約12000字/柱if・年齢逆転
「ここが、日柱様のお屋敷か・・・・・・」
俺はたどり着いた立派なお屋敷にハアーと息を吐いて見上げた。お屋敷はさすが柱のものとあって見たことないくらい大きい。開かれている門扉に、本当に入っていいのだと驚く。
俺が今日、ここに来たのは日柱様の継子になりたくて適性があるかどうかを見てもらう為だ。俺は家族を鬼に殺され、鬼殺隊士になった。鬼をもっと倒して行けるように、たくさんの人を救えるようにもっと強くなりたい。その思いで、始まりの呼吸である日の呼吸を使う、日柱様こと竈門炭治郎様に師事したいと思ったのだ。
しかし呼吸には相性がある。俺が使うのは水の呼吸だ。けど竈門様は水の呼吸もお使いになられる。それならば俺も相性は悪くないのではと思ったのだ。
だが日柱様の継子は希望者が多い。誰でもなれるわけではなく、そして希望者が多いのにもかかわらず、日柱様には継子がいない。継子になりたいと師事するものは後を絶たないらしいが、誰もが断念して去っていくらしい。
・・・・・・そんなに難しい呼吸なのだろうか。しかし、日の呼吸は竈門様が現れるまで失われていたというのだからやはり万人に扱えるものではないのだろう。だが挑戦もせずに諦めるのは俺の性に合わない!!
とにかく頑張るぞ!!むんっ!!
屋敷の中に入ると、ちらほらと隊士がいた。知った顔は・・・・・・残念ながらいないな。俺はまだ入隊して日が浅い。けど運が良かったのか実力なのか、日が浅いながらも庚まで階級は上がってこれた。けど階級が上がればより難度が高い任務が割り振られる。この先もやって行けるように、この稽古でせめて身になるなにかを得なければ。
ここにこうして人が多いのは、皆んな継子になりたいからだろう。日柱様はこうしてたまに希望者を募っていらっしゃるらしい。そうして集まって来た中から稽古をつけてふるいにかけられるそうだ。
俺はどんな稽古をするのだろうと約束の時刻までドキドキしていたのだが・・・・・・お屋敷から現れた人物に思わず「えっ」と声を漏らした。それに反応したのか、現れた人は俺の方を見た。
キラキラとした金の御髪を風に揺らしながら、これまた珍しい榛色の眼が俺を見る。その人は俺を見て、ほんの少し目を緩めると赤子にするようにひらりと手を振った。
(びっっっくりした・・・・・・!!金の髪ってことは、あれが例の鳴柱様なのか。すっごい優男だ・・・・・・。柱は近寄りがたい雰囲気の人が多いけど・・・・・・人当たりは良さそう)
俺は初めて見た鳴柱様にドキドキと緊張した。鳴柱様の登場に、周りにいた隊士達も驚いているようだった。しかし隊士の中には露骨に嫌そうな顔をしている奴もいる。本人を前にそれはまずくないだろうか。
鳴柱様・・・・・・えっと、確かお名前は我妻様だ。我妻様は明らかに変わった空気に気にした様子もなく、庭に置いてある大岩に腰掛けた。まるで日向ぼっこをしているような感じにこんなところで何してるんだとは思う。
何しろここは日柱様のお屋敷で、お二人が仲がいいのは周知のことであるが今日は日柱様の稽古日だ。なんでいるんだろうか?見学かな?
「・・・・・・なんであいついるんだ?」
「さあ?日柱様の稽古でもみて指導の勉強しようとでもしてるのかね?」
「指導の勉強より、自分の技を磨けよな」
俺の近くで聞こえて来た声にどきりとする。嫌な内容の話に俺は失礼じゃないかとムカムカした気持ちになるが、とうの我妻様は気にした様子もなくぼんやり雀を手のひらで遊ばせている。
・・・・・・俺が先輩隊士に聞いた話によると、我妻様はとんでもない高精度な聴覚をお持ちだと伺ったんだが・・・・・・。聞こえていないのか、それとも聞こえても放っておいているのか。どちらなのかと俺は内心で首を傾げた。
先輩隊士は絶望的な任務についた時、増援として鳴柱である我妻様が駆けつけてくださり、生き延びることができたとのことで、それからは我妻様の凄さに心酔しているらしい。
俺は柱の強さとしては日柱様のものしか見たことはない。俺も先輩隊士のように増援としていらっしゃた日柱様、竈門様に助けてもらったのだ。確かに絶望的な時に柱が助けてくれるとその強さに心酔してしまうとしみじみ思う。だからこうして日柱様の継子の選抜稽古に参加を決めたわけなんだが・・・・・・。
しかし、鳴柱の我妻様は柱としてかなり変わった方だ。俺は今まで直接関わりになったことがないからなんとも評価はできないのだが、鬼殺隊では我妻様の評価は3分にされている。ひとつは『関わりないからよく分からない』という者たちで俺はこれだな。もうひとつは『柱としての資格なし、裏切り者を出した呼吸の恥知らず、意気地なしで情けなく、実力もないのに運だけで柱になった』と言う者たち。そして最後は『ああーん!?鳴柱様を馬鹿にすんじゃねええええぞ!!ごらああああ!!!鳴柱様は優しくて強くて優しくて、情けないところも弱虫なところも泣き虫なところも、あるけどやるときゃやる男だし、稽古はつけるの上手いし褒めてくれるし、あと!すごいいい匂いがします!!優しくて強い匂いがします!!』という者たちだ。
最後のいい匂いって言い出したの誰だろう?まあ、とにかく我妻様は評価が分かれる人だ。ただ評価が分かれるだけならいいのだが、最後の勢力が割となんというか狂信的でよく蝶屋敷とかで乱闘騒ぎが起きてる。
噂によると日柱様と獣柱様も最後の勢力らしいけど、まあ御三方は仲がいい同期として有名だからなぁ。仲がいい人を貶されて怒らないわけがない。怒らない方が人としてダメだろう。
というわけでここにいる人で鳴柱様を軽んじてる奴もいるが、そいつを『ぶっ殺してやろうか!?あぁん!?』といった目で睨んでる奴らもこの場にいる。混沌としている。そんな場なのに当の本人はぷらぷらと足をばたつかせてのんびりしている様は大変な大物だなぁと俺は感じた。さすが柱だからなのだろうか?
そんなことを思っていると目的の人物が門扉から駆け込んできた。
「ああ!遅れてすまない!もう集まってくれているんだな!」
そう言って入ってきた竈門様と・・・・・・3人の隊士に俺は首を傾げた。竈門様に継子はいないと聞いていたのだ・・・・・・噂だったのだろうか?
そう考えていると、竈門様と駆け込んで来た3人は竈門様に深々と頭を下げて我妻様のところへと駆けていく。
「師範!遅くなってすみません!」
「お待たせしましたー!」
「申し訳ありません!」
「いいよいいよー。急に稽古の場所を変更してごめんね?。炭治郎がどうしてもって言うからさぁ」
そんな話をしている我妻様たちに、なるほど鳴柱様の継子かと納得した。竈門様は頭を掻きながら我妻様のところに近寄っていく。
「今日は悪いなぁ。無理言って来てもらって」
「俺はいいよ。任務なかったし、稽古日だったし。むしろわざわざ場所を移動してくれたこの子たちにお礼言って」
我妻様は立ち上がるとひらひらと手のひらを振った。竈門様はきっちり90度に頭を下げると我妻様の継子たちに感謝の言葉を述べている。さすが日柱様だな。下のものにも頭を下げられるなんてできた方だ!!
「今日は無理言って来てもらってすまない!だが助かった!感謝している!!」
「いえ、気になさらないでください。ちょうど良い走り込みでしたし、竈門様が自ら連絡に来てくれるとは思っていませんでした。光栄なことです」
3人の継子のうち、一番年嵩の少年がハキハキと述べている。それに倣うように少し年下の少年と、さらに年が下がる少女も頷いていた。
「さて、日柱殿?集まってくれた隊士が今か今かと待っているよ。ほらほら、早く行ってあげなさいな」
「うむ!そうだな!では善逸!例の通り頼むぞ!」
「はいはい。まずは見てからね」
そのやり取りの末、竈門様は庭の真ん中へとやってきた。それを見て、庭に散らばっていた隊士たちも素早く集まってくる。もちろん俺もみんなと同様にそこに並ぶ。すると竈門様が隊士達を見渡して、嬉しそうに笑った。
「未熟な俺の元に師事したいと集まってくれてありがとう!とても嬉しい!君たちの期待に応えれるよう、俺も頑張ろう!」
よく通る声で発せられる言葉に嘘は感じない。本当になんてできた人なんだろう。竈門様は人格者で人徳があり仁義に厚いという話は本当なのだと実感する。
「さて、折角集まってくれたのだから皆を継子にしたいが、流石にそれは無理だ。なのでひと通りの動きを見て、日の呼吸を扱える才を感じるものをこちらから選びたいと思う。申し訳ないが選ばれなかった人も腐らずに鬼殺隊士として邁進していってほしい」
その言葉にごくりと喉を鳴らす。選ばれたいと思うが呼吸の合う合わないは仕方ない。継子は必ずしも呼吸が一致している必要はないが、日柱である竈門様は日の呼吸を扱う剣士を育てるのを目的に継子を募集しているのだ。
「では時間も惜しい!早速始めよう!まずは呼吸を扱うにあたって一番重要なものだ!これからみんなで山をガーーーッツってする!!山にはこう、ガバッとしたものをたくさん用意したからそれに気をつけてサーっと走ってくれ!!走ってる最中は全集中の呼吸でグワーっとしてくれ!!ひとまずこれを5周やる!!」
竈門様は身振り手振りをしながら、必死な真剣な顔をしている。真剣に説明しているのだろうけど・・・・・・。えっ、全く分からん。どうしよう。何が起こるの?とりあえず山で?5周なにをするんだ?全集中の呼吸でなにするの?やばい、分からない。けど真面目な顔の竈門様に分かりませんなど言えない。
「炭治郎」
しーんと静まり返る場に、しとやかな声音が落ちた。竈門様が振り返ると我妻様がちょいちょいと手招きしていた。竈門様は俺たち隊士に「ちょっとすまない!」と言って我妻様のところに駆けていく。何をしているのか、我妻様と竈門様は顔を突き合わせてコソコソと何事か話し合っていた。それから数分して、竈門様は戻ってきた。俺たちの前に立ち「んんっ」とひとつ咳払いをすると流暢に話し始める。
「ではもう1度説明しよう!これから屋敷の裏山を5周走る!裏山には俺が仕掛けた罠が至る所にあるから、それを気配で避けてくれ!走ってる最中だが、なるべく全集中の呼吸を維持するように心がけてくれ!これはできればで構わない!だが行えた方がより訓練になるので是非挑戦してほしい!この訓練は呼吸を扱うにあたって重要な持久力をみるものになる!各自真剣にやってほしい!!」
おおっ・・・・・・日本語になった。何をするかがはっきりした。はっきりしたけど・・・・・・えっと、これ当然日本語になったのってそう言うことだよな?
そこから俺たちは山を5周走った。罠とかかなりしんどかったし、山もそろそろ大きいし、それを全集中の呼吸を維持しつつはとんでもなく苦しかった。肺が壊れるかと思った。でもなんとか最初の一周と最後の一周だけは頑張って全集中の呼吸をし続けた。途切れ途切れで、できてなかったかもしれないけど。
そして死にそうになりながら戻ってきた俺たち隊士に、竈門様がさらに続ける。
「よしっ!では次は型をバーっとやる!俺がやるから、2人でガーーッとしてくれ!!それを俺がドンドンやるから、カンカンとやって欲しい!それで見てくから!!」
何を!?何をするの!?
型がなんなの!?型って言ってるけど型であってる!?肩とかじゃないよね!?
「炭治郎、ちょっとおいでなさい」
そしてまた竈門様が我妻様に呼ばれていく。二人はやはり顔を突き合わせてコソコソと話をし、数分すると竈門様が戻ってくる。
「これから型の動きを見る稽古をする!型は今使っている呼吸のもので構わない。2人1組になって、俺に掛かってきてくれ!俺が攻撃をまずはいなすから、その後の立ち回りを己で判断して俺から1本とるように努めて欲しい!もちろん2人で協力しても構わない!稽古には木刀を使用する!この稽古で戦闘時の動きの良し悪しや、対応力を見る!それでは準備にかかろう!!」
あーーー!!もうこれ確定ですね!
そして分かってしまった!いままで日柱様に継子いないのはこれが問題だったんですね!!わかります!これは相当な無理です!むしろ我妻様はどうやって解読してるんですか!?
そして俺はこの日、竈門様が訳の分からない説明をした後に、我妻様の元に行き、戻ってくると日本語になっているのを6回ほど体験した。最初に鳴柱様に対して『指導方法でも学びにきたの』と笑っていた連中も実に恥ずかしそうだった。うん、決めつけはよくないよな!!
それにしてもどうやって解読しているのだろうか。竈門様も自身の説明がま下手なのを自覚しているのか、3回目には自分が説明してから顔を赤らめて俯き、「すまない・・・・・・」と言ってすごすごと自分から我妻様のところに行っていた。
それからはもう隠す気もなくなり説明の場に我妻様を連れてきて、「これからやるのは石をガーっとやって、ぐぐぐぐぐっとずっとやってギッギッとやる訓練をしたいんだが、善逸!!説明頼む!!」とか通訳を頼んでいた。同じ日本人なのに。
そんなこんなで初日が終わった。体はもちろん、心も疲れた気がする。
稽古は3日間だからあと2日間ある。
しかし、これは継子に選ばれると大変かもしれない。我妻様が常にお側にいるならまだしも、鳴柱なのだから無理だろう。現に今日の訓練中も我妻様たちは我妻様たちで稽古と指導をされていた。
漏れきいている限り、ひどく真っ当な教え方だった。ひとまず擬音は出てこなかった。
「・・・・・・不安だ」
俺は稽古場に敷いてある雑魚寝用の布団の中、明日の稽古に思いを馳せた。できれば、明日も我妻様がいらっしゃいますように!!!
****
「頼む!善逸!!俺の継子になってくれ!!」
「ふぐっ・・・・・・!?な、何をを馬鹿なことを言ってんだよ!なれるわけないだろ!!俺もお前も柱だぞ!?」
土下座して頼み込んでくる相手に、善逸は口に入ってる大福をなんとか飲み込む。正直、言ってる内容からすると「はあ?なに?もう一回言って?」な案件だが、善逸がすぐに反応できたのはこれを乞われるのが初めてではないからだ。実に3回目であった。
1回目は酒盛りをしながら談笑混じりに。
2回目はうまくいかない稽古に落ち込んだ様子を慰めながら。
3回目は今。炭治郎に家に呼ばれ、善逸の好んでいる熊屋の豆大福を振る舞われながらだ。
「頼む!本当に困ってるんだ!!俺はどうにも教えるのが下手らしく、みんな稽古を続けることができないんだ!これではヒノカミカグラの継承が滞ってしまう!お館様のご期待も裏切ることになる!!」
「いや、それは深刻な問題だけどなんで俺!?なんで俺が継子になるのよ!?」
「善逸は俺のことをよく知ってくれているだろう?もう正直、禰豆子以上に俺のことを理解してくれ、俺が何を言いたいのか正確に把握してくれるだろう?」
「あ、ああ・・・・・・ま、まあね?俺、耳だけはいいからね。お前の音で何を言わんとしてるかはまあ、なんとなく分かるよ?」
「いや、耳だけの問題じゃない。これは俺と善逸が積み重ねてきた日々と俺たちがお互い思い合う気持ちの結果だと思う。長年連れ添う夫婦は阿吽の呼吸というではないか!!」
「やめて!やめてくれ!!なんて音させてそんなこと言ってんだよ!恥ずかしいにも程があるわ!!」
善逸は耳を己の手で塞ぐと床を転がって悶絶した。炭治郎からは愛しい、好き、大切、絶対に手放さないというようなとんでもない執着の音がする。善逸も炭治郎と長年過ごして来て・・・・・・といっても人との繋がりが希薄な人生を歩んできた善逸だ。1年共に暮らせば家族で、1週間共に過ごせば親友だ。善逸にとって16で出会い、22になっても共に過ごす炭治郎はとんでもなく長年の連れだった。
長年の連れ・・・・・・といってもただの連れではない。住処こそ別にしているが、もはや2人は連れ合いだ。
本当は住処も一緒にしたいと炭治郎に駄々捏ねられたが善逸の継子たちが気を使うだろうと屋敷をなるたけ近くにするからと言うので落ち着いた。屋敷にどちらも戻れる場合は、善逸は自分の屋敷を継子に任せて炭治郎の屋敷に寝泊まりするのが通例だった。
そんなわけで善逸はよく炭治郎を理解していた。ゆえにこうして炭治郎がなぜ善逸に頭を下げて継子にというのはまあ、理屈としては分からなくはなかった。
炭治郎は説明がド下手だ。
擬音を多用し、必要な説明は抜けるし、文章の構成も怪しい時が多い。会話をしている中で自然と説明が発生する場合は多少おかしくても分かる範囲なのだが、なぜか『いざ!説明するぞ!!』と意気込むとおかしくなる。気合と共に語彙が死ぬ。その因果については血の繋がった妹の禰豆子にも分からなかったし、炭治郎の心はもちろん身体もよーく知っている善逸でも分からない。この2人がお手上げならばもはや神のみぞ知る領域だ。
つまりは炭治郎は説明がド下手ゆえに、継子ができないのだ。皆が一様に「自分には荷が重いです!!」と呼吸の合う合わない以前で逃げ出してしまう。最初のうちはそんな簡単には見つからないかと楽に考えていた炭治郎だが、2回3回と逃げられた頃には「おや?」と思い、4回5回でが「もしや・・・・・・」と思い、6回7回で己れの不出来を恨んだのだ。
その結果がこれだった。
炭治郎の説明が理解できる善逸に継子になってもらい、善逸がヒノカミカグラを覚えて、そして善逸の継子に継承してもらおうという作戦だ。この作戦を炭治郎はすでに産屋敷輝利哉に相談済みだ。輝利哉は困った顔をしながらも、日の呼吸の継承は重要として鳴柱である我妻善逸の判断に従うということだった。要するに輝利哉も善逸に丸投げだった。
「・・・・・・お、お館様も了承済みなのぉ?」
「ああ。どうするかの判断は善逸に任せるとのお達しだ」
「言ってはなんだけど、最悪だわ。そもそも使いこなせる自信ない」
善逸はがくりと項垂れる。善逸は確かに柱だが、その実力は極端に偏っている。何しろ技の型が2つしかなく、そのどちらも抜刀術だ。本当ならば雷の呼吸には6つの型と善逸が編み出した1つの型があるが、善逸はそのうちの2つしか使えない。残りの5つは失われる・・・・・・かと思いきや、善逸は使えないだけで習ってはいたのだからどういう技かは知っていた。ゆえに弟子たちに仕込んで彼らが使えるようになったため、幸いなことに雷の呼吸は技が損なわれることはなかった。
要するに善逸は器用貧乏だ。炭治郎のように安定感のある数多の技に対応できる剣士ではない。しかしヒノカミカグラはどちらかというと安定感のある方が習熟しやすい。なにしろ全ての呼吸の始祖となったものだ。今ある呼吸の特徴をそれぞれの技の中に有している。雷の呼吸もここから生まれたのだろうかと感じ取れる技がヒノカミカグラの中にあった。
というわけで、炭治郎が望むように善逸が習得するのは無理だろう。だがそうなると継子になる子がひたすら効率の悪い努力を強いられることになる。これは拙い。強くなりたいのに合ってるかも分からない努力を続けさせるなど可哀想だ。
「・・・・・・分かった。じゃあ、まずはお前の稽古を見学するわ。そんでもってちょっと今後どうするか決める」
「本当か!ありがとう!善逸!!」
パァッと笑顔になる炭治郎を見ながら、善逸は「この笑顔に弱いんだよなああ・・・・・・とほほ」と思った。稽古を見るとは言ったが、稽古はどうせヤバいことになるのは分かっている。善逸が知りたいのは炭治郎のヤバさではなく、炭治郎がどんな稽古をしようとしているかが知りたいのだ。
かくして、善逸は日柱の継子選抜を見学するに至ったのだがそれは想像通り酷い有様だった。擬音と身振り手振りの勢揃いだ。もう選抜を受けに来た隊士達の顔は死んでいるし、善逸の継子たちも痛ましい表情だ。強くて優しくて人望厚い日柱様が形なしだ。
最初の頃こそ善逸は炭治郎を呼び寄せて、こっそり説明する全文を教えていたが(まあ、バレバレだったが)、初日の後半に至れば見栄の張りどころがおかしい炭治郎は善逸を横において通訳をさせる始末になった。隊士達も炭治郎が説明した後はすぐに善逸の方を向くのでもうなんだかよく分からない状態だった。日柱の稽古だよね?鳴柱の稽古じゃないのよ?
しかしながら善逸が見学してみた結果、ヒノカミカグラを扱えそうな隊士が2、3人いた。善逸はこれに困ってしまった。これは何というか、逃したくない才能だ。ヒノカミカグラの継承問題は鬼殺隊の中でもわりと重要度が高いからだ。それにこの件は輝利哉から善逸に丸投げとはいえ、一任されてしまっている。善逸としてらこの問題の解決策を練らねばならないのだ。
「ううーん。仕方がないなぁ」
「ん?何が仕方がないんだ?」
善逸がうんうんと考えているのに、ヒノカミカグラの現継承者は善逸の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐのに勤しんでいる。その様子に善逸は「こいつ真面目に継承について考えているのか」と青筋が立ちそうだが、炭治郎はそも『善逸になんとかしてもらおう!』という解決策を見出して実行しているのだからもうどうにもならない。
「いや、ヒノカミカグラの件だよ。ほら、才能ありそうな子が3人ばかりいたじゃない?」
「ああ!確かにいたな!入隊3年目の戌の子と、入隊2年目の己の子と、入隊1年目で庚の子だったかな?」
「あー・・・・・・多分そうかな?確か風の呼吸と火の呼吸と水の呼吸の子」
炭治郎はするりと善逸の腰に腕を回すとぐいっと引き上げて善逸を自分の膝の上に招きあげた。そのまま浴衣の合わせから手が入り込んできたが、善逸はその手を叩いて追い出す。炭治郎はムッとした顔で下から善逸をみて来たが、善逸は何のそのだ。
「そんでね、その子達はせっかく才能あるんだからお前の継子にしたいなーと思ってさ」
「ふむ。俺も悪くないと思う」
「だけどさあ、このままじゃお前の稽古は意味不明だからヒノカミカグラは覚えられないだろ?まあ、何年もかければいけるかもだけど鬼と戦うのに忙しい鬼殺隊士が、ひとつの呼吸を習得するのに何年もかけられない」
「そうだな。だから俺は善逸にヒノカミカグラを覚えて欲しいんだ・・・・・・」
「それは無理。覚えられたとしても、雷の呼吸の継承もあるし任務もある。ヒノカミカグラの継承まで時間取れない。・・・・・・お前との逢瀬をなくせばできるかもしれないけどね」
善逸がニヤッと笑ってそう言うと、炭治郎は苦虫潰したような顔になった。だが実際のところ私的な時間をとことん無くさないと善逸がヒノカミカグラの継承をするのは無理な話だ。
「それは・・・・・・とても困る。俺の生き甲斐がなくなってしまう」
「うん。俺も嫌かな。・・・・・・というわけで、少し時間が欲しい」
「時間?」
「うん。俺とお前の時間だよ」
善逸の言葉に炭治郎は首を傾げる。2人の時間とはどういうことだろうか。少なくとも色っぽい話ではないことは炭治郎は匂いで分かった。
「というわけで、善は急げだ。ほら、立って立って」
そう言って善逸は炭治郎を立たせると炭治郎の日輪刀を持って庭へと降りていく。そして振り返ると炭治郎に言った。
「さて、これから夜はしばらく寝かせてやれないぜ?覚悟しろよ炭治郎?」
「・・・・・・よく分からないが、分かった」
善逸の本気の音に炭治郎は神妙に頷いた。そも炭治郎は善逸にヒノカミカグラの継承の件を任せることを輝利哉に伝えている。そして輝利哉も善逸に一任している。つまりはヒノカミカグラの継承の件にあたって、善逸がいうことは絶対ということだ。炭治郎に拒否権などはない。
****
ついに3日間の継子を決める選抜稽古が終わった。実に過酷で混沌とした日々だった。2日目以降もありがたいことに我妻様はいらっしゃって・・・・・・というか、2日目からは竈門様は参加してなかった。我妻様のお話ではヒノカミカグラの継承で大事な仕事をしているから2日目以降は我妻様が稽古をつけるとのことだった。
何それと思わなくもないが、そも継子にならなければ日の呼吸の訓練は開始されない。つまり基礎稽古は竈門様である必要なしのため、無駄な通訳を省くことにしたと我妻様は仰られていた。
というわけで2日目、3日目は我妻様が継子とともに稽古をつけてくれたわけだが、なるほど確かに柱だと納得できる強さだった。雷の呼吸、霹靂一閃をねだって見せて頂いたが圧巻の一言だった。もはや人ではない、まさに雷神と言わんばかりでここにいる我妻様に反感を持っていた隊士達はまさに見る目が180度かわっただろう。
刃が抜けぬ柱などという噂は、刃が見えぬの間違いだ。
加えて指導は的確で、これでひとつまた強くなったと実感もある。これなら継子に選ばれなかったとしても不満も遺恨も残らないと思える。
そんなことを考えていると、我妻様は隊士達の前に立った。そしてゆっくりと今回の結果について話し始めた。
「さて、みんなよく頑張って稽古を乗り切ったね。お疲れ様。君たちは間違いなく、ここに来た時より強くなってるよ!もっともっと稽古を重ねればさらに強くなれる!みんな強くなって、俺と任務が同じくするときは是非とも俺を守ってね!俺、本っ当に弱いから!!」
・・・・・・守る必要ないだろうに。鳴柱が任務の時に怖い、嫌だとか言うのは本当だったのか・・・・・・。これ、本気で言ってるのか冗談なのかよく分からないなあ。
「まあ、前置きはこれくらいにして。それでは今回の結果を伝えるよ。ちゃーんと炭治郎と話し合って決めた結果だから安心してね。今から自身の結果を書いた紙を渡していく。名前を呼ばれたら取りに来て。そこには結果と、継子となるにあたっての説明を行う日取りが書いてあるから、選ばれた子は約束の日取りにまたこの竈門邸にくるように。それじゃあ名前を呼ぶよー」
約束の日、今後の説明をするからと通された座敷で、目の前に竈門様と我妻様がいる。まさか俺が選ばれるとは思わなかったけど、これは凄い光栄なことだ。他2名も俺と同じ神妙な顔で座っている。・・・・・・というか、1人は我妻様に反感もってた隊士じゃないか。すごいな。本当に平等に選んだんだな。
「さて、稽古お疲れ様。全体を通してみて、君たちに日の呼吸を扱う才を感じた。ゆえに是非、継子となって日の呼吸を継承していって欲しいと思っている。もちろん、今回の稽古で気が変わったというのならば引き留めはしない。辞退したいものは今、この場で申しでてくれ」
竈門様は少し疲れた様子であったが、優しい顔でそう言った。継子になりたいと名乗りでての選抜だというのに、気が変わったから辞退しますなど許されるのだろうか。・・・・・・きっとやる気のないやつお断りってことなんだろうな。
俺はもっと強くなりたいし、これが好機なのも分かっている。継子を辞退する気は・・・・・・・・・・・・ないかな?どうしよう。
いや、継子が嫌なわけじゃない!日の呼吸の継承に一役買いたいとは思ってる!思ってるが・・・・・・できるかなぁ!?
だって、ちょっと何というか・・・・・・竈門様の言ってることが理解できかの問題があるんですけど?
場がしーんとしつつもソワソワと落ち着かない継子の候補たち。俺以外もちょっと考えちゃってるわけね。目の前に座ってる竈門様も様子のおかしい俺たちに若干汗かいて顔青いし。
ああー!竈門様を責めてるわけじゃないんです!
でもちょっと理解できる自信がなくて、身に付けられるかが・・・・・・。
「あららー。みんな、ちょっと及び腰かな?まあ、無理もないよねえ。炭治郎、説明とか下手くそだから」
「酷いぞ、善逸」
「本当のことだろ」
静まり返った場に我妻様の気楽な声が響く。竈門様は不機嫌そうに我妻様を詰るが、刺々しさはなく拗ねているような声音だった。本当に仲良いな。
「まあ、君たちの心配も理解できるよ。でもまあ、少しだけ安心してくれ。始まりの呼吸である、日の呼吸の継承は鬼殺隊でも重要なものだ。お館様から俺によく継承するようにとお達しもきている。だから、炭治郎が無事に継承できるよう、君たちが無事に習得できるように俺も微力ながら手伝いをするよ」
その言葉に俺たちはワッと活力がみなぎる。良かった!それなら頑張れそうな気がする!!是非とも日本語で教えてほしい!!
「それならやります!」
「継子、頑張ります!」
「頑張って習得します!」
俺たち候補生は一様に継子になるのを決めた。竈門様は苦笑いしていて、我妻様はニコニコと笑っている。指導に関しては完全に竈門様には人望がない。でも仕方ない。あれは酷い。
「みんな継子を引き受けてくれるんだねー。良かった。ということで、具体的にどうするかって言ったらこれね。はい、教本」
「えっ」
俺たち継子たちに手渡されたのは手製で作られた本だった。紐で綴じてあり、表紙は朱色で飾ってある。そして表題として『日の呼吸 基礎教本』とあった。
中身を捲ると日の呼吸・・・・・・というか、ヒノカミカグラの型の説明やら必要な筋力の部位、効果的な鍛え方の実践方法などがまとめてある。
「あの・・・・・・これって・・・・・・」
「俺が書いた教本だよ。そこに日の呼吸の素となるヒノカミカグラの動き、必要な筋力、そしてその鍛え方などが書いてあるよ。応用編に関してはまだ執筆途中なんだよね。だから、ひとまずはそれ見て筋力をつける訓練して。訓練方法はそれぞれ炭治郎が指示しやすいようにイロハで分けてあるから。炭治郎はこれ見て、どの訓練するかイロハの記号で教えてあげて」
「なるほど!これは凄い!確かにこれなら指示が通りやすいな!」
「うんうん。そうでしょうそうでしょう。もっと褒めていいんだよぉ?」
デレデレと様相を崩す我妻様の顔はそうとうヤバいけど、この教本は確かに凄い。これがあれば語彙が残念すぎる竈門様の指導でもなんとかなるかもしれない。しかし・・・・・・。
「それにしても善逸。教本の絵が気持ち悪いぞ。妖怪大辞典みたいになってる・・・・・・」
「はあああ!?どこがよ!!分かりやすく描いたでしょーに!!ちゃーんと炭治郎の型をめっちゃくちゃ見て丁寧に描いたのよ!!」
「いや、確かに動きが分かりやすく描かれているんだが・・・・・・おどろおどろしいぞ」
「失礼しちゃうなああ!!これ作るのにどれだけ掛かったと思ってんだよ!!」
「いや!それは分かってる!みっちり十日間、必死にやってくれたのは知っている!!俺もしこたまヒノカミカグラを舞ったし!!・・・・・・でも、これ・・・・・・夢に出そうだ・・・・・・」
口元を抑えてそう言った竈門様に、俺も同じだった。
この教本、知らずに見たら呪われてるって思う!!


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