善逸と付き合っていて、善逸に嫉妬してほしいと駄々こねる長男の話。
約11000字/全年齢/原作軸
「好きだ善逸!!俺と恋仲になってほしい!!」
「・・・・・・本当に俺でいいの?俺、絶対に面倒くさい奴だよ?」
「お前がいいんだ!お前以外に考えられない!!」
「いや〜でもさぁ〜」
「善逸!!いい加減に観念してくれ!!」
そんなやり取りを10回以上繰り返して、竈門炭治郎が付き合う前から面倒くさい我妻善逸と恋仲になった時に周りは「なんで本当に我妻善逸がいいんだろう??」と思いはしたものの10回以上躱されてもの諦めずに本懐を遂げた炭治郎を皆んな祝福してくれた。
「おめでとうございます!善逸さんは相当面倒くさそうな人ですが、頑張ってくださいね!」とか「炭治郎さんは人気者ですから、善逸さんからの嫉妬が凄そうですね」とか「さらに竈門におんぶに抱っこになりそうだな」とかいうようなことを、炭治郎はそれこそたくさん言われた。
周りの反応に善逸は「皆んな俺にあたり強くない!?」と騒いでいたが皆んな無視していた。炭治郎は酷い酷いと喚く善逸の頭をよしよしと撫でた。
確かに善逸は怖い怖いとよく喚いてはしがみ付いてくる。炭治郎は今までは友達だったから気にしてなかったが、恋人同士が往来で抱きつき合うのは公序良俗によくないから気をつけるべきかなぁなんて、付き合いはじめのその時は気楽に考えていた。
だがしかし、蓋を開けて見れば酷い有様だった。炭治郎は善逸からの数々の仕打ちにこれは幾ら何でも我慢ならないと拳を震わせるがとうの恋人は素知らぬ顔だ。けれどいくら炭治郎が長男だとしても我慢の限界というものはある。
炭治郎は蝶屋敷の庭先で洗濯物を干すアオイの手伝いをかって出て、大物シーツを干している善逸の元へつかつかと歩いていく。すると当然のように善逸が炭治郎の音に気が付き振り返った。そして炭治郎が放つ音の物騒さに驚いて目を大きく開く。善逸の視線の移動に気が付きアオイも振り返るが炭治郎にはもはや善逸しか見えていなかった。
炭治郎は片手に持った封筒が皺になるのも忘れて善逸の前に立つとすうっと息を鼻から吸って大きく声を出した。
「なんでだ!!!」
「でかい!声が!!」
「なんでなんだ善逸!!!」
「耳が!!耳が死ぬ!びっくりするだろ!なんだよいきなり!」
「なんだはこっちの台詞だ!!これ!これはなんだ善逸!!」
炭治郎はずいっと片手に持っていた封筒を差し出した。善逸は片耳を押さえながらもポカンとした顔で炭治郎の手にある封筒をみる。そしてこてりと首を傾げた。
「それってあれか?俺が朝に炭治郎に渡したやつ?」
「そうだ!!」
「俺の行きつけの団子屋さんの看板娘さんから託されたお前への恋文?」
「なんでだ!!?」
「何がだよ!?」
炭治郎と会話ができないと善逸はオロロンと泣くが炭治郎はブルブルと震えて怒っている。そんな2人を胡乱な目でアオイは見るが、関わり合いになりたくないと善逸の手から洗濯物を引っこ抜く。
「俺は!お前からの恋文かと思ったんだ!けど全然知らない人からだった!!」
「なんで俺からだと思ったのよ!?今まで散々お前に手紙を渡してきたけど仲介以外のってあった!?俺からの手紙がひとつでもあった!?」
「なかったから今度こそと毎回期待しているんだろうが!!そもそも何で善逸が手紙の仲介なんてするんだ!!お前は俺の恋人だろう!?他人からの恋人宛の恋文をニヤニヤしながら持ってくるんじゃない!!」
「ニヤニヤはしてなかっただろ!?」
善逸の否定に炭治郎は首を振る。確かにニヤニヤはしてなかったかもしれないが、善逸は嬉しそうな匂いをさせながら炭治郎に寄ってくる。そして「手紙だぞ」と言って笑って渡して去っていく。それに毎回毎回、善逸からかと期待する俺の気持ちになってほしいと炭治郎は強く思う。
しかし善逸はさっぱり分からないというような顔で首を傾げるので炭治郎もさっぱり分からない。どうして善逸は平然と他のひとの恋の仲介をするのか。
例えば炭治郎が善逸の立場だとして、善逸への恋文を渡してくれと仲介を頼まれたとしたら到底引き受けられない。なぜ自分の恋人への秋波を容認できるというのか。相手が男であれ女であれ、炭治郎は善逸は己の恋人だからとてもじゃないが引き受けられないと宣言するだろう。
しかし善逸は気にせず手紙を伝書鳩のように運んでくる。男からの手紙は流石にもらったことはないが、恋人になって5ヶ月、女性からの手紙ならばこれで3通目だ。何故だ。何故なんだと炭治郎は善逸の行動を不可思議に思うのだ。
「頼まれたんだから渡すのは普通だろ?そもそも今までだってずっとそうしてきたじゃん。」
「そ、それはまだ恋仲になる前の話だろう!?」
「前も後も変わらんよ。手紙渡すくらい大した労力でもないし。それなのに断るなんて意地悪じゃねえか。あと女の子から恋文貰って怒るって何様だ!!モテない男たちからしたら敵だぞ敵!!」
心底分からないという善逸が炭治郎にはわからない。しかし善逸は間違いなく善意で手紙を届けているのは間違いない。それどころか女性からの手紙が羨ましいとさえ言う善逸に炭治郎はなんでなんだと焼きもきする。
「善逸はもっと俺の気持ちを考えるべきだ!!」
「はあああああ!?お前こそ手紙のひとつも貰えない俺の気持ちを考えてますかああああ!?俺だって女の子から恋文のひとつでも貰ってみたいもんだよ!」
「いい加減にしてください!!お二人とも煩いですよ!!」
アオイにびしりと言われた2人は、慌てて頭を下げた。そして2人揃って洗濯物を手早く物干し竿に干していく。アオイはギラギラとした目で作業をする2人を睨みつけて余計なやり取りをしないかどうかを厳しく監視した。
そうして洗濯物が全てなくなれば、面倒ごとはごめんだと言わんばかりに善逸はまるで雷鳴が光るような刹那でその場から消えてしまう。炭治郎の目の端に映ったのはまさしく雷光のような金糸の流れだけ。逃げられてしまったと肩を落とす炭治郎にアオイは呆れたように息を吐いた。
「恋文を貰った側が不満を感じて、運ぶ側はなんとも思わないなんておかしな話ですね」
「そうだろう!?アオイさんもそう思うだろう!?」
「しかし、私は善逸さんくらい何でもないというように軽く構えないと炭治郎さんの恋人なんてやってられないとも思いますよ」
「え?」
どういう意味か、言っている意味が分からないという炭治郎にアオイはぎっとほんの少しだけ眼光を鋭くする。炭治郎はアオイから憤りの匂いをちょっぴり感じてたじろぐ。騒ぎはしてしまったが、なにか気に障ることを言っただろうか。
「いい人でも、自分の行いの自覚がないのは考えものですね。善逸さんに同情します」
アオイはそれだけ言うと空っぽの洗濯カゴを持って行ってしまった。炭治郎はすっかりクシャクシャになってしまった手紙のシワを伸ばすと、「断りの返事を書かなければ・・・・・・」とトボトボと間借りしている部屋に向かった。
****
「・・・・・・というわけで、アオイさんを怒らせてしまった・・・・・・」
「ふうん。そうだったの」
炭治郎は手紙を認めながらも、「アオイがなんだか炭治郎に怒ってるんだけど」と探りどころか直球で確認しにきたカナヲにことの次第を説明した。勿論、善逸とのくだりに関しても包み隠さず伝えた。
カナヲは文机に向かう炭治郎の横でほうじ茶を飲みながら、自分で持ってきたお煎餅に手を伸ばしてそれを一口だいに割る。
「なるほど。・・・・・・アオイは真面目で潔癖なところがあるから。きっも炭治郎の不誠実な態度に憤ったのね」
そう言ったカナヲは口にお煎餅も入れた。ボリボリという音を聞きながら、文を書きつけていた炭治郎はびっくりした顔でカナヲを見る。いま到底納得できないことを言われた気がするが、気のせいだろうか?いや、気のせいではない。善逸ほど耳は良くないがはっきり聞こえたと炭治郎はパチパチと瞬きをしてカナヲを見る。
「カナヲ・・・・・・俺って不誠実なのか?」
「え?ああ、炭治郎は自覚ないだろうけど・・・・・・。善逸からしたら不誠実な男じゃないかしら?」
「なんだって!?ど、どこがだ!?」
「恋文を貰ってしまうようなことをあちこちでしてるんでしょ?恋人がいるのに他の人に勘違いや期待を持たせるほど優しくするのはどうなの?不誠実じゃないかしら?」
ピシャーンと落雷に当たったかのような衝撃だった。炭治郎は断じて下心を持って人に優しくしたことはない。いや唯一、善逸だけは下心をもってしまうがそれは好きであるからだ。善逸からの好意を期待してしまうのは仕方がないだろう。
「俺は人に親切にしてるだけのつもりなんだが・・・・・・ふ、不誠実なのか!?」
「・・・・・・ううん。以前までの炭治郎は恋人がいなかったから誰に優しくしたとしても良かったけど、今は善逸という恋人がいるでしょう?なのに今までと変わらず、誰彼優しくしてるのはどうなのかしら。だって善逸はちゃんと態度を変えたじゃない」
カナヲの言葉に炭治郎は「ん?」と思う。善逸が態度を変えたというのに首を傾げる。炭治郎のその様子にカナヲは気がついていなかったのかとほんの少しばかり目を細めて冷たい目線を向ける。
「善逸、私やアオイと話す時に前より一歩後ろに下がってするようになったのよ。なほ達にしてあげてた高い高いだってしなくなったし、それに禰豆子に花を贈るのも必ず炭治郎に聞いてからになったでしょう?勿論、道ゆく人に求婚することもなくなったわね?それはやっぱり炭治郎を慮ってってことでしょう?なのに炭治郎は?他の人達との距離感はちゃんと考えて変えたの?」
カナヲの言い分、炭治郎は二の句が告げない。そしてカナヲの目線はじとりと恋文の返事に向かい、「わざわざ返事をするのね」なんて言葉が聞こえるようだった。
「2人が付き合い始めた時は炭治郎が苦労しそうと思ったけど、蓋を開けたら苦労してるのは善逸ね。無自覚にあちらこちらで好意を振りまく男なんて、恋人からしたら疲れてしまうわ。文句も言わずに振る舞いを容認してるのに、嫉妬してほしいとか我儘じゃないかしら」
カナヲは煎餅の器を取り上げるて「じゃあ、あんまりアオイを心配させないで」と言うと項垂れる炭治郎を置いて部屋を出て行ってしまった。
炭治郎はひとりきりになった部屋で、じっと手紙を見下ろしている。書きつけられている文面は相手がなるべく不快に思わないようにと気遣いながら言葉を書き綴っているがこれも余計なのだろうか。
例えば考えてみよう。これが善逸にきた恋文だったらどうなのか。善逸に渡してほしいと顔を赤らめる少女から恋文を・・・・・・。
「ダメだ。まず、俺は受け取ることからして無理だ!!」
炭治郎は頭を振ると想像を変えようと頷く。手紙の仲介は無理だから直接善逸の手に渡ったとしよう。それを読んで丁寧に返事を書く善逸。優しい言葉で断る善逸。
「・・・・・・ダメだ。手紙なんてそもそも書いて欲しくないぞ・・・・・・!断るなら形に残る物じゃなくて直接断ってきてほしい・・・・・・!!」
そして俺もそれについて行くんだ。俺が恋人なのだと主張するために。そこまで炭治郎は思ってみたが、これは所詮は炭治郎の想像で炭治郎だったならばということでしかない。現に善逸は気にした匂いもさせずに手紙を仲介してくるし、アオイやカナヲが眉を顰めるような優しさの振り撒きも善逸は気にした様子はない。
「・・・・・・だが、本当は善逸も気にしているのだろうか?」
「え?俺がなに?」
聞こえた声に顔を上げれば、お盆を持った善逸が部屋に入ってきたところだった。善逸はすっと畳の上にお盆を置くと「お茶とお菓子もらってきた」と言う。お盆にはお茶が2つとカナヲが食べていた煎餅がある。
「なに?書き物してんの?あ、恋文の返事か」
「あ、ああ。そうだ。俺には善逸がいるからな。しっかりと断らなければならない」
「ふうん。ところで手紙に俺の名前書くなよ?手紙を頼んだ相手が恋人だったとか可哀想だからね?ちゃんと伏せてね?」
パリパリと煎餅を食べながらあっけらかんと言う善逸に炭治郎はムッと顔を顰めた。ちゃんと伏せてくれとはどういうことなのか。炭治郎はもし善逸に秋波が送られたら「善逸の恋人は俺です!!」と宣言してやりたいのに。
(善逸はそう思わないのだろうか?俺が誰かに盗られてしまうとか不安に感じたりしないのか?)
付き合い当初は炭治郎は周りによく言われたものだ。お前は顔が広いし人望を集めやすいから恋人が不安になって嫉妬が凄いだろうなと。村田を始め、宇髄やしのぶ、蝶屋敷の三人娘、後藤にも揃って同じようなことを言われた。
炭治郎は自分が特別に人望があるとも思っていないが、善逸が不安になるのは嫌だ。だからちゃんと善逸が不安にならないように嫉妬をするなら「善逸が一等好きだ」と気持ちを伝えながら交際をしていこうとそう思っていた。
だが実際にはどうだ。善逸は炭治郎がどれだけ秋波を送られようが、告白をされようが気にしない。なんでもないような顔をしているし、実際になんでもないのだろう。周りには強がっているように見えるのかもしれないが、そうだったらどれだけ良かったか。
炭治郎の鼻には善逸が本当になんの不安も覚えていないことが分かるのだ。そのことに炭治郎は「俺にそんなに興味ないのか!?」と問いただしたいし、実際にする。
「・・・・・・善逸は俺に興味がないのか?」
「え?なに?」
「だから!善逸は俺に興味がないのかって聞いてるんだ!!」
ドでかい声で叫ぶ炭治郎に善逸はびっくりしたし、静かにしろと口元に指を当てた。何しろ先程アオイに怒られたばかりなので騒いで再び怒られたくない。炭治郎もしぶしぶと声を落とすともう一度、「・・・・・・俺に興味がないのか?」と三度目の問いかけをした。
「いや、興味はありますよ??だって恋人じゃん?」
「嘘だ!!」
「嘘じゃねーよ!!え!?俺たち恋人じゃないの!?」
「恋人だ!恋人に決まってるだろ!!」
「良かった!今までの日々が俺の妄想かと思ったわ!」
「そんなわけないだろう!妄想だったら俺が困る!!」
炭治郎はそう言うとひしっと善逸に抱きついた。善逸は急に抱きしめられたのに恥じらう匂いをさせつつも嬉しそうにゆっくりと炭治郎の背に腕を回す。2人でお互いの肩に頭を寄せ合って抱きしめ合うとトクトクと鼓動が合わさって一つの生き物になったようだ。
炭治郎はハァ、と満足げな息を吐く。こうして善逸と引っ付いている時は不満も不安も感じないのに。善逸から好きと言う匂いがして心配に思うことなど全てなくなるのにと思う。
「で?炭治郎は何を情緒不安定になってたの?」
「・・・・・・情緒不安定・・・・・・」
「だってそうだろう。お前、割とここ最近変だぞ?」
いつも奇行に走っていた善逸に変と言われるのは少々不服だが、確かに自分というものが乱れていると炭治郎も思ってはいたので素直に頷いた。そして善逸から名残惜しいが離れると、膝を突き合わせて手を握りあった状態で善逸を見つめる。
善逸はほぼ身長が変わらないのにいつも少し身を屈めて炭治郎を見上げてくる。この仕草が意図的ではないのだからとんでもないことだと炭治郎はいつも思うけど、指摘して直された困るので何も言わずに可愛らしいと心の中で唱えるだけだ。
「・・・・・・善逸は俺が誰かに恋文もらっても気にならないのか?」
「恋文?」
「そうだ。俺は善逸が誰かから恋文を貰うとか秋波を送られるとか考えただけで身体中を掻き毟りたくなるくらい嫌だ。・・・・・・善逸は俺がいくら他人に秋波を送られても気にならないのか?」
炭治郎の問いかけに善逸は困ったように視線を巡らせるが、じぃっと見つめる炭治郎に諦めたようにポツリと言葉をこぼす。炭治郎には嘘は通じない。
「・・・・・・全く思うところがないわけじゃないけど・・・・・・まあ、気にならないかな」
その言葉に炭治郎はほんの少しだけ期待した目で善逸を見る。全く思うところがないわけではない。つまりは少しは思うところがまだあるのだと炭治郎はじんっと胸が痺れる。
「俺が秋波を送られたり、言い寄られるのは嫌か?」
「好きか嫌いかの二択なら嫌いかな」
「俺が恋文貰うのは?嫌か?」
「うーん・・・・・・うーん・・・・・・?」
「俺が善逸以外と茶屋に行くのは?」
「それは相手によるかな。でも俺がいるのに他の人と行くのは嫌・・・・・・かも」
「・・・・・・じゃあ・・・・・・俺が、善逸以外に優しくするのは?誰彼構わず、親切に振る舞うのは?嫌か?」
炭治郎の言葉に善逸はパチリと瞬いた。そして胡乱げな目をするのに、炭治郎は肩が小さくなっていく。
「実はアオイさんやカナヲに言われたんだ。恋仲になって善逸は俺に配慮して振る舞いが変わったのに、俺は何にも変わらないんだなって。誰彼構わずに親切にして、気があるのかと勘違いを生む行動をするのはどうなんだって。恋文を貰うような行動をするのはどうなんだって。・・・・・・そんなようなことを言われた。・・・・・・俺は恋人がいるのに不誠実な男なんだろうか。周りにいい顔しようとしてるのだろうか。・・・・・・善逸はこんな俺をどう思う?嫌じゃないか?」
「えっ。なんとも思わない」
あっさりと返された言葉に炭治郎はギッと歯を食いしばってみせた。自分で不安そうに聞いておきながら不満げに見せる炭治郎には善逸は「なんなのよもう!!」とぷんすこ怒る。
「・・・・・・すまない。すんなり認められるのも不思議なことに腹が立つんだ」
「炭治郎、お前・・・・・・思いの外、面倒くさい奴だね・・・・・・」
「どうやら俺は・・・・・・善逸に嫉妬してほしいと思ってるんだ・・・・・・」
「いや分かるよ。お前がそう思ってんのは分かるけど・・・・・・嫉妬、嫉妬かー。難しいな」
炭治郎のご希望ならば叶えてあげたいと思う善逸ではあるが、嫉妬しろと言われても中々それは難しい。しろと言われてすぐにできるものでもなかろうに。
「なんで難しいんだ?」
「いやいや。心にもないことできないだろう」
「心にもない・・・・・・」
「しょげるなよ!・・・・・・だってさあ、嫉妬する必要ないじゃん」
そう言う善逸に炭治郎は首を傾げる。善逸は呆れたような顔をしながらも顔を赤らめて炭治郎を上目で見上げる。潤んだその瞳に炭治郎はごくりと喉を鳴らす。すると善逸は「ほらあ〜それだよそれ!!」と指を差して言った。
「どれだ?」
「顔!音!雰囲気!!むしろ全身!!お前全身で俺のこと好きーって言ってくるんだよ!いつもいつも!!こんなの見てたら不安に思う暇なんかないでしょ!?贅沢すぎるでしょ!?」
善逸の言葉に炭治郎はペタペタと顔を触った。そんなに出ているだろうかと考えてみるが自分のことなど分からない。
「・・・・・・俺はお前のこと信じてるのよ。だからお前がいくら恋文もらおうが、誰かを勘違いさせるくらい優しくしようが別に構わんよ。・・・・・・それにお前が息をするように人に親切なのは、むしろ竈門炭治郎としての生き様のようなもんじゃん。・・・・・・俺やだよ。俺の為にお前が生き方変えるのなんて。俺の為になんて気にしないで、やりたいようにやれよ。そんなお前が好きなんだからさあ」
初めて聞く善逸の心のうちに炭治郎はようやくホッと息をついた。なるほど、善逸はだから気にしないのかと納得ができた。・・・・・・焼き餅をやきな善逸が見れないのは少しばかり寂しいが不安にならないほど信じていると言われたら思うところなどもうない。
「・・・・・・そうか。俺に興味がないからじゃないんだな。信じてくれているからなんだな」
「うんそうよ」
「じゃあ、想像でも嫉妬する俺は善逸の気持ちを信じていないことになるんだろうか・・・・・・」
「ええ?今度はそっちにいくの?そんなわけないだろう?お前のことだから俺が言うのも変だけど、お前はちゃんと俺のこと信じてるって!え?信じてるよね?さすがに違ったら泣くわ!そもそも!嫉妬するとかしないとかは人の気質にもよるでしょう!!」
「・・・・・・じゃあ嫉妬する俺は器が小さいのか・・・・・・」
確かに善逸限定で器が小さいかもしれないと炭治郎はしょげた。その様子に善逸は「うーあー!」と頭を掻き毟って胡座をかいた膝をバダバタと揺らす。
「器とかまあ!確かにあるかもしれないけど普通でしょ!?好きな人にちょっかい出されるのは一般的には嫌なわけよ!」
「じゃあ善逸はなんで気にならないんだ!!」
「お前が過剰なほどに俺を好きだってダダ漏れだからだよ!!」
ふーふーと息を切らす善逸に炭治郎は「落ち着け。お茶を飲むんだ」とお盆を進めた。善逸は「誰のせいだよ!」と言いつつも湯呑みを傾けて喉を湿らせる。
「・・・・・・つまり、俺ももっと善逸からの好きって気持ちを感じられれば余裕が出るってことだな。じゃあ善逸!俺のことをもっと日頃から全力で好きだって表現してくれ!!」
「なんでだよ!ちゃんと好きだよ!表現してるでしょ!」
「いや!足りない!足りないと思ってるから嫉妬してほしいとか考えてしまうんだ!!もっと前みたいに往来で抱きついてきたり手を繋いできたりしてほしい!!」
むんっと胸を張ってそう言った炭治郎はストンと合点がいった気がした。そうだ。前よりも平素の触れ合いが減ったのだ。恋仲になる前、善逸は炭治郎によくじゃれつき、手に触れ、おんぶをせがんだりしたものだ。しかし恋仲になってからはほんの少しだけ距離があく。
それは意識してようやく気がつくことであった。なぜなら2人きりであれば善逸は以前と変わらなかったから。しかし人の目がある時は僅かに距離を置く。それが不安を助長させているのだと炭治郎は思い至った。
「ええ・・・・・・嫌だよ。恋仲の奴らが往来で抱きつくとか破廉恥だろ。なほちゃん達の教育にも悪いし。節度を持てってしのぶさんにも言われただろ?」
「・・・・・・蝶屋敷の外ならいいんじゃないか?道ゆく人に俺たちが恋仲って分からないだろ?」
「いやダメだろ!!確かに分かんないかもしれないけどさあ!知られてないならやってもいいとか違うだろ!!正道じゃないだろそれ!!」
善逸は棚から饅頭を勝手に取るなどするくせに、こういうところはきっちりしてるんだなぁと炭治郎は思う。「俺よりも四角四面なんじゃないか?」と思うけれど、善逸の言わんことが分からないわけではない。
恋人として他者に対しての当然の配慮をということだろう。知られていなくても、己達とお天道様は知っているのだ。確かに正道ではない。
「でもそれじゃあ俺は満足できないぞ。もっと最大限に善逸の好きを感じたい!」
「はあ〜?炭治郎、お前ふざけるのもいい加減しにしろよ!?俺の愛を足りないとかなんとか言ってるけど、俺が!自他共に認める女の子が好きな俺が!野郎の為に足開いて尻を捧げてんだぞ!?しかも奥の奥まで!!こんなことすんのは炭治郎だけだからな!!世界広しといえどもこんなこと許すのは竈門炭治郎ただひとりだからな!?嬉しそうに笑ってんじゃねぇ!!いや嬉しそうにしてくれていいんだけどね!?けどね!これで納得してくれないと俺はもうこれ以上はなにも出せんのよ!!」
ゼェハァと大声を出して息を吐く善逸に声がデカすぎて尻やら奥やら屋敷中に筒抜けなのではと炭治郎は僅かに心配になるが誰かやってくる気配はない。聞かれなかったのか、全てが終わってからお叱りがあるのかそれは分からないが、ひとまず炭治郎は善逸の気持ちはわかった。とにかく善逸は自分を好きで信じきっているから嫉妬しないし、自分が差し出せる限りで自分を好きと言ってくれている。
(でもそうなるとやっぱり自分の狭量さが気になってくるなぁ。善逸はたくさん気持ちをくれているのに、もっともっとと欲しくなる俺は欲張りだ。やはり善逸はすごい奴だ。何も知らずに、鬼だと分かっているのに禰豆子を庇ってくれるくらいの度量を持つだけはある。俺は長男なのに我慢できない。想像だけで我慢できないのだから実際に誰かが善逸に近寄ったらとんでもないことになる気がする・・・・・・)
むむっと眉を顰める炭治郎に善逸は息を吐いて肩から力を抜くと、座ったまま片手をつき、もう片手を伸ばして炭治郎の眉間に触れた。チョイっと指で炭治郎の眉間を伸ばし、皺よ取れろというように撫で回す。
炭治郎は幼子のように薄ら唇をあけて、じぃっと見つめてそうする善逸に笑った。そして腕を伸ばすと引き上げるようにして善逸を抱きしめる。善逸はくはっと笑うと嬉しそうな匂いをさせてギュウと手足を使って炭治郎にしがみつく。そして頭を炭治郎の肩にすりつけるとスッと真顔で顔を上げた。
「ところでさぁ。俺はお前宛の手紙、貰ってこない方がいいの?」
突然の言葉に炭治郎は「えっ」と思うが、善逸はちょいちょいと文机の上を指差した。そこには恋文への書きかけの返事がある。
「・・・・・・俺はお前が恋文もらってもいいけどさぁ。炭治郎が俺に渡されるのが嫌っていうなら・・・・・・まあ、考えなくもないよ。お前のこと傷つけたいわけじゃないし。俺が一等大事にするのはお前であるべきなんだし」
「・・・・・・しかし、差し出されたのをどうやって断るんだ?」
「んんっ・・・・・・。次にも任務があるってことにすればいいんじゃない?死ぬかもしれない相手に手紙の仲介なんて頼まないだろ」
こともなげに言う善逸に炭治郎はぐっと息を詰まらせる。つまりそれは善逸に嘘をつかせるということだ。嘘をつかせてまで受け取りを断らせるのもどうなのかと思うが・・・・・・。
(そもそも受け取って欲しくないわけではない。受け取っても善逸が何でもない様子なのが寂しいわけであり・・・・・・。しかし善逸は俺を信じてるから何とも思ってないわけで・・・・・・。ああ、どうするべきなんだ・・・・・・?)
うんうん唸る炭治郎に善逸はバレぬように口元を緩めると肩口にまた頭を置いた。自分の欲をとるか、それとも正道に重きをおくか。ギュイギュイと葛藤の音を立てる炭治郎が善逸はとても愛しいと思う。
間違ったことなど大嫌いで、公正明大で清廉潔白な竈門炭治郎がこうも葛藤するなど中々にないことだ。そしてそれを自分が引き起こせているのだと思うと善逸は「ああ、愛されてるなぁ」と感じるのだ。
善逸は恋文を寄越してくる女の子達に炭治郎を守るための嘘をつくことくらいなんでもない。それがいいことか悪いことかは知らないが、人を殺すよりは断然にいいことで、幼子にちょいとした夢のあるホラ話をするよりは悪いことであろう。
(どっちでもいいけど。ああー。それにしても優越感だわ)
善逸はぎゅうぎゅうと抱きしめ返しつつも唸り続ける炭治郎に笑みが止まらない。女の子からの恋文などなんのその。ちょっとした刺激になるだけだ。
(まあでも。炭治郎を困らせたいわけじゃないし。しばらくは受け取りは控えようかな。それと欲しいなら恋文くらい書いてやってもいい)
善逸は唸る炭治郎の頰に唇を落とした。途端にドッと心臓を高鳴らせるひとつばかり歳下の可愛い恋人に善逸はとても満足であった。


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