カフェでバイトしている大学生炭治郎とそこのカフェに通う高校生の善逸の話。
年齢がひっくり返ってます。
約46000字/全年齢/現パロ・年齢操作
クリスマス
行きつけのカフェ・・・・・・というとオシャレだが、別にそんなに行きつけなわけではない。行くのは1週間に1回で、それも足の悪い爺ちゃんを趣味の碁会所に連れていくってだけだ。
爺ちゃんは足が悪いけどご町内くらいなら杖をついて元気に出かけていく。しかし毎週土曜日だけは古い友人である鱗滝さんなる人が隣町の碁会所にくるらしい。なので爺ちゃんは毎週土曜日は碁会所へ電車に乗っていくのだが・・・・・・実は爺ちゃんが秋の始まりに隣町で引ったくりにあったんだ。
けど爺ちゃんは剣術道場の師範をしていたこともあってしっかりばっちりと引ったくりを撃退した。その話を聞いた時はとんでもねぇ爺さんだって思ったね。
けどやっぱり無理したからか腰を痛めちゃって、それからは俺も兄貴も爺ちゃんが心配で、何かあってもすぐに帰ってこれない距離にあるこの碁会所に行く時だけは送り迎えをすることを2人で決めた。
爺ちゃんはしきりに、「送迎などいらん!!」と言っていたけど、俺が無理やり碁会所について行くと「感心なお孫さんねえ」と碁会所のマドンナのひささんに褒められたのが気持ち良かったのか文句言わなくなった。
それからというものの、俺は爺ちゃんを毎週土曜日は碁会所に送っていく。碁会所の中で待っててもいいけど、爺ちゃんは鱗滝さんと勝っては負けてという勝負を俺にみられるのが気恥ずかしいのか、毎回千円札を出すと「これでなにか食べていろ」と言う。
そんなわけで俺は爺ちゃんが出てきてもすぐに来られるこのカフェで、すっかり定位置のようになった窓側の入り口手前のカウンター席を陣取って、ホットのカフェラテを飲みながら持ってきている参考書片手にお勉強だ。
何しろ来年には高3になるわけでして。本当は就職しようかななんて思ってたけど爺ちゃんは気にせず進学しろと言ってくれた。なにをしたい、何になりたいとかもないけど突然、やりたいことができても困らないように勉強だけはしなくちゃいけない。
何しろ俺は孤児で、爺ちゃんに拾われた恩があるのだ。爺ちゃんが家族として応援してくれるというならなるべく期待には応えたい。
そんな思いから俺が好きでもない勉強をしていると、きゃらきゃらと鈴を鳴らしたような女の子たちの声が聞こえた。たぶん俺の後ろの2人席に座ったのだろう。潜めているようでしかし近くには聞こえてしまうくらいの音量で、女の子たちはきゃあきゃあと話をしている。
「見てみて、今日もいるよ〜」
「あの店員さんカッコいいよね!」
「カップにLINEENのIDとか描いてくれないかな〜?」
女の子たちの話にちらりと後ろを見れば、大学生くらいのお兄さんが見事な手つきでドリップコーヒーを入れている。
その横顔は端正でまさしくイケメンだ。上に撫で付けられた額は形がよく、額になんだろうか・・・・・・たぶん火傷跡があるけどそれがやや童顔を男らしく見せていると思う。そして目につくのが耳から下がる旭が描かれたピアスかな。このカフェ、制服はあるのにアクセサリー規定ないのかなと思ってみていると、ふいにそのお兄さんがパッと俺の方を見て、目があって、そしてほんの少し微笑んだ。
「え!え!こっち見た!?」
きゃーっと嬉しそうにやりとりする女の子たちの声を背に、俺はドッドッドっと高鳴る心臓を持て余しながら、問題集に目を落とす。びっくりした。まさか目があうとは思わなかった。
問題集の文章を読むけど内容が全然入ってこない。俺は落ち着けと思いながら紙カップに入ったカフェオレを手に取った。そして一口飲んでテーブルに置くと、目に飛び込んできた手描きの数字とアルファベットにああ、と思う。数字とアルファベットの前にはLINEEN IDと書かれている。
それをじっと見ていると、背後から「お皿、お下げしましょうか?」と声がかかってびっくりして肩が跳ねた。
振り返るとあのピアスのお兄さんが微笑んで立っていた。俺がすっかり食べ終わったホットサンドの皿を渡すとお兄さんは「ありがとうございます」と笑い、そしてほんの少し何か言いたげな目をするが、いつも何も言わない。
そのまま背を返していくのを俺は見送って・・・・・・ああ、くそっ。めちゃくちゃ恥ずかしいわ。俺は恥ずかしさの元凶であるカップのスリーブに書かれたLINEEN IDを睨みつけた。
****
「いつもありがとうございます」
そう言って差し出されたのに、パッと顔をあげればピアスのお兄さんがちょっと変な顔で俺を見ていた。そして「期待してます」という言葉に何のことだと思いながら、俺は鞄を置いておいて席取りしている定位置へと向かった。
席に座り、カップを持ち上げて目に入ったアルファベットと数字の羅列に「えっ」と思い、振り返ればピアスのお兄さんが恥ずかしそうに頰を掻きながら俺を見ていて、俺も釣られて赤くなる。
これはいったい、どういうことなのだろうか。
****
はい。回想終了。
その出来事からすでにひと月が経っているが相変わらずあのお兄さんの真意が分からない。そして俺がくるたび、毎回飽きずになのか懲りずになのかめげずになのか、毎回毎回まいかーーーーーい、LINEENのIDを書いて寄越すんだがなんなの?何がそんなにお兄さんを積極的にさせるの?俺、一回もメッセージ送ったことないんだけど?
お兄さん、何を期待してるのかさっぱり分からんわ。こういうのはかわいい女の子にやるといいと思うよ?それとも友達が欲しいんですかねー?俺、全然高校生なんですわ。歳下の友達欲しいの?なんで?分からんわ。
俺はお兄さんが俺に何を求めているのかさっぱり分からん。いや、さっぱり・・・・・・てほどじゃないけど。さすがに意味ありげに毎度毎度、見つめられてたら分かりますわ。あれでしょ?男もいけちゃうんですねーみたいな。男専門か男女ともにフリーダムなのか知らないけど。特に偏見もないけど、自分が関わってくるとなるとなかなか難しいんですわ色々と!!
俺は未だかつて女の子相手でしか妄想あれこれしたことないのよ。生まれてこの方、彼女もいたことないし・・・・・・男にこう、言い寄られても困るというかなんというか。ほら、家族にもなんて言えばいいか分からないし。向こうの親御さんにもねえ?悪い気もしちゃうし。
それにお兄さんは男の俺からみてもイケメンですから、俺みたいに髪が派手なだけの取り柄がないやつよりも男でも女でも、もっといい人いるんでないかとか考えちゃうわけですよ。しかしめげずに毎度毎度、ID書いてくる人をどう処理したらいいのか俺としても分かりませんし・・・・・・。
「ね〜え。声かけちゃう?」
「ええ〜マジで?積極的すぎない〜?」
女の子たちの声に俺はぴくりと肩が揺れる。ついついダンボになってしまう耳が女の子たちの会話を勝手に拾っていく。思ったよりも積極的らしい彼女たちは「自分のIDを渡しちゃおっか」と方針が固まったようだった。そして紙カップの蓋に書くつもりらしく、筆箱からマジックペンを探している。
やめてやめて!やめておくれよ!そのお兄さんは女がいけるかは知りませんが、男子高校生に興味がある人ですよ!そこんところどうなんでしょうか!?あ!友達願望かもしれないんだっけ?でもワンちゃんあるかもよ!性癖的な話で!いいんですか!?男子高校生がいけちゃうかもしれない人ですよ!
「すみませ〜ん。マジック持っていたら貸してもらえませんかぁ?」
「・・・・・・どうぞ」
「ありがとうございます〜」
はあああああああ!?何マジック渡してんだ俺ええええ!!馬っ鹿じゃねえのおおおおおおお!?これであのお兄さんにあのたぶん、女子大生の女の子達のIDが流出してしまうんだぞ!?これでもしお兄さんが受け取って連絡入れたらどうなると思う!?見事なヘテロセクシャルなカップルの成立だわ!!
「助かりました〜」
「いいえ〜」
俺はにこやかに返されたマジックを受け取り、席を立つ女の子達を見送る。本当に俺、馬鹿じゃないかな。でも俺があれこれ考えてもこれ仕方なくない?何しろ渡されたIDさえも処理し切れてないやつが他人のIDのやり取りをみてどうするというのか。
そう思いながらも女子大生達がトレーをお兄さんに返して、きゃあきゃあ言って出ていくのをみる。お兄さんはゴミ箱の前でトレー片手に「ありがとうございましたー」と言って、ようやく蓋に書かれているものに気がついたらしい。
蓋を見て、女子大生達が去った扉を見て、そして蓋を外すと流れる手つきで分別してゴミ箱にいれた。あいつマジか。あんなかわいい女の子のIDが書かれたものを捨てちゃうのか。分別して。
信じられないとまじまじ見ていたら、お兄さんが視線に気がついたのか俺をみる。そしてまるで不貞の現場を見られたかのように焦った顔でたじろぐのに俺はなんか・・・・・・ああ、うわ〜。最悪。気が付きたくなかったわ。
俺は視線を問題集に戻すと、相変わらず頭に入ってこない文字列を追いかける。しかしやっぱり胸中を占めるのはあのお兄さんのことで・・・・・・。本当に最低だ。
女の子の気持ちを迷わず捨てたことにホッとしてしまったなんて、最低にも程がある。
****
逸らされた視線に俺はううっと心が痛くなるが、今の俺には何も出来ることはない。はぁ、と溜息を小さくつくと先程の女性客達に渡されたトレーを片付ける。連絡先を渡されることは、たまにあることだが彼に見られたのは初めてだった。
先程の女性客たちは彼からペンを借りていたようだったから、きっとそのペンで連絡先を書いたのだろう。
彼を!!そんなことに!!巻き込まないでくれ!・・・・・・と、思うのは俺の勝手な想いで、そして俺も先程の彼女達と同類なのだ。
・・・・・・彼がこの店に初めて来たのは9月の初めくらいだった。制服を崩すことなくきっちりと着こなし、なのに頭は金髪というのがチグハグで印象的だった。そして窓際の入り口付近の席に座ると迷わずに参考書やら問題集を取り出す。そんな姿を見て真面目なんだな、なんて思いながら真剣にペンを片手に勉強する横顔をチラ見した。
それから3時間くらい経って、ティータイムに差し掛かり客が増えてきた頃に杖をついたご老人が店に入ってきた。このカフェは若者向けのため、ご老人が入ってくるのは珍しくて「いらっしゃいませ」といいながらメニューの説明が必要かななんて考えているとご老人は金髪の彼に近づいて「ゼンイツ」と呼びかける。
すると金髪の彼はそれはそれは嬉しそうに、目を輝かせて頬を緩ませるとどこか稚く「爺ちゃん」と言った。それからゼンイツ君はトレーを片付けるとご老人の腕を支えながら店を後にしたわけだが・・・・・・。
その日はゼンイツ君たちの後ろ姿がずっと頭から消えなくて、寝て、覚めてようやく「お爺さん孝行な子だなぁ」なんて納得して。そしてその翌週の土曜日に店の前を通る金髪頭にすぐ目が行った。
どうやら彼はお爺さんを斜め向かいにある碁会所へ送迎しているようで、碁会所に入ると15分くらいしてからこのカフェに入ってくる。そして1番大きいサイズのカフェラテとサンドウィッチを頼むと窓際で入り口手前のカウンター席に座り、そして3時間ほど勉強しているとお爺さんが彼の元に来て、一緒に帰るのだ。
お爺さん孝行の金髪少年のゼンイツ君は、代わり映えしない土曜スタッフの間では連れ立って歩く2人の姿が可愛いと評判だった。もちろん俺もゼンイツ君はいい子だなって思ったし、可愛いなと純粋に思っていた。
しかしゼンイツ君が店に来て5回目。いつも通りに店に来た彼はすっかり定位置になっていた窓際の入り口手前の席にその日は人がいるのを見て、少しだけ困った顔をしたのを俺は見逃さなかった。
ゼンイツ君はレジでいつもと同じメニューを購入すると、少し迷って窓際の1番奥に腰掛けた。そしてまたいつも通り勉強を始めたが、その日はいつも少し違ったんだ。
お爺さんがやってくる辺りの頃合いになると彼はしきりに窓の外を見ていて、碁会所からお爺さんが出てくると急いでテーブルを片付けて店の外へと行ってしまった。
その姿を見て、考えて、俺はようやく入り口付近の席が空いていなかったからだと理解した。お爺さんがくる頃はちょうどお茶をする時間なので客入りが多い。だから店に入って、いつもの席にいない自分をお爺さんが探す手間が掛からないようにと配慮したのだろう。
店の前で合流しておじいさんと連れ立って歩くゼンイツ君はそういえば必ず車道側を歩いてるなぁなんてことも気がついて、そしたらもうダメだった。その日から寝ても覚めてもダメだった。
ゼンイツ君のことが頭から離れなくて、大学の講義も集中できなくて、俺はどうしたんだと悩みまくって翌週の土曜日にゼンイツ君の定位置に「reserve」と書かれた札を置いた時点で理解した。
どうやら俺はゼンイツ君に惚れてしまったらしい。
それからはどうやって話しかけるか、どうやって俺のことを知ってもらおうかと考えていて、そして時たまお客様からもらうLINEEN IDを思い出した。その時の俺は「これだ!!」と思って、深く考えることもせずにふっかりと恋に浮かれて紙カップのスリーブに自分のLINEEN IDを書いて渡した。
そしてさらに調子に乗って「期待してます」なんて言ってしまって、その日の夜に我に返った。気持ち悪いにも程があるだろう・・・・・・。
俺は自室のベッドでのたうち回った。なんであんなことしてしまったんだと後悔した。浮かれていたにも程がある。男が男に、しかも店の店員からとか怖いだろうに!!その証拠に俺のスマホにはなんの連絡もない。
当たり前だ。俺だって客から連絡先もらってもメッセージを送ったことなどない。なんであんなことしたんだと思いつつもそこから1週間は期待が止まなかった。だってあの日、ゼンイツ君の片付けたトレーにはスリーブがなかったのだから持って帰ってくれた筈なんだ。
しかし待てどもゼンイツ君らしき人からの連絡は一切なく、俺はもうこの店に来ないかも・・・・・・なんてしょんぼりしていた翌週の土曜日。なんとゼンイツ君は変わらずに店に来た。
しかも入り口に入って俺を見て、ほんの少し頬を赤らめた・・・・・・気がするが、いや!赤らめてた!間違いない!そんなゼンイツ君を見て俺はますます期待が募る。募ってしまう!嫌がられてはいないと思ってしまう!!
俺はええいままよと言わんばかりにもっと押すことに決めた。そもそもこの店でしか接点がなく、このままでは彼のことは何も知ることができないのだ。
俺は後悔するより行動すべきと再び連絡先をスリーブに書いて彼に渡す。ゼンイツ君はスリーブを見て、俺を上目遣いで見て、恥ずかしそうな顔をしながらカウンターから離れていった。やめてほしいとは言われなかった。やっぱり嫌悪の色もなかった・・・・・・と思う。
それにホッとしてたが、reserveの札を取るのを忘れたと慌ててると、バイトリーダーのしのぶさんがふふふと笑ってreserveの札を持って横にいた。ゼンイツ君を見れば定位置に座っていて、そしてしのぶさんは全てお見通しというような微笑みで、俺は顔を赤らめるほかなかった。
それからは毎週、毎週と飽きずにゼンイツ君に連絡先を書いて渡しているが連絡が来たことは一度もない。しかしゼンイツ君がスリーブを捨てていくことはなく、毎回持って帰ることと毎週店に来ることに俺は期待をかけている。きっとそう!勇気がないのだ!メッセージを送る勇気が!
だって振り返ってみれば彼は高校生なのだから、大学生に粉を掛けられてもどうしたらいいのか分からないの可能性が高い。
俺だって高校生の時に毎週行くカフェで男の店員に連絡先を渡され続けたら・・・・・・行くの、や、めるかな・・・・・・。やめよう。暗い考えになりそうだ。前向きに行こう。ゼンイツ君は嫌がってない筈だ。うん。
しかし俺も代わり映えしない反応のゼンイツ君をここからどうやって押せばいいのかについては考えなければならない。
残念でもないのだが、俺はこういった経験が全くないのだ。ありがたいかどうかはなんとも言えないが、中高生の時にはたまに告白をしてくれる女子もいたし、大学に通ってからも恋人になってほしいと言われる機会はたまーにある。だが俺はどうしても想いを告げてくれた目の前の人を大切にしたいという気持ちと大切にする想像がつかなくてどれもお断りしてきた。
つまりは竈門炭治郎(19歳)は生まれてこのかた、恋人を持ったこともなければ、幼稚園の先生への初恋(既婚の為、自覚ともにすぐに失恋)から数えると15年ぶりの恋だ。全く持って経験値はない。恋の駆け引きなど分かるわけもない。何もかもが手探りだ。
ということで、もう仕方がないので連絡先を10回渡したら、意を決して連絡先を教えてくれと言うことにしようと今決めた。
それからあと何回、あと何回と指折り数えて今日はとうとう9回目。ついに来週には本人に声を掛けて連絡先を聞くのだと意気込んだのにーー。
「えっ!?取り壊し!?」
出勤する際に通った碁会所の建物に『老朽化により建物を取り壊します。』と書かれて入り口には侵入禁止のビニールテープが張られている。いつの間にこんなことにと思うも今日は出勤がてらに買い出しを頼まれた為に碁会所の前を通った故につまりいつもは反対側からくるので前を通らない。
これがいつから貼られていたのか知らないが、もしかしたら前々から決まっていたのかもしれない。今更な話であるが知っていたら先週にゼンイツ君に話しかけたのにと思う。10回なんて考えずにさっさと行動をすれば良かった。
そこから重い足取りで店に出勤すると、ゼンイツ君は来ないだろうか、なんて愚かにも期待してしまう。仕方がないだろう!だって今日は連絡先を聞くって先週からずっと決めてたんだ!!
だが当然ながらゼンイツ君は来るはずもない。用がないのだから当たり前だ。俺は寒々しい気持ちになりながら、もう会えないのだという悲しみに心臓が痛む。こんな痛みを味わうくらいならいっそのことそのまま潰れてしまえばいいのにとも思うが、勝手に惚れた男が勝手に恋で死んだとあればゼンイツ君も困るだろう。・・・・・・知られる筈もないのだけれど。
バイト上がりの俺はハァーと大きな溜息をつきつつ、煌く星空を見上げた。この星空の下にゼンイツ君もいるのだ・・・・・・なんてすごい女々しいな。やめよう。逆に虚しくなる。
俺はもうじきやって来るクリスマスのために輝くイルミネーションの中、楽しそうに連れ立って歩く人々の中、1人とぼとぼと駅に向かった。
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「1、2、3、4、5、6、7、8、9・・・・・・1枚足りない・・・・・・」
俺は机の上に並べたスリーブを眺めながら溜息をつく。9枚のスリーブには全て手書きの連絡先が書かれていて、それは全部同じ文字列で同じ人が書いたと分かるものだ。少し角ばって四角い感じの男らしい文字。
俺はその文字列をじっと見つめると、机の右側に置いておいたスマホを手に取り、LINEENのID検索の画面を立ち上げた。
なんというか・・・・・・本当は簡単な話なのだ。このスリーブに書いてあるIDを入れてサーチボタンを押せば、すぐに目的の人のアカウントは分かる。そして「こんばんは」と一言メッセージを送ればいいだけなのだ。それだけで俺は望んだようにあの人と繋がることができる、の、だけど・・・・・・。
で、できねえええぇ。できねぇわ!もし、相手と俺で向け合う感情に齟齬があったらどうすんの!?期待して実は友達目的でした〜とかだったら恥ずかしいし悲しい!!弄ばれたと叫んで町内を走り回るしかない!いや前言撤回する。それも恥ずかしいから絶対しないわ。75日間も噂になんてなりたくない。
どうする、どうすると悩んではや2週間。俺は毎夜毎夜・・・・・・どころかテスト週間もこのことを考えすぎててテスト結果が赤点ぎりっぎりだったわ!!兄貴にめちゃくちゃ馬鹿にされたわ!!でも全教科だったからむしろ先生たちにも爺ちゃんにも何かあったのかと心配されてしまった。
でも何があったかなんて言えないよな。大学生らしき男の人から連絡先渡されて迷ってますとか言ったら間違いなく没収されて爺ちゃんと兄貴の説教コースだわ。
本当ならばこのスリーブが10枚になったら、メッセージを送ろうと決めていたのにこの前の土曜日はカフェには行かなかった。なんでってその週の始めに老朽化により建物の一部の天井が落ちたとかで急に閉鎖になってしまったからだ。怪我人は出なかったらしいけど、碁会所が閉鎖となったら爺ちゃんは隣町に行く用はない。今日も元気にご町内の碁会所に行っている。なんでも鱗滝さんもこっちの碁会所に来てるらしいし。
となれば爺ちゃんの送迎自体もないわけで、俺はすっかりあの店にいく必要など無くなってしまったというわけだ。
「・・・・・・悲しい」
なら会いに行けって感じだが、向こうも爺ちゃんの送迎で来てたのは知ってるに決まってる。なのに1人で店になんていったら・・・・・・期待してるって感じしないか?ねえ、大丈夫?勘違いされない?もちろん、俺はそう、期待している。
してるよ!してるって!あのお兄さんは俺のこと好きなんじゃないかって期待してますよ!最初はびっくりしたけど爽やかで優しい声とか、童顔なのにでも男らしいとことか、コーヒー淹れてる時の真剣な顔とか、ミルクを注ぐ時になぜか表情が柔らかくなるとことかもうめっちゃ好きです!!下心満載な感じで!!
・・・・・・だからこそ怖い。連絡先を何度も何度も渡されるけど、その意味がなんなのか、期待して違ってこの気持ちをなくさなきゃいけなくなるのが怖い。
それに行かなくなったらほら、あのお兄さんも違う子にまた連絡先渡すかもしれないじゃないか。何回も何回も連絡先を貰ってもなんのメッセージも送らなかった俺なんてもう見限られてしまっていて、お兄さんはとっくに次に行ってるかもしれないじゃない。しかも先週、俺は店に行ってないわけですし!?
・・・・・・そう思うとメッセージが送れない。今更、なんてあの人に思われたら死んでしまう。人の心を覗くことできないから知りようなんてないんだけど。それ以前に心を覗けるなら俺はメッセージを送るか送らないかで悩んでないわ。
そんなことを考えながら自室の机に顎を乗せているとノックなしで部屋のドアが開いた。びっくりして肩が跳ねると同時に机の上のスリーブを慌てて掻き集める。振りむいてみれば兄貴がうわって顔でこちらを見てるんだけど・・・・・・おい!断じてあれだぞ!?エッチな何かを見ていたわけではないからな!?なんて思いつつも「何!?」と言えば「んっ」とこっちを虫の死骸かのような目つきで見ながら紙っぺらが突き出された。
何だろうと思って椅子から立ち上がり受け取ると、兄貴はさっさと部屋を出て行ってしまう。手の中にある紙に目を落とすとクリスマスケーキ4号と書かれていてケーキ屋の注文標だと分かる。それを見て俺は「あっ」と思い出した。
そうだ。2週間前に爺ちゃんと美味しいと評判のお店で予約したんだ。碁会所の傍に美味しいと評判のお店ができたってひささんに教えてもらってそれなら食べてみたいと爺ちゃんに強請って、家から少し離れているけど、隣町のケーキ屋さんでクリスマスケーキを予約をしたんだ。
「・・・・・・隣町・・・・・・」
俺は急いで時計を見る。時間は17時半過ぎ。あのお兄さんのシフトがどうなってるかは知らない。そもそも今日が仕事の日かも分からないし、俺がいつもカフェに入るのは11時だ。その時にいるってことは朝からのシフトかもしれない。そうなると今日が仕事でも夕方には終わってしまってる可能性が高い。でも、平日だし・・・・・・大学生っぽいから夜に入ってたりしないかな。・・・・・・もし、もしあのお兄さんがお店にいるなら、その時はーーー今度こそ、なけなしの勇気を出してやる。
****
店内に響くクリスマスソングを聞き流しながら、ひたすらコーヒーを淹れていく。クリスマスともなればカップルがカフェへとひっきりなしに大挙するのだが、残念ながら店員側の人数は少ないのでてんてこ舞いだ。しかし18時を過ぎれば夕飯時になるのでカフェの利用客は少しずつ落ち着いてきていた。
俺はいつもは学業優先だから、土日の朝夕までのシフトなので平日のそれも夜シフトとなると不思議な気持ちになる。店の前のイルミネーションの点灯なんて店の中から見ることはあまりないし、キラキラと輝くイルミネーションの中を歩く恋人達の姿を俺は人生で初めて、いいなぁと羨んだ気持ちで見る。
・・・・・・ゼンイツ君が店に来なくなって2週間。そう言っても彼はが訪れていたのは毎週土曜日だけだから、2回来なかったというだけなんだが彼が目的としていた場所がなくなってしまったためにきっともう来ることはないのだろう。
我ながら2週間経っても落ち込んだままなのに驚くと同時にそれだけ本気だったのだな、なんて思う。ゼンイツ君のことなんて大して知らないのに。
知ってることと言えばお爺さん思いの優しい子で、真面目に勉強を頑張っていて、どうやら数学が苦手みたいでよく数学の参考書を片手に唸っていて、甘いものが好きでとりわけチョコが1番好きなのかよく、チョコレートのクッキーも買ってくれていた。
他には考え込むと唇を突き出す癖があるみたいで、むっと突き出されたその柔らかそうな唇に何度、かじり付きたいと思ったかーーーやめよう。我ながら高校生に対して思っていいことじゃなくなってきている。
俺は下げられたトレーの上を片付け始めるが、頭の中は変わらずゼンイツ君のことばっかりだ。でもなんとかゼンイツ君のことから意識を変えたくて、村田さんはうまくいったのかななんて思いを巡らせる。
本当は今日の夜シフトは村田さんの予定だったのだが、なんでも前から気になっていた子とイルミネーションを見に出かけられることになったからお願いだからシフトと代わって欲しいと泣きつかれたのだ。
俺はゼンイツ君に会えなくて傷心なわけだが、可能性がある人は応援してあげるのが人情だろう。なんていいつつも、まあ、大学も今日から休みだし、俺なんてどうでもいいかなと半ば投げやりな気持ちで交代したわけだが・・・・・・決して村田さんがうまくいくことを願ってないわけじゃない。うまくいけばいいと思ってる。
何しろ折角のクリスマス・イブだ。俺たちはおもちゃを貰って喜ぶようの子供ではもうないけれど、それでも嬉しい出来事の一つは起きてくれても罰は当たらないだろう。
・・・・・・だから村田さんだけじゃなくて俺にも何かしら良いことがないだろうか。見返りを求めているわけじゃないが、折角シフトを交代してあげたのだからサンタクロースもサービスしてくれないか、なんて少々やさぐれた気持ちで返却されたトレーを片手にレジカウンターへと戻れば、自動ドアが開いたのか肌寒い空気が流れ込んでくる。
俺は「いらっしゃいませー」と無理くり作った営業スマイルで振り返って、びしりと体が固まった。そしてすぐにドッと心臓が高鳴り、情けなくも指先が震え出す。
自動ドアと共に入ってきたのはモッズコートにマフラーをぐるぐる巻きにして、更にイヤーマフまで着けた金髪の少年・・・・・・俺が会いたくて会いたくて仕方なかったゼンイツ君だった。
え。なんでだ?もしかしてこの辺で塾にでも通ってるのか?夜シフトだと彼って常連客だったりするのか?それなら俺はこれから平日の夜でシフト希望だすぞ!!なんて目まぐるしく考える中、俺の手はスリーブを手に取ると滑らかに自分のLINEENのIDをそこに書き込んでいく。
ゼンイツ君は鼻の頭が赤くなっていて、少し目が潤んでいて可愛らしい。迷わず俺のいるレジに来ると「・・・・・・いつものドリンク、1番小さいサイズ。ぬるめにしてください」とオーダーされたので、ドキドキとしながら会計を済ませる。
落ち着け!竈門炭治郎!千載一遇のチャンスだ!これを逃したら二度目はないと思え!
僅かに震える手で温度をいつもよりも下げたミルクを入れてカフェラテを仕上げる。そしていつも通りスリーブをつけて準備万端だ。これを、彼に渡して、連絡先を聞く!!
そう思いながら「お待たせしました!あのーー」と言葉を続けるよりも先にゼンイツ君はカップを受け取るとすぐに定位置の席へと行ってしまった。
嘘だろ!?千載一遇のチャンスを逃したぞ!?
ゼンイツ君はカウンター席にケーキらしき箱を置き、鞄から筆記用具を出して何か書き物を始めた様子だった。テーブルに置かれてるケーキの箱には秋にオープンした、この通りで評判の店の名前が書かれている。だってあれ、俺も注文した。明日の昼間に買って実家に帰ることになっている。
・・・・・・つまり、ゼンイツ君はあのケーキを受け取るためにここら辺に来たのか。彼の家がどこだかは分からないが近所ではないだろう。近所なら送迎の際にカフェで待つ必要はない。家に帰ればいいのだから。となれば美味しいと評判のあのケーキを目的にこの辺にきたということか。もしかしたら碁会所に通ってるうちにケーキ屋の存在を知った可能性もある。
我ながら頭が冴えているぞ!ここから導き出される答えはひとつだ!やっぱりこの機会を逃すとゼンイツ君にはもう二度と会えない可能性が高い!!そうとなれば、帰り際に何とか接触する他ない!今日はカップひとつだから、ゴミ箱の片付けを口実にそこで一撃をうつ!!
俺は彼がいつ席を立つか伺いつつ、しかしタイミング悪く客が来てしまえばレジを応対せねばならなくなるとハラハラしているとゼンイツ君は書き物が終わったのか、ペンケースを鞄にしまうと立ち上がり、カップをぐいっと一気に煽る。
その姿を「えっ」と思いながら見ていると、彼はくるりと振り返り口元を手の甲で拭ってゴミ箱ではなく、レジカウンターに真っ直ぐに歩いてくる。つまり俺の元へだ。
ゼンイツ君はカウンター越しに俺の正面に立つと唇を噛み締めた。その赤らんでいる頬は外気のせいじゃないんじゃないだろうか、なんて都合のいいことを考えるのに、そんなことよりも声掛けろと己を叱咤した。
「あの・・・・・・」
「これ!!」
そう言って突き出されたカップを見て、俺は言葉が詰まる。カップからはスリーブが抜かれていて、そしてその白い蓋にはマジックで『我妻善逸』と数字とアルファベットが書かれている。これの意味が分からないわけがない。
「き、期待してます!」
そう言ってゼンイツ君、いや、善逸君はカップをレジカウンターに叩きつけるようにおくと足早に店を出て行ってしまった。
俺は結局、声をかける千載一遇のチャンスを逃したわけだが・・・・・・どうやらサンタクロースは本当にいるらしい・・・・・・。白髭どころかそもそも髭すらもない、金髪の可愛らしいサンタクロースが。
「我妻・・・・・・善逸・・・・・・」
俺は震える手でカップの蓋を取るとマジックで書かれた少し癖のある字を指先でなぞる。まさかこんなことが起こるなんて思ってなかった。本当に昨日まで、いや、ほんの10分前の俺は心の中を占める人に二度と会えないのかと悲嘆に暮れていたんだ。
なのに、それなのに、俺の手の中には最高のプレゼントがある。これは絶対に俺の人生を幸福に導くプレゼントだ。脳内で『期待しています』とい善逸君の声がリピートされている。期待・・・・・・期待・・・・・・期待しててくれ!!気が早いかもしれないが、絶対に君を幸せにすると誓うぞ!!
俺はまるで子供の頃のようにサンタクロースからの素敵なプレゼントに大きなガッツポーズをした。
バレンタイン編
ゴロリとベッドに転がりながら俺はスマホを睨みつけた。スマホには25日に浮かれて取った駅前のクリスマスツリーの写真が写っていて、その上でデジタル時計は日時を《1月3日 金曜日 10:35》と表示している。
俺はドキドキしながらメッセージアプリを開くとハァーと息を吐いてから文字を入力していく。
「えっと・・・・・・こ、ん、ど、いっしょに、えーと・・・・・・三ヶ日過ぎても初詣って行っていいのかな?ううーん・・・・・・。でも、遊びに行きませんかって高校生が大学生と何して遊ぶの?」
俺はどうしよう、どうしようとぶつぶつ言いながらトークページを見つめる。そのトークページのヘッダーには《竈門炭治郎》と書かれていて、そしてトークページの最後の吹き出しには《おやすみなさい。また来年》と書かれている。俺はこれに気がついたのが新年入ってからだったので、何のメッセージも送れずに今日まで至っている。
なんで気がついた段階で《明けましておめでとうございます》と送らなかったのか分からない。いや、だっておやすみなさいって言ってるからきっと眠ったんだろうな。夜の2時に送るのは迷惑だよな、なんて思って兄貴の運転する車で家族3人で初日の出見に行って、帰ってきて寝て、起きたら昼過ぎに雑煮食ったりなんなりしてたらあっという間に夜になってて、完全に送るタイミングを逃したんだよね。今更感あるかな。どうしよう。
「うわっ!!」
グルグルと考え込んでいるその時、ブブブブブと震えてスマホの画面に大きく《竈門炭治郎》と表示されている。俺はヤバイ!!と思いながらも親指はスッと通話へとスライドし、そして表示された《0:01》に慌てて耳に当てる。
「も、もしもしィ!?」
裏返った声に恥ずかしい死にたいと思うけどどうにもならない。俺はカァーッと頬が熱くなり、手が震えながらもスマホに耳をつけ続けた。すると電話の向こうから《あ、善逸君?明けましておめでとう!》と脳髄に来るくらいいい声が聞こえてきて、思わず「ハァン」なんて声を出して崩れ落ちそうで慌てて口元を押さえた。そして三秒くらい経ってから絞り出すように「明けましておめでとうございましゅ・・・・・・」と呟く。再び死にたい。
《んんっ・・・・・・!!ごめん、咽せてしまった。えっと、いま電話大丈夫かな?》
「はい、大丈夫です・・・・・・」
俺は思わずベッドに正座をしつつ、やや俯きがちになる。ドキドキという音がこめかみにめちゃくちゃ響いていて、電話越しに伝わってしまわないか怖くなる。けど連絡くれたことが純粋に嬉しくて、俺はバタバタと手足を動かしたくなるのを必死に堪えた。
《良かった!実は学業で有名な神社の話を聞いたんだ!俺の妹が今年中三だから御守りと絵馬を買いに行きたくて・・・・・・その、善逸君も来年三年生だろう?良かったら一緒に行かないか?》
「えっ!?いいんですか!?行きます!!めちゃくちゃ行きます!!」
《そうか!じゃあいつにしようか。学校始まる前がいいよな?》
「いつでも暇です!!」
《それなら・・・・・・明日とかどうだろうか?》
「大丈夫です!!」
俺はふわふわとした頭で、耳に入ってくるいい声に「はい、はい」とそればっかり繰り返した。えっ、待って?本当に?本当に?本当に一緒に出掛けるの?しかも明日?えっ?これ夢じゃないの?
《それじゃあ、◯◯駅の改札で待ってるね》
「はい・・・・・・」
《善逸君・・・・・・その・・・・・・また明日》
「はい・・・・・・」
俺はぷつりと切れた電話に、まさに感無量で大きい息を吐く。電話、電話してしまった!!初めて電話した!!クリスマスイブの夜にメッセージが来て、細々とやり取りをし続けて、今日!!ようやく!!電話でお話ししちゃったよ!!
「うわあああああああー!!嘘でしょ!?嘘すぎない!?」
俺は感極まってベッドに横たわるとバタバタと足を動かした。朝起きて捲りっぱなしだった布団が跳ね上がり、下にずり落ちるがそんなのどうでもいい。俺はベッドから転がり落ちる勢いで降りると部屋の中をジャンプしたりスクワットしたり、とてもじゃないがジッとしてられない。隣の部屋にいる兄貴がウルセェと言わんばかりに壁を蹴っ飛ばしてるが俺は歓喜に満ちているのでどうでもいい。
嬉しい。嬉しい嬉しい!!デート!?これってデートじゃないの!?違うの!?男同士はデートって言わないのかな!?でもほら、俺たち友達かって言われるとよく分かんないし、デートじゃないの!?友達未満恋人未満って感じで・・・・・・いやそれただの知り合い!!
俺がハアハアと息切れしているとピコンっという音がして、慌てて握ったままだったスマホを見た。スマホの通知には竈門さんからのメッセージが表示されていて、《明日、楽しみにしてる》とあった。
「はあああああああ!!好きっ!!」
俺はぎゅーっと痛くなる胸にときめきで死んでしまわないかと思いなが息も絶え絶えにメッセージ欄を開き、いつものようにスタンプ欄を開いてーーー♡を咥えた雀のスタンプを押そうとして、慌てて指を離した。
「危ねえ!!こんなスタンプ押したら・・・・・・す、好きってバレちゃう・・・・・・かも・・・・・・」
俺はそう思って慌ててスタンプ欄の中を見てみるが、思ったより使えるスタンプがない。お気に入りの雀スタンプは女子受け狙って買ったやつだから可愛い感じなんだ。こんなの送ったら気があるって思われないかな?いや、気はあるんだけど、相変わらず竈門さんは何目的で俺に声掛けてきたのか分からないから不用意に引かれるようなことはしたくない。
「う、うーん・・・・・・あとはネタ用のばっかりなんだよなぁ・・・・・・」
友達の伊之助とゲラゲラ笑って買ったネタ用のスタンプを見ながら、俺はどうしようと頭を悩ませる。しかしあまり時間はない。既読マークをつけてしまったからモタモタしているのは良くない。しょうがない。ここはスタンプではなく文字で送ろうとメッセージ欄を開くが・・・・・・なんて送れば正解なんだ?引かれずに、匂わせでもなく、友達未満の奴が歳上の人に送る適切な言葉・・・・・・わ、分からねぇ。どうすりゃいいのさ。
結局散々悩んだ結果、俺は《はい》と実に素っ気ない文章を一言だけ送り、それもねぇだろ俺・・・・・・と自分のあまりの不出来に死んだ。
****
俺は駅の改札の前に立ち、吹き荒ぶ風に身を晒しながら「今日はいい日だなあ」なんて身はともかくとして、心はぽっかぽかだ。何しろ今日は念願の善逸君との初めてのデートだ。別に付き合っているわけではないが、俺的にはデートである。ここは譲れない。
クリスマスに善逸君からまさかの連絡先を貰って、仕事終わりのバッグヤードでメッセージを送り、そこから親交を温めること約10日間。ようやく俺は二人きりで出掛けることにこじつけたのだ。
彼に出会って数ヶ月。まさか本当にこんな日が来るとはとしみじみと感動してしまう。しかも昨日は初めての通話をしてしまった。変な風にメッセージが途切れていたから、俺からまたメッセージを送るのは良くないかと迷い、しかしあまりモタモタしてると冬休みが明けてしまう。俺は1月のテストが終われば春休みに突入だけど善逸君は3月まで授業がある。となればこの冬休み中にもう少し仲良くなっておきたい。少なくとも放課後に顔が見れるくらいの仲になりたいっ!!
しかし高校生に遊ぼうと誘うのはどうなのかと戸惑われる。友達いないのかと思われるのは・・・・・・ちょっと嫌だ。見栄だと分かっているが、善逸君に格好悪いところは見られたくない。高校の頃の友達がやたらに彼女や好きな子に見栄を張る態度が不思議だったが・・・・・・今なら分かる!!好きな子には格好いいって思われたい!!
ということで誘いたいけど理由が悩んでいたんだが、恋愛初心者の俺に経験豊富な母ちゃんが救いの手を伸ばしてくれた。曰く「相手が学生さんなら学業成就の神社に誘えばいいじゃない。ついでに禰豆子の祈願もしてきて頂戴よ」とのことだった。
その言葉になるほど!!と俺は思い、急いで部屋で電話をかけたわけなんだが・・・・・・耳元で聞く善逸君の声音もヤバかったし、緊張しているのか声が裏返ったり噛んだりするのが可愛いくて死ぬかと思ったぞ。心臓が高鳴り過ぎて心不全を起こすか思った。高校生の時に俺はあんなに可愛かっただろうか?あんなに可愛いとか高校生男子として大丈夫なのだろうか?心配になる。
そんなことを思って心中であーとかうーとか唸っているとトントンっと肩を叩かれて意識が引き戻る。ふっとそちらに目をやると、俺のコートにからそろそろと手が離れていくのが見える。そしてその手の持ち主は寒さからなのか、それとも他の理由があるのか真っ赤な頬ではにかんだように笑っていた。
「竈門、さん。おはようございます」
「おはよう善逸君!今日は来てくれてありがとう!」
本当に来てくれたという感動にじーんっと胸が震える。善逸君はきょろりと目線を動かしてから俺を見上げるとふふっと口元を緩ませて首を振った。うっ可愛らしいっ・・・・・・!えっ、なんだこの生き物・・・・・・可愛すぎやしないか・・・・・・?
「あの、竈門さん・・・・・・?」
「あっ、うん!行こうか!こっちだぞ!」
「はい」
二人で連れ立って、駅から続いている人波になんとなく乗る。おそらく周りの人たちも俺たちと同じように神社に行くのだろう。見渡すと高校生らしき集団や中学生くらいの子を連れた親子が歩いている。みんなそれなりに弾んだ会話をし、笑みを零しながら歩いているのが目に入り、俺は善逸君との会話をどうしたら良いのかと焦り始めた。
高校生の男の子にはどんな会話を振るのが正解なんだ?しまった全く考えてこなかった!!会えるのが嬉しくて、善逸君に早く会いたいななんて考えるばかりで当日はどう過ごすかなんて考えてなかった!!馬鹿か俺は!!
話題!可及的速やかに話題を模索しろ俺!!ええと、そうだ!知りたいことが沢山あるぞ!例えば善逸君の好物とか、好きな色とか好きな映画とか趣味とか主な休日の過ごし方とか洋服のサイズや靴のサイズとか指輪のサイズ・・・・・・は気が早すぎるっ!!流石にそれは飛ばしすぎだ!!まずはさりげなく趣味の話題でも振ってって・・・・・・まずい俺にこれといった趣味がない・・・・・・!!「竈門さんの趣味は?」って聞き返されたら答えに詰まる・・・・・・!!
「・・・・・・あの、竈門さん」
「はいっ!!」
「ひゃっ!!」
「ああっ!ごめんっ!大きな声出して・・・・・・」
「いや、大丈夫です。俺、小心者だからちょっとビックリしただけです・・・・・・ええと、その、竈門さんって大学生ですよね?大学ってどんなところですか?」
下から伺うように見てくる善逸君に思わず変な声が出そうになるが何とか平静を保つ。しかし話題を振ってくれて助かった。そうだよな。進路について考える頃だよな。偉いな。うんうん。
「大学かー。そうだなぁ、高校以上に自分でしっかり目的意識を持って勉強しないとあっという間に取り残されていくな。単位も自分で四年間でどうやって取っていくか計算して着実に取得してかないと落第もあり得るし」
「そっかー。竈門さんは何学部なんですか?」
「俺は経営学部だよ」
「学部はどうやって選んだの?あっ!えっと、選んだんですか・・・・・・?」
砕けた言葉から敬語に直した姿にキュウっと胸が縮む。可愛い。幼い言い方可愛い・・・・・・。
「敬語、無理して使わなくていいぞ」
「えっ!いや、でもそれは流石に・・・・・・」
「いいんだ。俺は君と仲良くなりたいから、敬語はいらない」
なるべく警戒心を持たれないようにと笑ってそう言えば、善逸君は潤んだ目で唇を噛むと一度ギュッと目を瞑って開くと小さく「うん・・・・・・」と言った。
「かっ・・・・・・!!」
「え?」
「いや!なんでもない!!あ!学部を選んだ理由だったな!えーと、それはだなぁ!!」
危ないかった・・・・・・。思わず可愛いと大絶叫するところだった。高校生男子ってこんなに可愛いのか!?嘘だろ!?俺が高校生の頃にこんな可愛い奴いなかったぞ!?だいたいは口悪くて仕草もガサツでまあ男だから当たり前だけど、上目遣いで見てくるなんて奴は間違いなくいなかった。いたとしても相当に不自然に感じただろうけど、善逸君のこのナチュラルさはなんなんだ!?俺の色眼鏡のせいなのか!?いやまあそうなんだろうけど、こんなに可愛いならその色眼鏡は永遠に取れそうになくていい!!
そんな浮ついたことを考えて歩いていたからか、俺は目の前にあった看板に気がつかず、ガンッと頭をぶつけた。「わあっ!大丈夫!?」と泣きそうな顔で言う善逸君が可愛すぎて全くもって頭が痛い。ちなみにぶつけたところは全く痛くなかった。
****
カランカランと音が鳴り、柏手が綺麗に打たれるのになんだかじーんっと胸がうち震える。だって好きな人と初詣って!!いやまあ、爺ちゃんと兄貴とすでに地元の神社には詣でてるから厳密にいうと初詣じゃないけど、この神社に来るのは初だから是非とも初詣と呼ばせてほしい。
俺が薄目を開けて左隣を見れば竈門さんが真剣な顔で参拝をしていて、なんかもう言葉に言い表せない感動がある。きっと今年受験生という妹さんの為に本当に真剣にお願いしているんだろう。なんて優しいお兄さんなんだ!!俺の兄貴なんて受験シーズンに風邪ひいた俺を大爆笑していたっていうのに!!
俺はもう神様にお願い事なんて忘れて、むしろここに神様いてくれてありがとう!!みたいな気持ちだ。あなたがここで祀られてなかったら今日、俺は竈門さんと初詣なんか来れてないかもしれない。本当に神様ありがとう!!菅原道真!!本当にありがとうございます!!あなたに感謝しています!!
「善逸君、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
長く感じた竈門さんの真剣な参拝姿も、本当は1分も掛かってないんだろう。けどカフェカウンターでカップを受け取るくらいしか接触がなかった俺には、じっと黙って竈門さんを見つめる1分なんてとても贅沢だ。はー、いいもん見た。本当に来た甲斐があったわ。
俺たちは後ろにも沢山並んでいるからとそそくさと本殿の順路を進む。すると導かれるようにお守りが売っている場所へと辿り着くわけだが、竈門さんが「こういったお守りを扱っている場所は授与所とか社務所って言うんだよ」と教えてくれて、俺はひとつ賢くなった。誰かに自慢したい。
竈門さんは妹さんへのお守りを買うらしく、俺に待たせるけどごめんなと断ってから人混みへと向かっていく。俺はその後ろ姿を見ながら、俺も一緒に行けば良かったかなと今更思って、なんとはなしにその人混みへと混じっていった。
しかしどうやら人混みの中で出来ていた列形成で竈門さんとは担当している人が違う場所に出てしまったようで、竈門さんは2つ向こうの巫女さんの前辺りにいた。失敗したなあ。やっぱり一緒に行けばよかった。
それでもまあ、折角だからと爺ちゃんと兄貴への交通安全のお守りを手に取る。それと自分用の学業のお守りを手に取って・・・・・・目に入ったネズミの値付けもひとつ買うことにした。
本当は絵馬も買って竈門さんの妹さんが受験うまくいくように祈願したいけど、そこまでする関係性ではないことは明白だ。引かれたら死ぬからできない。それに竈門さんがあんなに真剣にお願いしていたのだから、俺の祈願なんて雀の涙でしかないだろう。
「2500円をお納めください」
「はい」
2500円は高校生には結構キツイ。兄貴の買わなきゃ良かったかもさなんて思いながら人混みを出るとキョロキョロと辺りを見渡している竈門さんの背中が見えた。しまった、俺が待ってると思っていたのにいないからだろう。
「か、竈門さん!」
俺が呼びかけると竈門さんは急いで振り返り、そしたふにゃっと笑うと目に見えてホッとしたような顔をした。その表情に俺はぐさっと弓矢が胸に刺さったとマジで思った。この辺に天使飛んでんじゃない?神社だから宗派が違うけど飛んでない!?俺、竈門さんに恋に落ちたんだけど!?いや、落ち着け。もうとっくに恋に落ちてるだろ。
「良かった。その・・・・・・はぐれたかと思った」
「ごめんなさい。その、俺もお守り買おうかなって思って」
「いや、いいんだ。もう買えた?」
「うん。爺ちゃんと兄貴への交通安全のお守りと、俺の学業のお守りと・・・・・・あと、その・・・・・・この干支の値付」
「あっ!!」
「えっ!?」
突然声を上げた竈門さんに俺はびっくりして固まる。いきなりどうしたんだろうか、竈門さんは目を泳がせながら黙っているが、なんか今の中に驚くことあった?
「えと、どしたの?」
「・・・・・・いや・・・・・・その・・・・・・そうだ!!絵馬を買ったんだが・・・・・・そのマジックを忘れてしまった」
竈門さんはそう言うとお守りを売っている社務所の方を振り返った。きっとあそこで借りれるだろうけど、また戻るには人混みが凄い。そして絵馬の掛かっている辺りをみると、あちらも絵馬用のペンを置いているのだろう、結構な人混みだ。
「また並ばなくちゃいけないな」
「あ。俺、マジックありますよ」
俺はふといつも鞄にペンケース入れっぱなしなのを思い出した。背負っていたスッカスカなリュックを下ろすと中からペンケースを取り出してジッパーを引いた。
「はい、どうぞ」
「ごめん、ありがとう」
竈門さんはニコッと笑うとマジックのキャップを外して絵馬を書き出した。少し眉を寄せているのに、本当に妹さんの合格を想っているんだなあと中身を見てもいないのによく分かる。
しっかし、スタイルのいい人だな。何センチくらいある?180センチ近くないか?いいなぁ。俺ももっと身長伸びないかな。せめて170センチはいきたい。あと1センチなんだよなぁ。
「よし!絵馬、掛けてくるな。マジックありがとう!ちょっとだけ待っててくれ!!」
竈門さんはそう言って絵馬が連なっている方へと走っていこうとして、俺はまたもや置いていかれてしまうと思い慌ててその手を掴んだ。
「竈門さん!!」
「はっ!?えっ!?」
「いや、急がなくてもいいよ・・・・・・。その、俺も一緒にいくんで・・・・・・」
だって二人で来てるのに一人で待つのなんて寂しいじゃないか。それに折角、竈門さんといられるのだ。一緒にいられる時間は多い方が・・・・・・こう、嬉しい。けどそんなこと言える訳もないので、俺は「ほら、行きましょう!」と竈門さんの腕を離し、代わりに背を押した。
お願いだから振り向かないで欲しい。咄嗟に手を掴んでしまい、思ったより高い体温だなとか初めて手を触っちゃったとか考えちゃって絶対に顔が赤い。恥ずかしい。見ないで欲しい。
そんな事を考えていたら、視界の端をちらりと舞ったものに「あっ」と顔を上げた。竈門さんも気がついたらしく、俺と同じように上を見上げる。
「わ、雪だ」
「本当だ。初雪だなぁ」
なるほど吐く息が白いわけだと思いながら、チラチラと降っていた雪は絵馬を掛ける時にはどんどん勢いを増し始めていた。今のところはまだ落ちたらすぐ溶けるという感じだが、空の雲は思ったより厚そうだ。
「・・・・・・今日はもう帰ろうか。雪が酷くなったら大変だし、雨に変わっても寒くなるからな」
「そうだね・・・・・・」
残念だなぁ。俺はハアッと息を手指に吐き掛けた。雪が降るくらい気温が下がっているんだ。当然、寒い。
出掛ける時にこれから竈門さんと会うのだと思って浮かれてて、手袋持ってくるのすっかり忘れたんだよね。まじで数時間前の俺よいい加減にしてくれと思っていると竈門さんが「それじゃあ行こうか」と言って歩き出した。俺もそれに倣って竈門さんの少しだけ後ろを歩く。ちょっと横に並ぶのは恐れ多くてできないし、こうして少し後ろからだと竈門さんがよく見えるから。
俺は息を手に吐き掛けると、袖ぐりから見える腕時計に目をやった。なんと待ち合わせからまだ1時間半くらいしか経っていない。本当ならこの後、お昼でも食べようと行きに話してたんだけど・・・・・・天候はどうしようもない。すっごい悔しいけど。
だって俺、すごい楽しみだったんだ。勿論、めちゃくちゃ緊張してたし待ち合わせ場所に行くまでに心臓破裂するんじゃないかとちょっと不安だったけど改札のところに竈門さんいたらそんな不安とか緊張とか全部吹き飛んで、足が宙に浮いてんじゃないかってくらい感覚がふわふわして・・・・・・あー・・・・・・正直言ってどんな話したのか曖昧だわ。いや、会話内容は分かってる。大学1年生で、経営学部で、経営学部を選んだのは将来実家のパン屋さんを継ぐからで。ほら覚えてるだろ?覚えてるんだけどさー。こう、フィルターごしに見ているというか映画を見ていた気分というか。
「結構降ってきたなあ。夜も止まなかったら明日は積もるかもしれない」
「ううっ・・・・・・明日も休みでよかった・・・・・・!」
「善逸君は学校は電車なのか?」
「ううん、自転車なんだあ。だから雪は困るんですよね。バスは時間かかるし・・・・・・」
俺は手に息をハァーっと吐き掛けてすり合わせた。そうして少しでも暖を取ろうと袖の中に手を入れようと袖の裾を摘んで肘を中で縮める。すると竈門さんが俺の手をそっと握った。
えっと思って竈門さんを見上げると竈門さんはこれでもかっていうくらいに真っ赤な顔で、それこそ耳まで真っ赤だった。
「・・・・・・その、寒そうだなって思って・・・・・・俺、体温高いから・・・・・・!!」
「は、はひ・・・・・・」
俺はぎゅうと握られる手にろくな言葉も紡げない。ただ、掴まれた手から本当に熱が分け与えられたのか?がカッカっと熱く、手指の冷たさなんてどこかへ吹き飛んでしまった。
嘘でしょ。えっ?手を繋いでんの?俺と?竈門さんが?なんで?えっえっ、俺、手汗かいてない!?大丈夫!?びっちょびちょになってない!?大丈夫!?俺、17年間生きてきて好きな人と手を繋ぐとか初めてじゃない!?えっ?なんで手を繋いでんの?あ、寒そうだから?俺が手に息吐いて擦ってたから?手袋つけてなかったから?手袋を忘れた今朝の俺をマジリスペクトするわ・・・・・・。サンキュー今朝の俺!!間抜けな俺を褒め称えるわ!!
俺は勇気を出して繋がっている手を握り返すと神社へ向かった行きと同じようにふわふわとした足取りで駅へと歩いた。視界を遮る雪がチラチラチラチラチラチラしてて、現実感をより俺から奪っていく。まるで夢の中を歩いているような心地で、けど握られた手は熱くてそれが辛うじてこれが夢ではないと俺に教えてくれる。
えっ、というか夢じゃないのか。俺は本当に竈門さんと・・・・・・好きな人と手を繋いでるのか。竈門さんに優しく先導されるように手を引いてもらって、こうして電車に乗ってるのか。ああ、こんなことってマジであるんだな。
俺はぼんやりと窓の外を見ながら、竈門さんと繋がっている右手をほんの少し握ったり緩めたりする。温かくて、柔らかくて、大きな手に安心してしまっていつまでも繋がっていたいくらいだ。けれどまあ、そんな幸せはいつまでも続くわけなくて。俺は電車のアナウンスで告げられた次の駅名にハッと意識を取り戻した。
「ヤバイ!!次、降りる駅だ!!竈門さん!!」
「あ!うん?降りる駅か!?」
俺たちは電車内というのもすっかり抜け落ち、少々大きな声をお互いとも上げてしまい慌てて口を噤んだ。しかし俺にはあまりモタモタしてる暇はない。現に電車はスピードを緩め始めていて、ホームに着いたら俺は竈門さんと今日はサヨナラなのだ。
「あ、あの。今日はありがとうございました!」
「いや、俺のほうこそ付き合ってもらえて助かった!ありがとう!」
俺はワタワタとしながらリュックを開けると中に入れていた神社の袋を手探りで探す。指先の感覚で分かる感触にこれだと思うと取り出した。電車はもうホームに入っていて今にも止まりそう。
「いや!俺のほうこそ・・・・・・あの!これ!なんか、その、記念的なものです!貰って下さい!!それじゃあまた!!」
「えっ!あっ!善逸君!」
俺はネズミの値付けを竈門さんの手に捻じ込むと、開いた扉から飛び降りた。するとそこそこ大きい駅なので俺と同じように降りる人たちの波に乗ってあっという間にホームの真ん中まで移動してしまう。
そして振り返れば今度は電車に乗る人達の波で電車の中は伺えず、プシューという音とともに扉は閉まり、電車は雪の降る中、滑るように走っていった。窓からも竈門さんの姿はかけらも見えず、少し残念な気持ちになったけど、右手にはまだ竈門さんの体温が残ってる気がして口元に手を・・・・・・。
「恥っず・・・・・・!乙女か俺は・・・・・・!!」
俺は口元に持っていきかけた手を下ろすと肩を下ろして息を吐いた。すると寒さで背筋が震える。雪もどんどん強くなっているし、早めに帰らなければ、家に着く頃にはびしょびしょだ。
俺はすっかり人が少なくなったホームで、竈門さんが乗っていた電車が走っていた方向を少しだけ見つめると、雪で転ばないようにとゆっくりとした足取りでエスカレーターの方へと向かった。
****
正月明けの気怠さゆえか、それとも土曜日であるからか、俺の取っている授業の教室には人があまりいない。まあ補講であるし、この授業はテストで教科書持ち込み可なのでそれもあって受けにくる人が少ないのかもしれない。
俺はまばらな人達を見ながら「前期の始まりの時にはあんなに人が多かったのに・・・・・・」と1年も経てば人は様変わりするものだと納得する。
そういえば後ろの方に座っていた前期によく話しかけてきた女子学生も春は黒髪だったのに今ではすっかり茶色だ。彼氏らしき男子学生や友達たちと一緒に楽しそうにしている。他を伺ってもあちこちにグループを作っていて、1人で座っている生徒は割と少ない。
俺はサークルには入っておらず、平日はなるべく家の手伝いをする様にしているし、土日はバイトを入れることが多いから実は大学であまり友人がいない。そのため俺の周りにはあまり人はいないがそれを特に寂しいとは思わない。
俺には心から信頼して愛する家族がいるし、少ないとはいえ優しい友人もいるのだ何も不満じゃない。そしてそれに加えて、今の俺には・・・・・・ふふふ。なによりも心を満たす存在がある。
俺は思わず口元が緩ませながら、スマートフォンのケースに取り付けているネズミの根付を撫でる。ちりめんで作られたそのネズミは雪兎のように丸いフォルムをしていて、腹と耳の部分に黄色地に鱗柄が施された布が縫い付けられている可愛らしいものだ。
この値付けは俺が想いを寄せる相手・・・・・・善逸君から、初詣の別れ際に渡されたものだ。ドタバタとした別れ際だったから直接はお礼を言えなかったが、帰ってから嬉しかったと善逸君に電話でお礼をした。その際にはありがとう、こちらこそというお礼合戦のようになってしまい結局は夕飯に呼ばれるまで電話は切れなかった。
可愛い。可愛かった。まさか別れ際に記念になんて言って贈り物をくれるとは思わなかった。少し不安そうにしながら寄越されたこのネズミの値付けは俺の宝物だ。暫定1位・・・・・・いや、2位か?善逸君が始めてくれた連絡先が書かれたカップの蓋が1位か?いやあれは殿堂入りでもいいかも・・・・・・じゃあやっぱりこれが1位・・・・・・。
そんな事を教室の机で頬杖をつきながら考えていると、ドスンと重たそうな音が真横からして顔をあげた。顔を上げると体格がよく長髪モヒカンの強面の男・・・・・・不死川玄弥が立っている。玄弥はギロリと俺を見やると「よう」と一言だした。
「おはよう玄弥。荷物すごいな」
「まあな。今日は図書館でテスト勉強してから帰ろうと思ってさ。やっぱチビどもいると中々集中できねーし」
溜息をつく玄弥に俺はは分かる分かると頷いた。俺も玄弥も兄弟が多い大家族だ。俺は長男、玄弥は次男であるがどちらも兄弟の中では年高で、自然と下の面倒をみる。だから実家に住んでいた時は「兄ちゃんと遊んで欲しいな」という視線にやられてついつい一緒に遊んでしまい、俺は禰豆子に、玄弥は実弥さんに、弟妹に付き合って遊ぶなと叱られてしまうのだ。
「俺も今日はバイトないし、図書館でテスト用の小論文を纏めようと思ってるから一緒にやろう」
「ああー・・・・・・あれか。いいぜ」
俺は経営学部、玄弥は経済学部であるがまだ1年生のため必修が多く被っている。前期のテストも、お互いにわからない所とか補えるので二人で勉強するのは効率的だった。今回も小論文の添削を頼もう。
俺は玄弥と話している間もちょいちょいと根付を撫でていたが、それに玄弥が気が付きすっと根付を指差すと言った。
「それ、例の高校生にもらったのか?」
「えっ!?なんで分かるんだ!?」
「なんでって・・・・・・お前年明けに初詣一緒に行くって言ってただろ。さっきも惚けた顔でそれ見てたし、ちょっと考えれば分かるだろ」
玄弥の言葉になるほどと思い、そしてそんなに惚けた顔をしていたのかと恥ずかしくなる。しかし玄弥は揶揄うこともせずに鞄から教科書とノートを出していく。
玄弥には確かに10月半ばから善逸君を好きになった事を話してはいた。最初は男子高校生を好きになってしまったことを伝えるのは良いのかと躊躇われたが、何しろ幼稚園の初恋以来の恋だ。俺はもう善逸君のどこが好きとか言いたくて言いたくて堪らなかった。毎週土曜日の善逸君を誰かに言いたくて堪らなかった。
それが我慢できずに玄弥に吐露すれば、玄弥は呆れた顔をして「思春期の中学生男子かよ・・・・・・」と言いながらも俺の『善逸君の可愛かった話』を辛抱強く聴いてくれた。特別何かをアドバイスされることもなかったが、俺は聞いてくれるだけで十分だったしそもそもその時には連絡先を渡しまくるアクションを取っていたからな。玄弥も好きにさせてくれて、見守っていてくれたんだろう。全くいい友人を持ったものだ。
「実は別れ際に記念にってくれたんだ」
「へえ、良かったな。なかなか上手く言ってんじゃないか?」
玄弥の言葉にそうだといいなと俺は初詣の日を振り返って思い出した。あの日は途中から雪が降ってきてしまい、一緒にお昼を食べる予定が頓挫したが・・・・・・手袋を持っていなかったらしい善逸君の手を握って歩けたのは本当に良かった。
振り解かれたらと少し怖かったけど、善逸君はそんなことせずに握り返してくれて・・・・・・しかもこうして記念の贈り物をくれて・・・・・・と、そこまで記憶を振り返って俺はがくりと机に突っ伏した。
「なんだよ。どうした?」
玄弥の訝しむ声に俺は机に?をつけながら玄弥の方に顔を向けた。僅かに心配したような顔をする玄弥に訳を話そうと鞄に手を入れると目当てのものを取り出した。
「・・・・・・俺も記念に何か渡したくて買ったんだが・・・・・・別れ際がバタついて渡せなかったんだ」
そう言って俺が鞄から出したのは善逸君から貰ったものと同じくネズミの値付けだった。違いは縫い付けられている布部分で、こちらは黒と緑の市松模様だ。そのネズミの値付けは台紙に収まったまま綺麗にビニールにかけられている状態でまだ封は切られていない。
「お前らお揃いで買ったのか?買ってすぐに渡せば良かっただろ」
「いやそれが、バラバラに買いに行ってしまって・・・・・・。買い終わってからネズミの値付けを買ったと見せてもらったから・・・・・・被ってしまったと思ってその時は渡せなくて・・・・・・!!」
「ああ。自分用に買ったのかと思って渡せなかったのか」
そうなのだ。実はこの値付けを見た時に善逸君に贈ろうと思って買ったのだが・・・・・・合流した善逸君が同じ根付を買っていたから渡せなかったんだ。だって色柄が違っていたから、気に入ったものを買ったのかなって思ってしまって・・・・・・しかしそれは実際には俺に寄越されることになったわけだから・・・・・・あの時、怖気づかずに同じ根付を買った事を言えば良かったんだ。そうしたらお互いに交換できただろうに。
「次会った時に渡せばいいだろ」
「う、うーん。そうなんだが・・・・・・。次の誘いの口実がなかなか・・・・・・」
この前はタイミング的に正月だったから初詣に誘いやすかったが、今は何を口実にすればいいのか分からない。
「普通に『会いたい』でいいんじゃないのか?」
「えっ!?い、いいのか?引かれないか?」
不安そうに言う俺に玄弥は呆れたような顔をした。そして「脈がなけりゃ最初に連絡先渡した段階でフェードアウトされてるに決まってんだろ。男子高校生に連絡先をしつこく渡す大学生の野郎とか普通なら怖すぎだ」
玄弥の言葉に俺は凹むがすぐに持ち直した。善逸君は引いてない。フェードアウトしてない。つまり脈ありということだ。
そうとなれば『会いたい』と積極的にアプローチを掛けるべきだろう。俺はお友達のままでは我慢できない!!善逸君を抱きしめたいし、キスをしたいし、色んなところにも触りたい!!誰も触ったことがないような場所を見て、触って、そこに触れられるのは俺だけという関係になりたい!
高校生に抱くには少々不適切な感情かもしれないが、俺だって去年は高校生だったんだ!!しかし高校生3年生と高校1年生なら違和感がないのに、大学1年生と高校2年生だと途端に危なく感じるのは何故なのか・・・・・・。
そんな風に思いながらスマホのメッセージアプリを開こうと思った瞬間、ピコンっとメッセージ通知が届いた。それには『我妻善逸』と書かれていて、俺は慌ててメッセージアプリを開く。
《いるかなーと思ってお店に入ったみたんだけど・・・・・・竈門さんは今日はバイトお休みだったんですね。ちょっと残念。でも新作のサンド美味しいです》
そのメッセージに俺はガタッと立ち上がったが、すぐに予鈴が鳴り慌てて腰を下ろす。しかしまだ先生は来ていないし、そもそもこの授業は持ち込み可だし出席も取らないしと俺は立ち上がりかけたり座りかけたりと葛藤した。
「何やってんだ?」
変なものを見ような目を向ける玄弥に俺が「善逸君がバイト先に来てる・・・・・・!!」と言うと玄弥はなるほどと言うように頷いた。
「ノートはコピーしてやるから行ってこいよ」
「玄弥・・・・・・!ありがとう!!」
俺は今度こそ立ち上がると鞄に教科書とノート、ペンケースを放り込むとコートを引っ掴んで教室から飛びだした。その瞬間に廊下を歩いていた教授と出会してぶつかりそうになり、慌てて避ける。教授に「すみません!!」と一言叫んで俺は走りながらスマホを操作した。
大学から駅まで走って5分、そこから電車で3駅、バイトの最寄駅からさらに走って5分。30分もあれば着くが・・・・・・念には念を入れて俺は善逸君に『店でちょっと待っててほしい』とメッセージを送り、スマホを落とさないようにコートのポケットにしまうと全速力で校内を駆けた。
****
その日、カフェに行こうと思ったのは隣町の図書館に行くついでにお昼ご飯を食べようと思ったからで、まあ確かに昼ごはんを食べるには10時半と随分早い時間だったけど俺は竈門さんのバイト先であるカフェに顔を出した。
しかし土曜日の10時以降ならバイトにいるはずの竈門さんはおらず、店内を見渡してもその姿がなくて蝶の髪飾りをつけたべらぼうにお美しい女性店員さんに「竈門君なら今日は大学があるからお休みですよ」と言われて俺は露骨に恥ずかしながらも残念なため息が出てしまった。女性店員さんは「うふふ♡」と笑ってカフェラテと新作サンドを渡してくれたが、よく考えると何であの人は俺が竈門さん探してたのが分かったんだろうか・・・・・・。ちょっとその辺は考えたくない。
俺は新作のパストラミのハーブサンドを齧るとポチポチと竈門さんにメッセージを送った。俺は今日はたまたま学校休みだけど、大学でも土曜日に授業あるんだなと思いながらサンドイッチを再び齧る。うん、美味しい。
それにしても・・・・・・ちょっとさっき送ったメッセージは露骨だったかもしれないと俺はソワソワする。ちょっと残念とか、何だよこれ。彼女気取りか?彼氏のバイト先に内緒で行ってみたけど彼氏はその日いなくて残念っていう彼女なのか?
俺はしくじったかもと思いながらサンドイッチを黙々と食べる。今日は図書館で勉強するっていう目的があるから早くお店出なくちゃ。断じて竈門さんがいないからとか、女性店員さんの生温かい眼差しが恥ずかしいからとかではない。
そう考えながらサンドイッチを早々に食べ終わり、カフェラテも持ち帰り用にしてもらってたし・・・・・・図書館に持って行こうかな。なんて考えながら伊之助からのメッセージに気がついて返信しようとスマホを操作する。
なんか遊べって言ってるな・・・・・・。どうするかな。勉強するつもりだったけど、遊ぼうって言われると遊びたくなってくるし、相手は伊之助だからなあ。機嫌損ねると面倒くさい。じゃあ、まあ、遊ぶかな。
俺は伊之助に雀がパタパタハートを飛ばすOKサインのスタンプを押した瞬間、ブブッと通知が届いた。画面上部に出てる通知のバナーに思わず立ち上がりかけて椅子を動かしてしまう。
か、竈門さんからメッセージ来た・・・・・・!えっ!?えっ!?待って!?『店でちょっと待っててほしい』ってあるんだけど!?ちょっとってどれくらい!?5時間くらい待てば大丈夫かな?いやいや、大学はどうしたの!?
俺はちょっとってどれくらいだろうかと、聞いた方がいいかなとか、飲み物お代わりして待った方がいいかなとソワソワしてたら、カウンター席の目の前に広がるウインドウにダウンジャケットを着たイケメンが走り込んできた。
やだっ!イケメンっ!!って竈門さんじゃーん!!なんて考える余裕なんてもちろんなくて、俺はガラス越しに目があった竈門さんが嬉しそうに笑みを作るのに惚けて見惚れてしまう。
竈門さんは口パクで「ちょっと待っててくれ(多分)」と言うと店に入ってきて、カウンターで珈琲を買ってから俺の隣にやってきた。竈門さんに座られる時にギシッと鳴ったスツールに俺はなりたい。
「おはよう。今日は何かあったのか?家はこっちじゃないだろ?」
「えと、おはよう竈門さん。今日は図書館行こうと思って。こっちの図書館大きいから自習スペースいっぱいあるから」
まあ、使うの初めてなんだけど大きいのは兄貴が大学受験の時によく使ってたから知ってる。
「図書館・・・・・・勉強するのか?」
「うん。もうすぐ外部の模試あるし」
俺がそう言うと、竈門さんは「そうか・・・・・・」と言って少し黙って考え込みながら紙カップを口につけて一口飲む。珈琲を飲む横顔だけで格好いいとか凄いななんて考えてたら、竈門さんはカップを置いて俺を振り返るともの凄く真剣な顔でーー。
***
俺、今日は幸福を使いすぎて帰りにトラックに轢かれて死ぬじゃなかろうか?いや、俺を轢いた人トラックの運転手が可哀想だな。業務上過失致死になってしまう。じゃあ隕石が落ちてきてぶつかるがいいかな。いやいや、地表に届く隕石ってレベルは周りにどれくらいの被害があるのか分からないな。それにどこでぶつかるかにもよるけど、俺に隕石がぶつかった瞬間を見た人はトラウマになるだろう。だってほら、頭に当たったとしたらトマトみたいにならない?グチャって。俺はそんな場面に絶対に居合わせたくない。トマト食えなくなる。じゃあ何?何なら問題ないの?あ、心不全とかか!?心不全とかなら見た目もそんなに悪くないんじゃない?うん、そうだな!心不全がいい!!
「善逸くん?何か分からなところあったのか?」
「ファッ・・・・・・!」
俺は耳元で話しかけられてびくりと肩を跳ねる。声が・・・・・・!!声がいいのよ・・・・・・!!
「え、えと、ここの問題・・・・・・」
「ああ。これか。これは確か公式が・・・・・・」
ろくでもない事を考えてましたなんて言えずに、苦し紛れに目の前の問題を指し示すと竈門さんは優しい声でもって、肩と顔を寄せてくる。するとほんの少しだけ汗のような匂いがして、竈門さんも男なんだなぁなんて思う。女の子ならやっぱいい匂いするけど野郎だもんね。あとここちょっと熱いし。
図書館の中は暖房が効いてて、俺もセーター着てるからちょっと汗ばんでるかも。竈門さんに臭いって思われてないかな?俺は竈門さんからちょっと汗の匂いがするの・・・・・・こう、逆に興奮するっていうか・・・・・・いや何を考えてんだ変態かよ俺は!!
「で、答えが出るんだが・・・・・・どう?大丈夫かな?」
「大丈夫です!!」
めっちゃ擬音だらけで分からなかったけど、使う公式を書いてくれたから何とかなるだろう。俺がいい子の返事をすると竈門さんは嬉しそうに照れ臭そうに笑って、俺の心臓が一気に縮んで痛む。やばい、本当に今日俺は心不全で死んでしまうかも。
俺と竈門さんがいたのは図書館だ。だがただの図書館と侮るがなかれ!!なんと竈門さんが通ってる大学の図書館だ!!カフェであの後、竈門さんに図書館に行くなら一緒に勉強しないかと誘われたので俺はノコノコとついて来たわけだが・・・・・・竈門さんの大学の図書館は一般開放されていて、結構大きい。しかもグループ学習できるようにと会話OKな部屋もあって、予約すれば小さな会議室みたいなところもグループで使えるらしいんだけどテスト前だから予約いっぱいらしくて、俺と竈門さんはフリースペースとなってる学習室へとやってきたわけだ。
あちこちで少人数で勉強している人達がいて、大学生ってこんな感じなんだとドキドキしてると竈門さんが周りから見えにくい柱の奥の方に俺を座らせてくれた。正直言ってありがたい。だって俺、高校の制服なんだもん。
今朝は委員会の鬼教師に呼び出されて朝から雑務をこなす羽目になったんだよね。あの鬼の冨岡は本当にちょっと、鮭に小骨がたくさんついていてほしい。それくらいの不運に見舞われてほしい。こちとら朝早く起きて制服に着替えて電車に乗って、そんでお知らせのプリント作りってどういう事なの?それくらい自分でできるようになって?
まあ、そういう訳で流石に高校の制服は目立つわ。大学に入った段階であちらこちらから目線が飛んできたし・・・・・・それに・・・・・・。
「竈門く~ん!おはよ♡♡」
「ああ、おはよう」
「こっちの自習室にいるの珍しいね?って・・・・・・あれれぇ?その子、高校生?一緒にいるの気がつかなかった?」
これなんですわー。気がつかなかったなんて嘘だろ。お姉さん、俺たちが見える3つ離れたテーブルにいたじゃん!!めっちゃこっち見て、俺と竈門さん見てから来たじゃん!!
「え?え?なになに?竈門くんの弟さん?」
「いや、違う」
「だよね?だよね?髪の毛綺麗な金髪だもんね。そういえば竈門くんは染めたりしてるの?毛先が赤っぽいよね?!綺麗な色だと思ってたんだぁ?」
俺の話題かと思いきやすかさず竈門さんに話題ズラしたな。めっちゃ露骨!!あとその話題ですけど、2人前の人もおんなじ事を言ってましたよ!!もう少し、ウィットに富んだことを言ってくれ!!飽きるわ!!
「いや、染めてない。産まれつきなんだ」
「そうなんだぁ!産まれつきってことは家族もみんな赤っぽいの?」
そう言いながら一瞬だけチラリと俺を見たお姉さんから、俺はテレパシーを受け取った。『席外して欲しいなぁ?』である。
俺は可愛らしいお姉さんの圧に負けてガタリと席を立った。それに竈門さんが反応して俺の手をがしりと掴んでくる。びっくりして振り返れば、竈門さんはまるで捨てられた子犬みたいな顔をしていた。
「どこ行くんだ?」
「あ、えと・・・・・・友達にちょっと連絡を・・・・・・」
そう言った瞬間、狙ったかのようなタイミングでテーブルの上にあったスマホが鳴った。ブブーっと振動するスマホの画面には伊之助の写真アイコンと『いのすけ』という名前表示が出ている。
「あ!やばい!スタンプ押したままだった!!」
俺は慌ててスマホを取ると竈門さんに断って部屋を出るため歩き出す。竈門さんからメッセージ来たのに浮かれて伊之助に何にも言ってなかった!!ていうか、遊ぶのにOKのスタンプ押してたわ!!
俺は部屋を出る時、ふと後ろを振り返った。そこにはまたいつ群がったのか竈門さんは三人くらいの女の子に囲まれている。残念ながら女の子の立ち位置が悪くて俺から竈門さんの表情は見えなかった。
「あ、もしもし?ごめんごめん。急用があってさー」
俺はしつこく鳴るスマホの通話ボタンを押すと電話越しに聞こえてきたいつも通りの怒号に、なんとか機嫌を取らなくちゃと思いながら廊下に出た。
****
「・・・・・・散々だ・・・・・・」
「死んでるな。そんなに出来が悪かったのか?」
「いや、テストはよく出来た。悪い考えが起きないように試験勉強に没頭してたから出来は良かった」
「じゃあ何が散々なんだ?」
「・・・・・・善逸君への誘いが全敗している・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
テスト明けの夕方に俺と玄弥はお互いのテスト終わりを祝って慰労会でもするかと繁華街に来ていた。俺も玄弥もまだ未成年だから酒は入れられない。だからまあパーっと焼肉でも食べるかと大学生の財布にも優しいチェーン店に向かっているところだ。
その道中、俺は玄弥にここ最近のことを話していた。ここ最近の話と言っても善逸君が関わることだけど。あの日、一緒に大学の図書館で勉強できたのまでは良かったんだがいつも使わないフリースペースに行ってしまったため、制服を着ている善逸君が珍しいのか、あちこちから話しかけられてしまった。
善逸君はその度に少し席を離れて、そして人がいなくなってから戻ってくるというのを繰り返していて、全く落ち着いて勉強できなかっただろう。俺が上手く立ち回れば良かったんだが、何とか会話を切っても善逸君は部屋をでていってしまうし・・・・・・。それから暫くして善逸君に電話が掛かってきて、呼び出されたからと解散になってしまった。
それから何回か遊ばないかと誘っているんだが、お互いに予定がつかなくてあれから全く会えていない。電話をする勇気も萎んでメッセージだけのやり取りだ・・・・・・。
「それに実はまだ根付も渡せてない」
「まだ渡せてなかったのかよ」
「あとこの前は善逸君が電話で呼び出されたから解散になったんだが・・・・・・電話掛けてきた人が女の子だった」
「女子に呼び出されたってことか?」
「アイコンが写真で・・・・・・女の子だったんだ。・・・・・・彼女だったらどうしたらいい?」
「いや、それはないだろ。大学生の野郎にしつこく言い寄られても嫌がらないんだから、向こうもそれなりにお前に気はあると思うぞ」
玄弥の励ましに頷きながらも俺は悶々と考える。本当に脈はあるのだろうか。そもそも善逸君に彼女がいたらどうするも何も失恋なわけだが。まさか別れてくれなんて言えるわけもない。そう思ってぼんやりと道を歩いていると目の端に金髪が掠める。
俺は善逸君に出会ってから金髪を見るとついつい意識がいってしまうんだが、このご時世に金髪なんてたくさんいるからなあ。それでも何とはなしに見てしまうんだが・・・・・・それにしても綺麗な金色だな。善逸君の髪色に似て・・・・・・似ているっていうかあれは本人か!?後ろ姿がまんまそうなんだが!?
「ん?どうした炭治郎?」
道中で立ち止まり、じっとゲームセンターの前を見る俺を訝しんで玄弥が戻ってきた。俺が見ている方を同じく見て、俺を見て玄弥は「反応しろよ」と俺を肘で打ってきた。俺はそれでようやく玄弥を見るとゲームセンター前にあるクレーンゲームに張り付いている二人組を指差した。
「善逸君に見える」
「ん?ああ、例の高校生か?声かければいいんじゃないか?」
「いや、本人かどうかまだ・・・・・・いや、本人だな」
金髪の子は俺に背中を向けていたが、隣の同行者に顔を向けてので横顔が見えた。間違いなく善逸君で学校帰りなのかと思ったが、制服ではないので一回帰っているのかもしれない。
善逸君はしゃがんでクレーンゲームの取り口に手を入れると中からぬいぐるみのキーホルダーを取り出した。よく見えないけど、茶色と黒の2つのキーホルダーのようだ。それを横にいる黒髪ボブの子に差し出すと2人で鞄に着け始め・・・・・・。
「痛い痛い!!いてーーよ!!俺に当たるな!!」
俺が目の前の状況にどうしようという気になって玄弥を肘で打っていたのだが、ガンガン入れてしまったので玄弥が怒鳴り声を上げる。その声の大きさに道ゆく人が振り返り、そして善逸君たちも振り返った。
「あ!竈門さん!」
善逸君は俺に気がつくと嬉しそうに笑うとひらひらと手を振ってくれる。その姿に俺も嬉しくなるが、玄弥に仕返しとばかりに脛を蹴られた。俺と玄弥は善逸君のいるゲーセンのほうに行くと、善逸君の隣にいた子・・・・・・いや、この子すごく顔が綺麗だな。その子が俺たちを見て眉を寄せると僅かに善逸君の腕を引いた。
「なんだよ。ちょっと待ってよ。・・・・・・竈門さん、こんにちは」
「こんにちは。えっと、友達と遊んでるのか?」
「はい。学校終わってから集まって、遊んで夕飯食べてこいつの家でオールです」
「えっ!?泊まり!?」
「えっ!?あ、え?そう、です・・・・・・。明日は休みだから・・・・・・」
不思議そうに言う善逸君に俺は嘘だろとショックを受ける。いやだって、連れの子は女の子じゃないか!!お、女の子の家に泊まるのか!?最近の高校生は男女間でも気にせず友情を育むのか!?それはいいことだと思うけど泊まるのはどうなんだ!!そ、それとも彼女というオチが待ってるとしたらちょっと心の準備ができていないんだが・・・・・・。
「おい、紋逸」
俺が心中で身悶えていると善逸君の隣にいた美少女から聞こえる男の声に俺も玄弥もびっくりしてその子を見た。
「誰だよこいつら」
「誰って・・・・・・大学生の竈門さん!!カフェで知り合ったってこの前話しただろ!」
善逸君の言葉に少女は俺をちらりと見ると上から下へ視線を巡らせる。そしてやはり少女から聞こえるには太い声で言った。
「ああ。紋逸に言い寄ってる変態か」
「へっ・・・・・・」
「おおおおおおい!!何を言ってんだよお前はーーー!!謝れ!!竈門さんに謝れ!!」
善逸君は隣の女の子の頭をぐいぐいと下に下げようとするが、女の子の方は逆に首を持ち上げて逆らっている。大丈夫かとハラハラ見ていると女の子の方がキレたのか「どりゃあああ!!」と背筋の力でで起き上がると流れるように善逸君にヘッドロックを掛けた。
「いたたたたた!!やめろ!やめろって!!」
「あのなあ!!高校生に声かける大学生や社会人はあぶねー奴なんだぞ!!そんなことも知らねぇのかよ紋逸!!」
「すごい!!偏ってる!!竈門さんはそんな人じゃないから!!」
「うるせええ!!しのぶがカナヲにそう言ってたんだよ!!」
「カナヲちゃんならそりゃそうだよ!!でも俺は男なの!!大丈夫なの!!」
竈門さんはそんな人じゃないとか、大丈夫とか言われると心にくる。そんな信頼されると嬉しいけど困る。俺は邪な人間なんだと下心満載なんだと言って謝ってしまいたい気持ちになる。
「つーか伊之助!!痛い痛い!流石に痛い!離してくれよ!!」
「えっ。伊之助?」
少女が善逸君の悲鳴を聞いて、締め上げていた腕を緩める。そして善逸君から離れるとギラリと俺を睨みつけて「なんだよ」とドスの効いた声で言った。その声にようやく俺は少女の体付きを確認する。上がダボついたパーカーを着ているから気がつかなかったが、手のひらは骨張っていて大きいし、喉仏もあるし、足もでかい。これは・・・・・・。
「あっ!お前まさか女じゃないのか!?そんな面なのに!?」
「ふんっ!!」
善逸君に伊之助と呼ばれた子は玄弥の言葉に思いっきり脛を蹴飛ばした。玄弥は弁慶の泣き所を蹴られて痛みのあまり声も出せずに蹲って固まる。
「テメェ!!どこに目をつけてんだ!!俺はどっからどう見ても男だろうが!!」
「やめろ伊之助!!初見でお前を男かどうか見極めるのは至難の技だぞ!
」
ギャーギャーと喚く伊之助君と善逸君、そして蹲る玄弥にオロオロする俺という四人による騒ぎは繁華街の一角はゲームセンターのスタッフに「警察呼びますよ!!」という一喝が来るまでしばし続いた。
*****
「はぁー。腹いっぱいになったぜ!!」
「そうね。遠慮なくしこたま食ったね」
「良いだろ別に。どうせ食い放題だったんだし」
前を歩く高校生二人のやり取りに俺は?が緩む。善逸君の衒いのない様を見れて俺としては満足だ。ちなみに今は帰途についてるところだが、玄弥は路線が違うので駅に着く前に解散している。
あの後は結局、四人で焼肉に行った。伊之助君を怒らせてしまったので俺と玄弥でお詫びとして伊之助君と善逸君の焼肉代をだした。最初は善逸君は「俺の分はいいよ!自分で出す!!」と言ってたんだが、伊之助君の「いつもの図々しさどこいったんだ?」という言葉で顔を真っ赤にして怒り、また騒ぎに発展しそうだったので問答無用で焼肉屋に連れて行った。
まあ大学生と高校生の四人組で食べ放題に行ったら店は大変なことになるよな。想像以上に伊之助君は食べたし、俺も玄弥もたくさん食べた。善逸君は「えええええ・・・・・・?」と三人の量に引きながらも元を取るくらいには食べていた。初めて集まった四人だったが、楽しく過ごせたし・・・・・・それに俺としては善逸君に彼女がいないことが分かったから万々歳の会だった。
先日の図書館で善逸君に電話を掛けて呼び出したのはなんと伊之助君だったらしい。アイコンの写真があまりに女の子だったから、名前なんて確認してなかった。名前まで見ていたら「男かな?」と確信は持てずともその可能性に気がつけただろう。しかし・・・・・・あのアイコンは顔だけしか映ってなかったから本当に女の子に見えたんだ。しかし焼肉食べながら、伊之助君が「この前、遊ぶぞって俺の連絡にOKしたくせにコイツ来なかったんだ」とぶちぶち文句を言っていて、それでここ最近はその埋め合わせに伊之助君にしばらく引き回されて二人で遊んでいたらしい。
「伊之助ー。後でコンビニ寄ってもいい?俺、歯ブラシとパンツ買いたい」
そう言った善逸君に伊之助君は立ち止まって振り返ると、俺の方を見て、善逸君を見て言った。
「俺、今日眠いから泊まりなしな」
「はっ!?オールするって言いだしたのお前じゃん!!徹夜でゲームするって言ってたじゃん!!ソフトも本体も持ってきてんですけど!?」
伊之助君の発言に善逸君は驚いた顔で文句を言った。遠慮のない物言いに幼馴染っていいなあと羨ましくなるが・・・・・・これまた騒ぎになりそうで止めた方がいいかなと考えていると「じゃあコイツとやれよ」と伊之助君は顎で俺を示した。
「えっ」
「はっ、はぁ!?何言ってんだよお前!!」
「権八郎はひとり暮らしなんだろ?ちょうどいいじゃねぇか」
「え、いや、ちょっと・・・・・・」
俺の困惑する顔に伊之助君は不思議そうに首を傾げた。いや君、出会った当初に俺を怪しい奴って扱いしてたのにどうしたんだ。
「ほ、ほら!竈門さんも困ってるじゃん!!」
「でもコイツ、紋逸のこと好きなんだろ?ほんでお前もコイツのことすげー好きで困るってよく言ってたじゃねーか。何が困るんだよ」
唐突に落とされる爆弾に俺も善逸君も固まった。そして爆弾を投下した伊之助君は「紋逸は男だから大丈夫なんだろ?権八郎、焼肉食わせてもらった礼にこいつ今夜一晩持って帰っていいぞ」と言って駅の人混みに消えて行った。
俺と善逸君は二人してしばらく固まっていたけど、駅の大型ビジョンにロックの音楽が流れ始めたのにびっくりして時間が動きだした。
俺はドキドキしながら善逸君を見る。いや、だってほら、伊之助君が言っていたことの真偽が気になるだろう!!善逸君は彼に俺のことが好きだと話していたのは本当なんだろうか。もし、それが本当なら・・・・・・。
「あの・・・・・・どうする善逸君?その・・・・・・俺の家にくる?」
心臓が響いて煩い。善逸君は俯いていた顔をチラリと俺に向けると赤い顔で「竈門さんがいいなら・・・・・・行く」と小さく呟いた。
****
元から買うつもりだったお菓子に飲み物に、歯ブラシ、それと替えのパンツ。そしてその横に並んでいる「0.01」とか「0.03」のパッケージにごくりと喉を鳴らすけど流石にそれは手に取れない。俺は慌てて視線を逸らすとレジに行ってカゴを置いた。
「えと、お願いしま・・・・・・」
「これも一緒で」
そう言ってドンっと2リットルペットボトルのお茶を置いた竈門さんは財布を取り出すとボーッとしていた俺の分も支払ってくれた。途中に我に還って財布を取り出したけど竈門さんは「いいから気にするな」と言ってビニール袋を持って出て行ってしまう。
置いていかれると道が分からなくなるので追いかけて「ご馳走様です」と言うと竈門さんは笑ってくれた。その笑顔に俺は胸がギュって絞られたみたいに苦しくなる。
・・・・・・俺、このまま本当に竈門さんの家に泊まりに行って大丈夫なんだろうか?緊張で死なない?だって竈門さんが衣食住してる場所で今日は寝るんだろ?永眠しない?幸せな夢を見れそうだけどそのまま天国行っちゃわない?
そんなことを考えてる俺を置き去りに、竈門さんは住宅街を進むと何の変哲もない普通の小綺麗なアパート・・・・・・というよりはマンションに近い建物に入って行った。竈門さんはオートロックもついていないガラス戸を開けると、そのまま俺が中に入るのを待ってくれた。まるでレディーファーストみたいで俺男ですよと言いたいけど、竈門さんから向けられる目がなんかこう、こっちが溶けそうなほど熱っぽくて俺はひくりと喉を鳴らす。
まるでこの先に踏み込むなら覚悟を決めろと言われているかのようだ。頭がクラクラするけど、今更後に引けないし、引きたくもない。この先に進むと俺たちの何かが決定的に変わるという確信がある。
「っ・・・・・・」
俺はごくりと唾液を飲み込むと、気合を入れて一歩を踏み出した。そしてそのまま竈門さんの前をすり抜けると「そのまま真っ直ぐ、一階の一番奥だよ」と言われてそのまま進む。
進むと言ってもあまり大きい作りではないマンションだ。黙々と歩けば一分もせずに突き当たりの部屋に行き当たった、表札に書いてある『竈門』という文字を見て緊張で唇が震える。けどコツコツと後ろから聞こえる足音に俺にはもう時間なんてなくて、そのまま突き進むしかないのだ。
後ろから来た竈門さんはポケットから鍵を取り出すと玄関に鍵を差し込んで回した。沈黙の中でガチャンと音が大きく響き、うわっ、本当に竈門さんの家に入るのかと思った瞬間、竈門さんの声が耳元に落ちた。
「・・・・・・入ったら、離してあげられないけど、いいか?」
「・・・・・・っ」
囁かれた言葉にゾワっと全身が粟立ち、そして追うように一気に全身が熱くなる。米神辺りから心音が響いてるようで、目眩がしそうだけど竈門さんの言葉が脳に入ってきて、目眩を気にしてる場合じゃない。
え?なに?離してあげられないって何?どういうこと?俺どうなるの?竈門さんとどうなっちゃうの?想像するだけでめちゃくちゃ恥ずかしいけどーーー知りたいし、離して欲しくない!!!
俺はぐっと奥歯を噛むとドアノブを掴んで回して勢いよく玄関ドアを開けた。そして勢いのまま部屋の中に踏み込んで、これでどうだというように振り向けば目の前には竈門さんの胸が迫っていて、俺はぎゅうと抱きしめられた。そしてーーー。
「君が好きだ」
その言葉は俺が聞きたかった言葉だ。カフェで連絡先を貰って、ずっとずっと分からなかった竈門さんの気持ちだ。竈門さんが俺に何を求めてるのか分からなくて、俺だけが好きだったらどうしようって思って、でも・・・・・・。
「俺も、好き」
そう言って竈門さんの背中に腕を回す。ぎゅうっと抱きしめれば竈門さんも手加減していたのか力いっぱいに抱きしめ返してきてちょっと痛い。俺が「ふひひ、ちょっと痛いなあ」って笑って言えば竈門さんは「ごめん。でももう少しだけ・・・・・・」と言って俺の首に顔を擦りつけた。
***
どのくらいそうしてたんだろうか。暗い玄関で靴も上着も脱がずに抱きしめあってた俺たちは、ようやく力緩めるとゆっくりと離れた。そして竈門さんは玄関にある電気のスイッチを入れたのかパッと明るくなったのが俯いてた俺にも分かった。
何で俯いてるかって?そりゃもう恥ずかしいからだよ!!だって好きな人と両想いになったんでしょ!?それはめちゃくちゃ嬉しいけど、抱きしめられて好きって・・・・・・はあ!?どこの少女漫画だよ!!読んだことあんまりないけど!!俺はもう恥ずかし過ぎて竈門さんの顔が見れないって思うけど、実際にはどんな表情してんのかめっちゃ見たいからね!!
顔を上げますとも!!
「はっ・・・・・・?」
顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、これでもかってくらいに顔を赤くして、恥ずかしそうに口元を手の甲で覆っている竈門さんだった。潤んだ目に光がチラチラとしてて俺の胸がきゅーーーん!って大きな音を立てた気がした。
「竈門さん・・・・・・可愛いっ・・・・・・」
俺は目の前にいる竈門さんがあまりに可愛くて信じられないものを見た気がして、思わず思ってることが口から溢れ出た。すると竈門さんはびっくりしたような顔をしてから眉根を寄せて目を細めて俺を見てくる。うわっ!今度はカッコいい!!
「な、何が可愛いだ!善逸君の方が可愛い!絶対に可愛い!むしろちょっといい加減にしてほしい!!だいたいなんでいつも上目遣いなんだ!!もう少し顎を上げて上を見ろ!!目線だけで上を見るな!!可愛すぎるだろう!!」
ええーこの人は何を言ってらっしゃるのかしら?可愛いって俺は高校生男子なんですけどね?まあ、でもなんか・・・・・・竈門さんは真剣に言ってるようなのでひとまず俺はもう少し顎を上げた。
俺の学校の教師達、しこたま身長高いから首上げて見上げるとめちゃくちゃ疲れるんだよね。だからついつい目線だけで上を見る癖があるんだけど・・・・・・まあ、竈門さんがそういうなら吝かではない。俺の首の疲れくらい安いものだ。そう思って俺は竈門さんをしっかり見上げた。
「ちょっと待った!!やっぱり見上げるの自体をやめよう!!」
「はあ!?なんでよ!?」
「なんで!?分からないのか!?」
「いや分からないよ!?竈門さんがちゃんと見上げろって言ったんじゃん!」
俺の主張に竈門さんは苦しそうに唸るとゆっくりと俺の手首を取った。それを不思議に見ていれば竈門さんは苦しそうち、正しく絞り出すように言った。
「ならなんで上を見上げるだけなのに俺の胸に手のひらをおいて、少しだけ背伸びをするんだ・・・・・・!!」
「なんで・・・・・・?いや、特に深い意味はないけど・・・・・・背伸びしたら視線が上がるから首の負担減るし、背伸びしたら安定性に欠けるからバランス崩さないように手を置いただけかな・・・・・・?」
本当に特に意味はない。無意識にやっていたことだし。でも竈門さんは俺の言葉に額を抑えると目を瞑って苦悶の表情を浮かべている。見上げ方にそんなに拘りがある人なんだろうか。そんな人、聞いたことないな。俺は竈門さんの様子をもう少し良く見ようと思ってさらに背伸びすると、ちょっと体重をかけて顔を覗き込んだ。だって手の影になって表情よく見えないんだもん。怒ってる・・・・・・とは違うと思うんだけど・・・・・・。
「そういうところだぞ!!善逸っ!!」
竈門さんはカッと目を見開くと大きな声でそう言った。
「だから!!善逸は!!どうしてそんな無防備なんだ!!俺が邪なことを考えていたらどうするんだ!!善逸は俺が最初に連絡先を渡した時からちょっと危機感が足りないなとは思ってたんだ!!大学生の男に連絡先を渡されたのに断ることも避けることもなく店に通うなんて・・・・・・調子に乗るに決まってるだろう!?俺だけど!!それと仕草がいちいち可愛い!!ちゃんと男なのにふとした時の仕草が可愛いからとんでもないぞ!?狙ってやってるならまだしも狙ってないんだから怖い!!中学生ならまだしも、高校生になって今でもそんなんでどうするだ!?不埒なやつに目をつけらるかもしれなだろう!?」
俺は突然のことに思考が停止するが、じわじわと竈門さんの言葉が染み込んでくる。嘘でしょ?本当に?
「・・・・・・え?竈門さん俺の名前を呼び捨てにしてくれた・・・・・・?」
「ああああああああ!!だから!!そういうところたぞ善逸っ!!」
「え?え?俺も竈門さんのこと・・・・・・名前で呼んでもいい?」
「是非頼む!!できれば呼び捨てで!!」
竈門さん・・・・・・じゃない、炭治郎は、いやなんか恥ずかしいなぁ!うへへへへへへ?ええと、炭治郎は俺の肩を掴んでひっくり返すと「もういい加減、中に入ろう」と言って背中を押した。俺はなんかふわふわした心地のまま靴を脱いで上がらせてもらうと、ここに来てようやく1Kのマンションだと気がついた。とは言っても部屋は結構広くて12畳くらいはありそうだった。ゾーニングが何となくされていて、奥がベッドスペース、手前がリビングみたいになっててテレビの前にこたつがある。
こたつからベッドまでは二歩ってところか。何かあってもすぐにベッドに行けちゃうな、なんてちょっとエロいこと考えながら俺は上着を脱いだ。
炭治郎は俺の上着を受け取ると「こたつに電源入れたから中入っていいぞ」と言ってくれた。俺はどうしようかなと思いながらもこたつの中にありがたく入る。まだ暖まってないけど、今の俺はそんなのどうでもいいくらいに身も心もポカポカしている。
え?俺、竈門さ・・・・・・じゃなくて炭治郎に好きって言ってもらえたよね?俺も好きって言ったよね?つまりはそう、両想いだよね?あんなに女の子達にモテモテだった炭治郎が俺を好きだって言うんだよ?どこが好きか全く分かんないし、俺が好きって趣味悪すぎだなとは思うけど嬉しい。
「善逸、温かいお茶淹れたら飲むか?それともコンビニで買った飲み物飲むか?」
「ええと・・・・・・た、炭治郎が淹れてくれるお茶がいいなあ」
「んヴっ!!・・・・・・分かった。待っててくれ」
炭治郎はそう言うと頬っぺたを赤くしながら廊下のキッチンの方に行く。俺はこたつの天板にぺたりと?をつけてキッチンにいる炭治郎の姿を見つめる。ケトルに水を入れてるだけで格好いい。堪んないわ。あんなに格好いい人が俺の恋人・・・・・・ん?恋人?恋人でいいのか?好きって言いあったけど、俺は本当に炭治郎の恋人でいいんだろうか?大丈夫?違ったらショックでかいんだけど?え?いいんだよね?えっ?えっ?
「炭治郎・・・・・・」
「ん?どうした?」
振り向いた炭治郎はスタイル良くて、顔が良くて、性格も良くて・・・・・・この人本当に俺の恋人なんだろうか?
「俺と炭治郎って恋人になるの?」
ぼんやりとした思考のまま、聞きたいことをそのまま口にした。炭治郎はびっくりしたような顔をしたと思ったら優しく笑って俺の方に向かって来る。俺はがこたつから顔を上げると、炭治郎は俺の前に膝をついた。
「そうだな・・・・・・その話をしていなかったな。善逸。俺は善逸のことが好きだ。カフェにお前が来て、お爺さんを大事にしているその姿を毎週見ていたらいつの間にか好きになっていた」
「・・・・・・俺も炭治郎が好きだよ。IDが書かれたスリーブ貰うの恥ずかしかったけど・・・・・・でも本当はいつも嬉しかった」
俺がそう言うと炭治郎は「そう言ってくれて嬉しいよ」と笑って俺の手、を取った。俺とあまり大きさが変わらないけど、それでとほんの少し大きい手にドキドキする。炭治郎の親指が俺の手の甲をスリスリと撫でていて、こそばゆい。
「・・・・・・善逸。俺はまだ大学生だし、善逸は高校生で、そして俺たちは男同士だ。でも俺は善逸のことを真剣に考えてる。俺はずっと善逸がいいし、離したくない。法律上は結婚できないが、一生のパートナーでいたい。だからどうか俺の恋人になってほしい」
「っ・・・・・・!!」
真剣な目で見つめられてされた告白に、俺は心臓が止まるのかと思うくらい縮んだと思う。全身を駆け抜ける痺れは甘く感じられて、平たくゆうとちょっとちんこ勃ちそうになる。俺ヤバイな。雌になったかも。
「うん・・・・・・。俺も炭治郎の恋人になりたい・・・・・・?」
そう言って炭治郎を見つめれば、炭治郎の目の奥に火がついたような気がした。
****
付き合って最初のデートがお泊りデートはしんどすぎる。
「や、やっと朝か・・・・・・」
俺はカーテンの隙間から差し込む光に、ようやく長い責め苦が終わったと身体の力を抜く。俺の目の前にあるサイズの小さいテレビにはだいぶ後味の悪いゲームのエンディングが流れている。おかしいな?ちゃんとラスボス倒した筈なんだがなんでこんなに後味悪いエンディングなんだ?ホラーゲームって後味悪いのがデフォルトなのか?
昨日、まさかの善逸とのお泊まりが決定したわけだが、俺は好きな人が家に居て何もしないでいる自信がなくて、早々に告白をしてしまった。いや、その前に伊之助君から善逸が俺のこと好きとか色々暴露された感じになったから、まあ、それもあって色々我慢できなかったんだけどな。
実際に善逸は俺のことを好きって言ってくれて、付き合うことになって・・・・・・ああー・・・・・・夢じゃないんだな。寝ぼけてたりしないよな?いま、結構眠いんだが本当に夢じゃないよな?
「んー・・・・・・」
横から聞こえる声に俺はぴくりと肩を揺らす。視線をずらせば俺のベッドですやすや眠る善逸がいる。
「んヴっ・・・・・・」
高校生男子とは思えないあどけない寝顔に変な声が出そうになって噛み殺す。まだ朝方だし、善逸は眠ってまだ二時間くらいしか経っていないから、もう少し寝かせてあげたい。そして俺も寝たい。
交際宣言をした後、俺たちはひとまず順番に風呂に入った。いや、もう風呂に逃げ込んだと言うべきか。俺は可愛らしく寄ってくる善逸にまさしく恐れをなして風呂に逃げたんだ。「洗うついでにシャワー浴びてくる!!」と言って俺はさっさと風呂に行き、宣言通りに風呂釜洗ってシャワーを浴びた。本当に昨日は危なかった。力任せに善逸を抱き寄せて柔らかそうな唇を奪いにいくところだった。
落ち着け竈門炭治郎。善逸との交際が始まってすぐにがっつくなんて誠実じゃないだろう。善逸とは一生を添い遂げたいんだ。大事にしたいし、相手はまだ高校二年生なんだぞ。
そんなわけで男の欲を風呂場で何とかした俺は、風呂釜に湯が溜まったからと善逸に風呂を勧めた。勢いで先に入ってしまったが、善逸が先に入った風呂に後から自分が入るとなるとちょっと・・・・・・自分でも奇行をしてしまう気がするから正解だったと思う。
着替えは伊之助君に借りるつもりだったから下着以外は何もないという善逸にひとまず着替えとばかりに俺のスウェットを渡したんだが・・・・・・「サイズやっぱり一回り以上大きいね?」とずり落ちそうなズボンを抑えながら出てきた時の衝撃はヤバかった。
(善逸+俺のスウェット+ぶかぶか)−クソださ=かわいさ∞
・・・・・・という方程式でも無敵の可愛さだった。俺が堪えられたのは一重にすぐに善逸が「ゲームしよう!!」と無邪気な顔で言ってくれたからだ。本当に・・・・・・本当に危なかった!!腕をとってそのままベッドに押し倒してぶかぶかのスウェットの裾から手を差し入れて肌を撫で回すところだった・・・・・・!!
それからはずっとゲームしていた。俺はゲームなんて殆どしたことないから最初は覚束なかったけど、善逸が「うう・・・・・・俺、ホラー苦手なんだよお。でも伊之助がこれがいいって言うからこれしか持ってきてなくてえええ」と言って俺にコントローラーを渡して取り縋り、夜だからと悲鳴を噛み殺し、その姿が可愛い・・・・・・じゃなくて可哀想で宥めながら地道にプレイしてたら少なくともこのゲームはできるようになった。
このゲーム・・・・・・きっと一生忘れられない思い出のゲームになるな。好きなゲームは何ですかと言われたら真っ先に名前が上がるだろう。俺の理性を繋ぎ止めてくれてありがとう。流石に付き合って初日に手を出すのがダメすぎるからな。
本当にありがとう『サ◯レン2』。自衛隊の人の末路が悲し過ぎて十分くらいダメージ喰らって動けなかったけど・・・・・・ありがとう!!何が良かったとか面白かったとかよく分からないけどありがとう!!少なくとも俺は助かった!!一晩善逸に不埒なことをすることを耐えられた!!ありがとう!!眠そうに目を擦る善逸の唇に何度齧りつきたいと思ったことか!!本当にありがとう!!『サイ◯ン2』!!
俺は少々、げっそりとしながらも後ろに倒れ込む。こたつに入っているのでまあ、風邪も引かないだろう。ベッドまで数歩だが・・・・・・ベッドには善逸が眠っているしその横に潜り込んで起きた時に善逸の顔が近くにあったら・・・・・・想像するだけでクるな・・・・・・。君子危うきに近寄らず・・・・・・だ・・・・・・ぐぅ。
***
「炭治郎、おはよう」
横向きに眠っていた俺の視界に飛び込んできたのは、俺と同じようにこたつに横になり、顔を覗き込んでくる善逸だった。善逸は右耳も床につけて、手をくったりと顔の横に投げ出している。かっ・・・・・・わ、いい・・・・・・!!
「んんっ・・・・・・!お、はよう善逸・・・・・・!」
「うん。ごめんね炭治郎。俺途中で寝ちゃったんだね・・・・・・。目が覚めたらベットにいてさあ。布団取っちゃったんだよね?本当にごめんよお?・・・・・・!」
近距離で可愛く目を潤ませるのはやめてほしい!!そしてどうして善逸は上目で見るんだ!!顔の位置が殆ど変わらないのに上目で見るんだ!!俺は本当にその顔に弱いんだ!!
「いや、大丈夫だ。玄弥が泊まりに来た時とかもよくコタツで雑魚寝したりするしな」
「ふうん。楽しそうだあ」
善逸はそう言って唇を尖らせると、カーペットをグリグリと指先でこねている。そしてチラッと俺を見ると、恐る恐るというように言った。
「・・・・・・俺もまた泊まりに来てもいい・・・・・・?」
「勿論だ。休みの時においで」
パッと輝く善逸の笑顔を見ながら、俺は内心では自分を罵る。馬鹿か!?馬鹿なのか俺は!?いま、自分で、自分の首を絞めただろう!?だからダメなんだって!!善逸が可愛すぎて手を出してしまいそうなんだぞ!?なのになんで泊まりに来ても大丈夫だなんて言うんだ!!いや分かってる!あんな可愛くおねだりされて、どうやって拒否できるっていうんだ!!悲しい顔させたくないだろ!?分かる!分かるぞ俺!!しかし・・・・・・でもなんで自分の首を絞めたんだっ!!
「さて、そろそろ朝飯でも食べるか」
「あ、うん。俺も手伝うよ」
そう言って二人でこたつから出て小さめのキッチンに立つ。こうしていると新婚のようだ・・・・・・とか気が早いにも程がある想像が頭を過り、俺は相当浮かれている。いやいや、今は料理に集中だ。善逸は甘いものが好きなようだから・・・・・・。
「善逸、フレンチトーストでもいいか?」
「え!うん!好きだよやったねー!」
えへへと笑って腕に貼りつく善逸に俺は心のうちで戦慄しながら平然を装って「こらこら、くっついてると動けないぞ」と笑う。
俺は実家の食パンを棚から出し、冷蔵庫から取り出した卵を割って砂糖と混ぜると広めの深皿に敷いた食パンの上にかけていく。ひたひたになって食パンを軽くレンジで温め、バターが溶けたフライパンの上に落とす。
「善逸、座って待っててもいいぞ?」
「えっ、あ、うん・・・・・・」
品数はあんまり用意しないから、フレンチトーストを作るのにそんなに手は必要ない。一月後半になってから朝は寒いし、温められたコタツの方が寒い廊下より過ごしやすい筈だ。
「ここは寒いだろ?ほら、コタツで待ってるといい」
そう言って善逸の背を軽く撫でるが、善逸はソワソワと腕を摩って呟いた。
「でも、俺が向こう行ったら炭治郎だけ寒い廊下でひとりぼっちじゃん」
「・・・・・・はあー・・・・・・」
「えっ!?な、なに!?なんで溜息吐くの!?あっ!!もしかして何もしないのにいるの邪魔!?料理するのに邪魔!?ご、ごめん気がつかなくてえええ!それなら俺、向こうに・・・・・・」
「いやいやいや、邪魔じゃないぞ。善逸、ほら、そこの引き出しから皿を出してくれないか?」
「えっ、うん・・・・・・」
善逸はどこかしょんぼりした様子で引き出しを開けると「これでいい?」と大きめの皿をだした。俺は善逸が差し出す皿にフレンチトーストを乗せて行く。
「テーブルに置いておいてくれ」
「うん」
俺は軽くフライパンを洗うと再度温めてソーセージを転がして行く。律儀に戻ってくる善逸に新しいコップとフォークを出すようにお願いして、俺は冷蔵庫のトマトを切った。
いや、しかし・・・・・・それにしても善逸の行動、発言に物凄く振り回されているな・・・・・・。可愛すぎて目眩がする。玄弥に電話して可愛かった善逸の話をしたい、この想いをどこかに発散したい。今まで接点を持てなかった中でも善逸が可愛いと話すことが沢山あったというのに・・・・・・ヤバイぞ。過供給だこれは。俺の善逸への好きが溢れて決壊しそうだ。
簡単にサラダとソーセージを盛り付け、なんと二歩で戻れる近さにある部屋に行くと善逸はテーブルの上を片付けていてくれた。まあ、昨日は俺一人とはいえオールしたからな。お菓子の袋とかペットボトルとか散らかったままだった。
「善逸、ありがとう」
「・・・・・・ひひひ」
ほんの少し、俺を伺うように善逸の目線が動く。さっきの邪魔じゃないかというのを引きずってるのだろうか。でもはにかんだ笑顔からは憂は見て取れない。・・・・・・善逸が上目になるのってこっちの反応を伺っているからだろうか?花子とか六太とかも怒られたりしないか、大丈夫だろうかと小さい時は伺う癖があったな。・・・・・・癖ならしょうがない。こう、善逸のは純粋なものなんだろう。決して俺を煽っているわけじゃないんだ。
「じゃあ食べようか」
そう言って炬燵に座れば、善逸は正面ではなく角を挟んで隣に腰を下ろした。思ったより近い距離にびっくりする。
「あ。・・・・・・ここだと邪魔?正面の方がいい?」
「いや?好きなところでいいぞ」
パッと嬉しそうにした善逸に俺はこれは・・・・・・と思いながら、善逸の取り皿にフレンチトーストとソーセージ、サラダを取り分けてやる。「美味しいそう?!ありがとう炭治郎!」とはにかむ善逸に笑い返しながら頭の中はぐちゃぐちゃだ。そろそろ人間としてやっていくのにまともな感覚が失われそうだ。
「ふふふっ、美味しいねぇ♡」
「・・・・・・・・・・・・」
「たんじろお?」
「はっ!意識が飛んでいた・・・・・・危なかった・・・・・・」
「まだ眠い?」
「・・・・・・そうかもしれない」
気を緩めると穴が開くほど善逸を見てしまう。俺はトマトを食べるがトマトの酸味もどこか味が遠い。まあ、実際に4時間くらいしか寝てないからな。失敗した。一緒に眠るとヤバイと思って限界が来るまで起きていたが、眠い方が理性効かないんじゃないか?判断を間違えた・・・・・・。
「それじゃあ俺、これ食べたら帰るよ」
「えっ!?」
「えっ?」
いや、善逸が帰れば確かに俺は善逸に無体を強いる可能性がゼロになるからいいんだが、善逸がいなくなるのは・・・・・・それはそれで嫌というか。ああ、難しいな。
「でも、もうお昼近いよ?俺もやだけど、そろそろ帰らないと。今日は夕飯当番だから買い物行かなきゃダメだし」
そう言ってチラリと時計を見れば、確かにもう11時を回りそうだった。伊之助君の家がどこだか知らないが幼馴染みと言っていたのでそう遠くないのだろう。
「それに・・・・・・」
「・・・・・・?」
善逸はコタツから出ると俺の方に寄った。這うようにして、下から覗き込んでくる姿に抱き寄せたいのをぐっと我慢する。
「炭治郎、ちょっと顔色悪いよ?コタツで寝てたし、寒かったのかも」
そう言って俺の手の上に手のひらを重ね、もう片方の手で頬を撫でてくる善逸に俺はぷつりと糸が切れる。?にあたっていた善逸の手首を掴み、引っ張って後ろに倒れれば、善逸が俺の上に半分乗り上げるような形になった。善逸はどんなに可愛くても高校生男子なのでそれなりの重さはあるんだが・・・・・・その重さにも愛しさを感じてしまう。
そして俺は確信したぞ。善逸は多分、心を許した相手には凄く距離が近いんだっ!!昨日の伊之助君とのやり取りもさることながら、ゲームセンターで連れ立っていて彼女ではと思ったのはその距離もあったと思う。二人で肩が触れそうなくらいに近いって、男同士でも相当近い。
この家に入るまで善逸は俺に自分からすごく近寄るなんてしなかったのに、家に入った途端から距離を詰めてくる。甘えるみたいになるべくぴったり寄り添いたいというように近づいてくる。
「はあー・・・・・・可愛い・・・・・・」
「た、炭治郎、何を言ってんだよ!」
俺の胸の上で善逸がもがく様を見つめながら、その金糸のような髪を撫でる。地毛らしいからパサついた様子もなく指通りが滑らかだ。手の収まりもいい、少しくびれた腰の辺りに手を置いてさすれば善逸はぴたりと止まった。
「な、なんか・・・・・・炭治郎の手の動きがえっちなんだけど・・・・・・」
真っ赤な顔でそう言われて、俺はゆっくりと両手を上げた。すると善逸が「やめちゃうの?」なんてことを言うので、いや本当に高校生の恋人が恐ろしいぞ。無意識に誘ってくるのやめてほしい。
「したいけど・・・・・・まだしない」
俺はホールドアップの状態で天井を見つめながらそう言った。物凄く情けない体勢だし、本当は余裕を持った態度でいたいのだが取り繕ってもボロが出そうだからな。俺は少し見栄を張りながらも正直に言った。少しの見栄とは本当は『したいけど』の前につく『物凄く』を隠した点だな。
「し、してもいいよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言って這い上がるように俺の視界に顔を入れ込んで来た善逸に「もっと自分を大事にしろっ!!」と俺が叫ぶのに七秒。
そして善逸が部屋にいる喜びと緊張と欲望への葛藤からすっかり根付の存在を忘れている俺が、玄弥に交際に至ったことを電話して「そういえば値付け渡せたのか?」と聞かれて自己嫌悪に陥るのはこの5時間後のことだった。


コメント
kiraさんの小説で初めて拝読したのがこの作品だったと思います!
すごく好きです!!
また読みました!
二人の出会いも、炭治郎が善逸を好きになる理由も、お互いに勇気を出してじわじわと距離を縮めるところもすごくすごくすごく好きですー!!!
伊之助の登場も最高です!!
また読めて嬉しいです!!