リビングの花嫁

炭善♀の現パロです。
パン屋長男とモデルしてる善逸♀です。
服飾学校に通ってる禰豆子ちゃんのモデルしてる善逸ちゃんに一目惚れする炭治郎の話。
約30000字/健全/現パロ/女体化

 よく分からないけど、出会いのない俺に神様が花嫁さんをデリバリしてくれたのかと、一瞬だけ本気で思った。

***

「んんっ……」
 スマホのバイブレーションの音で目を開ける。ガリガリ頭を掻いて、スマホを見れば14時だった。朝の3時からパンを作って、店の開店時間の時に一旦仕事を上がる俺は、そこから自分の趣味のことをしたり、昼寝をしたりして過ごし、15時からまた店に入ってパン屋が閉店して閉店作業が終わる21時まで仕事だ。
 高校生の時は朝の一回しかパンを焼けなかったので売り切りごめんというスタイルの店だったが、午後に夕方の分を焼けるようになったのでお客様にももう少し、俺のパンが届くようになった。高校の時と違って次男の竹雄ももう17歳だ。昔の俺と同じように朝起きてきてパン作りに勤しんでくれてるので本当に昔より楽だ。
「あっ。しまった。髭が生えてるな……」
 俺は眠気を取ろうと目をしぱしぱさせながら、顎に手をやったが、少しチクチクとした感触に俺は顔を顰めた。朝も剃ったのに面倒だなと思いながら俺はベッドから降りた。そしてそのまま部屋をでて、二階のリビングに降りていく。
 うちは一階が店舗と事務所とお風呂と玄関で、二階がダイニングキッチンとリビングと母さんの部屋である和室と広めの子供部屋だ。三階が俺の部屋と長女の禰豆子と次女の花子の部屋、次男の竹雄の部屋と小さな物置だ。兄弟仲がいいから何とかやっていけてるが、各個人の部屋はない。けど少し悩みもある。それは来年に茂、花子、竹雄という受験生が三人も発生することだ。
 これには竈門家も戦慄だ。お金のこともあるけど、それはいい。問題は勉強できる環境についてだ。竹雄は一人部屋だが、茂と花子は現在相部屋の状態だ。二人は何も言わないけど勉強に集中は難しいだろう。六太も遅くまで電気がついてるところでは寝られないだろうし、かといって俺と相部屋になると毎日午前二時頃に仕事に行く俺に起こされてしまう。母親と眠るという歳でもなく男のプライドに障るだろう。
 そして花子の方は……正直、受験がなくてもなんとかしてやりたいレベルだ。なぜなら相部屋の禰豆子が現在通っている学校が服飾専門学校で、禰豆子は学校でも家でもバリバリと服を作るのだ。立派なデザイナーになって、自分のブランドを持つという信念を中学三年の時に得た禰豆子はいつ寝てるのかというくらいに頑張っている。というわけで部屋の中は若干どころでなく、禰豆子のものが多い。女子の部屋に入らないので俺は見たことがないが、それは素敵な作りかけの服がトルソーに掛かり、でんっと居座っているらしい。それを花子は「うっとりするぐらい素敵なお洋服ばっかりなのよ!私もあんなお洋服を着こなしてみたい!」とベタ褒めなので実にうちは平和だが、受験生の時までこのままはまずい。禰豆子も来年には気にして創作活動をやめてしまうか、一人暮らしなんて言い出してしまうかもしれないと家族で心配している。
 お金のこともあるけれど、服のことになると本当に禰豆子は人が変わったかというくらいに本気なのだ。それこそ寝食を忘れてしまいそうで、不安で仕方がない。
 この事態に母さんは「私が納戸で寝ようかしら?」なんて地震があったらどうするというような怖いことを言うし、頼れる次男の竹雄は「兄ちゃんが結婚して家でて通いで店来てよ」なんて無責任なことを言う。それが出来たら一番いいが、相手が必要なものなのにどうやってやるんだ。
 しかし一番幸せな展開とすれば長男の俺が順当に出ていくことだ。そうすれば受験生で同性の竹雄と茂を相部屋にすればいい。その為に俺も家を出たいが、出るなら勿論、結婚でという形がいい。流石に部屋がないので一人暮らしはコストが掛かる。それなら俺が納戸で寝る。だから結婚したい。
 とは言っても俺には残念ながら恋人はいない。高校の時にそれなりに告白してもらえたら事があるのだが……家のこともあってお付き合いも難しそうなので全て断っていたのだ。デートも出来ないなんて相手に申し訳ない。しかしこれに禰豆子は「お兄ちゃん、お嫁さん貰いそびれるよ?」と言われて首を傾げてたが、今になればよくわかる。高校を卒業して家で働き始めたら理解した。これは出会いがない。
 本当にないのだ。お客様にそんなつもりがある人なんているわけがないし、俺もほぼ家で過ごして外に出るのは散歩か買い物くらい。何か特別な趣味があるわけでもなく、家でパンの研究をするのが楽しいとなれば本当に出会いがないっ!!俺は若干焦っている!!世の中の人達はみんな学校や趣味のサークルみたいなコミュニティでパートナーを見つけているのだとようやく理解した!禰豆子が言っていたのは高校のうちに相手を見つけて捕まえておかないと出会いがないということだったのだ!!
 これに気がついた俺は竹雄に出会いは大事だぞと自分の経験から教えたのだが、竹雄にはしっかり彼女がいた。しかも中学かららしく全然知らなかった。母さんも禰豆子も知っていて、きちんと将来の約束をして向こうの家族の覚えもめでたいらしい。し、知らなかった!!
 というわけで俺は全く情けないことに長男として大きく出遅れている。しかし世の中の長男は仕方がないのだ。兄弟の中で手本がないまま、何もないところに道を作って歩いているようなものなのだ。俺の失敗から竹雄が何かを察して彼女を作ったのなら、俺の独り身も意味があるということだ。そんな虚しいことを考えながら、階段を降りきり、俺はリビングに入ったその時——。
「はっ……?」
「あっ……」

 リビングの真ん中に金髪の花嫁さんがいる。

 俺はなぜ自宅に花嫁さんがと思うけど、そのあまりの美しさに声が出ないし、あとたぶん顔が熱い。花嫁さんのドレスはキャミソールのような形で肩も首回りも出ていて、白い肌が惜しげもなく晒されている。ドレス真っ白で、幾重にもレースやフリルが重なっていてボリュームはあるが、よく見るウェディングドレスのように広がりはなく、ストンと下に落ちるデザインだ。丈も短くて足が見えてるし、けど一部分のレースは床に広がっている。教会よりも森の中とかに立ってるとすごく絵になりそうで、短いボブカットの髪もドレスにあっている。そして髪に飾られた花輪が金の髪を美しく彩っていて、うわっ、この人…目の色も金色じゃないか?ええー!?が、外国の花嫁さん!?お、俺は英語は店で使える受け答えくらいしか……!
 ぐるぐると思考を回しながら、俺はその人を見つめていた。花嫁さんはびっくりした顔でリビングに立っていて、もしかして神様に言われて今きたばかりなのかななんてあり得ないことを思う。いやいや、そんなわけあるか。冷静に考えろ!!神様が俺に花嫁さんをデリバリーするよりも、禰豆子の友達が禰豆子の作った服のモデルをしている方が可能性が高いどころかそれ以外にあるかっ!!彼女の足元に禰豆子の裁縫道具が物凄い広げられてるじゃないか!!
「あ、あの!禰豆子のお友達ですか?」
 俺の言葉に花嫁さんはカアッとなって手に持っていたブーケで顔を隠して頷いた。か、可愛らしいぞ……!えっ、なんだ?照れてるのか?いや、この格好は流石に恥ずかしいか。胸元なんて頼りないにも程がある。かなりギリギリだ。
「え、えっと俺は禰豆子の兄の竈門炭治郎です!初めまして!」
「……我妻善逸です。禰豆子ちゃんとは高校が一緒で……」
「そうですか!禰豆子のモデルをされてるんですよね?」
 コクリと頷く彼女を見ながら、俺は必死に言葉を探した。というかめちゃくちゃ日本語だな。目の色に引っ張られていたけど顔の作りは日本人だ。カラコンか何かかな?とりあえず、何か、気の利いた会話……。
「そ、その!す、すごく綺麗ですね!!神様が俺に花嫁さんを贈ってくれたのかと勘違いするくらい綺麗です!」
「は?」
 すごく間違えた気がする。我妻さんはカーッと全身を赤くすると涙目になって小さくなった。すごい可愛らしい反応……いや!困らせてどうする!というか発言が気持ち悪い!これも経験値ゼロのモテない男ゆえの弊害だ!!
「いや!その!寝起きで頭がおかしくてですね!」
 あわあわとしてると我妻さんは真っ赤な顔をブーケから上げるとポソリと言った。少しハスキーボイスのけどスッと耳にはいる心地のいい声で言った。
「……禰豆子ちゃんが一生懸命作ったドレスがとっても素敵だからね。当たり前だよ」
「……そ、うですね……」
 参ったな。どうやら本当に神様が俺に花嫁さんを贈ってくれたらしい。いやこれもうそうだろう。出会いのない俺に神様が素敵な出会いをプレゼントしてくれたんだろう。中二の時に父親を亡くしてそれからずーっと頑張ってきた竈門家長男の俺へのプレゼントだろう。俺は、絶対に、この人と結婚するぞ!!
「あ、あの!」
「ひぇっ!はいっ!?」
「善逸さん!お待たせしましたっ!ビーズあったビーズ!」
 連絡先交換してくださいと言おうと思った瞬間、リビングに禰豆子が入ってきた。それに出鼻を挫かれて俺はガクリと肩を落とす。禰豆子は部屋に戻っていたらしく、未開封のビーズの袋を片手に持っている。
「やっぱりそのドレスはこっちのビーズの方がって、あれお兄ちゃん。あ!もうそんな時間!?」
 禰豆子はリビングの時計を見ると「やだ、ごめんねお兄ちゃん!リビングの方が広くてドレスの全体見やすくてっ!」と言って我妻さんの肩にストールを掛ける。隠される肌に俺はちょっと残念な気持ちになりながら(男だから仕方がないんだ)、禰豆子に「気にしなくていいぞ、ここでやってていい」と言った。
 禰豆子は俺の言葉にじっと俺の顔を見て、そして我妻さんを見て、そしてもう一度俺の顔を見た。なんともジロジロと見てくるのに、下心が透けているのかと俺は苦しくなって視線を逸らしてしまう。たぶん、顔も赤い。ちらっと見た禰豆子の顔は「ふーん?なるほど?そういうことなの?」なんてニヤニヤしている。間違いなく、俺が我妻さんに興味深々なのがバレている。
「うーん…ありがとうお兄ちゃん!でも大丈夫よ!私達、上に行くから!」
「あ……」
 禰豆子はそう言うと荷物を纏めて我妻さんを連れて上に上がって行った。ドレスの裾をたくし上げて、真っ赤な顔で会釈する我妻さんは急いだ様子で禰豆子の後を追っていく。俺はその後ろ姿を見送りながら、傷ひとつない綺麗な背中をガン見して(男だから仕方がないんだ)、すっかり姿が見えなくなってから溜息を吐いた。
「連絡先聞けなかった……」
 物凄く残念だが、タイミングが悪かった。しかし幸運な事としては禰豆子の友達という点か。道ですれ違った人を好きになったとかじゃないのでまだ繋がりがある。俺はうんっと納得して顔を上げると、そういえば寝起きだからスウェット姿だし、無精髭も生えてることに気がつく。
「うわぁ……恥ずかしい……」
 俺から見た我妻さんは可愛らしいドレス姿の美しい花嫁さんであったが、今の俺の格好はどう考えてもダサくてむさい男だ。こんな男に連絡先聞かれても困るだろう。良かった!酷い姿の時に迫らなくてよかった!次はもう少し清潔感ある格好で会いたい!
「……顔洗って髭剃ろう」
 我妻さんは家の中にいるのだ。また鉢合わせることもあるかもしれない。せめてもう少し印象をアップ出来るような格好でいたい。ギャップがある方が女性は好きとかテレビで言ってるしと、俺は急いで洗面台に向かった。

****

「普通に恥ずかしい」
「ごめんなさい。時間をすっかり忘れてて……」
「ううん。禰豆子ちゃんのせいじゃないんだよ……いいんだよ……でも、でも、男の人に俺の貧相な身体見られたー!!」
 私の部屋に入ってから善逸はそう言ってブルブル震えながら膝を折った。そして私の家であるということを考慮してなのだろう、小声で叫んだ。すごい器用だなって思いながら、私はニコニコと善逸さんを見る。
 私、竈門禰豆子は竈門家の長女だ。上に一つ歳上の兄がいて、下には四人の弟妹がいる六人兄弟の長女。父親は私が中学生になる時に他界していて、母子家庭で育っているが長男であるお兄ちゃんが大変に立派な人なので父親の跡を中学生ながらに継いでパンを作りながら、私達細々と暮らしてきた。家族一丸とならねば生きてはいけなかったので、家族仲は大変に良好である。
 そんな竈門家の長女である私は、今は服飾の専門学校に通っていて、日夜、服の製作に明け暮れる毎日だ。切っ掛けは特待生になれば学費免除が狙える私立の女子校の学園祭を見に行った際に家庭科部のファッションショーを見たことで、ステージの上で煌く美しい洋服達に私もここで自分が作った服を発表したいと思ったからだ。
「お兄ちゃんはそういうの気にしませんよ」
「俺が気にするの!!ひぃぃぃん!なんだこいつめっちゃ貧乳なやつだなとか思われてたらやだよぉ〜!」
「思わないですって!」
 私の目の前で身体を隠すようにして蹲っている人は、その女子高の二学年上の先輩で私の友達である我妻善逸さんだ。わたしが中学三年生の時に見に行った学園祭でファッションショーのモデルとして出ていた人でもあり、まあ、要するに私は善逸さんがカッコよくランウェイを歩いているのに見惚れて服を作りたくなったのだ。私もこの学校に入って、この人に服を着て歩いて欲しいと思ったのだ。そしてそのまま私は服飾の魅力に取り憑かれて、夢は自分のブランドという大きな目標を掲げて邁進する日々だ。そして善逸さんには秋にある専門学校が主催するファッションショーのモデルを頼んでいるので、一着目の服の試着に家に呼んだんだけど……。それにしてもまさか、お兄ちゃんが善逸さんに興味を持つなんて。
 私が追加のビーズを取りに部屋に戻っている間、いつの間にかお兄ちゃんが起き出していたらしくリビングにいた。私はしまった、リビングを開けなきゃと思いながら部屋に戻ると言えば、まさかのお兄ちゃんからここでやっていていいという言葉とその表情に私は驚いた。言葉だけなら何のことはない。ただの優しいいつものお兄ちゃんだ。けどその時のお兄ちゃんの顔は真っ赤で、明らかに善逸さんを見てた。
 それに私はぴーんと来てしまったの!長年、お兄ちゃんの妹をやってきたけど、お兄ちゃんが自分から女の人に興味を持つなんてこと今までは一回もなかった。高校生の時にラブレターとか割と貰っていたけど困った様子ばかりで興味がなさそうだったから、将来出会いがないんじゃないかと心配になりながらも積極的にはお兄ちゃんに恋をしたらとは言わなかった。興味がないならまだタイミングじゃないんだろう。そう思ってたらあっと言う間に二十歳だし、出会いはないしともう少し年齢を重ねてしまったら結婚相談所でも勧めようかな、なんて思ってたところに今回のこれよ!間違いなく、お兄ちゃんは善逸さんに一目惚れをしている!
「善逸さんのドレス姿に見惚れない男性がいるものですか!」
「いやそれは禰豆子ちゃんのドレスの賜物だよ。中身はてんでダメだよぉ〜。じゃなきゃ俺は年齢イコール彼氏なしなんてことあるもんかいっ!これもそれもあれも俺が男の人に全く魅力ない身体だからなんだぁぁ!」
 メソメソと泣く善逸さんに、私はちょっと沈黙する。魅力がない身体というか……174センチのモデル体型な善逸さんは明らかに男性からは手が出しづらい。だって物凄く立ち姿が格好良くて、普段着もおしゃれで、そまそもファッションブランドのモデルをやってるんだから間違いなく素敵なのよ!ただ、その、素敵過ぎて気後れする男性が多いというだけで、魅力的じゃないわけがない。
「大丈夫ですよ!すぐに善逸さんの魅力に気がつく男性が現れます!ううん!きっともう現れてますよ!」
「え〜?そ〜お?うふふっ!禰豆子ちゃんが言うなら期待しちゃうっ♡」
 コロリと機嫌を直した善逸さんに私はうふふっと笑う。魅力に気がついてる男性はもういる。具体的に言うとこの家の中に。そして私としては善逸さんの恋人としてこれ以上ないといえる男性であるのも確かで、なんとしてもこの二人を纏めなければという使命に心が燃える。
「善逸さんっ。デートが楽しみですね?」
「えっ?あ、うん?そうね?」
 こてりと首を傾げながらも服作りの続きの為に立ち上がった善逸さんは本当に綺麗だ。私のドレスがすごーく似合ってる。まあ、善逸さんに着せるの前提だから当たり前なんだけど。この綺麗な人をなんの身構えもなく見たお兄ちゃんはきっと家に花嫁さんが来たとでも思ったことだろう。我ながら良くやったと言いたいわね。
「さて、とりあえずこのビーズをつけてもいいですか?」
「うん。いいよー」
 へへへっと眉を下げて笑う善逸さんに、私はこの人がお義姉ちゃんになるのかぁと、気が早いけど心が躍る。今から、ウェディングドレスのデザイン、たくさん起こしとこう!

****

「落ち着かないなぁ……」
 思わず溢れた言葉に、俺はハッとして口を閉じる。一人きりなのに往来で声を出して喋ったらおかしいじゃないか。しかしそんな風に思わず声を出すくらい、今の俺はソワソワと浮ついてしまっている。
 目の前にあるのは電光掲示板、行き交う人々、スクランブル交差点。それらが見渡させる植え込みの側に俺はいる。頭上には『悪鬼滅殺』というブランドの看板があり、振り返れば黒を基調にしたユニセックスな服を揃えたショーウィンドウだ。俺は珍しく電車に乗って繁華街まで来ていて、考えればこういう場所に来るのは一年ぶりくらいかもしれない。それに思ったより友達いないななんて悲しい気持ちも湧くけど、そんなのは後で考えよう。今は妹がくれた折角の機会なんだ。余計なことを考えて失敗したくない。
「あ、いた。お、おはよう〜」
「!? お、おはようございます!」
 やって来た俺の待ち人は、ほんの少しだけ首をこてりとさせて、手をあげてこちらにやって来る。高いハイヒールを綺麗に履きこなして歩いてくる姿は正面から見ても、横から見ても、斜めから、後ろから見てもカッコいいに違いない。だって皆んな振り返って見ているんだが?かく言う俺もその登場する姿に思わず両手で口を覆って「かっ、カッコいい……!」なんてしてしまいそうだが緊張で体が動かないのでできない。良かった。
「ごめんなさいね。待たせちゃったかな?」
「いや、まだ待ち合わせ時間より前ですよ」
「でもお兄さん、もういるじゃない」
 ついっと突き出される唇と下げられた眉に「ん”ん”ん”っ」てなりそうだけどなんとか堪えた。頑張れ炭治郎。長男だろ!いける!変人には見られたくない!!
「俺は乗り換えの都合だから……今日は付き合ってくれてありがとうございます」
 そう言って頭を下げれば彼女……我妻善逸さんはへらりと笑った。
「いいよいいよ〜。妹も年頃になるとプレゼント選びは難しいよね。お兄ちゃんも大変だね。でも妹ためにこうして頑張ってるなんてすっごい素敵なお兄さんだよ〜花子ちゃんが羨ましいなあ」
 貴方の兄にはなれないけど、恋人、果ては夫にはなれるぞ!!なんて口には流石にまだできないので俺は笑うだけに留めた。禰豆子からも「急に距離詰めるのは怖いからNGよ!!」と言われているので、今日は穏やかに過ごして少しだけ仲良くなるのが目標だ。

 今日、俺が我妻さんと待ち合わせたのは、何を隠そう全て妹達のお膳立てだ。俺は一切何もしてないがもう決まっていた。あの日、我妻さんと出会ってから何とかもう一回接触したいなぁとか、もう一度家に来ないかなぁとか、一週間経って機会がなさそうなら禰豆子に引き合わせて貰えないか頼もうなんて考えてたら、皆んなより1人遅れた夕飯の時に禰豆子から切り出された。
「お兄ちゃん、善逸さんに一目惚れしたでしょう」
「ごふっ!」
「えーうそ!お姉ちゃんそれ本当!?」
「うん。今日、善逸さんが衣装の仮合わせに来たんだけど、お兄ちゃん鉢合わせしたみたいで。すっごい真っ赤な顔して食い入るように善逸さん見てたのよ!ねぇお兄ちゃん!善逸さんのこと気になってるんでしょ?」
 リビングにいた妹二人がきゃわきゃわとはしゃぐ。弟達も気になるらしく、ゲームから意識が逸れたのかチュドーンという爆発音がしてゲームオーバーのBGMが流れた。
「いや、禰豆子!いきなりなんだっ!」
「何ってお兄ちゃんに春が来たって話だけど……」
「えー!お兄ちゃんが善逸さん好きになるって凄い!上手くいって結婚したら友達にも自慢できちゃう!」
 禰豆子と花子がソファから俺のいるダイニングテーブルへとやって来る。花子の言葉の友達に自慢できるとはなんだと思って首を傾げると禰豆子がスマートフォンでWebページを開いた。
「善逸さんってね、本業でモデルしてるのよ。テレビとかには出ないけど、結構あちこちで起用されてるの。ほら、ここのブランドとかはよくモデル担当しててね……」
「わあ……」
 スマートフォンをすいすい動かしながら禰豆子が見せてくれたのは、俺は知らないが高そうなファッションブランドだ。そこに可愛らしい洋服を着こなす我妻さんや、カッコいい服を着こなす我妻さんがいる。なるほど、確かにこれは凄いなと義理の姉がモデルは花子の歳なら自慢したくもなるかと納得しかけて、俺は顔が熱くなる。いや結婚も何も出会って数分しか話してない。
「凄いな。我妻さんはモデルをしてるのか。道理で可愛らしくて綺麗な人だと思った」
「思わず一目惚れしちゃうくらい素敵よね?」
「だ、だから!なんでいきなりそうなるんだ!」
「そんなこと言ってお兄ちゃん。手元でこのブランド検索してんの見えてるよ!」
 後ろにいた花子の指摘に俺はうぐっと声を詰まらせる。観念してテーブルの下からスマートフォンを出した俺は恥ずかしいが隠す意味がなくなったのでブランドのトップページを出してブックマークする。それを妹達が両脇からニヤニヤ見てくるが……もういいっ!開き直るっ!男らしく堂々とするぞ!!
「正直に言うぞ……。今すぐ結婚したいくらいに好きだっ!」
 キャー!っと弾んだ悲鳴を上げる妹達に風呂から上がった母さんもダイニングに顔を出した。女性陣が増えたなと思いながらも、俺は夕飯のとんかつを口にいれる。
「なんの騒ぎ?」
「あー!お母さん聞いてー!お兄ちゃん、善逸さんに一目惚れしたんだって〜!結婚したいんだって〜!」
 花子の言葉に母さんは目を丸くして、そして「あら〜」と目を細めて笑った。ここでそんな、子供の成長を喜ぶような顔をされるの流石に恥ずかしいんだが…。
「炭治郎もそんなお年頃なのね」
「いや、兄ちゃんは遅いだろ。大丈夫?経験値ゼロでモデルの人を好きになるとか。相手にされなくない?」
 しみじみという母さんに、竹雄の冷静なツッコミが入った。そして経験値ゼロ、相手にされないという点に俺の心が抉られる。やめろ。いくら長男でもそれは効くぞ。
「大丈夫よ。善逸さんは中高ともに女子校だから彼氏いたことないし、男の人の知り合いも仕事関係しかいないし、私に隠し事しないからプライベート筒抜けで男の影は見事にゼロよ!」
 それは言っていいのかと思わなくもないが、彼氏が居たことがないという事実にものすごくホッとしてる自分が恥ずかしい。いやでも男ならば好きな人の元カレとか気になるものだろ。自分だけを知っていて欲しいと思うものだろ。
「マジで?モデルなのに?あの人めちゃくちゃカッコいいじゃん。彼氏いたことないの?」
 食いついた竹雄に、あれ?竹雄も会ったことあるんだなって思う。普通に母さんも「確かに善逸さんカッコいいだけじゃなく、可愛らしいものねー」言ってるし、なんなら茂や六太も我妻さんのことを善逸って名前で呼んでる。待ってくれ。もしかして存在を知らなかったの俺だけか!?
「なんで皆んな我妻さんのことよく知ってるんだ!?俺は今日、初めて会ったのに!!」
 そう言えば、皆んなキョトンとして禰豆子の通っていた女子校の文化祭であったと口々に言った。俺はそれに「成る程…」と思いながらも項垂れる。我妻さんは禰豆子と同じ学校の先輩後輩で、文化祭で家庭科部がやるファッションショーのモデルをしていたらしい。それを聞いて、俺も行きたかったと思うが店を休もうという母さんに対して「俺が残るから」と言って店で留守番してたんだった。
「行けば良かった…」
「後でアルバム見せてあげるわよ」
 女子高生の我妻さん、なんて二十歳の男が言うには気持ち悪いが好きな人の前の写真とか見たいだろ。俺は禰豆子の言葉に素直に頷いた。すると禰豆子は「さて、本題だけど。どうやって善逸さんを落とす?」と切り出してきた。俺はそれに戸惑いながらも、家族中に知られてるから恥ずかしがるのも無駄かと思って思いつく手をとりあえず告げた。
「落とす……って、仲良くなってから告白する?」
「まあそうよね。それしかないわよね。ということでお兄ちゃん。私がセッティングしてあげるから、善逸さんとデートしてきて」
「えっ!?」
「名目は……あっ!花子の誕生日が近いからプレゼント選びに協力してもらうっていうのにしよう!えーと、私が行かないの不自然だからその日は別の予定入れておこうかな」
「あ〜いいね〜!口実に使われてあげるから、お兄ちゃんちょっといいプレゼント買ってきてね!善逸さんに妹想いで気前のいい人だってアピールできるし!可愛い服とか鞄とか靴がいいなぁ〜!」
 そう言ってどんどん決まっていくのに、俺は呆気に取られるばかりだ。妹達の行動力の凄さについて行けない。こうして俺はあっという間に我妻さんとのデートをする機会を手に入れ、今日に至る……というわけだ。

「それにしても本当に俺で良かったの?禰豆子ちゃんの方がやっぱり花子ちゃんの好みはよく知ってるんじゃ……」
「ああ!いや、大丈夫です!気にしないでくれ!俺の休みの都合もあるし……ちゃんと俺が選ぶので、アドバイスだけ頂けたら助かりますっ!具体的に言うとお勧めのお店を教えて貰えれば大丈夫だ!」
 キョトンとした我妻さんはふにゃっと笑った。そして「自分で選ぶの偉いねぇ。きっと花子ちゃんも喜ぶよ」って言ってくれる。その笑顔に胸がグッと熱くなるし、顔も熱くなるけど、今日は割と日差しが強いから。だからきっと暑いからだと誤魔化せてる筈だ。
「それじゃあ行きましょうか」
「あ、うん」
 そう言って二人で歩き出したが、我妻さんは数歩で立ち止まった。それにどうしたのかと思うと顔を真っ青にしている。俺は我妻さんを見上げながら、具合でも悪いのかと心配になって声を掛けた。
「どうしました?」
「……ごめん。最初に靴屋に行ってもいい?」
「靴屋?」
「……その、今日、歩き回るのにヒール入ってきたから、歩きやすい靴に変えたいの。ちょうど新しいの買おうと思ってたし」
「え、ああ。いいですけど……」
「ごめんね」
 我妻さんはそう言うと目の前にある靴屋に入った。何かのブランドみたいだけど、ここで買うのか。そう思いながら俺もついていくと、我妻さんはさして迷わずにヒールの殆どない靴を手に取った。俺はこういう店入ったことないなぁ、なんて思いながら花子のプレゼントになりそうなものを一応探す。すると、一つのサンダルに目が行った。シルバーのベルトがついたそのサンダルは高くて細いヒールだが、ヒール部分にキラキラとした装飾が施されていて、シンプルながらに可愛らしかった。踵が出ていてけれど前からベルトが巻かれていて足首にストラップが付いている。
 俺はそれをじっと見ながら、我妻さんに似合いそうなんて思う。値段は……思ったより高いな。いやでもブランド物なら当たり前なのか?
「ごめんなー。お待たせ」
 そう言って戻ってきた我妻さんは手にショップバッグを持っていた。ヒール部分がないからか、ぐっと目線が下がり殆ど俺と同じくらいだ。禰豆子が我妻さんは身長が174.5センチあると言っていたから、175センチの俺とほぼ変わらないんだよな。モデルさんならば高身長の方が有利だろうから、天職なんだなぁなんて考えながら俺は我妻さんに手を差し出した。
「俺が持ちますよ」
「えっ!いや、いいよ。邪魔になるし…」
「いいや、気にしないでくれ!俺の都合で付き合ってもらってるからな!」
 そう言って胸を張れば我妻さんは目をパチリとさせて「くひひっ」と笑い声を漏らす。何かおかしかったかと少し恥ずかしくてなれば、我妻さんはケタケタと笑って言った。
「お兄さん、口調が敬語だったりタメ語だったりバラバラだね」
「あっ!ご、ごめん…じゃなくて、すみません…」
「いやいや、いーのよ。そもそも年齢も一個しか変わらないんでしょ?俺たち先輩後輩でもないし、タメ口でいいよ」
 その言葉に俺は嬉しくなって頰が緩む。敬語なしは少し仲良くなれた感じがするじゃないか。でもできればもう一歩踏み込みたい。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。それと…名前で呼んでもいいか?」
「え!あ……い、いいよ?」
「ありがとう善逸。俺のことも炭治郎と呼んでくれ」
「う、うん…」
 こくりと頷く善逸に満足して、俺は善逸の手からショップバッグを取った。そして空いてる手で善逸の手を取って歩き出す。
「た、炭治郎!?」
「うん?どうかしたか?」
「あ〜……手、手はなんで繋いでるのでしょうか?」
「ああ、人が多いから……あ!嫌か?」
 ほんの少し赤くなりながら、もじもじする善逸に俺は離すかどうか迷った。禰豆子に「もしチャンスがあったら手を繋ぐくらいはOKよ!ちゃんとやっても良いかは見極めてね!」と言われていたから挑戦してみたんだが……少し早かっただろうか。何しろこういった経験値がないから、いつがチャンスなのかさっぱり分からなかった。だから人混みを言い訳にしてみたんだが……もう少し後の方が良かったか?けどこの場所はどこ行っても人混みだから、後から「人が多いから逸れないように手を繋ごう!」なんて今更すぎるだろって思われないか?だからその言い訳を使うなら初っ端からだと思ったんだが……。
「び、びっくりしただけで、嫌ではないけど……」
 そう言って恥ずかしそうにしながらも、小さく握り返してきたのに俺は宇宙を見た気がした。それもビックバンによる宇宙の始まりをだ。要するにそれくらい心臓に悪かった。熱がぎゅーんときてぐいぐいっとしてそのまま下に行きそうになるがそれは往来ではやばい。俺は善逸の手を引いて半歩前を歩き始めた。トコトコとついてくる善逸を振り返って見たいけど、今振り返ると口から「結婚してくださいっ!!」という言葉がこぼれ出そうなのでできない。
 それから、なんとか平静を取り戻した俺は善逸のお勧めの店をいくつか回った。女子高生に人気のブランドや、そんなに高くなくてでも大人っぽく長く使える財布を扱ってる店とか色々ありすぎて頭がグルグルしてしまうが、それを支えてくれたのが繋いでいる善逸の手だ。
 最初に人混みを理由にしたからか、ちょっと都合で手を離した後に用が終わったら善逸がスッと手を差し出してくれた。それにまた宇宙の始まりを見たけど、俺は素知らぬ顔でその手を取る。やっぱり最初に手を繋ぐのを切り出して良かった!!善逸がこの理由になんの疑問も思ってないなら、これから先もずっと人混みの時は手を繋げるってことじゃないか!!一時間前の俺、よくやったぞ!!
 そうやって浮かれながらあちこちの店を見て、途中で飲み物飲んだりして休憩を入れつつ、ちょっと何か食べようかと待ち合わせの場所近くに戻ってきた時に俺はようやく気がついた。
「あれ?もしかして足痛いのか?」
「えっ!あ〜……いやぁ?」
 善逸はごまかすように言ったが、足の踵が浮いているし、歩き方がおかしい。前と善逸の横顔ばかり見ていて気がつかなかったが、そういえば靴が新しいのだと思い出して俺は靴ずれだと思い至る。
「善逸。ちょっとこっちに!もう少し我慢してくれ!」
 そう言って移動して、花壇の縁にハンカチを敷いてから善逸を座らせると、俺は善逸の足の前に座った。
「脱がすぞ?」
「……うん」
 了承を取ってから善逸の細い足首を持ち、靴を脱がした。すると踵の皮がめくれていて赤く痛々しい。いつからこうなっていたのか分からないが、この状態で歩くのは辛かっただろう。
「ごめん、気がつかなくて……痛かっただろう。絆創膏あるから取り敢えず貼ろう。靴は……履きなれてるなら、元から履いてたヒールの方がいいかな?」
 そう言って善逸を見上げれば、善逸はションボリした顔をしていた。そんなに痛いのかと思ってると、ぽつりと「ごめん……」という言葉が落ちた。
「えっと……」
「買ったばっかの靴とか、靴ずれするの当たり前じゃん。なのに……ごめん。分かってたのに履き替えたりして、面倒なことになっちゃったな」
「面倒じゃないぞ?今日は確かにたくさん歩いたし……細いヒールでは大変だと思ったんだろ?仕方がないさ」
 そう言って絆創膏をボディバッグから取り出す。取り敢えずこれを貼って、今日はもう解散の方がいいかもしれないな、送っていくか…いや、タクシーの方がなんて思ってたら善逸の目からポロリと涙が溢れて、血の気が下がる。そ、そんなに痛いのか!?痛いのに気がつかずに歩き回らせてごめん!!
「善逸、その……」
「ごめんよ炭治郎。俺、細いヒールで本当は歩けたんだ」
「え?」
「だって履きなれてるもん。たくさん歩いても平気なの。けど……その、いつもは一人か女の子と歩くから気にしないけど……お、男の人と歩くんだって思ったら……その……身長高くなるのが気になってさぁ……。釣り合い悪いかなって……」
 真っ赤な顔で申し訳なさそうに言う善逸の表情を、俺はしゃがんでいるから全て見えた。男の人。男の人?あ、俺か。俺のことか。えっ。俺、異性に見てもらえてるのか。歩く時に釣り合いを考えてくれてるってことは……えっ?もしかして善逸もこれをデートと捉えてくれてるのか?俺はデートのつもりだったが、善逸は友人の兄が妹のプレゼントを選ぶのを手伝うっていう、ちょっと関係性がごちゃごちゃしたイベントみたいなものとして捉えてると考えてたんだが……ちゃんとデートだと思ってくれてるのか?
「うう〜ごめんよぉぉぉ!」
「わっ!わっ!泣くな善逸っ!全く気にしていないから!」
 俺はハンカチを…と思って善逸のお尻のしただと思い出したので、ティッシュを出して目元を拭う。すんすんと泣く善逸だが、男の俺のプライドについても考えてくれたんだなって思うと嬉しい。けど俺は善逸の身長については何にも考えてなかったんだが……そこまで思って俺はふと、あるものを思い出した。
「あ」
「え?」
「善逸、少し待っててくれ。あっ、先に絆創膏貼るな?」
 俺はそう言って善逸の両足に絆創膏を貼ると、立ち上がり「ちょっとここで待っててくれ!」と言って善逸を残して走り出した。

****

「お待たせ!善逸!」
「あ、ううん。どうしたの?」
「いや、これなら足が痛くないかと思って……」
 そう言って俺は増えたショップバッグから箱を取り出して善逸に見せた。善逸はギョッとした顔をしたが、俺は構わずにそれを手に取って再び、善逸の前にしゃがむ。
「たたた炭治郎さんっ!?」
「ほら、このサンダルなら踵が覆われてないから傷口にも当たらないだろう?サイズは預かってた靴を見せたら、お店の人が出してくれたから問題無いはずだ。ダメそうなら交換してくれるって言ってたから……あ、いや。ぴったりか?どうだ善逸?」
「いや、ぴったりだけど……ええっ?」
 俺は善逸の手を取って立ち上がらせた。すると善逸は俺よりも随分も目線が高くなったけど、履いているサンダルは本当に善逸に似合っていて、俺は大満足だ。最初に入った靴屋で見た、シルバーのベルトのサンダルは善逸の為にデザインされたのではないかというくらいに思えてくる。これを思い出してよかった。
「今日付き合ってくれたお礼だ!受け取ってくれ!」
「いやいや高いよ!!これいくらしたんだ!!ここのブランド高いんだぞ!?」
「花子にもサンダルを買ったんだ。善逸が店を教えてくれたお陰だな!」
「聞いてる炭治郎!?」
「今日はもうこれで帰ろう。足を休めた方がいい」
「もしもし!ちょっと!受け取れないって!」
 そう言う善逸だが、返されてもうちの家族ではサイズが合わないから履けない。これは善逸専用のものだ。そう言ってもいいが……俺にはこれを贈る理由がある。善逸が今日のを少しでもデートみたいだと思ってくれているなら、俺は勇気が出せる。初回は妹達の力を借りたが、ここからは俺の力を見せなきゃダメだ。
「いいんだ。気にせず受け取ってくれ。……その代わりまた今度、俺とデートしてくれ」
「えっ!?」
「連絡先……は、禰豆子を介してお互いに知ってるもんな。次のデートの約束はまた連絡するよ」
「う、うえぇ!?で、デート!?お、俺と!?」
「うん。俺は、その、もっと善逸を知りたいし……俺のことも知って欲しい。だからデートしてくれ。……ダメか?」
 俺の願いに、善逸は真っ赤な林檎みたいな顔でふるりと首を振った。その可愛らしい様子に俺はにんまり笑ってしまう。ちゃんと脈はありそうだ。
「じゃあ今日は帰ろう。食事は次の時だな。……送って行こうか?それとも、タクシーを使うか?」
「えっ、あっ、た、タクシーで……こっから家、そんな遠くないし……」
「そうか。じゃあ、タクシー乗り場まで行こう」
 そう言って散らばった荷物をまとめて、善逸の手を引いて歩き出した。善逸は心ここにあらずというようにぼんやりしている。俺はそんな様子を横目で見ながら、我慢我慢っと内心で唱える。
 タクシー乗り場に到着すると、数人並んでいただけなのであっさりと順番が来てしまった。滑り込んできたタクシーにほんの少し残念な気持ちになるが、早く靴ずれの手当てをして欲しい気持ちが大きいので俺は開いた扉に、善逸を中へと誘導して後部座席に座らせた。そしてタクシーの運転手に五千円を渡して「彼女の言う場所へ」と言った。
「それじゃあ善逸。また連絡する。今日はありがとう」
「……あ、炭治郎。サンダル、ありがとう!」
 善逸のお礼に笑って、ゆっくりタクシーの扉を閉めた。緩やかに発進していくタクシーの後ろの窓から善逸がひらひらと手を振っている。それは見えなくなるまで続いていて……完全に善逸の乗ったタクシーが見えなくなったところで、俺はタクシー乗り場から離れた。
 なんか、デート自体が初めてだったから上手く行ったか分からない。靴ずれに気がつかなかったし、俺ばっかり楽しかったのではと不安になる。けど、次のデートも誘っていいみたいだし……次こそ挽回するぞっと俺は拳を握った。差し当たって今日を振り返って思い至ったことがあるんだが……今は一人きりなので誰にも吐露できない。俺はスマホを取り出すと、連絡先から取り敢えず花子を呼び出した。禰豆子は今日のアリバイを作るために本当に友人と映画に行ってるので繋がらない可能性があるからな。
 3コール目で繋がった電話越しに、花子が「はーい?なに?」と言ってくる。俺はそれに対して今日の待ち合わせから別れるまでずーっと堪えていた言葉を花子にぶつけた。
「……俺と結婚してほしいっ……!!」
 俺の言葉に、長い間俺の妹をしていて、さらには優しい花子は「楽しかったんだね!良かったね!」と返してくれた。

****

 キラキラ光るサンダルを差し出された瞬間、お姫様のような錯覚に陥ったけど——立ち上がった時に見える景色の広さに、やっぱりお姫様じゃないなって思ってしまった。

****

「あああ〜もおおおおお〜!!」
 俺はウサギの抱き枕を抱えながら、ゴロゴロとベッドの上を転がった。そこから見える腰の低いワードローブの上には、シルバー基調のシンプルだけど可愛いサンダルが飾ってある。俺はそれを見るたびに差し出された瞬間のこととか、その前までにあった全てのやり取りを思い出して恥ずかしくなる。
「なんなんだあいつーー!!あいつ、もう、俺のこと好きだよね!?そうだよね!?ひゃぁぁぁぁ!うそうそうそ!?産まれてこの方、彼氏なんていなかった俺に!?えっえっ!!あんな、あんなイケメンの彼氏がっ!?ウヒャヒャヒャ!!」
 バタンバタンと転がり、そしてベッドから落ちたところで俺はジクジク痛む踵に現実を思い出して止まる。いや落ちた体も痛いんだけど、それより踵だよ踵!身体を起こし、あぐらを掻くようにして踵を見れば見事に捲れたものが目にはいる。これは暫く、どの靴も痛いなとか思いながら溜息をついて、そしてまたサンダルに目をやる。あのサンダルならば痛くはないだろうけど——。
「……恥ずかしいし、勿体なくて履けないよぉ」
 何しろ男の子にプレゼントを貰ったのなんて初めてだ。中高と女子校育ちの俺に男の子なんてものに縁はなかったし、興味はありつつも身長があり、ボーイッシュ気味だったし、兄貴の影響で口調がちょっと粗雑なこともあって、中高では男枠に組み込まれていた。まあ、要するに女子校に存在する擬似的な男子役だよね。ショートカットで地毛が金髪ってのも王子様感があったらしい。そんなわけで、登下校中はわりと下級生の女の子に囲まれて駅まで行くのが普通だったし、男の子との接点なんてないよなぁ。学園祭とかで運良く彼氏が出来た子なんて、俺にめっちゃハートを飛ばしてたのにあっさり去っていくからこれが現実とばかりに俺の精神はズタボロだ。俺も彼氏欲しい。でも女の子達に王子様を求められるならそれなりにやってあげなくちゃ。俺は可愛い女の子も大好きなんだよっ!!
「はあ……どうしよ……」
 俺はローテーブルの上にあるスマホを取ると、メッセージアプリを見る。それは今日、一緒に出掛けた人からのもので、今日のお礼と……次のデートの誘いが書かれていた。
「うぐうううううっ!!」
 俺はそのメッセージを読むだけでめちゃくちゃ心臓がうるさくなるんだよっ!!『足の具合はどうか、今日は本当に助かった、楽しかった。また会ってほしいが、来週の土曜日は会えないだろうか?いや、本当はもう会いたいくらいなんだ』って感じの内容が丁寧に書かれている。
 ほ、ほ、本当はもう会いたいだって!?何言ってんだ!!俺もですーーーー!!そんな風に心の中で叫びながら(隣近所に怒られるわ)ウサギを抱きしめて床を左右に転がる。恥ずかしい、嬉しい、恥ずかしい、嬉しい。
「はあはあ……だ、だめだ。これもう死ぬんじゃないか?心臓が高鳴り過ぎだろ……死因なに?キュン死?」
 そもそも今日はずーっとキュン死しそうだった。最初は、最初は普通だったんだ!けど本当に最初だけで、履き替える靴を買ったとこからだから合流して十五分からおかしかった!!はやっ!!
 あの人は……た、炭治郎はさも当然というように俺の手を繋いできて、ひ、人混みだからって俺は子供の時に嫌々な顔の兄貴と手を繋いでたくらいの経験しかないのよ!!中学も女子校だからフォークダンスもなくて男の子と手なんか繋いだことなんかないのっ!そんなしれっと手を繋がれても困る!!しかも「嫌か?」なんてことを寂しそうな顔で言われたら違うよって返すしかないじゃん!!嫌じゃないけどっ!!
「……たんじろお」
 ポツンと名前を呼んでみたらめちゃくちゃ恥ずかしくて、俺はまたゴロゴロと床を転がる。もうダメだ。俺は死ぬんだ。次に炭治郎に会ったりしたら、恥ずかしかさのあまりに脳みそが茹って溶けて耳から出る。
「……来週、の、土曜日……」
 俺はもぞもぞと起き上がると、クローゼットを開けた。そしてその中にある洋服達を見て、うーんっと唸る。クローゼットの中には男受けする服が見事にない。今日もパンツスタイルで、スカートでも足首あたりまでいく、タイトなロングスカートとか多いし、世間でよく言われるふわふわした感じの可愛い格好はない。
「……買い足すか」
 そう言ってみて、俺はむにむにと唇を噛んだ。モデルを始めてみて、色んな服を着たけど、見事にカッコいいジャンルとどこで着るんだっていうドレス系やフリル系に分かれてて、コンサバな格好ってした事がない。多分、似合わないって思われてるんだろう。まあ俺もシフォン素材のプリーツスカートとかは絶望的だなとは思ってるよ??あの路線はやめとこう。となると、どうすべきかなって俺は来週の土曜日までになんとかしなくちゃとスケジュールを見直した。
 来週の土曜日は俺の命日だ。なら、もう、最高に可愛いって思ってもらえるような格好で死にたい。今日よりもっと、その、可愛いなって思って……。
「おええええええ!!緊張で会う前に死ぬよ!死ぬ死ぬ!!」
 俺はベッドにダイブするとブルブル震えながらもう一度、メッセージアプリを見た。炭治郎からのお礼と次の誘いのメッセージ。その吹き出しの下には俺のから送った『OK雀』がいる。それを見てハァーと息を吐いて目を瞑る。
「うううっ。来週、デート……」
 そうだ。デートだ。炭治郎はデートをしてくれとはっきり言った。俺とデートをしたいって。その時の真剣な顔が、俺に期待をさせる。俺のこと好きなんじゃないかって、思えてくる。でもその表情は男の子に免疫がない俺には毒だ。目を瞑ると思い出しちゃうから、慌てて瞼を開けた。しかしそうするとワードローブの上に置かれたサンダルが目に飛び込んできて……。結局、目を閉じても開けても、炭治郎がこびりついて離れてくれない。俺は手足を縮こませてまるまると、ドクドク煩い心臓に鎮まれって言うしかなかった。

****

「そういえば、お兄ちゃんとのデートどうでした?」
「んぐっ!」
 禰豆子ちゃんの言葉に危うく、アイスコーヒーを吹き出すところだった。今日は白シャツだからそんなことになったら大惨事だよ。俺はなんとかアイスコーヒーを飲み込むと、ほっと息を吐いてから禰豆子ちゃんを見る。禰豆子ちゃんはにんまりと笑っていて、なにその可愛い顔!!初めて見るんですけど!?えっ!?嘘でしょ!?こんな悪戯っ子な表情するの!?とんでもなく可愛いっ……!!なんて俺はポーッと禰豆子ちゃんを見る。
 何を隠そう、俺は禰豆子ちゃんの顔がドストライクなんだ。いや、性格もドストライクです。禰豆子ちゃんという存在自体が好きで、尊くて、もし俺が男だったらなりふり構わず求婚してたかもってくらいだよ。そしてもし禰豆子ちゃんからアプローチされたら、女同士でも落ちる気しかしないっ!!それくらい禰豆子ちゃんが好きだっ!!
「善逸さん?」
「はっ!ごめんよ。禰豆子ちゃんがあまりにも可愛くて見惚れてた……」
「もうっ!今はそれじゃないでしょ!」
 プンプンと頬を膨らませるのに天使かなって思うね。こんな可愛い子とお洒落なカフェでお茶してる俺は勝ち組の人間間違いなしだよ。そうしてデレデレしながら禰豆子ちゃんを見ていたら、禰豆子ちゃんは「それで?」と聞いてきた。
「それで?」
「お兄ちゃんとのデート!どうでした?」
「ええっ?で、デートじゃないよぉ!買い物のお手伝いでしょ?」
 俺はアイスコーヒーをストローでかき混ぜた。氷がぶつかりあい、カチカチと音を立てる。
「お兄ちゃんは楽しいデートだったってご機嫌でしたよ?」
「ええっ!?」
 たたた、炭治郎の奴、あれをデートと言い張るのか!いや、待ち合わせてずーっと手を繋いでショッピングして、プレゼント貰って別れただけですけど!?……あれ?デートかな?デートで間違いないのか?俺は男の子と二人きりで出掛けるっていうチャンスだから、デートっぽい雰囲気が味わえたらいいなぁなんて思ってはいたけど、初回のあれはデートだったのか!?
「善逸さん、顔真っ赤」
「もおおお!禰豆子ちゃーん!」
「うふふふふっ!」
 可愛らしく笑う禰豆子ちゃんに俺はバツが悪くなる。そうだ。そうだ。炭治郎は禰豆子ちゃんのお兄ちゃんなんだよ。舞い上がって忘れてたけど、友達がお兄ちゃんの彼氏になるのってどうなのかな?もし禰豆子ちゃんが俺の兄貴の彼女になるって聞いたら……全力で嫌だね。禰豆子ちゃんの不幸が見えるわ。禰豆子ちゃんにはもっと素敵な人がいるに決まってる。いやでもこれ、兄貴がクズだからなぁ。比較にならねぇ。でも俺も兄貴にカスカス言われてるし、性格は……お世辞にも良いとは言えない自覚あるし、見た目もかなり男に近いし、禰豆子ちゃん的にこんなのがお兄ちゃんの彼女とか嫌じゃない?いや、彼女になれるなんて決まってないんだけどさぁ。
「……ええと、普通の買い物だったよ」
「ずっと手を繋いでたのに?」
「知ってんのおおおお!?」
「浮かれたお兄ちゃんが話してたから。善逸さんが可愛いっ可愛いって、笑って聞いてた竹雄が逃げちゃうくらいにデレデレしてたわよ」
「ええっ!?か、可愛い!?俺が!?いや待ってよ!いろいろと言うべきところが多すぎるよっ!」
 そもそも筒抜けに話してんのかいっ!あれ!?てことはもしかして……!!
「ね、禰豆子ちゃん……その、お兄ちゃん、ほかになんか言ってた?」
 具体的に聞くと墓穴を掘るから濁して聞けば、禰豆子ちゃんはまたにんまりと笑った。だからなんなのその顔!!女神の企み顔とか禁忌の可愛さだよっ!?
「来週の土曜日にデートの約束できたって喜んではしゃいで飛び跳ねてました」
「可愛いかよっ!!」
 二十歳の野郎がデートの約束ではしゃいで飛び回るなっ!!いや俺も床転がりまくってたけど!!飛び跳ねてはない!!ベッドから床に転がり落ちてはいたけど、飛び跳ねてはいないっ!
「ねぇ〜。お兄ちゃんたら今までこんなにはしゃいだことないのに、可愛いですよね?でも善逸さんも可愛いですよ?……今日買ったそのいつもと違うブランドじゃないですか。いつ着るの?」
「ね、禰豆子ちゃん勘弁してよおおぉ」
「うふふふふふふっ」
 なんか知らないけど禰豆子ちゃんも浮かれてるらしい。そんなに俺を揶揄うの楽しいのかな?禰豆子ちゃんが楽しいならいいんだけど、いやでももう少し手加減してほしいっ……!
「……禰豆子ちゃん、嫌じゃないの?」
「なにがですか?」
「お兄ちゃんが、俺なんかに興味あるなんて……」
「どうして?善逸さんは大好きで、自慢の友達ですよ?思うわけないじゃないですか!むしろ大歓迎ですよ!お兄ちゃんの審美眼を褒めてあげます!」
 禰豆子ちゃんはそう言って、ニコニコとしながらアイスティーのストローに口をつける。その姿は見事に可愛らしい。嬉しいことを言って貰えたのに、俺は禰豆子ちゃんの可愛らしさに意識がいく。
 男の子が好きなるのは、こういう女の子じゃないんだろうか?ふんわりしてて、柔らかそうで、笑顔も可愛くて、小さくて、可愛らしいワンピースが似合って、まろい感じの……。炭治郎もそうなんじゃないだろうか?禰豆子ちゃん、花子ちゃんなんて可愛い子とずっと一緒だから分からないのかな?タイプが違う俺が珍しく映ったのかな?今はよくても……見慣れたり、その、抱きしめたりしたらデカくて、固くて、我に返るんじゃないかな?現実に気がつくんじゃないかな?
「……ありがとう、禰豆子ちゃん」
「善逸さん。また何か悪い方向に考えてません?」
「ええ?そんなことないけど?」
 悪い方向っていうか限りなく事実に近いんじゃないだろうか。どう考えても俺は可愛くない。可愛いって言われると嬉しいし、そうなのかなって思うけど……こうして目の前に真の可愛さを体現した子がいると勘違いが恥ずかしいなってなるのよね。
「……お兄ちゃん、楽しみにしてますから!宜しくお願いしますね!」
「う、うん……」
 禰豆子ちゃんの前のめりの言葉に俺はこくりと頷いた。宜しくもなにも、どうすりゃいいのかさっぱり分からないけどな。何せ、デートもはじめてなんだから。あ、いや、二回目なのかな?俺は氷が溶けて薄くなったコーヒーを飲みながら、明後日のデートに何履こうかなって考えた。貰ったサンダル、履いてこうかなぁ。

****

「おはよう善逸!今日はありがとう!」
「いや、いいのよ……」
 この前とは違う駅で待ち合わせ。なんかここに美味しいと評判のパン屋さんがあるらしくて、そこに行って、他でお昼食べて、散策っていう流れ。セレブも来るっていうようなお洒落な街だから、色んなお店があって結構楽しい。俺もここは何度か来たことある。
 炭治郎はデニムに白Tシャツっていう究極シンプルなんだけど、体格がいいからか、すごい様になってる。最初にあったときはスウェットとの髭面だったけど、今思うとあれもギャップだな。そりゃそうか。家での寝起き姿ならしょうがない。ダラシない格好でもそこそこ格好良かったのに、こうしてキチンとした姿で目の前に立たれると本当に格好いいわ。はー。竈門家は顔がいい。
 炭治郎をしげしげ見てた俺だけど、そういや炭治郎もしげしげと俺を見ていて恥ずかしくなった。なんか、変かなって気になってくる。それなりにファッションには明るいと思ってるんだけど……どうなんだろう?今日は夏も近くなって気温も高いから、タートルネックの白のノースリーブに、デニムのフリル付きマーメイドスカートなんだけど……。デニムにしたのは前回ので、デート…も、炭治郎の服装がカジュアルだったからなんだけどさ。まあパン屋の仕事であんまり外に出ないって言ってたから、カジュアル系が多いんだろうと合わせるつもりでデニム生地のスカートを買ったんだけど……よくよく考えればやべぇ!今日なんか、お揃いコーデになってねぇか!?二人ともトップス白だし、ボトムスもデニム生地だし。炭治郎、「うわ、ペアルックみたいになった」とか気まずく思ってないか!?
 俺は急に恥ずかしくなってもじもじしつつ、炭治郎の反応こえーとか思いながらチラリと視線をやれば、炭治郎はめちゃくちゃ真っ赤な顔で口を一文字にして俺を見てる。えっ、なにそれ?どういう感情?
「……善逸の格好、すごく可愛らしいなあ。なかなか気が利いたことは言えないが……その、ほかの誰かに見せるのが勿体無いくらい可愛らしい」
「!?」
 どういう褒め言葉だよっ!!監禁趣味があんのか!?いやいや、そうじゃねえか。これはあれか、他の男に見せるのが嫌っていうあれか?えっ?どこが?かなり露出低くねぇか?マーメイドスカート、ミモレ丈ですけど?二の腕出てるけど、道ゆく人の三分の一はでてるよ?季節的に出るよ?
「そ、そーお?」
 しかしながら普通に嬉しい。いや、嘘です。めちゃくちゃ嬉しいっ……!!スカート買い足して良かった……!!
「じゃあ、行こうか。パン屋までの道のり、調べてきたんだ」
「あ、うん」
 当たり前のよう取られた手に、俺は炭治郎をチラッと見るけど炭治郎はにっこり笑い返すだけだ。それに恥ずかしいなぁ、なんて思いながらも手は繋いだまんまな俺も自分の欲に正直ね。だって嬉しい事は多い方がいいじゃん。その後、めちゃくちゃ悲しい結末が待ってても、なら今をめっちゃ楽しんだ方がいいじゃんって思ってしまう。
「……善逸は今日はスニーカーなんだな」
「えっ?」
 その言葉にギクリとしたけど、炭治郎は得に何にも考えてませんというような顔で俺を見ていた。一瞬、当て付けかと思ったけど……竈門家にそんな少悪いるわけないよなと思い直して俺はゴニョゴニョと言い訳をする。
「その、散歩するって聞いてたから、スニーカーにしようかなって」
「そうかあ。靴ずれはもう大丈夫なのか?」
「ああ、うん。すっかり治ったよ」
「なら良かった」
 にっこりと笑う炭治郎をボーッと見つめて歩いてたら、炭治郎にグイッと引き寄せられる。えっ、と思ったけど次の瞬間に人が擦れ擦れで行き違ったから、ぶつかりそうなのを助けてくれたらしい。ほんの少し近づいた距離にドキドキする。
「ご、ごめんな!ありがとね!」
「余所見してると危ないぞ!ちゃんと前を見るんだ!」
「は、はい。そうします……」
 普通に叱られたわ。六人兄弟の長男を垣間見たぜ。俺は炭治郎から視線を外すと今度はちゃんと前を向く。人が多いのに道は狭いから確かによそ見はよくない。成人してなお、余所見で他の人に迷惑とか呆れられちまうもんな。
 そう思ってしばし真面目に前を向いて歩いてたんだけど……いや〜!見事に会話がねぇわ!!何話せばいいの!?前の時は花子ちゃんのプレゼントってことで女子高生に人気のブランドのこととか、おすすめの物とか、色んな話題があったのよ!けど今はないの!デート!!デートってなに!?みんな、どんな会話してんのよ!!お願いそこ行くカップル!!さっきから何をそんなに盛り上がって会話してんの!?早急に俺に伝授して!?
 そう思いながら奥歯を噛んでたら繋いでいた手が離れ、えっと思う間もなく腰に回されて引き寄せられる。そのセクハラとも取られかねない炭治郎の行動に「ええええ!?」と内心で絶叫するが、炭治郎を見れば、なんかしょんぼりした顔をしててさらに「えええええ!?」と心の中で叫ぶ。何なのその顔!?人の腰に手を回して抱き寄せといてどんな感情なの!?そう思って炭治郎をしげしげと見てたら、「さっきはキツく言ってごめん。つい、弟に言うみたいになってしまった。その、こうすれば俺が守ってあげられるから、幾らでも余所見していいぞ!その、だから……怒らないでほしい……」
 はぁぁぁぁ!?お前っ、お前っ、はあああ!?なんて純真な目で腰に手を回してきてやがんだ!!信じられねぇっ!でも守ってあげられるとか男前なこと言ったあとに怒らないでほしいとか、何その可愛いの!とんでもねぇな!!普通に許すよ!というか別に怒ってないし!
「お、怒ってないですけど?」
「え?でも、黙って前向いて早歩きしてるから……」
「うおっ。ご、ごめん。普通に俺、体型維持のために普段から早足なんだわ。人と歩く時はしないんだけど、その、いまは……何をお喋りしたら炭治郎が楽しいかなって考えてたら、黙っちゃたし、無意識に早足に……」
 しどろもどろに言えば、炭治郎は少し呆気に取られた顔をして……そして嬉しそうに笑った。その笑顔にめっちゃ心臓が痛い。顔合わせて三回目なんですけどね?俺、めちゃくちゃチョロいね?でも仕方ないよね?こんな風に……男の子と近くにいたことも、笑い掛けられたこともないんだもん。
「そうか……うーん。俺が楽しいお喋りかあ。気にしなくていいって言いたいけど……うん。俺は善逸のことが知りたいな」
「お、俺のことぉ?」
「実は禰豆子に自分で聞けって言われて、善逸のことをあまり知らないんだ。好きな食べ物とか、好きな色とか、好きな動物とか趣味とか。知りたい事はたくさんある」
「……それ、面白い?」
「もちろんだ。一つ知れば、善逸に一つ近づけたように思える」
 ぐっと腰を抱き寄せながら、そう言う炭治郎にこれ以上近づく気なのかと突っ込みたい。一体、どこまで距離をゼロにしたいのか。けどそれを聞くのはまだ少し恐ろしくて、俺は迷った末にとりあえずと禰豆子ちゃんと食べに行った美味しかったものの話をする事にした。

****

「すごいっ!美味しそう!」
「今食べて、お昼ご飯食べられるか?」
「んん〜……いやでも!焼き立て食べない手はないだろっ!?」
「確かに」
 俺と炭治郎は先ほど手に入れた食パンを片手に、近くにあった公園のベンチに座っている。炭治郎は今食べるのかと言いながらも、ちゃーんと自販機でお茶を二つ買ってるところからして、食べる気満々じゃないか。
 炭治郎が行きたがったパン屋さんていうのは、食パン専門店のことらしかった。流行ってる生食パンってやつだな。俺も初めて行ったけど、開店直後なのにもうかなり並んでて、臆した炭治郎を俺は引っ張って並んだ。こういうのは躊躇ったダメなんだ!だいたい美味しいものを食べる為にはそれなりに苦労は必要だろっ!
 そうして待つこと四十分。俺たちは見事に生食パンをそれぞれ手に入れた。並んでる間に俺も欲しくなったんだよね。美味しいって話題だし。焼き立てのそれはもう既に美味しそうだ!俺は我慢できなくて、炭治郎に食べようって、公園行こうってここまで来たんだけど……。
「あっ!炭治郎!お前は開けるなよ!?」
「えっ!?」
 ベンチに並んで座ったところで、炭治郎が自分の袋を開けようとしたのを俺は止めた。おんなじもんを買ったんだから、開けるのは一個でいいだろ。
「俺のを一緒に食べよう?」
「いやでも、それだと善逸の分が減ってしまうだろう?」
「流石に一斤を今食べるわけないでしょうが!それに炭治郎は家に帰って家族で食べなよ!きっとみんな喜ぶよ!」
 そう言って俺はウェットティッシュで手を拭くと袋を開けて、まだ少し温かい食パンを千切る。
「はい、炭治郎」
「……いいのか?」
「いいよ。炭治郎と来なきゃ、ありつけなかったし」
「ありがとう、善逸」
 炭治郎は手を拭いて、俺からパンを受け取った。それに俺はにっと笑うと自分の分も千切る。千切っただけでフワフワのそれは本当に美味しそうだ。
「よっし、食べようぜ!」
「うん」
 俺の言葉に炭治郎も頷いて、二人でパンを口に入れた。今まで食べた食パンのどれよりも柔らかくて、口の中で溶けるような感覚に俺は感動して思わず炭治郎を見る。美味しいなって言おうと思ったら、炭治郎は齧ったパンを真剣に見つめてて、俺はそうだ。炭治郎はパン屋さんだったと思い出した。
 俺は炭治郎が真剣に味を吟味してるのを横で見ながら、食パンうまって思いながらもう一回パンを千切った。そして炭治郎にそっと差し出すと、炭治郎は黙ってそれを受け取って口に入れて、難しい顔をしてる。やばい。めちゃくちゃ職人の顔だ。美味しいパンに浮かれる暇なんてないんだな、なんて思いながら俺は二人の間にあったペットボトルの蓋を開けて、一本を炭治郎に差し出す。炭治郎はやっぱり黙って受け取って、口を湿らせるとまたパンを口に少し入れた。
 俺は真剣な様子の炭治郎を黙って横で見つめながら、少しずつパンを食べる。イケメンをおかずにパンを食べてるみたいになってるな。眼福だぜ。そんな事をぼんやり考えながら、パンがなくなった炭治郎にまた千切ったパンを渡すというのをせっせと繰り返してたら、思ったよりパンがなくなった。その頃になって炭治郎は我に返ったのか、俺の膝の上にある随分と小さくなった食パンに慌てた様子を見せた。
「うわあ!ごめん善逸!食べ過ぎてしまった!」
「えっ?いや、いいよ?気にしなくて」
 申し訳ないという顔をする炭治郎に軽く手を振る。確かに俺が食うより炭治郎の方が食ったな。これ、昼ごはん入るかなあ。カロリーオーバーになりそうだから、夕飯は野菜スープだな。
「体型管理があるから、俺はどうせそんなにパン食べられないし。一斤もあっても困るからなぁ」
「えっ!?パンが食べられないのか!?」
「小麦は太りやすいからなぁ。ご飯が多いかも」
 一応はモデルという立場上、体型管理も仕事のうちだ。俺は顔が良くないから、スタイル勝負だし。正直いうと甘いものもパンも大好きだけど……我慢なんだよなぁ。禰豆子ちゃんが「自分のブランド持って、善逸さんを専属モデルしてもらうのが夢なの!」という高校一年生の時の夢を聞いてから俺はずーっと体型管理の日々だ。禰豆子ちゃんはもう忘れてるかも知れないけど、俺はあの言葉がすっごい嬉しかったんだよな。進路に迷う俺にじゃあモデルやろうって思わせてくれたものだし。
 そんなことを思い出しながら炭治郎を見れば、炭治郎は目に見えてしょんぼりしてた。ずーんっと暗い雰囲気で「何事だよ!?」と言いたくなってしまうし、実際口から出た。
「なになに!?何事っ!?そんなにパン食べないの意外!?嫌いじゃないし、むしろ好きよ!?」
 パン屋さん的にはパンを食べないなんてあり得ないのかなって思うと炭治郎は「違うんだ……」と首を振った。それにどうしたのかと思って顔を覗き込めば、炭治郎はゆっくり俺を見る。その目が、揺れ動きながら俺を見て、焼けそうな程の視線にひくりと喉が引きつった。
「……違うんだ。その、俺のパンを善逸にたくさん食べてもらいたいなって思ってたんだが……でもよく考えたらモデルだから、体型管理が必要なんだよな。パンがダメって思いもしなかったんだ。……俺のパンが迷惑になるなんて考えてなくて……いや、勝手にショックを受けただけなんだよ。善逸が気にすることじゃない」
 そう言いながらも明らかに落ち込んでる炭治郎に「わーお!パン職人〜
!」なんて思って笑ってしまう。そりゃそうだよな。パン屋さんならパンをたくさん食べてもらいたいよな。
「いや、普通に食べれるって。物凄い沢山は無理だけど、他の食事でカロリーコントロールできるなら大丈夫だよ?」
「いや、それは善逸に苦労を掛けさせる結果になる!少し時間をくれないか!善逸が気にしないで食べれるようなパンを開発するからっ!」
「あ、そーお?じゃあ、気長に待つよ……」
「ああ!期待しててくれっ!」
 むんっと胸を張る炭治郎に俺はふふふと笑う。一生懸命なのが何か言っちゃ悪いが可愛いな。いや、立派なことなんだけどさ。それにしても糖質を気にせず食べれるパンかぁ。本当にできたら若い女の子とかに売れそう……。インスタとかで有名になってさぁ。そしたらイケメンのパン屋さんとか、人気出ちゃうのかなぁ。もっと可愛い子に出会えたりして。
「……善逸?俺の顔になにかついてるか?」
「えっ?いやぁ?男前だなぁと思ってただけだよ」
 そう言って俺は食パンをしまう。炭治郎はびっくりしたのか、さすさすと自分の頬を撫でている。その姿がなんか、可愛らしくて俺はくひひっと笑った。最初は男の子とデートって緊張してたけど……うん。ちょっとは慣れてきたかもな。話も炭治郎はなんでも「うんうん」ってニコニコしながら聞いてくれるし。嫌なこと言ってこないし、普通に楽しい。ふふふ。これも俺の女としてのレベルが上がっているからかなぁ〜?ウィッヒヒ!
「……そういう善逸はとっても可愛いらしいぞ」
「うぇっ!?」
「あははっ!」
 してやったりというように笑う炭治郎に、俺はイッと歯を見せて睨んだ。「ごめんごめん」という炭治郎に「どうせ俺は禰豆子ちゃんや花子ちゃんみたく可愛らしくないよっ!」と言えば炭治郎は笑っていたのから、びっくりした顔になった。それに、なんか感じ悪い言い方だったかなと思って違うんだと手を振って言い訳しようとすれば、がしりっと炭治郎に手を掴まれた。
「善逸は可愛いぞ。そりゃあ、もちろん禰豆子も花子も可愛いぞ。妹だし……身内贔屓かもしれないが気立ても器量もいいと思ってる!けど、善逸だって負けず劣らず可愛いらしい!」
「ええっ……。あー……お世辞でも嬉しいよ?」
「俺はお世辞は言わないっ!」
「いやいや。お世辞だろ。だって、こんな、無駄にでかいし、ゴツいし……」
 俺はそう言ってちらりと公園を楽しそうにデートをしてるカップルを見る。彼氏の方が大きくて、彼女は小さくて、抱きしめたら隠れちゃうだろうなって感じだ。俺よりふわふわで、小動物みたいだ。可愛らしいってのはああいうのを指すんだよ。そんな気持ちで見ていたら、掴まれてた手をぐいっと引っぱられて意識が引き戻る。振り返って炭治郎を見れば、真剣な目をじっと俺に向けていた。
「善逸は確かに身長は大きいが、ゴツくはないぞ?ほら、見てみてくれ!俺の手と合わせれば手は一回り小さいし、指も……細い。筋張ってないし、手首なんて俺の手で簡単に一周できる」
 炭治郎はそう言って俺の手と自分の手のひらを合わせた。大きさをみて、指を絡めて、するりと手首にスライドして掴まれて、その肉厚な手のひらに俺は一気に身体中の血が沸騰したような錯覚に陥る。
「善逸は腰も細いし、肩幅もないし、俺が本気で抱きしめたらきっと背骨が折れるな」
「こ、怖いこと言うなよ……」
「ふふふっ。大丈夫、そんなことしないよ。……善逸は身長が大きいのを気にしてるのかもしれないが、それも善逸の魅力の一つだよ。大事にしてやってくれ。俺は堂々と歩く善逸が素敵だと思う」
 そう言って優しく手の甲を撫でられ、またゆっくり指を絡められる。な、なんつー破廉恥な触り方すんだこいつ!けどきっとそんなの意識しちゃあいないんだろうな。じゃなきゃこんな下心ありません、みたいな顔でこんないやらしい手の動きさせられるわけがない。つまりは俺はばっかり恥ずかしい思いをしてるってわけで……なんか悔しいな。
 そう思ってた俺は仕返しとばかりに指を絡ませてきて、にぎにぎしてる炭治郎とおんなじことをしてやった。伸ばしたまんま、されるがまままだった手指をゆっくり炭治郎のものに重ねて握り込んだ。ぐっぐっと力を入れて揉んで、どうだと言うように視線を手から炭治郎の顔に向けてやると——。

「えっ」
「…………ごめん」
 
 めちゃくちゃ眼前に炭治郎の顔があったわ。あまりの好みの顔が近距離にありすぎて魂飛び出すかと思ったわ。炭治郎はあと数センチで顔がぶつかるってところで、身体を引いた。そして非常に苦悶の表情で俺に相対してる。なんの表情なの?
「……ごめん。今のは危なかった」
「はあ」
「けど、善逸も気をつけてくれないか?いくら俺が長男でも我慢できない時がある。今のは本当に危なかったんだ。危うく了承を得ずにキスするところだった……」
「え?」
「だから善逸。無闇矢鱈に俺を煽るのはやめてくれ。ちゃんと順序を経て、了解を得てから事を進めていきたい。俺は真剣なんだ。善逸を大切にしたい。世界で一番大切にしていきたいと思ってる。だから友達の今は節度ある距離感でいよう」
「……はい…?」
 あまりにも理解不能なこと過ぎて、とりあえずとばかりに俺がこくりと頷けば炭治郎は嬉しそうに笑った。そして「そうか!良かった!すこし腹が膨れてしまったから、散歩してから昼を食べないか?」と言ってテキパキと荷物を纏めると呆けてる俺を引っ張り上げて歩き出す。
「?????」
 俺は炭治郎と繋がってる手を見ながら、その手をちょっと離して腕をからめてぴとりと身を寄せてみた。すると炭治郎は真っ赤な顔で「ぜ、善逸っ!さっきも言っただろう!友達のうちは節度ある距離感を心掛けてくれ!じゃないと俺が何するか分からないっ!」と、そう言って絡めた腕を解いて腰に手を伸ばして抱き寄せてくる。節度ある距離感ってなんなんだろう。あれか?俺から何かするのはNGなのか?煽るなってこと?煽ると……何が起こんのよ?
 そこまで考えて俺は恥ずかしくなってゾワゾワっと背筋が震える。そういやキスするところだったとか、何するか分からないとか色々言ってんのは、要するにエッチなこともしたいですよってことなの!?こいつ、こんな、こんな可愛いのにそんなこと考えてんのかよっ!!
「た、炭治郎のスケベ野郎!!」
「ええっ!?聞き捨てならないぞ!?」
「いやだってそうだろ!こんな風に勝手に腰抱いてきたりする奴はスケベ野郎だろ!手も勝手に握ってきたり、指絡めたり、そんなの女の子にホイホイする奴はスケベ野郎なんだよ!」
「ホイホイしてないっ!!」
「ずーっとしてんだろうが!!」
「善逸にしかしないっ!!俺は今まで彼女なんていたことない!全部、善逸が初めてだし、これからもずっと善逸だけだ!!」
「お、おいおいおい!何を言ってんのよさっきから!炭治郎!お前、ずーっと変だぞ!!な、なんか、お、俺を口説くみたいなことばっかり言って!期待するだろ!やめろよ!」
「みたいじゃない!俺は善逸を口説いてるんだ!!……二回目のデートで言うのはすこし早いかもしれないが……やっぱり我慢できない!言わせてもらう!」
 公園の遊歩道、人が行き交ってる。怒鳴り合うようにしてる俺たちは注目の的だ。けど、だけど言葉を止めて一旦落ち着こうなんて出来なかった。俺を見る炭治郎の目が、真剣で、その奥の色が……これはきっと、情熱だ。その目で見られるともしかしてって期待しちまうんだ。言え、言ってくれって公衆の面前で、公開でもいいからなんて、思っちまうんだ。俺を浮かれさせる、有頂天にさせる、決定的な言葉をくれよ。

「我妻善逸さん!!俺と結婚してくださいっ!!」
「喜んでって、嘘でしょ!?結婚スタートなの!?」

 こうしてまさかの俺の初めての交際はプロポーズから始まった。とりあえず炭治郎を宥めすかして彼氏彼女からと言ったけど、結局は一月後には婚約指輪は俺の左手薬指に輝いたし、挙式は一年後だ。あれよあれよと進むむ展開についていけない。禰豆子ちゃんはファッションショーに加えて、俺のウェディングドレスも作るのだと今はデザインをひたすら起こしては生地を漁る日々だ。
 俺もそれに付き合いながら、モデルの仕事をして、ウェディングプランを考えつつ、炭治郎とデートをする日々だ。幸せだけど、怒涛の展開過ぎてついていけない。いや、婚約指輪あるから夢じゃないのは分かってますよ?お互いに婚約して、大人であって働いているので……その、身体の関係もまあありますし。でもやっぱり……。
「……なんか、実感わかないなぁ」
「何がだ?」
「いや、色々と……本当に炭治郎と同棲するんだなぁとか、その、結婚するんだなぁって……」
 俺たちは不動産屋の打ち合わせスペースで担当者を待ちながら、出されたアイスコーヒーをストローで啜ってた。今日、不動産屋にいるのは炭治郎と一緒に住む新しい部屋の契約の為だ。契約自体はさっき終わったから、担当者が戻ってきて書類を受け取ったから解放される。
「まあ俺もまだ実感というのは湧かないが……すごく嬉しい気持ちはあるな。早く一緒に暮らしたい。一緒のベッドで寝起きしたい」
 にこにこして言う炭治郎に、俺はテーブルの下で炭治郎の足を蹴った。がつっとヒールが当たって炭治郎から「痛っ!」という声があがった。
「善逸、そのサンダルのヒールは硬いから蹴るのやめてくれ」
「昼間からスケベなこと言う奴が悪いんだよっ」
 俺はそう言ってそっぽを向いた。付き合ってから気が付いたが、炭治郎は下心がないわけではなくナチュラルスケベな奴だった。やりたいことをやるタイプらしく、普通に今も往来で腰に手を回してくるし、エスカレーターに乗ると必ず炭治郎が後ろだし、普通に体触ってくる。言い訳しようとしたのか、炭治郎が何か言おうとしたけど、担当者が戻ってきたら話は流れた。そして書類を受け取って、俺たちは残暑が厳しい九月の街へと手を繋いで歩き出す。
 まだまだ暑いけど、空の青色も薄くなってきているから、すっかり履き慣れたこのサンダルとも一旦はお別れだ。また来年、出来たら履きたい。靴は消耗品だから難しいかもしれないけど。
「もうすぐ秋だなぁ。そしたらすぐに冬だ」
「俺、新しいブーツ欲しいなぁ。クリスマスに買って?」
「随分と早くないか?」
「前借りで買って?」
「普通にプレゼントするよ」
 そう言って笑った炭治郎に、俺は繋いでた手を離して腕を絡めた。炭治郎はもう何も言わない。俺はこてんと頭を傾けて、自分の頭を炭治郎の頭に乗せた。ブーツはハイヒールの可愛いの買ってもらおう!

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