目の前にある。子供の頃から親と正月に来ていた神社に大人になって妻子の為に家族の為に祈願のために参ってるのだと思うと感慨深い。しかし、この百日詣もとうとう百回を迎えてしまった。

善逸と祝言をあげて居を移してしばらくしてから毎日続けていた習慣が終わるとなると、なんとも寂しい気持ちにもなるし、これで俺ができることが終わったと思うとまたソワソワしてしまう。

しかし俺にはゆっくりと浸っている暇はない。くるりと本殿に背を向けると早足で神社を後にする。長い境内の階段を飛ぶように降りていくと石階段の脇にある岩に腰掛ける煌く金の御髪を持った天女がいた。木漏れ日の中で煌く髪はゆったりと耳の下で結えられて肩口から前に垂らされている。ほんの少しだけうつらうつらしている瞼には髪と同じく金の色でそしてけぶるように長い。白い肌に影が落ちるその様は本当に美しく、俺はぎゅうっと心臓を鷲掴みされたかのように痛んだ。

「・・・・・・その音やめて。恥ずかしいから」
「無理を言わないでくれ。善逸にときめいてしまうのはどうにも抑えられないんだ」

俺は困った顔をする妻によると手を差し出す。善逸は心得たように俺の手を取るとゆっくりと立ち上がった。立ち上がるだけで苦しげにお腹をさするその姿に不安と期待がないまぜになった心地に陥る。

今は亡き父親はこんなぐちゃぐちゃな気持ちで母を見ていたのだろうか。もうすぐ子が産まれる喜びがあるが、もし万が一が起きたらと思ってしまい善逸を見るたびに不安にもなる。大黒柱がこんなんでどうするとも思うけれど善逸が愛しすぎて、まだ見ぬ我が子が愛しすぎて怖い。出産がめちゃくちゃに怖い。

「じゃあ帰ろうか。禰豆子ちゃんが朝餉を用意して待ってるよ。しっかし本当に百日詣するとはお前は凄いねー」

くいっと俺の手を引いて歩きだした善逸に俺も倣って歩きだす。善逸はお腹が重たいのだろう。少しだけ足を開いて重心を後ろにずらして歩いている。すっかり剣士の歩き方ではなく妊婦の歩き方なのに俺はますます近々やってくるであろうことを思うとぐっと不安に襲われる。ダメだダメだ。俺がこんなんでどうするんだ。

「俺ができることはこれくらいしかないからな。もっと色々できるなら何でもするんだが・・・・・・」

例えば善逸を運んだ方がいいというのならずっとそうするし、善逸が甘味を食べれば元気になるのならば幾らでも買いに走ろう。しかし臨月の妊婦はそれなりに運動をしなければ安産に繋がらないらしいし、甘味を食べ過ぎて脂肪を増やすと難産に繋がるらしいからどちらもダメだ。要するに見守るしか俺はできない。

「いやいや、充分だよ。ありがとうね。俺の為に毎日参拝してくれたんだろ?嬉しいよ」

朗らかに微笑む善逸が眩しくて俺は目を細める。繋いだ手をぶらりと揺らしながら鼻歌混じりにゆっくり歩く善逸はすごく機嫌がいいようだった。いや三ヶ月程前に桑島殿の墓参りに行って以降の善逸は機嫌が良いことが多い。

程よく家事をして、辛くなったら座ったり横になったりして休んで。飽きたら散歩に出かけ、よく腹の子に歌を歌っている。初めてのお産は臨月が近づくと不安になると麓の町の女性達によく言われるのだが善逸は不安よりも楽しみの方が大きいようだった。

人よりも泣き虫で弱虫で暗い性格をしていると善逸は言うけれど腹を括れば誰よりも強い奴だ。それに人よりもずっと優れた耳で、お腹にいる我が子の音を明瞭に聴き取っているのも楽しみを強くしているんだろう。

俺にはその音は聞こえないけれど2人でよく会話をしているのを見かける。そういう時の善逸はとろりと融けた蜂蜜のように甘やかでこの世の幸せを詰め込んだような匂いをさせている。

正直、俺と祝言あげた時より幸せそうに見えるななんてつまらない嫉妬も少しばかり顔を出すがそれでも嬉しそうにする善逸に良かったなぁ、幸せだなぁと感じる。

禰豆子も伊之助も臨月間近になればソワソワとしだして、伊之助に至っては「結局いつ腹から出てくんだよ!!」と待ちきれない様子だった。禰豆子も善逸と一緒にお包みやら子供用の布団やらをせっせと仕込んでいて、気の早いものでまだ夏だというのに「この辺は雪が降って寒いから!」なんて綿入れまで作っている。

今の竈門家は皆んなで善逸に、お腹の子に夢中だ。まだ出てきてもいないのにみんなの関心を集める我が子に誇らしさと喜びを感じる。そしていざ産まれてくれば家の中はより幸せに満ちることが容易く想像できる。

「・・・・・・早く会いたいな。けど元気に会えるのが1番だからな。急ぎ過ぎずに自分の調子で出てくるんだぞ」

そう言ってお腹を撫でるとポコリと胎動がする。位置的に手だろうか。ちょうど良く反応があったのに俺も善逸もくくっと笑った。

[newpage]

「お久しぶりです」
「わー!アオイちゃーん!元気にしてた?遠いところからごめんねぇ!」
「いえ。これでも鬼殺隊士を目指していたくらいです。人よりも健脚なので造作もないことですよ」

アオイちゃんはそう言うとテキパキと俺の問診をしていく。鬼殺隊がその殆どを解体することになり、アオイちゃんは医者としての道を歩むことになったらしい。すでに薬学などには造詣が深くなっていて、怪我などの処置も的確なアオイちゃんは今はお産の方向に勉強をしているらしく、蝶屋敷近くのお産婆さんについて行って経験を積んでるとのことだった。

俺はもうすぐ臨月で、もし産気づいたりしたら町にいるお産婆さんに来てもらうことになっている。その人は炭治郎や禰豆子ちゃんも取り上げた凄腕のお産婆さんで、「あの時取り上げた子が父親になるなんてねぇ」なんて俺の様子を見にくるたびにしみじみと話している。

「ところで炭治郎さんと伊之助さんは今日は柱合会議で産屋敷邸に行かれてるんでしたよね?」
「そうだよー。2人とも朝餉を食べたら出かけたよ。夜の宴会まであるはずだから、帰ってくるのは日付を跨ぐか朝帰りかな?だから今日は気兼ねなく遊ぼうね?」
「カナヲも会議じゃなくてこっちに来たいって言ってましたよ。まあ、柱なので無理ですけど」

そうなのだ。今日は俺と禰豆子ちゃんとアオイちゃんで女だけのお茶会だ。禰豆子ちゃんが甘露寺さんに教えてもらったパンケーキを焼いてくれて、アオイちゃんが調合した妊婦でも飲んでもいいというお茶を淹れてくれるらしい。その後は双六と花札で遊んで、夕方になったら3人でご飯作ってとやりたいことは沢山だ。

俺はあんまり遠出できないからこうしてカナヲちゃんや、アオイちゃん、甘露寺さんが遊びに来てくれるのは楽しみのひとつだ。今日は柱合会議だからカナヲちゃんと甘露寺さんは会議の後に来てくれることになってるからきっとくるのは明日か炭治郎達と一緒にだろう。

「パンケーキ焼けましたよ!上手に出来てるといいんですが・・・・・・」
「じゃあお茶も淹れましょう。善逸さんは座っていてください」
「え、あ、はい」

テキパキと作業が進む中、俺も机を拭くくらいはと思い濡れた布巾を手に取った。俺が机を吹き終わるとそこに禰豆子ちゃんとアオイちゃんがあっという間にお茶とパンケーキを置いていきお茶の支度が整えられていく。

無駄な動きが一切ないのに感服しつつも目の前にある小ぶりのパンケーキに俺はわあと?が緩む。だってしょうがない。久しぶりの甘味なのだ。本当なら蜂蜜をたっぷりつけたいところだが甘いものは母乳の出にあまり良くないらしいのでそれは今回はなしだ。ちょっとだけ残念だが、産まれてくる子は俺のお乳じゃないとダメなんだからそこは我慢するしかない。

「美味しそうだねぇ。禰豆子ちゃんありがとう」
「本当に美味しそうですね。禰豆子さん、ありがとうございます」
「いいんです、いいんです!初めて作ったので味が心配ですけど・・・・・・」
「禰豆子ちゃんは料理上手だもの?。絶対に美味しいよぉ?」

俺たちは手を合わせるとパンケーキを口に入れた。じんわりとした甘さが口に広がって幸せだなぁ。久しぶりの甘味に俺はだらしなく顔が緩むのを止められない。

「あああー・・・・・・幸せだなぁ。すっごく美味しい!」
「善逸さん、最近は甘味を控えたますからね」
「そうなんですか?善逸さんは我慢しきれないと思ってました」
「酷いよアオイちゃん!ちゃんと俺我慢してるんだよぉ?」

善逸はそう言いながらもパンケーキを口に入れる。ゆっくり食べなければすぐになくなってしまうと分かっているものの、美味しくて久しぶりの甘味が嬉しくて手が止まらない。

「ところで炭治郎さんはどうですか?ちゃんと自制してますか?」
「自制?自制って・・・・・・え?夜のこと?」
「違います!!変に行動を制限されてないから聞いてるんです!」

少々下世話な話を振っているのかと思ったが違ったみたいだ。アオイちゃんは真っ赤な顔しているし、禰豆子ちゃんも中身が幼めとはいえ最近は情緒が育っているのか少しばかり興味があるらしい。たぶん、まあ、うん。アオイちゃんもだと思うけど・・・・・・。甘露寺さんも割とその手の話を恥ずかしがりながらも聞いてくるし、カナヲちゃんなんて真っ正面に聞いてくる。「夜ってどんな感じなの?女って何かするの?」と聞かれたときには恥ずかしさで死ねるかと思ったよね。
とはいえ、今は別の話だ。ええと、行動の制限か・・・・・・。

「特にないかなぁ。アオイちゃんが叱ってくれたおかげで炭治郎は過剰に心配するのやめたみたいだよ」
「心配はやめられてませんけどね。口うるさく言うのはやめて、不測の事態に動けるよう備えることにしたみたいです」

禰豆子ちゃんの訂正に正しくはそうだなと俺も頷く。俺がする家事は机を拭いたり、配膳を手伝ったり、庭をホウキで掃いたり程度だけど炭治郎はどこかしらかで見ている。心配性だなぁとは思うけど炭治郎が好きに見守るのが俺たちの折衷案だ。
俺はちょっとした家事や散歩を好きにする。炭治郎は俺を先回りして手は出さずに見守る。これが俺たちが夫婦で話しあってお互いに納得できる折り合いをつけた、最初の決めごとだった。

「炭治郎の心配性は困ったもんだよなぁ。俺、そんなにか弱くないんだけどねぇ」

全集中・常中をしている妊婦がこの世にどれほどいるのか。前よりは脂肪がついたとはいえ、禰豆子ちゃんやアオイちゃんに比べたら基礎の筋肉が違うのか未だにそこそこムキムキだし、雷の呼吸の使い手ゆえに下半身はかなりしっかりしていると思う。

「仕方ないですよ。お兄ちゃんは昔から家族には心配性でしたし、それに善逸さんはお兄ちゃんにとっては掛け替えのない人ですから」

ニコニコと言う禰豆子ちゃんに俺は尻がもぞもぞとしてしまう。そりゃあ炭治郎にそれは大切にされているのは分かっている。なんで俺なんかとか思わないわけではないけど口にするのはもうやめた。いくら言っても詮無いからだ。
俺には理解できなくても炭治郎の中ではちゃんと理屈があるらしいし、その理屈を祝言あげてすぐの頃に訊ねたことがあるけど「朝まで掛かるかもしれないが・・・・・・」という前置きに俺は辞退したね。たぶん聞いても理解できないし途中で眠たくなるし、語ってる間に炭治郎が感極まってめちゃくちゃ抱いてきたら困るし。

というわけで俺は愛されてるゆえに心配されてるのは分かっているけど、分かっているけど平然としてられる訳じゃない。俺は絶対に赤くなってる顔をなるだけ見られないように俯くけど禰豆子ちゃんからもアオイちゃんからも楽しそうな音が聞こえる。

「そ、そういえばさあ!なんかお腹の中の音がちょっと変わってきたんだよね!」
「え?お腹の中の音ですか?」
「そうそう!」

俺は揶揄われるのは勘弁と話を変えた。お腹の中と言っても勿論、胃の話とかじゃない。もう少し下の方でややこがいるところだ。ここからはいつも可愛らしく弾むような楽しい音が聞こえているのだが昨日の夜くらいからそれがもっと大きくなってきた。まるで歌うように心に羽が生えて飛んでいってしまうようなくらいに生命力に溢れた音になったのだ。

「もうすぐ産まれるのかも?なんてね!」

ワクワクした気持ちでそういえば、禰豆子ちゃんは目を輝かせて、アオイちゃんは少し難しい顔をする。「確かにもうすぐ産まれるのかもしれません。子供の変化は善逸さんが1番よく分かりますからね」と返すアオイちゃんは本当に真面目だなぁ。でもアオイちゃんにももうすぐかもと言われると本当にそうなのかもと思える。

俺はすっかり大きくなり、もういつ出てきてもおかしくないその腹をゆっくり撫でた。

「だって!きっともうすぐ会えるよ?!楽しみだね!早く会いたいなぁ!」

そう言ってデレデレと顔を緩めていると禰豆子ちゃんも嬉しそうに腹を撫でてくれる。俺たちに返事をするようにポコポコとお腹が動き、俺は本当にもうすぐなんだと堪らない気持ちになった。

・・・・・・けど、そんな話をした数時間後に出てこようとするなんて思わないよね??

禰豆子ちゃんとアオイちゃんとの3人でのお茶会を終えて、双六したり花札したりして遊んで。季節外れだけど簡単だから鍋を囲んで最近の近況や流行りのものや美味しい食べ物の話で話題が尽きなかったころーーその痛みはやってきた。

「・・・・・・・・・・・・?」
「善逸さん?あんまりお腹空いてないですか?やっぱりおやつにパンケーキは多かったかしら?」

食の進まない俺に禰豆子ちゃんが不思議そうに顔を覗いてくる。アオイちゃんは俺の食事の事情なんて知らないからきょとんとした顔でこちらを見ている。俺は美味しい肉団子を見つめながら、腹部を襲う痛みと轟々と大きくなっていく生命の音にたらりと汗を流した。

この音。分かる。
これは人が気合入れてる時の音だ。
お腹のややこが気合を入れてる。
気合入れて・・・・・・出てくるつもりだ。

俺は痛みの間隔を数えながら、箸を置くと柱時計を見た。まだ夜の7時過ぎだ。炭治郎達はまだ宴が始まったばかりかな。前駆陣痛っていう可能性もあるけど・・・・・・ううん。

「善逸さん?どうされたんですか?」

心配そうにこちらを見るアオイちゃんと禰豆子ちゃんに俺は正直に言うことにした。隠す必要ないし、これが陣痛なら色々この後はやることがあるのだ。伝えるのが遅い方が迷惑がかかる。

俺はすうっと息を吸うと2人を見て、「・・・・・・陣痛・・・・・・来たかも・・・・・・」と伝えた瞬間、禰豆子ちゃんとアオイちゃんは立ち上がって居間を出て行った。突然の行動に俺はびっくりするも、禰豆子ちゃんは小さな紙切れと炭治郎の万年筆を持ってくると戸棚の上の籠の中で眠っていたチュン太郎を起こした。

「チュン太郎ちゃん起きて!お兄ちゃんに文を届けて!赤ちゃんが産まれそうなの!」
「チュ・・・・・・?チュン!チュンチュン!!」

チュン太郎は寝ぼけ眼からすぐに飛び起きると急いで文を認める禰豆子ちゃんの隣に立った。チュン太郎の目は真剣そのもので、小刻みに身体を揺らしている。い、意気込んでやがる。

「禰豆子さん!お産婆さんを連れてきます!住所を教えてください!」
「アオイさん!私が行きますよ!」
「いえ!もう外は暗いですし、家の中のことが私では分からないので!禰豆子さんは善逸さんについていてください!」
「分かりました!住所はこのメモにかいてあります!!」

アオイちゃんは外に行く支度をしていたらしい。禰豆子ちゃんから戸棚の中にあったメモを受け取るとしっかりと懐にしまった。確かに産婆さんを連れてこなきゃ行けない。本当なら炭治郎か伊之助が迎えに行くことになってたけど今日は2人ともいないから・・・・・・でもでも、そもそもこれがまだ陣痛とは確定してないんだけど!?前駆陣痛かもしれないよ!?

「待って待って!まだ間隔も長いんだよぉ?!それに前駆陣痛かもしれかいし?!!」

そう言って2人を止めようとすると、当の2人は真剣な顔で俺を振り返った。その勢いと迫力に俺はごくりと唾を飲み込む。

「善逸さん。聞こえる音はどうなんですか?」
「え?」
「お腹の赤ちゃん!出てくるつもりなんでしょう!?」

アオイちゃんと禰豆子ちゃんの言葉に俺はつきつきと痛む腹を撫でた。耳を傾けなくても燃えるような音が聞こえてくる。この音は本当によく聞いた音だ。いや、いまも良く近くの奴からきく音で・・・・・・。

「めっちゃ出てくるつもり満々の音がするよぉ?!気合入れてる炭治郎とおんなじ音がするよぉ?!親子でそんなところ似るんじゃねぇよぉ?!!」

顔を覆ってそう言った俺に禰豆子ちゃんは文をチュン太郎に渡し、チュン太郎とアオイちゃんは外に飛び出して行った。

その姿を見送りながら、俺が呆然としていると「善逸さん。食べられるなら夕飯を食べてしまってください!!ここからきっと長いですから!」と禰豆子ちゃんに促されて置いていた箸をもう一度取った。

うん。うん。分かるよ。
こっからが本番なんだよね。

俺はつきつきと痛む腹に「ううっ・・・・・・」と言いながらも父親と同じ音を掻き鳴らす我が子にどうしても笑ってしまうのが止められなかった。

[newpage]

会議も終わり、産屋敷邸の大広間では宴もたけなわだった。酒が体に回り始め、大量の料理に舌鼓を打つ。

伊之助は酒も好きだが料理にも夢中でたくさん揚げられた天ぷらを手で掴んで食べている。そんな無作法を叱る者も酒がまわっている場ではおらず、俺も注意して場を白けさせるのもなぁと思いながらそれを眺めて酒を舐めた。

正直言ってちょっと酔っ払っている。何しろもうすぐ子が産まれるからとお祝いだと言われて酒を注ぎまくられたからだ。同じ柱といえども俺と伊之助とカナヲは経験としては下だから、どうしても先輩たちの勧めを断るのは難しい。俺は宇髄さんに一杯、義勇さんに一杯、甘露寺さんに一杯、宇髄さんに一杯、悲鳴嶼さんに一杯不死川さんに一杯、伊黒さんに一杯、そして宇髄さんに一杯・・・・・・あれ!?宇髄さん三回も注いでないか!?

「よお?竈門ぉ!!呑んでるか!?」
「うぶっ!!」

バシンと背中を叩かれて酒が猪口から僅かに溢れる。俺は落ちた酒を手拭いで拭いながら振り向くとこれでもかと顔を赤らめて目を座らせた不死川さんがいる。

不死川さんは清酒の瓶を抱えながら座り込むと俺を間近で見てくる。不死川さんは思いもよらず絡み酒だ。普段ならばあまり深酒しない方なのだが、今日は凄いな。どうしたんだろうか。

そう思って先ほどまでいた筈の席を見れば、宇髄さんと伊黒さんが笑っているのが見えた。どうやら2人にしこたま呑まされたんだと分かる。

「おい竈門ォ!!」
「はいっ!!」
「お前ぇ!父親になるんだってなぁ!!」
「はい!!なります!!」

物凄い近い距離だ。もはや眼前に不死川さんのギラついた目が迫っているし、あともの凄く酒臭い。ところで父親になるのはとっくに知ってるだろうに。

善逸が妊娠して五ヶ月目の戌の日に腹帯を送ってきたのは不死川さんだ。それも安産の神様として有名な神社のものだったし、会うたびに「・・・・・・経過は順調か?」とソワソワしながら聞いてきていたではないか。

しかし酔っ払いにそんなこと言うだけ無駄だ。俺は逸らすとダメだとよく知っているのでじいっと見てくる不死川さんの目を負けじと見つめ返す。

「・・・・・・オメェ!父親がどういうもんか分かってんのかァ!?」
「えっ!?父親・・・・・・ですか?」
「そうだあ!!お前に父親になる覚悟はちゃんとあるのかァ!?」
「物凄いうざ絡みしてるなぁ」
「あんなに酔っ払うとは・・・・・・くくっ・・・・・・笑える」

遠くで宇髄さんと伊黒さんが笑っている声が聞こえるが、俺は不死川さんのいう覚悟なるものがちゃんと俺に備わっているのかと真剣に考える。俺としては勿論、覚悟はあるつもりだ。しかしその覚悟が生半可なものではないと自分で思っていても他人から見るとどうなのかは気にはなる。けれど躊躇うわけにはいかない。そんなのは男らしくない。
 
「ーーーっもちろん!あります!!必ずや善逸と産まれてくる子供を守ります!!」
「言うのが遅ェェ!!即答しやがれェ!!」
「わっ!!不死川さーーーん!!」

ガッツーンと音が響き、ひっくり返る。俺じゃなくて不死川さんが。不死川さんが俺に頭突きをかましてその衝撃で後ろにひっくり返った。なぜ頭突きをしたんだ。俺の頭が硬いのはよく知っているだろうに!!

後ろからは宇髄さんと伊黒さんが大爆笑しているのが聞こえる。俺は慌ててひっくり返った不死川さんに這い寄ると顔を覗き込んで・・・・・・ギョッとした。

なぜなら不死川さんがめちゃくちゃ泣いてるからだ。そんなに当たりどころか悪かったのかと俺は焦るが不死川さんは両手で顔を覆うと叫んだ。

「竈門ォオ!!」
「はいっ!」
「子供は宝なんだぞォオ!!」
「はいっ!宝です!!」
「そん中でも赤子はいっちばん守ってやんなきゃダメなんだぞォ!!」
「その通りです!!」
「あんなにふにゃふにゃで、可愛い生き物はいねぇんだぞォオ!!」
「知ってます!!俺は6人兄弟の長男なので!!」
「俺は7人兄弟の長男だァ!!!!」
「存じあげてます!!」

不死川さんは起き上がることもなく、そのまま横たわったまま静かになった。寝たのだろうかと思うと小刻みに震えているのに気がついて、まだ泣いているらしいのが伺える。

後ろで宇髄さんと伊黒さんが「泣いてるwww」と腹を抱えて笑っているのが聞こえる。

「竈門ォ」
「はい」
「お前はいい父親になれよ。嫁さんに苦労かけさせるんじゃねェ。何があっても嫁さんと子供を殴ったりするな。あと他人様に迷惑かけて刺されるようなこともするなよォ。途中で無様に死ぬんじゃねぇぞォ」
「・・・・・・はい。肝に銘じます」
「それとよォ」
「はい」
「子供産まれたら絶対に俺に抱っこさせろォ」
「・・・・・・はい?」
「馬っ鹿野郎!!赤ちゃん抱っこさせろっていってんだよ!?あのふくふくで柔らかくていい匂いする赤ちゃん抱っこさせろって言ってんだよ!!俺が最後に赤子抱いたのいつだと思ってんだ!?末の兄弟が生まれた時だからえーと?十年以上前だぞ!?そんなに長く赤ちゃん抱っこしてネェェんだぞォ!?あの幸福!あの幸福をもう一度味わいてェんだよ!!」

不死川さんはガバリと起き上がると爛々とした目で俺の肩をがしりと掴む。そしてすっと息を吸うといかに赤子が可愛くてこの世の宝かを話し始める。俺はまさに酔いも冷めると言うものだ。ギリギリと肩を掴まれるのが若干どころでなく痛く、成人男性が語るには少々不味そうな内容を聞きつつも「はい、はい」と相槌を打つ。不死川さん・・・・・・こんなに子供好きなのか。まあ7人兄弟の長男なら当たり前か。

俺が素直に頷いていると、矛先がずれたのか不死川さんは後ろで変わらず爆笑している宇髄さんの方を見た。

「宇髄ィィイィイ!!」
「うおっ!なんだよ!!」
「テメェェェも嫁が3人もいるならさっさと子供作りやがれ!!1人あたり3人ずつも産めば9人にもなるじゃねェェか!!なにぐずぐずしてんだ!!俺はお前に初めて会った時から今か今かと待ってんのに全っ然じゃねェェか!!」

俺の肩を離すと不死川さんはドスドスと宇髄さんたちの方に歩いていく。絡まれているのか解放されて俺はホッとするも不死川さんの暴走は止まらない。今度は宇髄さんに絡みだし、隣にいた伊黒さんはそーっと退散しようとしているが目ざとく不死川さんに見つかり羽織を掴まれている。

「伊黒ォ!!テメェもだ!!さっさと甘露寺と祝言あげてやることやって子供作りやがれ!!そんでもって赤ちゃんを俺に抱っこさせろオオオ!!」
「貴様は何を言ってるんだ!!お、俺と甘露寺はまだそんな深い仲なわけでは・・・・・・!」
「や、やだわ不死川さん!恥ずかしいわっ!」
「うるせエエエエ!!もだもだしてんじゃねえェェ!!鬼はもういないんだからさっさとくっついて子供作りやがれ!!俺のためにィィイィイ!!」

畳を叩いて訴える不死川さんに場はまさしく混沌としている。カナヲなんてうわってした顔で見ているし、義勇さんはあの不死川さんと絡みたいのかソワソワとしている。義勇さん!今はやめておいた方がいいと思いますよ!

そんな荒れた現場を収めようと悲鳴嶼さんが口を開こうとした時、障子を破る勢いで雀が広間に入ってきた。いや、夜風を入れるために障子が開いていたから良いものの、閉まっていたら本当に障子を破ってきていただろう。飛び込んで来たのはチュン太郎だった。

「紋逸の雀じゃねぇか!」
「チュン太郎!?どうしたんだ!?」
「チュン!チュンチュン!!」

息切れしつつもチュン太郎は手紙を差し出してくれた。俺はそれを手に取ると急いで中を開ける。内容の想像はつくが、中身はちゃんと見なければ。そう思い手紙に目を通すと・・・・・・。

『産気ヅイタ。急ギ家ニモドレ』と短く書かれている。それにカッと目を開けて伊之助を振り返ろうとしたら、背後、それもすぐ側に不死川さんの真顔があってびっくりする。気配が、気配がなかった!!

しかし不死川さんは俺の持つ手紙に目をやるとしゃがんでいたところから勢いよく立ち上がって声を張った。

「とうとう出産だアアァァァァ!!!」

そう叫んだ不死川さんが縁側から飛び出していく。そしてそのまま塀を越えていく姿を見送って、ようやく皆んな我に返った。

「おい!!不死川!!お前が行ってどうすんだよ!!」

そう言うと宇髄さんも外に駆け出していく。俺はそれをポカンとして見ていると、チュン太郎に指を突かれた。

「いてっ!」
「おい!権八郎!!呆けてんじゃねぇ!急いで帰んぞ!!」
「あ!ああ、そうだな!!」

俺は急いで帰り支度をすると残っている人たちに頭を下げて産屋敷邸を後にした。伊之助と帰り道を走っているとお酒の匂いが道に残ってる故にどうやら不死川さんと宇髄さんも先導するように俺の家の方への走って行っているのが分かる。

「おい、もっと早く走らねえと風のおっさんの方が早く家に着いちまうぞ」
「・・・・・・不死川さん、本当に俺の家にいくつもりなのか?」
「さあ?酔っ払いは何するかわからねぇからなぁ」

俺たちは酒が残っているにも関わらずひたすら走っていく。遠くから不死川さんと宇髄さんの声が聞こえるような気もするが姿はまだ見えない。それにしても今夜産まれるのだろうか?まさか側にいない時に産気づくとは思わなかった。こんなことなら宴は断ってすぐに帰るんだったと己の判断を悔やむ。しかし久しぶりに楽しんで来てと善逸に笑って言われてしまえば断るのは心苦しくて・・・・・・と考えながらも延々と長い距離を走っているとようやく家のそばの神社の前を通る。

「伊之助!!止まってくれ!!」
「うおっ!!」

今日は申し訳ないが参拝してる余裕はない。下からで本当に申し訳ないが氏神様には是非とも力添えをお願いしたい!

俺は神社の前で立ち止まって頭を下げると、すぐにまた走り出した。この神社の辺りまでくれば家はもうすぐそこだ。俺と伊之助の足なら15分くらいか。川を渡り、夜の町を抜け、山の方へ向かうと遠目にも我が家の塀に掛けられている提灯の明かりが見え、そしてその前で体格の良い男たちがくんずほぐれつ争っているのが・・・・・・何してるんだろうあの人たち・・・・・・。

家の前に着いた俺と伊之助が見たのは家の門扉の前で騒いでる宇髄さんと不死川さんだった。どうやら宇髄さんが追いついたのが門扉の前らしく不死川さんが暴れている。

「落ち着け不死川!!酔っ払いが中入っても迷惑だろーが!!」
「馬鹿野郎!!子供が産まれるんだぞ!!分かってんのか!?」
「お前の子供じゃないだろーが!!」

近所がなくて良かった。しかし俺としては早く家に入りたいし、こんな騒いでたら耳のいい善逸も困るだろう。すごい気が散るに決まっている。俺は仕方がないと息を吐くと宇髄さんに羽交い締めにされてる不死川さんの前に回った。

「すみません!!失礼します!!」

言葉と共に頭を振り下ろして渾身の一撃を喰らわせる。不死川さんはぐうるりと眼球を回すとどさりと地に伏せた。これでよし。あと数時間は起きないだろうし、その頃には酒もだいぶ抜けるだろう。

「悪い伊之助!不死川さんを中に運んでくれないか?」
「すげぇ面倒クセェ・・・・・・が、やってやるよ。お前は紋逸のところに早く行ってやれ。おい、派手神はどうすんだ?」
「ああー・・・・・・目を覚ましたこいつが無茶苦茶しないように見張るとするか。悪いな炭治郎。大事な時によぉ」
「いえ。いいですよ。あまりお構いできませんが、好きに使ってください」

俺はそう言うと中へと入り、玄関に入る。すると洗い桶が置いてあり、紙には『不潔厳禁!!身を清めなさい!!』と書いてあるので後からきた伊之助にも伝えると俺はまずは体を清めねばと井戸へと向かう。

井戸で軽く手足と頭を濯ぐと身体も褌一つになって拭う。冬じゃなくて良かったなと思いながらそのまま玄関に戻り、家に入ると禰豆子と遭遇した。

「きゃあ!お兄ちゃん!!やだもう!なんで褌一枚なの!?」
「すまん。井戸で身体を洗ってきたんだが・・・・・・」
「おい権八郎!桶貸せよ!」
「炭治郎だぞ。ほら、伊之助も早く洗ってこい」

不死川さんを客間に置いてきたのか、これまた気が早いことに褌一枚の伊之助が廊下を走ってきた。禰豆子は顔を隠しながら「きゃあ!!もう?やだ2人とも!!最低よ!!早くどっか行って!!」と叫ぶので俺は慌てて着替えのある自室へと向かったし、伊之助は気にせずに悠然と外へといく。

俺は部屋で手早く着流しに着替えると伊之助の分もと思い浴衣を手に取って玄関へと向かう。放っておくと褌一枚でうろつくだろうからな。俺は玄関に浴衣を置いて、外にいる伊之助に「浴衣ー!玄関にあるからなー!」と叫ぶと返事も待たずに奥の間の方へと向かった。

家の中は熱気と興奮と、あと・・・・・・お産の時の独特の匂いがしている。この匂いがお産の時のものなのだと俺が気がついたのは花子か茂が生まれた頃だったと思う。もう始まっているのだと思うとほんの僅かに恐怖が胸に宿る。

「・・・・・・善逸?入ってもいいか?」

俺が声を掛けると襖が開き、アオイさんが顔を出した。その顔は間違いなくお怒りの様子で俺はひくりと喉を引きつらせる。

「なんで部外者連れてきたんですか!気が散るでしょう!」
「すみません。でも連れてきたんじゃなくて勝手に来てしまったというか・・・・・・」

小声でボソボソと話していると中から弱々しい声で「たんじろお・・・・・・?」と聞こえて俺は慌てて中へと踏み込んだ。襖を超えると善逸の汗と苦痛の匂いが鼻に入り込む。善逸は呼吸をゆっくりしながら横たわっていて、長く伸びた髪が汗のせいかしっとりとしていた。

「善逸!大丈夫か!?」
「うん・・・・・・大丈夫だよ。まだ・・・・・・かかると思うけど・・・・・・」

ハフハフと息をする善逸はどこか目をとろりとさせていた。弱々しく伸ばされる手を俺は震える両手で掴むと善逸は嬉しそうに微笑む。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。あんたのお嫁さんは随分と身体が強そうだし、痛みにも強そうだ。産まれるのは恐らく朝方だよ。私は少し休ませてもらうから、炭治郎、あんたがしばらく側にいてやりなさいな」
「はい!分かりました!ありがとうございます!」

俺が頭を下げてそう言うと、母さんもよくお世話になっていた産婆さんは嬉しそうに笑って部屋を出て行った。アオイさんの気配もなく、どうやら2人きりのようだ。

俺が米神を撫でてやると、善逸は気持ちよさそうに目を閉じてそしたらぐうっと歯を噛んだ。ぶわりと強くなった苦痛の匂いに陣痛が辛いのだと分かる。しかしこの痛みはどうやっても逃れられなく、そして男には一生わからぬものだ。俺は善逸の背中を撫で、腰をさすってやると少しだけ善逸が身体から力を抜く。

「辛いか?・・・・・・ごめんなぁ。何にもできなくて・・・・・・」
「へえ・・・・・・?いいよそんなん・・・・・・大丈夫だからさあ・・・・・・。そんなことより・・・・・・なんで宇髄さんと不死川さん・・・・・・いんの・・・・・・?しばらく家の前あたりでめちゃくちゃ騒いでたんだけど・・・・・・?」
「それは本当にすまない。けど説明すると長くなるからまた今度な」

俺はそう言って不死川さんの話を締めくくったが、よく考えると大して長い話でもないなと思い返す。酔っぱらった不死川さんが勢いのまま来てしまって宇髄さんはそれを止めに来た・・・・・・うん。これだけだ。でもまあ、わざわざ説明するのもなんだし、善逸は大変な時だしやっぱりあとだな。

「善逸、少し水飲むか?」
「あ、うん。欲しい・・・・・・んっ・・・・・・」

吸飲みを口に持っていってやると、善逸は少しだけ身体を浮かせて吸飲みに口をつけた。こくりと喉が動き善逸はダラリと力を抜く。そして瞼を閉じるとゆっくり腹を撫で、そしてまた直ぐにまなこを開いた。

「うぐっ・・・・・・いてて・・・・・・」
「起きて平気なのか?」
「うん。平気だよ・・・・・・炭治郎・・・・・ん!」
「うん?」

善逸は俺に向かってすっと両手を広げた。まるで抱っこしてくれとせがんでいるように見えるが、これは何だろうか。

「善逸?どうした?」
「どうしたって・・・・・・抱っこ!抱っこしてくれよ!」
「えっ!?」
「ほら!早く!!」
「あ、ああ・・・・・・?」

俺はそのまま善逸を抱き上げると膝の上に招いた。善逸は俺の首に縋り付くと膝立ちになったような体勢で俺に体重をかけてくる。ぐっと僅かに膨らんだ腹が当たり大丈夫なのだろうかと不安になる。

「ぜ、善逸?これは大丈夫なのか?この格好はいいのか?問題ないのか?」
「・・・・・・ううっ・・・・・・ないない。大丈夫・・・・・・。むしろ子供が下がってきてお産が進むからいいんだって・・・・・・いてて・・・・・・はあ、しんどい・・・・・・」

ぎゅうぎゅうと縋り付いてくる善逸に何かしなければと背中をゆっくりと撫でた。こんな事くらいしかできないなんて・・・・・・。

「違う!!違う違う!!」
「えっ!?」
「炭治郎は触るな!!今は触るな!!やめて!」
「わ、分かった!触らない!」

俺は両手をあげたままびしりと固まった。膝の上には善逸が乗り上げていて、俺の首にかじりついて小刻みに揺れている。これは相当、すごい体勢と状態なのだが善逸から香り立つ切実すぎる匂いにやましい気持ちになどなるはずもない。

俺はその体勢のまま結構長い時間固まっていたが、突然に善逸がガバリと身体を起こすと苦悶の表情で布団へと戻っていく。正直何が起こってるのか分からないが、もう俺は動いてもいいのだろうか?善逸は布団に横になると「ううううううああああああー!!きてるきてるきてるーーー!!」と叫び、その声を聞いてアオイさんが中に走り込んできた。

「善逸さん!!押しますよ!!いきんじゃダメですからね!!」
「うううあううううう!!」

アオイさんが善逸の尾?骨辺りを押している。善逸の呻き声が響く中、俺はどうしてらいいのかとオロオロしているとぽんっと肩を叩かれて振り返った。すると禰豆子が立っていて人差し指をすいっと後ろに向けた。

「お兄ちゃん。もう出てって」

有無を言わさず禰豆子に部屋を出されると襖をしめられた。襖の向こうからは善逸の呻き声が響いていて・・・・・・俺はどうしたらいいんだ!?結局はウロウロと廊下を歩いていると向こうから浴衣を半分肩から抜いた状態で着ている伊之助が歩いてくる。くあっと欠伸をしていて、もしかしたら寝起きなのかもしれない。

「伊之助・・・・・・」
「紋逸の奴、めちゃくちゃ呻いてんな。まだ産まれねーのか?」
「まだみたいだ・・・・・・夜明けくらいだということだが・・・・・・」

俺はチラチラと後ろを見ると、懐から懐中時計を取り出した。時刻は気がつけば夜半の2時過ぎになる頃合いだ。夜明けにはまだまだ掛かる。その間、俺はどうしていればと思うが何もできない。

「あ。そういえば不死川さん達は?」
「ねず公が布団敷いてやってたぞ。寝てんだろ」
「そうか・・・・・・」

俺は変わらずにソワソワしながら後ろをみる。いつの間にか呻き声が止まっているが、どうしたのだろうか?まだ産まれてはいないのは分かるが・・・・・・。

「ぅぅぅぅうああああ・・・・・・!!」
「善逸さん!頑張って!頑張っていきみ逃して!」
「大丈夫よー!あんた上手よー!そーそー!呼吸してー!」

再び聞こえて来た善逸の呻き声に俺は無性に不安になる。本当に大丈夫なのだろうか?本当に出産できるのだろうか?善逸も子供も無事に済むのだろうか?

呆然としながら廊下に立っていると頭をボカリとひっ叩かれた。まあ、痛くはないが、衝撃はある。

「辛気くせえ顔してんじゃねぇ」
「悪い・・・・・・」
「どうせ男はすることねぇんだ。鍛錬すんぞ!!」

伊之助はそういうと俺を蹴飛ばした。俺は善逸の呻き声に後ろ髪を引かれつつも結局は出来ることはないのだからと伊之助について行った。どのみちじっとはしていられそうにない。ガムシャラに剣を振った方がいい気がする。

そんなわけで俺と伊之助は庭に降りて木刀を構える。まだ闇夜の中だが鬼殺隊士に夜の帳は関係ない。正確にお互いの位置、構えを見定める。ピタリと木刀を構えて相手の出方をーーー。

「うっ・・・・・・ぐああああああああああーー!!!」

「「うおおおおおおおおおーー!!!」」

聞こえて来た善逸の叫び声に、俺も伊之助も雄叫びを上げると斬りかかった。もはや出方とか考えてる場合じゃない。悲痛とも取れる善逸の叫び声をかき消すように2人でめちゃくちゃに打ち合う。というか伊之助も平気そうな顔してめちゃくちゃ心配しているじゃないか!!心配とか不安の匂いが凄いぞ!!

俺も伊之助も余計なことは言わずに全力で打ち込み合う。下手したら大怪我するくらいの勢いだが、今日の俺と伊之助は圧倒的な没頭だ。感覚が鋭敏になり、紙一重で躱し打ち込んでいく。

お互いに汗だくになり息を切らす頃、目に入って来た光に瞼を一度閉じた。そして再び瞼を開けるといつの間にか朝日が登り始めている。赤く空を染め始めた朝焼けを見つめて息を吐くと、遠くから初めて嗅ぐしかしなによりも愛おしく感じるような匂いに俺は振り返った。

「んぎゃああああああ!!」

耳に入ってきた声に俺は木刀を放って駆け出した。縁側に向かい、薄く開かれていた障子を開けて中に飛び込むと正にいま、取り上げられた赤子を受け取る善逸が目に入ってくる。

「ぜ、んいつ・・・・・・!!」

俺の声に汗だくに、涙まみれになった善逸がそろりと顔を向けた。とてつもない偉業を達成した善逸は疲れ切っていたが俺を見るとこの世の幸せを詰め込んだような匂いをさせて微笑んだ。

「炭治郎」

赤子を抱きしめて呼ばれた名前に俺はぶるりと身が震えて涙が溢れる。
ああ、ああ!なんて!なんて素晴らしいんだ!!
これほど生きていて良かったと思ったことはないかもしれない!!

ホギャアホギャアと力強く泣く赤子は俺と善逸の子供なのだ。俺は這いつくばって部屋に上がると善逸の側に寄り赤子を良く見えるようにと覗き込んだ。

赤子は顔もまだ赤く腫れて猿のようだがこれほど可愛い子はいないと思う。目の色は分からないが髪は黒く、毛先が薄らと赤く色づいているようだ。間違いなく竈門家の血だ。

「ああ・・・・・・善逸・・・・・・ありがとう・・・・・・!これほど・・・・・・!これほど嬉しいこともない・・・・・・!よく頑張ってくれた!!」
「ははっ・・・・・・しんどかったけど、頑張った甲斐あったよ、本当に。・・・・・・可愛いなぁ。本当に俺が親になれたんだなぁ・・・・・・」

涙をほろりと零しながらいう善逸に俺も涙がこみ上げてきてズズッと鼻をすする。滲んだ視界でも赤子を・・・・・・いや、我が子を抱いた善逸は輝いている。なんて美しい光景なんだと思っていると我が子がむずかるようにしながら善逸へと僅かに手を伸ばす。それに善逸が指を差し出すと我が子はしっかりと握ぎりこんだ、

「ふふっ・・・・・・可愛い・・・・・・。炭治郎、声かけてあげてよ」
「ああ!ああ!そうだな!・・・・・・よく、産まれてきてくれた!ずっと、ずっとお前に会いたかったよ!」

善逸はすっと俺に赤子を差し出した。この腕に抱けということなんだろう。俺はひとつ頷くとゆっくりと手を我が子に伸ばす。赤子を抱くのは久しぶりだ。抱きかたを覚えているだろうか。

「そこまでよ!お兄ちゃん!」

禰豆子にぐいっと間に割り込まれびっくりすると、そのまま後ろにドンと押されて身体が傾く。何をするのかと思って見上げると禰豆子はカンカンというような顔で俺を睨んでいた。

「なんでそんなに汗だくなの!!土埃にも塗れてるし!!そんなばっちい姿で赤ちゃん抱っこさせられるわけないでしょ!!というか善逸さんにも不潔なまま寄らないで!!」

そう言って部屋から再び追い出された。
アオイさんが「これから産後処理があるので、こちらから声を掛けるまでは来ないでください」と言って縁側の障子を閉める。障子が閉まっていく最中、ちらりと見えた善逸は呆れたような顔をしていた。

「・・・・・・炭治郎。風呂沸いてるみたいだがらひとまず入ろうぜ」
「・・・・・・そうだな」

伊之助も座敷から追い出されていたらしく、俺たちはトボトボと風呂へ向かう。お産に男は邪魔なばかりだなとしみじみ思いながらも、母子ともに無事な喜びを俺はひとり噛み締めていた。

[newpage]

じぃっと見つめられる感覚にむず痒くなる。んくんくという音と共に乳を吸う我が子を穴が開くかという程に伊之助が見ている。ちょっともしもし?授乳中なんですけど?という言葉は言うだけ無駄なので諦めた。
伊之助はちいともやらしい気持ちはなく授乳姿を見ているのだ。むしろ炭治郎の方がやらしい目で見ている音がする。あいつはダメだ。

坊やが産まれて早5日。この小さくて泣くこと以外は何もできない坊やがすっかりと竈門家の中心だ。寝ても覚めてもみんな坊やに夢中で、禰豆子ちゃんでさえ「ゆっくり休んでください!」と言いつつも事あるごとに俺の横で眠る坊やの顔を拝みにくる。

禰豆子ちゃんのゆるゆるになった表情が可愛くて、俺はいくら来てくれてもいいんだけど毎度毎度、少し恥ずかしそうにしながら入ってくるのがなお可愛い。

伊之助も口にはしないが坊やに夢中らしく、これまた頻繁に顔を見にくる。もぞもぞと襦袢の中で動く坊やを見てホッと息を吐いて満足そうに頷く様子に俺もなんか安心したわ。

伊之助にも可愛いと思う感情がちゃんとあるんだなぁとか、これでしこたま俺を心配してたのも収まるのかなぁとか思うところは沢山ある。伊之助は山で獣と暮らしていた時間が長いからか、特に坊やが食事をとれているかが気になるらしい。

炭治郎の目を盗んでは部屋に入ってきて、俺がお乳をやって坊やが夢中で飲むのを見るのを一等気に入っているようだった。

「よく飲むな・・・・・・」
「そうだね。一年後には3倍の重さになるらしいしね。沢山飲んで大きくなってもらなくちゃな」
「ふうん」

じいっと乳に視線が当たっているけど、伊之助は坊やの動く口に釘付けだ。まあ、たしかにもぐもぐと動く小さな口は可愛らしい。もぞもぞと動く手も坊や以外には見受けられないものでなんだかいつまでも見ていられる。

そう思ってると不穏な音が廊下の方から響いてきて、ガラリ襖が開いた。俺と伊之助が顔を上げると顔を真っ黒にした炭治郎が立っていて、伊之助は素早く立ち上がると縁側の向こうへと飛び出していく。

「こら!!伊之助!!授乳中は入るなって言っているだろう!!」
「うっせーな!!紋逸のつまんねー乳なんかに興味ねーよ!!」
「つ、つまらないだと!?聞き捨てならないぞ!!善逸の乳は控えめではあるが触れば柔らかく感度がだなぁ!!」
「おいおいおい!でかい声で何言ってんだ!!!」

伊之助はあっという間に逃げ出して、俺は炭治郎のとんでもない発言を叱る。炭治郎はそれでも不服と言うようにしながら俺の横に胡座をかくと一生懸命に乳を吸う我が子を見つめてゆっくりと?を緩ませた。

・・・・・・が、僅かに聞こえる音に俺は半目で炭治郎を見る。そんな顔しても俺の耳は誤魔化されねーぞ。お前、炭治郎、この野郎。ろくでもねぇこと考えてやがるな!!

「炭治郎、お前羨ましいって思ってるだろ」
「えっ!?」

顔を赤らめる俺の夫は、夫と言ってもまだ多感な17歳思春期野郎だ。俺もまあ、伊之助はこう・・・・・・そういう次元ではないので気にしないが、未だ炭治郎に乳を見られるのはなんとなーく気恥ずかしい。ちなみに禰豆子ちゃんに見られるのもなんか恥ずかしい。恥ずかしく感じない伊之助ってなんなんだろうね?むしろそっちの方が不思議だわ。

「いや、羨ましいなんて思ってないぞ・・・・・・!!」
「顔!顔が酷い!!嘘だって丸わかりだわ!!」

しかし赤子の飲む乳が羨ましいとは・・・・・・。長男のこいつがそんなこと言うんだなぁ、なんて面白いような呆れるような恥ずかしいような。

「ん?もう終わりかな?」

ウトウトとしだした坊やに俺はちょいちょいと?をくすぐるとすぐに乳を吸うのを再開する。産まれたてなのにしっかり吸うのにちょっとした感動だ。炭治郎は息子をじぃーっと見ながら「そういえば・・・・・・」と言葉をこぼした。

「最初は乳が出なくて難儀するって聞いたんだが・・・・・・善逸はそんなことないんだな」
「んん??ああ・・・・・・うーん?たぶん鬼殺隊士だし、常中の呼吸してるからじゃないかな?俺はそれこそ血管の一つ一つまで意識できるわけだし、他の普通の女の人よりも自分の体のことは分かってるしねぇ。どこから乳が出で、どこを通って・・・・・・とか?まあ、分かるのよ。あとは坊やが吸うの上手いからね」
「なるほど。俺に似たのかもしれないな!」

カラリとした笑顔でいう炭治郎に俺は目が点だ。こいつ何言ってんだろうか?昼間っから下の話か?確かに炭治郎は俺のない乳をしつこく揉んで吸ってしてきていたけども・・・・・・。

「あ!違うぞ!?いやらしい話じゃなくてだな!!俺も赤子頃に乳を吸うのが上手くて助かったと母さんが話していたことがあってだなぁ!!」
「あ、ああ。びっくりした。そういうことね」
「そうだ!いやらしい意味じゃない!」
「二度も言わんでいい!!」

俺は今度こそ眠ってしまった坊やの口から乳を離すと、軽く袂を直して縦に抱っこする。そのままポンポンと背中を軽く叩くと「ケフッ」とまるでしゃっくりのような小さな声が聞こえて胸がきゅうっとなった。

柔らかくて温かくて雑念のない心地のいい音とそしてお乳の匂い。
俺の腕の中にいるのがまさに形として見える幸せなのだと思うと涙がでそうだ。

俺がそうして坊やをぎゅうと抱きしめていると、そっと俺ごと包み込む腕にいつの間にか閉じていた瞼を開けた。人よりもずっと高い体温で俺と坊やを包み込む炭治郎に全てを預けるように体重をかける。

炭治郎は重いなんて顔も音もさせずに嬉しそうに笑った。言葉にされなくても音を聞かなくても分かる。炭治郎も幸せだ。俺はふふっと笑みがこぼれると廊下に続く襖の方に目をやった。

「禰豆子ちゃ?ん!入っておいでよ!」

俺がそう言って声を掛ければゆっくりと襖が開かれて、禰豆子ちゃんが顔をだす。ほんの少しだけ赤らめられた顔に俺は可愛いなぁと思う。そしてそのまま「おいでよぉ」と甘えるように言えば、禰豆子ちゃんは嬉しそうに笑って俺と炭治郎と坊やの元に飛んできた。

4人でぎゅうと抱きしめ合う。
ぴったりと触れ合ったところから感じる体温に、ああ、これが家族なのかと俺は何かの答えを得たような気持ちになった。

遠くから伊之助の「山桃見つけたぞー!」と言って走ってくる音がきこえる。

禰豆子ちゃんからコロコロパチパチと金平糖が弾けるような音が聞こえる。

炭治郎から、坊やから炭に火入りするようなパチパチとした音が聞こえて俺はこんなところまで似ているのかと驚いてしまう。

俺は周りを取り巻く幸せの音に堪らずくつくつと笑った。

ああ、竈門善逸は幸せを見つけたりってね!

おまけ

目が覚めて初めて見たのは見知らぬ天井だった。
どこだここはと思っていると丈たらずの浴衣姿の宇髄がいた。

ここはどこだと問う前に頭が痛くて呻いてしまう。宇髄は俺を見ると「起きたか。いいから風呂入ってこい」と浴衣と手拭いを渡すと俺を廊下に放りだした。「風呂は突き当たり右な」と言われて何がなんだか分からないが頭が靄がかかっているようにすっきりしないので言われた通りに向かった。それにしても頭が痛ェ。昨日・・・・・・何があったんだ?確か柱合会議をして、その後は宴会で・・・・・・途中から記憶がねぇ。

呑みすぎで二日酔いかァ?

ありがたく、ひと風呂頂戴したあとは幾分まともになった頭で来た道を戻った。宇髄がいたから宇髄の屋敷かと思ったが庭が違うのに気がつく。かといって産屋敷邸でもなければ伊黒の屋敷でもない。

「ここどこだァ?」

そう思いながら部屋に戻るとそこには宇髄と竈門と・・・・・・あと竈門の腕の中に赤ん坊がいた。

なぜ赤ん坊がと思うよりも早く、竈門は腹立つくらい朗らかに笑うと「不死川さん!!おはようございます!!」と二日酔いには厳しいくらいのデカい声で話す。おいこら!赤子がびっくりするだろうが!!

しかし赤子はよく眠っているのかほんの少しウゴウゴとみじろぎしただけだった。

この赤子は・・・・・・そしてここは・・・・・・と回らない頭で考えているとすっと立ち上がった竈門が俺の前に来て赤子を差し出してくる。ちなみにその後ろで宇髄は頰を膨らまして笑うのを堪えてる。

「どうぞ」
「どうぞ!?」
「はい。抱き方はご存知ですよね?産まれたてなので気をつけてください」

そう言われてわけもわからず赤子を受け取る。久しぶりすぎる首の座らぬぐにゃぐにゃの赤子に俺はびしりと固まった。しかしもぞりと動いた赤子に驚いて目をやると先ほどまで閉じていた目がゆっくりと開いていく。

白目などないくらいに黒目がちのその瞳はまさしく産まれたての赤子だ。俺はくあっと欠伸を漏らすその姿にじーんと言いえない何かが心の中に去来したのを確かに感じた。

それから満足げというか、慈愛の目でみてくる竈門とめちゃくちゃ笑ってる宇髄に俺の昨日の失態を聞いて俺は正しく打ちのめされた。

めちゃくちゃ恥ずかしいし、めちゃくちゃ迷惑掛けてるじゃねぇかァ!!!!!しかもお産の真っ最中にとか馬鹿だろォ!!!昨日の俺をぶっ殺してェ!!!

俺はそのままお暇した。竈門は朝餉を食べて行ってくれとか言っていたが居た堪れない!!宇髄は朝餉を食っていくとか言っていて馬鹿じゃねぇかとか思ったが、峠を越えたあたりで気がついた。

肝心の我妻に挨拶してねェ!!!

お産の最中に酔っ払ってやってきて朝まで寝こけてそのまま出てきちまった!!!馬鹿だろ!!詫び入れなきゃダメだったじゃねェか!!労いの言葉も祝いの言葉も言ってやらなきゃダメだっただろ!!

俺は仕方なく家に戻るとすぐに出産祝いと詫びの品を選んで運ばせた。出産祝いなど分からないから、とりあえず米や味噌など乳の栄養になりそうなものを見繕った。後は肌触りが柔らかくて心地がいいと評判らしいタオルっつーものと、子供をあやすのに便利なでんでん太鼓や万華鏡とかもいいかもしれないと追加で送る。

後はなんだ?何があればいいんだ?
布オムツもあったほうがいいよなァ?
他には滋養がつくように魚とか肉とかも送るか。
教養をつけるのにお伽草子とかも・・・・・・あ!すり鉢!子供が飯食うようになるときはすり鉢ですりつぶしたほうが食いやすいからな!かと言ってでかいすり鉢は少量の飯を潰すのには不向きだから手頃な大きさのがいい!!

後はなんだァ?何があればいいんだァ?

「つーわけでよォ。伊黒ォ。あと何が必要だと思うよ?」
「ちょっと落ち着け」

おしまい。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました