転生後に炭治郎を除く同期組が皆んなに会うため、バンド組んでメジャーデビューする話です。基本的にみんな前世の記憶あり。小話も入ってます。
約80000字/今のところ全年齢/パラレル設定
第一話
「・・・・・・なあ玄弥。俺たちなんでこんなところまで来ちゃったんだろうな」
我妻善逸は熱気溢れるバッグヤードにて相棒であるエレキギターを撫でながらそう呟いた。対する玄弥も相棒であるベースの最終チェックに余念がない。
「俺たちを連れてきたお前が今更そんなこというなよ」
「連れてきたつもりはないんだけど!?みんな同罪だよね!?」
善逸の言葉に玄弥はまあ、そうかなとは思ったけど何も言わなかった。善逸は「ねえ!なんか言ってよ!!」と泣きそうになるが、伊之助の最終メイクを行っていたヘアメイクのスタッフが鋭く「化粧崩れるから絶対泣かないで!!終わってから泣いて!!」と叫ぶ。
「ひえっ!おっかないよぉ・・・・・・」
「何びびってんだよ!弱味噌!!いつも通りやりゃいい話だろ?」
皮膚に若干のファンデーションを塗られる感覚に眉を顰めている伊之助が善逸にそう言った。善逸は信じられないものを見る目で伊之助を見返す。
「お前は正気か!?とんでもねー人数が入ってんだぞ!?ホール満席ってどういうことなの!?死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!緊張で死ぬ!絶対に音飛ぶ!笑い者の晒し者だ!!ネットで酷評されてしまう!!」
善逸は青ざめて震えているが涙は堪えているのかこぼれてはいない。しかし失敗するとか騒いでいるが玄弥からすれば善逸は絶対に失敗しないと分かっていた。むしろ己の方が音が飛びそうだと内心で思う。
「私も緊張してたけど、善逸がすごく緊張してるの見てたら落ち着いてきちゃった」
「あーカナヲもか?俺もなんか落ち着いてきたんだよな。他の奴が取り乱すと冷静になるよな」
キーボードのチェックが終わったカナヲはバッグヤードでたむろしている善逸たちの元へとやってきた。伊之助も最後まで逃げ回っていたメイクが完了し、メンバー全員が揃ったことになる。
「はああああ。本当にもう怖いよー。とうとう本番が来ちゃったよおおお」
情けない声を出す善逸に伊之助がボカリと拳を落とす。ごちんと痛そうな音がしたが、本番前だからか顔は狙わなかったのに成長を感じるなと玄弥は思った。
「とうとうじゃねーだろ!!やっとだ!!」
伊之助はそう言って満面の笑みを見せた。その笑みは本当に今日を楽しみにしていたというのが分かるものだった。確かに伊之助だけではなく、善逸も玄弥もカナヲも今日を楽しみにしていた。ずっと昔から望んでいた日だ。
「・・・・・・みんなが俺たちを覚えてて、ここに来てくれてたら、だけどね」
「俺たちが覚えてんだぞ。あいつらも覚えてるに決まってやがる!だからここに来る!!みんなが見つけやすいように俺たちは今までやることやってきたんだ!間違いねーぜ!!」
善逸の言葉に伊之助は胸を逸らして自信満々に笑う。そんな伊之助に善逸は大きく息を吐くと、「そーだね。炭治郎を信じましょうか」と諦めたように笑った。
「しのぶ姉さんもカナエ姉さんもきっと覚えててきてくれてるわ」
「・・・・・・俺も、兄貴も悲鳴嶋さんが来てくれてるって信じてるよ」
カナヲと玄弥の言葉に伊之助は満足げに頷いた。そして小脇に抱えていた猪を模ったフルマスクを被る。
「・・・・・・毎度思うけど、お前それ被るのになんでメイク必要なんだろうな?」
「ほんとだぜ!!鬱陶しいったらねーよ!!」
今のところ世間に素顔を晒したことのない親分は実に納得がいかないと言うように憤慨していた。しかし何度見ても猪頭に裸ベストに黒のズボン、そして青いネクタイという出で立ちが凄いと善逸は思う。
そういう善逸も伊之助と玄弥と揃いの黒ズボンに、黒ベストに黄色いネクタイなのだが、伊之助との最大の違いは白シャツを着ている点だ。玄弥は善逸とほぼ同じでネクタイが緑な点とベストではなくジャケットであることが違う。カナヲが一番意匠が異なる。黒シャツにピンクのリボン、そして白ベスト。そして膝丈の黒スカートに編み上げブーツだ。じつに有趣味な服装を皆でしていると思うが、衣装を決めるのは善逸たちの仕事ではない。
善逸たちの仕事は曲を作り、歌詞を書き、演奏して歌うこと。これだけだ。
「本番5分前になりまーす!鬼滅隊の皆様は移動をお願いします!!」
スタッフの声に善逸は「はぁーしんどいいいいい」と言いながらも相棒片手に歩いていく。伊之助は善逸の肩に腕を乗せると、「やるぜ!!俺がやるぜ!!今日もバッチリ決めてやる!!」と興奮している。
「がんばろうね」
「おう」
玄弥とカナヲは2人の少し後ろを歩きながら、少しずつ上がっていく己のボルテージに身を任せていた。
やるべきことはやった。
あとは見つけてもらうだけだった。
そして、今日が最高の日になると4人は信じている。
****
我妻善逸は赤ん坊の頃から児童養護施設にいた。その施設は藤という苗字のひさという名の老婆が経営していた。善逸は変わった子供であり、どれくらい変わっているかというと前世の記憶があったのだ。
我妻善逸は前世では鬼を殺す鬼殺隊という組織に所属して日夜戦っていたのだが、何の因果か生まれ変わってもその記憶があった。とはいえ鬼はかつての仲間たちと元凶を討ち滅ぼしたためもう存在しない。
善逸は前世でも孤児であったが、今世では寝床も飯も教育もある素晴らしい場所でひさの愛を受け取りながらぬくぬく育った。
その善逸が驚いたのは4歳の時だ。前世の仲間である栗花落カナヲが施設にやってきたのだ。なんでも親に置いて行かれ、親はそのまま蒸発したらしい。なんてヘビーなと善逸は思ったがカナヲは特に気にしていなかった。なぜならカナヲも善逸同様に前世の記憶があったからだ。そうしてかつての仲間と兄弟のように過ごしていたが、その翌年。今度は施設に嘴平伊之助がやってきたのだ。
伊之助は前世同様に母が山付近で事故で死に、そのまま猪に山で育てられ、それを山菜取りに出かけたひさが見つけて連れ帰ってきたのだった。そして勿論、伊之助にも前世の記憶があった。
続々と集まる前世の同期に、善逸とカナヲは少しだけ怖くなった。伊之助は気にしていないどころか、同期が全員集まったら面白いと思っていたようだが、善逸とカナヲはとんでもないことだと思っていた。
この3人はまだいい。
生まれながらの孤児と捨てられた幼女と野生に還っていた猪人間だ。
別にしがらみもなければ問題もない。
だか残り2人の同期は家族がいる。そしてどちらも家族を鬼に殺されたから兄弟2人きりになってしまった経緯があった。
善逸とカナヲはどうかここに来てくれるなと祈った。なぜならここに来るということは、家族に何かあって養育ができないということになってしまう。
そんな2人の祈りは虚しく、善逸とカナヲが8歳の時に玄弥がやって来た。善逸とカナヲは泣いた。玄弥に縋り付いて泣いた。なぜ、なぜ来てしまったのだと泣いた。いままでの流れに反さず、玄弥も前世の記憶があった。玄弥の話では母が過労で倒れて亡くなり、父は蒸発。兄弟が多いため全員で同じ施設に入るのは難しかった。6人までなら受け入れられるところがあったが1人あぶれてしまう。玄弥は前世で死んだ弟妹たちと長兄である実弥と過ごさせてやりたかった。ゆえに1人だけが別の施設に行き、全員集まれるまで待つ算段だったが玄弥が入った施設がブラックなところがあり、摘発やらなんやら大変な騒動が起きてあちこちたらい回しになった結果、ここに行き着いたらしい。
ちなみに兄弟の行方はたらい回しになった時に消失してしまい分からないと玄弥は善逸とカナヲに泣きながら説明した。
善逸とカナヲは玄弥と抱き合って泣いた。伊之助は玄弥が来たのに喜んで、「次は権八郎とねず公だな!」と言ったので玄弥が殴って大喧嘩になった。
ちなみに伊之助には家族がある人がここに来ることがどんなことなのか、3人でとつとつと説明した結果、伊之助は炭治郎が来ませんようにと祈るようになった。
伊之助だけではなく、他の3人も当然祈った。
ここに来ませんように!!
そうして祈った効果があったのか、善逸たちが15歳になるころにも炭治郎たちは現れなかった。そして玄弥の兄弟も見つからなかった。
玄弥はともかくとして、善逸とカナヲと伊之助は別に寂しくはなかった。もとから家族はいないようなものだ。それどころか賑やかなメンツで育っているので前よりは全く孤独は感じない。いや、むしろこの面子はもはや家族だ。カナヲなんてこの3人の前では気にせずに着替えるからな。それを善逸は毎度「やめなさい!!はしたない!!」というのだがカナヲはなんのそのだ。女性に緊張する性質の玄弥もカナヲはもう対象外なのか気にしなくなってしまった。伊之助はそもそも言うまでもない。
というわけで物理的な寂しさはないはずだった。毎日子犬が転がるように4人で過ごしているのだから。けれどどうしても物足りない。埋められない寂しさがあった。
善逸と伊之助は炭治郎と禰豆子に。
カナヲはしのぶとカナエ、アオイなど蝶屋敷の面々に。
玄弥は実弥と弟妹、そして師匠である悲鳴嶋に。
みんなそれぞれ何に変えても会いたい人がいた。
「おい。権八郎たち探そうぜ。ついでにしのぶたちも」
そう言ったのは伊之助だった。玄弥の兄弟の名前をあげなかったのは、もともと探しているからだ。伊之助はとうとう我慢できずに他の面子も探して会いたくなったのだ。
「あー。そうねえ・・・・・・。どうやって?」
玄弥の兄弟は知り合いの養護職員の伝手で探しているのだがほかの面子はどう探すというのか。善逸は寄付で貰ったエレキギターを弾きながら問いかけた。
「それは子分たちで考えろよ!」
理不尽な親分に善逸はちらりと隣で雑誌を読んでいるカナヲに目をやった。カナヲはうーんと言いながら、ページを捲り続けている。
「玄弥はなんか作戦ある?」
「・・・・・・あったら、俺は今頃ここなはいないぞ」
「だよねぇ」
まだ義務教育も終わっていない子供である身だ。前世ではもうすぐ鬼殺隊士なる頃だが、全く平和になったものである。
「なんだよやる気ねえな!半逸!!お前は健太郎に会いたくねえのかよ!!あんなに乳繰りあってたくせによお!!」
「ちょっとやめてくれる!?というか誰だよ健太郎!!そんな奴と乳繰りあった記憶ねーわ!!」
前世での関係を突然暴露された善逸は真っ赤になって怒鳴っている。しかしながら善逸と炭治郎が恋仲であったことなど、鬼殺隊の中では公然の秘密であり、知れ渡っていることだから何を今更ではある。善逸もその優秀な耳で知れ渡っていることを知っていた筈だが何故だか秘密にしているという姿勢は崩さなかった。
「なんだよ・・・・・・会いたくねーのかよ」
「会いたいに決まってるでしょーが!!ずっと我慢してますよ!!なんなのもう!!」
善逸はそう叫ぶとギュイーンとエレキギターをかき鳴らした。即興の速弾きはあいも変わらずどうなってるか分からない。しかし昨日見た音楽番組で弾いていたギタリストよりも技巧もセンスも上なのは3人とも分かった。
「あ。これなんていいかもしれないわ」
カナヲがそう言って指さしたのは雑誌に小さく載っていた『ギタリスト募集中』という文字だった。
「ギタリスト募集?これが何なんだ?」
「善逸ならなれそうじゃない?有名になってテレビ出たら皆んな気がつかないかしら」
カナヲの言葉に伊之助が「それだ!!俺たちが有名になりゃいいんだ!!」と叫んだ。
そこから紆余曲折、悲喜こもごも。
たっぷり2ヶ月くらい喧嘩したり殴りあったり説得したり泣き落とししたりして、晴れて4人でバンドを組むことになった。
ボーカルとギターを善逸が、ベースとサブボーカルを玄弥が、キーボードをカナヲが、そしてドラムと親分を伊之助が務めることになった。
バンド名は『鬼滅隊』とし、音楽傾向はメンバーに猪頭とモヒカンがいることからロックバンドとした。バンド名は直接的に『鬼殺隊』とする案もあったが、扱うには本人たちにとって少し重すぎる名前だったので少し変えて『鬼滅隊』とした。これならば記憶があるものが聞けば興味も湧くはずだという思いもあった。
さてバンドを組んだとしてもプライベートでは意味がない。目指すはメジャーデビューしてテレビに映ることだ。そしてみんなに見つけてもらう。きっと見つけてくれたら、コンサートを開催したら来てくれるに違いない。
そんな安易な考えで始めたことであったが、こと音に関しては右に出るものがいない才能をもつ善逸がいたため、試しに作ってレーベルに送ったデモテープがあっという間にデビューしないかという話を連れてきたのだ。
正直、伊之助以外は上手くいったらいいなーという気持ちであったため自分たちは騙されているのではないかと思ったくらいだった。
しかしそんな事もなく、4人はプロとしてやっていくために練習の日々を過ごすことになった。善逸は元よりギターも歌もばっちりであったがほかの面子はそうはいかない。急いで善逸と揃っても問題ないくらいに仕上げなければならなかった。
3人が技巧を磨くなか、善逸はひたすら曲を作って歌詞を書いた。伊之助と玄弥のビジュアルを活かすため、ロックとは何かと悟りを開きそうなくらいにストイックに打ち込んだ。
そうしてガムシャラに走らざる得なかった4人であったが、仲間が家族がいるから耐えられた。走って走って真面目な玄弥がよく「できねぇ!!俺には呼吸の才能もなければ音楽の才能もねえのかよ!!」と死んでいたがみんなで励ました。「大丈夫だって!音楽は反復練習だ!玄弥は反復練習得意でしょ!!」「反復練習じゃねえ!反復動作だよ!!」と善逸は殴られた。
そんなことをやりながら、気がつけば4人はレコーディングとプロモーションビデオなるものを撮影し終わっていた。その時の年齢は伊之助が15歳で他3人が16歳の時だった。
演奏して歌い終わり、正直もうやり切った感が全員にあった。それくらい怒涛の日々であり、もうよく分からなかった。ちなみに分からないのはその後もだった。
「え?渋谷ジャック?」
「そう。渋谷の駅前の電光掲示板を12:00きっかりにのっとるから。それを知らせるのに渋谷12時に何かあるっていうのだけネットに乗せる」
レコーディングが終わって、マネージャーである後藤に今後の売り出し方とかを教えてもらえる。本当ならこれ、もっと早く教えてもらえるものではないのかと思ったけれど、善逸たちは死にものぐるいで曲にかかりっぱなしだったのだ。おそらく何も気にせず打ち込めるように黙ってくれていたのだろう。
「渋谷・・・・・・へえ、へえ」
「そしたら権八郎たちに会えるのか?」
善逸はもう疲れ果てていてなんでもいい心地だったが、伊之助は最初の目的をちゃんと覚えていたようだった。ソファに寝転びながら、わくわくした目で後藤を見上げる。
「あーどうだろう?けどそこで人気掴めれば音楽番組とか出られるからな。まずはミュージックグラウンドに呼ばれるようになろうぜ。テレビに出られれば知名度ぐっとあがるからさ。そしたら竈門たちや胡蝶様の目にも留まる確率があがるよ」
ちなみにこの後藤はどうやら隠として鬼殺隊にいた人だった。こちらも前世の記憶があったが、前世の職はもうない。けれどサポートに己が向いているのは分かっていたし、ならばと音楽好きがこうじて今世でレーベルのアーティストマネージャーをしていたら『鬼滅隊』という名で送られてきたデモテープに後藤がピーンときて飛びついたのが始まりだったらしい。善逸たちからすれば後藤様様だ。
「ミュージックグラウンドかあ。超有名な奴だな。呼ばれるまでどれくらい掛かるんだろう」
「いや、すぐだよすぐすぐ」
玄弥の言葉に後藤ははっきりとそう言った。後藤は目を爛々と輝かせていて「お前らは絶対に売れる!今回の渋谷ジャックも絶対に成功する!!間違いない!!」と嬉しそうにしている。善逸たちからすれば直接的に頼れる大人は後藤だけだ。その人に大丈夫と言ってもらえるのは少し、安心する。
「まあ、何にせよいまは結果待ちになるの?それとも次の曲決めた方がいいの?」
「おう。次の用意して欲しい。我妻の作るの難易度高いから早くから練習しないといけないしな」
後藤の言葉に玄弥はがっくりと項垂れた。後藤の言うように善逸の作る曲は「お前が鬼だったのか!!?」と叫ぶくらい難しい。とんでもない速弾きとかをじゃんじゃん入れてくる。もちろん、一番難しい部分は善逸のエレキギターであって他はみんなができるように抑え気味なのだがそれでも難しいものは難しいのだ。
けれど『鬼滅隊』はロックバンドだ。のんびりバラード歌うバンドじゃない。主に玄弥と伊之助の外見と、伊之助がスローテンポでドラムを叩くの好きじゃないからだ。むちゃくちゃに腕を振ってドラムを叩くのが好きだしテンション上がるので、親分の意向でテンポがめちゃ速い曲になるのだ。
「あ!その前にお前ら引っ越しだわ。物件見つけてきたから、荷物まとめて引っ越すぞ」
「ええ?それ本当だったの?」
「ババアの飯食えなくなるじゃねーかよ!!」
「でもデビューするなら引っ越さないと・・・・・・迷惑掛かっちゃうものね」
後藤の言葉に善逸、伊之助が嫌そうな顔をしたが、カナヲの言葉に諦めたように脱力する。たしかにメジャーデビューしてもし人気が出たら施設のみんなに迷惑をかけてしまう恐れが高い。メディアに施設出身のバンドという勝手な印象操作はされたくない。
というわけで、メジャーデビューを控えた4人は住み慣れた施設というなの実家から早くも巣立つことになったのだ。どのみち18歳くらいで出る予定ではあったから早まったものだ。むしろ早く金を稼いで施設の弟妹たちに還元してあげたい。
4人は後藤が用意したマンションに入居した。コンシェルジュ付きでビビったが、防音であったし各個室もあり加えて仕事部屋として機材や楽器が置かれていて音楽をする環境としては文句なしだった。
少ない荷物を持ち込んだ4人は正しく4人きりの家族になってしまった。施設をでて、年少の子たちがいなくなると4人だけでは寂しくなる。善逸は己は今世ではもう本当に一人ぼっちではないのだなあと微かに笑う。
それでも炭治郎に会いたいと思うのだから人間とはよく深い生き物だ。善逸は自室で楽譜を書きながら今日の日を思った。
今日は渋谷ジャックがある日だ。世間の反応が怖い。
けれどここから始まるのだ。もう後戻りできない。ならば前に走り続けるしかない。
「・・・・・・炭治郎、会いたいなぁ」
走り続ける先に炭治郎が立っているといい。それを信じるしか善逸には出来なかった。
****
炭治郎がその日その時に渋谷にいたのは本当に偶然だった。だがそれはきっと運命だったのだ。
炭治郎はその日は何を思ったのか、禰豆子を連れて渋谷に行ったのだ。というか禰豆子に行きたいと言って連れて来てもらったのだが。何しろ炭治郎は繁華街に興味はなく、わざわざ用もないのに電車に乗って人が多いところに出かけるようなことはなかった。
しかしその日の炭治郎は違った。朝起きて仕事をして禰豆子に暇かと訪ねて渋谷にやってきた。禰豆子は「お兄ちゃんが珍しいね」と言うのに、炭治郎は煮え切らない返事をする。珍しいと言われても炭治郎もよく分からず、今日行ってみたいと思ったのだ。虫の知らせのようなものか。
そうして炭治郎と禰豆子が渋谷に降り立つと、炭治郎はその人の多さに目を向いた。人々はスクランブル交差点の周りにいて、どうやら一様に上を、電光掲示板は見ているようだった。
「あら?なんだかいつもより人多いわ。何かあるのかしら?」
禰豆子はそう言うとスマホで調べ始めているみたいだった。炭治郎はというと、ぼんやりしながら電光掲示板を見ていた。元から目的があったわけではないからどこに行くでもなく、ただ集まった人たちと同じように上を見上げる。
「お兄ちゃん、12時になんか渋谷ジャックがあるみたいだよ。知ってたの?・・・・・・お兄ちゃん?」
炭治郎の耳には禰豆子の言葉が全然入ってこない。電光掲示板の時刻は11:58を表示していて、その時刻が進むごとに炭治郎の脈はドクドクと大きく跳ねる。まわりも12時に近づいているからか、にわかに活気づきはじめざわめきが生まれていくが周りを見る余裕はなかった。禰豆子は動かない炭治郎を訝しんでいたが、好きにさせてくれていた。
炭治郎は生まれてこの方、ある人を思い出さない日はなかった。
けれどそれは穏やかさと寂しさを同居させたような心地で、「ああ、会いたいなぁ」と思うことはあっても胸を掻き毟りたくなるくらいに強い感情を引き連れてくることはなかった。
彼との思い出・・・・・・かつての恋人との思い出はいつだって炭治郎を優しく満たしてくれていたのに。
それなのに今の炭治郎はいつもと違った。
渋谷のスクランブル交差点の前で善逸のことを強く思っていた。
炭治郎は善逸に会いたくて会いたくて、善逸の名前を叫びたかった。
11:59に変わって数十秒経つ。
そしてその時はやってきた。
炭治郎がここに導かれるようにやってきた理由がーー。
渋谷のスクランブル交差点にある電光掲示板が全てブラックアウトし、そして激しくギターをかき鳴らす白く少しばかり節くれだった手が映し出される。
圧倒的な速弾き。
耳と心に残るメロディ。
全身を揺さぶられるような音は洪水のように炭治郎を襲うが、炭治郎はその電光掲示板に映る手を食い入るように見つめていた。
その手は炭治郎がずっと愛でてきた手だ。
刀を抜くために、ついと静かに柄に沿うその手は炭治郎の心を掴んで離さない手だった。死んで生まれ変わってもなお、掴んで離さない。
周りが騒ついているのは匂いでわかる。けど炭治郎の耳にはざわめきは届かず、その手が生み出す音だけが届く。
圧倒的な技巧を衆目に突きつけるその手が少しずつ遠ざかり、奏でる人物の全容を映し出す。炭治郎は、はくはくと呼吸も出来ずに電光掲示板に映り出たその人にひと粒、涙が流す。
金の髪を揺らして、節目がちに鋭くギターを掻き鳴らす少年。その横顔は笑っているのか怒っているのか見事なアルカイックスマイルでこの世のものとは思えない雰囲気だった。
「ぜ、んいつ・・・・・・」
炭治郎は目の前に映り込む恋人の姿に歓喜に震えた。
この世に、この世に善逸がいる。炭治郎と同じ世界に、同じ空の下に善逸がいる事実に打ち震えた。
そして映像はさらに善逸から距離をとり、メンバーの全容を映し出す。善逸を中心にして、カナヲ、玄弥、そして伊之助と映り込む。伊之助は猪頭をつけているから素顔は見えないがあれは間違いなく伊之助だろう。
そしてまた個人の個人のカットに映り、善逸が再び映し出された途端、善逸が歌い出した。耳に絡みつく少し癖のある声は綺麗に高音までもを歌い、音楽の良し悪しが分からない門外漢の炭治郎でもこの歌は素晴らしいと直感的に分かる。
心に入り込むフレーズに耳に残るメロディ。
そしてその歌声が誰も真似することのできない人を虜にするものだ。
その渋谷ジャックはほんの数分で終わり、曲が終わるとブラックアウトし最後に白抜きで『鬼滅隊 1st Single release』と映し出された。
炭治郎はそれを茫然と見つめ、ようやく息をついた。心臓がドキドキとなっている。炭治郎はなかなか興奮がさめやらない。そうやってどれくらいしていたか、ほんの僅かだったのだが炭治郎の処理しきれない感覚は禰豆子にガッと肩を掴まれたことで一旦終わりを迎えた。
「タワレコ!!」
「た、たわれこ?」
「そうよ!タワレコ行かなきゃ!!CD売り切れちゃう!!」
禰豆子はそういうと炭治郎の手を引いて進み出した。炭治郎がなんなんだと思っていると同じ方向に急いで歩く人たちが目に入り始める。みんな一体どうしたのかと思って炭治郎が禰豆子に声をかけると「黙って歩いて!!」と一括されてしまった。
そうして炭治郎が黙って禰豆子についてたどり着いた場所はまさしく戦場だった。お店のスタッフが交通整理と列形成をしていて、なんだこれはと思っている間に炭治郎は禰豆子に引っ張られて列の中に紛れ込む。後ろにはドンドンと人が押し寄せて列ができていく。
「初回限定盤のみの販売となりまーす!!通常盤は明日以降の発売となりまーす!!」
炭治郎は店員の叫び声を聞きながら、周りの熱気に押されながら、流されるように列が進んでいきようやくこの列の全貌が見えた。
「う、うわああ・・・・・・」
「良かった!ちゃんと買えそう!やったねお兄ちゃん!」
禰豆子の喜色の声に炭治郎は必死に同意するように何度も頷く。禰豆子の機転がなければ手に入らなかったかもしれない事実に炭治郎は禰豆子に深く感謝した。
炭治郎はにやけそうになる顔を掌で押さえながら、目の前にある特設ブースを見つめる。
そこには善逸と伊之助と玄弥とカナヲの4人が映ったポスターが貼られ、そして恐らく先ほどの曲のプロモーションビデオが流されていた。もちろん曲も流れている。
(なんだこれ、すごくカッコいい。善逸がすごい、色っぽい)
炭治郎はふわふわと浮き足立ったまま初回限定盤のCDとそれについてくる初回特典のDVDとポスターを受け取り帰路についた。もちろん禰豆子も同じものを買った。
電車に乗って、地元に帰ってきてようやく炭治郎の意識が現実に戻ってくる。出掛けてから2時間も経っていない。まだ昼過ぎの往来で炭治郎はがくりと膝を着いて叫んだ。
「俺だけ除け者にされたーーーー!!」
炭治郎は紙袋を持っていない方の手で地面を叩く。
なんだこれ、悔しいのか寂しいのか訳がわからない。なんであいつらみんな一緒にいるんだ?なんで俺だけ一緒にいないんだ?え?同期だろ?俺は同期じゃないのか?と、炭治郎は情報が錯綜する己を持て余していた。
「お兄ちゃん落ち着いて!!出会えてないんだから仕方ないでしょ!!良かったじゃない!みんな無事にいるのが分かったんだもの!」
禰豆子に慰められながら、炭治郎はなんとか立ち上がった。たしかに出会えてないのはどうしょうもない。けどなんか皆んなで楽しそうにしてるの見るとズルイという気持ちも出てきてしまう。俺は長男だから我慢しなきゃいけないのに。炭治郎はそんな風に思いながらも切り替えねばとなんとか気持ちを落ち着けようとした。
「そうだな・・・・・・」
「そうよ!とにかく今は家に帰ってDVDみようよ!一時停止したりしながら善逸さん見よう!お兄ちゃんは今の善逸さん見れるけど、善逸さんはお兄ちゃん見られないのよ!!」
禰豆子の言葉に炭治郎はハッとした。
そうなのだ。善逸は炭治郎の前に姿を見せたけれど、善逸は炭治郎がいるかどうかも分からないままなのだ。炭治郎はそのことに気がつくと途端にずるいなどと思っていたことが申し訳なくなる。
「そうだな。きっと善逸は俺に見つけてもらうために歌ったんだ。俺がこんなんじゃダメだよな」
「きっとそうよ!善逸さん達はお兄ちゃんやみんなに見つけて欲しくてデビューしたのよ!じゃなきゃ『鬼滅隊』なんてグループ名にしないだろうし!」
炭治郎は禰豆子と2人、善逸たちはどうしてるのかと話しながら急いで家に帰った。そしてパソコンにDVDを入れて禰豆子と一緒に10回くらいプロモーションビデオを見てカッコいい4人をしきりに褒めたあと、そこから一時停止を駆使してこの善逸が可愛い、こっちはカッコいい、これは18禁の表情じゃないのか!?どうなってるんだ!!他の人間に見られるのが我慢できないなどと3時間ほど騒いだ。
竈門炭治郎はどっぷりと『鬼滅隊』のファンとなり、推しは我妻善逸で若干のというか潜在的同担拒否過激派ファンになった。本人が理性で抑えているが、正直いって善逸が他の人の目に入るのがちょっと許せない。我慢しますけどという心境だ。
それから炭治郎と禰豆子は『鬼滅隊』のファンクラブに入り、テレビに出れば録画しつつもリアルタイムで視聴し、公式ブログはブックマークし、新曲が出れば初回限定盤と通常盤を購入した。
そして毎日、SNSを『鬼滅隊』や『我妻善逸』で検索しては共感したり腹立たしく思ったりした。歌や曲を褒められるのはいいのだが、《我妻善逸の歌ってる時の色気ヤバい!!》とか《善逸ちょー可愛い~》とか《さっき鬼滅の善逸とカナヲ見かけた!!仲良くブティックで買い物してた!もしかしてもしかするの!?》とかほんともうやめてくれ!!!という気持ちだった。
しかし一般人の炭治郎にはどうすることもできない。今も善逸と玄弥が表紙になっている今日発売の雑誌とハサミを片手にスクラップブックを作成することしかできない。
ちなみに伊之助はデビューして3曲もだしているのに未だ素顔が分からないと下がどうなっているのか知りたいとネットで評判だ。伊之助の素顔が晒されたら世間はとんでもないことになるだろうから、多分まだしばらくは公開されないか、一生されないだろうと炭治郎は思っている。
「あああ、もう善逸が可愛くてしんどいぞ・・・・・・」
炭治郎はスクラップブックを作る前にと、雑誌を捲りながら善逸と玄弥のインタビューページに目を向ける。雑誌にはいま飛ぶ鳥を落とす勢いでまた人気を博している『鬼滅隊』のリーダーとサブリーダーの2人に独占インタビューと銘打たれていた。
ーー3rdシングル発売、おめでとうございます!3ヶ月連続のシングル発売ですが、すごいですね。これはいつまで続くのでしょうか?
我妻善逸:ありがとうございます。シングルの予定ですか?えーっと、予定では今のところは毎月発売する感じですね。他メンバーの頑張り依存なんですけど・・・・・・。どうなの?できそう?
不死川玄弥:できそうもなにも、やらせてくるじゃないかよ。本当に毎回大変なんだぞ・・・・・・。
我妻善逸:ええ、本当はもっとペースあげたいんだけど・・・・・・。
不死川玄弥:馬鹿やろう!伊之助はよくても俺とカナヲが死ぬ!!
我妻善逸:わ、わかったよぉ。怒らないでよぉ~(半泣きになりながら)
ーーた、大変ですね。しかし確かに異常に早いペースですがこれは何故ですか?
我妻善逸:親分こと伊之助がもっとたくさん曲を出せって言うので・・・・・・
不死川玄弥:あいつのせいで俺とカナヲが死ぬ・・・・・・
我妻善逸:いや!俺も死んでるよ!作曲して歌詞つくって編曲もしてるんだぞぉ!!
不死川玄弥:歌詞はカナヲが手伝ってくれてるじゃねーか。それに善逸は曲の練習殆どいらないだろ。
我妻善逸:まあね。俺が作ってるからね。
不死川玄弥:くたばれ天才!!(ゲンコツが飛んだ)凡人の苦労を思い知れ!!というか俺の苦労を思い知れ!!
我妻善逸:ひどい!!俺だって頑張ってるのにいいい!!(涙流しながら)
ーー本当に大変ですね(苦笑)しかし親分さん(嘴平伊之助さん)はなぜそんなに曲をたくさん出したがるんですか?
我妻善逸:えーっと、それは・・・・・・これって言っていいの?
不死川玄弥:あー・・・・・・どうだろ。(ちらりとマネージャーさんを見る。マネージャーさんの◯マークがでる)
我妻善逸:言っていいみたい。えっと、親分は早くコンサートしたいんです。皆んなに早く会いたいって毎日騒いでます。
不死川玄弥:そのせいで俺とカナヲが・・・・・・。
我妻善逸:俺も!!死んでるよ!!まあ、とにかく親分を満足させてやるためにも曲数が必要なんですよね~。まあ、とは言っても半端なものは嫌なのでやっぱり今の感じだと月に1本が限界ですね。
不死川玄弥:いや!限界はもう迎えてるぞ!!練習時間が足りねえ!!もっと1曲1曲に練習させてくれ!頼むから!こんなんじゃコンサートできねーよ!!
我妻善逸:ええ~無理そう?ヤバそう?どうしたらいいのさ~。伊之助から突き上げ食らってんのに~(泣いてる)
不死川玄弥:いや、いい方法あるぞ。
我妻善逸:えっ!本当に?毎日夕飯を天ぷらにするとか?(親分の好物)
不死川玄弥:あるある。お前がソロで曲出せばいい。そしたら曲数稼げるだろ。
(しばらく沈黙)
我妻善逸:はああああああ!?いやいやいやいやいや!!むりむりむりむりむり!!むりだって!!1人でなんて嫌だあああああ!!緊張で死んでしまうよおおおおおお!!!
不死川玄弥:うるせえ!!いいからやれ!!じゃないとこのままのぺーすじゃ俺とカナヲが死ぬ!!
(以下しばらく2人のやれ、やらないの攻防が続きインタビュー時間が終了した)
炭治郎は雑誌を閉じるとハアと息をつく。
(善逸も玄弥も楽しそうだし、元気そうだ。・・・・・・しかし、コンサートかあ。早く見たいなぁ。絶対にチケット取って行くぞ!!)
そして炭治郎は翌日、公式から『我妻善逸』ソロシングル発売の報に沸いた。
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「あら」
胡蝶しのぶはひとり、昼前に物販列に並んだところで目の前に男の存在に気がついた。胡蝶の声に振り返った男は一瞬、気まずげな顔をしたがここに並んでいる段階で同じ穴のむじなだ。今更列を抜けるのも嫌だしと続々と形成されていく長蛇の列に諦めた心地で胡蝶しのぶに声を掛けた。
「よお。久しぶりだな」
「玄弥君を見るためにいらっしゃっているとは思ってましたが、直接お会いできるなんて奇遇ですね」
胡蝶しのぶは目の前の人物、不死川実弥に軽やかに笑った。
胡蝶しのぶはこの日をとても楽しみにしていた。しのぶがその存在を知ったのは姉のカナエから送られてきた動画だった。
渋谷勤務のカナエがたまたま早めにお昼休みに出た時、渋谷ジャックにかち合ったからだ。カナエは急いで動画を撮りしのぶに動画を送ってくれた。姉の女の勘は凄まじく、出だしが会ったこともない我妻善逸しか映っていないというのに、見事カナヲがでてくる映像を撮影するのに成功していた。そしてそのままタワレコに行き、限定盤を入手してきて昼休憩を丸ごと潰したらしい。
そこからは当然のように姉妹でどっぷりとハマった。しのぶは箱推しだが、最推しは栗花落カナヲだ。しのぶは布教派であり、その技術が抜きん出ているために周りを着々と『鬼滅隊』のファンにしていっている。しのぶが通う大学のゼミは全員落ちた。次はどこを標的にしようかと考える日々だった。
「不死川さんは玄弥君の『舎衛国 祇樹給孤独園 与大比丘衆』Tシャツを買いに来たんですか?」
「おう。あとは玄弥カラーのリストバンドと玄弥モデルのネクタイとスポーツタオルだな。お前は?」
「私は箱推しなので、全種類買います。でも今日着るのはカナヲの『貴方 何のために生まれてきたの?』Tシャツですね。」
全種類買うと言ったしのぶに不死川はちょっと引いた目をしていたが、まあそれは仕方がない。不死川はしのぶと違って前世では善逸、伊之助、カナヲとの接点はほぼなかった。柱稽古でいたなくらいだろう。対するしのぶはそれこそメンバー全員と面識があり親交があった。ようするに全員可愛い。推します。という心持ちだ。だから善逸のソロシングルも当然、限定盤も通常盤も入手している。
「不死川さんは善逸くんのソロシングルは買っているんですか?」
買っていなくても不思議はないなぁと思った。不死川は弟である玄弥に強い興味があるからこそ、ここにいるのだろうと思ったからだ。しかし不死川は意外にも「全部買った・・・・・・」といった。そのことにしのぶは少し驚いて目を丸くする。すると不死川はばつが悪そうに、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「我妻のソロシングルなきゃあ、もっとファーストコンサートの開催は先だっただろ。・・・・・・売れてもらわなきゃ困るからな。売り上げに貢献したまでだ。・・・・・・曲は嫌いじゃねぇし」
不死川のその言葉にしのぶはふふっと笑った。確かに善逸のソロシングルがなければデビュー1年半でコンサート開催は出来なかっただろう。この1年半で曲数が17本という異常な速さだった。アルバム収録も含むがその中で善逸のソロが6本ということで約1/3だ。
よくもまあ、こんなにハイスピードに曲が出せるものだと思う。しかもそれはクオリティが下げられることなく、どれもが名曲なのだから本当にとんでもない話だ。電光石火の如く現れた『鬼滅隊』はまさに音楽界の風雲児だった。各著名人や有識者も曲のクオリティとその技巧に舌を巻いた。むしろ玄人であればあるほどその実力と才能に度肝を抜くものだった。
その結果がこれである。
ファーストコンサートで武道館。
しかもコンサートチケットは即日完売。
そのことはネットでも大いに盛り上がっていた。
そして何よりもチケットを購入する際の謎の言葉の数々が人々の関心を集めているのは間違いない。その謎の言葉とはーー。
「しのぶさん!不死川さん!!」
掛けられた言葉に振り向けば、今世では初めて見るが見知った顔がそこにいた。しのぶは嬉しそうに顔を綻ばせ、不死川は嫌そうに顔を顰めた。
「炭治郎君!お久しぶりです!」
「はい!こんなところで会えるなんて・・・・・・。本当に『鬼滅隊』様々です!」
そう言って列に寄ってきた炭治郎はすでに物販を購入した後のようだった。両手に紙袋がある。ちらりと中を見れば我妻善逸を推しているのがよく分かる。他メンバーのものもチラホラとあった。
「・・・・・・まだ学生なので、全部購入は難しくて。片方は妹のなんですが・・・・・・」
「まあ、そうですよね。仕方ないですよ」
恥ずかしそうにする炭治郎にしのぶは励ました。先立つものがないなら無理すべきではない。
「もし。炭治郎はこれから時間がありますか?」
「あ、時間ですか?ありますよ。開演は夕方ですし、ひとまずお昼食べてどこかで着替えようかなと思ってました」
炭治郎の言葉にしのぶは嬉しそうに手を叩く。しのぶもまた、コンサート開演まで時間があるのだ。姉のカナエは仕事があるため、来られるのは開演ギリギリになる。一度家に帰るのもなにかが違う気がしていたのだ。
「では連絡先を交換しましょう。物販を購入したら、不死川さんと炭治郎君のところに行きますね!」
「おい!俺を頭数にいれるな!!」
「それならカラオケ行きませんか?お昼過ぎに午後休取った冨岡さんと煉獄さんと合流する予定だったんです」
「あらあら。お二人ともう出会ってるんですね!」
「ファン活動してたらSNSで見つけました」
「冨岡の野郎、SNSやってるのか!?」
「『冨岡義勇』のハンドルネームでシャケ大根の写真を毎日アップしてますよ。たまたま見つけました」
「そんなのどうやってたまたま見つけだんだよ!!」
「我妻の歌はいいって呟いてたのを検索で引っ掛けました」
「どんだけ我妻のこと検索したらそんなの見つけられるんだよ・・・・・・!!」
打ち震える不死川を置き去りに、あれよあれよと話は進んでいく。結局は不死川は逃げることはできず、物販購入後にしのぶに引き摺られてカラオケに向かった。すでに炭治郎たちは集まっており、ささやかな再会の挨拶をするとその後は怒涛の『鬼滅隊』メドレーだ。
音痴な炭治郎はあっという間にマイクをしのぶに奪い取られ、不死川は「玄弥のパートは俺が歌う!!」とマイクを離さない。煉獄は「胡蝶も不死川も上手いぞ!!上手い!上手い!」と拍手をし、冨岡はひたすらタンバリンを叩いた。
5人はもう盛り上がりに盛り上がった。
何しろ『鬼滅隊』はロックバンドだ。激しい曲が多い。しのぶは頭を振りながら、テーブルに片足を乗せて歌い、不死川はテンション上げ上げで玄弥のベースパフォーマンスをエアで再現していた。どれだけ見ているのかというくらい完コピであったが誰もがそれにテンションが上がった。
約2時間で全曲を歌い、全力で楽しんだ5人はようやくひと心地つく。本番はこれからだというのにもう息切れが止まらない。タンバリンを叩いて滝の汗を流す冨岡などタンバリンをどれだけ叩いたのかと言うほどだ。
「・・・・・・はぁはぁ、飛ばし過ぎましたね・・・・・・」
「まあ前夜祭だと思えば仕方のないことだ!!本番が楽しみだな!」
息切れする胡蝶に褒めるばかりでひたすら飲み食いしていた煉獄がそう答えた。開演まではあと1時間程だ。そろそろ移動してもいいかもしれない。けれどその前にとしのぶは聞きたかったことを切り出した。
「ところで皆さんはあの質問に答えられて、あの画面を見ましたか?」
しのぶの言葉に炭治郎は「勿論です!あれは善逸たちからのメッセージで間違いないですよね!」と言った。しのぶも炭治郎と同じようにあれは『鬼殺隊』を知る自分たちへ向けた彼らからのメッセージだと理解していた。
『鬼滅隊』のコンサートチケットは少し特殊な売り方をしていた。コンサートチケットを購入する前に3つの質問に答えねばならなかったのだ。とはいえ、未回答でも購入は可能だった。それが何を意味するのかと言うのが、『鬼滅隊』のファンたちの中での関心ごとのひとつだった。
質問は3つ。
1つ目はーー『鬼滅隊』ではなく、本当は?
2つ目はーー 柱は何人か?
3つ目はーー 敵の頭目は誰だ?
この質問はしのぶ達からすれば簡単だ。
順に『鬼殺隊』、『9人』、『鬼舞辻無惨』だ。
この質問に答えた後、画面に表示されたのは招待状とあり、日時とある場所の地図。そしてこのことは誰にも話してはいけないとだけメッセージが書かれていた。
しのぶが調べた結果、日時はコンサート終了後の夜で、場所はコンサート会場から少し離れた個人店のようだった。
そして今日、ここに集まったメンバーみんながあの画面を見ているというのなら簡単だ。我妻善逸たち『鬼滅隊』のメンバーたちは前世の仲間たちに会いたいがためにこの『招待状』を考えたということだろう。
つまりは・・・・・・。
「俺たち本当に善逸たちに・・・・・・みんなに会えるんですね!」
炭治郎は泣きそうな顔ででもとても嬉しそうに笑ってそう言った。しのぶも同じ気持ちだ。ようやく、妹に会えるのだから。
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「す、凄かった・・・・・・。凄い良かった・・・・・・」
「本当にね・・・・・・。みんなカッコ良かった・・・・・・」
炭治郎と禰豆子は興奮冷めやらぬまま、武道館を後にした。『鬼滅隊』のファーストコンサートはまさしく大成功であったといえる程の盛り上がりみせ、惜しまれながら閉幕した。
炭治郎と禰豆子が待ち合わせて武道館に入った時、もう中は凄い人で溢れていた。炭治郎と禰豆子はコンサート自体が初めてなため、人の多さに驚いたが怖気づいてる場合ではないと人並みに負けずに席に向かった。
そして今か今かとソワソワしている時、開演時刻ちょうどに真っ暗なステージから、ホール全体に声が響き渡った。
「いくぞおめええええらあああああ!!俺たちが来てやったぜええええええ!!」
その言葉と共に照明がつき、善逸の速弾きが始まる。そして追いかけてくるキーボード、ベース、ドラムに開場は一気に盛り上がった。
生でも寸分狂わず奏でられる速弾きと音の狂いがない歌声に聞き惚れてしまう。けど流石にロックバンドなだけあってコールが多い。
炭治郎はガン見しながらなんとか着いていくが、体温があがって熱に浮かされているようだった。
(うわわわわ!!ぜ、善逸がいる!歌ってる!控えめに言ってもエロい・・・・・・!か、可愛い!あああああ!!可愛い善逸が衆目に晒されている!!)
歌っている時の善逸は本当に雰囲気があるのだ。どこを見ているか分からない眼差しで、ギターを見ずに正確に掻き鳴らし、そして息切れすることなく歌い続ける姿に観客は大いに盛り上がる。
それぞれのメンバーの見せ場もあり、ドラムという一番奥のポジションにいる伊之助なんか立ち上がって物凄いアクションでドラムを叩く。カメラが伊之助を抜くと猪頭がアップで映るのもやたらに盛り上がる。
そうして2曲、3曲と続き、MCが入る。
MCに入った途端、突然に善逸が奇声を上げて泣き出した。曰く、「むりむりむり!!!!!この衆目の中でソロとか無理だよおおおおと!助けておくれよ伊之助ええええええ!!」と言って伊之助に縋りつき、それを玄弥と伊之助が引き剥がすという一幕が展開された。その姿に会場は笑いに包まれているが、炭治郎は懐かしいなあという気持ちになった。
結局、伊之助に足蹴にされて「この弱味噌紋逸!!情けねえこと言ってんじゃねえぞ!!さっさと歌え!!俺は天丼食ってくるから!!」と言って皆、はけていった。
残された善逸はステージにへたり込みながら「うそでしょおおお!?本番中にご飯食べんのおおおお!?」と叫んでいた。
そうして善逸が座り込んでいる間に奥からグランドピアノが出てきて、善逸はべそかきながら「死ぬ死ぬ死ぬ。死ぬわこれ、緊張で指動かないもん」などとぶつくさ言いながらピアノの前に座った。
緊張で死ぬとか言いながらも弾き始めればとんでもない。ゆっくりと流れ出したバラードの曲に会場はしっとりと聞き惚れた。客席を一度たりとも見ずに弾き語る善逸はまさに音楽に集中している。その横顔が凄くいい。
そしてうっとりとする余韻を残して終わったバラード。観客が盛大な拍手をしているとその拍手に便乗するようにドラムの音が軽快に鳴り始める。ドラムにつられて拍手は手拍子に変わり、はけていたメンバーが再登場して会場はまたボルテージがあがった。
善逸もギターを取るとメンバーの音の中に入っていく、アップテンポに奏でられる曲にこれでもかと会場は盛り上がった。
バンドの曲、ソロ曲とMCをおりまぜながらもコンサートは進み、残りは2曲となった時に大事件が起きた。伊之助がドラムを放棄してステージ中心で踊り出したのだ。しかも、猪頭を取り払って。
突然の伊之助のご尊顔の公開に会場はとんでもない、どよめきに沸いた。カメラに抜かれた伊之助はなんでイノシシ頭かぶってるんだというくらいに美しい。パニックになるファンたちを前にして、これまたとんでもないパフォーマンスダンスを繰り広げる伊之助。他のメンバーのしょうがないという表情に、翌日のネットでは《メンバー、親分大好きかよ》とか《親分、末っ子すぎて尊い、しんどい》とか盛り上がった。
そのまま1曲を踊った伊之助は猪頭を再度被るとドラムに戻り、ラストの曲となる。ラストはデビュー曲を歌い、アンコールで新曲を披露して、『鬼滅隊』のファーストコンサートは終了した。とんでもなく熱い2時間であった。
「じゃあ、お兄ちゃん・・・・・・移動しようか」
「え?あ、ああそうだな。こうして惚けてても仕方ないからな」
炭治郎と禰豆子は植え込みでしばらく腰をかけていたが、帰りゆく人がまばらになったのに気がついて腰をあげた。炭治郎からすればある意味これからが本番だ。
禰豆子と共に電車に乗り、会場の最寄駅から2駅離れた場所に降りると駅前には冨岡がいた。
「冨岡さん!」
「・・・・・・(未成年だけで夜道を歩くのは)あぶない」
一言だけ発した冨岡が炭治郎と禰豆子を先導して歩いていく。そうして10分程あるいたところにその店はあった。入り口には『本日貸切』と出ており、カーテンも全て閉まっている。
炭治郎たちが中に入ると、懐かしい鬼殺隊の面々がいた。炭治郎は知己にそれぞれ挨拶をしていき、近況や先ほどのコンサートの冷めやらぬ興奮を共有しあった。
それからどれほど経っただろうか、新たに訪れる人間がいなくなった頃になってようやく、ようやくだ。炭治郎がずっと会いたくてこの1年半、一方的に追いかけて応援していた人が現れた。
「こ、こんにちわ?。って伊之助!押すな押すな!倒れる!!」
「早く入れ!!おい!権八郎!ねず公いるか!?」
伊之助に押され、前に倒れ込む善逸を炭治郎は慌てて駆けて受け止めた。
「善逸!大丈夫か!」
「・・・・・・びっくりしたぁ。ありがとう、炭治郎」
自然に紡ぎ出された会話に炭治郎も善逸も笑った。けどそれもすぐにようやく会えたという喜びに満ちて、善逸はポロポロ涙を流して炭治郎に抱きついてくる。
「ああああああ!!炭治郎だよおおおおお!本物だあああああ!!」
「ああ!俺は竈門炭治郎だ!!本物だ!!」
「会いたかったよおおおおお!!!俺!俺!炭治郎と禰豆子ちゃんと皆んなに会いたくて頑張ったよおおおおおお!すっごく、すっごく頑張ったよおおおおあお!!」
「ああ!善逸は頑張ってたぞ!凄かった!ずっとずっと応援していた!!俺たちを、みんなをまた出会わせてくれてありがとう!」
「どういたしましてえええええええ!!!」
炭治郎と善逸はひしっと抱きしめあって泣いた。伊之助も泣いていたし、カナヲも泣いていたし、玄弥も頑張って涙を堪えていた。禰豆子は当然泣いて、しのぶとカナエは微笑み、甘露寺はもらい泣きをし、伊黒はもらい泣きする甘露寺を愛で、冨岡は感動の再会に心を打たれながら無表情だった。
この日、『鬼滅隊』の4人は当初の目的を完遂した。
そしてファーストコンサートを成功に収めた彼らはトップミュージシャンとなっていくため、「あ、これ、思うように皆んなに会えないじゃん!!」と気がつくのは半年後のことだった。
第二話
「・・・・・・なあ玄弥、俺たちは一体全体どこに向かっているんだろうな」
我妻善逸は床に座り込みながら鉛筆片手に楽譜に音符を書き込んでいる。
対する玄弥は休憩中にも関わらず、習ったばかりのステップを確認していた。
「曲作ってるのお前だろ。方向転換しまくってるお前が言うなよ」
「方向転換したくてしてんじゃないんだけど!?みんな伊之助止められないんだから同罪だよね!?」
善逸の言葉に玄弥はまあ、そうかなと思ったけど何も言わなかった。善逸は「ねえ!何か言ってよ!!」と泣きそうになっているが、スタジオに入ってきた伊之助に猪突猛進されて沈んだ。玄弥は勢い余って吹き飛んだ楽譜達を踏まれて破れないようにと手早く拾い集める。よくよく見れば、それは次に出す予定の善逸のソロシングルのようだった。玄弥は楽譜と歌詞を目で追い、おやっと思ったが毛色が違う曲を作りたかったのかもしれないとひとまず違和感を飲み込んだ。
鬼滅隊としてファーストコンサートを終えてから4か月、かつての仲間たちに再会するという当初の目的を達した鬼滅隊は緩やかに曲を出すペースを下げている。それに世間が騒いだが、そも17ヵ月連続リリースが異常なのだ。
けれどリリースなしが2ヵ月目で世間は鬼滅隊が解散するのではという憶測が飛び、レーベルには問い合わせが殺到し、ファンクラブからは辞めないでほしいと直訴があり、ファンレターも続々と届き、週刊誌は面白おかしく煽り立てた。
これは善逸たち鬼滅隊には驚いた。なぜなら彼らは久々の休暇と勉学に勤しんでいたに過ぎないからだ。彼らは一応学校に所属してはいるものの、ほぼ登校できておらず、課題の提出で済ませている。だが忙し過ぎて課題提出もなかなかままならない。目的も一応は達したし、ここいらで休みを取りつつ学生らしいことしようかなと思ったのだが、それもなかなか世間は許さない。鬼滅隊は今や新星のロックバンドなのだから。
というわけで、2ヵ月で鬼滅隊の休みはなくなった。いや、日々の休みは勿論あるがメディアに顔を出す必要が出た。新曲はないが曲はある。音楽番組に出たり、ラジオのゲストに出たり、雑誌のインタビューに答えたりと忙しい。
そしてそのインタビューにて新しい曲は誠意制作中と善逸が答えたため、事態は一旦の収束を見せた。だがファンたちは新曲を今か今かと待っている状態だ。何しろ推しているグループから毎月1つは供給されていたのだ。それに慣れきったファンは欠乏症状を引き起こしてるやつも多いらしい。
なにそれ怖いし、迷惑だ。
その結果、鬼滅隊は曲の提供頻度が下がる代わりに控えていたメディア露出とファンイベントに力を入れることとなった。特にファンイベントは直接、鬼滅隊に会えて握手とCDにサインしてもらえるとあってヤバいくらいの応募があった。アイドルが何かなのだろうかと首を傾げたくなる。
そんな日々を過ごしてさらに2ヵ月。そろそろ新曲だそうと今は必要なPVを撮る為に動きを練習中だ。そう、練習中。よく分からないけど、よく分からないことを練習しているのだ。
「伊之助、悪いけどステップ見てくれない?合ってるかどうか確認したくて」
「おういいぞ!カナブン、踊ってみろ!!」
「カナヲよ」
そう言いながらもカナヲは玄弥も練習しているステップを華麗に踊って見せた。ひとまずは間違ってるところはなさそうだ。それにしても善逸ではないが、なぜこんな事になったのだろうかと玄弥も思う。理由としては簡単なのだが。伊之助が、親分がやりたいと言ったからーーに尽きる、
「上手いじゃねえか!これならすぐ完成だな!ダンス完成したら、もう撮影できんだろ!?撮影できたら発売だよな!?」
「そうね。そうじゃない?」
「よっしゃあああ!!健太郎達を驚かせてやろうぜーー!!」
伊之助は嬉しそうに両手をあげる。そして己が考案したクソ難易度が高いダンスを踊り出す。キレッキレのそのダンスを見て、玄弥はこのクオリティは出せねえと胃が痛くなった。善逸はというとしゃがみ込んで諦めたような顔で伊之助のダンスを見ていた。
「そうねー。みんな驚くと思うよー。何せロックバンドがアイドルみたいに歌って踊るわけですから」
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「炭治郎、もうあがっていいわよ。見たいテレビあるんでしょ?あとはやっておくから」
閉店後の掃除をしていた炭治郎は母の言葉に「えっ」と振り返った。今日は金曜日で明日は竈門ベーカリーの定休日だ。パン屋として土曜定休は珍しいが竈門家は小学生の家族もまだ多いため家族サービスという奴だ。その代わり、休みの前日はパンを買いに来る人が増えるため忙しく閉店後も後片付けが押してしまうことが多い。
長男である炭治郎は店の手伝いをするのはほぼ毎日だ。それどころか朝早く起きてパンの仕込みをする日々だ。体が弱い父の分、穴埋めは長男たる己がやらなければと思っている。しかしそれを父と母が申し訳なく思っているのも炭治郎は知っていた。よく効く鼻が教えてくれるから。
しかしそこは「長男だから気にしないでくれ!!」と両親にずっと言い聞かせてきた炭治郎だがそれがこの2年弱で変わった。炭治郎は母の申し出を一定の条件を満たした際のみ甘受するようになったのだ。
「分かった!ありがとう母さん!!」
炭治郎はコックコートを脱ぐと急いで店の奥にある事務室へと上がった。そこからさらに竈門家の住居スペースへと繋がる内扉を開ける。炭治郎は明日は休みだからとコックコートを廊下に置いてある洗濯カゴに放り込むと急いでリビングがある2回へと駆け上がった。
「あ!お兄ちゃん!早く早く!ミュージックグラウンド始まるよ!」
「良かった!間に合った!!」
炭治郎は弟妹達が集まるテレビの前に、自身もいそいそと座った。この日は実に炭治郎たち鬼滅隊ファンがこの4ヵ月待ちに待った新曲が発表される日なのだ。しかも鬼滅隊の曲と我妻善逸のソロ曲の同時発表だ。これは我妻善逸クラスタにとっては垂涎ものだ。
鬼滅隊はファーストコンサートの後、この4ヵ月新曲の発表をしてこなかった。
しかし元々の彼らはデビューからグループもしくはソロで17ヵ月連続リリースをしてきた強者だ。ファンとしてはもうお財布の紐が緩みっぱなしになるので嬉しい悲鳴。本当にありがとうございます!!
・・・・・・というそんな日常に慣れていたため、ふた月リリースがない時点で「あれ・・・・・・?もしかして親分が満足しちゃった?飽きちゃった?」とファンの中に不安が蔓延する。
何しろ親分こと嘴平伊之助が「コンサートしてえ!!曲だせ!!」という理由で17ヵ月連続リリースだ。親分の発言権は相当強力でメンバーは相当末っ子甘やかしてるというのがファンたちの認識だった。
それどころか世に知られてはいないが、伊之助が仲間たちを探すために「俺たちが有名になればいい!!」という言葉で鬼滅隊が結成されてるため、その認識は間違ってはいない。
とにもかくにもファン達は慌てふためいた。そしてそれぞれが示し合わせた訳でもないのに辞めないでとファンレターを送り、レーベルに問い合わせの電話をし、ファンクラブが陳情書を提出する事態になった。
かなりファン達は迷走したが、公式からの回答として雑誌にインタビューが掲載された。
ーーファーストコンサートから2ヵ月、新曲リリースがないことにもしや解散ではと、ファン達は騒然となったということですが、その辺りどうなのでしょうか?
我妻善逸:いや、なんていうか、本当にお騒がせしました。ちょっと学業に精を出してただけなんです・・・・・・(青い顔で)
嘴平伊之助:めっちゃ遊んだぜ!!久々に山を駆け回った!!
我妻善逸:そうなんですよ、俺たちとしてはちょーっとお休み楽しもうかなーっていう感じで、辞めるとかはないですよ?そこは大丈夫です。安心してください!
ーーそうなんですね!では新曲も準備されているということでしょうか?
我妻善逸:一応、誠意制作中ですね。ファーストコンサートも無事、終わったので少し毛色の違うことしようかなーと・・・・・・。
嘴平伊之助:俺が頑張って作ってるぜ!!
我妻善逸:おい!伊之助!それ以上はまだ秘密なんだから言うなよ!
嘴平伊之助:分かってるよ。喋ると強盗の野郎がうるせえからな。
我妻善逸:えっ強盗?誰それ?あ、もしかして後藤さん?(マネージャーさん)
嘴平伊之助:おう!そいつだ!ゴトーだ!!
我妻善逸:お前いつになったらマネージャーの名前覚えるんだよ!!
(以下、しばらく言い争いが続く)
ーー鬼滅隊の新曲、楽しみです!ところで我妻さんはソロでもご活躍ですが、そちらの新曲はどうなっているのでしょうか?
我妻善逸:ソロの方ですか?そっちも作ってます。ちょっと環境が変わって心境にも変化が出てきたので、ゆっくり作りたいなと思って・・・・・・まだ完成には遠いですかね。たぶん、鬼滅隊の新曲と同時リリースになると思います。
嘴平伊之助:お前、珍しくウンウン唸ってるもんな。いつもはパパッと作る癖に。
我妻善逸:え!?いつも必死に頑張って作ってますけど!?そんな忙しい日のお手軽ご飯みたいな言い方やめて!?
嘴平伊之助:そうだ!腹減ったぞ!これまだ終わらねーのかよ!!
我妻善逸:あああああ!!もうおおおお!!だから玄弥にしようって言ったんだよ!お前絶対飽きるから家で寝てろって言ったんだよおおお!!!まだ終わりませんーーー!!
嘴平伊之助:なんだと!!お前と謙也にできるなら親分の俺にできねーわけねえええだろおおおがあああ!!
我妻善逸:玄弥だよおおお!!誰だよ謙也あああ!
(以降、すったもんだしてインタビュー時間が残り少なくなった)
ーーと、ともかく鬼滅隊とソロ、ともに新曲ありで良かったです。これならファンの皆様も安心ですね。それでは最後にファンの皆様にメッセージをお願いします!
我妻善逸:ファンの皆?なんか驚かせてごめんね?。今、メンバー皆んなで頑張ってるから待っててください!解散はしないよ!
嘴平伊之助:おう!解散はしねーぞ!!なんかケーヤクっつーのであと3年は辞められねーんだろ?約束は約束だからな!!ちゃんと3年間はやるぜ!
ーーそ、それは3年後には解散もあり得るということでしょうか?
嘴平伊之助:それじゃあ帰るぜ!!おいこら子分!飯食いにいくぞ!ぬははははは!!猪突猛進!!(会議室から飛び出して行く)
我妻善逸:最後に爆弾投下してくんじゃないよおおおお!!!伊之助!!待ってばあああ!!えーっとそれじゃあ失礼しまーーーす!!(追いかけて出て行く)
インタビューの結果にファンは安心すればいいのか、ショックを受ければいいのか分からなかった。後ろ向きなファンはあと3年で解散しちゃうかもと嘆き、前向きなファンはあと3年は辞めないって親分が言った!言質取った!親分が辞めないっていうのなら向こう3年は心配ないぞ!!ヤッホーーーイ!!という混沌の有り様になった。
ちなみに炭治郎は後者だ。伊之助の自由度を侮ってはいけない。だが、伊之助が一度口にしたのなら貫くだろう。だからひとまず3年間は大丈夫だ。
そんな一幕を挟みながらもファン達は待った。禁断症状に似た何かに喘ぎながら待った。新曲をだ。そうしてインタビューから2ヵ月。新曲のリリースを1週間後に控えた今日、ミュージックグラウンドという有名な音楽番組にて満を持して鬼滅隊の新曲と我妻善逸のソロ新曲がお披露目となる。
このミュージックグラウンドに鬼滅隊が登場するのも実に4ヵ月ぶりだ。17ヵ月連続リリースの時は毎月1回は鬼滅隊もしくは我妻善逸単体で出ていた。ゆえに我妻善逸クラスタからすればミュージックグラウンドはもはや
我妻善逸の実家感があった。
だって毎月出てくるから!!帰ってくるから!!他のTV番組には出ないし!!分かるよ!曲作るのに忙しいんだよね!!でもね!曲だけじゃなくて、音楽に関してもう天才とか鬼才というのに相応しいのに、いざ喋れば悲鳴や鳴き声、汚い高音とかなんなの!?ギャップが凄くて逆に愛おしいわ!!
・・・・・・というのが炭治郎含む我妻善逸クラスタの言い分だ。とにかく曲も聞きたければ我妻善逸の奇声も聞きたい。だからその両方が楽しめるこのミュージックグラウンドは毎月わっくわくなイベントだったのだ。それがお預けくらって4ヵ月。我妻善逸クラスタは飢えていた。SNSでは全裸待機してる奴らがどれほどいると思っているのか。ちなみに炭治郎は服を着ている。
「あっ!始まったよー!」
時間になり、番組が始まる。特徴的なイントロとともにスタジオが映り、司会者とアナウンサーの挨拶が始まる。そして今度は雛壇の向こう側、階段状のステージの上からギター音と共に番組出演者達がでてくるのだが、まずは映像パネルに煌びやかに『鬼滅隊』と表示が躍る。そして両手を上げて登場した嘴平伊之助に観覧の客は黄色い悲鳴に沸いた。
それもその筈だ。いつもなら猪頭を被っている筈の嘴平伊之助がそのご尊顔を惜しげなく晒しているからだ。さらに伊之助は白基調で青のアクセントが入ったジャケットをきているが逞しい腹部全開という出で立ちだ。そのすらりとしつつも男らしい姿にも悲鳴がさらに上がる。
伊之助の登場の後に続くように我妻善逸、栗花落カナヲ、不死川玄弥と続き悲鳴は鳴り止まない。皆、揃いの服装のようでそれぞれのイメージカラーをアクセントに白のジャケットと白のパンツ姿だ。テレビ画面上の番組ハッシュタグコメント欄は《親分の顔が!!顔がいい!!》《親分ーーー!!もう好きいいいいい!!!》《親分の親分がまじで親分!!》とか《善逸が照れた顔してる!なになに可愛い!!》とか《カナヲのパンツ姿カッコ可愛い・・・・・・!尊い・・・・・・!》とか《玄弥まじ手足長い!!羨ましい!!》とか大半が伊之助の顔のことだった。
「・・・・・・ああ、テレビでみる久しぶりの善逸だ・・・・・・!!」
炭治郎は好きすぎて尊すぎて見つめるのもしんどいと両手を合わせて拝む。若干、竹雄が引いた匂いをさせているが炭治郎は善逸を見るのに余念がないのでフォローは無理だった。
他の出演者達も出揃ったところで、最初は挨拶のトークが入る。そこでの並び順は司会者の隣に善逸、玄弥、伊之助、カナヲとなる。伊之助は親分だからと必ずメンバー内で最初に登場するのだ。ゆえに初めて鬼滅隊をこの番組で見る人は最初に猪頭が登場するからびびる。引く。そしてそのあと鬼滅隊の曲を聴いて陥落するまでがコンボだった。
司会者との曲に対する簡単なやり取りをした後、鬼滅隊はスタンバイのために観覧客がいるステージに移動していった。
「ああ?俺も観覧行きたかった・・・・・・」
「抽選倍率凄いもんねー・・・・・・」
炭治郎と禰豆子で肩を落とし、いやしかし気を取り直して新曲だと身を乗り出す。アナウンサーが鬼滅隊の新曲タイトルをコールし、画面はステージへと移動する。
すると4人はマイクどころか楽器一つ持たずに並んでいる。前に伊之助と善逸、斜め後ろにカナヲと玄弥だ。ちょうど斜めから見ると台形のような配置だ。
炭治郎がこれは・・・・・・と思っていると曲が流れだし、4人は統率が取れた動きで踊り出した。マイクはインカムをつけているらしく、善逸の歌が始まる。歌いながら踊る鬼滅隊は非常にキラキラしていてアイドル然としていて、そういえば曲と歌もかなりポップだ。あれ?ロックどこいったの?我妻善逸ソロはバラードもあるけど、鬼滅隊はロックオンリーだったじゃん?えっえっ?どうなってんの?こんなのロックバンドじゃないじゃん!!ロックが好きだったのに!!でもダンスカッコいいし曲も歌といいし・・・・・・ダメっ!感じちゃう!ビクビクッ!!という気持ちのファンが全国で大量に発生した。テレビ画面のコメント欄もみんな発狂しちゃった?というくらい荒れている。いい方面に。
「ひえっ・・・・・・」
「はわわ・・・・・・」
炭治郎と禰豆子も突然の路線変更?に顔を真っ赤にして魅入っていた。なんなのダンス超上手くない?楽器だけじゃなく、歌って踊れちゃうんですか?どこに向かってるの?えー?好きすぎるよ?本当にこっちを飽きさせないんだから?。ほんとにも?。まじ推せる?。
炭治郎は何とか全体を見たいと思うけれど、ついつい善逸を目で追ってしまう。善逸は歌う時の癖なのか、笑顔というよりは少し眉を下げて困ったような伺うような表情で歌う。それが特徴的で可愛いと炭治郎は思っている。笑顔で歌う十把一絡げのその辺のアイドルよりいいと炭治郎はさして詳しくもないのに勝手に思っている。
ズボン上に巻いているスカーフのようなものが、善逸の動きに合わせてひらひらと動く。もう炭治郎は目玉を動かしながら、でも声を聞き逃したくないと必死に集中した。ついつい全集中の呼吸を練り上げるくらい集中した。体を鍛えてないから肺が痛い。
最後は4人で横一列に並び、手を上に上げてゆっくりと降りてくる。腕をあげるところで伊之助がアップで映り、腕を下ろしきり歌い終わるところで善逸のアップになる。歌い終わりに少しの微笑みと共にこてんと小首を傾げた善逸に炭治郎は「うっ!!」と心臓に杭が打たれたのかと思い、胸を押さえて身体を丸める。
「えええ、なに今の善逸さん!すっごい可愛い??コメント欄が荒れてる??」
禰豆子も口元を押さえて震えている。禰豆子の言うようにコメント欄は大荒れだった。《きゃああああ!最後の可愛い??》《幼い善逸たんぎゃわいいいいい!!》《首傾げるの反則だよおおおおお!!》などど全国の我妻善逸クラスタが盛り上がっている。
炭治郎は咄嗟に録画をリプレイと思い、リモコンに手を伸ばすがバシリと禰豆子に撥ねつけられた。
「この後ソロだよ!!お兄ちゃん!!」
「くっ・・・・・・そうだった・・・・・・!!ああああ!もう一回、もう一回、首傾げるの見たい!!」
だがリアルタイム視聴もしたい。炭治郎は湧き上がる衝動を何とか抑え込む。画面は拍車とともに司会者側に切り替わると、少しの感想を言い、ほして再びアナウンサーが我妻善逸のソロ新曲のコールをする。
次に画面が切り替わると先ほどのステージの真ん中に、先ほどのジャケットを脱いだ善逸が立っている。ジャケットの下は黒のノースリーブで、右腕に黄色の鱗柄のスカーフを巻いている。そして何よりも特徴的なのがソロでよく使うピアノでもなければ、ギターでもない。三味線であった。
善逸は「よっ!」と掛け声を上げると見事な三味線を速弾きしていく。その姿は前世の頃を思い起こす。あの頃も善逸は任務で覚える機会があった三味線を手慰みに弾いていたものだ。
善逸は手元を一切見ることなく、三味線を奏でている。そしてぼんやりとしていたその眼を一度閉じると大きく見開き、歌い出した。
圧倒的な速さの中で力強く、抑揚をつけて激しく歌われるのは、好いた男に愛されたい女の歌だった。男が欲しい欲しい。気持ちが欲しい。同じ思いを返して欲しいと歌われるのはとんでもない情念を抱えていた。
「・・・・・・うわぁ、和風ロックだぁ・・・・・・」
禰豆子の感動する声を聞きながらも、炭治郎は善逸の歌にぐわんと頭を揺らされる。こんな歌を善逸が歌うとは、衝撃だったのだ。炭治郎はガンガンと痛む頭のまま、じっと歌う善逸を見つめていた。
****
善逸は繁華街とはいえぬ商店街の入り口、駅前にある花時計の前にあるベンチに腰掛けていた。この日の善逸は黄色地に白抜きの三角模様があしらわれたビッグパーカーに黒のスキニー、深めのグリーンカラーのキャップ、そして黒縁のスクエア型の伊達メガネだ。
デビューしたての頃は鬼滅隊のメンバー全員とも気にせず顔面丸出しで歩き回っていたのだか、あちこちで目撃情報が晒されてしまい、このままでは住んでる場所が特定されるとマネージャーである後藤に怒られてしまったので伊之助すらも顔を隠すようになった。
いや、伊之助は素顔を晒していなかったのでそのままでもよかったのだが、余りにも顔が良すぎるためちょっと繁華街に行くも10メートル間隔でスカウトに引っかかり、腹を立てた伊之助が暴れる寸前までいったため、イケメンを隠すために変装をしているという経緯がある。
何にせよ、プライベートは静かに過ごしたい。善逸はチヤホヤされるのも好きだが、今から待ち合わせしている人は善逸にとって大切な人だ。できればどころか、絶対に邪魔されたくない。
(炭治郎・・・・・・まだかなぁ)
ソワソワとしながら善逸は炭治郎を待っていた。今日は善逸は完全にオフだ。炭治郎の時間が許す限り一緒にいられる。それに昨日のミュージックグラウンドの生放送から明けて一夜。善逸は炭治郎がどういう反応をするか楽しみにしていた。
炭治郎は昨日のミュージックグラウンドを絶対に見ると言っていたから、鬼滅隊の新曲も善逸のソロ新曲も見たはずだ。鬼滅隊の新曲をどう思ったかも知りたいが、善逸としてはソロ新曲の感想を聞きたい。あの曲はこうして炭治郎と再会した故に思うところを詰めこんだ曲だ。・・・・・・というよりも、善逸のソロ曲は正直にいえば全ての曲が炭治郎へのラブソングだ。
前世であった2人の幸せな出来事を歌ったり、炭治郎に言われた愛の言葉を覚えてると伝えるために歌った。
よく考えれば炭治郎への愛を日本中に向けて歌ったわけなのだが、どこに炭治郎がいるかも分からないのでそうするしかなかった。前世で死ぬ前に約束した、死んでもお互いに愛しているという気持ちをなんとか炭治郎に伝えたかったのだ。
そんな重たすぎるクソでか感情な乗っかった歌故に、鬼滅隊のファンや我妻善逸クラスタには本当にこいつ16歳なの?とか思われている。16時の我妻善逸、恋愛に造詣が深すぎない?ちょっとお色気が過ぎない?どんな思考したらこんなエッチィ感じのバックグラウンドを感じる爽やかな歌ができるの?と評判なのは本人は知らない。善逸は悪評が恐ろしくてエゴサーチなどできないからだ。
つまりは善逸はソロ曲を使って炭治郎に好き好きアピールをしているわけなのだが・・・・・・ファーストコンサートの後に念願の再会して4ヵ月。善逸は焦っていた。何に焦っているかといえば、炭治郎が全く善逸に触れてこないからだ。
前世では伊之助が言ったように隙あらば乳繰りあう関係だった。善逸も気持ちいいことは好きだったが、それ以上に炭治郎は善逸を抱くのが好きだった。己の快楽というよりも、善逸を気持ちよくデロデロに溶かすのが好きだったらしく機会があれば炭治郎は善逸の身体を弄ってきた。
それを思い出す度に、今生の善逸は身体が火照ってしまうのだが・・・残念ながら、今生の炭治郎は不埒な意味で善逸に触れてくることはない。それどころか善逸に気がある態度を取ることもない。・・・というよりも・・・・・・。
「ああ!もう来ていたんだな!待たせてすまない!」
「っ・・・・・・炭治郎!お、おはよう!」
善逸は駆け寄ってきた炭治郎に眩しさを感じて目を細める。たしかに今は午前故に太陽の光が眩しいがそれだけではなく、炭治郎自体が輝いているように感じる。炭治郎は善逸の前に来ると、目深にキャップを被る善逸の顔を見るためか少し前に屈み覗き込んでくる。
(あ、まただ)
炭治郎は善逸と再会してから、こうして会うと身のうちに『じーん』と感動と思われる音を発する。これは前世の炭治郎にはなかった音だ。この音を善逸は今世でよく聞く。
それこそファンに握手やサインを求められた時や、ミュージックグラウンドの観覧のお客さん、果てはコンサート会場でもよく耳にした。
いわゆる『尊敬』や『憧れ』の音だ。
それが炭治郎から聞こえる。これが善逸にとってはすごいストレスであった。なぜならその音がクソでか過ぎて炭治郎から恋の音がよく分からなくなっていたからだ。
(もしかして・・・・・・炭治郎は俺のこと好きじゃないのか?だから好きって言ってくれないし、また付き合おうとも行ってくれないのかな?)
善逸は笑って炭治郎と連れ立ちながら、心は大洪水だった。もはや心のダムは決壊している。けどそんなことは顔には出さない。もし顔に出してしまえば公衆の面前で大泣きだ。そんなことになれば週刊誌に間違いなく乗ってしまう。炭治郎の今生の平穏な生活を脅かしてしまう。
(ねえねえ、炭治郎。俺の歌はどうだった?俺、お前がまた欲しいよ。前みたいにくっついて眠ったり、口付けたりする関係になりたいよ。俺の歌を聞いたなら、俺が喉から手が出るほど炭治郎が欲しいっていうのは分かってる筈なのに・・・・・・)
なんで何も言ってくれないのだろうか。善逸はこの4ヵ月それをずっと思っていた。すぐに前のように気持ちを伝え合えると思っていたが、炭治郎は普通だった。前世で恋仲になる前の態度に近かった。
(・・・・・・も、もしかして炭治郎って恋仲だった時の記憶ないのか?)
善逸は考えうる事態に嘔吐しそうだ。往来でするつもりは絶対にないが。善逸は炭治郎と商店街を冷やかしながら、内心で絶望的にな気持ちと温かな気持ちを戦わせていた。今日、来ているこの場所は炭治郎が生まれ育った街だ。とても栄えている・・・・・・というわけではなく、住むには困らない商店街と駅前モールがある住宅街といった場所だった。
善逸は炭治郎が嬉しそうに育った街を案内してくれるのに、本当に良かったと思う。炭治郎は再び同じ家族の元に生まれられたらしい。つまりはまた竈門家の長男というわけだ。
善逸たちは炭治郎と禰豆子が家族と幸せに暮らしていますようにとずーっと祈っていたのだ。その甲斐があったかは定かではないが、炭治郎は何も失ってはいない。以前は病で失ったという父親も体は弱いものの医療の発達で日常生活は問題なく送れているとのことだった。
善逸はそのことにホッとしたけれど、僅かに恐ろしい気持ちもせり上がってくる。前世と違う境遇。それは炭治郎に変化をもたらすのではないだろうか。
(真っ当に幸せを掴んでいる炭治郎は俺なんかいらないんじゃないか?)
今世の炭治郎には心の隙間はない。家族を失った寂しさがないから、善逸はいらないのかもしれない。善逸は前世でも寂しくて、今世では仲間がいたけどやはり寂しかった。でも炭治郎は違ったのだろうか。自分がいなくても寂しくなかったのかもしれない。
善逸はぐるぐると自分の精神に良くないことばかり思いつく。元より前向きというよりは後ろ向き、卑屈な性質だ。親の顔も名前もない孤児に産まれて卑屈にならない方が珍しいだろう。けれどそれでも善逸が怖がりがやめられなくとも少しずつ卑屈をやめたのは炭治郎のおかげだ。
愚直な炭治郎が善逸のことを凄い、強い、優しい、好きだ、必要なときは泣いててもいいと少しずつ少しずつ・・・・・・ではなく、短期間でどっさりと愛を注いで来たからだ。
善逸の幸せの箱はさほど大きくはなかった。穴は空いていなかったけど、小さくて。それを炭治郎は溢れるのも気にせずに愛を注ぐ。箱は蓋が閉まらなくなり、愛によってもはや潰される勢い。それも気にせずに炭治郎は愛を注ぎ、溢れ、箱が軋んでしまえば破壊してもっと大きく作り直せと言わんばかりだった。
善逸が今思い返してみても確実に出会った頃よりも、死ぬときは幸せの箱は大きくなっていたと思う。炭治郎に対して、友達に対して、仲間に対して期待し、望むことが多くなった。それが分不相応なのかも最後には分からなかった。ただ炭治郎は嬉しそうに変わらずに愛を注いだ。
だからこそ善逸は死ぬ間際に約束できたのだ。来世の約束を。
炭治郎と別れる今際の際で、「来世でも好きになってよ炭治郎。俺もずっとお前を好きでいるから」と強請ることができた。ーーだというのに。
(この世は無常ってこういうことも当てはまるのかなぁ)
善逸は思わずため息が漏れた。仕方がないとは思う。前とは色々と前提も違うし、炭治郎の考え方や価値観が変わってもなんらおかしくはないのだ。それを酷いと詰るのはどうしようもないだろうと善逸は軽く頭を振る。
現に善逸だってきっと前と違う。前の善逸ならば率先して人前で歌って金を取るなど緊張で死んでしまうからする筈がなかった。けど今は緊張はするけれど死ぬことはないのを善逸は分かってる。口では死ぬ死ぬと言うけれど心持ちは前とは違う。なぜなら伊之助、カナヲ、玄弥がいるからだ。何かあれば必ず手を差し出してくれると知っているからだ。それは幼い頃から共に育ってできた、今の世の善逸の確固たるものの一つだった。
「・・・・・・善逸、どうした?気分でも悪いのか?」
炭治郎の心配そうな声に善逸はハッとした。考え事に耽り、ため息やかぶりを振ったりしてしまったが今は炭治郎といるのだった。明らかに挙動がおかしいし。
「あ、いや。ちょっと寝不足なだけだよ。昨日はほら、新曲発表だったしちょっと興奮残ってたのかも」
さらりとと口から出た言葉は全くの嘘ではない。実際に善逸は寝不足気味だった。理由としてはソロの新曲を聴いて炭治郎はどう思ったか気になって仕方がなかったのだ。
「そうか・・・・・・。無理しないでくれよ?今日は早めに切り上げようか?明日も打ち合わせあるんだろ?」
「ええっ!?いいよいいよ!今日は炭治郎と逢えるの楽しみにしてたんだし!それに家に帰っても誰もいないもん?」
今日はメンバー全員が揃ってオフのため、それぞれ好きなことをすると言っていた。玄弥は兄弟の元へ(実は不死川実弥が成人しているため、玄弥を除く兄弟はみんな長兄の庇護のもと暮らしている)、カナヲと伊之助は胡蝶しのぶの元へと遊びに行った。伊之助は善逸と共に炭治郎に会いにくると思ったので誘ったのだ断られた経緯がある。それは伊之助が親分として2人に気をつかってくれたからなのだが・・・・・・。
「分かった分かった。じゃあ今日は夕方まで遊ぼう。でも気分悪くなったりしたらちゃんと言うんだぞ!」
「分かってるよお」
善逸はその言葉に実に炭治郎らしいと感じた。いつだって真っ当で正道でそして優しい。・・・・・・正道をいく男がやはり男を好くなど生物学的な繁殖としての邪道に落ちたのは環境のせいなんだろうかと善逸はまたも暗い影が心に落ちる。
「そうだ!ミュージックグラウンド見たぞ!!ダンスが凄かったな!!みんなぴったりと合わせてて格好良かった!あれは伊之助が振り付け考えたんだろ?凄いな!!」
「あー・・・・・・うん、そうそう。コンサートで踊ったのが楽しかったらしくて、皆でやりたいとか言い出したんだよね。全く、うちはロックバンドだっていうのに・・・・・・」
「いいじゃないか!ファンからしたら凄く新鮮だったし、よかったぞ!ネットでも評判だった!」
炭治郎は興奮したように仕切りに凄い凄いと褒めてくれた。善逸はそれを聞きながら、「ソロは?ソロはどうだったの?」と聞きたいのをぐっと我慢して炭治郎がソロ曲の感想を待った。
「・・・・・・善逸のソロの新曲も聴いたぞ。相変わらずいい曲だった。発売日が楽しみだ!」
「あっ、そう?いつもご贔屓にどーも」
炭治郎はソロ曲についてはあっさりとしすぎる感想を言うと、「お腹が空いたな。何か食べるか」と言って商店街を歩いて行く。その後ろを追従しながら、善逸はショックを受けながらなんとかなんとな今日を乗り切らねばと涙が滲みそうになるのを堪えた。
「うわあああああああ!!炭治郎にスルーされたああああああ!!」
玄弥が家の玄関を開けてすぐ、耳をつんざく悲痛な声が家中に響いていた。何事かと思うことはない。善逸は今日は炭治郎と遊ぶと言っていたから、そこでまた何かあったのだろう。まあ、たぶん、あれだ。昨日の新曲のことだろう。
「・・・ただいまー。すげーうるせーな」
「お帰り玄弥ー。もう2時間もやってるのよ」
「よく喉潰れないな・・・・・・」
リビングに入ると善逸がビーズクッションの上でおいおいと泣いている。その近くのソファでカナヲはファッション雑誌を読んでいて、伊之助はテレビの前でボクシングゲームに興じていた。
うるさいけれど2人とも自室に戻らずリビングにいるのは泣いてる善逸を心配しているからだろう。
「玄弥あああ!聞いてよ!炭治郎の奴がさあああ!俺のソロの新曲が良かったって!発売日楽しみだって言ったんだよ!!」
「褒められてるじゃねーか」
「ちっげーーーよ!!それしか反応なかったんだよ!!信じられる!?あんっなに炭治郎への想いを込めたのに!!」
それには皆、同情的であった。善逸はこれでもかと炭治郎への愛を込めて込めて捏ねくりまわした歌を作っては日本中に発信している。ちなみに世界的動画サイトでもPVは流れてるからぶっちゃけ世界中に発信している。玄弥からすれば素面ですげーなと思っている限りである。しかしそれもさっぱり炭治郎には伝わっていないらしく、いわゆる恋仲になれそうな気配がないらしい。
「なんだよおおおお!!ずっと好きって言ったじゃん!もう俺のことはお忘れですか!?いや、覚えてるけどなかったことにしたいんですかー!?やっぱり女の子の方がいいの!?平和の世界じゃ男同士の勘違いは起こらないってことですか!?うわああん!!炭治郎と再会できたら乳繰りあえると思ってたのにあんまりだよおおおおお!!」
「これを2時間もやってるの」
あっさりというカナヲも困り顔だ。うるさいからか、善逸が凹んでいるからか。玄弥の見立てでら8:2だ。
「・・・もう直接、本人に好きって言えばいいじゃねえか」
はっきり言って、善逸のアピールは派手だが遠回しだ。ひたすら画面の向こうから炭治郎への愛を歌っている。事情を知るものからすれば熱烈ではあるが、気が付かなければ本当に分からない。
「・・・あんなに分かりやすい歌を歌ってんのにスルーされてんだよ?脈ないじゃん。それに・・・なんか、新曲の話題を避けるような焦った音させてたし・・・。はっきり言ったらはっきり振られちゃう・・・・・・」
ぐすんと涙を拭いた善逸はビーズクッションに丸まって蹲った。善逸がいくら喚いても無視してゲームに興じていた伊之助だったが、善逸が静かになると近くにやってきてコントローラーを善逸の顔めがけて落とす。
「痛い!!なにすんのさ!!」
「1人でやるの飽きたから対戦するぞ!!」
「ええ?玄弥とやりなよぉぉ!」
「うるせぇな!いいからやれよ!転がってるだけなんだから暇してんだろ!!」
「暇じゃねーし!!まったくもう!!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながらゲームをやり始めた。玄弥はキッチンに回ると、土産にと実弥に持されたおかきを皿に移す。そしてカップ4つと急須を取り出すと茶筒の蓋を開ける。
「あ、お茶にするの?」
「おー。土産もらったからな」
カナヲがキッチンカウンターから玄弥の手元を覗いた。そしてテレビの前で騒いでいる2人を振り返る。
「・・・ねえ、本当に炭治郎は善逸のこと好きじゃなくなったのかな?」
「まさか。あんなにお互いにべったりだったんだぞ?見ていたこっちのが鬱陶しかったわ」
「そうよねえ。でも、じゃあなんであんなに善逸は分かりやすいのに、炭治郎は何にもしないんだろ」
カナヲの言葉に玄弥は確かにと思った。前世では炭治郎も善逸もくっついてことを済ますのがあっという間だったらしい。らしいというのは伊之助談によるものだ。仲のいい男3人組でうち2名が懇ろな関係とかよく考えると地獄のようだが・・・・・・伊之助はすごいなと玄弥は思う。自分だったら無理だ。ちょっと距離を置いてしまうかもしれない。
玄弥はキッチンから善逸を見た。2時間騒いでいたとのことだが、善逸は夕方には帰ってきていたはずで、伊之助とカナヲは胡蝶姉妹のところで夕飯でご馳走になっていた筈だ。となれば、善逸は2時間どころじゃなく泣いていたということだろう。目の周りが真っ赤で痛々しい。
「・・・・・・もし万が一、本当に炭治郎に振られたんならその時は俺たちで慰めてやればいいだろ」
気のない相手をどうこうできるものでもない。玄弥の言葉にカナヲはちょっとだけしょんぼりした顔をして頷いた。きっと伊之助も同じ気持ちだ。だからああして、騒がせて沈んだ気持ちを少しでも忘れさせようとしてるのだろう。
善逸だけではない。伊之助もカナヲも玄弥もみんな炭治郎と再会を果たせば収まるところに収まると思っていたのだ。あんなに前の世で求め合って並んで生きていた2人なのだから、今世でも同じように収まると思っていたのだ。だから正直、炭治郎の反応にはみんながっかりしている。だがあんなにも求めあっていたからこそ、何かあるのではと思ってしまうのだ。
「まあ、炭治郎を信じようぜ」
「そうね」
竈門炭治郎は信じるに値する男だ。
だからまだ、玄弥たち3人は静観するしかない。
****
7月末、入道雲が空に立ち昇る中で炭治郎は大きなリュックを背負って待ち合わせ場所である公園前に来ていた。待ち合わせ時間より少し遅く、炭治郎のいる公園の前に一台のマイクロバスが滑り込んで来て止まった。開れた窓からは炭治郎がよく知る、胡蝶しのぶが手を振っている。
「炭治郎君!お待たせしました?!」
「おはようございます!お世話になります!」
炭治郎が開いた扉に乗り込むと、そこにはもう結構な人数が揃っていた。具体的にいうと胡蝶姉妹、悲鳴嶼、煉獄、甘露寺、伊黒と運転手を務めている冨岡だ。
「えっと、俺で最後ですか?」
「いえ、これから不死川さんと不死川さんのご兄弟を迎えに行きます。宇髄さん達は別途、現地に向かってます」
にこりと笑うしのぶに炭治郎はなるほどと思った。不死川家は皆、玄弥に会いたいのだろう。それはそうだ兄弟なのだから。
「初めまして炭治郎君。胡蝶カナエです。なかなか会う機会がなかったわね」
「初めまして!竈門炭治郎です!」
しのぶとカナヲの姉という噂の御仁に炭治郎は深々と頭を下げた。優しい匂いのする人だ。なるほどこの人が姉ならばしのぶやカナヲが優しいのも納得だと炭治郎は心中で頷く。
「・・・・・・行くぞ」
冨岡がそう言ってバスを出した。炭治郎は急いで席に着くと列を挟んで反対にいるしのぶと雑談に興じる。
「それにしても冨岡さんが中型免許をお持ちで助かりましたね。さすが、高校の教師と言ったところでしょうか?」
「そうですね。俺、今回は交通費とか宿泊費とか捻出できそうになくて・・・・・・正直本当に助かりました」
「そうですねぇ。私達もキャンプ経験がないので、レジャーに強い宇髄さんにお誘い頂いて良かったです」
にっこりと笑うしのぶとカナエに炭治郎も全くだと頷く。
今回、炭治郎たちが向かう先は富士山ロックフェスティバルである。国内外から200組以上のアーティストが集まり行われる大規模なフェスで、4日間の開催となる。20日前に発表されたタイムテーブルには、そこになんと鬼滅隊が出るということが書かれていた。
タイムテーブル発表とともに鬼滅隊の公式からも発表がなされ、ファン達は騒然となった。何故ならそこには一部の歌を英語バージョンでやると書かれていたからだ。その情報にネットは荒れた。ここに来てまさかの英語バージョン。恐らく海外からも観客が来るからというサービス精神だろう。しかし英語バージョンとは大丈夫なのか!?一部の歌ってどの歌!?と大荒れだった。
炭治郎はその情報に急いで富士山ロックフェスとはと調べた。調べた結果、全日チケットは買えても交通費と宿泊費が出せないことが分かった。なんていうことだ。こういうこともあるのかと歯を食いしばる。でも英語バージョン聞きたい。善逸の滑らかな英語。いや聞いたことがないけど絶対に上手いはずだ。こと音に関しては善逸は天才だ。
そんな炭治郎に救いの手を差し伸べたのは宇髄や冨岡だった。キャンプ泊をするため混ぜて貰えることになり、移動も車で連れて行ってもらえる。・・・・・・残念ながら禰豆子はチケット代の都合で今回は泣く泣く見送りとなったので禰豆子の分も炭治郎は楽しまねばならない。
・・・・・・楽しまねばならないのだが・・・・・・。
「ハア・・・・・・」
炭治郎はついつい溜息を吐く。今回のフェスでは鬼滅隊も出るが我妻善逸もソロでも参加するらしい。ということは善逸のここ最近の曲も歌われるだろう。炭治郎は我妻善逸のファンだ。だからどんな曲も買うし、聞くし、好きだ。だけどその歌の意味を考えるとキリキリと胸が痛む。
最近善逸はまたソロで曲を乱発している。鬼滅隊の頻度は上がっていないが、善逸はほぼ毎月新曲を出す。そしてその歌は曲調は違えども連続で恋の歌であり、振り向いてもらえない片恋を歌うものばかりだった。
炭治郎と善逸は恋仲である。前世で好き合い、そして死んだとしても好きだと愛を確かめ合った。死んでも互いに好きでい続ける、つまりは今世でも出会えていなくとも恋仲だった。
だが、善逸は再会を果たした後から片恋の歌を歌う。炭治郎と善逸は恋仲であるため両想いだ。では片恋の歌はなんなのか。これについて炭治郎は善逸に新たに好きな人ができたのではと推理した。
なぜこんな推理になったかといえば、善逸の今までのソロ曲は全て善逸の実体験を歌っていたからだ。炭治郎との友情や、炭治郎との恋や、炭治郎を恋しがり探している歌だった。
その歌たちに炭治郎は会えていなくても善逸からの気持ちを感じられていた。しかし、再会を果たした後は善逸の歌は片恋の歌だけ。いままでの流れを考えるなら、これはもしかしなくても善逸の心が離れたのかと炭治郎が疑うのも仕方のない流れだった。
疑いがあるならば確認すればいい。そう思った炭治郎であったが、数ヶ月前に2人で遊んだのを最後に善逸とはとんと会えなくなった。仕事で忙しいというのが理由らしく、会えていたたまの休日もなくなってしまった。そして毎日のように善逸から送られてきていたメッセージや電話も少しずつ減っていき、今では何もない。
(これは・・・・・・要するに振られたのか?自然消滅なのだろうか?)
炭治郎は善逸が己を好きじゃなくなることが想像できない。けれど現実はどう考えても炭治郎に味方をしてない。
優しい善逸のことだから、関係を止めることをはっきり言えないのかもしれない。だが炭治郎からすれば、はっきりと言わないのならば恋仲をやめるつもりはない。会えなくても、話せなくても自分と善逸は恋仲であると誰にではないが主張する。
(俺のいないところで誰かと愛し合っていたら浮気だぞ)
炭治郎はそう思うが例えそうだとしても会う手段がないから咎めることもできない。いや、会える手段はあるのだ。なぜなら善逸の周りには炭治郎の友達が沢山いる。それこそ伊之助にでも頼めば会わせてもらうことは可能だろう。だがそれができないのは炭治郎の心に影があるからだ。
(・・・新しい好きな人が伊之助や玄弥だったらどうしよう・・・・・・)
そうなのだ。そもそも前世の記憶があるイレギュラーな存在である善逸を受け止め切れるのはそれこそ前世の記憶があるイレギュラーな人だけだ。そう考えると伊之助や玄弥・・・・・・特に伊之助は前世でも善逸と仲が良く、親分として見守ってくれていた。炭治郎が側にいない年月で仲が深まっても不思議じゃないと炭治郎は本気で思っていた。伊之助が聞いたら卒倒するが。
(それに、世間では伊之助??善逸が流行りだしなぁ・・・)
そう、そして炭治郎は我妻善逸クラスタとして異常な躍進をしていたため、まさかの3次元の二次創作にまで手を伸ばしている。伸ばしていると言っても炭治郎??善逸以外は解釈違いの地雷なのだが、逃げをうつ性格ではないためどれだけ流行ってるのか時たまpixiveなる創作全般のWebサイトを垣間見てはダメージを喰らってる。
ちなみに鬼滅隊の人気度としては伊之助と善逸で2枚看板だが、pixiveでは伊之助は善逸の攻という解釈が多く、善逸は圧倒的に誰にとっても受という解釈だった。ゆえにタグ件数はそのカップリングの多さから我妻善逸が群を抜いていて、というかカナヲとのカップリングでも善.カナよりもカナ.善が多いという現実だ。本人は知りませんように。
そして炭治郎の心中の言葉通り、ネットでは伊之助と善逸ができてるともっぱらの評判だ。確かに前世の仲の良さもあって伊之助の面倒を見るのは善逸の仕事で、善逸がびびったりした時に1番に縋り付くのは伊之助で慰めるのも伊之助の仕事だった。
(でも本当はそれは俺の仕事だ!!)
そう。善逸としては炭治郎がいないから次点で伊之助なだけであり、伊之助も炭治郎がいないから親分が代わってやっているに過ぎない。だが世間は竈門炭治郎を知らない。分かるのは伊之助と善逸が特別に仲がよく、そして異常に我妻善逸がエロいということだけである。
そう、我妻善逸はエロリストとしてもネットでは評判だ。16歳にしてとんでもない色気のある歌を作り、色気だだ漏れで歌う。どんな人生経験を16年で積んだの?というのが専らファンの心配だが、炭治郎は知っている。あのお色気全開な善逸を育てたのは俺です!!ということを。
しかしながら炭治郎は追い詰められている。善逸の傾向が変わった歌に追い詰められている。以前までは炭治郎との思い出を歌っていたのに、今は激しい片想いの歌だ。本当にどういうことなんだ。
(とはいえ、確認する術もないんだが・・・・・・)
伊之助の伝手で会って、相手が伊之助とか言われたら立ち直れない。何しろ炭治郎は己のことを四角四面で決めたら向こうみずという愚直だけが取り柄のつまらない男だと知っているからだ。それに引き換え、伊之助は判断は早いし、男らしいく度量もあるし、強いし、そして顔がいい。善逸だって伊之助の顔は好きだった筈だ。美形よ滅べと毒を吐いてもいたけど、伊之助が猪頭つけてなければ怒られない程度に眺めているのも知っていた。
(もし本当に伊之助だったらどうしよう。俺に勝ち目がないぞ・・・!!)
炭治郎は戦々恐々としながらも、バスに揺られていた。何故なら今回のフェスで我妻善逸は新曲披露するんじゃね?というのがファンの中での予測だった。鬼滅隊、もとい我妻善逸は謎だ。ロックバンドという触れ込みでデビューしながらもアイドル風なダンスと歌を歌ったり、がっつりバラードやったり、果ては和風ロックしたり、これぞ王道のロボット物アニメ曲歌ったり、最近ではクラシック風の歌とか・・・・・・えっ?もうどこ行くの?って感じだ。
それでもどれも凄くいいものなので鬼滅隊ファン、我妻善逸ファンはどこにでもついて行く。むしろロック専門でロックバンドだからファンに入ったのに、『我妻善逸に耳を開発されちゃった・・・?こんなの初めてぇ?ビクンビクンッ?』な元バッドボーイ達も多い。我妻善逸のファンは男も女も漢も多いのだ。
ようするに我妻善逸は伊之助に勝るとも劣らない自由人だ。どこで新曲ぶっ込んでくるか分からない。そもそも既存曲の英語バージョンとかなに?尊いにも程がある。ファンを過供給で窒息させる気なのか?
そんなことを炭治郎が悶々と考えながらも、不死川兄弟を拾ったバスはゆらゆらと県道の山道を走って行く。不死川家はまだ幼い弟妹も多いらしく、玄弥のコンサートはもちろん、キャンプ自体も楽しみにしているらしい。きゃらきゃらと笑う幼子達に心を慰めつつ、炭治郎は実弥が手が回らない部分をせっせと手伝いながら必死に悪い考えを追い出していた。
「うむっ!!見事な快晴だな!!」
富士山ロックフェスが要するキャンプサイトに着いた炭治郎達はそれはもう大荷物であった。車横付け可能なキャンプサイトの宿泊チケットを購入したのでさほど大変なわけではないが、大型のテントに前夜祭から考えると5日間もここに寝泊まりするのだ。やはり相当な荷物になる。それを炭治郎と煉獄でせっせと運び出し、富岡と伊黒がせっせとテントを設置して、悲鳴嶼と甘露寺が水を汲みにいき、胡蝶姉妹は隣のブースにキャンピングカーをとめている宇髄一家と食事の支度をしている。
ちなみに不死川家は自分たちでテントを立てると実に楽しそうに兄弟仲良く励んでいる。実弥の笑顔に炭治郎は実に良い時代だとしみじみ思う。兄弟子である冨岡も同じ思いなことだろう。
「そらっ!そらっ!どんどん行くぞ!!竈門少年!!」
「はいっ!!」
大量のリュックサックを背負い持ち、炭治郎と煉獄は荷物運びの次はテント以外のキャンプ用品を設置していく。ランプにコンロ、レジャーシートにテーブルに椅子。日焼け防止のためにパラソルもだ。
黙々と作業を続けていた炭治郎だが、煉獄の圧のある視線が突き刺さっているのに気がついて顔を上げた。煉獄は瞬きもせずに折り畳み椅子を持ったままじいっと炭治郎を見ている。相変わらずの眼力だ。
「あの・・・煉獄さん、どうしたんですか?」
「うむ!竈門少年は何やら元気がない!悩み事があるな!!ずばり我妻少年に関してたろう!!」
断定している煉獄に炭治郎はびっくりした。なぜなら炭治郎は自身が悩んでいることを誰にも知られないように隠していたからだ。
「えっ!なんで分かったんですか!?」
取り繕うのも忘れて炭治郎は煉獄に聞き返す。煉獄は変わらぬアルカイックスマイルで「うむっ!」と頷いた。
「理由は3つだ!ひとつ!君は今日だけで30回以上の溜息をついている!ふたつ!我妻少年のソロ曲がコンサート前は両想いの歌であったが、コンサート後は片想いの歌になっている!みっつ!君はコンサート前は鬼滅隊の新曲、我妻少年のソロ新曲にもどちらもSNSで濃密な感想を述べていたがコンサート後は鬼滅隊に関しては変化がないのに我妻少年のソロ新曲に関しては感想が簡単に留められている!!以上のことから君と我妻少年の間になにかこじれがあると推察した!!」
「す、凄いです!ぐうの音もでません!!」
「ははは!そうだろう!!そうだろう!!」
嬉しそうに笑う煉獄に炭治郎は感心しきりだ。しかしそれもすぐ霧散する。何故ならいつ間にか距離を詰めていた煉獄がずいっと眼前まで顔を寄せてあのどこを見ているのか分からない目で炭治郎を見ているからだ。
「・・・・・・近いです」
「そんなことより。悩みがあるなら相談すべきだ。俺の推察では数ヶ月程、君たちの異常事態は続いている。そろそろ解決すべきだと思うが?」
そう言うと煉獄は炭治郎から身を離し、後ろを大きく振り返ってこれまたクソでかボイスで冨岡を呼んだ。もれなく全員が振り返ったが。
「冨岡!!俺と竈門少年は少し抜けるぞ!!なに、竈門少年の悩み相談を受けるだけだ!!すぐに戻る!!行くぞ!竈門少年!!」
そう言って煉獄はズンズンと歩いて行く。炭治郎は突然の展開に皆んなを見渡すが、誰も止めることはなく胡蝶姉妹は手を振っている始末だ。炭治郎は致しかたないと先をどんどん進む煉獄を追いかけた。
炭治郎と煉獄はキャンプサイトから少し先の高台へとやってきた。高台からはフェスが行われる会場が見えており、ステージがあちこちにあるのがわかる。あそこのどこかで善逸達は歌うのだと思うと炭治郎は楽しみであるが、新曲が不安だった。
「して竈門少年!君の悩みはなんだ!君と我妻少年は前世で恋仲だったと聞き及んでいるのだが!」
「れ、煉獄さん!声が大きいです!」
高台で話しているので風に乗って声が下まで届いてしまうかもしれない。我妻なんてワードは鬼滅隊ファンからすれば聞き逃せないだろう。とんでもないスキャンダルになる。
「むむっ。すまんな。俺としたことが配慮に欠いていたな」
「いえ・・・というか、俺たちが恋仲なのご存知なんですね」
「うむ!今生で再会した胡蝶たちに聞いたんだ。俺が死んだ後は鬼舞辻や鬼はどうなったのか気になったのでな!」
その話で何故、炭治郎と善逸が恋仲であることが知れるのか不思議だが、煉獄に嫌悪感はないようで炭治郎は安心した。そして炭治郎にとって煉獄という存在はちょっと特別なものだ。柱の強さと鬼殺隊士としての覚悟を命を賭して教えてくれた存在だからだ。
まあ、つまり炭治郎は煉獄を前にして心情を取り繕うことなく吐露してしまったのだ。
前世から愛を誓っていた。死んでも愛すると誓い合っていた。しかし今生で恋人とようやく再会したが、恋人には新しい想い人がいるかもしれない。もしそうならば別れが待っているかもしれない。だから連絡が取れないし、向こうもしてこない。自分は絶対に別れたくない。それに善逸の心が自分から離れるのが信じられない。善逸はそんな奴じゃないはずなのに。
炭治郎の要領の得ない説明を煉獄は辛抱強く聞いてくれた。炭治郎がようやく全ての気持ちを吐き出しきると、煉獄は腕を組み、目を閉じてゆっくりと頷いている。
「なるほど、なるほど。そんな事情だったのか」
「はい・・・。俺はどうするべきでしょうか?」
炭治郎の言葉に煉獄はカッと目を開けた。そしてクソでかボイスで言い放つ。
「そんなことは決まっている!我妻少年の気持ちを確認しろ!!本人に聞かねば何も分かるまい!!ひとりでウジウジするとは男らしくない!情けないぞ竈門少年!!君はそんな男だったのか!?手をこまねいているよりも、当たって砕けろ!砕けても忘れられないというのなら、再びアッタクしろ!!また好きになってもらえ!手をこまねいているうちに、どこぞの他のやつに負けて奪われてもいいのか?」
その言葉に炭治郎は雷に撃たれた気持ちになった。煉獄の言う通りだと思ったからだ。たしかに善逸が誰かに片恋しているというのなら、両想いになるまえに取り戻さなければならない。
(なんてことだ・・・気がついていたのに数ヶ月も放置してしまった。これは間違いなく悪手だ。くそっ・・・俺の判断が遅いから・・・・・・)
炭治郎は今の失うかもしれないという辛さよりも本当に善逸を失うことの方が辛いとようやっと理解した。炭治郎は目に炎を宿すと煉獄の目を見て宣言した。
「煉獄さん!俺は目が覚めました!!煉獄さんの言う通り、砕けたらまた好きになってもらえるよう努力します!」
「そうだ!!その意気だ!!」
「はい!俺!頑張ります!!」
目を覚ました炭治郎はとにかくこのフェスが終わり次第、なんとしても善逸に会うことに決めた。まずは善逸に会って貰えるように電話からだ。真摯に会いたいと告げなければ。
「・・・ところで竈門少年。君と我妻少年はずっと恋仲なのか?」
「はい!そうです!前世からずっと恋人です!」
「ふむ!前世からずっとか!・・・ずっと・・・なのか?なるほど、なるほど?」
煉獄は首を傾げながら頷いていて、炭治郎はどうかしたのだろうかと思った。なにか不思議なことでもあっただろうか?
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。・・・・・・うん、少し気になることがあったのだが些細なことだ!君は思う存分、我妻少年にぶつかるといい!!」
「はい!そうします!」
炭治郎は煉獄に励まされ、気合が入った。それからはやることが明確に決まったために憂は晴れた。道が明るいかと言われたらそうではないが、確率の低い、困難な暗い道を歩むのは慣れている。前の生ではその道を照らすように金色頭が隣を歩いていたのだが・・・・・・それを手に入れる道だ。この先が明るいことを炭治郎は信じるしかない。
それから炭治郎達は前夜祭を楽しんだ。盆踊りや和太鼓などお祭りのような会場に盛り上がり、カウントダウン花火があがって無料ライブが開始された。
炭治郎達一行は、人がひしめく大型のステージへと移動すると知ってるアーティストや知らないアーティストのライブにはしゃいだ。そしてそのアーティスト達の中に鬼滅隊もいて、デビュー曲を歌っている。会場は前夜祭とは思えないほど盛り上がり、炭治郎も久しぶりに生で見る善逸に胸がいっぱいになった。
(・・・善逸、お前がもう俺を好きでなくても俺はお前が好きだ。俺はお前を絶対に諦めないぞ!!)
****
「はああああ・・・、も、もうダメだ・・・俺はもう捨てられたんだ・・・」
ソファに転がりながら、ブルブルと震えて楽譜を見つめる善逸に、玄弥たち3人は呆れ顔だ。善逸が今見ているのは明日参加する、富士山ロックフェスティバルの楽譜たちだ。
海外からの一般参加者も多いから、折角なら楽しんで欲しいとまさかの既存曲の英語バージョン作ろうとか言い出した善逸に、「うわっ、炭治郎不足で頭とち狂ってる!!」と思って数ヶ月経った。その間に善逸は英語バージョンの作成とソロの新曲と鬼滅隊の新曲の3本立てでの活動だった。忙しいったらありゃないという程で、無心にやり続ける善逸に「来るところまで、来てる」と3人は心配になった。
善逸が何も考えれないくらい忙しくしてるのは、ずはり炭治郎との関係に行き詰まっているからだ。あれからさらに『炭治郎が好きすぎておかしくなっちゃう?』の歌や、『炭治郎?!好きなんだよおおおお!俺を見てよおおおお!!』という歌や『お、俺の気持ち、き、気付いてて無視してんのおおお!?』という気持ちをこれでもかと込めた歌を出しまくっているのだが当の炭治郎はスルーだ。
その現状に善逸はもはや諦めモードに近い。炭治郎のことをなるべく考えれないようにと死ぬほど仕事をしている。玄弥は知らなかったが、前世でも炭治郎に好きと伝えられて、しかしこんな自分ではとあらぬ方向に暴走した善逸が単独任務に明け暮れて炭治郎から逃げ惑い、それを炭治郎が駆けずり回って捕まえたのだ・・・・・・というのは伊之助の談だった。
まあ、要するに善逸は愛されたがりなのだ。女の子への博愛のアピールはできても肝心の炭治郎へははっきりとしたアピールができない。ワールドワイドに歌で告白してはいるのだから、大胆といえば大胆だが、面と向かっては言えないという謎の消極さ。
玄弥からすれば好きな人のことを歌にして歌う方がよほど気恥ずかしいと思うのだが、善逸はそんなことないらしい。不思議だ。
ということで善逸はしこたま仕事をしつつ、炭治郎への重すぎる想いを新曲に込めて発信していた。だがなんの成果もなく、電話もメッセージも鳴らなくなったらしい。その結果、善逸はもう失恋モードだ。しくしくベソベソと泣きながら、炭治郎への『ありがとう、幸せだった、素敵な人と幸せになって。でも俺は炭治郎だけが欲しいから、ずっとお前が好きだよ』という潔いのか潔くないのか分からない歌を作りあげてしまった。
しかも英語で。
なんで英語?と思うが善逸としては失恋モードでも未練たらたらだ。炭治郎に気持ちを届けたいが届けたくないという想いがまさかの英語歌詞なのだろう。
というか善逸は炭治郎への想いだけで英語を習得してしまったのだから恐ろしい話だ。『ニュアンス変わると嫌だから』とか言って翻訳断るし。霹靂一閃のみを極め抜くとかいうのもあったし、凝り性なのかもしれない。
お陰でサブボーカルの玄弥も発音をマスターする為に必死に英語をやる羽目になってしまった。だが、まあ、それはいい。何かに便利かもしれないし。
それよりも善逸だ。さすがにここまで炭治郎から何の接触もないとは思わなかった。玄弥たち3人はリビングからそーっと抜け出すとひとまず玄弥の部屋に集まった。これはもう介入せねばなるまい。
「ねえ、どうする?」
「どうするって言ってもな・・・・・・」
「あの歌を歌ったら善逸、炭治郎のこと本当に諦めちゃうでしょ?いいの?」
「いいわけあるか!あれ以上いくと本当に面倒くさいんだぞ!」
伊之助はプンスカ怒りながらそう言った。前回でも伊之助は2人に振り回されて苦労したらしい。それでも見捨てないのだから優しい親分だ。
「そもそも権八郎は何してやがんだ!あいつ一回死んで頭悪くなったのか!?前も鈍かったけどよお!」
「もう炭治郎と引き合わせようよ」
カナヲがそう言うのに玄弥も賛成だった。もうこうなったら無理やり引き合わせてお互いの意思を確認すべきだ。玄弥もカナヲも伊之助も2人はなんか変に誤解してるからなんかしてるのではないかと思っている。それくらい、2人は前世で思い合っていたのだ。何か事情がきっとあるのだ。だが、そんな引き合わせようと言った玄弥とカナヲに対して、前世で2人に振り回された経験がある伊之助が待ったをかけた。
「ダメだ。炭治郎か善逸から助けてくれと言われない限りは引き合わせねぇ」
真剣な顔でそう言う伊之助に玄弥もカナヲもなぜと言い募る。
「紋逸の奴が本気で権八郎に向き合いたいって思ってねぇとあいつは明後日の方向に暴走する!すでにめちゃくちゃ暴走してんだろ!だからあいつは今は引き合わせても無駄だ」
「でも善逸が落ち着くころには炭治郎のこと諦めちゃってるわ!」
そもそも善逸が落ち着くのっていったい何年後なんだって話である。
「まあな。だからこそ暴走してるあいつを無理やり捕まえるには、炭三郎の野郎が何がなんでも、どんな手段使っても捕まえるって思わねーとダメなんだよ。紋逸に逃げられちまう。前もそうだった」
伊之助が言うには雷の呼吸と耳をフル活用されたらしく、それはもう大捕物だったらしい。炭治郎は般若の顔をして伊之助と禰豆子に拝み倒して協力してもらい善逸を物理的にも精神的にも捕まえたとのことだ。何それ面倒くさい。
「でもそれならどうすんだ?」
頼れる親分に策はあるのかと聞けば、親分は腕を組んで珍しく考え込む。やはり親分としてもこのままがいいとは全く思ってはいない。
「・・・・・・そもそも権八郎があいつの歌の意味に気がついてねぇ可能性もある」
「えっ、あんなに分かりやすいのにか?」
「それにSNSでソロ曲は感想少ないみたいよ?」
あえてスルーしてる可能性があるというカナヲに伊之助はプンスカと「そんなん知るか!!でもぜってー意味を履き違えてんだ!!分かってたらあいつは喜んで紋逸を押し倒しにくるに決まってる!!」と言う。
親分がそう言うなら仕方がない。と、なればやることはひとつだ。炭治郎に善逸の歌の意味をはっきりと分からせてやる他あるまい。幸いなことに善逸の気持ちはフェスで発表する新曲の中にこれでもかと言うくらい煮詰めて入っている。
「分かった。それならいい案があるわ」
カナヲの立てた作戦に伊之助も玄弥も頷いた。ちょっと協力者たちの負担がでかいが、これは鬼滅隊の未曾有の危機なのだ。善逸と炭治郎の為に是非とも一肌、脱いでいただこう。
****
憂がなくなった炭治郎は最高潮で富士山ロックフェスティバルを満喫していた。鬼滅隊は全日工程で参加するらしく、1日に2回、午前と午後にステージがあった。残念ながら彼らは未成年のため、夜間ライブは行われない。これには幼い弟妹が多い実弥もにっこりだ。
鬼滅隊はどちらかの部で日本語歌詞、もう片方で英語歌詞を披露してくれている。流暢に善逸の唇から紡がれる異国語に、ぜんっぜん意味は分からないけど炭治郎は感嘆の息を漏らした。フェスに来ている鬼滅隊ファンや我妻善逸クラスタも『なんなの?帰国子女なの?とんでもねぇ我妻善逸だ!!』SNSで騒いでいる。ちなみに海外勢も神対応だと騒いでいたが、炭治郎は英語が堪能ではないので分からない。
炭治郎は主に煉獄と冨岡と行動している。さすがにこんなに人が多いとちょっとしたようで席を外すともう合流ができないのだ。人手を求められて不死川家の手伝いに向かうこともあったが、だいたいは3人でうろうろとしていた。
「しかし日が経つのが早いな!もうこれで最終日か!楽しい時間は過ぎるのが早いとはまこと然りだな!!」
「・・・・・・ああ」
「そうですね。今日で終わりかと思うとなんだか寂しいです」
鬼滅隊が出なければきっとずっと来なかった。しかし炭治郎はこの場の空気と楽しげな匂いが嫌いではない。鬼滅隊が出ていなくてもまたいつか来たい思う。・・・・・・炭治郎に金銭的に余裕ができたらの話しではあるが。
「むむっ!そろそろ時間のようだ!ステージの方に移動しよう!・・・と行きたいところだが、我々はここで失礼する!!」
「えっ?なにかあったんですか?」
これから我妻善逸ソロの最終ステージがある。(ちなみに鬼滅隊自体は昨日で最終だった)そこに向かっている最中だったというのにどこへ行くのか。
「・・・・・・胡蝶に呼ばれている」
「しのぶさんにですか?」
「うむ!実は手を貸して欲しいと頼まれていてな!なに、君は存分にステージを楽しみたまえ!我々も違うところで必ずステージは見るからな!」
それだけ言って引き止める間もなく煉獄と冨岡は去っていった。追いかけようにも人混みが凄く、匂いを辿ればいけなくないかもしれないが炭治郎にはこの後、善逸のステージをみる使命がある。
(仕方がない。1人で行こう)
炭治郎はほんの少し心許ない気持ちになりながら歩き出した。なぜなら、この後のソロステージ曲が1曲らしく、前日のMCで明日はソロ新曲歌って最後だと善逸が言っていたからだ。
善逸のソロ曲。覚悟を決めた炭治郎ではあるが、まだ不安な心が完全になくなったわけではない。けど聞かないなんてことは炭治郎にはできない。善逸が歌うのを見逃せるわけがない。
炭治郎は幸運なことにステージ前方の方へと流れ込めた。ひとりきりということもあってか、上手く隙間に入れたのだ。今までで1番近い距離に胸が弾む。遠すぎると流石に顔が見えなかったのだが、この距離ならば善逸の表情まで分かりそうだ。
そう思っているうちに曲が流れ始める。有名なアーティストが歌うのを聞きながら、炭治郎は今か今かと善逸の出番を待った。それから何組かのアーティストが歌い終わり、日はとうとう落ち始めている。空が紅に染まる中、金の色が差し込んでいるような色合い。そんな時間に我妻善逸はステージの上に立った。
思った以上に近い距離に炭治郎は思わず喉がなる。善逸はいつものように眉を葉の字にしてどこを見ているのか分からない目でゆっくりと歌い出した。
耳に入ってくる歌詞は英語で炭治郎には意味は解せない。けれどしっとりと歌われるのに恋の歌だと直感でわかる。心地の良い声が、音が炭治郎を侵食していく。善逸の匂いを嗅ぎ分けたいけれど人が多すぎて敵わない。
(・・・・・・どこを見てるか分からないのは、ここにいない誰かを思い浮かべてるのだろうか・・・・・・)
善逸の眼差しは己でなはない誰かを見ているのかもしれない。Bメロまでが終わり、サビへと入る直前に炭治郎は再び憂に塗れた。その苦しい気持ちがつい、縋るように口から漏れた。
「善逸」
ほんの少しの声だった。けれど遠くを見るように歌っていた善逸はパッと目を大きくすると寸分違わずに炭治郎を視線で射抜いた。炭治郎もその蜂蜜を溶かしたような瞳を吸い込まれるような心地で見つめる。善逸はパチリと瞬くとホロリと涙をこぼした。
そこから炭治郎はあまり記憶がない。
気がつけば善逸はステージの上からいなくなっており、次のアーティストが曲を演奏していた。その音が耳に入りながらも炭治郎の頭の中で繰り返されるのは善逸の涙と善逸の歌だ。炭治郎の頭の中でひたすらにリフレインされる。
炭治郎は日が完全に落ちきってからようやっと動き出した。盛り上がる人々の中をするりするりと躱して人垣から抜け出した。そのまま炭治郎はどこへ寄ることもなく、ふらふらとキャンプサイトへと向かう。この後はみんなで最後にバーベキューをして、夜通し・・・・・・は流石に無理だがそこそこ夜更かしをして、明日の朝に帰ることになっている。
炭治郎はバーベキューの時に焼きおにぎりを作る係に任命されている。肉を焼くのも得意だが、煉獄がまさかの肉奉行だったため炭治郎の出番はない。なお野菜を食えとしきりによそってくる野菜奉行は実弥だ。
「ああ、炭治郎君。ようやくいらっしゃいましたね!」
しのぶの声にようやく焦点があった炭治郎は皆がどうやらもうバーベキューを開始しているらしいことを理解した。そんなに戻ってくるのに時間が掛かっただろうかと思うがどれくらいあそこにいたのか炭治郎には分からない。
「すみません!遅れました!」
「なに気にするな!ほら、肉をたくさん食べて精をつけろ!!」
輪に入ってきた炭治郎に煉獄が山盛りに肉が盛られた皿を差し出してくる。その隙間に実弥がピーマンをねじ込んでくるが溢れそうだ。
「・・・・・・ありがとうございます。あ!おにぎり!」
「大丈夫よ!私たちが用意したから!さあ、もっと食べて食べて!」
まきをにそう言われて炭治郎は頭を下げてもくもくと食べた。隣にはいつの間にか冨岡がいるが炭治郎が話しかけなければ会話はない。そして炭治郎はとてもじゃないが会話をする気分ではなかったので、楽しそうに食事をしている仲間たちをぼんやり見ながら皿の上のものを減らし続ける。
目の前にいるかつての鬼殺隊の隊士たちは仲間ではあったが、こんな風に顔を合わせて何かを楽しむことは殆どなかった。蝶屋敷に滞在していたことが多いため、しのぶとは顔を合わせる機会もわりと多かったがそれでも忙しい柱だったから何かに一緒に興じるようなこともなかった。
きっとそれは柱同士でも同じだろう。柱合会議にて顔を合わせても、次の時には顔ぶれが変わっていてもおかしくない日々だった。
(こんな風に楽しそうに笑ってる皆が見れる日がくるなんて・・・・・・)
この光景を見られただけで十分だ、とは流石に言えない。この光景は嬉しいけれど、とても尊いものだけどこれだけで幸せだと満足だと言える炭治郎ではない。炭治郎には善逸と想いあった経験がある。善逸を一度手に入れ、この身を善逸に明け渡してしまった経験が炭治郎を欲張りにする。
だからこそ善逸を諦められない。善逸の心が離れていてももう一度押して押して押して押して逃げられても捕まえればいい。そう思ったのだ。前の生でもそうだったのだから。だがーー。
(善逸はなぜ泣いたのだろうか)
恋しさだろうか、罪悪感だろうか。怖がって泣き喚く姿、悔しくて泣く姿、幸せで泣く姿はよく見た。あの涙はなんだろうか。
(悲しみか?そう言えば俺は善逸が悲しんで泣いているのをあまり見たことがないな)
匂いで感情を判別する癖がこんなところで邪魔になるとは思わなかった。つい鼻に頼ってしまっていたから、あの時の善逸の感情が炭治郎には分からなかった。だからこうしてまた沈んでしまう。折角煉獄が浮上させてくれたというのに。
(泣いて嫌がられたら、流石にくるな)
炭治郎は善逸がホロリと泣いたのを見て、押して押して押して泣いて拒絶されたらもう押せないと思ってしまったのだ。前の生では善逸は逃げただけで気持ちは炭治郎にあった。だが今は違うかもしれない。好きでもない相手に付き纏われ、押されても嫌だし怖いだろう。
(・・・それを世間ではストーカーというのでは?いや、隠し撮りとかはしないぞ!!待ち伏せとか付き纏いもしない!・・・・・・でも嫌がる相手に好意を伝え続けるのは許されるんだろうか?)
もし善逸が炭治郎ではない誰かにそんなことをされて困っていたら、炭治郎はそいつを許せないだろう。絶対に「人が嫌がることをするな!!」と言って頭突きだ。
(・・・・・・うっ!俺はどうしたらいいんだ!!)
人の嫌がることをするべきじゃない。けどそれをしないと善逸は手に入る可能性すら0かもしれない。けどそうやって手に入れたのは善逸が諦めたからになるのではないか。炭治郎は心を折って一緒にいてもらっても嬉しくない。
「なんだ竈門少年!また沈んでいるのか!」
大きな声で話しかけられ、炭治郎は慌てて顔をあげた。目の前には仁王立ちした煉獄が立っている。炭治郎が悶々と考えている間にバーベキューは終わってしまっていた。みんな一様に片付け始めている。
「あ!すみません!片付けを手伝いもしないで・・・・・!!」
炭治郎が慌てて立ち上がれば、煉獄がすっと手で制した。相変わらず強い眼力に炭治郎は背筋がしゃんとする。前世の想いが強すぎて、炭治郎は煉獄に弱いところがあった。
「気にするな!若い頃の悩みは青春の証だ!存分に悩んで己の経験にするといい!!・・・・・・だが、今回は悩める君に手助けをしよう」
煉獄がそう言うと、煉獄の後ろからひょこりとしのぶが顔をだす。そしてそのまま炭治郎の前に来ると2枚のルーズリーフを差し出した。
「炭治郎君へのプレゼントです」
「え?あ、ありがとうございます?」
しのぶからルーズリーフを受け取ると炭治郎はそれに目を落とす。それはあちこち修復されながら書かれた英語曲の日本語訳のようだった。上段に英語、下段に訳した日本語が書かれている。
炭治郎はそれを目で追って読んでいくと、ある一点でカアッと顔を赤らめた。
「それは今日最後に善逸君が歌った新曲の日本語訳です。耳で聞き取って日本語に直したので所々違うかもしれませんが・・・・・・みんなで頑張りました。サビのところは繰り返しでしたし、みんなで聞き取ったのを出し合ったら結構一致してたので自信ありますよ?」
しのぶがうふふっと朗らかに笑う。
「み、みんなって・・・・・・」
「ここにいる皆んなです。珍回答も結構あって面白かったですよ。冨岡さんの訳なんて傑作・・で、ふふふふふふふっ」
しのぶの言葉にも冨岡は真顔だった。だがほんの少し落ち込んでるようにも見える。だが炭治郎にはそれを慰める余裕はない。
再び歌詞に目を落とす。そこに書かれているのは間違いなく、善逸の気持ちだった。
「しかし随分と情熱的な歌だな!相手の幸せを願いながらも自らは手を引いても構わないとは!けれどそれでも相手を一生涯好きだと叫ぶところなど訳していて気恥ずかしくなった!」
「本当にそうですね。ですがこんなに思われている『赫灼の君』は幸せですねぇ」
煉獄としのぶの言葉に炭治郎は発火するかと思った。そして己は何を勘違いしていたのかと思った。善逸は曲の中でこう歌っている。
『君が俺を好きじゃなくなっても、どこか遠くに行っても君が幸せになるから我慢をするよ。君は世界で一番幸せになるべき人だ。だってとっても頑張り屋だから。俺が幸せをあげられないのは寂しいけど、それでもいい。俺のいないどこかでもいいから幸せになって。でも俺はずっと、ずっと永遠に赫灼の君が好きだよ』
こんなに熱烈な気持ちを歌われていたなんて。なら目を合わせた時に涙を溢された理由はただひとつだ。善逸は何を勘違いしてるか分からないが、炭治郎の気持ちが自分に向いてないと思っているのだろう。だから炭治郎を見つけて泣いたのだ。悲しくて寂しくて泣いたのだ。
「あの、この歌詞はどうして・・・・・・?」
長さから考えて最初から聞き取りをするつもりだったとしか思えない。だがどうしてそんなことをしてくれたのか炭治郎には分からない。
「実はカナヲ達に頼まれたんです」
「カナヲ達に!?」
「はい。善逸君が炭治郎君を諦めようとしてるけど、絶対に勘違いからの暴走だからちゃんと炭治郎君に捕まえておいてほしいと。だからこうして善逸の気持ちが入った歌の訳を炭治郎君に届けようと思いまして・・・・・・。それにしても大変でした。歌詞カードは善逸君が持ってて入手できないから、聞き取りながら訳してくれと言われた時は驚きました」
「うむ!大変だった!皆んなで寄り集まって各自聞き取りをしたのだが聞き漏らしや解釈が違うなどすり合わせも大変だった!」
煉獄としのぶが頷きながら同調する。冨岡も頷いているが、しのぶに「冨岡さんの訳、全然役に立ってないですからね?」と窘められて無表情でショックを受けていた。
「そうなんですか・・・本当にありがとうございます!」
炭治郎は頭を下げて大きな声でお礼を言った。少し離れた場所ではそっぽを向く実弥やゆるく微笑む悲鳴嶼達がいる。皆んなで自分と善逸を心配してくれたのだと思うと申し訳なさより嬉しさが勝つ。炭治郎はじっと歌詞を見つめながら、ウズウズとする。
だってこの歌詞からは善逸の不安と悲しみと自分へ向けた恋が感じられる。今すぐ会いに行って抱きしめたい。
「もうひとつ炭治郎君にプレゼントをあげましょう」
しのぶの言葉に炭治郎は首を傾げた。そしてしのぶから差し出された紙を受け取る。それにはキャンプサイトから数キロ離れた先にあるホテルへの道のりが描かれていた。
「彼らが泊まってるホテルですよ。明日の朝には帰ってしまうらしいので、会うなら今夜がおすすめです」
その言葉に炭治郎はハッと顔をあげた。ここで善逸をとり逃せば、善逸と会うのはまた難しくなるかもしれない。そうなったら炭治郎の気持ちを知らない善逸は苦しい日々を過ごすことになる。これは炭治郎の自惚れではない。
「行ってこい竈門少年!!立ち止まってる場合ではない!!自分の思うままに心を燃やし、欲するものを勝ち取ってこい!!」
「はい!!行ってきます!!」
煉獄の言葉に炭治郎は走り出した。そしてその後ろから追いかけるように追加で煉獄の言葉が聞こえて来る。
「明日は10時に出発だ!!遅れるなよ!!」
「はい!!それまでに必ず戻ります!!」
炭治郎は走りながら振り返り、皆んなに手を振った。ホテルまでは距離があるが、走ればどうということはない。昔はもっともっと走っていたのだから。
しかしホテルに着いたとして、善逸は炭治郎に会ってくれるだろうか?善逸が本気で炭治郎を避けると決めていたら会うのは困難を極めるだろう。前世でも捕まえるのに伊之助を巻き込んで大捕物を演じたのだ。前は戸惑いから炭治郎から逃げた善逸だが、今回は違う。炭治郎から気持ちがないと思って傷つかないように逃げているのだ。
何故だか知らないが善逸は炭治郎から心が離れてしまっていると勘違いしているようだ。善逸がずっと炭治郎を好きだと言うのなら、あの片恋の歌ばかりを歌っていた理由もわかる。善逸はずっとずっと、炭治郎に好きだと言っていたのだ。
(不甲斐ない!善逸からのメッセージを受け取り損ねてしまった!!)
あれだけ炭治郎への愛を歌ってもなんの返事もないのだ。善逸からすれば心が折れるだろう。どこから始まった勘違いか知らないが、これは炭治郎にも瑕疵がある。善逸が心の底にある本当に大事な気持ちを言うことが苦手だということはよーく知っていたというのに。
だからこそ、炭治郎はここで善逸をとり逃せない。もう失敗はできないのだ。炭治郎はスマホを取り出すと、連絡先から迷いなく1人の名前を選んだ。そして発信ボタンを押すと1コールで相手に繋がる。
「伊之助!!俺だ!!炭治郎だ!!頼みがある!お前にしか頼めない!!善逸を捕まえるのを手伝ってくれ!!!」
走りながら炭治郎が叫べば、電話相手である伊之助は少し沈黙した後に耳をつんざくような絶叫を放った。
『おっせええええんだよ!!馬鹿!!だが任せろ!!親分がなんとかしてやるぜええええ!!』
それだけ言って切れた電話に炭治郎はホッとすると。さらに速度を上げて走った。以前のように呼吸は使えないから肺が痛い。けどそんなことは気にならない。思いのほか、人間って丈夫なことを炭治郎はよく知っている。炭治郎は月が輝く夜道を汗だくになりながら走り抜けた。
****
善逸はベッドにぐったりと横になりながらポッキーを齧っていた。今日はというか、ここ連日はフェスのライブがあったために非常に疲れた。ゆえにしこたまオヤツを食べても許されるだろうと、善逸は下のコンビニで買い込んできたお菓子を片っ端から開けていた。
疲れた。本当に疲れた。
なんていうか人生に疲れた。
17年ばかりしか生きていないが疲れたのだ。
善逸はボリボリと口を動かしてお菓子の箱を消費しながら、この数ヶ月の地獄を振り返る。
炭治郎からの気持ちが見えなくなってから、善逸はこれでもかと仕事に打ち込んだ。もちろん、炭治郎への歌でのアピール・・・・・・というか新曲書くとそうなってしまうのだがそれも頑張った。
しかし結果は振るわず、もう諦めるべきかと気持ちを整理しながらこのフェス用に新曲を作ったわけだが・・・・・・。
「なぁんで、炭治郎がいるんだよぉ・・・・・・」
ずっと聴きたくて仕方ない、『善逸』という彼の呼び声に正確に反応した。あんなに人が多いのに過たずに炭治郎を見つけた自分に拍手と同時に鉄拳を贈りたい。見つけてんじゃねええええよ!!
それとも最後に炭治郎を見せてやろうという神の計らいか。本当にやめて。俺いま傷心なのよと善逸はベッドでのたうち回った。自然と流れ出る涙に鼻を啜りながら、今度はポテトチップを摘む。
「ずっと好きだって言ってたのに?!!炭治郎の嘘つき?!!」
バタバタと転がり回り、泣き喚き、ベッドの上はぐしゃぐしゃだ。けれど傷心の善逸にはそんなことは些細なことだ。泣きながら嗚咽を漏らす善逸はやはり前世というのはノーカンなのだろうかと思った。これだけ炭治郎からの反応がないのだ。炭治郎はきっと平和な世界で善逸を選ぶ意義がないのだろう。
「そりゃそーだ。今生は両親も家族も揃ってるんだもん。炭治郎だって親に孫の顔見せたいよね。前回はどうやっても見せられなかったんだし」
前世では炭治郎も善逸も25歳で死んでいる。間違いなく痣の代償だった。それでも善逸は幸せだった。短くても善逸にとっては幸せな日々だったのだ。だが、孤児という生い立ちと鬼狩りという辛さと寿命を引き換えに手に入れた幸せだというのなら、今生で手に入らないのも理解できる。炭治郎からすれば、鬼狩りにならなければならなかった始まりから悲しいことなのだから。だからこそ、家族が無事な今は善逸が炭治郎を手に入れられるわけはないのだ。
「失恋かー・・・・・・。失恋なんて慣れてた筈なのに・・・・・・」
前の世では7人のこと付き合っては捨てられてきたのだ。今回だってあれと同じだと思えばいいのに、それが中々できない。ぐずぐずとずーっと心が痛い。善逸はもう考えるのはやめようとふて寝を決め込むことにした。だがそれは軽快なチャイムの音とドンドンと扉を叩く音に邪魔される。
「紋逸ーーー!!開けやがれーーー!!」
突然の伊之助の声に善逸は飛び上がった。口から心臓がまろびでるかと思った。だが善逸の心臓はきちんと胸にあり、ドックンドックンと盛大な驚きの音を奏でている。
「おりゃあーーー!!!」
「なに普通に開けてんだ!!鍵はどうした!!」
「五郎のとこから持ってきた!!」
「誰だ五郎って!!後藤さんのこと!?」
開けろと言った割に鍵を使って勝手に入ってきた伊之助。どうやらマネージャーの後藤に預けているスペアの鍵で入ってきたようだ。伊之助は今生ではさすがにおかしいと気が付いたのか、猪頭は普段使いしていない。ステージ上だけだ。なのに、今は昔のようにすっぽりとかぶり、フシューっと鼻息を大きく鳴らしている。
そして気がついたが伊之助の後ろにはヘッドホンとアイマスクを持ったカナヲとしめ縄を持った玄弥が立っている。しかも鬼気迫る表情だった。
「何!?何!?なんなの!!?俺、殺されるの!?」
不穏な音を立てる3人に善逸は逃げ腰になるがベッドの隅にいたし、入口はひとつなので土台無理だ。
「観念しやがれ紋逸ーー!!」
「きゃああああああああああ!!」
伊之助の声を合図に3人で飛びかかって来た。伊之助に押さえつけられ、玄弥に縛り上げられ、カナヲにアイマスクとヘッドホンをかけられる。ヘッドホンからは爆音で鬼滅隊の曲が流れており、善逸は周りの様子が一切分からなくなった。何しろ縛られて視界を塞がれて耳まで使えなくされたのだ。善逸は情けなく喚きながらベッドに横たわるほかない。
「なになに!?なんなの!?なんでこんなことするの!?俺ってばなんかした!?みんなを怒らせるようなことした!?ねえーーー!とってとってとって!お願いだからあああああ!!」
そんな喚きをいつまでも続けていたが、善逸は解放されない。というか、もしかしたはみんないないのかもしれない。とんだ放置プレイだと善逸は涙を溢した。こんなことされる謂れがない・・・・・・と思いたい。さすがに殺されたりはしないとは分かっているけど、なんでこんなこと?もしかしてどっきりなの?
「うっうっ・・・・・・助けてよぉ・・・・・・伊之助ぇ、玄弥ぁ、カナヲちゃあああん」
ベッドシーツがびしょ濡れで気持ちが悪いなと思いながらも善逸は動けない。下手に動いたら落っこちることは分かっていた。だから善逸はじっと泣くしかない。
「もっ、誰でもいいから助けてよぉ。怖いってばあ・・・・・・ううっ・・・・・・。た、たんじろぉ・・・・・・助けにきてよぉ・・・・・・」
善逸はついつい、かつての恋人の名前を呼んだ。これがドッキリだったら大変なことだが、善逸にはそんな余裕はもうなかった。
「すまなかった、善逸。遅くなったな」
突然、聞こえたその音に善逸はびっくりして縛られたまま身体が跳ねた。言葉と共にヘッドホンが取られたらしく、ゆっくりとあたりの音が聞こえる。自分の音と、ヘッドホンからの音漏れと、そして善逸がずっと聞きたかった優しい炭治郎の男。ちなみにそれしかないから伊之助たちはいない。いつ出て行ったのか善逸には分からなかったが捨て置かれていたらしい。
「た、炭治郎!?なんでここに!?ていうかなんで俺縛られてたの!?」
炭治郎は善逸を抱き起こすとアイマスクも取ってくれた。嬉しさに微笑む炭治郎がそこにはいる。善逸としては縛られて放り出されていた自分をみて何嬉しそうにしてんだとも思うが、炭治郎と会えたことでそれは遠くに放り投げた。
「ここに泊まっていると聞いてな。どうしても善逸に会いたくて・・・。伊之助達にも協力してもらったんだ。そしたらなんか、逃げないようにしておいたと言われて・・・・・・まさか縛り上げられてるとは俺も思わなかった。すまん。俺のせいだ」
「嬉しそうに笑ってんじゃないよ!俺は怖かったんだよマジで!!」
「うん。悪かった。すぐに来れなくてごめんな」
そう言って炭治郎は善逸を抱きしめた。善逸はまさかの抱擁にどドッと汗を流す。なぜなら炭治郎に失恋したのだと善逸は思っていたのだ。だどういうのに炭治郎は善逸を惑わすように抱擁をしてくる。気持ちもないのに、親愛の抱擁だというのか。そんなものは善逸はいらない。それではもう満足できないのだ。
「うっ・・・ああ、くそっ・・・炭治郎の鬼畜野郎・・・・・・!!」
「なんでだ!?あ!すまん!まだ縄を解いてなかったな!」
「そこじゃねーーーよ!!」
明後日なことを言う炭治郎に善逸は怒声をあげた。
(もういい、こうなったらとことん言いたいことを言って振られてやる!!)
善逸はかばっと顔を上げると炭治郎を睨みつける。炭治郎はそれを見てほんの少しだけ狼狽た音がした。
「炭治郎の嘘つき野郎!!何が死んでも好きだよ!!そんなことねーじゃん!!馬鹿馬鹿!!おたんこなすの鈍感野郎!!俺がどんだけお前を好きだって思ってんのか分かんないんだろう!!もう俺のことどうでもいいんだろ!!どうせ俺は魅力ないですよ!生まれ直してそのことにようやく気がついたのかよ!おっせーーんだよお前!!けど、だからって・・・・・・」
善逸はそこまで言って言葉が尽きた。いや、言いたいことはたくさんあった筈なのだ。だけど炭治郎を前にすると結局は言えないのだ。
(だって、新しく生まれ直した炭治郎が俺を好きになれなくても、そんなの当然じゃんか・・・・・・)
だって生まれ直したのだ。いくら約束したいたってそんなものは死んだら無効が普通だろう。前の世であんなにも辛い思いをして大変だった炭治郎なのだ。自由に好きに生きてほしい。善逸だって自由に生きて、自由に炭治郎をまた好きになったのだ。炭治郎もそうあるべきだ。
善逸は炭治郎の胸に頭をつけて下を向いた。炭治郎の感情を知りたくなくて必死に自分の音に集中する。
「善逸!!」
しかしそれを邪魔するかのように炭治郎はきつく善逸を抱き竦めてきた。その強さに思わず息が止まる。自分の音への集中を止められた善逸は間近にいすぎる炭治郎からその感情の音が耳へと流れ込む。
愛しい、好きだ、抱きたい、誰にも渡したくない
そんな凶暴ともいえる愛と性愛と執着の音に善逸は頭が真っ白になる。だってそんな音は炭治郎から二度としないと思っていたのだから。
「すまない!どうしてこうなったか分からないが!善逸は勘違いをしている!!俺はお前が好きだ!!死ぬ前からも死んで生まれてきてからもずっとずっと我妻善逸が好きだ!!誰にも渡したくない!!」
炭治郎の言葉に善逸はじわじわと?が染まり、嬉しさが込み上げる。が、待て待て。それならばなぜ、再会してから何もなかったのだ?炭治郎からはいつも淡白な反応しかなく、善逸への想いはなかったはずだ。音だって何かを我慢する音ばかりで、善逸は自分と会うのが嫌なのかとさえ思っていたのだ。
「ちょ、ちょっと待て!嘘だろ!?お前、再会してからそんなそぶりなかったじゃんか!ずーっと俺に対して何のアピールもなかったし、俺のアピールはガン無視だったじゃん!前の時のお前、めちゃくちゃ押してきてたのに今回はなかったじゃん!!」
そうなのだ。前回の生では炭治郎は自分の気持ちに気づいた途端に善逸を好きだと押してきたのだ。しかも自覚したのがなほちゃんたちと一緒に蹴鞠をして遊んでいた時だったのでそれはもう善逸はびっくりした。
きよちゃんが失敗して遠くにやった鞠を取りに行こうと駆け出した瞬間に「好きだ善逸!!俺と恋仲になってくれ!!」と叫ばれればそのまま逃げ出しても仕方あるまい。
つまりは炭治郎はかなり積極的な肉食獣だ。だからこそ、再会したらすぐに押されるだろと覚悟していた善逸からしたら肩透かしを喰らったようなものなのだ。
「本当はお前!俺のこと好きじゃないんだろ!気を遣わなくていいぜ!」
「いや!俺は善逸が好きだ!!」
「嘘おっしゃい!いいのよもう!お前は自由に好きな人選んでいいの!俺に拘らなくてもいいよ!」
「嫌だ!!善逸がいい!俺はずっと善逸が好きなんだ!!そりゃあ再会してから接吻も抱擁もしてなかったが、俺はずっと我慢してたんだ!!今の俺はまだ稼ぎもない未成年だ!お前に手を出すわけにいかないだろ!!だから我慢に我慢を重ねていたというのに・・・・・・。お前が嫌だと言っても俺は絶対に別れないぞ!!!!断固として別れない!!」
「え」
鼻息荒くそう言った炭治郎に善逸は固まった。炭治郎はいま、何と言ったのかと善逸は耳を疑う。
「え?我慢してた?そもそも別れないってなに?」
「当たり前だ!善逸は俺と別れたいのか!?恋仲が嫌になったのか!?」
「えっ!?俺たちって付き合ってたの!?」
善逸の驚いた声と言葉に炭治郎はだんだんと顔が真っ黒になっていく。怖い。とてつもなく怖い。
「・・・・・・死んでも好きだと言っただろう。俺はお前と別れたつもりはないぞ!!」
「顔怖っ!いや待ってよ!普通は死んだら一回リセットじゃないの!?俺はそう思ってたんだけど違うの!?」
「え?世間一般では死んだら別れたことになるのか?」
「いや、前世の恋人とかいうのはそもそも頭のヤバイ奴らの専売特許であって一般的にはそういう概念自体がないと思うよ?」
炭治郎と善逸はお互いを見つめあって沈黙して。そしてきっかり3分くらい経って同時に脱力した。
「なんだよおおおお!!もおおおおおお!!未成年って真面目か!!だから何にもしてこなかったのかよおおおお!!」
「そうだったのか・・・・・・!!だから善逸はあんなに片思いの歌を歌ってたのか・・・・・・!!」
ようやく自分達の勘違いに気がついた。善逸は炭治郎との関係がリセットされていると思い込み、炭治郎は善逸との関係が継続しているものだと思っていた。これはどちらが正しいかの議論は置いておく。そも前世を覚えているのはイレギュラーなのだ。
「ええ?俺の歌、全然炭治郎に響いてなかったの?」
「響いていたぞ!!俺と恋仲なのに片想いの歌ばかり歌うから、俺じゃない誰かいい人が出来たのかと戦々恐々していたんだ!!」
「なにそれ!!そんなわけないじゃんか!!こっちは炭治郎が好きって言って恋仲になろうって言ってこないから必死こいてお前が好きだって歌いまくってたのに!!」
「俺はずっと恋仲のつもりだったんだ!!だいたいそう思ったなら善逸から言ってくれてもいいじゃないか!」
「嫌だよ恥ずかしい!!」
「日本全国に向けて俺に好きだと歌ったのにか!?善逸の羞恥を覚えるポイントが分からないぞ!!?」
善逸と炭治郎はわあわあと息切れするくらい言い合いった。ようやく落ち着いた頃には2人ともぐったりとしている。だがお互いの勘違いが分かり事態は一件落着だ。お互いに好き合っていることは分かっているのだから。
炭治郎ははぁ、と息を吐き居住まいを正すと善逸をみる。そして蜂蜜色の瞳を見つめてはっきりくっきりと自分の要望を言った。
「改めて言わせてくれ。善逸好きだ!俺と恋仲になってほしい!」
「・・・・・・う、ん・・・俺も炭治郎が好きだよ。恋仲になりたい・・・」
顔を赤らめて返事をしてくれた善逸に炭治郎はやはり恥ずかく思う点がさっぱりだったが嬉しいものは嬉しい。しかし先に断っておかねばならないことが炭治郎にはある。
「本当か!ありがとう善逸!だが、俺はまだ未成年で善逸と違って自分の食い扶持を自分で稼げているわけではない!だから俺が18歳を迎えるまでは清い関係でいよう!!」
「えええええ!?マジで!?このご時世に!?」
「すまない。善逸には苦労かけると思うが、俺は稼ぎを得ている善逸と対等な関係になってからことに及びたい。責任ある行動をとりたい」
「前はお前、すぐだったじゃん・・・・・・」
「いや、あの時の俺たちは鬼殺隊で働いて給金を得ていただろう。今とは違う」
ふんすと鼻息を荒くする炭治郎に善逸は諦めた。こうなったらしょうがない。なにせ17年も炭治郎を待ったのだ、後2年くらいどうということとない。
「ちゅーはありだよな?」
「うっ・・・・・・!そ、れは、ありかな」
「ふぅん。分かった」
善逸は炭治郎から聞こえる欲の音から、「抜きあいとかオーラルでやんのはいけんな」と判断した。頭の硬いやつには方便でもなんでも使って絡め手でいくとしよう。善逸はそう決めて、久方ぶり清々しい気持ちでにっこりと笑った。
「炭治郎!俺はお前が本当に好きだぜ!ずっとずっとお前だけだった!」
「俺も、死んでもずっとお前一筋だったぞ!」
炭治郎と善逸はにっこり笑い合う。さてさて、早速だが接吻の一つでもしたい・・・・・・と思ったのだが善逸は自分がさして身動きが取れないのを思い出した。
「・・・・・・悪いけど、そろそろ縄を解いてくれませんかねえ?」
「すまない。すっかり忘れていた」
この日、めでたく2人は元鞘というかなんというか。前の世と同じ気持ち、同じ関係に戻った。その事を伊之助たちや、しのぶや煉獄たちに盛大に祝われた。
そしてそんな2人とは裏腹に、我妻善逸の新曲の噂が一人歩きしていく。なんでも『我妻善逸、すわ失恋か』、『善逸君、可哀想』、『あんなに情熱的に好きですって歌ってたのに・・・・・・』などなど、熱心なファンによる我妻善逸解釈により、我妻クラスタ内では片想い説が濃厚だったのだ。それが新曲がずっと好きだけど諦める・・・となっていて炭治郎と禰豆子を除く全我妻善逸クラスタは泣いた。『赫灼の君』という公式からの描写に伊之助と善逸のカップリング推しだった一部のファンも泣いた。
なおその後、一部の強者により『あんな奴より俺をみろ!!』という伊之助と善逸が流行ったわけだが、それも長くは続かなかった。
なぜなら我妻善逸が『すれ違ってた君と想いがやっと通じた』的な歌を新曲で出したからだ。これによりpixive上で赫灼の君??善逸が一斉を風靡した。だって公式で言ってんだもん!ところでこの赫灼の君の描写が『硬い掌』とか『精悍な』とかなんですけどこれって相手は男?間違いなく男ですよね?霊鳥類最強の女の子とかワンチャンある?流石にないよね?よって我妻善逸クラスタ内では我妻善逸の恋人は男という解釈になった。
掲示板でも『赫灼の君』論争は盛り上がり、pixiveでは私が考えた最強の『赫灼の君』とかが蔓延った。それは最王手の伊.善に迫る勢いで間違いなくカップリングとしては双璧であった。
なお当事者である善逸と炭治郎だが、善逸は悪評が怖いのでネットを見ないのでこの件をつゆとも知らない。炭治郎は日課のpixiveの巡回で「これは誰なんだ!!俺か!?俺はこんなんじゃない!!」と毎日叫ぶことになった。
小話とかとか
蹴っ飛ばされて落とされた話
世界的動画サイトに投稿された鬼滅隊の新曲の公式PVが神がかっている。かく言う俺もその動画を見た瞬間に転げ回ってしまった人間だ。
17ヶ月連続リリースやら、ロックバンドだったのにアイドル風の曲をだしたとか、世間が大騒ぎしてるのを馬鹿じゃねえのと思っていたけど、前言撤回します。
めちゃくちゃ格好いいです。なんでデビューしたてのころにPV見なかったんだ、なんで世間と俺は違うんだと変な意地を張ったんだとあの頃の俺を引っ叩いてやりたい。
それくらいに新曲のPVが格好良かった。一言で表すなら軍服風の衣装を纏った鬼滅隊が日本刀を振り回している映像だ。映像内で縦横無尽に繰り出される殺陣の応酬に鳥肌が立つ。そのあまりの凄さにワイドショーとかでもバンバン流れてるし、本職の殺陣師にPV見せてインタビューとかトレンドワードも鬼滅隊一色って感じだ。
主にPV内で激しい殺陣をやっているのがギターボーカルの我妻善逸とドラムの嘴平伊之助で、2人は目にも止まらぬような速さで斬撃を繰り出し、防ぎ、躱す。
嘴平伊之助の真剣な眼差しはゾッとするほど格好いい。そしてその嘴平伊之助のとんでもない斬撃を我妻善逸は目を瞑って防ぎ切るという意味がわからない映像のオンパレードなのだ。
これを初めて見た時は「最近の特殊CGってすげーー!!」だったが、ラジオであれは全部生でやってるという発言がありネットがざわついた。あれを?生で?どうやってやるの?はあ?えっ、ちょっと待って何その動き?人間ですか?っと言った具合にすごいことしてんですけど?あれを生でやっているということは、嘴平伊之助と我妻善逸の剣戟の最中に上から降ってきて参戦する栗花落カナヲも生なのか?2人を見事な足技で追い込むのも生なの?花が舞うかのように刀を振るのも生なの?それじゃあ不死川玄弥がクラシックガンでどんぱち撃ってくるのを3人で避けるのも生なの?刀で弾を弾くのもそうなの?
・・・・・・ということで俺は今日のこの日を楽しみにしていた。なぜかと言うと今日が例の新曲の発売日でPV収録とそしてなんとPVのメイキング風景まで収録されているとのことだ!!つまりはまあ、オフショット。これで本当に彼らが殺陣をやっているのか分かるってもんだ!
俺はパソコンにDVDを入れるとまずはPVを見て、相変わらず凄い映像に溜息を吐く。曲も映像も凄いとかこいつら本当に何者なんだ。これ見てからどハマりして、高校の後輩にありとあらゆるCDとDVDを借りたが凄すぎて結局は遡って自分で買った。大学生で良かった。アルバイト代は吹っ飛んだが後悔はない。
いや、後悔はあるか。もっと早く鬼滅隊にハマっていたら去年の1stコンサート、俺も絶対に行ったのに・・・・・・!!2ndは絶対行く!年末にあるクリスマスの2ndコンサートは絶対に行く。後輩は1stコンサートに妹さんと一緒に行ったらしく、擬音だらけの表現でいかに凄かったかをアピールしてくれたが、まあよく分からなかったのでDVDで確認したわ。確かに凄かったか。最高だったわ。絶対に今度は生で見る。
俺は3回くらい新曲のPVを見ると、感嘆のため息をついてメニュー画面に戻った。そしてメニューの中にある『特典映像』の項目にカーソルを合わせた。
ふふふ、楽しみにしてたものがようやく見れる!念願の!オフショット!俺はワクワクしすぎて体を揺らしながら、PVメイキングの映像を立ち上げた。
****
「ダメだあああああ!!俺には剣術の才能がない!!相変わらずないものはないんだああああ!!」
「落ち着けよ玄弥あああ!!お前は頑張ってるってーー!!」
「お前、昔と変わらず雑魚だよなあ」
「ダメよ伊之助!!玄弥は頑張ってるのよ!」
「うがああああああ!!」
頭を抱えてのたうちまわる玄弥に善逸とカナヲが励ましの言葉を掛けているが、伊之助は無情にも辛口の評価だ。玄弥はぶち切れたようで伊之助に組みかかり、もはや場外乱闘のプロレスのようなありさまだ。
しかしこれに他2人は慣れたように割って入っていき、善逸が伊之助にヘッドロックを決め、カナヲが玄弥の首を足技で落としにかかっている。伊之助と玄弥が絞め落としてくる2人をタップしているところで映像がブラックアウトした。
再び流れ出したのは今度はジャージで木刀を振り回す伊之助と善逸の映像だった。伊之助が前のめりに高速で斬撃を出すのを善逸が「ちょっ!まっ!むりむりむり!!!」と半泣きでしかし的確に捌いている。
「おい!もっとスピード上げるぞ!!」
「無理だって言ってんでしょう!!」
どういう身体能力と動体視力してんだと思わんばかりに木刀を打ちつけう2人を玄弥がエアガンを構える。そしてガンと撃たれた弾を見事に弾き飛ばした2人に玄弥ら顔を顰めて叫んだ。
「この!デタラメ人間め!!凡人の苦労を知れ!!」
ゆっくりとフェードアウトした先には栗花落カナヲが立っている。その周りには各々どでかい脚立に跨った3人がおり、それぞれがカゴいっぱいに大きめの紙吹雪を持っていた。
「それじゃカナヲちゃん、いくよー」
「分かった」
善逸の言葉に合わせて3人がカナヲの頭上から紙吹雪をゆっくり降らしていく。ひらひらと落ちてくるそれをカナヲはスラリと構えた刀で見事に断ち切っていく。ヒュンヒュンと全て切れていくその様はなんの達人かなと思える姿だ。焦りもする様子もなく、ひたすら舞い降りてくるものを一刀両断していく。
「おおおー。これなら本番も一発じゃない?」
「俺も真剣でやりてぇ」
「打ち合いで真剣とか勘弁して!!」
脚立の上でギャーギャー騒ぐ2人に反して、ひたすら紙吹雪を切りきざむ栗花落カナヲはひらひらと舞う蝶のようであった。ジャージ姿であることを除けば。
最後に現れたのは1人きりの我妻善逸だ。例に漏れずにジャージ姿で、そんな彼をくるりと囲むように巻藁が四方に配置されている。
善逸はその中心に立つと納刀した状態でゆるく前傾をした。つつっ・・・と指が刀の柄に触れ、その次の瞬間には物すごい速さで巻藁が宙に飛んでいく。
バシバシと舞い散る藁と見えない斬撃に何が起こっているのかと思う間に1分が経ち、善逸は手元を見ずに納刀するとバラバラに切り刻まれた巻藁の中心から駆け出してカメラの外へと行ってしまった。
遠くから「おい!ギネス!ギネスいったんじゃねーか!?」と親分がはしゃぐ声が聞こえた。
****
「はあ、何これ・・・・・・」
俺はメニュー画面をボーッと見つめる。なんかもう凄すぎた。生で殺陣やってるって聞いてたけど半信半疑だった。生でやっても加工はしてるだろとか思ってたけどこれはガチもんだ。
あいつらマジで人間やめてるわ。俺も昔は人間はそこそこ辞めてたけど、それでもそこそこで。本当に短い期間で階級ガンガンあげて、柱と一緒とはいえ上弦の鬼倒す奴らは生まれ変わってもちげーわ。つーか、あれか。我妻に至っては単独で上弦を倒してるもんな。あの時、俺も上弦を討ったの見てたけど凄かったもん。
「あれ?生まれ変わっても?」
俺はくるりと椅子を回して立て掛けてある鏡を見る。そこには自慢の艶々髪のキューティクルヘアーの男がいた。今世も前世も椿油は欠かせないなぁと思いだした記憶に笑うとDVDの感想の話を後輩としようとスマホの連絡先から『竈門炭治郎』を探した。
飲めや唄えの新年会
「こんばんは」
「よお、来たな。もう始まってるぞ」
しのぶは初めて入るタワーマンションに興味を持ちつつも、あまり時間がないことと他所様の家であることから辺りを見渡すこともなく差し出されたスリッパを履いた。
案内されるままに中に入れば30畳はあるリビングダイニングにかつての柱達が18歳未満である無一郎を除いて揃い踏みであった。宇髄の奥方たちが用意してくれた鍋が4台も設置されており、美味しそうな匂いをさせている。
しのぶは「あ、お土産です」と蜜柑を差し出すと「なんで全員、酒か蜜柑なんだよ!!」と宇髄が笑う。見れば確かに部屋の片隅に蜜柑箱があり、隣のビニール袋の一群にもこれでもかと蜜柑が入っていた。
「冨岡はおはぎ持ってきたけど、あれは不死川と甘露寺しかよろこばねーしよ」
「あらまあ。鍋パにおはぎですか。相性悪いですねぇ」
しのぶはコートを脱ぐと軽く畳んで鞄が集まっているエリアに置いた。そして勝手知ったるというように洗面所に行くと丁寧に手を洗う。
「おい!胡蝶!!始まっちまうぞ!」
「はいはい、今いきます」
わざわざ洗面所まで呼びにきた不死川にしのぶは急いで手を拭くと2人でリビングに戻る。するとちょうど100インチサイズのバカでかいテレビにミュージックとととに『逃亡中』とロゴが入り込み今回のステージの全景が映り込んでいく。今回はどうやらどこかの大学のようだ。
「おお!始まった始まった!ほい、悲鳴嶼さんビール」
「助かる・・・・・・」
「うむ!鍋も良さそうだ!器を取ってくれ!!」
「・・・・・・(スッと手渡す)」
しのぶは空いていた冨岡の横に滑る混むと、すぐさま煉獄が装ってくれた器が回される。ほこほこと湯気のたつ鍋は石狩鍋だ。
「おっ!マジだいるいる!」
「前情報通りですねえ」
「美味しい??」
「甘露寺、鍋はまだあるからゆっくり好きなだけ食べろ」
各々が鍋を突きながら、テレビ画面の方に目をやる。不死川は弟が出ているために1人、前のめりで視聴する態勢だ。ちなみに今日の不死川家は仕事のない次男が帰省してくれているらしく、兄貴と一緒に見るのは恥ずかしいと追い出されたらしい。まあ、たまには酒でも飲んで羽を伸ばしてもらいたいという玄弥の温かい配慮だろう。
テレビ画面では『逃亡中』というざっくり言うとケイドロのような追いかけっこをするバラエティ番組が映し出されている。制限時間を逃げ切ると時間加算される賞金が手に入るというバラエティであるが、ドキュメンタリー性を持っている番組だ。
今回はそれに鬼滅隊のメンバーが出ると言うことなので、年始ということもあり新年会でもするかーとばかりに元柱たちで集まったのだ。あの時代も新年会だけは皆んなでやっていたのだ。残念ながら今回は酒が入るために年若い無一郎は呼べなかったが。
テレビ画面には参加者たちが集まっており、各人名前が表示されている。俳優、お笑い芸人、アイドル、モデルなどが映し出される中、1画面にとんでもない美形の青年とその青年に取りすがる半泣きの金髪の青年が映し出される。テロップには嘴平伊之助と我妻善逸と出ている。そしてカットが移り、栗花落カナヲと不死川玄弥が映し出された。
まさかの鬼滅隊メンバー全員参戦に宇髄家のリビングは沸いた。何しろ不死川実弥を除けば柱は全員箱推しだからだ。生意気だったけど後輩は可愛い。
どうやらスタート位置が一斉で、かつスタートと同時にハンターが放出されるらしい。つまりは誰か1人が犠牲になる可能性が高いということだ。
『えええええ!?スタート同時にハンター来るのおおお!!やだやだやだ!怖い怖い!!伊之助助けてくれよおおおお!!』
『うるせえ!情けねえこと言ってんじゃねえ!ぶっ倒せばいいたろうが!!』
『お前ルール聞いてた!?ぶっ倒すの禁止!!逃げるのが基本なの!!』
騒いでいる2人を置き去りに、スタートのアラームが鳴る。そして放出されるハンターに参加者たちが一斉に走り出すが、『ひぎゃああああああああああ!』という叫び声と共に善逸が伊之助の手を引いてすごいスピードで走っていってしまった。遅れて玄弥の『おいこらーー!!撮影クルー置き去りにしてんじゃねえええええええ!!』という怒号が響いた。そしてテレビのテロップに『我妻・嘴平がスタート直後に行方不明』と表示される。
「ぶっはっ!!馬鹿じゃねえの!!けど派手で悪くねぇ!」
「んぐっんぐっ、善逸君、足速いわね?」
「甘露寺、おかわりを装おう」
玄弥は2人を追いかけるように走っていき、カナヲは真逆に走っていく。ハンターはお笑い芸人をターゲットにしたのか画面がそちらへと切り替わった。何とか逃げ切ったその姿を流し見しつつ、鍋を消費をしていく。
「不死川さん、おかわり要ります?」
「おう。それとエビスくれ、エビス」
「・・・・・・おはぎ(も食うか?)」
「なんでだよ!エビスって言ったろ!!おはぎは食後だ!!!」
ワイワイと食事を進めていると多分、GPSを使ったのだろう。自転車置き場で蹲る善逸とその横に立つ伊之助を撮影クルーが見つけたようだった。テロップに『我妻と嘴平を発見!!』と表示されるも蹲っていた善逸が急いで立ち上がると『キタキタキタキタ!!ハンターが来た!!左右から来るって!!』と伊之助に取りすがる、伊之助は面倒臭そうに顔を歪めるも辺りを見渡すと二階の窓が空いているのに目をつけた。そしてベソをかく善逸の手を引くと窓の下に立ち、両手を前に組んで『んっ』と顎をしゃくる。
善逸はそれにスンスンと鼻を啜りながらも伊之助に近寄ると、手の上に片足を乗せる。そして伊之助が放り投げると共に跳躍して開いている窓に足をかけて入り込んだ。そうして『伊之助も早く?!!』といいながら、下に向かって手を伸ばし、伊之助は助走をつけて壁を蹴るといとも簡単に善逸が伸ばした手を掴んだ。善逸も難なくそれを引き上げると2人は窓の中に消えていく。
『撮影クルー。また2人を見失う』という表示と共に『嘘でしょぉ?』と言いながらバタバタ走り出す撮影クルーたちの様子が少し入り、また善逸が予言したようにハンターが2名挟み撃ちのように歩いてくる映像が入り場面は切り替わった。
「あらまあ。あんな身体能力を晒していいんでしょうか?」
「この前のPVで身体能力の高さについては、知られてしまっているからいいのではないだろうか?」
「つーかあいつら呼吸使ってねえか?」
しのぶと煉獄と不死川はムシャムシャと鍋を消費しながらテレビを冷やかす。画面の中ではモデルの女の子がキャーキャー言いながら逃げ惑っている。
その時ピロピロとしのぶのスマホにメッセージが受信された。通知画面に表示されるのはゼミの仲間で、しのぶが鬼滅隊の沼にハメてしまった友人でもある。友人は興奮気味に《やばい!伊之助が!伊之助が善逸と愛の逃避行してる!!!これは薄い本も厚くなる展開だよ!!》と凄まじい速度で似たような内容をポンポンと送ってくる。
しのぶの隣に座っている冨岡はその通知を見遣りながら返信しなくていいのだろうかと思うばかりで口には出さない。出せば、『人のスマホを覗くなんてマナー違反ですよ』と言われるのは分かりきっている。だって前に言われたことあるから。
しのぶは友人のメッセージを受けてチュイッターを開いて見ると確かにタイムラインが荒れている。いま鬼滅隊の腐った界隈は伊.善と権.善で2分している。公式供給が多い伊.善のほうが優勢ではあるがとうとう、先日の生放送のラジオで伊之助が落とした『紋逸泣かすと権八郎がうるせぇんだよ』という発言で長らく名前も不明だった『赫灼の君』は権八郎とされ、勢いは増している。その時も勿論、名前が古風すぎるだろとタイムラインは荒れたが親分の公式発言だ。赫灼の君は権八郎で決定された。
「タイムライン荒れてますね」
「あ?あれか?伊之助と善逸でか?」
「そうですね。まあ、あの2人は距離近いですから」
白ワインをあけながら、宇髄がソファの後ろからしのぶのスマホを覗く。しのぶはなんの顔色も変えずに宇髄にタイムラインを見せた。しのぶの隣に座っていた冨岡は「あれ・・・・・・覗いちゃダメなんじゃ・・・・・・」とか思ったが顔には出ない。
「ほーん。あ、でも炭治郎のことも言ってるやついるな」
「ネットでは権八郎ですけどね。まあ、実際に恋仲なのは炭治郎君と善逸君なので伊之助君もいい迷惑ですねぇ」
善逸と伊之助が揃って映るのは需要が高いため、よくあるのだ。基本的にメディア露出が多いのがこの2人で、よってまあよく話題に上がるのだ。本当ならそこに炭治郎もいてこそなのだが、炭治郎は一般人なので仕方がない。本当のことを知ってるが故にネットや友人が伊之助と善逸で騒いでいるとしのぶは少しばかり引いてしまうのだ。
「えっ」
突如聞こえた呟きにしのぶと宇髄は振り返った。珍しく冨岡が目を丸くしており、口元を手で覆っている。まるでびっくりしましたというような姿にしのぶと宇髄は疑問符を浮かべた。
「どうしました、冨岡さん?」
しのぶの言葉に冨岡はたっぷりと沈黙し、そして本当に珍しく目をきょときょとさせて重すぎる口を開いた。
「(炭治郎と我妻は)・・・・・・恋仲だったのか」
誰と誰がという主語がなかったが、話題として出ていたのが明確だったので珍しく冨岡が何を言っているのか分かった。しかしながら今更すぎることにしのぶと宇髄、そして近くにいたら不死川はこいつ何言ってるんだと冨岡の言葉を疑った。分かったけどわからない。お前は弟弟子があんなにも我妻善逸で暴走しまくっていたのを前世でも今世でも見ていただろうに。
「炭治郎君と善逸君が恋仲なのに気がついてなかったんですか?前世でもそうですし、今世でも・・・・・・というか、富士山ロックフェスの後に再び恋仲になった2人を祝ったじゃないですか」
「・・・・・・仲直り記念だと思っていた・・・・・・」
俯いてショックを隠さずにいう冨岡に、それでようやくしのぶ達は冨岡の英文意訳がおかしかった理由を思い至った。恋愛ソングのはずなのに何故か友情ソングのように訳してきたのはそういう理由だったのだ。炭治郎と善逸が恋仲だったと知らず、友情だけを育んでいると思っていたのだ。
もう突くのやめよう。しのぶ達は冨岡を放置してテレビに目をやると玄弥が伊之助と善逸を発見していた。撮影クルーまでも置き去りにしている伊之助と善逸がようやく画面に映り込む。玄弥は『こらお前ら!!撮影スタッフを置き去りにするな!!』とぷんすか怒っている。
ちなみに柱達からすればぷんすかという表現だがお茶の間的にはガチギレな不良だ。顔が強面すぎる。なにしろ玄弥は強面モヒカンの180センチオーバーだ。鬼滅隊でひとり異彩を放っている。しかし玄弥は顔が怖いながらに思いのほか人気がある。それも割と年上というか、保護者や爺婆世代にだ。
玄弥の登場に伊之助がちょうどいいと善逸を押し付けた。『こいつといるとハンターって奴に全然会わねえ!スリルが足りねえ!だからお前が連れてけ!!』そう言って善逸を玄弥に押し付ける。間違いなく、善逸はハンターの足音を拾ってエンカウントすることなく回避できてしまうのだろう。メソメソ泣く善逸に玄弥は嫌そうな顔をするが、伊之助は実に伊之助らしく爆弾を投下した。勿論、萌の爆弾だ。
『源五郎はこれの賞金取ったら兄弟達と温泉旅行してーんだろ!!だったら紋逸連れてった方が便利だぜ!!』
伊之助の発言に玄弥はこれでもかと顔を赤らめて絶叫した。善逸も画面外で『それ秘密にするやつだろ!!いつも頑張って兄弟を育ててる不死川さんに(兄の方)サプライズでプレゼントしたいって言ってたやつだろ!!』と余計なことをいい、『お前も黙れ!!!』と玄弥に殴られている。
しのぶ達は「あらあら?まあまあ?」と全員でニマニマしながら不死川を見やった。不死川は顔を真っ赤にしながら膝を抱えている。
その姿に元柱達はゲラゲラ笑って、不死川を怒らせて、また笑って大いに酒を飲んで騒いだ。
冬の夜更に仲間達と集まり、気色満面に鍋を突き、不死川も突き、酒を飲む。これこそまさに宴であった。
竈門君は同担拒否
「藻武さんて経営学部の竈門君と仲良いよね」
そう声を掛けていたのは経済学部でマドンナと言われる人だった。名前は知らない。私は書きかけのネーム用紙をさっとしまうと「そんなことないよ?」と答えた。
竈門君とは経営学部に通う総合的イケメンの名前だ。品行方正で学業にも真面目、そして家業であるパン屋を継ぐために経営学を学んでおり、かつ夜間に製菓学校にも通っているというすごい人だ。
顔も整っている方で、人当たりもよく、優しくて真面目で、同年代の男の子達よりどこか大人の雰囲気があって、そのためこの大学で彼に密かな想いを寄せる子はたくさんいる。割とガチな方面で。
だからどこからか噂を聞きつけた人が私のところにやってきて紹介して欲しいとか、協力してほしいと言われることがあるが・・・・・・それはできないし、彼は全く、おすすめできない。
私はなんとかマドンナを振り切ると、ひいひいと校舎裏の方へと向かった。ここは思いのほか人が来ない穴場のベンチがあるのだ。私は人目を忍んで約束通りにそこに赴いた。するとすでに待ち人は来ていて、私に気がつくと人好きする爽やかな笑顔を見せてくれる。
「藻武さん」
片手をあげる竈門君に私は息を切らしながら駆け寄った。竈門君は相変わらず顔も声も仕草もイケメンで私には眩しすぎる。
「ごめんごめん!お待たせ?!どうぞ約束のブツです」
私がそう言ってトートバッグから色濃いビニール袋に包まれたものを差し出すと、竈門君はパッと顔を輝かせた。その笑顔があまりにも眩しくて、そしてこんな笑顔で受け取られる罪悪感に胸が苦しい。
「ありがとう!!とても楽しみにしていたんだ!読んだら感想を送るな!!」
「いえいえ。こちらこそいつもお世話になってます」
「?毎回そういうけど、俺は何もできていないんだが・・・・・・。本当にうちの店のパンがお礼でいいのか?」
「いいのいいの!これ以上は頂けないよ!」
私はそう言って竈門君からパンがたくさん入った袋を受け取る。これで取引は成立だ。竈門君からはパンを、私はその、自身が描いた・・・・・・まあ、なんというか・・・・・・。
「藻武さんの描く、権.善の本は毎回すごく好みで嬉しいよ!本当にありがとうな!」
爽やかに笑う竈門君に私は乾いた笑みを浮かべる。そう何を隠そう私は鬼滅隊の権.善を扱う腐女子なのだ・・・・・・!!
***
私と竈門君が初めて出会ったのは大学2年の時の合コンだった。それは経営学部と経済学部の合コンで、擬態した腐女子である私にも声が掛かる程度には規模が大きいやつだった。私は合コンってなんかの資料になるかもーとか、善逸が合コン行って伊之助が怒って迎えにくるとか最高のシチュだよねーなんて妄想しながら(この時は伊.善を嗜んでたのよ)行ったら竈門君がいた。
初めて見たときびびったね。もの凄いピーンと来たのよ。今まで『赫灼の君』が上手いこと飲み込めなくて、解釈がいまいちできてなくて権.善は読専だったんだけだ、竈門君を見てピーンと来た。
私の解釈する『赫灼の君』ってこれだって思った。
少しだけ赤みがかった髪と目。そして生まれつきかは知らないけど額にある赤く焼けた傷痕。そして中心に赤が入った太陽モチーフの花札みたいな耳飾り。善逸が歌っていたように優しい声だし、精悍な顔立ちだし、厚めの掌だし、人好きする笑顔だ。
見つけたわ。私の解釈する『赫灼の君』。私の『赫灼の君』の外見は君に決めた!!!
なんて思ってたら竈門君は学内で有名なイケメンだったらしい。私はたまたま彼の前に座っていたんだけど、あちらこちらから女の子達が集まってきて竈門君に色々と質問したり話振ったりしてた。私は退いたほうがいいかな?とは思いながらも『赫灼の君』としての妄想を捗らせるために是非とも竈門君の生態に興味があったので図太く居座った。
六人兄弟の長男でー、実家がパン屋さんをやっていてー、夜間で製菓学校にも通っててー、鬼滅隊の大ファンでー、特に我妻善逸が好きでーって・・・えっ!?マジで!?そこまで設定にサービスしてくれんの!?嘘でしょ!?
なんて一人で興奮してたら、一人の女の子が「私も鬼滅隊のファンなんだー?いいよね?歌もいいし?みんな格好いいし??」なんてどう見ても竈門君と趣味が同じですとアピールしたいの丸見えで主張し始めた。竈門君はニコニコしながら、「一番誰が好きなんだ?」と質問した。勿論女の子は竈門君と同じく「えっとお、善逸くんかなぁ?」と同調したんだけど、竈門君は目を細めてにっこり笑うと持っていたビールジョッキを煽り、飲み干すとガンッとテーブルに音がするほどの速さで置く。そして・・・・・・
「悪い。俺、同担拒否なんだ」
・・・・・・真顔だった。場の温度は間違いなく5度くらい下がってたと思う。まあ、精神的体感だけどね。女の子達は竈門君はガチ勢だと判断したのか、豹変したのが怖かったのかテキトーに切り上げるとすごすごと退散していった。
なお、私は竈門くんのガチ勢ぶりに燃料が投下されてその日は深夜に帰ったのにも関わらず、権.善の短編漫画をなぐり描いてpixiveに投稿した。もうめっちゃ外見が竈門君をインスパイアした。
流石に傷痕と花札ピアスは自重したけど、ピアスだけは形変えて採用した。傷はもろだからやめよう。前髪オールバックの4人兄弟の長男で・・・・・・パン屋に善逸が来て出会ったことにした。めちゃくちゃ見る人が見たらこれって・・・・・・って思いそうだけど仕方なかった。だってあまりにも竈門君が『赫灼の君』だったんだ。
そうして私は細々と竈門君インスパイアの権.善で活動するようになった。pixiveでそこそこ人気出て、次のイベントはこの設定の本を出そうとそう思って薄い本を分厚くしていた。
人気やみんなの反応が出るたびに竈門君ごめんと心の中で謝ったけど、でも本人にバレることはまずないからと言い訳していたが・・・・・・。
「あれ?君、どっかで・・・・・・」
「ひゃあああああああ!!竈門君!!」
まさかのイベントでご本人様が買いにいらっしゃるとは思いもよりませんでした!!!善逸ガチ勢なのは知ってたけどイベント参加とかマジかよ!!どこを目指してるのよ竈門君!!
しかも竈門君の手には触手×善逸本かもあって、竈門くんは割に性的に我妻善逸好きなのね!?腐男子なだけじゃないのね!?マジかよ知りたくなかった!!
なんて思いながら震えていたら竈門君は正しく私のことを思い出した。合コンで一回しか会ってないのに思い出した。苗字まで正しく。記憶力よすぎないかなぁ?
そうしてオタバレした私は竈門君に権.善本を売り、そしてそれを読んで感動したらしい竈門君に大学で捕まった。興奮気味にクソでかボイスでどこが良かった話始めた竈門君を引っ掴んで空き教室に逃げた私は今までで一番の最高速度が出ていたと思う。
なんやかんや、そんな縁で私と竈門君は作家?とその読者?みたいな関係で落ち着いている。竈門君は「今まで権.善の解釈違いが多すぎて読めなかったんだけど・・・・・・藻武さんのはすごく好みだったんだ!」と爽やかに笑っているがそりゃそうだろう。私が描く『赫灼の君』はがっつりあなたがモデルですから!!外見とか設定までモロにね!!気がつかないんかい!!
そうして私は結局は竈門君にあなたをモデルにしていますと言うことは出来ずに、新刊を作ってはプレゼントするというのをしている。竈門君は悪いからと言ってパンをくれるけど、これも本当はいらないんだよなぁ。
「なんか本当に悪いな・・・・・・。俺はなかなかイベントも行けないし」
「まあ、竈門君は忙しいしね?。昼間に大学通って、夜間に製菓学校に通って、他は実家の仕事してるんでしょ?本当に頭上がらないわ?」
「好きでやってることだからな。・・・・・・だが、流石にそろそろ進路を考えないとなぁ」
「そうねー。私らも春には四年生だし、就活も卒論もガチになるもんね?」
そんな事を言い合いながら、次の授業があるからと竈門君とは別れた。竈門君と私の関係はなんだろうか?作家とその読者?それとも友達なのだろうか?けど分かり切ってるのは私は竈門君を萌えとして見てて、そしてまた竈門君も私を萌えを生み出す奴と思ってるだろう。
この微妙なやり取りもきっと、大学生だからだ。大人として社会に出たらきっとなし崩しで終わるの分かりきってる。だって私だって次のジャンルにいつ移動するかは分からないもの。
まあ今は我妻善逸が萌え過ぎてて新曲出すたびに権八郎との妄想が捗るけど、ここ最近の鬼滅隊はすこし活動自粛傾向にある。
気がつけば親分である嘴平伊之助がいつの日か言っていた契約期間というものが差し迫っていて、その兼ね合いで続けるかやめるか揉めているのではというのがネットでの話だ。
仲が悪い・・・・・・というら話は聞かないし。むしろ全員で住んでて逆にめっちゃ仲良いエピソードしか聞かないけど、まあ彼らも未成年から大人になってしまったのだ。色々とやりたい事とかもそれぞれあるのだろう。
そんな風に思っていた私だったがそれから時が経ち、就活も落ち着いた頃の大学生4年の秋ーー。とうとう、その時がやってきた。
『鬼滅隊の我妻善逸、2月から活動拠点をパリへ変更』
このニュースにファン達の間には激震が走った。えっ、なんで?鬼滅隊はどうなるの!?という騒ぎに公式から理由の発表があった。
要約すると『鬼滅隊としての活動は続けるが、メディアに出る頻度は下がる』、『コンサートは年一は日本でやる』、『活動拠点を移すのは我妻善逸のみで、また移す理由はプライベートな理由』だった。
我妻クラスタ達は公式ホームページに映る我妻善逸の左手薬指の指輪に「結婚だ・・・・・・。権八郎と結婚するんだ・・・・・・」とある種のお祭りになった。いやだってこの前まで指輪つけてなかったじゃん。伊之助の指にはないし、伊之助はフランス行かないなら権八郎じゃん。
すっかり権.善派な私としては阿鼻叫喚で騒いでいるファン達よりはダメージが少なかった。フランスで権八郎とあはんうふんは結婚生活するのかーとニマニマしていた。曲が聞けなくなるのは寂しいけど、推しが幸せな方がいいはずだ。
そう思いつつも、竈門君はショックだろうなぁと心の端っこで憂う。だって竈門君はわりかしどころかガチに善逸が好きだったと思うから。だからきっと自分と重ねられる私の本を好きだったんだろう。他のは殆ど触手ものしか読んでなかったし。それもどうなのとは思いながらも、竈門君が善逸を見る目は正しく恋する目だったから・・・・・・。
「推しが結婚かあ。竈門君、大丈夫かなぁ」
今度あったら励ましてあげよう。そう思っていたけど、次に竈門君に会えたのは一月も終わる頃だった。大学のテストがなんとか終わって、単位も卒論も内定も取れているという私としてはよく頑張ったなとウキウキした気持ちで学内を歩いていたら、竈門君に呼び止められた。
四年生になってからは流石に創作をpixiveに小話あげる程度にしてたために、竈門君とは実に久しぶりの邂逅だった。久しぶりだねと言い合いながら、二人でよくブツのやり取りをした校舎裏へと自然と足が向く。
「藻武さんに会えて良かった。今日会えなかったら、電話しようと思ってたんだ」
「ええ?そんなに私に会いたかったの?照れるなぁ」
「うん。君には世話になったし・・・・・・。それに俺はもうすぐ日本を離れるから」
照れたように言う竈門君に私はびっくりして目を見開いた。日本を離れるってどういう事だろうか。
「実はフランスにパン職人として修行に行くんだ。父親の伝手で受け入れてもらえるのが今年の春に決まって・・・・・・。二月に行くんだ」
「へえ?フランス?二月・・・・・・えっ!?もしかしてパリ!?」
「よく分かったな。そうだよ?パリは有名店多いからなぁ。そんなところで修行できるなんて俺は恵まれている!」
ニコニコと笑う竈門君に私は瞬時に彼の左手を見た。左手というか、左手の薬指。そこにはやっぱり前あった時にはなかった指輪がはめられている。
これはなんだ?偶然の一致なのか?それとも竈門君のガチぶりによる模倣と妄想という名の奇行なのか?
「・・・・・・竈門君、私たちって友達?」
「え?勿論そうだ!俺は友達だと思ってる!・・・・・・も、もしかして違うのか?」
「いや!ううん!友達です!友達で大丈夫!!・・・・・・・・・・・・ところでさぁ、お願いがあるんだけどね?」
「お願い?」
「卒業しても友達だって思ってくれるならさ、もし、竈門君がフランスで結婚したら、結婚式に呼んでね?」
私の言葉に竈門君はカァッと赤くなった。その顔を見て、私は頭の中で権八郎はやっぱり実名じゃなかったんだなぁなんて妄想を捗らせる。
その後、権八郎が親分の言い間違いで本当は『炭治郎』であったことを知るのは卒業から2年後、フランス行きの航空券付きの結婚式の招待状に連名で『竈門炭治郎・我妻善逸』の名前が書かれているのを見た時だった。
それにしても私の腐女子としての目利きの凄さには己としても感服する次第だわ。
世界を獲る
「何故、俺はこの一団の中に……」
村田は物販で買った鬼滅隊のライブTシャツを身にまとい、これで俺も一端のファンだと意気揚々に買ってつけた右手のリストバンドを握り締めた。隣には後輩の竈門炭治郎、そしてその反対隣には……前世の上司とも言える冨岡義勇、そして前にはこれまた前世の上司である胡蝶しのぶとその姉君。そして後ろにはこれまた前世の上司の宇髄天元(with嫁達)と悲鳴嶼行冥がいる。近くには他の柱も勢揃いで……なんでこんなことにと村田は胃痛がしそうだった。
「今回360度ステージですよ!鬼滅隊のライブで初めてです!何が行われるんでしょうね?前情報はないですし、俺も特に話は聞いてないですし、ああー!楽しみですね村田さん!」
「お、おう……そうだな」
村田は初の鬼滅隊のライブに浮足だちたい気持ちもありながら、前世の仕事の上司達に囲まれている事実にキャパシティオーバーだ。チケットが取れた時は大いに喜んで、それもステージ前というのに沸き立ったのだが……ご機嫌にテンション高く物販で勝ち取った戦利品を会場の植え込み近くで確認してたら妹連れの炭治郎に捕まったのだ。炭治郎もアリーナ席だというので、一緒に行こうと言われて心強いと軽率について行ったのが間違いだった。
まさか炭治郎が柱達(しかも記憶もち)と再会してるとは思っていなかった。村田はあっという間に柱達に囲まれて(アリーナ席だから)てライブが始まるまでの時間、丁寧に心をすり減らしている。
「ま、まだ始まらんのかな……?」
「そろそろですよ!一曲目はなんでしょうね!?新曲の『五つの心臓切り裂いて』ですかね!それともデビー曲ですかね?」
「お、おお。どっちもいいな……」
村田はソワソワとしながら辺りを見渡す。柱達が全員、鬼滅隊のライブTシャツを着ているのが圧巻だ。村田と冨岡、伊黒や甘露寺、煉獄が着ているのはノーマルバージョンの黒いやつだが、胡蝶姉妹はカナヲモデルのピンクを、悲鳴嶼や不死川は玄弥バージョン、炭治郎は善逸バージョンで禰豆子は伊之助バージョンだ。ちなみに宇髄一家は四人で一色ずつと思いきや、黒、青、ピンク、緑で黄色がいない。つまりこの一団の中で黄色は炭治郎しかいない。もの凄い違和感であるが、前世の炭治郎も善逸のことを村田も知っているため何となく想像はつく。みんな、炭治郎に遠慮しているのだ。
(竈門、めちゃくちゃ我妻善逸に強火ファンで同担拒否だもんな。笑顔で圧かけてくるもんな……)
柱の皆さんのまさかのご配慮に、きっと今世でも色々やらかしだろうなと村田は遠い目をした。何しろ炭治郎と善逸が前世でくっついたのは決戦の後だ。その時にはお亡くなりになっていた方々までご周知とあらば、きっとすでに一悶着あったに違いない。村田は前世で散々困らされた記憶を掘り返しながら、今世は巻き込まれなくて良かったと細長い溜め息を漏らした。
その時、会場の照明が落とされた。それに一度ザワっと会場が沸き立ち、静かになる。打ち合わせたかのようなしじまの中で村田はごくりと喉を鳴らした。
1拍、2拍、3拍ーー次の瞬間にギターの音がかき鳴らされ、ドラムが走り、ベースとキーボードが追いかけてくる。そしてマイクなしの肉声で「いくぞおおおおめええええらああああああ!!」と親分の雄叫びに会場はマックスボルテージで声が上がる。
照明がステージを照らし、最新のPVで着ていた新曲の衣装姿、そして血肉が沸き踊り、我武者羅に走り出したくなるような音楽に最初の曲は新曲だと理解する。入りがアレンジされていたから気がつかなかったが、鬼滅隊全員に絶対にあいつをぶっ殺すというガン決まりの殺意が込められていて凄い。生で見るの凄い。周りの柱や炭治郎達の同調感凄い。
村田はあんぐりとしながら目の前の光景を見つめていた。音楽にノるなんていうこともできない。圧倒的な音に、歌に、迫力に呑まれていた。
***
「す、すげぇ、すげぇ、息つく暇もねぇとはこの事だな……」
「はあー!本当にそうですね!」
今は4曲ほど歌った中、村田はようやく辺りを見渡せる余裕が出てきた。普通は一曲目の後にメンバー紹介があるのだが、三曲テンポが早い超ロックな歌を歌ってきた。もはや会場にいる観客は盛り上がり過ぎて酸欠状態だった。そこから無言で我妻善逸のバラードが始まり、客はほっと息をつく。特徴的な声で優しく甘く歌われるソロ曲は本当にさっきのロックな曲をガン決まりで歌っていたのと同一人物かと思えるほどだ。このライブコンサート、振り幅がでかいぞと村田は情緒を振り回されるのを悟った。
それから軽くメンバー紹介をして皆んなに挨拶をして、「ちょっーと見世物やるから準備するねー!」と言ってメンバーはステージから下がった。束の間の休憩と言うようにザワザワと会場が観客達のざわめきに埋まる。それに便乗するように村田も炭治郎達と何があるのだろうと楽しみにしながら囁き合った。
時間としてほんの数分。迫り上がってきたステージの上には巻藁が何本もあった。それはこの前の新曲のPVの一幕で我妻善逸が高速の居合切りを見せたものと同じ光景であった。それに観客達はまさかと色めき立つ。
戻ってきたメンバー達ともうひとり、黒のスーツに青いネクタイ、そしてジャケットにギネスマークがついているのに会場は叫び声をあげた。ギネス公式認定員がいる。そして我妻善逸の手には白柄の日本刀、これは間違いない。我妻善逸の居合斬りのギネスチャレンジだ。
「うそうそうそうそ!?マジか!?ここでやるのか!?」
「ぜ、善逸の居合を今世でも生で見れるなんて……!」
炭治郎は興奮しきりと言うようでもはや飛び跳ねる勢いだ。しかし村田も負けず劣らず興奮していた。こんな世界記録を出す瞬間に立ちあえるとは思っても見なかった。きっと観客全員がそう思っているだろう。絶対に、新記録が出るに決まってるんだから。
「よーし!これからギネスっつーのをやるぞ!!」
「いやギネスは会社名だから。そこがやってる世界記録に挑むんだから。ってゆーかなんでこんなのやんなきゃダメなのおおおお!?」
我妻善逸は日本刀を抱えてわんわんと泣いている。それを観客達は見慣れた様子で見守りつつも、ギネス記録挑戦に向けてスタッフが準備を整えるのを今か今かと待っていた。
「しょーがねーだろ!なんか認定員とかいうのが認めねーと記録にならねーっていうんだから!!俺の子分の記録の方が凄いのに認められねえとか許せるかよっ!!」
親分の駄々捏ねかぁと観客はほっこりだ。しかし「やだやだ!子分が世界一記録の保持者じゃないなんてやだー!」とは随分とスケールの大きい話である。
「ふえええん!カナヲちゃーん!絶対に失敗するよおおお!無理だよおおおお!!」
「ここまで場を整えてるのにやらないって方が無理じゃない?認定員を呼ぶのに100万円以上掛かってるよ?」
「急に現実でぶったたくのやめて!?」
そうこう騒いでる間にカメラセットも済み、後は善逸の心が決まるのを待つだけとなった。親分は言わず間もがな、カナヲも玄弥もワクワクとしているようだった。それはそうだ。目の前で仲間が世界一と認められるのはさぞ嬉しく興奮するだろう。
「よっし!準備できたな!紋逸やれよ!」
「気軽に言うなっ!ひいいいん!こんな沢山の人の前で失敗とかやだよおおおおお!」
そう言って震えながらも善逸は巻藁の中心に立った。そうして胸を押さえて呼吸を整えながら、ゆっくりと腰を落として構えをとる。それを固唾を飲んで皆んなが見守る中、善逸はもう観客など見ていないのか、目蓋を落としていた。
「……善逸、頑張れ」
ポツリと隣から落ちた言葉。そしてその瞬間に善逸の口角が上がったのを村田は見逃さなかった。
「それでは始めます。3、2、1、スタート!」
認定員がそう言った瞬間、鯉口がいつ切られたかも分からぬままに巻藁が切り刻まれていく。その圧倒的なスピードに観客は息を呑んで見守った……というよりも瞬きもできない。360度を取り囲む中、我妻善逸は巻藁を吹き飛ばしていく。1分間など僅かなのにとんでもなく長い時間に感じられるほど、巻藁が無残に散っていく。
「……し、終了です!」
その言葉で善逸はキンッと納刀した。結局、村田は刀身を見ることも叶わず巻藁がただ吹き飛ぶパフォーマンスを見ただけだったし、他の殆どの観客もそうだっただろう。だがしかし、本当に圧巻であった。
「おい、何回斬ったか見えたか?」
「148回だったぜ!!」
「善逸、何回斬ったんだ?」
「えー?分かんない数えてなかった。カナヲちゃん、何回だった?」
「168回」
「だって」
「すげぇ!世界新大きく超えてんじゃねぇか!」
「よくやったぞ!紋逸!流石俺様の子分!」
ステージ上でわちゃわちゃとはしゃいでいる鬼滅隊であるが、その奥にいる認定員は顔色が悪い。その様子に村田は分かると頷いた。
「ええと、スローカメラでビデオ判定をしますね」
認定員のその言葉に会場にいる観客一同、「だよねぇぇぇ!」と声を上げた。結局、結果はアンコールの後に分かり、めでたく我妻善逸は居合斬りにおいてギネス世界記録を達成した。回数は驚異の168回であった。



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