幼馴染な炭善♀

両片思いな炭善。梅ちゃん出てきます。
約20000字/現パロ・女体化

「たんじろう!大きくなったらよしこをお嫁さんにしてね!」
「もちろんだ!ぜったいによしこはおれがおよめさんにするぞ!」
「やくそくだよ!」
「やくそくだ!」
 そう言って小指を絡ませる自分はその未来を疑ってなかった。絶対に炭治郎のお嫁さんになるんだって。素直に信じていて……。
「無知って最強だよな……」
 ピピピと鳴る愛用の目覚まし時計を止めて起き上がる。手の中の目覚まし時計は朝の5時を指していて、炭治郎はそろそろ焼きに入っているかなとぼんやり思った。
「こいつ古くなったなぁ。まあ、小学一年の時から使ってるもんなぁ」
 俺は手の中にある古ぼけた目覚まし時計を指で撫でる。これは小学生なる時、朝起きられるのかどうか心配で炭治郎に泣き付いたら「おれがしょうがくせいになるまではこのめざましどけいにおこしてもらうんだ!」と言って入学祝いにくれたものだ。
 お小遣いを使ったらしいけど、まあ足りるわけがないので炭治郎のお父さんやお母さんからのお祝い込みだけどね。俺はその時、本当に嬉しくて……毎日毎日、夜寝る前にセットして布団に入り込んでたから寝坊はしなかったな。翌年からは炭治郎も小学生だったから、我が家に起こしにきてたけど。
「やばい!悠長に思い出に浸ってる場合じゃないわ!」
 俺はがばりと起き上がると顔を洗い、髪を結い、制服に着替えるとエプロンをつけて台所に向かう。兄貴が大学進学で出て行った桑島家は今や俺と爺ちゃんしかいないから、とんでもなく寒々しい。いや古いってのもあるんだけどね?
 俺は台所に入るとすっかり慣れた手つきで卵焼きを作り、昨日の夕飯で多めに作ったハンバーグを焼いた。それを少し冷ましてから大、大、中、中のお弁当箱にほうれん草の胡麻和えとかプチトマトとか、ポテトサラダを程よく挟み込みながらおかずの段を作り上げて、もう一段には五目ご飯を入れていく。
「できた」
 俺は作りながら食べていたソーセージドッグをコーヒーで飲み流すと今度はダイニングに化粧ポーチを持ってきて軽く化粧をする。と言ってもまだ恥ずかしいし、テクニックもないから悪友の梅に教えてもらったふんわりベースメイクとチーク、あと色付きリップくらいだけど。それから学校に行く準備を整えていると、台所に爺ちゃんが顔を出した?
「善子、おはよう」
「あ!おはよう爺ちゃん!お昼のおかず作ってあるから!朝ごはんは竈門ベーカリーのパン食べて!俺……じゃない!私はもう行くから!」
「全然言葉が抜けんな」
「うぐっ……!でも兄貴ももう家にいないし!学校の友達にも指摘してくれって言ってるから大丈夫だって!じゃあ行ってきます!」
「……『俺』だけ直してもダメなんじゃないのか?行ってらっしゃい、気をつけるんだぞ」
 爺ちゃんの前半の言葉は聞き流して、後半には手を振って俺は家を出る。手には学校指定の鞄と、お弁当の入ったトートバック。俺はそのまま学校へーーなんてわけなくて、家を出て商店街への道へ足を向けると、すぐに隣の家の前で止まる。ポケットから鍵を出して玄関を開けると、学校の鞄は玄関に置いて、トートバッグから大、大、中の包みを取り出すとそれを持って廊下を進み、もはや戦場と化してるリビングダイニングに顔を出した。
「おはようー禰豆子ちゃん!花子ちゃん!」
「おはようお姉ちゃん!」
「おはよう善子お姉ちゃん!」
 禰豆子ちゃんと花子ちゃんは二人で朝ごはんの支度をしている。何しろ竈門家は七人家族だ。朝ごはんの量も多いから簡単なものでも手がかかる。
「炭治郎と禰豆子ちゃんと竹雄のお弁当、カウンターにおくね」
「はーい!」
「俺、六太達を起こしてくるから!」
「あ!善子お姉ちゃん!」
「なに?」
 リビングを出ようとした時、花子ちゃんに呼び止められた。なんだろうと振り返ると花子ちゃんはちょっとお姉さんの顔で「一人称!」と言われて口をもごりとさせる。どうにも抜けない。
「私、六太達起こしてくるね」
「はーい!」
 にっこり笑った花子ちゃんに見送られて、俺は廊下を出るとそのまま階段を上がる。炭治郎を除く男連中の部屋を開ければ、竹雄はもう起きて炭治郎の手伝いをしているのか布団が畳まれている。けど隣の茂と六太はまだ天下太平の顔をしてよく眠っていた。
「茂ー!六太ー!起きろー!」
 パンパンと手を叩いて、それからむずがる二人の頭を撫でる。すると目を開けた六太が「善子ねーちゃん……おはよう……」と布団の中で丸くなった。茂も目を覚したのか起き上がって顔を擦っている。
「おはよう、善子ねーちゃん」
「おはよう。ほら顔洗って、二人で頑張って布団畳んでおいでよ」
 俺はそう言って二人の頭を撫でた俺は今度は廊下をクイックルワイパーで拭き掃除をしていく。忙しい竈門家に掃除機をかける暇は朝にはない。朝はクイックルワイパーで簡単に拭いておくだけだ。俺の後ろを着替えまで済ませた茂と六太が階下へと降りていく。それを見てからこっそりと部屋に入ると男部屋の床も拭いてしまう。本当は個人の部屋は個人でやるんだけど……男どもはあんまりやらないからね。埃が溜まるのよ。
 それが終わると洗濯機のところに行き、ドラム式洗濯機から服を取り出す。夜のうちに洗って乾かしておいたものが出来上がっている。けど七人家族は洗濯物が多いから、横にある新たな洗濯物を中に入れてスイッチを押す。これで後は夕方に取り込めばいい。
 俺は乾いた洗濯物を持ってリビングへと降りて行った。その頃には朝食がテーブルに並んでいて、ようやく竈門家は朝ごはんだ。葵枝さんはまだ店の開店準備があるから戻ってきてないけど、パン作りを終えた炭治郎と竹雄はコックコートを脱いで戻ってくる。
「おはよう善子!」
「おはよう二人とも〜」
 そう言ってリビングに洗濯カゴを置くと衣服を畳んでいく。それにあれっとした炭治郎がテーブルを見て気がついたように言った。
「しまった!今日は善子は服装チェックの日か!」
「あ、うん、そうだよ。これ畳んだらもう行くねー」
 俺も普段は竈門家で朝ごはんを一緒に食べるけど、学校で風紀委員が行う服装チェックの日だけは別だ。炭治郎や禰豆子ちゃんよりも早く出かけないとダメだから、家で簡単に食べて洗濯物まで畳んだら先に学校に行く。
「待ってくれ!すぐ食べてすぐ用意するから!」
 炭治郎はそう言って席に着くとすごい形相で朝食を早食いするとバタバタと自室に走っていく。出かける準備が終わってないからな。
「ゆっくり食えばいいのに……」
「最近この辺で早朝に変質者でたって話だからなぁ。兄ちゃん、善子姉ちゃんのこと心配なんだろ」
 竹雄の言葉に俺は「えっ!?」と声を上げた。変質者が出てたとかまじか!それは大変だ!
「禰豆子ちゃん!絶対にひとりで行っちゃダメだよ?真菰ちゃんと錆兎くんと登校するんだよ!?」
「分かってます。お姉ちゃんもお兄ちゃんと行って帰ってきてね?」
「いや私、今日は委員会だから遅いのよ」
 委員会が終わるまで待っていたら炭治郎は店の手伝いが遅れてしまう。そう思ってると竹雄が「俺がやるから平気だよ。ご馳走様ー」と炭治郎の分の皿まで片付け始めた。中学生になってから竹雄は店のことやパン作りも手伝い始めてすっかりお兄さんになってしまった。その成長に感動しながら洗濯物を取り出すと……おお、炭治郎のパンツだ。
「善子!お待たせ!」
「ひえっ!!早い!早いわ!まだ洗濯物畳み終わってないわ!」
「そうか、なら俺も一緒にやろう」
 そう言って炭治郎は俺の向かいに座るとせっせと洗濯物を畳み始めた。俺は手の中にある炭治郎のパンツを慣れた手つきで畳み、炭治郎のシャツの上に乗せた。

**
 俺と炭治郎は所謂幼なじみだ。産まれた時からお隣さん……というか真後ろさんかな?炭治郎の家は代々パン屋だから商店街に面していて、うちは商店街の路地を曲がったところの1軒目。いいよ。路地に入った1軒目。商店街に近いけど面してはいないからそこまで煩くはないし。夜に酔っ払いはいるけどさ。
 そんなわけで俺と炭治郎は赤子の頃からの付き合いだ。俺はまあ、諸所色々あって爺ちゃんと今は亡き婆ちゃんの元にきた桑島家の親戚筋だ。家を出てる兄貴もまあそんな感じで本当、爺ちゃんと婆ちゃんには頭上がらんよね。こんなでっかくなるまで育てて貰えてんだもん。
 そんで俺と炭治郎だけどね?家の隣に一歳違いなんて子供がいたらそりゃ遊ぶよね?兄貴は二歳離れてるけど、それでも幼児の時は俺たちと遊んでくれたし、俺たちが二人で遊べる頃になれば俺と炭治郎で禰豆子ちゃんと遊んであげてたし。
 まあ、炭治郎とすくすくと育ってきたわけですよ。他の子供には脇目も振らずに。そうなればどうなるかというと、まあ、子供の頃はやるよね。将来の約束。結婚の約束。漏れることなる俺と炭治郎もしたよ。俺が五歳で炭治郎が四歳だったかな?年中さんと年少さん。
 その時はあれだ。炭治郎が幼稚園に入ってきた歳で、ずっと一緒に遊んでたのに俺が幼稚園に通い始めてしまったから寂しい一年を過ごした後だったから凄かったんだ。
 炭治郎はいい子だからクラスで何かする時は教室にちゃんといたけど、珍しいことに俺の通ってた幼稚園は自由保育で基本的に野放しに近い環境だったから炭治郎は俺とほとんど一緒にいた。まああの頃は疑問にも思ってなかったけど、そうとうべったりだったよな。俺たち。他の子達にからかわれたりとかしたけど、炭治郎も俺も「けっこんするからいいの!」と言って結局は俺が卒園するまでずっと一緒にいた。
 それからまた一年は小学校と幼稚園で時間にズレがあって……でも、小学校に炭治郎が上がってからは一緒に登校して下校して。三年生くらいになれば、俺も色々と周りが見えるようになったから、揶揄われるかなって思ったけどその時は禰豆子ちゃんが入学してきたから三人で行動してて揶揄われたりはなかったんだよなあ。
 顕著だったのは中学校だ。炭治郎が入学してからは変わらず俺たちは一緒に登下校してて、流石にそれは揶揄われた。俺も友達に「付き合ってるの?」なんて聞かれたりして。でも俺と炭治郎は一緒にいるけど付き合ってるわけじゃない。結婚の約束だって子供の口約束だ。大きくなれば忘れてしまうような、その程度の。
 だから俺は炭治郎が中二の時に言った言葉なんて気にしてない。炭治郎が友達に「我妻先輩と恋人なの?」と聞かれていたのに対してきっぱりと「恋人なんかじゃない」と言ったのなんて気にしてない。うっかり聞いてしまって、見つからないように慌てて逃げ出したけど気にしてない。全く俺は気にしてない。そっから兄貴のお下がりを着るのをやめて、髪の毛とかメイクとか仕草とか言葉遣いを気にするようになったけど……炭治郎は全く関係ないからな!!
「……カップルが憎い……」
 お昼休みに窓の外を見ながらそう言えば目の前でパックジュースを飲みながら自撮りしていた梅が面倒臭そうな顔でこっちを見た。さっきまでの盛れてる可愛い顔から一転して歪んだ顔を見せてくるがそれでも可愛いんだからキメツ学園三代美女は侮れないわ。
「カップルが憎い〜?いつも通りだけどあんた何見て……ああ、竈門炭治郎かあ」
 梅はつまらなそうにそう言うと校庭の遊歩道を歩いている炭治郎……と、栗花落カナヲちゃんを見た。梅はカナヲちゃんにそれとないライバル心を抱いてるらしくてカナヲちゃんを見て形のいい唇を尖らせる。去年の文化祭で美人コンテストにおいて僅差だったのが気に入らないんだろう。  
 でもギャル系と清楚系で勝負してギャル系が僅差とはいえ勝ったんだから十分すごいと思うんだが、美に関しては梅は向上心と自尊心が凄いんのも知ってる。まあカナヲちゃんは梅以上に手入れはしてないだろうからその辺の天然美少女も気に入らないんだろう。
「ふふーん。あんたの彼氏、取られちゃってんじゃん!ウケる!」
「炭治郎は彼氏じゃありませーん。ただの幼なじみでーす」
 だらりと手足を伸ばして窓から顔を背けた。炭治郎とカナヲちゃんは同じ図書委員だから学年が違っても接点はある。炭治郎が誰とも付き合っていないのは知ってるから二人がカップルじゃないのは分かる。なんで分かるかって?そんなの決まってんじゃん。朝から晩まで竈門家に俺は関わってんだぞ?炭治郎にそんな素振りがあれば分かるに決まってる。
 現にさして機械が得意じゃない炭治郎は何も気にせず、スマホで最近よく撮れた弟妹の写真をスマホごと寄越してを見せてくる。その時にフォルダを見てみても、写真は家族と俺のばっかりで他の人のものはないし、メッセージアプリも……トーク内容は見ないにしても登録されてる人にカナヲちゃんはおろか、女子のアドレスなんてなかった。家族と俺と男友達だけ。連絡帳も似たようなもんだ。
 けど炭治郎に彼女がいないからって俺が彼女になれるもんでもない。俺と炭治郎はずーっと一緒にいるけど、ずーっと仲良いけど特別甘い空気があるわけでもなく、炭治郎はただただ優しい。もはや俺も竈門家の家族なんじゃないかってくらい、禰豆子ちゃんや花子ちゃんみたいに優しく扱ってくれる。
「……俺もモテてみたいなぁ」
「あんたじゃ逆立ちしたって無理よ」
 小馬鹿にしたような言い方をする梅にムッと口を突き出す。すると梅は「きゃー!ブサイク!!」って顔を顰めて写メを撮った。おいこら肖像権!!訴えるぞ全く!!
「だいたいあんたがモテたい理由って竈門炭治郎の反応みたいからでしょ?地獄みるだけよ」
「うぐっ……」
 確かに俺が例えモテたとして、炭治郎にスルーされたら撃沈する。ショックでこっそり泣いちゃうに違いない。だってしょうがないじゃん!!炭治郎は俺のことなーんとも思ってないけど、俺は炭治郎をずーっとずーっと、それこそ幼稚園の頃から好きなんだから!!
「……高望みなのは分かってるよぉぉ。炭治郎になんとも思われてないのも知ってるよおおお」
 机に突っ伏してそう言えば、梅はパックジュースを私の後頭部に乗せたようだ。ちょっと重いから中身入ってるから動けないんだけど?
「……あんたのバカさ加減が面白いから、いい奴を紹介してあげてもいいわよ」
「えっ!紹介!?」
 ガバッと起き上がれば梅はタイミングよく紙パックを持ち上げてくれた。こいつ口悪いし性格悪いけど、こういうところあるよね。前になんで俺とつるむのかと、引き立て役のつもりかと聞いてみたら「馬鹿ね!あんたなんか私の引き立て役にすらならないわよ!利用する価値もないわ!」なんて胸張って言ってたけど、それって「ただ一緒にいたい♡」って思ってるってことだからな?本当、顔は抜群に可愛いし、中身もそこそこ可愛いわ。
 そんなトータルでとっても可愛い梅ちゃんは悪女のような顔をして、そして一枚のカード……間違いない。とある場所の会員カードを見せて言った。
「……いい雄を紹介してあげるわ。あんたの好みの可愛い系よ」

****

「よしこ、たんじろうがいっちばんすき♡」
「おれもよしこがいちばんすきだぞ!」
「ほんと?えへへ、うれしいなぁ♡」
 ちゃぷちゃぷと二人で入るお風呂の中で、幼い善子が俺の背中を洗ってくれている。幼い頃はこうして風呂に一緒に入ったなぁと、いつから一緒に入らなくなったんだっけと思い出してるうちに、するりと首に腕が回り、背中に柔らかいものが当たる。
「じゃあ炭治郎、洗うの交代ね?俺の身体隅々までぜーんぶ洗ってよ♡」
「えっ!よ、善子!?」
 子供だった筈の善子がいつの間にか大きくなり、今の十六歳の善子の姿になっている。そして俺に絡みついて凭れ掛かる善子の体は柔らかくてーー。
「……うわっ!!……よしっ、セーフだ」
 飛び起きて布団を捲りあげ、俺は失敗していないことを確認する。しかし危なかった。このところ忙しくてロクに事故処理できてなかったからかあんなエッチな夢を見るとは思わなかった。
「……ううん。でも、少し惜しかった気もする」
 俺は首の後ろを掻きながら、時計を見て起床時間より僅かに時間があるのを確認するとティッシュの箱に手を伸ばした。
 俺の家はパン屋をやっているが、父さんが亡くなってからは母さんが切り盛りしている。幸いなことに俺は父親からパン作りを伝授されていたから、母さんを無事になんとか支えることができた。もし父さんに教えてもらっていなかったらどうなっていただろうか。何しろうちは六人兄弟だ。最悪、家を売って……ということになるが、そうなれば大切な人とも離れ離れになってしまう。
「……ふぅ。…………よしっ。準備しよう」
 俺は立ち上がると身支度を整えて店に降りた。電気をつけて軽く厨房を掃除すると、オーブンの支度をし、パンを作っていく。朝三時からの仕込みだが、夢中でやっているとあっという間だ。途中から母さんが来て、店の他の仕事をしていく。何しろ在庫管理や店内掃除とかやることは盛り沢山なのだ。そうこうしてる間に五時ぐらいに竹雄が降りてきて後半のパン作りを手伝ってくれる。
 中学に上がった時に竹雄は「俺も家の仕事やるよ。そしたら兄ちゃんがぶっ倒れてもなんとか店回せるだろ?」と頼もしいことを言ってくれた。だから前よりもずっと仕事は楽だ。こうして家族で力を合わせて暮らしていけるのはとても幸せなことだと思う。
「なあー兄ちゃん」
「んー?」
「今日の弁当何かなあ?」
「ああ、なんだろうなぁ」
「五目ご飯は決定だけどさぁ。おかず何かな?」
 そう言いながらパンをオーブンに入れる竹雄に俺も今日の昼飯に思いを馳せる。キメツ学園に通う俺と禰豆子と竹雄は給食がないから弁当だ。弁当の中身はいつも昼休みになって蓋を開けなければ分からない。栄養がたくさん取れるようにってことで五目ご飯はお決まりなんだが、オカズは毎回違うから、学校の中での楽しみってやつだな。
「炭治郎、竹雄。お店もういいから、朝ごはん食べてきなさい」
 母さんに言われて時計を見れば、もう善子がうちに来てる時間だった。俺達はコックコートを脱ぎ、Tシャツ姿で家に上がるとリビングダイニングに入った。俺は視線を巡らせてお目当ての人物を見つけると嬉しくなって自然と口元が緩む。
「おはよう、善子!」
「おはよう二人とも〜」
 笑ってそう言ってくれる善子に俺は幸せな気持ちになった。毎朝毎朝、こうして善子の顔を見れるのが嬉しくて堪らない。当たり前のように我が家にいて、洗濯物を畳んでくれている姿が……あれ?洗濯物……。
「しまった!今日は善子は服装チェックの日か!」
「あ、うん、そうだよ。これ畳んだらもう行くねー」
 テーブルを見ればいつもより皿が一つ少ない。風紀委員の善子は服装チェックの日は校門前に立たないといけないから他の生徒より早く学校に行く必要がある。すっかり今日が服装チェックの日であることを忘れていた……!
く。
「待ってくれ!すぐ食べてすぐ用意するから!」
 俺はそう言って急いで自分の席に着くと妹達が作ってくれた朝食を食べる。本当はもっと味わいたいが……俺はまだ制服に着替えてもいないからのんびり食べている時間はない。善子を一人で送り出すなんて危ないからな!
 俺はなんとか急いで食べ終わると着替えをしに部屋に戻った。キメツ学園の制服を着て、ネクタイは後にして鞄を持って階下に降りる。
「善子!お待たせ!」
「ひえっ!!早い!早いわ!まだ洗濯物畳み終わってないわ!」
 善子はまだ洗濯物を畳んでいて、俺は間に合ったことにホッと息を吐いた。
「そうか、なら俺も一緒にやろう」
 俺は善子の前に座ると残り少ない洗濯物を順々に畳んでいく。そしてちらりと前を見れば、善子は手際よく迷うことなく竈門家の洗濯物を家族それぞれで仕分けていく。その澱みない様に俺が嬉しく感じていること善子は気がついているだろうか。
「これで終わりだな。行こうか善子」
「うん。あ、炭治郎。ネクタイ」
 立ち上がった俺に善子はそう言って手を出した。俺はそれにいつも通り善子の手の上にネクタイを乗せる。そして少し上向けば、細い指が俺の首に触れた。
「兄ちゃん、ネクタイくらい自分でやれよー」
「服装チェックの日はネクタイが曲がってると注意されるんだ。俺がやるより、善子にやってもらった方が上手だろ?」
「そんなこと言ってお兄ちゃん、毎朝やってもらってるじゃない。お姉ちゃんもあんまりお兄ちゃん甘やかしちゃダメよ!」
「うーん。そうだねぇ」
 竹雄と禰豆子にやいやい言われながら、善子にネクタイを締めてもらう。完成と共に薄く笑いながらポンっと胸を叩かれるのに、勢いよく抱きしめた衝動が湧き上がるがなんとか堪える。
「ありがとう善子」
「どういたしまして」
 そう言って弟妹達に行ってきますと言うと俺と善子は家を出た。まだ風紀委員の集合時間には余裕があるからと昨日の六太と茂の宿題の話や、帰ってから慈悟郎さんと見たドラマの話とかを善子がたくさん話してくれる。俺はそれに相槌を打ちながら、善子のハーフアップにされた金糸の髪や、長いまつ毛、赤みの差したまろい頰、そしてうっすらと潤う唇を眺める。
 お兄さんの影響で中学まではボーイッシュな雰囲気だったが、高校間近の春休みからガラリと変わった。男物の服を捨て、髪を伸ばし、興味のなかった化粧を少しばかり覚えて、そして仕草と言葉遣いを女性らしくした。完全には直ってないけど。
 その突然の変化に高校デビューかと周りは色々言ったようだが、そんなものではない。善子の変化はそんな生優しいものじゃない。
「あ!我妻!おは、よー…………」
「おはよー」
「おはようございます」
 校門前で佇んでいた男は善子と同じクラスの二年の先輩だ。先輩は善子の姿に顔を明るくしたが、隣にいる俺を見てあっという間に顔色を悪くする。なんなら言葉尻も元気がない。
「あ。そういえば昨日言ってた映画なんだけどさー」
「あ!我妻!それは今は……!」
「映画?」
 善子の言葉に男の先輩はあからさまに慌てた。その態度に俺はにっこり笑って先輩を見て、そして善子を見た。
「善子、映画って何のことだ?」
「うん?ああ、映画に行こうって誘われたのよ。タダ券あるからって」
「そうなのか」
「でも誘われた日、茂の野球の試合の日と被っててさあ。応援行くって約束してたから別日にーー」
「悪いっ!我妻!あのチケットだけど期間を勘違いしてて有効期限切れちまったんだ!」
 男の先輩ら顔色を青くしながらそう言った。善子はえーっと顔を顰めてたが、俺はなるほどと頷いて善子の肩に手を置く。
「……それならしょうがないな。残念だったな善子」
「うーん。まあ、そうだねぇ」
「映画なら今度、俺と行こう。な?」
「なら春にやってた映画のBlu-ray借りてこようよ。そしたら禰豆子ちゃん達も見れるし。今度のお泊まり会で俺、借りてくるわ」
 善子の言葉に俺もそれがいいと同調する。先輩はもう死んだ魚のような目をして、「じゃ、じゃあ俺、朝練行くな……」と部室棟の方へ歩いて行った。
「なんか顔色悪かったな」
「そうだな……。俺、少し様子を見てくるよ。善子は名簿取りに職員室に行くんだろ?」
「うん。じゃあね、炭治郎」
 俺は善子と別れると先程の先輩の後を追う。早足で歩くだけで、とぼとぼと歩いている先輩にあっという間に追いついた。その背中は明らかに敗者のそれだが……俺はどんな人にも手を抜かない覚悟なので気にせずその背中に声を投げかけた。
「先輩!」
「うおっ!竈門!?」
「俺、以前言いましたよね?善子に粉かけないでくださいって」
 振り向いた先輩はぐっと眉を顰めると身体ごと俺に真向かってきた。その顔は未練たらたらで、到底看破できるものではない。俺は視線を緩めずに先輩を見つめる。
「粉かけるなって……なんでそんなこと言われなくちゃならないんだよ!お前と我妻は幼なじみなんだろ!?我妻はお前のこと彼氏じゃないって言ってたぞ!!」
 先輩は声を荒げてそう言った。しかし俺が先輩をぐっと睨め付けると、あっという間に勢いが萎んで怯むのに苛立ちを感じる。俺に臆する程度の気持ちで善子に手を出そうとするなんて。善子はそんな安い女じゃないぞ!!
「当たり前だ!俺と善子は結婚を誓い合った中だぞ!彼氏彼女なんて言葉じゃ収まらない関係だ!だから善子に手を出そうとするのは俺が許さない!」
 そう言って吠えれば先輩は悔しそうに唇を噛んで走って行ってしまった。しかし何も言い返して来なかったから、ただの小物だったな。けどこれでまた一人、善子に群がる虫がいなくなっただけなので、あの人が小物だろうが大物だろうがどうでもいい。
「はあ……善子が可愛いのは当たり前でしょうがないが……こんなに悪い虫がたくさん寄ってくるとは想像してなかったな」
 俺は頭を掻きながら溜息を吐く。善子がお洒落に目覚めてから、見る見るうちに男子生徒達の目つきが変わった。高校デビューなんてそもそも中高一貫でできるものじゃない。だから単に善子は高校生になるからと身なりを整えた……というようなものなんだろう。自然な流れでもある。
 しかしその結果、善子の可愛らしさが目に見えて分かり、変な気を起こす連中が現れ始めた。俺は中三の頃からあちこちで噂を聞きつけたり、善子の口から出てくる男の名前に注視して群がる虫を叩き落とし続けている。
 学年問わず、先輩問わず。善子は俺のものだと主張しまくった結果、あらかたの虫は駆除できた。方々で俺と善子の関係は公認であるし、もはや当たり前すぎるのか噂にもならない。まあ、中学の頃から毎日二人で登下校していたらそうなるよな。
 しかし稀にさっきの先輩のような人が現れることもある。善子が俺たちの関係をぼかして話すのでただの幼なじみだと勘違いしてアプローチを掛けてくるのだ。だから善子を確実に待ち伏せできる服装チェックの日の早朝は要注意なんだ。
「さて、俺も教室に行こう」

**

「ねえ、そこのピアス。ちょっといい?」
 五時間目が終わった後の休み時間。廊下にあるロッカーを開けていると呼ぶ声がして振り返る。そこには派手目な顔をした女子生徒がいて、俺は周りを見渡すとピアスをしているのが俺だけなので「俺ですか?」と首を傾げた。目の前の女子生徒……思い出した。この人は善子の友達だ。名前は確か、謝花梅先輩だ。
「あんたよあんた。善子のお隣さん」
「……確かに善子の家は隣ですけど……何の用でしょうか?」
「ふふーん。あんた昼休み、女といちゃついてたでしょ?」
「え?何のことですか?」
「誤魔化してもダメよ!善子と一緒に窓から見てたんだから!遊歩道を一緒にいちゃいちゃ歩いてたじゃない。不細工なのに浮気なんてやるじゃない」
 昼休み、遊歩道、女子生徒。俺はパッと何のことか思い至ると声を荒げて否定する。言いがかりもいいところだ。
「カナヲとは普通に歩いていただけです!委員会の連絡事項を……」
「やだ、あんた名前呼びなの?結構本気じゃーん!落ち込んでる善子に言いつけてやろっと!」
「はあ!?なんなんですか!?というか、善子が落ち込んでるって……!」
 聞き捨てならない言葉に聞き返そうとすると謝花先輩はびっと手のひらを突き出して俺の言葉を遮ってくる。ペースが掴めず、しかも女の先輩でどう対応すべきか迷う。仮にもこの人は善子の友人なわけだし。
「そこは気にしなくていいわよ。この私が慰めてあげるから、ありがたく思っておきなさい」
「いや結構です!善子は俺が慰めるので!」
「原因の癖に何言ってんのよ。生意気ね」
「俺が原因なんですか!?」
「そうよ。あんたが腑抜けで牙を使わないやつだからよ」
 ふふんと言って笑う謝花先輩の言葉は俺にはよく分からない。腑抜けである自覚もないし、牙ってなんのことだ。それと善子の落ち込みになにが関係あるんだ。
「だから善子には私の一押しの雄を紹介してあげる。そいつに慰めさせるわ。安心しなさい。あんたと違って立派な牙がある奴だから。あいつなら善子だってイチコロよ」
「ちょっ……!待ってくれ!善子に何する気だ!!」
 そう言って詰め寄ろうとしたら予鈴が鳴った。謝花先輩はニヤニヤ笑いながら「今日の放課後、善子は借りるわよ!じゃあね〜♡」と言って駆けていく。俺は慌てて追いかけようと思うが、廊下の向こうから煉獄先生が来ているのが見え、舌打ちをすると急いでロッカーから便覧を取りだして教室にはいる。
 これが最後の授業だ。ホームルームが終わった瞬間に飛び出して二年の教室に行き、善子を捕まえる。謝花先輩に連れて行かれる前に善子に会えれば大丈夫だ!!それにしても善子!交友関係に口出しはしたくないが、友達は選んでくれ!!
 六限目のチャイムが鳴り、ホームルームが始まり、俺は貧乏ゆすりしたいのを必死に我慢していた。というかむしろ走りだしたいのを我慢している。早く早く早くしてくれという俺の願いが叶ったのか、担任の悲鳴嶼先生は簡単な連絡事項だけで切り上げてくれた。起立をして、先生に礼をし、顔をあげ切る前に俺は荷物も持たずに駆け出す。まずは善子の確保が先だ。善子に行くなとさえ伝えられればこっちの勝ちだ!俺が拒否したことを善子がするとは思えない!!
 誰もいない廊下を駆け上がり、二年の教室へ行く。そのまま静かな廊下を走り、善子のクラスの前に着いた。誰もいないからまだホームルームは終わってーーいや、待て。静かすぎる。
 そう思ってガラリと教室を開ければもう誰もいなかった。それに驚いて隣のクラスを見るとそちらも空っぽだ。これは一体……と思っていると戸締り確認をしている響凱先生がこちらにきた。
「響凱先生!二年生ってもう帰ってしまったんですか!?」
「二年生は担任の先生方が研修の為、五限で終わりだ。もう大半は下校している」
「なっ!!」
 やられた!放課後って言われたから六限まであるんだとばっかり思ってしまった!いやでも善子に何も言われてないし……ああ……俺も善子も基本的に遅くなる方に片方が合わせるって感じで下校しているから善子は待つつもりだったのか!!
「先生!ありがとうございます!」
 俺はそう言って頭を下げるとすぐさま自分の教室に引き返した。教室に行くと伊之助が俺の机に座っている。「どこ行ってたんだ?」と聞かれるのに「二年の教室だ!でももう下校していた!」とだけ言って、鞄からスマホを出す善子に電話をかける。とりあえず善子からのメッセージの通知はない。
「……………でないっ!!」
「権八郎、さっきから何キレてんだよ」
「善子を捕まえたいんだ!!くそっ!!電源が切れてる!」
「善美なら駅前の方に行くって言ってたぞ」
「駅前!?本当か!?いつ言ってた!?」
 まさかのヒントに俺は伊之助の肩を掴んで揺さぶった。伊之助は「やめろ鬱陶しい!!」と俺の手を払い除けると考えこんだ顔をしてから言った。
「あー……五限の後だな。階段のとこで会ったんだよ。帰る格好だったから声掛けたんだ。権八郎を待たねーのかって」
「そしたら!?」
「あー……友達に誘われて駅の方に行くって。お前に伝えておいてくれって言われた」
「伝わってないぞ伊之助ーーー!!」
 俺はそう言って鞄を引っ掴むと教室を駆け出た。一時間以上ロスしている。駅前のどこに善子は行ったっていうんだ!!このままでは善子が危ない奴の毒牙に掛かってしまう!!
「ふざけるなよ……!!俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ!!」
 牙がないとか舐めるなよ。俺がどれだけ善子の首元に齧り付きたいのを堪えてると思ってる!!変な奴に、ポッと出の奴に大事に大事にしてきた俺の女に手を出されて堪るか!!
 

****

「最っ高だった……」
「ふふん。そうでしょう。だって私の一押し達よ」
 得意げにしながらそう言う梅に、私は異論なく肯いた。ああいう場所があるのは知っていたけど行ったことはなかったので、まさかあんなにちやほやされるとは思わなかった。囲まれて魅力的な目で見つめられて、思わず目尻が下がり猫撫で声を上げてしまうくらいだった。
「あんたすっかりデレデレだったじゃない。最初は乗り気じゃなかったのに」
 駅前を抜けて、住宅街の方へと向かっていると梅に肘で小突かれてそう言われた。そのことに俺はうっと言葉を詰まらせる。確かに最初は店の前に連れて行かれてちょっと躊躇したけど。だってあんなにいっぱいいると思わなかったし。でもお店に入ってみれば皆んなにちやほやされて……すりっとされたらメロメロになっちゃうよね。
「あんなに沢山ちやほやされたれそりゃー好きになっちゃうよ」
「あんた誰が良かった?」
「縁壱君かなぁ。イケメンだったし」
「あんたそっち派?私は巌勝の方が……」
「誰の話だ?」
 血を這うような低い声に俺はゾッとして立ち止まった。そろりと振り返れば顔が……もはや真っ黒としか言えないほどの形相の炭治郎が立っている。この顔は最大限に怒ってる時の炭治郎だ。少なくとも俺が知るうる限りでの。
「うわヤバっ……余裕なしにも程があるわ」
 梅の小声が聞こえたけど、俺はこんな炭治郎の前に友達を晒すわけにもいかず梅の前にすすすと移動する。何をこんなに怒っているんだろうか。心当たりがない。
「えと、炭治郎……」
「スマホ」
「え?」
「なんで電源切ってるんだ」
「あ!ごめ……」
 俺は震える手で鞄からスマホの電源をつけた。桃のマークが立ち上がるのを早く早くと思いながら見つめてれば、画面が起動して電波を受信し始める。その次の瞬間に着信ありというメッセージがガンガンときて止まらない。
 俺はえっと思って番号を見れば全部炭治郎の番号だった。鳴り止まないメッセージ通知に俺が電源切ってる間にどんだけ掛けたんだと青くなる。そういやトークアプリにもメッセージがめっちゃ入ってるわ。開いて確認すればやっぱり炭治郎で俺の所在を確認するメッセージばかりだった。
「ご、ごめん電源、梅に切れって言われてたから……えと、緊急事態でもあったの?じ、爺ちゃんとか禰豆子ちゃん達に何かあったの?」
 恐る恐るそう聞くも、炭治郎はじっと俺を上から下まで見て、そして少し息を小さく吐いて少しだけ顔色を戻した。でもピリピリとした雰囲気と顰められた眉にまだ不機嫌なことは分かる。
「何かあったのは善子の方だろ。帰るぞ」
「は?え?」
「謝花先輩、俺達はこれで」
「ふんっ。まあいいわ。じゃあ善子、後で縁壱との写真送ってあげるわ。そこのでこっぱちにも共有してやんなさいよ。喜ぶから!あははっ!」
 梅はそう言って軽やかにショッピングモールの方へと行ってしまった。俺は挨拶したかったけど、隣で俺の腕を掴んでる炭治郎が怖くて声が出ない。だって縁壱君のと写真ってくだりでめちゃくちゃ力入れて握ってきたし。痛いと思った瞬間には緩まったけど。
「……」
「あ……」
 ぐいっと手を引かれて家の方へと……と思えば、炭治郎は住宅街の公園に入った。公園って言っても遊具が鉄棒しかなくて子供もいない寂しい場所だ。そこのベンチにへと来ると炭治郎は俺に座るように差し向ける。怒ってる。なんか分からないけど叱られるんだな、と俺は大人しくベンチに座った。逆らうなんて今の炭治郎には怖くてできんわ。
「えと……」
「どこ行ってたんだ?」
「え?」
「縁壱って誰だ?二人で写真撮ったのか?……ちやほやされて、好きになったのか?」
 怒っていた筈の炭治郎はだんだんと表情を変えて最後は苦しそうに泣きそうになりながらそう言った。その言葉に俺は凄い勘違いをされていると頭の中で思ったが、それよりも炭治郎がなんでこんなことを言うのかが分からず混乱する。だって、これじゃまるで……。
「えっ、炭治郎……し、嫉妬してんの?」
「当たり前だろう!善子は俺の婚約者だぞ!他の男に目を向けられて、イケメンはまだしも……好きになってしまうなんて裏切りだぞ!!」
 顔真っ赤にして、血管浮き上がらせてそう言った炭治郎に俺はポカーンとした。炭治郎が怒ってるのは分かってるけど、そこじゃない。大前提の方がめちゃくちゃ気になる。いやいや俺たちって……。
「俺たちって婚約してたの?」
 口からまろび出るというように言葉がでた。その言葉を聞いた炭治郎は真っ青になる。そして目をウロウロと彷徨わせるとマジで泣きそうな顔で絞り出すような声で言った。
「約束しただろう……善子を俺のお嫁さんにするって。四歳と五歳の時に……小指を絡めて約束しただろう。善子は忘れてしまったのか?俺のお嫁さんにはもう、なりたいって思ってくれてないのか?」
 ま、マジかーーーー!!炭治郎!おま、お前!!マジか!!あの口約束をずーっと有効だと思ってたの!?信じられんっ!!考え直すタイミングたっくさんあっただろ!俺より可愛い子なんでごまんといるじゃん!か、カナヲちゃんとかお前に仄かに恋しちゃってない!?知らんけど!しのぶ先輩とかも狙えばお前ならいけない!?知らんけど!
「ま、マジか……」
「忘れてたのか」
「いや忘れてない!覚えてるよ!」
 なんなら定期的に夢に見てるわ!お前と結婚したすぎて!お嫁さんになりたすぎて一ヶ月に二回の頻度で夢に見るわ!!
「じゃあ善子はあの約束を無効だと思ってたのか?俺だけがずっと善子を婚約者だと思ってたのか?俺だけが善子の作ってくる弁当や、毎朝結んでくれるネクタイに愛を感じてたってことか!?あれは全部俺の勘違いか!?」
「そんなわけあるか!好きでもない男の為に誰が毎朝五時起きで弁当作るんだよ!誰が栄養気にして夜に五目ご飯仕込むんだよ!お前がキメツ学園くるからって中一の三月に兄貴に頼んでネクタイの練習を俺がどれだけしたと思ってんだよ!!全部全部お前の為だわ!!でも……お前何も変わらなかったじゃん!何も言わなかったじゃん!俺は炭治郎こそ約束忘れてるんだって思ってたわ!!」
 約束してから十年以上、炭治郎はずーっと優しかった。禰豆子ちゃんや花子ちゃんにするみたいにずーっとずーっと優しいだけだった。小学生のうちはいいよ?でも中学に上がっても変わらなくて、周りにはどんどん可愛い子が増えて、炭治郎も格好良くなって、それでも俺たちの間にあるものは変わらない。炭治郎はずっと優しい目でだけ俺を見てた。そこに男らしさとかはなくて、俺のことを女に見てるなんて思えなかった。
「忘れてなんかないっ!俺はずっと善子を好きだ!」
「嘘おっしゃい!!お前が俺にそういう目で見てないのは知ってるわ!お前は俺を婚約者だっていうけど……もうすでに家族みたいだからだろ!俺のことを禰豆子ちゃんや花子ちゃんみたいに思ってるから、妹とか姉とかそんな括りで見てるから他所に行かれると寂しいだけだろ!お、俺のことひとりの女としてなんて見てないくせにそんなこと言うな!好きとかいうな!お前の好きはLikeなんだよ!Loveじゃない!お、俺は……炭治郎のことそういう好きなのに……お前のパンツ畳むの正直言ってめちゃくちゃ恥ずかしいんだからな!!」
 ぜぇはぁしながらそう言えば、今度は炭治郎がポカンとしていた。そして口を引き結ぶと覚悟を決めた顔をしてーー。
「俺が初めて夢精した時は善子と一緒にお風呂に入っていた時の夢だった!!」
「いきなり何!?夢精!?」
「思い出したぞ。小学四年生の時だった。夏の日に善子と外遊びから帰ってきて、水浴びがてらに二人で入ったんだ。水着なんてつけずに風呂と同じように入ったんだ。でもその日はいつもと違って禰豆子も竹雄もいなくて、花子も茂も六太も一緒に入らなかった。俺達は二人きりだったんだ。そうしたら……善子の膨らみ始めた胸や、俺と違って何もついてない股が気になって、俺は恥ずかしかさを覚えたんだ。そしてその夜、夢精をした。善子の裸の胸を触る夢だった。……それから俺は善子と風呂に入るのをやめたんだ」
 真面目な顔で夢精の思い出話をする炭治郎に俺は頭にハテナがいっぱいだ。なんでそんなの話し始めた?
「えっ?何の話?」
「俺が性的興奮を善子に感じてるって話だ。善子は俺からLikeしか感じられないと言ったが、それは俺が隠してるからであって俺のはLoveだ。その証拠に精通を迎えてからの俺のオカズはずーっと善子だぞ!なんなら今朝もお前のエッチな姿を想像して抜いた!」
「そんな報告いらねぇ!!えっ!?待って!?炭治郎って俺のことやらしい目で見てるの!?」
「見てるぞ!善子とキスしたいし、善子の胸も見たいし尻も見たい!下着姿も見たい!なんなら風呂も一緒に入りたい!小四から入ってないから、善子の身体がどう変わったのか想像するしかないんだ!でもこう……想像してもリアリティに欠けるというか……」
「真面目な顔していうな!!えっ!?でも待ってよ!?じゃあなんであんなこと言ったんだよ!」
「あんなこと?」
 小首を傾げる炭治郎に俺はこくんと頷いた。炭治郎が俺に性的興奮を覚えているのは……ま、まあ分かったわ。オナニー事情も分かりました。そっちはまた後日、どうするか考えるとしてまずは俺が炭治郎にLoveがないと思った原因の追求だ。
「俺が中三の冬!炭治郎、友達に俺との関係聞かれて言ってたじゃん!『彼女じゃない』って!!俺、あれを近くで聞いてたんだ!だから……炭治郎は俺のこと好きじゃないって。ただの幼なじみって思ってるんだって……」
「……ごめん、分からない」
「分かんないってーー!」
「違う、言った記憶がないんじゃない。誰に言ったか分からないんだ。俺は善子との関係がなんなのか聞かれることが多かったから、聞かれるたびに『彼女じゃなく、婚約者だって』答えてたんだ」
 記憶を掘り起こそうとしてるのか、腕を組んで頭を傾げてる炭治郎に俺はもう言葉が出なかった。なんだよそれ……。そんなってありなのか……?俺の勘違いって奴なのか……?
「俺、てっきり……」
「ごめん。俺の言葉が足りなくて、善子を不安にさせたな。俺は善子が好きだぞ。試したことないが、善子以外には勃たない自信がある」
「そういうのはまだ早いかな。恋人繋ぎとかキスからお願いします」
「分かった」
 炭治郎はそう言うと項垂れてた俺の顔を掬うとふにっと口づけた。近くにある炭治郎の顔がボヤけていて、でも離れていくに従って鮮明になっていく。俺は炭治郎にキスされたのだと遅まきながらに気がついた。
「た、炭治郎!?何するんだよっ!!」
「何ってキスだろう?ずっとしたかったけど、そんな雰囲気にならなかったから善子はまだ早いって思ってるのかと……」
「ちゃうわい!俺は炭治郎に好きになってもらうのが先だったからキスとか考える余裕はなかったの!お洒落して可愛くなってお前を落とすしか考えてなかったから雰囲気なんて出るか!!」
 だいたい、いい雰囲気ってどんなもんなのよ。どんな雰囲気ならキスするなって分かるんだよ。そんなことを思っていると炭治郎は顔を赤らめて口元に手を当て、そっぽを向いていた。自分でキスしておいて今更恥ずかしくなったのかと訝しんでいると「もしかして……」と炭治郎は呟いた。
「善子が高校生間近からお洒落を始めたのは……俺の為か?俺に可愛いって思って欲しかったからか?」
「んえっ!?あー……うん、そうだよ。彼女じゃないって言ってるのだけ聞いて、勘違いして、じゃあ炭治郎に好きになってもらわなきゃって……可愛くなりなくなったんだよ。そしたら炭治郎が俺のこと見てくれるかなって……」
「ぐうっ……」
「怖っ!どうしたんだよ!?」
 顔を覆って仰反る炭治郎に俺は思わず立ち上がる。炭治郎は「そうかそれで……虫除けが大変になった理由は俺か……」とぶつぶつ言ってる。マジで分からない。炭治郎のこと何でも知ってたつもりだけど、この短い時間で新しい一面をたくさん発見してる気がする。
「……善子はずっと可愛かったぞ。今の姿もすごく可愛いが、前のボーイッシュなのも俺は好きだった」
「あ、ああ。そう?んじゃどっちが好み?」
「うーん?難しいな。でも俺に可愛いって思って欲しくてお洒落してくれるのにはこう……グワっとくるな。虫が湧くのが大変だが」
「はあ?虫?」
「こっちのことだ。善子は気にしなくていいぞ!」
 にこっと笑う炭治郎に俺はもういいかと息を吐いた。それにしても……これは俺と炭治郎は両想いってことだよな?俺と結婚してくれるってことだよな?
「炭治郎」
「ん?」
 柔らかく笑う炭治郎に俺もつられて笑う。ずっと怖くて言えなかったけど、今なら言えるし答えも分かる。
「大人になったら俺をお嫁さんにしてね!」
 炭治郎は昔と違って大きく男らしくなってるけど、俺を見る瞳の色は変わらない。炭治郎は嬉しそうにすると力強く頷いた。
「勿論だ!絶対に善子を俺のお嫁さんにするぞ!」

****

 炭治郎と指を絡ませあって帰る道すがら、ピコンと鳴った音に俺はスマホを開いた。そこには梅から写真がズラーっと送られてきてて、俺は「あっ」と思い出す。
「縁壱君との写真きた」
「そうだった!!忘れていた!!善子!縁壱って誰だ!俺は浮気は許さないぞ!!」
「ひええええ!鬼の形相で揺さぶるのやめて!!見ていい!写真見ていいから!」
 そう言って炭治郎にスマホの画面を突き出すと、炭治郎はピタリと動きを止めて画面を見た。そしてトーク画面をスライドさせてるんだろう。梅から送られてくる写真を食い入るように見ている。
「……善子。謝花先輩と行っていた場所って」
「梅の行きつけの駅前にある猫カフェ。そんで、この長毛のにゃんこが縁壱君」
「……顔から火が出そうだ……!」
 炭治郎は本当に火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。なんでも俺を探して駆けずり回っていたようなので、炭治郎は結構汗臭い。
「ところで何で探しにきたの?友達と遊ぶなんてたまにあるじゃん」
「それは……謝花先輩が落ち込んでる善子を励ますために、一押しの雄を紹介してそいつに慰めさせるって……善子もイチコロだって……。まさか人間の男じゃなくて本当に獣の雄だったなんて思わなかったんだ」
「……梅に揶揄われたのか。災難だったな」
「……いや、善子とこうして名実ともに婚約者になれたんだから良かったんだ。謝花先輩にお礼をしないとな」
 炭治郎は恥ずかしそうにしながらもそう言って笑った。俺も「そーね」と頷いてまた二人で手を絡ませて歩き出す。名実共に婚約者か。確かにこれで炭治郎と俺は両方がちゃんと婚約者としての自覚があるってことだもんな!これから俺は炭治郎との関係を聞かれて……恥ずかしいながらも婚約者だと言うことになるんだろうか?炭治郎は言ってて恥ずかしくなかったのか?中二の頃には言ってたってこと…………。
「はあああああああ!?」
「どうした善子!?」
「おまっ!お前っ!炭治郎おまえ!!人に俺たちの関係を聞かれるたびに婚約者だって答えてたのか!?」
「そうだぞ?」
 俺の言葉に炭治郎は何を当然なって顔で頷いた。なんだその顔!ふざけんな!イケメンで可愛いじゃねぇか!好きっ!!でもそうじゃねぇ!!
「そうだぞじゃないよ!じゃあ炭治郎の周りの子達は俺たちが婚約者だってずーっと思ってるってことか!?」
「俺の周り……というか、多分殆どの生徒が知ってるぞ?俺は善子に手を出されたくなかったから、機会があれば言っていたからな」
「うっそでしょ!?」
 まさかの外堀が埋められていたとわ。あれじゃあ、梅ももしかしてそのこと知ってたのか?知ってたなら教えてよ!!
「か、顔から火が出そう……!」
 俺は頰を押さえてそういうとその場に蹲み込んだ。頭上からは心配する炭治郎の声が聞こえたがもはやそれどころじゃなかった。明日からどんな顔で学校行けばいいんだよおぉぉ。

****

「謝花先輩!」
 放課後に帰ろうと思い階段を降りてた所で声をかけられた。今日は善子は委員会だから、先ほど教室で別れてて私は一人きりだ。一人の時に私に声を掛けるなんていい度胸してんじゃんと振り返れば、竈門炭治郎が立っている。
 こいつは善子にただならぬ執着心を持ちながらも可愛い猫パンチと周りに威嚇するしかできない赤ちゃんだったが……どうやらちゃーんと牙の使い方を覚えたみたいね。そのことは善子のいつもと違ってソワソワしながらリップを塗る姿で感づいてたけど。むしろ昨日のあの怒りの形相をして善子を連れてったのに何もなかったら雄として本当に見込みなしよ!
「なによ?なんか用なの?」
 そう言って睨めつけてやれば、竈門炭治郎は直角にお辞儀をしてきた。「ありがとうございました!あなたのお陰で善子との絆がより深まりました!これはお礼に持ってきたうちのパンです!善子から謝花先輩は甘めのパンが好きと聞いたので菓子パンも入ってます!」
 顔を上げてから差し出された袋を見やり、私は受け取った。まあ、当然のことよね。私の手助けがなければこいつは後、三年くらい善子を、凹ませ続けて元から不細工な顔をより不細工にさせてたんだろうし。よく分からないけど、こいつはを大事にするっていのを少し履き違えてたみたいだしね。
「まあ、貰ってあげるわ」
 そう言って結構の重さがある袋の中を見れば到底一人分とは思えない量が入ってる。甘くない系もかなり多いじゃない。食パンまで入ってるわよ?
「良ければ謝花先輩のお兄さんと召し上がってください!」
「ふうん……悪くないわ。そうね。気分がいいからアドバイスをあげる」
 お兄ちゃんの分もって気遣いは嫌いじゃない。だからその分を少し、支払ってやろうかなとか労ってやろうかなとか、あのブスが少しでも綺麗になれるようにとか色んなことを考えて私はアドバイスをしてやることにした。竈門炭治郎はごくりと喉を動かして真剣な目で私の言葉を待ってる。ふふん。私は猫派だけど、従順な犬も嫌いじゃないわよ。
「女は本当の花じゃないんだから愛でてるだけじゃダメよ。たまには手折るつもりで、獣みたいに噛みつかなくちゃ女だって退屈になるわ」
「……獣みたいに……噛みつく?」
「キスはしたんでしょ?そういうことよ」
 私の指摘に竈門炭治郎はカッと頰を赤くして「な、なるほど……」と頷いた。素直な奴も嫌いじゃないわ。だからもう一つアドバイス。
「それと女の『やだ』は好きな人に対しては『もっと』だから覚えておきなさい」
 私はそれだけ言うと茹で蛸みたいになってる雄を放って階段を降りていく。お兄ちゃんのバイト先に行って一緒にパン食べようっと♡

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