約5000字/原作軸・女体化
炭治郎が初めて髪を美しいと思ったのは15の頃、鬼殺隊士となってまもない頃だった。肋の損傷により善子と伊之助と共に3人で藤の花の家紋の屋敷にて逗留をもらってる時のことだった。
その日は夜明けの時間帯に目を覚ました炭治郎は顔を洗おうと温い布団から抜け出して縁側に出た時、そこには雨戸を開けて座り込む善子がいた。善子は早々と隊服に着替えており、朝日を見つめながらゆっくりとした手つきで自分の髪を三つ編みにしている。右側をまず編んでいるようで反対側はさらりと肩に流れていた。
善子の髪は朝日を浴びてキラキラと光り輝き、見たこともないが金銀財宝というのはこういうものなのではないかとその時の炭治郎は思った。
光が波打つように善子の髪を滑っていく。そういえばこの前、任務に赴いた際に見た海もこんな風にキラキラと光り輝いていたなと炭治郎は自然と息を漏らした。
(美しいなぁ・・・・・・)
炭治郎は美しい髪なら見たことがある。髪にもやはり傷んでいるとか傷んでいないとか、美しいとか美しくないはある。それは分かっている。髪を見て、これは髪の中では美しいかどうかと考えれば評価をすることは炭治郎にもできた。しかし、善子の髪はそういう枠組みとは違う。
髪を見て、美しいものだと思ったのだ。銀座の街にある色ガラスや、ビー玉、見たことのない金銀財宝のように玉のように美しいと思ったのだ。善子の髪を。
炭治郎がぼんやりと善子の髪に見惚れていると、善子の白い指が肩に流れていた反対側の髪も編み上げていく。きっちりと結ばれた髪がぱさりと後ろに流されて、そこでようやく善子が振り返った。
「おはよ、炭治郎。さっきからそこで何してんの?」
「あ、いや。おはよう善子。顔を洗いに行こうかなと思ったんだが、善子がいたから・・・・・・こう、ぼんやりしてしまった」
炭治郎はしどろもどろにそう言った。善子の髪が綺麗だったから見惚れていたなんて言うのはなぜか気恥ずかしくて、嘘にならない程度の当たり障りないことを口にする。善子はそれ以上、追求することもなく立ち上がると「そうなの?ふうん?まあいいや。朝餉楽しみだね」と言って部屋へと戻っていった。
炭治郎は善子の背中で揺れる三つ編みを見ながら、ドキドキと高鳴る気持ちにひとつ息を溢した。
****
新しい手拭いを求めて入った小間物屋で、善子が見つめるその先。色とりどりの簪たちの存在に気づいた時、炭治郎は自然と贈りたいなと思った。それは家族以外では初めてのことで炭治郎はそこに深くも考えずに善子に言った。
「簪、欲しいのか?」
欲しいと言ったなら買おう。買ってあげよう。きっと善子なら大切に使ってくれる筈だ。自分が贈った簪が善子の金の髪に差し込まれるなんてとっても凄いことだと炭治郎は期待をしながら善子の言葉を待った。だが、善子は炭治郎の期待した言葉を返さない。
「いや、別に?禰豆子ちゃんに似合いそうだなぁと思って見てただけ」
さらりと言われた言葉に炭治郎は肩透かしを喰らったような気持ちになる。善子に贈り物をできる折角の機会だと思ったのにと残念な気持ちになるが、炭治郎はほんの少しだけ感じた善子の嘘の匂いに眉を顰めた。
「嘘の匂いがするぞ。欲しいなら欲しいと言えばいい」
炭治郎の言葉に善子はびっくりした顔をしたが、すぐに「ああ?・・・・・・」と困った顔で?を掻いた。
「まあ、欲しいって言ったら欲しいけど・・・・・・やっぱいらないかなぁ」
「なぜだ?金のことを気にしてるなら・・・・・・その、俺が買って贈ろうか?善子にはいつも禰豆子のことで世話になっているし・・・・・・。俺はあまり金を使わないから、こうして何かを買って贈るのも楽しそうだ」
素直に善子に贈り物をしたいのだというのはやはり気恥ずかしく、炭治郎は少々男らしくないが禰豆子を引き合いにだした。しかし善子は両手を振って「も、貰えないよお!禰豆子ちゃんは私がしたいからしてるだけだしさ!」と拒否してくる。それに少しむっとして、炭治郎がもう一押ししようとしたとき、善子は「それに・・・・・・」と言葉を続けた。
「簪はね、黒髪に一等似合うんだよ。黒髪に似合うようにずっと昔から職人さん達が試行錯誤して作り上げたもんだもん。俺の髪にはとんと似合わんのよ。だから、欲しいけどいらない」
寂しそうな匂いをさせて言う善子に炭治郎は「そうか・・・・・・」としか言えなかった。善子の手を引いて、簪が並ぶ小間物屋を後にする。炭治郎は心の中で追求するんじゃなかったと後悔していた。善子は深く考えて悲しい気持ちにならないように、いらない、と答えたのにそれを暴いて傷つけてしまったと炭治郎は自分を責めた。
こんなつもりじゃなかった。善子に喜んで欲しかっただけなのにと失敗したと悶々と考えてる炭治郎を手が繋がったままの善子がくいくいっと引っ張ったので立ち止まる。
「ねえ、折角だからお団子食べたいな」
ふふふっと笑って言う善子に炭治郎はぎゅうっと心臓が痛くなる。善子を無意味に傷つけたと落ち込む自分に、それを帳消しにする機会を善子は与えてくれたのだろうと炭治郎は理解した。善子はやっぱり優しい。
「いいぞ。今日は俺が奢るよ」
「えっ!いいの?本当に、ひひひっやったね!」
そう言って笑って駆けていく善子の髪がひらひらと踊っている。あんなに美しいのにと炭治郎はやはり言えない言葉を飲み込んだ。
****
幾らでも機会があったのに、いつかいつかと先延ばしていた己は本当に判断が遅い。炭治郎はすっかりと短くなり、そして今日もまた伸ばされることのない善子の髪を見て炭治郎は苦しい気持ちになった。
「善子!?その髪はどうしたんだ!?」
「うっうっうっ・・・・・・うあああん!聞いてくれよぉ炭治郎おおおおおお!」
蝶屋敷で鍛錬をしていた炭治郎はアオイとカナヲと街に遊びに行った善子の三つ編みが片側だけバッサリと切れて短くなっているのに驚いて木刀を放り出して駆け寄った。
善子は蝶屋敷の門を潜った時は困った顔でキョトキョトしていたが、炭治郎を見た瞬間にぶわりと涙をこぼして泣き出した。震える体とこぼれ落ちる涙、そして悲しみと恐怖の匂いに炭治郎は身が引きちぎれるような気持ちになる。
善子を挟むようにしているカナヲとアオイはまさしく憤慨していた。アオイの怒った顔は見たことが幾度もあるが、カナヲから発せられる怒りの圧がすごい。しかしそんなことよりと炭治郎は善子であった。縋り付いて泣く善子の背に腕を回し、よしよしと撫でてやる。視界に映る髪は本当に短く切られていた。
「何があったんだ!?」
「どこぞの馬鹿な男が善子の髪を引っ掴んで小刀で切り落としたのよ」
静かにしかし言葉にはっきりと怒りを滲ませてカナヲが言った。その後、アオイが話してくれた内容としてはこうだった。
3人が街に繰り出して、小間物屋や甘味処を巡って楽しんでいると往来の向こうから尊皇攘夷と喚きながら酔っ払いが来たらしい。関わり合いになるのは勘弁と、往来を行く人たちが避ける中、善子たちもそうしようと道の端に移動したのだがキラキラ光る善子の髪に「異人がいるぞ!!」と漢は騒ぎ立てたらしい。
カナヲと善子は任務が入る可能性も考慮して帯刀している。注目は浴びたくないと足早にその場を去ろうとしたが、長く編まれた善子の三つ編みがその男の手に捕まり、「異人はこの国から出て行け!!」と小刀でバッサリと切り落とされたとのことだった。
「はあ?なんだって?その悪漢はいまどこに居るんだ?」
「顔怖っ!!炭治郎落ち着け!!怪我はないんだよ!!」
「髪も身体の一部だろう!!そいつを成敗してくる!!」
暴れる炭治郎を善子とアオイでなんとか宥めた。カナヲは銅貨を投げて、そして沈黙したので炭治郎を止めないことにしたのだろう。止めて、と善子は思うがカナヲはどこ吹く風だ。まだ怒りの圧が取れない。
そもそもその男は既にカナヲによって両肩を脱臼させられて路上に放置されている。そのことを炭治郎に伝えても炭治郎はなかなか止まらなかった。結局はアオイの「今、一番傷ついてるのは善子さんですよ!!炭治郎さんが困らせないで!!」という言葉にようやく炭治郎は止まった。炭治郎は悔しくて悔しくて堪らなかった。
それから数ヶ月。短く揃えられた善子の髪は一向に伸びない。毎月毎月、アオイが短く切り揃えているようでまるで男のようであった。善逸の羽織が男物なこともあり、隊服がスカートでなければ本当に男のように見えた。
「・・・・・・善逸はもう髪を伸ばさないのか?」
「え?ああ、それがさぁ。短いと楽なんだよね?!洗うのも楽だし、乾かすのも楽でさぁ!こっちの方が過ごしやすいのイヒヒッ」
そう言って口元を手で覆って笑う善子に炭治郎は無理くり笑って「そうか」と言った。間違いなく引きつっていただろうが、善子は何も言わない。見て見ぬふりをしてくれる。
炭治郎は分かっている。知っている。善子からほんの少しだけ香る悲しみの匂いに。朝、髪を梳かしている時に震える手も。禰豆子の髪を見て羨ましそうにすることも。けれど男に引っ掴まれて髪を切られたことが恐怖として染み付いているのか伸ばすことができないことも、ちゃんと炭治郎は分かっている。なのにどうしても聞いてしまうのだ。「また髪を伸ばさないのか」と。
髪をもっと褒めれば良かった。美しいと言って、簪だって似合わないと気にするなら、俺の前でだけ着けてくれと贈ってやれば良かったのだ。そうして善子の髪の価値を素晴らしさをもっと善子の中に残せていたら、善子は、善子の髪は・・・・・・。
「・・・・・・よしっ」
「ん?どうしたの炭治郎」
炭治郎は立ち上がると善子の手を引いた。そして伊之助に禰豆子を頼むと伝えると、そのまま善子の手を引いて蝶屋敷の外へと駆け出していく。善子は「ちょい待ち!どこ行くの!?」と言っているが炭治郎は答えない。
炭治郎はもっともっとと過去ばかり後悔していたが、そんなことをしても何もならない。未来を変えるのは今の行動だけだ。今度こそ、判断を間違えないと炭治郎はむっと口を引きむすんで走り続けた。今、口を開けばまた間違えた言葉を言うかもしれない。だからこそ、ここぞと言う時まで何も言わないと決めた。
炭治郎が善子を連れて訪れたのは花畑であった。ここはよく善子が夜に禰豆子を連れてくるところだ。炭治郎はそこに踏み込むと善子の手を離して綺麗に咲いている蓮華草を選んでは次々と摘み取っていく。
「禰豆子ちゃんに持ってくの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「無視かよおい!おーい!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ったく」
善子もせっかく来たからなのか、炭治郎と同じように花を摘み取っていく。迷いなく摘み取っていく善逸と探し慣れない炭治郎では善逸の方が摘み終わるのは早かった。そして善子はこれまた手慣れた手つきで花冠を作っていく。
炭治郎もようやく摘み終わり、善子の前に座るとチラチラと善子の手つきを見習いながら花冠を編み上げていく。
「炭治郎が花冠とか珍しいね」
「・・・・・・・・・・・・」
「まだだんまりなのかよー。もう、なんなのお?」
そう言いながらも鼻歌を歌い善子はあっという間に花冠を作り上げた。嬉しそうに笑いながら「禰豆子ちゃんにお土産!あ、でも炭治郎の花冠の方が嬉しいかな?伊之助にあげようかな」とかなんとか言ってるがこれも炭治郎は返事をしなかった。したかったけれどしなかった。
そうして善逸が2個目の花冠を完成させる手前くらいで、ようやく炭治郎の作った不格好な花冠が出来上がる。あんなにも綺麗な花を選んだのに炭治郎の手で編まれた故にあちこちがくたってしまっている。
「あ、できた?あらまあ、少し不格好だけど・・・・・・うん。禰豆子ちゃんきっと喜ぶよ」
ふふっと笑う善子に炭治郎はぐっと胸が熱くなる。そうして湧き出てくる言葉と共に花冠を善子の頭へと乗せた。
「これは、善子にあげたくて作ったものだ。簪は似合わなくても、花冠は善子の髪が一等似合う。外国のお姫様みたいだ。善子は禰豆子をお姫様と言うが、俺のお姫様は善子だよ。お前の髪は日本で一番、俺の生涯で絶対に一番美しい髪だ。長く編まれた、光を受けて輝く善子の髪に俺はいつも見惚れていた。お前の髪がとても好きだよ。一等好きなのは髪だけじゃなく・・・・・・善子もだけど」
最後が少し尻すぼみになったが、ずっと言いたかったことが言えた。炭治郎は胸の中で淀んでいた言葉たちをようやく吐き出せて満足する。そして目の前で?をこれでもかと真っ赤にして震える善子から香る甘い匂いもまた、炭治郎を満たしてくれた。


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