万年寝不足鬼狩り勤労学生あがつま。花田様のイラストから小説起こしました。ご本人様の了承済みです。善逸は前世の記憶あり。
約18000字/現パロ・鬼いる設定
act.1
今にも雪が降りそうな厚い雲を見上げて、善逸はハアと息を吐いた。息はすぐに白くなり善逸の視界を覆う。星ひとつどころか、月さえ見えない夜は不気味だ。こんな夜にはよくないものがでる。
善逸はブルリと身を奮わせると己の肩を抱いた。ぎゅうと力を入れると震えが少しだけ止まるが、気を抜くとまたすぐに歯がカチカチと鳴り始める。そもそもとして善逸は寒いのが苦手だ。今も昔とずーっと昔もそうだった。
「さみぃ〜〜〜!超極暖買ってなきゃぜってぇ死んでる・・・・・・。今すぐあったかいお布団でねなきゃ死ぬ・・・・・・」
昔に比べたら厚着をしなくても温かい服はあるが、やはり温い布団で眠りたい。今すぐ、直ちに眠りたいと善逸は切実に思う。しかしそれは出来ない。何しろ善逸の求める温い布団なんてどこにも存在しないからだ。
勘違いはやめてくれ。この世界に布団という概念がないわけではない。勿論、寝具はあるし、善逸が求める布団よりも安くて性能が良いものは沢山ある。何しろ洗濯機で洗えてしまうのだ。今の時代は素晴らしいと善逸は思っている。
だが善逸が今使っている布団には湯たんぽがない。これも勘違いしてほしくないが、湯たんぽもちゃんとこの世に存在している。だが、善逸が昔愛用していた湯たんぽがないのだ。善逸はあの湯たんぽでなければ、ぬくぬくと落ち着いて安眠できない。安くて薄っぺらい煎餅布団でもいい。どうか、どうか湯たんぽをくれ。あの愛用していた湯たんぽを。
しかし善逸の願いは虚しく湯たんぽはない。湯たんぽは善逸の手元にないし、なんだったらこの夜の空の下、きっと今頃明日の為にパンの仕込みをしていることだろう。
「あ〜〜さみいっ!」
善逸がズズッと鼻を啜ると、ふと視線を感じたので下に目線をやる。すると母親と手を繋いだ小さな女の子が善逸を見上げていた。母親の手にはピンク色のリュックがぶら下がっていて善逸は保育園の帰りかなと口元を緩める。
「かわいいなぁ。いいねぇ手ェつないで・・・手って繋いだら安心するもんね」
善逸も随分と昔、それを知った。いつか女の子にと思っていたけれど、その安心を与えたのはまさかの男で友人で、まあ、湯たんぽでもあったのだがと善逸は笑う。
ぎゅっと母親の手を握る女の子を見送って、善逸は抱えていた長袋を背中に背負う。そしてすくりと立ち上がると耳を澄ませた。そう遠くないところで現れた。そう思った瞬間にブルブルと端末が震えて、出現地の位置を教えてくれる。
「気をつけてお帰り。俺は頼りないけど守るからね」
そう言って善逸はドンっと蹴ると電柱の天辺から宙へと飛び出した。民家の屋根を軽く蹴飛ばして、端末のスピーカーをオンにすれば、耳につけたイヤホンからオペレーターの指示が飛ぶ。
《北西の方向に鬼が出現。十代の少年を追っています》
「鳴柱、了解」
善逸はぐんっとスピードを上げると北西の方向へと突き進む。他人の家の屋根を抜かない程度で蹴っているが、ドドドンっと雷鳴が町内に響きわたる。
正しく飛ぶように現場へと着いた善逸が見たのは、袋小路に追い詰められた少年の姿だった。その少年を追い込むように身体が醜く崩れかけた鬼が立っている。
「・・・・・・可哀想に。飲み過ぎたな」
善逸はひらりと少年と鬼の間に降り立った。目の前の鬼はどうやら鬼化して間もない奴のようだった。このタイプの鬼は薬をいっぺんに飲み過ぎた奴だ。鬼に変貌する変化に細胞が耐えきれず、腐敗と再生を繰り返し続ける。問題点としては理性がない為、手当たり次第、人を襲うことか。しかも食うという欲求すらうまく処理できないのか、襲うばかりで食いさえしない。
だが倒すのは簡単だ。血鬼術も使えないし、襲う以外の反射がないので小細工もしてこない。だが、普通の人からすれば化け物には違いない。善逸は手早く終わらせようと刀に手をかけ姿勢を前傾させた。
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」
言い終わる頃には鬼の首を飛ばし、納刀していた。宙へと浮いた鬼の首は落ちる間もなく風に乗って霧散していく。残った体も地面に崩れ落ちるとグジュグジュとヘドロのようになった。
善逸はその様子に眉間にシワを寄せた。昔の鬼は身体を残さず消えたけど、ヘドロのような液体として残るのは逆に悲しい気持ちになるなと溜息を噛み殺す。
平安の時代から人知れず存在した鬼ーー。鬼舞辻無惨によって生み出されるそれらは、大正の時代にて殲滅された。多大な犠牲を払って打ち倒された鬼舞辻無惨。始祖の鬼の消滅により、連鎖的に他の鬼も消滅したのだがーーいま、令和のこの時代にも鬼は存在している。
令和の世に鬼がいるのは、大正の世の鬼が死滅していなかった・・・・・・などではなく、人為的に鬼が生み出される世になったからであった。
《The almighty God》と呼ばれるドラッグがある。これはある時から流通するようになったドラッグで、服用すると筋力の増加、集中力の増加、性欲の増加、高揚感の増加、そして中毒性といういわゆる危険ドラッグの類だが・・・・・・このドラッグは一定期間服用すると身体変化を引き起こす。そしてその結果、人を喰う鬼と化すのだ。
最初の被害者はドラッグを服用したカップルであった。男の方が常飲者であったらしく、恋人との情事の際に性欲を高める為に使用していたらしいが・・・・・・長期間の服用の結果、身体変化を起こして男は恋人を食い殺したのだ。
結果、血みどろで繁華街にあるラブホテルの外に飛び出した男は警官たちに撃ち抜かれた。しかし鬼は首を落とさない限り死なない。現場は凄惨な結果となり、殉職する警官を多数だし、機動隊の投入で鬼を捕獲することに成功した。
その後、産屋敷という資産家により鬼の情報が政府へともたらされた。平安から大正にかけて存在していた鬼と今の時代に現れた鬼。捕縛された鬼は血を抜かれてあらゆる実験をされ、薬物による変化、そしてその薬物が鬼舞辻無惨の血から生成されていることが突き止められた。
誰かが鬼舞辻無惨の血を持っている。そしてそれを使い、鬼をこの世に再び出現させている。
この事態を受けて産屋敷は政府と密約を交わした。そして相互に協力をしながら鬼の殲滅に尽力している。その際に立ち上げられたのが《鬼殺隊》である。
鬼殺隊は大正の時代に鬼舞辻無惨を倒した組織であり、産屋敷の先祖がまとめ上げていた組織でもある。鬼殺隊は日輪刀を用いて鬼の首を斬る。特殊な呼吸法を使い、身体能力が優れた鬼と戦う剣士たち。・・・・・・我妻善逸もそんな剣士の一人であった。
「ふう。こちら鳴柱。鬼は討伐しました。速やかに少年の保護をお願いします」
善逸はマイクを通してオペレーターに報告をした。イヤホンからは『了解しました。現場に隠が向かっています』と返事がくる。善逸の仕事は鬼を狩ることで、被害者のフォローなどは剣士を支える隠の仕事だ。隠が来るのだから、剣士である善逸がこの場を去っても問題はないが・・・・・・流石に鬼に襲われていた可哀想な人を残していくなどそんな血も涙もないことは善逸にはできない。
善逸は日輪刀を袋にしまうと、くるりと振り返った。そして暗がりにいる少年を安心させようと「大丈夫だった?」と言おうとして固まった。
雲の切れ目から顔を出した月明かりで、暗がりいた少年の顔が映し出される。赤身がかった髪、剥き出しにされた額にある火傷の痕、そして意志の強い眼差しに、特徴的な旭模様のピアス。あまりにも見知った姿に善逸はひぐっと息を詰めた。
「・・・・・・我妻先輩・・・・・・」
茫然と呟く少年に善逸は絶望する。見られた、知られた。どうしよう。善逸はグルグルと思考を巡らせるがどうにもできない。一番知られたくない相手に知られてしまった。鬼狩りをしていることを知られてしまったと善逸は泣きたくなった。
「・・・・・・竈門君・・・・・・ごめんっ!!」
「あっ!我妻先輩!!」
善逸はドドンっと瞬時に場を離れた。イヤホンからは『あと三分で隠が現着します』とオペレーターの声が聞こえるから竈門君は大丈夫だと善逸は自分に言い聞かせる。しかし逃げても見られた事実はなくならない。どうにもならない。
「ひええ・・・・・・明日、どんな顔で会えばいいんだよおおおお!」
善逸は夜の町を走りながらヒンヒンと泣いた。何しろさっいの少年は善逸の通う学校の後輩で、そして・・・・・・目下、善逸を好きだと言って口説いて来ている相手なのだ。その名も竈門炭治郎という。
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act.2
「おはようございまーす」
「うん、おはよう〜。あーそこの君〜指定のリボンつけてね〜?」
「おはようございます!」
「おはよって待て待て!それは改造制服過ぎるだろ!」
今日も朝から服装チェックだと、善逸は昨夜の鬼狩りから数時間後に早くも校門に立ってせっせと生徒の風紀を守りために服装チェックに勤しんでいた。
これもそれもあれも女子人気はあるけど人望の薄い体育教師のせいだと善逸は心中で呪詛を吐く。体育教師に前世の記憶がないけれど、あまりに不器用に生きているのが生前の姿を知っている善逸としては心にきてちょっと優しく声を掛けたのだ。しかしまさかそれで風紀委員に無理やりねじ込んでくるとは思わなかった。しかも懐いたような音をさせながらも相手は問答無用に手が出るんだから恐ろしいと善逸は身震いをする。
「紋逸ー!猪突猛進!!」
「ぎゃあああ!?あっぶな!横から突っ込んでくるんじゃないよっ!!当たったら倒れるからっ!!」
「おい!んなことより権八郎は今日休みらしいぜ!」
「んえ?炭治郎が?」
こくりと頷く一学年下の嘴平伊之助は善逸とは違い前世である大正時代の記憶がない。けれど前世同様に善逸と炭治郎と伊之助の三人はよくよくつるむことが多かった。いや、それもこれも炭治郎と伊之助が服装違反をするから善逸は風紀委員として真面目に接していたのだが、何故か懐かれたのだ。ちなみにこちらは真っ当に懐いてきている。体育教師と比較してだが。
「ふうん。風邪とかかな?酷くないといいんだけど・・・・・・。ほら、伊之助も前閉めて教室行きな!炭治郎いないんならお前がノート取ってやるんだぞ?」
そう言って伊之助を送り出せば、伊之助は善逸を怪しんだ目で見ていた。相変わらず勘が鋭いなと思うが素知らぬ顔をして他の生徒に注意をすれば、伊之助は何も言わずに校内に入っていった。
炭治郎が休み・・・・・・ということに善逸はホッと息を吐く。炭治郎が休みなのには善逸は心当たりがあったからだ。昨夜の鬼狩りの任務で善逸は炭治郎にその姿をバッチリと見られていたが・・・・・・一般人が鬼の存在を知るのは危険な為、鬼の討伐に巻き込まれた場合は記憶を消去されるのだ。
(昨日は動転してて忘れてたけど、見られた時は記憶を曖昧にされんだよね。だから今日は炭治郎は薬の影響でぐっすりおねんねの筈・・・・・・。あー、本当に昨夜は焦ったわー)
善逸はホッと胸を撫で下ろし、予鈴が鳴ったので生徒名簿を教師である冨岡に渡すと校内に入った。これから六時間も授業をして、その後は委員会をし、夜は鬼狩りという過酷な毎日を善逸は過ごしている。いったいいつ寝ているのか自分でも分からない。それでも何とかなるもので、善逸は寝不足になりながらも学業も鬼狩りもこなしていた。目の下の隈がひどいけれど。
そうして長い長い学校の授業を終わらせた善逸がこれから委員会だと廊下を歩いていた時、ヌッと影が現れて善逸は飛び上がった。なんだと思えば常日頃涙を流す教師、悲鳴嶼がいた。そして悲鳴嶼はすっと善逸に学生鞄を差し出す。
「えっ・・・・・・?悲鳴嶼先生・・・・・・?」
「本部の伊黒から我妻を寄越せと招集が掛かっている。今日は委員会を早退してよいので行きなさい」
「・・・・・・はい」
悲鳴嶼はそういうと去っていった。善逸は伊黒からの招集に顔を顰めた。間違いなく面倒ごとに決まっている。
「なんだろ、やだなぁ行くの」
そう言いながらも善逸ら鞄を片手に走って校門を出る。途中でサボりかと怒る体育教師に追い回されたが何とか学校から本部・・・・・・つまりは鬼殺隊本部へと向かった。
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令和の時代の鬼殺隊は鬼を倒す剣士、銃士の前線を預かる隊員と、現場でのその他の雑務をこなす隠、そして剣士、銃士、隠を補佐するオペレーターで主に構成されている。ちなみにこれが現場に関わる者たちで、他にはスポンサーから資金を調達してくる営業部や鬼に対抗する兵器開発をする研究開発部、人員を維持する人事部、全体の予算など内部統制を行う総務部など鬼殺隊を支えるものはかなりの人数だ。はっきりいって大正の時代よりも組織としては相当に大きい。しかしながら鬼と戦う隊士の質は圧倒的に大正の世の方がいい。
これには理由があり、残念なことにこの令和の時代では大正の世にあった呼吸法が潰えているからだ。前線で鬼と戦う隊士は剣士と銃士に分かれるが、剣士はだいたいにして四人しかいない。殆どが鬼を殺せる銃を扱う銃士である。それは剣士は呼吸が使えるものに限るというのが、鬼殺隊の方針だからだった。
何しろ鬼は強靭だ。おいそれと近づけばあっという間にやられてしまう。それも呼吸が使えぬ人間となれば一撃喰らえばあっという間にお陀仏になる。それ故に呼吸を使えぬ隊士は銃による遠距離攻撃を基本とするのだ。近づかなければ鬼の攻撃も通りにくい。だが鬼とてそんなに生優しくはない。銃撃も避けるし、首にさえ当たらなければ回復するのだ。距離を詰めてもくる。なので銃士達は必ず三人から四人一組で行動が義務付けられている。
手数は増えたが質は上がらない。何しろ射撃の腕前しか伸ばせるところがないのだ。呼吸を使えるようにするかという意見もあるのだが、相当に時間と技術がいる。そして鍛えられる側の根性もいる。中々に進まないのが現状であった。
そんな中、我妻善逸は呼吸が使える剣士の一人である。なぜ失われている呼吸が使えるかというと、それは善逸が前世の記憶を持っているからに他ならない。他の剣士三人も例に漏れず善逸同様に大正の世の鬼狩りの記憶がある。先ほど善逸に本部に行くように指示をした悲鳴嶼行冥、そして善逸を召集した伊黒小芭内、最後に今ごろ小テストの採点でもしているだろう数学教師の不死川実弥だ。
善逸はこの三人と顔を合わせた時に思ったのは「くっそ絡みづらい奴ばっかじゃねーーか!!」である。キメツ学園で大正の時代の鬼殺隊の生まれ変わりらしき人々があんなにいるのに何故この人選と善逸ら頭を抱えた。根暗が多すぎる。
善逸はキメツ学園からさほど離れていないビルへと入っていった。そこの通用口に入るとカードを翳して、奥へと入る。そして一番奥のエレベーターに乗るとまたもカードを翳した。するとエレベーターは一人でに動き出し、本来表示されていない『地下9階』へと向かっていく。善逸はいったいどんな権力があればこんな建造物が建てられるのかと毎度思う。
地下9階に到着した善逸はエレベーターを降りた。そして荷物をロッカーに入れると端末に『到着しました♡』という雀のスタンプを伊黒に送った。すると秒で『C15の会議室』と返信がくる。
善逸は内部エレベーターに乗り換えると今度は更に下に降った。ミーティングルームが並ぶエリアに着き、C15の会議室前につく。善逸は伊黒は何のようかと思いながらドアをノックすれば中から「・・・・・・入れ」と伊黒の声がした。善逸は恐る恐るドアを開けるとーー。
「うげっ!!」
「我妻先輩っ!!」
ドアを開けると竈門炭治郎がカツ丼を食べていた。その前で伊黒が足を組んで椅子に座り、ゲンナリした顔をしている。この状況はと思い伊黒に目をやると、伊黒の説明よりも前に炭治郎が立ち上がり善逸に掴みかかってきた。
「我妻先輩!先輩は鬼っていう怪物と戦っているのは本当ですか!?昨夜のように毎晩戦ってるんですか!?危なくないんですか!?たまに怪我をしているのは鬼と戦っていたからですか!?どうして俺に話してくれなかったんですか!?」
「めっちゃ普通に覚えてる!!伊黒さん!?記憶処理はどーしたの!?」
ガクガクと揺さぶってくる炭治郎を引き剥がしながら善逸は伊黒に叫んだ。すると伊黒は死んだ魚のような目をしながら指を四本立てた。
「四回だ」
「四回?」
「竈門炭治郎には四回、記憶処理の薬を施した。だが一切効かなかった。これ以上は人体に影響ありということで竈門炭治郎は記憶処理はされないことになった」
「ええええええー!?」
嘘だろという想いで善逸は叫んだ。そんなことってないだろうと思いながらも、これは実はあり得る話なのだ。滅多にいないが薬が効かずに全てを覚えている人間はいる。その場合は誓約書を書かせて監視か、鬼殺隊に入隊かの二択となる。
「先輩!俺!俺も鬼殺隊に入隊します!!」
「嘘でしょ!?やめときなって!!怪我するよ!?」
「でも先輩が戦っているのに俺だけ外野なんて嫌です!!俺も先輩と一緒に戦いたいです!!」
「馬鹿か。柱と一般銃士が戦うことなんてほぼないぞ」
伊黒の突っ込みに炭治郎は首を傾げた。どうやら鬼殺隊とは、鬼とはと言った説明しか聞いていないようだった。
「あのね炭治郎。俺はちょっと上の方の役職だからね?だから入隊しても俺と一緒に戦うのは難しいのよ。たぶん、任務が一緒にならないの」
「じゃあ頑張って強くなります!!」
「いやだから・・・・・・伊黒さああん!!」
善逸の泣きつきに伊黒は溜息をつくと立ち上がった。そして善逸の元に来ると一枚の紙を差し出す。何だろうかと受け取って開いてみれば、そこにら『竈門炭治郎を我妻善逸の継子にすることを任ずる』と書かれており、産屋敷の印が押されていた。
「何これ!?嘘でしょ!?」
「嘘じゃない。竈門炭治郎には呼吸の才能がある可能性が高い。だから柱の継子として鍛えろとのことだ」
信じたくない任務に善逸は震えた。炭治郎は何のことか分かってないのか、小首を傾げている。
「継子って何ですか?」
「師弟関係になるということだ。我妻から直々に鬼を倒す術を教えてもらえるぞ」
「なるほど!我妻先輩!宜しくお願いします!」
「ちょちょちょい待って!?炭治郎なら水の呼吸でしょ!?伊黒さんのさんの方が絶対いいじゃん!!」
善逸の言葉に伊黒はギロリと睨みつけてくる。それにウッと息を詰まらせるが負けじと睨んだ。炭治郎が大正の時代で使っていたのは水の呼吸だ。それならば水の呼吸の派生である蛇の呼吸の方が良い筈だ。伊黒と善逸が睨み合う中、炭治郎はオロオロとしていた。部屋の空気は重く、何の鍛錬もしていない一般人には辛い空間だ。しかしそれを打ち破るように会議室の扉が大きな音をたてて開いた。
「伊黒はここか!!今日の仕事が終わった!鍛錬を頼むっ!」
中に踏み込んで来たのはキメツ学園の歴史教師である煉獄杏寿郎であった。ひと月前に伊黒の任務に巻き込まれ、残念ながら薬が効かなかった人間だ。そして現在は伊黒の継子である。
「俺はこいつの面倒で手一杯だ」
「そうですね・・・・・・」
伊黒はそう吐き捨てると会議室を出て行った。煉獄もそれに倣い、善逸に「またな!我妻少年!」と言って去って行った。それを見送った善逸はため息をつくと会議室の椅子に座る。炭治郎は迷うように立っていたが、善逸に「座ってカツ丼を食べきりなよ」と言われたので大人しく座り、食事を再開した。
「・・・・・・我妻先輩。怒ってますか?」
カツ丼を食べながら聞いてくる炭治郎に善逸はふるりと頭を振った。怒ってはいない。巻き込まれたのはしょうがないことだし、薬が効かずに記憶を失わなかったのもしょうがないことだ。
「いや、別に。ただ、君が怪我するかもしれないって思うと怖いだけ。だって君は俺と違って孤児じゃないだろ。家族もいるし、お店もある」
善逸の言葉に炭治郎は黙って俯いた。しかしじゃあ止めておきますなんて言うわけがないのは善逸はよく分かっていた。案の定、炭治郎は俯いていた顔を上げると覚悟を決めた目で善逸を見てくる。
「じゃあ、先輩が俺を強くしてください。鬼になんて負けないように」
ギラギラと光る目に、善逸は全てを諦めたように溜息をつく。頑固なのはもはや魂に刻み込まれているレベルなのだ。抗うだけ無駄なのを善逸はよく知っている。入隊を諦めさせるより、死なないように鍛える方が余程楽に決まっている。
「・・・・・・めっちゃ厳しくするから覚悟してろよ」
「はい!頑張ります!」
****
act.3
竈門炭治郎が鬼殺隊に入って驚いたのは、我妻善逸の地位が上から数えた方が早いことであった。鬼殺隊は立場としてお館様と呼ばれる産屋敷耀哉をトップとし、その真下に柱と呼ばれる前線で戦う隊士の頂点である剣士達がいて、さらにその下に一般隊士と呼ばれる銃士達がいる。銃士達は甲から癸までの階級に分かれているが、柱は一般隊士たちとは強さが一線を画しており、到底一般隊士達の手に負えない任務に赴くのが柱の仕事であった。
他にもサポートに特化した隠やオペレーター、そして鬼殺隊の内部を支える一般職員達がいるが、お館様を除いて何よりも優先され権力があるのが柱である。柱は鬼を倒す要であり、最後の切り札でもある。彼らを優遇するのは当然で、権力があるのも当然。圧倒的な実力があるためやっかむなどもっての外だ。
だから通常であれば入隊したばかりの新米が柱に話しかけることすら言語道断なのだ。柱の時間を一秒でも無駄にするなど許されないことなのだ。
「何で俺は継子になれたんでしょうか?」
「分からん!俺も何故か最初から伊黒の継子だったからな!」
炭治郎は煉獄杏寿郎とフリースペースのベンチに座りながらプロテインを飲んでいた。二人はとんでもない距離のランニングをした後なので疲労がすごく、少し甘味のあるプロテインは実に筋肉に染み渡る。なお炭治郎が飲んでいるプロテインはチョコレートフレーバーで、煉獄が飲んでいるのはストロベリーフレーバーだ。
この後は再び筋トレをするわけなのだが、これまた物凄い量がある。おかげで炭治郎は鬼殺隊に入隊後に割れていた腹筋がさらに割れ、腕も足も太くなった。・・・・・・しかしそれでも着替えの際に見た善逸の身体には負けているので、炭治郎の想い人は相当にマッシブルな人であった。
「・・・・・・だが、もしかしたらという推測はある」
「推測ですか?」
煉獄の言葉に炭治郎は顔を向けた。煉獄はこくりと頷くと炭治郎の眉間を指差し、そして次いで自分の眉間を押さえた。
「俺と竈門少年には共通点がある」
「共通点」
「そうだ。俺たちは共に記憶処理の薬が効かなかった。この現象が起きる人物はごく僅からしい。この共通点を持つものが継子に選ばれている・・・・・・というのは一考の余地がないか?」
なる程と炭治郎は頷いた。確かになかなかいい線をいっかているかもしれない。しかしその時、吹き抜けになっているフリースペースから見える、上の回廊をキメツ学園の先輩で柱の一人である不死川玄弥が歩いているのが見えた。そういえば彼も薬が効かなかくて隊に入った人間だと思い出す。
「でもそうすると不死川先輩は継子じゃないのがおかしいですね」
「なる程!確かにそうだ!」
不死川玄弥は兄である実弥の後を追って鬼と遭遇したらしい。その際に一般隊士となる道に進んだが、彼は継子ではなく一般銃士として前線で戦っている。
結局はよく分からないと二人は結論付けた。そもそも選ばれた理由を考えるよりも自分達は一刻も早く剣士として戦えるようにならねばならない。その為には呼吸を会得しなければならないのだ。
「しかし全く修行が進まんな!時間が足りなさすぎる!!」
「確かにそうですね・・・・・・。全く鍛錬の時間が足りてないです」
それもその筈だ。大正の世であれば修行中の剣士達はそれこそ衣食以外の時間を鍛錬に当てるくらいだったのだ。日中に働いたり、学業に勤しむ炭治郎と煉獄には密度が足りない。
「このままでは全然、伊黒に追いつけん!」
「俺も我妻先輩と一緒に戦うなんて夢のまた夢です」
うーんと二人は唸るが、タイマーが鳴り休憩時間が終わったことを告げるので立ち上がった。これからトレーニングマシンで筋トレだ。その後は任務上がりの自分達の上官・・・・・・炭治郎は善逸に、煉獄は伊黒に今日の結果を報告して終了だ。
「ほら・・・・・・あいつら・・・・・・」
「ああ、例の・・・・・・」
炭治郎達が歩いているとヒソヒソと聞こえる話し声がある。その声に炭治郎は居心地が悪いと思いながらも仕方がないと息を殺した。炭治郎と煉獄は入隊してすぐに柱の継子になったので良くも悪くも注目されている。柱をやっかむ者はいないが、その継子は別だ。何しろ炭治郎も煉獄もまだ入隊してあまり日が経っていない為、修行の身。最終選別とされる前線に出る試験すらまだ受けられない状態だ。そんな奴が何故か柱の継子というのが、目の上のたん瘤のように見られてしまうのだ。
「竈門少年、気にするな。俺たちはお館様の指名で継子になっている。俺たちがすべきは呼吸の習得だ」
「はい。分かっています」
炭治郎はこくりと頷くとトレーニングルームに入った。今日はとことん筋トレするぞと意気込む。早く、早く強くなりたい。善逸の横に立って戦いたい。その気持ちは炭治郎の中で日に日に強くなっていっていた。
**
「お前さんに呼吸はまだ早いし、最終選別に出るのもまだ早い」
「まだ!?まだダメなのか!?」
善逸の素気無い言葉に炭治郎は不満の声をあげた。炭治郎は入隊して二か月、呼吸の訓練も始まらず、さらには銃士として最終選別を受けることもまだできていない。煉獄はすでに最終選別に行っている。炭治郎も早く前線に出たいと思っているのだが、炭治郎の師である善逸が全く許してくれない。
善逸は不満そうな炭治郎の声に溜息を吐くとびしりと銃士の合同練習の結果が書かれた紙を炭治郎に見せた。
「あったり前だろ!!合同練習でヒット率が58%ってなに!?止まってる的だろ!?こんな低くてよく最終選別行きたいとか言えるな!?」
「ううっ・・・・・・」
「ダメだダメだ!炭治郎!お前に銃の才能がねえ!剣士になるしかマジでねぇわ!それかサポートに回るしかない!」
「剣!剣士になりたいっ!戦えないのは嫌だ!」
炭治郎は叫んだ。こんなところで終わりたくはない。薄々、炭治郎は自分に銃士の才能がないのは分かっていた。扱って思ったが、離れて闘うのが性に合わなすぎる。つい的に近づき過ぎてしまうのだ。
「なんでそんなに戦いたいかねぇ・・・・・・」
呆れたように言う善逸に炭治郎はぐっと黙った。戦いたい理由・・・・・・それは善逸と同じ場所で同じ目線でものみたいからだ。
炭治郎は我妻善逸を好いている。初めてキメツ学園で服装チェックの際に会った時も惹きつけられるようにこの人だと思ったのだ。その炭治郎の勘が正しかったと分かったのは我妻善逸の優しさに触れた時であった。彼は父親の肩身だからと頑なに外さないピアスをこっそりと見逃してくれる。それが教師にバレて善逸が叱られていることがあるのを知った時、炭治郎は本当に申し訳なく思ったのだ。
他人が自分のせいで要らぬお叱りを受けるなんてと、炭治郎は外すかどうかを迷い善逸にどうすべきか聞きに行ったことがある。その時に善逸は笑って「そりゃ外して欲しいけど、外したら外したでお父さんに申し訳なく思ってお前は苦しいんでしょ?それなら埋め合わせできる俺に迷惑掛けなさいな。ほんで頑張ってる俺を労れよ」と笑って言ったのだ。
その時から炭治郎は我妻善逸にぞっこんラブである。あまりに好きすぎてその場で「一生、側で我妻先輩を労わります!!」なんて言ってしまった。
炭治郎は善逸を守りたい。隣で対等に戦いたい。炭治郎は善逸の戦う姿を一度しか見たことがないが、物凄く強いということは話に聞いてわかっている。それでも炭治郎は好きな人がひとりで戦っているのを是とできるわけがない。体の奥底から「長男なのに不甲斐ないぞ」と叱咤する心があるのだ。
けれど炭治郎は善逸に言える理由はない。あなたが好きだからあなたを守りたいからなんて言ったら間違いなく善逸に烈火の如く怒られると分かっているからだ。
善逸はそんな事の為に戦っていない。人々を守り、鬼になる人をなくしたくて戦っているのは前線にでない炭治郎でもわかった。善逸からは鬼を憎む匂いはせず、ただ悲しい匂いがする。
鬼殺隊には鬼を憎む人が割と多い。家族を殺された。家族を喰われた。家族が鬼になってしまったと言ったように鬼そのものを憎む人が多くいる。けれど善逸は違う。善逸はどこか遠くを見つめていて、炭治郎が見る事のできない景色に心を向けている。
我妻善逸を好きと自覚して、それなりに仲良くなって、善逸から香る甘い匂いに悪く思われていないと期待して炭治郎は告白した。しかしそれから善逸は炭治郎に戸惑っている。返事もその時は「ごめん」でけれど諦めきれない炭治郎が好きだ好きだと押しているのだが、善逸からは甘い匂いと戸惑いだけだ。
(鬼殺隊っていう秘密があるから、俺の気持ちに応えてくれないのかと思ったけど・・・・・・違うのか?)
炭治郎の心中に気がついてるのか気がついていないのか、善逸は炭治郎の射撃練習の結果を睨みつけて溜息を吐いた。炭治郎もまあ出来は良くないのは分かっている。
「・・・・・・最終選別なんて夢のまた夢だけど、仕方ない。呼吸はダメだけど剣士になる訓練は始めよう」
「え!本当ですか!?」
煉獄もまだ剣士の訓練は初めていない。まさか銃士として前線デビューするよりも先に着手できるとは思わなかった炭治郎は喜んだ。しかし善逸は渋い顔で炭治郎を見る。
「その代わり剣士の訓練は一朝一夕じゃいかないからな。下手したら二年くらい掛かるかも」
「えっ」
「その間、前線にも出れない人員なの理解とけよ?ほんじゃあ、まずは受け身の練習から・・・・・・転がし祭りだ!」
「ええっ!?」
そう言ってバインダーを置いた善逸は炭治郎の足を払う。突然のことに炭治郎は宙に浮きながら、目を白黒させた。床に叩きつけられるまでのほんの一瞬、炭治郎は切なげに揺れる善逸の目を見た気がした。
****
act.4
明け方の仮眠室前で善逸は伊黒とばったり出会った。向こうも任務開けなのか日輪刀を片手に携えている。善逸は眠気まなこを擦りながら伊黒さんに挨拶が出たら手を振った。
「こんばんわー伊黒さん。お疲れ様です」
「・・・・・・明け方だぞ」
「え?でもこれから伊黒さんも寝るんですよね?おはようじゃ眠気なくなりそうじゃないですか?」
「物凄く眠いから問題ないな」
そう言いながらも、伊黒は廊下のベンチに腰をかけた。さっさと仮眠室に入らなかった所を見ると何か話があるのかと善逸も隣に並んで座る。片手にある苺のパックジュースを啜りながら伊黒を見れば、伊黒は目元を押さえてやや俯いている。伊黒はマスクで口元を覆っている為、目まで覆うと顔なんぞまるで見えない。
「我妻・・・・・・」
「はい?」
「竈門の出来はどうだ?」
「全然ダメですね」
そう善逸が答えれば、伊黒は溜まりに溜まっていたと思われる溜息を大きく吐いた。その溜息から善逸は煉獄もまた出来が悪いのかと当たりをつける。
「・・・・・・こちらもダメだ。煉獄の呼吸の訓練が進まない」
「不死川さんと悲鳴嶼さんとこの胡蝶姉妹ってどうでしたっけ?」
「胡蝶達か・・・・・・姉妹揃って呼吸を会得する兆しもないらしい。やはりダメだな。呼吸を習得するのは今の世の人間には相当困難なようだ」
伊黒はそう言って持っていた空き缶を目の前のゴミ箱に綺麗に投げ入れた。小さな丸に放物線を描いて吸い込まれていく空き缶に善逸は凄いなと思いながらも、結局はこれが出来るくらいには身体の全てを把握してないと呼吸なんて無理なんだよなと頷く。
鬼殺隊のお館様である産屋敷耀哉は大正の世の記憶があるお人だ。だからこそ迅速に鬼に対抗する組織を作り上げることが出来たのだが・・・・・・その記憶があるからこそ、大正の世で鬼狩りをしていた者たちに期待を掛けてしまう。記憶があってもなくてもだ。
だが現実には記憶のない者たちは到底、剣士として使い物にならない。呼吸を会得するにはとんでもない熾烈な鍛錬が必要だ。鬼に恨みがあっても、過酷過ぎる訓練は戦後教育ですっかり平和思想になり、普段の生活さえも電子機器や生活家電により楽さがある環境で生きてきた人間には途端に過酷な訓練はついていけないのだ。正直言って、ハングリー精神が圧倒的に足りない。鬼を必ず滅するという覚悟も足りない。
「やはり無理があったな・・・・・・」
「そうですねぇ。でも今更見切りつけるのもなあ・・・・・・」
うーんと二人は唸った。何しろ炭治郎も煉獄もキラキラした目で訓練をしているのだ。辛く過酷でも頑張るぞっという意思はある。それが善逸と伊黒を追い詰める。二人はそれぞれ炭治郎と煉獄をあけすけに言えば好きなのだ。恋愛とかそういうのではなく、尊ぶものとして好きなのだ。だから二人がキラキラとした顔で強くなろうとしていると「ちょっと才能ないかも」なんて言えないのだ。
「剣の才能はあるんですけどねぇ」
「全くだ」
二人はハァと息を吐くと肩を落とした。そしてすっかり夜が明けた時分に、ようやくノロノロと立ち上がると休息を取る為に仮眠室へと入っていった。今日が日曜日でよかった。昼過ぎまでゆっくりと眠れる。各々のでそう思いながら寝床に着いた。しかしながら春が近くなってもまだ寒いなと善逸は空調の聞いた防音完備の仮眠室で布団に包まれながらぼんやりと思った。
***
「俺も先輩みたいに本部住まいにすることに決めました!」
「なんて?」
善逸はドラムバッグを持つ炭治郎に小首を傾げた。何を言ってるのかと思うが、炭治郎は構わずに善逸が与えられている執務室に荷物を置いていく。まあ執務室と言ってもデスクとソファがあり、他はパイプハンガーに衣服が引っかかっている倉庫のような部屋なのだが。
炭治郎は部屋の隅にボストンバッグを入れるとせっせと中身を取り出して、執務室に備えられている給湯スペースに歯ブラシやらなんやらを置いていく。そこまで来てようやく善逸はハッとした。何やら私物を置いていっている。
「ちょ、ちょっと待て待て!!何してんの!?」
「勝手ながら荷物を置いていってます!」
「うんそうね?その通りだけどね?なんでそんなことしてるの!?」
「先輩みたいに本部に住もうと思ったからです!」
「俺は本部に住んでない!!」
・・・・・・なんて叫んだ善逸だが、そう思われても仕方がないくらいには本部に寝泊まりしている。一人暮らしの部屋はあるが、ひと月に一度帰るか帰らないかだ。むしろ管理を本部の総務部に委託しているレベルである。
それ故に善逸の執務室は確かに私物が多い。というよりも個人の執務室を持ってる奴はだいたいこの有様だ。例外が弟妹がいる風柱の不死川くらいで、あとは悲鳴嶼も伊黒も似たようなものだ。執務室を荷物置き場にして、仮眠室の1、2、3番ルームをもはや毎日のように確保してるし、なんなら誰かが勝手に確保してくれている。そこは柱が使う部屋だからね、一般隊士は5番以降を使うように(たまに不死川が4番使うから)と入隊時のオリエンテーションで教えられている。
「継子なのでいいですよね!?」
「いやいや強引!めっちゃ強引!どうしたのさ!?ちょっと落ち着こう!?一回座って?」
常にない炭治郎の強硬な姿勢に善逸はどうしたのかと思う。炭治郎からは焦りに満ちた音がしていて、何が起きたかとひとまず話を聞かねばとソファに座るように促す。しかし炭治郎は焦りが浮かんだ顔を隠さずに立ちん坊で善逸に言った。
「落ち着いてます!落ち着いて考えた結果、このままじゃ俺は呼吸を習得できないと思ったんです!」
炭治郎の言葉に善逸はギクリとした。それを見逃すほど、平和ではなくなった炭治郎は甘くはなくグッと眉根を寄せた。炭治郎からは正しく焦りと憤りの音がする。なぜ、誰にといえば間違いなく自分に感じているんだろう。
「・・・・・・日々、先輩が俺を見ると困ったような匂いをさせてるのに気がついてます」
「あ、あらま」
「俺は今のままだと呼吸なんて習得できないんでしょう?分かります。煉獄さんも伊黒さんの様子から多分そうだと言ってました。柱の人達と俺達では決定的に何かが違う。今のままではダメだと・・・・・・俺もそう思います」
「う、うーん・・・・・・」
しまったなあと善逸は思った。しかし鼻まで使われたら逃げることも誤魔化すことも炭治郎にはできないし、むしろあやふやにして猜疑心が募るだけだ。善逸はボリボリと頭を掻くと「残念だけど」と前置きをして頷いた。
「・・・・・・まあ、お前の言ってること間違ってないよ」
「・・・・・・俺の覚悟が足りないからですか?」
「覚悟?」
「・・・・・・我妻先輩が好きで・・・・・・先輩を守りたい、隣にいたい、一緒に同じものを見たいという不純な動機でここにいるからですか?」
そう言った炭治郎は頼りなさげだ。けれど刀を落とさぬようにと握力を相当鍛えさせたので、握り締めた手からは血が出ていた。善逸は椅子から立ち上がると炭治郎の元に行き、握りしめた手をゆっくり開いてやる。そこにハンカチをそっと巻いてやれば迷子になった子供のような顔をした炭治郎が善逸を見ていた。
(・・・・・・前の炭治郎は禰豆子ちゃんを人に戻すっていう道しかなかった。やらねば禰豆子ちゃんは死ぬしかなかった。存在を許されることなんてなかった。・・・・・・覚悟、覚悟かあ。確かに今のお前は鬼に何も奪われてないけど、前のお前だって鬼が憎くて戦ったことはなかったじゃないか)
善逸は炭治郎の手を撫でるとゆっくり抱きしめた。炭治郎はそれに身体を固くして、そしてジクジクと痛む音をさせる。
「酷いぞ。俺は先輩が好きなのに。こんな子供を相手にするようなことをしないでくれ」
「いや、子供よ子供。お前なんて俺らから見れば赤ちゃんよ。それに継子なんだから、子で間違ってないだろ」
そう言って背中をポンポンと撫でた善逸は今度こそ炭治郎を誘導してソファに座らせた。そして再び手を撫でてやりながら、自分も炭治郎の横に腰を下ろす。
「さて。お前と俺で何が決定的に違うかの話をしようか」
「・・・・・・」
「お前はそれを覚悟と言ったけどさあ。本当は違うのよ。俺たちはそれを罰だと呼んでる」
「・・・・・・罰?」
不思議そうな顔をする炭治郎に善逸はこくりと頷いた。善逸を含む四人の柱、そしてお館様である産屋敷耀哉にはある共通点がある。それは勿論、大正の世の記憶を持ち越していることだが・・・・・・もう一つあるのだ。
「俺たち柱はね、地獄を知っているんだよ」
「・・・・・・地獄?地獄のような出来事が・・・・・・あったってことですか?」
鬼殺隊は家族を鬼に殺されたものも多い。確かにそれは地獄のような出来事だろうが、そうではない。比喩ではないのだ。
「違う。比喩じゃなく本物の地獄だ。俺たちは前の生で死んで、そして地獄の裁きを受けて、閻魔大王に会った。俺たちは誰にも、閻魔大王にさえ許されたくない罪があって、地獄でも濯ぎきれないそれを抱えたまま生まれてきた。だから俺たちには前世の記憶がある。大正の世で我妻善逸として生き、そして鬼を狩っていた記憶があるんだ」
お館様を含め、柱四人がお互いの共通点を話した時、出てきたのが地獄に関してであった。耀哉は妻子を巻き込んみ死んだこと、そして多くの隊士が死ぬのを見ているしかできなかったこと。不死川は鬼となった母を手にかけたこと、最後まで母と気がつかず殺意のみで殺めたことを、人を食わぬ鬼にしてあげられなかったこと、唯一の生き残りであった玄弥の気持ちを最後の最後まで汲めなかったことなど、それぞれが罪、後悔などが強く、そして場合によっては極楽へと手を引く者がいなかったことからの地獄へと向かう者もいた。伊黒や悲鳴嶼がそれだ。悲鳴嶼は自ら進んで、伊黒は手招く親族の元へと、自分の血を罪を濯ぐために地獄へと向かった。
善逸の話を聞いた炭治郎は真顔だった。そうとう荒唐無稽な話であったが、疑ってはいないようだった。炭治郎は細く息を吐き出すと「前世の記憶・・・・・・。鬼狩りの記憶・・・・・・」と呟いた。
「うん。だからね?俺たち柱は元々、呼吸の使い方をよく知ってるのよ。だって俺たち的には前も普通に使ってたものだからね。刀の扱いだってそう。だから炭治郎、焦ることはないんだ。元々、今の時代で呼吸を使えてるのは記憶がある奴だけで、そんで炭治郎や煉獄さん、胡蝶さん達は記憶がないのに使える可能性があるとされて訓練をしてるんだ。俺たちと比べちゃダメだ。焦りもダメ」
善逸はそう言って炭治郎の手の平からハンカチを取った。出血は止まっていて爪で傷ついた痕が残っている。手を洗うと滲みるだろうなと思いながら善逸は炭治郎の手首をそっと撫でた。
「それにこんなに手を握りしめて血を出すくらいにお前の気持ちは本物なんだろ?それを不純な動機だなんて言わないよ」
それを言ったら女に貢いだ借金の肩に売られそうになった結果、鬼狩りになった自分はなんなんだと言いたい。結局は最後まで生き残ったし、自分に覚悟があったのかどうかさえ善逸は分からない。分からないけど戦ったし、今も同じように戦っている。
「・・・・・・俺も呼吸が使えるようになりますか?」
「うん。なるなる。絶対に大丈夫だって。炭治郎なら大丈夫。だって長男だろ?」
「・・・・・・はい!そうでした!」
あんなに頼りなさそうにしていたのに、炭治郎はにっこり笑った。それはまだほんの少し強がりが混ざっていたけど今はそれで十分だと善逸は頷く。
「それにしても・・・・・・うーん。不安にさせてごめんな?俺がもっと上手く教えられたらいいんだけど・・・・・・」
「いえ!覚えられない俺が悪いんです!出来が悪いですが見捨てずに鍛えてくださいっ!」
むんっと意気込む炭治郎に善逸はいやいやしかし・・・・・・と考え直す。大正の世でもそうだったが、炭治郎が何かを掴むときはだいたい死戦を掻い潜る時だったなと思い出す。確かに死の一歩手前みたいな時は全身の感覚が研ぎ済まされる。善逸も育手の元で修行してた時は死にそうになったことが何度もあった。だがついつい善逸は炭治郎に甘くしてしまう。炭治郎を鬼に殺させない為には強くする他ないと思ったが、覚悟が足りていなかったのは善逸の方かもしれない。
「・・・・・・うん。炭治郎は悪くない。これは俺の指導のせいだな。ごめん!今までのやり方だと足りないみたいだ!手法を変えよう!」
「手法ですか?」
「うん。これからは俺も心を鬼にするよ。今まで以上に厳しくする!」
「はい!宜しくお願いします!」
炭治郎は笑って頷いたが、この時の炭治郎は知らなかった。それこそ死にそうになるくらい鍛えられるとは露とも思ってなかった。酸素が薄い部屋での組み手、予測不可能すぎる善逸の攻撃を躱す訓練、そしてタイミングがいいのか悪いのか、高校は春休みに入る寸前で・・・・・・炭治郎はそれこそ朝から晩まで地獄の特訓をすることになる。
本気で死ぬと思うこと百回以上、春休みが明けた翌日に竈門炭治郎は見事に全集中の呼吸を習得した。


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