約4000字/原作軸
ふふふっと笑って缶を揺する善逸に俺は可愛いなぁと思いながらにじり寄った。後ろから近づく形だったので、善逸の首筋あたりから甘く、優しく、鋼のように優しい匂いが香ってくる。それと一緒にどこか楽しげな上機嫌な感情の匂いが混ざっている。
「楽しそうだな?どうしたんだ?」
「いやあ、実はさぁ!もう少しでお金が貯まるんだよ!」
「お金?」
俺の問いかけに善逸はニコニコと笑って大きく頷く。なんだか知らないが、善逸は貯金をしていたのか?結構見境なく甘味に給金を使い込んでいたと思っていたのだが・・・・・・。
「いやね、結構前に街に行った時にね、欲しいものができちゃってさぁ!そこそこ値がするものだからこうして貯金してたのよ。缶にでも先に入れとかないとおやつに使っちゃうし・・・・・・」
バツが悪そうに言う善逸にやはり使い込んでるんだなと笑ってしまう。笑った俺に善逸は不服そうに唇を尖らせるので、慌てて話を逸らした。
「それで?何を買うんだ?」
「それはねー。うふふっ!内緒だよ!買ったら見せてやるな!」
善逸はそう言って楽しそうに笑っている。俺はすんっと鼻を動かしてその匂いを堪能する。ああ、いい匂いだ。
****
我妻善逸はどんな人かと言われたら、俺は何よりも先に一等、優しい匂いがすると答えるだろう。その答えに人はみな、困ったような顔をするのだろうが俺からすれば匂いほど信頼できるものがない。
俺とこのよく効く鼻はまさしく物理的にも精神的にも切っても切れないものだ。俺は目で見て、耳で聞くよりも、鼻を動かす。流れ込んでくる匂いから好悪を判じ、感情を探る。むしろ他の人がそうしていないと言うのが知っているが不思議と思うほどだ。
しかし人と違うことを嘆いたことはない。俺はこの鼻があって困ったこともあるけど助かったことの方が多いから。そして何よりも、この他の何とも違う善逸の匂いを正しく嗅ぎとれる己の鼻が誇らしい。
初めて会った時から、善逸は強くて優しい匂いがした。涙と不安という匂いもしていたけれど、あんなに優しい匂いは久しぶりだったんだ。
それから短くはないけど長くもない時間を善逸とは過ごしている。けどそれは任務のために途切れ途切れだし、俺たちには鬼を倒すという目的があって強くなるのに心血を注ぐのに精一杯だ。善逸は俺と禰豆子に優しさを注いでくれるけれど、俺は助けてくれと守ってくれと縋る善逸に返せたことはない。なぜなら善逸は俺に守らせてくれるほど弱くはないし、判断が遅い俺と違い、咄嗟の判断が的確だ。
使う技が居合だからか、善逸はここぞという時機を見逃さずに刀を抜く。打ち合い、へし合い、ボロボロになって勝つ俺よりもずっと強いと思う。
そんな善逸に俺はいつしか恋をしていた。
優しい匂いが好きだ。
鋼のように強い匂いが好きだ。
ほとほとと涙を流すとき、朝露のような澄んだ匂いが好きだ。
炭治郎と俺を呼ぶときの砂糖菓子のような甘やかな匂いが好きだ。
霹靂一閃をうつときの厳しい雷のような匂いが好きだ。
ああ、善逸が好きだ。
俺の想いを伝えるには、俺には抱えるものが多すぎる。禰豆子を人に戻したい、鬼舞辻を倒したい。そこに善逸を招きいれるのは俺は欲張り過ぎだろう。そんなに器用でもない、ひとつずつひとつずつ、こなすほかない。
だからどうか友として、近くでその匂いを嗅がせてほしい。それだけで俺は強く立てるから。生きてまた、会いたいと思えるから。
だからーーー
この仕打ちは耐えられない!!!
善逸は任務がないあくる日、ちょっと買い物と言って出掛けて行った。俺は特にすることもないから誘ってくれたらいいのにと思ったが、善逸はなほちゃん達にだけ告げて蝶屋敷を出たのだ。
俺が善逸が屋敷にいないのを知ったのは、なほちゃん達に聞いたからだ。俺が善逸はどこかなと蝶屋敷をうろついて探していると洗濯をしていた3人に教えてくれた。買い物に行くと、お土産買ってくると言っていたと楽しそうに言う姿にほっこりしながらも誘いも出かけの挨拶もないのに俺はしょんぼりする。
俺は出かける時、善逸がいるなら必ず挨拶をしていくのに善逸はしたりしなかったりまちまちだ。まあ、俺が蝶屋敷を出る時はほぼ任務だから万が一もありえるから憂を残さないためもあるが・・・。それをいうなら善逸だって任務の時は声を掛けてから出立するか。声を掛けないのは休日に街に出るくらいだから・・・・・・ううん。でもそれでも声を掛けてほしい。だってそれなら俺も一緒に行きたいということができて、置いていかれることもなくなるのだから。
せっかく善逸と休日が重なったのにと俺は小さく溜息をついた。善逸は耳がいいというのに、俺の気持ちに気づいた様子は一切なく、平然と過ごしている。気がついてないと言えるのは善逸から俺に向ける匂いになんの変化もないからだ。
流石に友柄に懸想されてると気がつけば動揺するか意識するか嫌悪・・・・・・は善逸は優しいからしないかもしれないが何か感情に変化はあるだろう。しかし善逸は特別なにか変わることもなく俺のそばにいる。
これはもう全く脈なしということなのだろう。それとも信じたいものを信じる善逸は俺から聞こえる音を都合よく勘違いしているのかもしれない。俺がそんな邪な想いを持つとは想像もしていないから平然としているのだろう。
まあ、それはいい。元から叶わないと思っていた願いだ。善逸の側で一番の友人としてその優しい匂いを堪能できればそれでいい。
・・・・・・そう思っていたが、街から土産片手に戻ってきた善逸のまとう匂いに俺は驚いて鼻を覆った。
「ぜ、善逸・・・・・・!?な、なんだこの匂いは!?」
「あ、やっぱり炭治郎には分かっちゃう?」
そう言って善逸は懐から小型の瓶を差し出した。そこからふんわりと香ってくる匂いはまさに善逸がまとう匂いと同じものだ。つけてから時間が経っているのか、若干の違いはあるものの大元は同じだ。
「ほら見ておくれよ!ずっと欲しかった香水買えたんだよー!いやぁー貯金した甲斐があったわー!」
「ぬああああああああ!!!」
俺は膝から崩れ落ちた。
善逸が驚いた目をしているが、これは!!
この仕打ちはないだろう!!
香水なんてもののせいで善逸が自ら放つ甘い優しいまろやかな匂いが吹き飛んでしまっている!!俺の生き甲斐が!!俺の生の実感が!!失われてしまっている!!
「あ・・・?もしかして香水、炭治郎には匂いキツい?いい匂いだと思ってすげー気に入ったんだけど、お前にはやばい?」
善逸が瓶の蓋を開けてすんっと吸って、悲しそうな目で俺をみた。善逸が悲しむのも理解できる。何しろその香水を手に入れるために楽しそうに貯金までしていたのだ。ようやく手に入った目当てのものを友に拒絶されたら悲しいだろう。
「・・・・・・い、や、匂いは悪くないぞ。少し濃いが、嫌な匂いなわけではない」
「あ・・・そうなの?でもお前、めっちゃ嫌そうな音してんだけど・・・。あれ?でも嘘はついてないね・・・・・・なんで・・・?」
困惑する善逸に俺は返せる言葉がない。なぜならお前のいい匂いが香水で掻き消えるのが我慢できない!!お前の甘やかないい匂いを全身で感じていたいのにあんまりだ!!だからその香水を捨ててほしい!!なんてどうやっても言えない。恋仲でもないのに善逸の気に入りの香水を奪い取ることなどできない。となればこれは話を逸らして誤魔化す他ない。
「いや、しかし、善逸が香水に興味あるとは驚いたな!」
「え?ああ、興味は特別なかったんだけど・・・・・・これはなんか凄い気になったんだよね。たまたま路面店の前で嗅いでさぁ」
善逸は嬉しそうな顔でまた瓶の蓋を開ける。くんっと匂いを嗅ぐ様子に俺はほんの少し寂しくなった。善逸の手にある香水は落ち着いた木々や香木に似た匂いで、俺は焦げ臭い匂いがするらしいから善逸が好きになったという香水とはかけ離れた匂いだろう。
そう思って気落ちしていると、変わらず上機嫌な善逸がふふふと笑う。その笑顔が可愛らしいので、俺からすれば匂いを諦めざるえない。善逸を俺の都合で悲しませるわけにはいかない。
「これさぁ。なんか炭治郎を思い出したんだよねぇ」
「え?」
「炭治郎から聞こえる音を匂いにしたら、こんな感じかなぁって。俺、お前の音聞くと安心できるから単独任務の時に手拭いにでもこれ掛けてけば元気出るかなって思ってさ。普段は使わないし、炭治郎の前には出さないから安心しろよ」
ごめんねと言うように眉を下げる善逸に俺は手を伸ばした。がしりと肩を掴み、善逸を引き寄せれば善逸の首元が近づく。ここまで来ればさすがに善逸の匂いが感じられる。香水に隠れて僅かだけど、他の人が分からなくても俺には分かる。一等、俺の好きな安心する匂いだ。
「俺も!!善逸の匂いが一等安心して好きだ!!香水をつけないでくれてありがとう!!」
そう心のままに叫べば、初めて善逸からふわりと花が綻ぶような匂いがした。



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