不良炭治郎とレディース善逸♀

不良校に通っていてご近所のために喧嘩はする炭治郎と通っている学校の都合でレディースしてる善逸♀の話。
約20000字/現パロ・女体化

 夜半の十時過ぎ、炭治郎は重い足取りで川辺に向かっていた。実家のパン屋の店仕舞いをし、家族で夕食を食べて、風呂に入り予習をして、さて明日も早いから寝ようかななんて思っていた時に一本の電話が掛かってきたのだ。
 相手はクラスメイトで炭治郎の手を借りたいという電話だった。なんでもここいらの縄張り争いでしゃしゃり出てきたチームがあるらしく、しかしそいつは中々強いらしくて泥沼になるのは必至とのことだった。だから炭治郎の手を貸して欲しいということなのだが、まあ気が乗らない。なぜなら眠いからだ。
 炭治郎は高校を選ぶ際に条件があった。1に家が近い。2にそんなに学力が高くないこと。3に服装が緩いことだ。この条件を満たすとなるとまあ、そんなに治安が良くない学校になってしまったのだが炭治郎は構わない。腕っ節には自信があり、なんと父は暴走族出身で母もレディース出身だ。兄弟全員に強くあれという方針で、しかし不条理な拳はあげるなという家訓であった。
 というわけで炭治郎は治安の悪い学校で絡まれるごとに千切っては投げ、千切っては投げをしていたらいつの間にか番長とか呼ばれるようになった。ちなみにあだ名であって役職ではない。役職の番長は他にいる。炭治郎は基本的に一匹狼で(家の手伝いがあるから)頼まれれば助っ人に行く程度の人間だ。
 というわけで炭治郎は助っ人として呼ばれたので呼び出された川辺に向かっていた。なんでも決闘方式で一対一で戦うらしい。なんでもいいけど早く寝たい。しかし縄張りを維持するのは重要だ。なにしろこの辺りは弟妹たちの学区域なのだ。他の勢力に幅を利かせられると炭治郎の名前が効かなくなるやもしれない。
 炭治郎が川辺に着くともう双方が睨み合っている状態だった。それにしても暗い。双方がバイクの灯りを照らしていて局地的に明るいが・・・・・・まあ、全体としては暗い。
 炭治郎は自身の学校の制服が見えたので、右側へと降りていった。呼び出したクラスメイトが炭治郎を出迎える。
「状況はどうなってるんだ?なんでこんなことに?」
「向こう側のやつがキメツ女子学園があるあの一帯を明け渡せって言ってきてるんだよ。あそこはこの前のやり合いでS高を追い出して縄張りにしたばっかりだっていうのによぉ!」
 キメツ女子学園は炭治郎の妹である禰豆子も通う学校だ。炭治郎として見過ごせないエリアだ。
「なるほど。それで?一対一なんだろ?」
「向こうの提案だな。手っ取り早く、分かりやすく決めたいって言ってきてこっちの代表と向こうの代表でぶっ倒れた方が負け」
「分かりやすいな」
 炭治郎は俄然、やる気が出てきた。妹の安全を守るためだ。どんな奴でも頭突きで沈めてやろう。
 炭治郎が前に出るとすでに向こうの代表らしき人物が群れから飛び抜けて立っていた。炭治郎と同じくらいの背丈で、やや細身か。白の特攻服にさらしを巻くスタイルは随分と古典的で、バイクの明かりに照らされて金髪が風に棚引いている。
 炭治郎はその人物と正面から見つめ合い、おやっと思った。随分と目が大きくて童顔な奴だと思ったのだ。厳しさなどなく、どこか優しげな風貌に人は見かけによらないな、などと思う。だが相手が誰であろうと負けるわけにはいかない。手加減はしない。
「キメツ女子学園の辺りを手にしたいみたいだが・・・・・・悪いが諦めてくれ」
「口上はいらない。買ったほうが縄張りにする。それだけでいいだろ」
 冷たく言われた言葉に炭治郎はふむっと頷く。確かに無駄な言葉はいらない。しかし炭治郎は投げられた言葉によってむしろ目の前の人物と対話をしたくなった。
 今まで戦ってきた連中とは随分と雰囲気が違う。無闇矢鱈に威嚇することもなく、ただ静かに立つ姿に理性的な人物だと直感で思った。そして強者だとも理解した。

「時間が惜しい。やろうぜ」
「・・・・・・ああ」
 構えられた拳に炭治郎は少し残念な気持ちになった。もう少しゆっくりと言葉を交わしたかった。戦いが終われば意識を保っているのは片方だけだろう。しかし久しぶりに戦える強いであろう相手に炭治郎は心の高ぶりを確かに感じていた。

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 ビュッと空気をきるハイキックを炭治郎は腕でなんとかガードした。当たった場所はビリビリと痛み、それだけではなくガードの上から頭に衝撃を食らう。流石の炭治郎も側頭部は前頭部に比べてやや弱い。ぐわんと響く余韻に眼前が少し揺れた。
 相手はヒット&アウェイを心がけているようですぐに炭治郎の間合いから離れてしまう。炭治郎の必殺技は頭突きで密着した間合いで繰り出すのが定石だ。しかし相手の素早い動きで翻弄され、炭治郎は苦戦を強いられていた。正直言って今までで一番強い相手だ。ひりつくような空気、鋭い蹴撃、自分を真っ直ぐに射抜く視線。炭治郎はドクドクと心臓が高鳴るのを感じた。こんなにも楽しいやり合いは初めてだった。もっともっと、己を見てほしい。必ず倒すというような強い意志を向けてほしい。炭治郎はカラカラになった喉の奥から手が出るほどに欲しかった。この楽しい時間が永遠に続くことを望むくらいに。

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「炭治郎!!」
「善逸さん!!」

 結果は引き分けだった。結局は炭治郎は頭突きを繰り出すことは出来ず、むこうもキックが入りきることがなく、結局はクロスカウンターでお互いの顎にダメージが入りぶっ倒れた。それぞれの陣営が2人に駆け寄ってくる。

 炭治郎は初めて引き分けたことに興奮していた。ドキドキと心臓が煩くなり、脳内からは間違いなくアドレナリンが大量に出ている。全く殴られた顎が痛くない。だけど身体は悲鳴を上げていて中々立ち上がれない。炭治郎はクラスメイトに支えられながら起き上がると、むこうも仲間の・・・・・・サイドテールをした少女とツインテールの少女に抱き起こされているところだった。
 炭治郎はクラスメイトの手から離れるとふらりと向こう側へと歩き出す。少女に善逸と呼ばれた少年は痛みに顔を歪めているのか、胡乱な目で炭治郎を見ていた。
「・・・・・・凄かった。君は強いな。俺の名前は竈門炭治郎。良かったら名前を教えてくれないか?」
「・・・・・・なんで?」
「知りたい。君みたいな強い奴には初めて会った!名前が知りたいんだ!!」
 大きな声で言う炭治郎にチッと舌打ちをすると少年は「我妻善逸・・・・・・」と名乗った。
「善逸か!いい名前だ!!是非ともまた戦おう!」
 そう言って手を差し出す炭治郎に善逸の横にいたツインテールの少女がギッと睨みつけた。それを善逸が「アオイちゃん、いいから」と言って制する。優しげな声音に炭治郎はほんの少しだけムッとして彼女だろうかと思うも善逸が炭治郎の方を見たのですぐにその考えは霧散する。
「再戦はいいよ。決着つかなかったからね。縄張りの件はまた今度決めよう」
「縄張り?あっ・・・・・・!」
 善逸の言葉にそういえばこれは縄張り争いだったのだと思い出したからだ。しかしキメツ女子学園の一帯はとくに繁華街でもない住宅街だ。特に旨味はない。S高の連中は女子学園の生徒にちょっかい掛けたいから縄張りにしていたようだが・・・・・・善逸もそんな目的なのだろうか。しかし、真剣そのもので戦う眼差しに濁りはなかった。そんな俗な理由ではないだろうと炭治郎は思うのだ。
「・・・・・・善逸はなぜキメツ女子学園辺りの縄張りが欲しいんだ?」
「なんでそんなこと聞くんだよ。縄張り増やそうとすんのは普通だろ」
「いや、善逸には何か理由があるはずだ。ここら一帯はどこも手を出してない浮いてるエリアだってある。キメツ女子学園のエリアに拘る必要はないはずだ」
 炭治郎はそう言ってじっと善逸を見た。善逸は困ったような顔をして、左右にいる少女たちと顔を合わせるとため息をついて下を向き、そしてぐっと勢いよく顔を上げた。
「そんなの!!てめーらキメツ高校の奴らがキメツ女子学園の周りをうろちょろするからに決まってんだろーーが!!あの女子学園は普通のか弱い女の子達が通ってんだよ!!厳しい不良達がうろついてたら女の子達は怖くて怖くて仕方がないんだ!!毎日毎日、下校する度に恐怖に晒されてんだわ!!やっとS高の奴らがいなくなったと思ったら今度はお前らだ!!あそこにはなんの旨味もない場所なんだからうろつくんじゃねえ!!女の子達をビビらせるんじゃねえ!不安にさせるんじゃねえええよ!!」
 耳をつんざくような声量と激しい勢いで言われた言葉に炭治郎は呆気に取られた。そして初めて知った事実に驚いていた。
 炭治郎達のキメツ高校の生徒たちがキメツ女子学園の辺りをうろつくのはまあ、縄張り主張するためだし炭治郎も不届きものが入ってこないように妹の禰豆子とその学友達が変な連中に絡まれないように牽制のためもあって見回りをしてほしいとキメツ高校の仲間には言っていたのだ。
 しかしそれはキメツ女子学園の生徒からすれば恐怖を感じることだったらしい。確かに女子学園の生徒からすればキメツ高校の連中が何の腹づもりなのかは分かるはずがないのだ。女子学園の生徒にちょっかい出す為にうろついていたS高の連中と変わりはしないだろう。
「・・・・・・善逸はキメツ女子学園の縄張りを手に入れたらどうするんだ?」
「どうする?どうもしないよ」
「縄張りを主張するのか?」
「はぁ?しない。変な連中が来たら追い払うけど、女の子達が怖がることはするつもりない」
 はっきりとそう言った善逸に炭治郎は雷に打たれたかのような気持ちになった。真の男を見たと思った。
 縄張りを手に入れても、善逸はそこを空白地帯にするというのだ。正しく善逸はキメツ女子学園の生徒達の安寧を思ってこの戦いに挑んでいたのだ。妹の安全ばかりを考えて、他の生徒達の気持ちを全く想像していなかった己とは違うと炭治郎は自分が恥ずかしくなる。しかしそれ以上に素晴らしい男と出会えたこの奇跡に感謝の気持ちが強かった。
 炭治郎はすっと善逸に手を差し出した。その手を善逸は訝しむように見つめ、さらに炭治郎の顔を見る。
「・・・・・・俺たちキメツ高校はキメツ女子学園一帯の縄張りを放棄する」
「炭治郎!?」
 後ろからざわめきが聞こえるが無視だ。文句があるなら後で頭突きで分からせるとしよう。
「・・・・・・なんで?いきなりどうしたんだよ」
 善逸は驚いた顔で炭治郎を見ている。善逸の後ろにいる人々もザワザワと何某かを口々に言っているが炭治郎には善逸しか見えない。
「善逸の優しい心に、その強さに感銘を受けた。善逸がいうように女子学園の生徒達の安寧をもっと考えるべきだった。すまない。許してほしい」
 そう言った炭治郎に善逸は少し沈黙するとふっと息を吐いて笑った。そして炭治郎が差し出す手を取ると僅かによろけながらも自分の足で立ち上がる。
「・・・・・・ありがとう。そうしてくれると本当に助かるよ」
「いいんだ。・・・・・・俺もやり方を間違えた。キメツ女子学園に妹が通っているから、ついつい手を出しすぎてしまった」
「あら、そうなの?」
「そうなんだ。でも善逸に言われて目が覚めたよ。俺達のやり方は俺達の都合ばかりを押し付けるものだった。反省してる」
 炭治郎と善逸はゆっくりと握手する。これで双方は和解だ。善逸達がどこのチームなのか炭治郎はさっぱり知らないが、善逸達とは上手くやっていきたいと思う。
「それにしても善逸は強いな。これほど強い奴とは今まで出会ったことがない」
「そーお?俺はお前に勝てるかどうか分かんなくて怖くて仕方なかった話だけど」
「そうなのか?」
「キメツ高校の竈門炭治郎は有名じゃん。強くて優しくて曲がったことは大嫌いで男の中の男だって評判だよ」
 随分と持ち上げられた評価に炭治郎は頬を掻いた。善逸の強さと優しさを知った後では随分と恥ずかしい評価だと思う。炭治郎はむず痒さに耐えられなくて善逸の手をぎゅうと握った。
「俺より!善逸の方がすごい!ハイキックは凄かったし、間合いの取り方も上手いし、何より人のためを思って戦える凄いやつだ!善逸こそ!男の中の男だ!!」
 炭治郎はふんすと鼻息荒くそういって善逸を見つめた。善逸は榛色の眼をパチリと瞬く。長い金の睫毛がふるりと揺れて美しかった。そして善逸はふにゃりと微笑み、その甘く柔らかな表情に炭治郎はどきりとしてーーーー。
「俺は女だ!!馬鹿野郎ーーーー!!」
 バッチーンという顎と首を揺らす衝撃に炭治郎は横にぶっ飛んだ。倒れ込む視界の中で炭治郎は善逸の胸部に目をやる。すると僅かに膨らんださらしの部分になんてこったと思いながら意識を手放した。

****

 竈門炭治郎の朝は早い。朝4時には起きて体の弱い父の代わりに母と一緒に家族で営むパン屋の仕込みをする。捏ねて捏ねて捏ねて成形して焼く。簡単にいうとこれだけだが詳細にいうと書ききれないくらいの工程があり、美味しいパンを作るにはそれなりの手順と努力が必要だ。
 炭治郎は基本はパン屋の営業日は毎朝、母親と一緒に仕事をするのだが・・・・・・この日の炭治郎は目を覚ましたのがなんと朝の7時過ぎだった。炭治郎はスマートフォンを見て真っ青になるが・・・・・・寝過ごした理由は分かっている。眠かったからだ。
 何しろ昨夜はいつもなら眠っている夜の10時に呼び出され、1対1の決着が付いたのは夜の11時過ぎ。そこから気絶をして目を覚ましたのが夜の11時半で炭治郎が家に帰ったのは夜の0時を回っていた。さらに怪我の手当てをして、シャワーを浴びてとしていたらあっという間に午前1時だ。睡眠時間が足りない。圧倒的に足りない。
「寝過ごした!!」
 炭治郎は慌てて飛び起きるとパジャマ代わりに着ているTシャツとスウェット姿のまま急いで階下に降りていく。ドタドタと珍しく乱暴に階段を降りるのはそれだけ炭治郎が焦っているからだ。家の中から店へと繋がる扉を開けると、そこには兄弟総出でパン屋の支度をする光景があった。
「ああああー!!すまん!寝過ごした!!」
「おはよー兄ちゃん。珍しいね、兄ちゃんが寝坊なんて」
「すまん!すまん竹雄!!」
「いいよいいよ。たまにはこんなのもいいって。兄ちゃんは働きすぎなんだよ」
 ひらひらと手を振りながら言う竹雄の言葉に炭治郎は嬉しく思いながらもずーんっと心に重しがのし掛かったように苦しくなった。なんて不甲斐ない。長男失格だと思いながらも弟妹達の頼もしさ、優しさ、成長に感慨深くもある。でもショックはショックだ。情けないところを弟妹に見られるのは長男としてはこう、恥ずかしいのだ。
「お兄ちゃん、顔洗って着替えてきなよ」
 花子の言葉に頷くと炭治郎はすごすごと洗面所に向かった。顔を洗い、タオルで顔を拭き、鏡を見ると左頬がとんでもなく腫れていた。自分で見ても思わず「えっ!」と思うくらいに腫れている。しかも綺麗な手のひら型に腫れていて・・・・・・炭治郎は思わず洗面所の入り口を振り返り竹雄も花子もなんで何もわけを聞かないのかと思ったが、昨日は喧嘩の助っ人に行ってくると言って出て行ってからまあ、一発もらったのだと考えているんだろう。流石に強いと言っても炭治郎だって一発ももらわないなんてことはないのだから。
「いてて・・・・・・。自覚したら痛くなってきた・・・・・・。しかし、見事な平手打ちだったな。腰が入ってた。やはり善逸は強いな」
 鏡を見ながら昨日の善逸の姿を思い起こす。必ず獲るという強い眼差し、鋭い蹴り、誰かの為に戦う高潔な意志。そして・・・・・・詳に開かれていた晒を巻いていたけれど膨らんでいた胸。
「あーーー!!」
 炭治郎は思い出さなくていいところを思い出して打ち拉がれた。まさか善逸が女性だとは思わなかった。炭治郎の中では女性は守るべき存在だ。もちろん、女性が戦う気概を持つことは構わないし尊重すべきだが炭治郎は女性とは戦うつもりはない。それは女性がどうのではなく、炭治郎が己を許せないからだ。炭治郎の主観の問題なので、いまの今まで炭治郎はそうしてきた。女性とは拳を混じり合わせたことはない。だがーーー。
「お、俺は女性の顔を殴ってしまったのか・・・・・・!!なんで気がつかなかったんだ!!暗かったとはいえ馬鹿か俺は!!あんなに・・・・・・あんなに・・・・・・!」
「お兄ちゃん、何1人で騒いでるの?」
「わあ!!」
 掛けられた声に驚いて振りかえるとそこにはキメツ女子学園の制服を纏った禰豆子がいた。気恥ずかしい独り言を聞かれてしまったと焦る炭治郎だが、そもそも気恥ずかしいとはどういうことかと自分でも首を傾げる。女性を殴ったのは汚点だが、恥というより悪だろう。
「早く着替えてきてよ!朝ごはん早く食べてくれないと片付けられないから!」
 とたとたと、去っていく禰豆子に炭治郎はハァーと溜息をつくと階段を上り急いで着替えに向かった。脳裏に浮かぶ晒を巻いてもなお膨らむ胸の映像を振り払いながら。

****

「お兄ちゃん。久しぶりに一緒に行こうよ」
「ん?ああ、いいぞ」
 朝食も終わり兄弟それぞれが登校する頃、炭治郎が玄関で靴を履いていると禰豆子が声をかけてきた。今日は兄弟達が手伝ってくれたので炭治郎は朝の支度がいつもより早く終わったのだ。弟妹達も貢献できたことが誇らしかったのか得意げにしていた。こんな日もたまにはいいな、なんて炭治郎もようやく心が落ち着いてくる。
 禰豆子はピカピカに磨かれたローファーを履くと、玄関の鏡でせっせと前髪や後ろ髪に跳ねがないか、スカートのプリーツがよれてないかを厳しくチェックしている。
 炭治郎はそんな禰豆子の姿を見ながら女の子は大変だなぁと思うばかりだ。男の炭治郎は単にテキトーに制服を着て、耳のピアスをして、髪を後ろに撫でつければ完了だ。対して禰豆子はハンカチをアイロンでプレスして、スカートのプリーツに気をつけて、爪先までもが綺麗にヤスリが掛けられていてぴかぴかだ。
「そんなに神経質に気にしなくても禰豆子はちゃんとしてるし、可愛いよ」
 ここ最近の禰豆子はしきりに身嗜みに気をつけるようになった。何故だろうかと思うけど何事も気にしすぎは良くない。そう思って炭治郎は声を掛けたのだが、禰豆子は鏡越しにギロリと兄を鋭く見つめている。
 おっと地雷を踏んだかと思い、炭治郎は「先に外に出てるぞ!」と言うと玄関を出て、店の方へと回った。既に竈門ベーカリーは営業しており、焼き立てパンのいい匂いがしている。
 炭治郎は母親に挨拶してから学校に行こうかなと思い、入り口を覗こうとしたところベーカリーのガラス窓の前に立ち止まり中を伺う女学生を見つけた。
 その人は禰豆子と同じキメツ女子学園のセーラー服を纏っており、膝丈のプリーツスカートから伸びる足は白く、ぴったりとしたハイソックスが眩しい。ヘアースタイルはショートカットで、足と同じく真白い首筋がセーラー服に非常に映えていた。そして何より耳にかけられた髪が、息を飲むほど美しい金髪で炭治郎はひゅっと息どころか心臓すらも止まった心地になった。
(我妻・・・・・・善逸・・・・・・)
 心の中で唱えた名前を聞かれたのか。金髪の少女はすっと炭治郎の方へと視線を向けた。そして視界に炭治郎をおさめたのだろう。僅かに丸くなった瞳が太陽によってキラリと光る。
「・・・・・・ぜんい」
「善逸お姉様!?」
 炭治郎の後ろから飛び出してきた禰豆子とその言葉に炭治郎はギョッと目を丸くした。禰豆子は今なんて言っただろうか・・・・・・なんて炭治郎が考えていると善逸はすっと禰豆子の方に向き直る。
 禰豆子は炭治郎の側に立つと慌てて、先ほど散々と確認していた髪とスカートを撫で付けて、頬を真っ赤に染めながら善逸に向かって膝を少し曲げて挨拶をした。
「ご機嫌よう、善逸お姉様!」
「ご機嫌よう、禰豆子ちゃん」
 聖母のような微笑みを湛える善逸に禰豆子はさらに顔を赤くし、炭治郎も呆然と見つめる。正直言って目の前の一連のやり取りはよく分からないが、どうやら善逸と禰豆子が知り合いであるのだけは炭治郎にも分かった。
「善逸お姉様はどうしてこちらに?あの、もしやお近くにお住まいなんですか?」
 禰豆子のお上品な言葉遣いに炭治郎は目が点だ。キメツ女子学園はお嬢様学校だとは聞いていたが、禰豆子は学校でこんな感じなのかと口が開いてしまう。
「いや、朝早く目が覚めたから散策をしながら登校しようと思ってね。そうしたらこのパン屋さんから美味しそうな匂いがしたから、昼食に買って行こうかと思ったんだよ」
「本当ですか!!ここは私の家のパン屋なんです!」
「おやまあ、そうなんだね」
「善逸お姉様に召し上がって頂けるなんて嬉しいです!今日は私もパン作りを手伝っていて・・・・・・」
「ね、禰豆子?」
 マシンガンのように興奮して話す禰豆子に炭治郎は声を掛けた。完全に置き去りにされているが、禰豆子は善逸とどういった関係なのか分からない。学校の先輩後輩なのだろうことは制服が同じことから想像はつくが・・・・・・なぜ、お姉様なのかと炭治郎の頭の中にはハテナマークが飛びかう。
 炭治郎を振り返った禰豆子は今ようやく、炭治郎の存在に気がついてようだった。「あっ」と声を漏らすと「ううんっ」と咳払いをすると両手を合わせてにっこり笑うと善逸を振り返った。
「お姉様!ご紹介が遅れてすみません。兄の炭治郎です」
 そう言って紹介された炭治郎は善逸に視線を向けられてギッと固まった。善逸は姿勢良く真っ直ぐに立つとほんの少しだけ微笑みを浮かべながらその蜂蜜のような眼差しで炭治郎を見つめている。昨日の鋭い視線とは温度が違うが、それでもその瞳に炭治郎は心が高揚するのを確かに感じた。
「あ、の・・・・・・」
「初めまして。我妻善逸です」
「え・・・・・・?」
「宜しくお願いします」
 昨日会っているではないかという言葉を炭治郎が言うより早く善逸から手が差し出される。その手を明るい太陽の下で見つめて、炭治郎は「華奢な手だな」と思った。そしてその手をドキドキしながら取るとギュウウウウウッと強く握られて思わず背筋が伸びる。善逸はにっこりと炭治郎に笑いかけているが目は笑っていない。これは禰豆子に昨日のことを知られるなということだろうと珍しく炭治郎は察しが良かった。
「どうも・・・・・・竈門炭治郎です」
 でも嘘は苦手だ。でも黙っていることくらいは炭治郎にもできる。余計なことを言わなかった炭治郎に満足したのか善逸の力が緩む。そのことにホッとしつつも炭治郎はこんな白魚のような美しい手をしているのになんて力だとか、昨日の顎にヒットしたカウンターの威力とか、最後にくらい気絶まで引き起こした平手打ちを思い出していた。
 善逸の手は華奢だ。男の炭治郎とはまるで違う。指の細さや、骨の大きさ、そもそも手のひらの大きさすら違う。カサつく炭治郎とは違い、撫でれば滑らかでいつまでも触っていられるくらい気持ちがいい。爪も桜貝のようにピンク色でツルツルしていて可愛らしい。指の股さえもが柔らかく心地よい。指同士を絡ませあうとなんとも幸せな心地に・・・・・・あと、なんか凄くいい匂いがする・・・・・・と、そこまで思って「あ、の・・・・・・」とか細い声に炭治郎は気がついた。
 炭治郎がまじまじ見ていた手から顔を上げるとこれでもかというくらいに顔を赤らめた善逸がいた。じんわりと汗をかき、眉根を下げて僅かに俯き、薄くあけた唇を戦慄かせるその顔に炭治郎は「はっ・・・・・・」と息を飲んだ。次いで胸に走った衝撃に炭治郎はぶわっと全身から汗を吹き出す。
 そこまで経ってようやく、炭治郎は自分が善逸の手に悪戯を働いていることに気がついた。にぎにぎさわさわと触れ回り、あまつさえ指と指を絡ませ合うことまでしてしまったと慌てた。
「は、離して・・・・・・」
「す、すまない!あまりにも滑らかで美しい手だったかっ!!」
 炭治郎は最後まで言うことが出来ず、側頭部に衝撃が走って吹き飛んだ。幸いなことに善逸の手を離し掛けていたから彼女は巻き込まれることはなくびっくりした顔で炭治郎を見ている。そして炭治郎の視界の端では学生鞄(英和辞書入り)を振り切った鬼気迫る顔の禰豆子がいる。
 どさりと炭治郎が路上に倒れると同時に禰豆子が善逸に涙目で縋り付き、鞄からウエットティッシュを取り出して善逸の手を拭き始める。酷い。兄をバイ菌か何かと思っているのか禰豆子よと炭治郎は冷たい地面の上で思った。
「ごめんなさいお姉様!!兄が失礼で不快なことを!本当にごめんなさい!!」
「ね、禰豆子ちゃん大丈夫だよ。驚いただけだから。だから、ほら、泣くのはやめて笑ってほしいな?」
「善逸お姉様・・・・・・!」
 善逸はゆったりと微笑むと禰豆子の目尻に溜まる涙を指で掬っている。禰豆子はそれに感極まったのか?を赤らめて程近い距離でうっとりと善逸を見つめた。
 炭治郎はそんな2人を地面に転がりながら見上げている。なんだか怪しい雰囲気の2人にハテナマークを飛ばしまくるが誰も教えてはくれなさそうなのでひとまずは起き上がった。
「あれ・・・・・・?善逸お姉様、顎のあたりにファンデーションが・・・・・・」
「えっ!?」
 吐息が掛かりそうなくらい近い距離で見つめあっていた2人だったので、禰豆子が善逸の肌の違和感に気がついたらしい。禰豆子の言葉に善逸は目に見えて動揺している。
 しかし対して炭治郎は顎の辺りというワードに昨日のクロスカウンターだと思い至った。よくよく考えれば顎の近くにヒットしたのだ。炭治郎が青痣になっているのだから、善逸だって青痣になっているに決まっている。炭治郎は女性の顔に傷痕を残してしまった罪を詫びねばと思ったのだが、口を開きかけた炭治郎に瞬時に察したのだろう善逸がギラリと睨み付けてきて、結局音は喉から出なかった。
「どうしたんですか?まさか怪我を!?」
「いや、ちょっとね。ぶつけてしまって・・・・・・」
「誰がお姉様の顔に怪我を負わせたんですか!?私が!私が報復を・・・・・・!!」
「大丈夫、大丈夫。落ち着いて禰豆子ちゃん。ほら、そろそろ学校に行かなくちゃダメだし、それにパンも買って行かなきゃだし。禰豆子ちゃんの焼いたパンはどれなのかな?」
 善逸はそう言ってシャドーボクシングのように足技を振りかざす禰豆子を宥めた。禰豆子の強烈な足技を喰らうのは流石に犯人のた炭治郎も勘弁願いたい。何しろ一緒に暮らしているのだ、四六時中も蹴り倒されたくはない。逃げることもままならない。
 禰豆子はおでこに血管を浮き上がらせながらも善逸の言葉に渋々頷いた。そして善逸の手に己の手を絡ませると特上の笑顔を見せて「こちらです!私が焼いたのはメロンパンですよ!」と善逸を竈門ベーカリーの中へと導いた。そして扉を開けて善逸を先に中に通すと路上で立ち尽くす炭治郎へと笑顔を向けた。
「お兄ちゃん。私、お姉様とご一緒に登校するからもう行っていいわよ」
 そう言うと禰豆子は扉を閉め掛けたが、すぐにまた開いて顔を覗かせる。炭治郎を見つめる禰豆子の顔は・・・・・・真顔だ。
「それといくら善逸お姉様が魅力的だからって邪な目を向けるのはやめてっ!!」
 バタン!!っと閉まる扉に合わせてドアベルが激しく鳴っている。炭治郎は昨日の夜から今日の朝にかけて起きているとんでもない展開についていけない。何しろ善逸と出会ってまだ12時間も経っていないと言うのに、我妻善逸の濃厚な情報が炭治郎にガンガン注ぎ込まれているのだ。もはや炭治郎の頭はパニックだ。
「我妻・・・・・・善逸・・・・・・」
 強くて、優しくて、信念があって、セーラー服が似合ってて、手や首が細くて、滑らかで、すべすべで、手を握られて触れられて、真っ赤になった顔が・・・・・・とても、とんでもなくーーー。
「・・・・・・すごく・・・・・・かわいい・・・・・・」
 炭治郎は自然と口から漏れた言葉に、ようやく自分が我妻善逸の虜になったことを理解した。

****

 キメツ女子学園は初等部から高等部、果ては別の敷地に女子大まである由緒正しい学校だ。強く美しい女性を育てるという校訓のもと、そこに通う女子学生たちは立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と実に大和撫子だと評判だ。
 そんなキメツ女子学園は長い歴史がある故に少々、変わった風習もある。そのひとつがキメツ女子学園高等部生徒会である。この生徒会はひと昔前から連綿と続いており、現生徒会役員による指名制によって新な役員が選出される。なりたいと思ってもなれるものではない。
 生徒会は自治権が強く、ありとあらゆる面で主に高等部、中等部の生徒達の模範となり、守り、導く存在である。ゆえに中等部、高等部の生徒からは生徒会役員は憧れの存在であり、「お姉様」と親しみをもって呼ばれるのだ。
 さて現在のキメツ女子学園の生徒会役員を構成しているのは4人の生徒だ。生徒会長として胡蝶しのぶ、副会長として栗花落カナヲ、書記として神崎アオイ、会計として我妻善逸である。我妻善逸以外は初等部から学園に在籍していたが、我妻善逸はなんと高等部からの編入である。それなのにも関わらず生徒会役員に選ばれたことは学園を揺るがす事態であった。
 だがしかし麗しき生徒会長、胡蝶しのぶが自ら選出したのだ。他生徒達は嫉妬が全くなかった・・・・・・ということはないが、表立って文句を言うものもいなかった。だが嫉妬と言ってもそれもすぐに収まりを見せた。我妻善逸は現生徒会役員にはいないボーイッシュな風貌と振る舞い、そしてなによりも金髪金目というお伽話から抜け出てきたような美しい見目に男に免疫などない女生徒たちはメロメロになった。一部は王子様とか呼んでいるのをとりあえず我妻善逸だけは知らない。
 そんなキメツ女子学園で注目を浴びる我妻善逸はどこの貴族の応接間だというような生徒会室の自席に座り、ぼんやりと生徒会長の席で戯れているしのぶとカナヲを見つめていた。
「師範・・・・・・今日は会議が終わったら手合わせをお願いします・・・・・・」
「ふふっカナヲったら。気が早いですね。家に帰ってゆっくり手合わせすればいいでしょう?」
「そんな・・・・・・家までなんて我慢できません・・・・・・」
 しのぶは椅子に座り、その椅子の隙間に片膝を乗せて迫るカナヲ。全くもって怪しい図だが、このキメツ女子学園ではよくあることだ。あと話してる中身も怪しく聞こえるが比喩とかではなく、そのままの意味なのであの2人は帰ったらめちゃくちゃ木刀を打ち合うのだろうなと善逸は働かない頭で思ってた。
「それとカナヲ。学園では『しのぶお姉様』と呼びなさい?」
「あっ・・・・・・すみません。しのぶお姉様・・・・・・」
 うっとりと見つめ合う2人に善逸は心の中で絶叫する。なんなんだろうかこの文化は。中学校まで普通の公立の共学で過ごしてきた己にはしんどいものがあるとブルブルと震える。
「遅れてすみません。お待たせしました」
 生徒会室の扉が開き、入ってきたのは神崎アオイだ。彼女はキビキビと自席につくと作成してきた報告書と資料を取り出す。善逸は立ち上がると「手伝うよアオイちゃん」と紙束を受け取り、しのぶとカナヲの席に置いた。
「それでは本日の会議を始めましょう」
 嫋やかなしのぶの声に揃って頷くと渡された資料に目を向ける。そして資料作成者のアオイが資料の説明をし始めた。
「まずは来月の生徒主催のイベントについてですが、今回は茶道部と華道部が中心となり茶会を開くことになりました。規模と予算が書かれています」
 しばし資料を捲る音、意見の交換などが行われてまあまあ普通の生徒会の会議が進んでいく。善逸も予算変更の場合の概算をしのぶに求められて算盤を弾いたりなど、真面目に仕事をこなす。
「・・・・・・ということでこの件はひとまずいいでしょう。茶道部と華道部には私から修正した概要を連絡しておきます」
 しのぶがそう締めくくると、ほっと善逸は息を漏らす。会議は1時間程だっただろうか。キメツ女子学園は生徒がやりたいと言ったことを生徒会が実現可能かどうか精査して仕切るのだが、他にも色々と行事があり中々に忙しいのだ。
 正直言って善逸は生徒会なんてやりたくなかったのだが、なんと恐ろしいことにこの生徒会役員に選ばれた場合、拒否権がないのだ。いや、あるのかもしれないがそもそも役員に選ばれるには厳しい条件がある。その条件をどれだけの生徒がクリアーできるのかと思うと受けざるを得ないのだ。
 善逸はアオイが淹れてくれたお茶で喉を潤すとこれから始まる報告会に気が重くなる。無意識にわずかに痛む顎の辺りをさすってしまう。
「・・・・・・さて、それでは昨日の報告を聞きましょう。カナヲ」
「はい。昨日のキメツ高校との抗争ですが、当初の予定どおり向こうに側に一対一を提案。キメツ高校は想定通りに竈門炭治郎を代表として出してきました」
「なるほど。ここまでは我々の思惑通りでしたね」
「はい。その後、こちらの代表である我妻善逸、竈門炭治郎で決闘を開始し、約40分の闘争の結果、クロスカウンターで引き分けになりました」
 しのぶの鋭い目が善逸に向いた。善逸は頭を掻きながらもパンチを食らった辺りを撫でて見せた。指で?を擦るとファンデーションが崩れて青痣がすこし見える。それにしのぶは気に食わないという顔をした。
「引き分け・・・・・・ということは善逸君の戦法が効かなかったということでしょうか?」
「ああ?。思った以上にタフだったんですよね。側頭部をガードごと蹴っても少しふらついたくらいでピンピンしてたので。やっぱり岩をも砕く頭骨っていう噂は本当なのかも」
 善逸の言葉にしのぶはふむっと頷いた。そしてちらりとカナヲに視線を向けて続きを促す。
「・・・・・・その後、竈門炭治郎と対話。彼はこちらがこの一帯の縄張りを欲しがる理由を知りたがり、善逸がキメツ女子学園生徒達の不安解消の為と答えたところ、この一帯をキメツ高校が放棄することを宣言しました」
「なるほど。朝一に聞いた報告通りですね。向こうが本当に放棄するかは分かりませんが・・・・・・まあ、様子をみましょう。向こうがこちらを侮るような態度に出るのならば・・・・・・今度こそ私たち『毒の蝶』の実力を見せて差し上げるだけですから」
 うっそりと笑む胡蝶しのぶに善逸は背筋が震えた。そしてこんなにも美しく、優雅であるにも関わらず巷でいうところのレディースチームの総長なのだからとんでもないなと思った。
 キメツ女子学園の変わった風習の一つ、それは生徒会役員はレディースチームの幹部だと言うことだ。これは学園創立時から続いていることらしく、実に古い歴史があるのだ。
 レディースチーム『毒の蝶』はキメツ女子学園に魔の手を伸ばす不届き者を成敗、そして生徒達を守るために存在する。表立って生徒会として活動をしているが、裏では生徒達に輩が近づいていないかの調査や危険が迫っている場合の対処をしている。
 つまり生徒会に入るには荒ごとに長けていなければならないのだ。善逸は育ての親が武術師範であり、善逸もまたそれを身につけるように指導された。その腕前を見込まれてこうして生徒会に在籍しているのだ。
 最初は説明されて「なんじゃそりゃ!?」であったが、キメツ女子学園は確かに柄の悪い高校に囲まれているように建っており実際に生徒達にちょっかいかけてくる輩がいるのだ。そんの事実を知ったからには善逸には見て見ぬふりはできない。自分にできることがあれば・・・・・・と思い生徒会役員、レディースチーム『毒の蝶』に入ったのだ。
 だがしかし居心地がいいかと言われたら、まあ、いいわけではない。何しろ善逸は年上の義兄と一緒に男のように育ってきたのだ。こんな嫋やかな女子校に入り、お上品に振る舞うのはしんどい。そして加えて小心者でもある善逸にいくら武道を嗜んでると言っても他校の奴らとやり合うのは荷が重い。
 だがそれは善逸だけではない。他の女の子達も体格のハンデがありながらも頑張っているのだ。本当なら善逸は泣き叫んで怖い怖いと言いたいところだが、ぐっと我慢している。もちろん、そんな善逸の性格を見越してしのぶには「品位を損ねないよう猫を被るように」と言われてたんまりと宝塚華劇団のDVDをしこたま渡されたのだが。これを真似ろと言うことかと、善逸はなるべく無理のない範囲で所作や表情、話し方を真似ている。
「それにしても・・・・・・竈門炭治郎を買い被りすぎましたね。女性には手をあげないと聞いていたんですが・・・・・・」
 不満げにいうしのぶに善逸は申し訳なく思った。善逸達の作戦としてはこうだ。キメツ高校に一対一を申し込む。すればキメツ高校で1番強いとされる竈門炭治郎が出てくる。しかし彼は女とはやり合わない主義らしいので、躊躇ったところを善逸がボコボコにする・・・・・・というものだったのだがあてが外れたのだ。普通に竈門炭治郎は善逸と戦ってきたのだ。それも楽しそうに。
「それなんですけど、竈門炭治郎はどうやら最後の最後まで善逸さんが女性であることに気がつかなったみたいなんです」
「あらまあ!そんな!信じられません!失礼ですね!」
 キリキリと目を吊り上げるしのぶに善逸は居た堪れない気持ちになった。やはりもっと分かりやすく女子なカナヲやアオイを代表にした方が・・・・・・いや、それはできない。万が一があったら後悔すると善逸は改めて思った。
「見る目がない男もいるものですね!許せません!」
 とはいえ、男のような格好であったのも確かで・・・・・・振り返れば竈門炭治郎も不運だよなと、プンプンと可愛らしく怒るしのぶを見ながら善逸は困ったように笑うのだった。

****

「姉妹制度?」
「そうよ。キメツ女子学園の中等部と高等部には姉妹制度があるの」
 寝る前にリビングでヨガをする禰豆子をこれまた風呂上りにストレッチをする炭治郎は聞いたことのない単語に首を傾げた。それにしても去年まではただのストレッチをしていたのに、いまやヨガかと炭治郎は禰豆子に年頃を感じた。花子もいずれヨガをするのだろうかなんて今は詮ないことを考える。
「何するんだ?その、姉妹制度って」
「簡単に言えば学内での自分だけのお姉様とその妹ね。他の生徒達とは一線を画する親密さを表すものよ。姉も妹も1人しか持てないの。だからこそ特別なの。お姉様は妹を教え導いて、妹はお姉様から学びそして支える・・・・・・こんな感じかしら」
「そんなものがあるのか・・・・・・」
 炭治郎はぐっと背中の筋肉を伸ばして、禰豆子の言葉を飲み込んでそして「あれっ?」と思った。そもそも禰豆子に質問した内容は「朝にあった金髪の人とはどんな関係なんだ?」だ。これがどうして姉妹制度の話になるのか。
「・・・・・・禰豆子はあの人の学園での妹なのか?その、善逸お姉様って呼んでただろう?」
 炭治郎の言葉に禰豆子はぐっと眉毛を寄せると、猫のようにしなやかにヨガのポーズを取る。炭治郎にはなんのポーズかは分からない。禰豆子はそのままの体制で固い声で言った。
「狙ってるの」
「何を?」
「善逸お姉様の妹の座を」
 真剣な顔で言う禰豆子に、炭治郎は女子校って不思議だなと思う。そして善逸は妹がいないのかとそれも不思議に思う。あんなにも美しいのだからそれこそ今の禰豆子のように妹になりたいと思う後輩は多いのではないだろうか。
「それで、禰豆子はなれそうなのか?」
「ううーん・・・・・・。善逸お姉様はね、誰もが憧れる生徒会役員の会計をされてる方なの。生徒会って言ったら中等部高等部含めて全校生徒の憧れの的で・・・・・・善逸お姉様は生徒会の中でも王子様系だし、妹になりたいって人は沢山いるのよ。でも善逸お姉様は高校からの入学で、姉妹制度に馴染みがないからって今のところは妹を作る気はないみたいなのよね」
 ふぅ、とため息つく禰豆子の姿に炭治郎はまるで別世界だなとついていけない。しかし学園での姉妹という存在が特別なものだというのなら、少し羨ましい気持ちになる。本物の姉のように優しく接してくれるというのなら、それがあの美しい金の髪と瞳をもつ人だというのなら尚更だ。あの細く美しい指で頭を撫でられたら夢見心地だろう。
(・・・・・・俺としては敵を倒すために握り込まれた拳も素敵だと思うが・・・・・・。まあ、女性にあまり男と殴り合いはして欲しくないな)
 炭治郎は昨日の善逸との戦いに想いを馳せる。あれほど高揚したのは本当に久しぶりだったのだ。戦うのが楽しいとすら思った。自分を倒すと見つめてくる眼差しに絡みとられたかのように何度も何度もあの場面を思い出す。
(ああ・・・・・・でも、今朝見たセーラー服姿も良かった。可愛かった。なんかこう・・・・・・清楚で。というかお嬢様学校通ってて生徒会役員しててレディースしてるって凄いな)
 そんなことを炭治郎がつらつらと考えていると禰豆子が「もう寝るね!おやすみ、お兄ちゃん」と言ってリビングを出て行った、が。すぐに引き返してくるとリビングのドアから顔を半分覗かせて鋭い目で見てくる。
「お兄ちゃん。善逸お姉様のこと気にしてるみたいだけど・・・・・・変な目でお姉様みたらいくらお兄ちゃんでも承知しませんからね!!」
 禰豆子は強い語調でそう言うと今度こそ自室へと向かっていった。リビングで釘を刺された炭治郎はドキドキしながら「難しいなぁ・・・・・・」と独りごちた。
 そして炭治郎がそろそろ寝ようかと腰を上げると、そう言えばスマホが手元にないのに気がついた。炭治郎は割とアナログな人間なのでスマホをどこかに置いてきてしまったのに気がつくのがどうも遅れるのだ。けれど昨日のように急にクラスメイトから連絡が飛び込んでくることもあるのでこのまま忘れっぱなしはまずい。
「どこで最後使ったっけ?店かな?」
 炭治郎は廊下を歩き、店のバックヤードに繋がる扉を開けると突っかけサンダルを履いて店のレジ台の方へと向かった。真っ暗になった店内に外の街灯の灯りが差し込んでいる。炭治郎はなんとはなしに明るい窓の方へと目を向けて、ギュッと心臓が縮んだ気がした。
 炭治郎は慌てて走り、店の扉を開ける。夜の街にドアベルが勢いよくカランカランと音を立てたが、今の炭治郎にはそんなのはどうでもいいことだった。
 突然開かれた扉に、店の窓ガラスに背を向けて立っていた人物が驚いたような顔で振り返った。その人物はフード付きのパーカーを着ていて、髪も全て覆われていたけれど、炭治郎が思った人であった。
「善逸!!やっぱり善逸だ!」
「ど、どうして分かったんだよ!!」
「分かる!分かるぞ!背格好がこう・・・・・・善逸だった!!」
「ええ・・・・・・?」
 善逸が引いたような目で炭治郎を見るが、炭治郎はそんなことには気がつかない。善逸に今朝だけじゃなく夜に会えたことが嬉しい。
「こんな時間にこんなところで何してるんだ?あ!パンをまた買いに来てくれたのか?すまない、うちは夜19時で閉店なんだ」
 今朝、昼用にと善逸が竈門ベーカリーのパンを買って行ったのは覚えている。炭治郎は実家のパンが1番美味しいと自負しているので、善逸が翌日の朝食としてパンを求めてきても不思議はないと思った。しかし善逸はふるりと首をふると「違うよ」と言う。
「違うのか?じゃあなんで・・・・・・。昨日の今日で俺が言うのはおかしいが、あまり遅い時間に女性が出歩くのはよくないぞ。いや、善逸が強いのは分かっているが・・・・・・善逸は可愛い女性なんだ。気をつけた方がいい」
 炭治郎が思った通りのことを言うと、善逸は「はぁ!?ど、どこに目をつけてんだ!?」と言うので、炭治郎は素直に眼球辺りを指さし「ここだな」と言った。
「そういうこと言ってんじゃないよ・・・・・・。ああ、いや、いいやもう。話が進まないわ。・・・・・・あ、あのさぁ、お前のさぁ」
「俺の名前は炭治郎だ」
「・・・・・・ええ?・・・・・・いや、いいや。・・・・・・炭治郎のさぁ、ここ、見せてよ」
 そう言って善逸が指を伸ばし、炭治郎の頬に触れた。桜貝のような爪先が、細く白い嫋やかな指が炭治郎の?を撫でていく。それに炭治郎はぐっと心臓が鷲掴みにされたかと思った。
「ああ、やっぱ腫れてんね。ごめん、ごめんよ。昨日はつい動転して、カッとなってひっ叩いちゃってさあ。痛かったよなあ」
 そう言って善逸が指先で炭治郎の?をすりすりと撫でた。善逸が話してるのは昨日の男と勘違いしたのを咎められて平手打ちされたことだと分かった。しかし炭治郎にはそんなことを考える余裕はない。何しろ今朝、好きだと自覚した人が己を心配して?を撫でているのだ。すりすりと。いかに長男であっても年頃でもある炭治郎には刺激が強い。
「いや!その、大丈夫だ!あれは俺が悪かったから!・・・・・・あ。もしかして今朝、家の前にいたのも?」
 炭治郎の言葉に善逸はぎくりとした表情を見せて、そして少し俯くとカアアッと?を染めた。なんで家を知っていたのかとか聞くべきことはあるのだろうが、炭治郎はそんなことはどうでも良かった。そもそも竈門炭治郎というのを知っていたようだし、事前に調べていたのかもしれない。振り返ってみれば、ヒット&アウェイな戦法など、炭治郎を制限する動きが多かったから対策されていたのだろう。
「いや、だって、戦いが終わった後に引っ叩いたからさ・・・・・・。あれは、ほら、良くないじゃん?終わった後なのにさ。だから・・・・・・謝ろうと思って」
 小さくなりながらゴニョゴニョ言う善逸に炭治郎は胸が高鳴る。可愛い、可愛い。何これなんだこの可愛い生き物。どこが王子様なんだ?可愛い可愛いお姫様じゃないか。炭治郎はそう思い、善逸の顔を見つめて、そして善逸の顎あたりに青痣がくっきりあるのに固まった。
 どうやら今はファンデーションを塗っていないようだ。くっきりと残る青痣に炭治郎は「傷物にしてしまった!!」と脳内がパニックに陥る。そしてそのパニックな脳内が弾き出した答えは『責任を取る』であった。
 炭治郎はがしりと善逸の両手を握るとぐいっと胸の高さまで持ち上げた。突然の炭治郎の行動に善逸は驚いた顔をするが、どうやら初心なのかすぐに困った顔で?を赤らめる。可愛い。
「好きだ!!善逸!!俺の嫁になってほしい!!」
「なんて!?」
「俺は善逸が女性と気がついていなかったとはいえ!お前の美しく可愛らしい顔に傷跡をつけてしまった!!だから責任を取らせてくれ!けど責任感だけでお前に求婚してるのではない!好きだ!昨日出会ったばかりだが、お前のその強さと優しさに心をすっかり奪われてしまったんだ!!」
「ひっ、ひえええ・・・・・・何言ってんの?傷跡って、痣だから治るよ!」
「ダメだ!!責任を取る!取らせてくれ!必ず善逸を幸せにする!!」
 夜の商店街のど真ん中。まだ時刻は10時過ぎで遅い帰宅をするサラリーマンもいれば、飲み屋帰りの人々もいる。しかし何より炭治郎は声が出かかった。商店街の美味しいと評判の竈門ベーカリーの長男がどうやら誰かに求婚してるらしいとあちこちから窓が開いて顔がでてくる。
 しかしそんな事は炭治郎には関係ない。何はともあれ善逸だ。善逸の了承がほしい。だから炭治郎は道ゆく人、商店街の住民達が野次馬するなか馬鹿のひとつ覚えのように善逸に求婚した。
「好きだ!間違いなく世界一好きだ!結婚してほしい!!」
「うあああ?!!助けてよ禰豆子ちゃああああん!!」
 炭治郎の求婚に限界を迎えた善逸はとうとう禰豆子の名前を叫んだ。そしてその次の瞬間には炭治郎の側頭部に禰豆子のデコピンが飛ぶ。その衝撃から吹き飛んだ炭治郎は薄れゆく視界の中、善逸が禰豆子に縋り付いてひんひん泣いているのと、禰豆子が優しく善逸を抱きしめながら嬉しそうに微笑んでいるのが見えた。

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