炭善と炭→善と伊+善の転生現パロ

約5000字/転生現パロ・記憶あったりなかったり

 しとしとと雨が降る中、伊之助は土木工事のバイトの後の帰路に着いていた。流石に師走に入った時期の雨は冷たい。伊之助は雨に濡れ街灯によって光るアスファルトの上を駆けていた。何しろ傘なんて荷物になるものを伊之助は持ち歩かないし、コンビニで買おうなんてことも思わない。さっさと家に帰ってシャワーを浴びれば事は済むのだから。
 伊之助はしとどに濡れた髪をかき上げると古びたアパートの門を開いた。雑草が多い茂った庭は緑の匂いが濃い。鬱陶しい見た目ではあるが伊之助は嫌いではなかった。
 伊之助は家の鍵をジーパンから取り出そうとして、家の中で動く気配に気がつく。伊之助は一瞬だけ迷ったが己の家だ。中にいる奴も誰だか分かっているのだから入らないという選択肢はない。伊之助は簡単な作りのドアノブを回すと蹴り一発で壊れそうな薄い玄関を開けた。
「あ、お帰りー。寒かったろ。風呂入ってくれば?」
「紋逸」
「飯はもうすぐできるし。鍋だよ鍋。白菜安くてさぁ。魚も特売日だったからタラ買ってきたぞ」
「おい、紋逸」
「勝手に入ったのは悪かったよ。でもお前さ、相変わらずポストの裏側に合鍵くっつけんのやめとけよ。防犯的にさぁ。まあ、お前の家に金目のもんないのもお前が強いのも知ってるけど・・・・・・」
「善逸!!」
 部屋の一口コンロの前で鍋を作っている善逸に伊之助は強い口調で言った。善逸はよく回る口をぴたりと止めると大根の皮を剥く手を止める。
「あいつは・・・・・・炭治郎はどうした?」
「・・・・・・もう会わないって言ってきた」
 震える声で言う善逸に、伊之助はまあそうだろうなと頭を掻いた。伊之助はボディバッグを放り出すとまずは風呂だと衣服を脱いで放っていく。床にどんどんと放り出される衣服を善逸は黙って拾っていった。慣れたその手つきに伊之助はぐっと胸が軋むが無視する。感傷に浸るのは性に合わない。
 伊之助はすでに張られている湯にほっと息をつくと勢いよく掛け湯をしていく。冷えた身体にちょっと熱めの湯が心地よく、伊之助が好む湯加減だった。伊之助は狭い湯船に足を縮めながら入ると「あー・・・・・・」と声をだして前髪を掻いた。
 住み慣れていて仲間が沢山いるこの街は好きだったけど、善逸がやはり炭治郎を受け入れられなかったというなら仕方がない。伊之助は善逸を連れて近々、炭治郎が見つけられない場所に逃げなくてはならない。
 
****

 伊之助には前世の記憶がある。どんな記憶かと言われれば人を喰う鬼を狩る、鬼殺隊というところにきた記憶だ。伊之助は山で猪に拾われ人としての常識はほとんど無かったが鬼殺隊に入り出会った同期の2人や周りの人間によって人とは、優しさとは、本当の強さとはを知っていった。まあ色々な人と出会ったけれど伊之助の心深くに入ったのは同期2人でよく共に過ごした竈門炭治郎と我妻善逸だ。この2人は伊之助にとって大切な人々の中で特に大切だった。
 この2人は男同士であったがお互いが一等大切な人であり、人でいうところの夫婦であった。両方が男であるが、伊之助にはそうとしか表現ができなかった。伊之助は想い合う2人を嫌ではなかったし、炭治郎と善逸が他のやつと結ばれるのは想像がつかなかった。2人の絆は本物であり固くて、善逸はかなり後ろ向きで面倒な性格をしていたが、四角四面でありながら諦めの悪い炭治郎はそれをもろともしなかったので破れ鍋に綴じ蓋であった。相性はいいのか悪いのか知らないが、それでもその2人は死ぬまでお互いの手を離さなかった。
 さて前世の話はこれくらいにして、今世だ。伊之助に前世の記憶があるが実は善逸にも前世の記憶がある。鬼狩りの記憶はもちろん、炭治郎と実質夫婦であった記憶もだ。しかしここで面倒なのは炭治郎だ。炭治郎には記憶がない。
 片方は記憶があり、片方にない。これが相当に厄介なのだ。何しろ恋人が他の奴に目を移す様を見なければならない・・・・・・ということではない。炭治郎は記憶がなくても炭治郎だった。3人は必ず伊之助15歳と炭治郎15歳と善逸16歳の時に出会い、そして仲が良くなる。そして炭治郎は必ず、善逸を好きになるのだ。記憶があろうがなかろうが。
 ここでもう一つ説明しておくが伊之助は通算、18回の生まれ変わりをしている。初めての大正から今の令和における間で18回の生まれ変わりだ。短期間で生まれ変わりすぎ、死にすぎじゃないかと思うかもしれないが違う。伊之助も善逸も炭治郎も、大正から令和の間で長生きして死んでも前の生まれ年より昔に生まれることがあるのだ。なんでだかは伊之助は分からない。少なくとも伊之助は平成、令和、昭和、昭和、平成、令和・・・・・・と最近の生まれた和暦はこんな感じだった。生没が被ってるが、別の己に会ったこともない。
 まあ、年代も伊之助にはどうでもいいことだ。問題はそこじゃない。炭治郎と善逸だ。炭治郎は何回生まれ変わっても記憶があってもなくても伊之助が知る限り、必ず善逸を好きになる。知る限りというのは今回は炭治郎に記憶がないように、善逸が記憶がない場合もある。ということは伊之助が記憶がない場合もあるのだろう。だから本当はもっと生まれ変わっているのかもしれない。伊之助には知りようがないが。ちなみに善逸も必ず炭治郎を好きになる。記憶があってもなくてもだ。
 となると炭治郎と善逸は必ず両想いになるということだが、それで全てが上手くいくわけではない。炭治郎と善逸の両方に記憶がない場合はいい。炭治郎が善逸を押して押して押して押し倒して手に入れるのが通例だからだ。そして炭治郎に記憶があって、善逸にない場合もいい。この場合は炭治郎が必ず善逸をどんな手段を使っても手に入れるからだ。この2つのパターンでは基本的に伊之助に出番はない。
 最悪なのが炭治郎に記憶がなくて、善逸にあるパターンだ。この場合は記憶のない炭治郎の手を取るのを躊躇う善逸が後ろ向きまっしぐらで逃げ回り、いずれ炭治郎が諦めてしまうのだ。記憶がある奴とない奴ではやはり立ち回りは前者に軍配があがる。つまり今生は炭治郎と善逸は結ばれることがないということだ。
 伊之助は風呂から上がると用意されていたスウェットに着替えた。伊之助は出した記憶がないので善逸が置いたのだろう。炭治郎の想いに応えられない、応えないと決めた善逸は必ず伊之助のところにやってくる。伊之助が記憶がある限りはだから、伊之助に記憶がない時はどうしてるか知らないが、いまは伊之助と善逸には記憶がある。だからこうして善逸は伊之助の身の回りの世話がうまい。伊之助が好きな味付けや、風呂の温度などよくよく知っているのだ。
「鍋できたよー」
「おーう」
 伊之助はこたつに入ると目の前に用意されている鍋にすうっと鼻から息を吸い込む。善逸お得意の寄せ鍋だ。昆布と鰹出汁の匂いがする。目の前で器に具材を装う善逸は目元が赤い。伊之助が風呂を入ってる間に泣いたのだろう。善逸は伊之助のところに逃げ込んでくるが涙は伊之助には基本的に見せない。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
「ん」
 善逸が差し出す器を伊之助は当たり前のように取った。彩よく装われた器に伊之助の空きっ腹が動く。伊之助がした手を軽く合わせて頂こうとした時、ボディバッグの中に雨だからと突っ込んでいたスマートフォンが鳴った。
 伊之助は箸を咥えたまま鞄を引き寄せるとスマホを取り出した。通話画面には『かまぼこ権八郎』と表示されている。伊之助が連絡先を交換している人間が少ないことを知っている善逸は誰からの電話かよく分かっているだろう。真顔でじっと鍋を見つめている。伊之助は善逸には構わず、画面をタップするとスマホを耳に当てた。
「おう。何だよ。上手くいったのか?」
 伊之助は炭治郎が今日、善逸に告白することを知っていた。炭治郎とは親しい友人なのだ。善逸を好きだとは前々から相談を受けていた。伊之助は赤ら顔で善逸への想いを話す炭治郎を何を否定することもなくずっと聞き役に回っていた。今生の炭治郎が奇跡でも起きない限り善逸に振られることは分かっていたけど伊之助は何も言わなかった。
「ふーん。振られたんだな。んで?どうすんだ?」
 伊之助はタラを口に入れるとモゴモゴと咀嚼する。電話の向こうでは炭治郎が諦めきれない、まだ好きだと訴えているが伊之助は右から左へ聞き流している。何しろ炭治郎が振られて伊之助に電話を掛けてくることは初めてではない。今生は初めてだけど。
「分かった。まあ頑張れよ」
 伊之助は炭治郎との通話を切ると善逸を見た。善逸はいつの間にか机に突っ伏している。・・・・・・やはり善逸は忘れられないのだ。大正時代の最初の竈門炭治郎が。炭治郎は善逸を誰かにやるのが嫌で嫌で仕方がないから善逸に記憶がなくても丸ごと飲み込む。しかし善逸は逆で、記憶がない炭治郎を己が縛るのを嫌うのだ。向こうが善逸を好きでもどうしても大正時代の炭治郎と比べてしまう己が後ろめたくて苦しくて・・・・・・ダメになる。
「・・・・・・炭治郎、何だって?」
「お前が諦めきれないって。振り向いてもらうまで頑張るってよ」
 伊之助の言葉に善逸が震える。それを見て、伊之助はやはり引っ越しだなとスマホで大手不動産のページを開いた。
「今回は南と北、どっちがいい?」
「・・・・・・雪は見たくない」
「んじゃ、前も行ったことある福岡にしようぜ。土地勘あるしな」
 伊之助は福岡に善逸と一緒に逃げたのはいつだったかなと思い出を漁るが分からない。でもまあいい。伊之助は善逸と2人きりの暮らしも嫌いじゃない。炭治郎の想いでを抱えながら朽ちていく善逸を見るのも嫌いじゃないのだ。何しろ伊之助が善逸を独り占めできるのはこの時しかないのだから。
 伊之助は善逸が好きだ。炭治郎も好きだ。この気持ちが色恋じゃないのは分かるが・・・・・・記憶のある伊之助が好きなのは大正時代に一緒に鬼狩りをした2人だから記憶がない場合はどうしても記憶がある方を大事にしてしまう。だからこそ、伊之助は今生の炭治郎が傷つくと分かっていても善逸を連れて逃げるのだ。そしてこれは・・・・・・炭治郎の頼みでもあった。

****

「伊之助。頼みがある」
 その日は炭治郎と善逸と伊之助の3人で善逸の家で宅飲みをした時だった。酒にあまり強くない善逸がすっかり眠りこけてしまったのを自分の膝を枕にしてやりながら、嬉しそうに見つめる炭治郎が伊之助に冒頭の台詞を言った。こんな状況で頼みがあるとは何だろうかと伊之助は少し酔いが回った頭で考えながら炭治郎を振り返った。
「もしこれから生まれ変わって俺に記憶がなかったら・・・・・・そして善逸に記憶があったら・・・・・・その時は善逸を連れて逃げてくれないか?」
 伊之助はチューハイをごくりと飲み込んと6Pチーズを口に入れた。炭治郎は真剣な目だった。
「・・・・・・なんでだよ」
「・・・・・・俺は、たとえ俺でも善逸をやりたくない。善逸の中の俺を少しでも薄れさせたくないんだ。だから俺から善逸を奪って欲しい。それを頼めるのは伊之助しかいない」
 とんでもないと伊之助は思った。己でさえも嫉妬の対象になるのかと伊之助は呆れてしまう。しかし炭治郎の提案を伊之助はそう悪いものだとは思わなかった。なぜなら今回は伊之助と炭治郎に記憶があり、善逸にはないが前回は炭治郎にだけ記憶がなかった。それが初めてのパターンで、善逸は戸惑いながらも記憶のない炭治郎の気持ちを受け入れたが・・・・・・非常に泥沼になったのだ。どうしても善逸は記憶のない炭治郎ごしに大正時代の炭治郎を見てしまう。それが記憶がありなしに関わらず、善逸に対しては嫉妬深く狭量な炭治郎には我慢がならない。2人は揉めに揉めて、結局は見かねた伊之助が善逸を炭治郎から奪い取って逃げたのだ。そこから終生、逃げ続けた。一度結ばれた経験を得た炭治郎は記憶がなくともしつこかった。あの二の舞になるくらいなら、最初から結ばれる前に逃げた方がよほどいい。
「・・・・・・いいぜ。子分の頼みだからな。任せとけ」
 伊之助がそう言うと、炭治郎は嬉しそうに笑う。そしてーーーー。
「記憶のある伊之助は本当に頼りになるよ」
 その言葉の真意は記憶のある伊之助には分からない。何しろ記憶は記憶があった時の分しか継承されないからだ。伊之助は己が記憶がない場合はどんな振る舞いで2人とどう過ごしているか知らない。炭治郎の含みある言葉に「まさかな」と思うしかないのだった。

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