真夏のトライアングル

現パロ炭善♀+梅ちゃん。
一部キャラに記憶あり。
女子で海に来たら善♀が炭にナンパされて、メロメロになってそれにぷんぷんする梅ちゃんの話。
約25000字/現パロ/女体化

 燦々と輝く太陽、コバルトブルーの海に真っ白に輝く砂浜……とまではいかない。何しろ都心から二時間ちょっとの快速電車できたのだ。水の透明度は高いし、そこそこビーチパラソルが立ち並び、芋洗いの様相の砂浜であるがいるのは子連ればかりだ。若い男や若い女のグループはかなり少ない。その様子に謝花梅は輝かしいまでの黄金比の水着スタイルで仁王立ちしつつ、ふんっと満足げに鼻を鳴らした。そんな謝花梅の横を苺を彷彿とさせるビキニを着た、二歳くらいの女の子がピッコピッコとサンダルの音を鳴らしながら通り抜けた。
「あれっ!?ここのビーチ、若い人少なくない!?」
 後ろから聞こえた声に振り向くと、ど金髪におさげ髪というアンバランスさがあるヘアスタイルをした水着姿の少女がいた。彼女は謝花梅の保育園からの腐れ縁であり、大学生になってもずるずる一緒にいる。勉強に関しては若干、謝花梅の方が出来が悪いが、ギリギリ同程度のラインなので幼小中高大と全て一緒だった。まあ中高大は私立の女子校なので一度入れば上まで行けるのだが。
「少ないわよ。ここのビーチはファミリー向けらしいし」
「ええっ!?なんで!?」
「あんた達みたいなフワフワした女がナンパが多い場所に行ったら、すぐにヤリモクな男に捕まって喰われるわよ。だから親切に、この私が、わざわざ調べてここのビーチを選んであげたの!文句ある?」
「あるよ!?ナンパ期待してたのに!!」
 プンスカというように喚く金髪の少女に謝花梅は全く取り合わず、軽く鼻で笑う。そして少女の後ろから歩いてきた残りの二人の友人……神崎アオイと栗花落カナヲに目を向けた。
「遅いわよ!」
「パラソルのレンタルが混んでたんです」
「ビーチボールと浮き輪に空気入れてきたよ」
 すでに浮き輪に潜りながらソワソワしているカナヲに謝花梅はほんの少しだけ唇を尖らせる。なぜならカナヲは抜群に可愛いらしいからだ。キラキラ輝く蝶々の髪飾りに紫寄りのピンク色のワンピースタイプの水着だ。本人もフワフワした性格なので非常に男が寄ってきやすい。
(まあ、私には負けるけどね!)
 そんなことを思いつつも、やはり家族向けのビーチに来て良かったと謝花梅は再確認し、カナヲの隣にいるアオイと目を合わせて頷きあった。アオイは耳の上でツインテールをし、青に近い紫色のワンピースタイプの水着を着ていた。それはカナヲと同デザインで、謝花梅は若干羨ましい気持ちになる。そういえばお揃いコーデとか小学校卒業からしていない。
 アオイとカナヲがお揃いのデザインなのは、二人が幼なじみだからだ。ここの四人は中学からの腐れ縁であり、きっかけはなんだったろうか。確かアオイとカナヲと仲良くなった謝花梅の幼なじみに「他にも友達作れよ!」と言われて引き合わされたのがきっかけだったかもしれない。
 謝花梅は大変に美しい容姿をしていた。道を行けば男に声を掛けられるようなそんな見た目だ。そのせいで面倒ごともあったけれど、謝花梅はこの世で誰よりも強く賢く経験深い女の子であるので、問題はなかった。しかし女には好かれないタイプであったので、男のいない女子校でもあまり馴染めなかったのだ。
 それは今も同じで謝花梅は女の友達よりも、男の下僕の方が数が多い。大学生になって謝花梅に群がる男目当てに女どもが擦り寄ってくることもあったが、謝花梅は友達が三人いれば十分だったから素気無く扱っていた。むしろ謝花梅は男がそんなに好きじゃない。便利ではあるが、上っ面ばかりを見て寄ってくるのにどう好感を持てというのか。だから謝花梅は今回は一人で生きて死ぬと決めていた。兄は花嫁姿を見たいようだったが、残念ながら愛しい兄の願いでも謝花梅はそれは聞けない。
 謝花梅は男が嫌いだからだ。だからといって女がそういう意味で好きなわけでもないが。けれど寂しいとは思わない。謝花梅には気のおけない友達が三人もいる。うち二人はいずれ結婚もするかもしれないが、最後の一人はそんな心配はない。他二人と違ってモテないし、言葉遣いも動きもガサツだし、顔も残念だ。
「ねー!二人とも!ここ、ここ、家族向けのビーチなんだって!」
「そうなの?海きれいだし、小さい子かわいいね」
「俺もそう思った!海キレイだし、小さい子いっぱいなの可愛いしよね〜♡ さっき、小さい兄妹で仲良く手を繋いでるの見てキュンってしちゃったよ〜♡」
「それならいいじゃないですか」
「いや良くないよアオイちゃん!俺は!ナンパされたくて!海に行こうって皆んなを誘ったの!!」
 金髪の少女の嘆きにアオイもカナヲも苦笑いしたし、謝花梅はハァと腕を組んで溜息をついた。なぜなら、また始まったという感じだからだ。この四人は中学からの付き合いで、さほど男に興味のないグループであった。しかし一人だけは例外だ。謝花梅の幼なじみである金髪の少女は……どうやら結婚に憧れているらしく、女の子に生まれたのだから折角だから法的に縛られた結婚をしたいという願いを持つ少女であった。
 その事を少女が口にし始めたのは十六歳の頃合いだったか。突然の言葉に謝花梅はびっくりしたが、まあ、どうせできないから好きにさせようと放っておいた。現にそれから数年経っても少女には彼氏は愚か、男友達もできていない。しかし年々、騒ぐ姿が派手になっていく。彼氏が欲しい、恋人が欲しい、ナンパされてみたいと喚くのだ。
 謝花梅はやれやれと首を振ると横にいる少女を肘で小突いた。当たった場所が飛び出している胸であり、ふにょんと乳が揺れる。それにムッとして謝花梅は自分のものを見るが……程よいサイズの美乳に頷き少女を正面に見る。少女は謝花梅が選んだオレンジ色ワンピースタイプの水着を着ている。お腹周りが気になるからと体型カバーのものを選んだが、それでも隠しきれないボリューム感。そう金髪の少女は実にグラマラスな体型をしているのだ。Hカップという驚異な胸囲を持っているのだ。その姿を改めて見て謝花梅は思った。
 この体つきの不細工モテない女をヤリモク野郎の群れに解き放てば大変なことになる。
 そう。謝花梅は未来が見えている。ヤリモクな男にナンパされて散々弄ばれてシングルマザーになる幼なじみの姿が見えている。もしそうなったら、まあ、幼なじみが産んだ子だしと謝花梅もそれなりに面倒みてやってもいいが、幼なじみが苦労するのはわかっている。防げるものは防ぐべきだ。しかし少女な女子校育ちという境遇なので男を全く知らないからいい気なものなのだ。
「……ナンパって何言ってるのよ。アタシがいたら、あんたの方に男が行くわけないでしょ」
「酷い!!もっともな言い分だけど!!」
「そもそも女子旅しようって言ったのアンタなのに、女子旅でナンパを期待してるんじゃないわよ」
「それもごもっともです!!」
 謝花梅に言いくるめられた少女はショボンと肩を落とした。若くて可愛いうちにウェディングドレスを着たいと願っているからか、大学生になっても男の知り合いができないのに落ち込んでいるらしい。何しろ少女は年老いた祖父と兄と暮らしているのだ。祖父に何とか生きてるうちに晴れ姿を見せてやりたいのだろう。
「まあまあ、何でもいいですからパラソル設置しましょう。ここにいてもしょうがありません」
「あ、そーだね。アオイちゃん、持とうか?」
「大丈夫です。どこにしましょうか」
「そーね。人が少ないところがいいわ」
「なら向こうの方は、人がまばらよ」
 カナヲがそう言って指差したところを確認し、四人は頷き合うと足元にある荷物を取って歩き出そうとした。謝花梅もここでは下僕がいないのでちゃんとレジャーシートを肩に下げる。金髪の少女はクーラーボックス担当だ。中には飲み物やアイスが入っているが……この少女は思いの外、力持ちなのである。さてそれでは行こうかと謝花梅が一歩、ビーチに砂浜に足を踏み入れた途端、後ろから「あっ!」と謝花梅の幼なじみの声があがった。なんだと思いながら振り返ると、声を上げた金髪の少女はある一方向を見ていた。
「見て、若い男の人のグループだ!すごっ、めちゃくちゃイケメンがいるっ……!」
「どれ?あ、本当だ。凄い顔がキレイな男の人いるね」
「えっ、男物の水着着てるから男の人だって分かりますけど……顔は女の人みたいですね」
 カナヲとアオイが青みがかった黒髪の美青年を見ているのに対し、金髪の少女はその美青年の隣にいる赤みがかった髪の青年をボーッと見ていた。謝花梅はその視線の先を確認して、赤みがかった髪の青年の相貌に眉を顰める。背が高く、体つきも鍛えられていて悪くはない。しかし顔がダメだ。
 そう思っていると視線を感じたのか青年達が振り返った。それにびっくりして、カナヲもアオイもそそくさと荷物を持って歩き出す。しかし金髪の少女はボーッとしたまま例の青年を見つめたままだ。青年も金髪の少女を確認したのか、びっくりしたような顔を一瞬する。
「二人とも行っちゃったじゃない!行くわよ!」
「あ、うん……」
 謝花梅が一喝するように声を掛けると、少女はようやく現実に戻ってきたのかクーラーボックスを手に取った。謝花梅はその手を引いて早くこの場から去ろうと思って手を伸ばしたが、謝花梅よりも早く少女の腕を掴む者がいた。さっと陰った視界に謝花梅はゾッとする。
「あの!お一人ですか!?君の名前を知りたい!」
「えっ!?」
 少女の手を掴んだのは先ほどの赤みがかった黒髪をした青年だった。謝花梅は再度確認したその残念な顔にゾッとする。額には大きな火傷の跡、そして耳には旭模様の花札みたいな耳飾り。とんでもなく、ゾッとする。そしてめちゃくちゃ、金髪の少女しか目に入ってないのにもゾッとした。隣に私いるだろうと心の中で叫びながら、謝花梅は青年の手に手刀を落として別のことを叫んだ。
「ちょっとアンタ!!軽々しくコイツに触らないでよ!!」
 ズビシッと当たった謝花梅の手刀だが青年の腕はびくともしないし、謝花梅の幼なじみの腕を離さない。幼なじみは兄以外の男と接触がない、男に免疫がない少女なのだ。見知らぬ男に腕を掴まれるなんて恐怖だろうと謝花梅が横目で少女を見れば、目にハートマークを入れたかのようにボーッと青年を見ていた。
「えと……我妻善子です……♡」
「我妻……善子……。我妻……いい名前だな。俺は竈門炭治郎。ごめん。善子を一刻も早く引き止めたくて名乗るのが遅くなってしまった」
「いきなりの下の名前呼び!?あんたなんなの!?」
 全く謝花梅を見ない青年に突っ込みを入れるも、竈門炭治郎と名乗った青年はやっぱり謝花梅を見ない。というよりも善子から目が離せないのか、じーっとその顔を見ている。
 善子も善子で竈門炭治郎の顔をうっとりと見ていて、謝花梅はさらにゾッとした。もはや謝花梅の身体は極寒の地にいるのではないかというくらい寒い。
「あ!おい!竈門!いきなりの走って行くな!」
 そう言ってこちらへやって来たのはセンター分けした髪型の地味な男だった。竈門炭治郎は「村田さん、すみません。どうしても善子をあのまま行かせたくなくて……」と善子の腕を掴んだまま頭を掻いた。
「えっ!?あがっ……ううんっ。いや、まあ……その気持ちは分かるとして……とりあえず腕を離してやれよ。初対面の男に腕を握られたままは困るだろ……」
 良かった。顔が普通だからかまともな男だった。謝花梅は少しホッとしてから竈門炭治郎を睨む。すると竈門炭治郎は村田さんの言葉にパチリと瞬き、善子を見て言った。
「善子、俺と手を繋ぐのは不快か?」
「えっ!?えと……不快じゃない……」
「そうか!良かった!」
 竈門炭治郎はぺかーっと輝かしい笑顔を見せると、善子の腕を一旦離して手を繋いだ。その流れる動きに謝花梅は唖然とし、竈門炭治郎の奇怪さと大胆さに慄いた。
「おーい。炭治郎ー何やってん………おおっ……お前、まじかよ……」
 さらに追加された男どもに謝花梅は苛々とする。青年達は四人グループなのか先ほどの美青年と随分とワイルドなモヒカンヘアーという青年が寄ってくる。そして善子を見てはヒソヒソとする男どもに謝花梅は怒りの頂点に達しそうだ。
 こいつら、善子のボディを見ているのか。自分に視線が来ないということはそれ以外考えられないと、謝花梅はある一つの可能性に見て見ぬふりをして、善子の空いている手を掴んだ。
「行くわよ善子!カナヲとアオイが待ってるんだから!」
「あ、そうだった。あの、俺もう行かなくちゃ……」
 そう言って竈門炭治郎の手を離そうとした善子だが、竈門炭治郎はニコニコしたまま善子の手を離さない。それにキレ散らかりそうになった謝花梅であるが、竈門炭治郎に先手を打たれた。
「なあ、俺たちも一緒に行ってもいいだろうか?」
「えっ!?」
 善子はさっきから驚いてばかりだが、経験値が足りないから予測が立たないのだろう。哀れな未来に突き進みそうになっている幼なじみに謝花梅はひたすら焦った。これはマズイ。多勢に無勢だ。援軍が必要だと後ろを振り返り、アオイ達を探そうとすればタイミングよく二人がこちらに戻って来ていた。おそらく途中で着いてこない謝花梅と善子に気がついたのだろう。
「どうしたんですか?」
「ナンパよナンパ!ちょっとこいつら諦めさせるの手伝ってよ!しつこく善子に言い寄るの!!」
 そう言った謝花梅に、アオイとカナヲはボーッと青年を見つめている善子を見て、そして善子をじっと見ている竈門炭治郎を見た。竈門炭治郎はこれでもかと善子を見つめてから、アオイ達に視線を向ける。そして、にっこり笑い、二人に挨拶をした。
「俺は竈門炭治郎!こっちは俺の幼なじみの嘴平伊之助と不死川玄弥、それと大学の先輩の村田さんだ!実は俺は善子を見た時からどうしても善子の手を離したくなくなってしまって……一緒に時間を過ごしたいから、どうか俺達を君達に同行させて貰えないだろうか?」
 ナンパとしてその発言どうなのだという堅苦しさを纏わせつつ、竈門炭治郎はさらに「この通りだ!」と90度に頭を下げた。そんな青年にカナヲもアオイもびっくりした顔をして、お互いを見合わせあった。そしてまさかの謝花梅の期待とは違うことを口にしてしまう。
「私はいいよ」
「私も構いません」
「嘘っ!?」
「本当か!ありがとう!」
 謝花梅の叫びも虚しく、竈門炭治郎は善逸の持っていたクーラーボックスを肩に掛けてしまう。嘴平伊之助と紹介された男もカナヲとアオイから荷物を受け取るとさっさと浜辺へと行ってしまった。パラソルと浮き輪を人質に取られてしまった。不死川玄弥は自分達の荷物を持ち、先に行く仲間達を追いかけて行く。
「それじゃあ善子、行こうか」
「う、うん……。え?本当に一緒に遊ぶの?」
「もちろんだ!それにしても善子、その水着は凄い可愛いな。似合っている」
「えっ、あっ、ウヒヒッ……♡」
 顔を真っ赤にして善子もあっさりと謝花梅を置き去りに歩いて行く。それに呆然としていると村田さんと呼ばれた男が「あの、その……ごめんな……?」と謝花梅に謝ってきた。しかしそんな男の謝罪で終わる問題ではない。梅は怒りに打ち震えながら泣いて痴漢が出たと叫んでやろうかとさえ思った。しかし——。
(あっ)
 前を行く竈門炭治郎が初めて、謝花梅に視線を向けた。それは隣を歩く善子を見つめるついでの視線であったが、振り返って謝花梅を見た。その目は警戒をした目で、無意識かもしれないが僅かに殺気のようなものが混ざっていた。殺気なんてもの普通の少女は分かる筈がないが謝花梅は分かる。なぜなら経験深いから。
(あいつ……竈門炭治郎!!間違いない!あいつ!記憶あるわ!!)
 謝花梅は確信した。あの目、あの眼光、間違いなく鬼狩りの目だ。謝花梅を何者か見抜き、警戒をする目だ。謝花梅が気がついたということは、向こうも気がついたということなのだ。そういえば嘴平伊之助もこちらを見た時に一瞬、眼光を鋭くしたなと謝花梅は唇を噛む。
(まただ。また鬼狩りが……鬼狩りが私のものを奪ってく!!)
 謝花梅はギリギリと奥歯を噛む。そして一度目を閉じて覚悟を決めると、ビーチサンダルにも関わらずアスファルトを蹴って、砂浜へと駆け出した。そして体当たりで前を行く善子と竈門炭治郎の繋がった手の間にぶつかった。繋いだままでは善子が危ないからか、竈門炭治郎はあっさりと手を離す。それにしてやったりと思った謝花梅は善子にギュッと抱きつくと宣戦布告として竈門炭治郎に吠えた。
「私の『善逸』に馴れ馴れしくすんな!!」
「わっ!梅、どうしたんだよ!」
「ぜん、いつ……?」
 その名を呼んだことに竈門炭治郎は謝花梅をほんの少しだけ睨んだ。その表情に謝花梅はふふんと気が良くなり笑う。そして見せつけるように『善逸』に抱きつく力を込めた。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ。行くわよ、善逸」
 とにかく一緒に遊ぶことに抗議しなければと、謝花梅は善子の手を握って歩き出す。背中にブスブスと視線が刺さるのが面白い。しかし相手は鬼狩りだ。気は抜けないなと思いつつ、謝花梅は顔だけで振り返ると竈門炭治郎にアッカンベーをしてやった。
 これは前世が人を喰う鬼であったことを覚えている少女と、前世でその鬼を狩る鬼狩りであったことを覚えている青年と、そしてそんな二人に挟まれているも、前世では男の鬼狩りであったことをなーんにも覚えてない、生まれ変わって女になった絶賛彼氏募集中な少女が織りなす恋と友情と執着の物語……かもしれない。

****

「えっと、我妻善子、19歳です。実家住まいで、爺ちゃんと兄貴と一緒に住んでるんだ。えっと、兄貴の口調に影響受けててその……気をつけてるけど、その……」
 ビーチパラソルの下、もじもじと指を絡ませる善子を見て竈門炭治郎はにっこりと笑った。そしてほんの少しだけ首の角度を横に倒し、善子を安心させたいなと思いながらも嘘偽りない気持ちを言う。
「俺は気にしないぞ。善子がのびのびと話してくれた方が嬉しい」
 竈門炭治郎の言葉に善子はホッとしたように息を吐いたが、その結果脇が締まり、ただでさえ目につく豊かな胸がぎゅうっと寄せられる。むにりという効果音が立ちそうなその胸は元からあった谷間がさらに深くなった。竈門炭治郎は内心で「甘露寺さんくらいありそうだな……」と思いながらも善子の胸に興味ありませんという顔を取り繕う。これがもし竈門炭治郎が前世の記憶がない、ただの大学生であればチラチラと見てしまっただろうが生憎、竈門炭治郎には前世の記憶がある。
 合算すると善子など小娘であるが、どう見ても『我妻善子』は竈門炭治郎が生まれ変わってからずーっと探し続けていた『我妻善逸』である。いないいないと焦りながらも探し続けて、ようやく先ほど、まさかこんなところで見つけるなんてという想いだ。竈門炭治郎の周りの転生した仲間達は皆、前と同じ性別だった為にてっきり善逸も男だと思っていたのだが……。
(まさかこんな可愛らしい姿になってしまうとは……)
 炭治郎はチラッと善子の全身を見た。身長は前世で善逸と出会った頃と同じくらいの大きさだろうか。しかし筋肉がつきがっしりしていた体つきは、今は見る影もなくどこもかしこも柔らかそうだった。首は細くなり、肩もなだからで、胸元には以前はなかった豊満な乳房がある。そこから下に続く腹も押すとペコリと凹んでしまいそうなくらい柔な感じで腹筋はあるのかと心配になる程だ。
 そして今度はあったものがなくなり、そして頼りない布で隠されているが、奥には蜜壺があるのだろう。凹凸なく三角になっている股座に少し寂しさを感じつつも代わりに得た力に竈門炭治郎は想像だけでにっこりしそうだ。子供が産める。
「あの……炭治郎?」
 竈門炭治郎が善子の上半身にくらべてむっちりしっかりした脚をぼんやり眺めていると、善子はマジマジと見られているのに気がついたのか戸惑った匂いをさせている。しかし不快感はなく、照れが混じっているのに竈門炭治郎は「相変わらず、警戒心が薄い」と考えつつ、やましい事など考えてませんという余裕ぶりでニコニコと善子の顔を見た。男であれば欲をもってもおかしくない体つきの善子だが、竈門炭治郎はそんなことありませんというように取り繕って言った。
「ああ、ごめん。脚に筋肉がついてるから……スポーツでもしてたのか?」
「あ、うん。高校までは陸上やってたんだあ。だから、ちょっと足が太くて……」
「そうかな?善子が頑張ってた証だろう?」
 竈門炭治郎の言葉にホッとしたような匂いをさせる善子に、「怖がらせたり、ふあんにさせたりしたらダメだ」と炭治郎は思った。だってようやく見つけたのだ。探し続けていた善逸を。善逸は何故か記憶がないようだが仕方がない。そこを議論する場合ではない。竈門炭治郎の第一目的は善子にいい印象を与えてまずは連絡先を得る事だ。次も会いたいなと思わせる事だ。まさかこんなところで大学の新歓で得た「ナンパの心得」が役に立つとは思わなかった。とにかく欲を隠して誠実に、がっつかないようにしつつも連絡先をは得る。竈門炭治郎はナンパなんて初めてであったが、善子はすでにかなり好感度が高そうなのでこのままいけば連絡先くらいはもらえる筈……そう思った時にギラリと刺さる殺気に僅かに眉が動きそうになった。
(……上弦の陸が邪魔だな……。名前はなんだったか、梅……謝花梅か)
 海に来ているのに竈門炭治郎達はビーチのパラソルの下にいた。ここにいるのは竈門炭治郎と善子と謝花梅だ。善子は竈門炭治郎が「少し話をしたいな。善子のことを知りたい」と言ったからここにいるのだが、謝花梅は呼んでない。けど善子の隣に座って竈門炭治郎を睨んでいた。
(ここの関係性が謎だな。カナヲとアオイさんのどちらかにでも記憶があったら探りが入れやすかったけど……二人とも記憶はないみたいだし)
 ならば仕方がないと竈門炭治郎は善子に聞くことにした。謝花梅は聞いても教えてくれないだろうし、話をするならそもそも善子がいい。竈門炭治郎は謝花梅をチラリと見てから善子ち話を振った。
「そういえば二人は高校からの友達なのか?それとも大学?」
 上弦の陸を友達と表現するのは若干抵抗がある。これが彼女に一切の記憶がなければ話は別だが……竈門炭治郎は最初から気がついていた。謝花梅の纏う匂いが一介の女子大生には出せない匂いであることに。竈門炭治郎の周りにいる転生して、記憶がある者たちと同じく深みある匂いだということに気がついていた。
 妹の方の上弦の陸を追い詰めたのは伊之助と善逸だ。謝花梅は善子を『善逸』と呼んだのだから、性別が変わっていても善子を自分を倒した鬼狩りという認識がある筈だ。自分を前世で殺した相手に近づくなんてどんな目的があるんだと竈門炭治郎は警戒を強める。
「俺たち?俺たちは保育園からの友達だよ。保育園から大学まで全部一緒なの。幼馴染なんだあ」
「え」
 関係性が想像以上に深かった。竈門炭治郎がびっくりしていると、謝花梅はドヤ顔で善子の腕に己の腕を絡ませてくる。
「家もすっごい近いから毎週お泊りするくらいの仲よ」
 ふふんと笑う謝花梅に、竈門炭治郎はピクリと口元を引きつらせた。単純計算すると十五、六年は一緒ということで、前世で竈門炭治郎が善逸と一緒に生きられた年数より長い。竈門炭治郎はそれにムカっとしたが、善子と夫婦になれば挽回できると思って心を落ち着かせる。竈門炭治郎は善子と夫婦になる。これはもう本人の中では決定事項であった。いかに善子をそこまで導くかが問題なのだ。
「そうなんだ。他の二人も幼馴染?」
「カナヲちゃんとアオイちゃんは中学からだよ。俺たち仲がいいんだ!」
 えへへと笑う善子に幸せそうで何よりだと竈門炭治郎はつられて笑う。前世では竈門炭治郎と出会うまで友達もいなかったと言っていた善逸が生まれ変わってこうして幸せそうにしているのが何よりも嬉しい。
「だから仲良く四人で女子旅してたんだけど、まさか邪魔が入るなんてー思わなかったわー」
「なんだよ梅。いいじゃん別に」
「ふんっ」
 そっぽを向く謝花梅に善子は困り顔だ。不機嫌そうなのに善子に纏わりつくのはやめない謝花梅からは炭治郎を警戒し、疎ましく思っている匂いがする。排除したいと思っているのだ。
「もー。梅ってばー。怒らないでよー」
 そう言って涙を滲ませながら謝花梅に縋り付く善子の姿に、竈門炭治郎はほんの少しだけ苛立ちが生まれる。なぜなら泣きついて縋られるというポジションは前世では自分のものだったからだ。善逸は今の善子のように泣いて炭治郎に縋ることが多かった。それは困ったことでもあったが、優越感もあった。だって一番に自分のところにきてくれるから。
(……生まれ変わって縋る対象が謝花梅なのか。とりあえず謝花梅には善逸に対して害意はなさそうだ)
 もしあったらこんなにベタベタするほど仲良くなっていないだろう。上弦の陸の時の姿しか知らないが、あまり自制や我慢強さはなさそうであった。しかし共に上弦の陸であった兄とのやり取りを見るに、謝花梅は生前からも懐に入っている相手には執着が強そうだ。
(……なるほど、善逸の中身を知って離れられなくなった人間か。俺みたいに)
 『我妻善逸』という存在は一見しただけではその良さが分からない男であった。しかし深く関係性を結べば結ぶほど、底無し沼のような魅力に取り憑かれていく。少なくとも竈門炭治郎はそうだった。たまたま出会ったのが彼の魅力に誰も気がついていない頃であったので、竈門炭治郎はたまたま『我妻善逸』の一番になれた。一番に仲良くなった人間、一番の友達、一番最初に善逸の魅力に気づいた人間……。
 前世ではそれが竈門炭治郎であったが、善子の懐き具合を見るからに今世では謝花梅なのだろう。謝花梅からは善子に対する好感の匂いが強い。善逸に対しての恨みがないのはありがたいが、執着されるのも歓迎できない。竈門炭治郎はどうやって出し抜くかなといちゃいちゃしている女子二人を見ながら考えた。
 幸いな事に竈門炭治郎には協力者がいる。こちらの陣営は皆んな、記憶がある人間だ。竈門炭治郎が我妻善子を欲しがっているし、絶対に手に入れるだろうし、それが出来ねば今世で竈門炭治郎の幸せがなくなることを承知している。確実に手助けしてもらえる。
 対して謝花梅は手勢がいない。すでに孤軍奮闘といった様相だ。このままカナヲとアオイを懐柔しつつ、善子たちのグループに張り付いて手に入れるのがいいと竈門炭治郎は心の中で頷いた。
「そういえば女子旅ってことは泊まりなのか?」
「そうだよ。二泊三日で近くの民宿に泊まるの。炭治郎たちは?日帰り?」
「いや、俺たちも二泊三日の泊まりだ。それなら明日も明後日も一緒に遊べるな」
 竈門炭治郎の言葉に善子はパッと顔を明るくさせ、隣の謝花梅は顔色を悪くする。対照的な反応だがこの要求は通ると竈門炭治郎には確信があった。
「はあ!?三日もアンタ達と!?嫌よそんなの!!」
「えー!?なんで!?いいじゃん!せっかく仲良くなったんだし!」
「アタシは女子旅に来たのよ!!ナンパ野郎と過ごす為じゃない!!」
「炭治郎達はナンパ野郎じゃないじゃんか!いつもの連中みたく、梅にデレデレしてないだろ!」
「そうだけど!それはそれでムカつくのよ!」
「我儘!!……ねぇ、梅お願い!もっと皆んなで遊びたい!明後日にはお別れなんだ……三日だけしか一緒にいられないんだよ?お願いー!!」
「…………うー……!」
(結婚するから、これからの人生は善子とずっと一緒にいるけどな)
 そんな事を考えながら、竈門炭治郎は静観していた。謝花梅は悩んでいるような面持ちで、それに若干の親近感を竈門炭治郎は覚える。わかる。善逸のお願いを断るのが心苦しいの分かる。はまり込めばはまり込むほど、「これくらいいいかな?」って甘やかしてしまう気持ちが分かる。なぜなら竈門炭治郎も前世でそうだったからだ。ささやかなお願いくらいいいかなと甘やかしては「甘やかさないように」と胡蝶しのぶに怒られたことは数知れずだ。
(そういえば、カナヲはしのぶさんと出会ってるのかな?)
 竈門炭治郎もかつての仲間と全て再会しているわけではない。胡蝶しのぶとは再会していない。しかしこんなに生まれ変わっているのだから、彼女も生まれ変わって幸せにしている筈だと信じ、とりあえず謝花梅が折れるのを竈門炭治郎は待つ。
「……分かった。分かったわよ!分かったわよ!善逸の好きにしなさいよ!!」
 真っ赤になって立ち上がった謝花梅はビーチパラソルから出ようとしたが、足を止めるとまた善子の隣に座り直す。その様子に「ご苦労様だな」と竈門炭治郎は思いつつも謝花梅が『善逸』と呼ぶのに不服を覚える。最初は牽制のために呼んだのかと思いきや、善子は謝花梅に『善逸』と呼ばれるのを不思議に思っていないようだ。しかし善子に記憶はない。
「ありがとう梅〜。えへへ♡ 大丈夫だって♡ 良かった♡」
「……ところでどうして善子は謝花さんに『善逸』って呼ばれているんだ?」
「え?」
 キョトンとした善子は「ああ、そーいえばそうだった」と笑った。その様子から長年呼ばれているのを何となく察する。
「善逸は梅がつけたあだ名だよ。由来はねー……」
「アンタが過剰なくらいいい子ぶりっこだから」
「いや、酷っ!そんな理由じゃなかったでしょ!えーと、あれだ、常軌を逸してるくらい人が良すぎるからとかそんな……あらやだ、なんか自分で言うと照れちゃうわ」
「……いつ頃から呼ばれてるんだ?」
「小学校の高学年くらいかな?」
 あだ名のこじつけであろう由来と、つけられた時期を考えるに多分、善子は人にいいように使われていたのかもしれないなぁと竈門炭治郎は勝手に思った。善逸も人に尽くすのを自然としてしまうところがあった男だ。生まれ変わっても変わっていないのかもしれないと竈門炭治郎は勝手に懐かしく感じた。
「そうかあ、素敵な由来だな。……ちなみにそのあだ名で俺も呼んでもいいか?」
「え?炭治郎も?」
「うん。呼びたい」
 炭治郎の言葉に謝花梅が嫌そうな顔をした。不用意に呼んだのを悔やんでいるのかもしれない。炭治郎の鼻には後悔と寂しさの匂いが届いた。寂しさはきっと、竈門炭治郎の願いを許容してしまう善子に対するものだろうなと冷静に分析しつつも遠慮はしない。竈門炭治郎は『善逸』と呼びたい。
「うーん。その呼び方は梅だけのものなんだあ。特別な呼び方なの。だからごめんね?」
 あっさりと断った善子に竈門炭治郎はショックを受けた。そしてダメなものはダメだと断じる善子に『善逸』の強さを見つけて仄かに嬉しくなる。しかし悲しい。ダメって言われた。
「……そうか。二人の間での特別な呼び方なら仕方がないな」
 傷ついた心を立て直しながら炭治郎はそう答えた。辛いが仕方がない。出会ったのが遅かったのだから仕方がない。そう思っていると、善子の隣にいる梅からはブワッと嬉しさの匂いが漂ってきて竈門炭治郎の心はささくれ立つ。人を羨むのは良くないし、あまり持たない感情であったが竈門炭治郎はこれほど羨ましいと思ったことは生まれ変わってからなかった。謝花梅が羨ましいし、ドヤ顔で見てくるのが鬱陶しい。
「うん。そ、それと……炭治郎には善子って呼んで欲しい……かな……♡」
 顔を真っ赤にしながらモジモジ言う善子に、竈門炭治郎は『くそ可愛い』と珍しく口汚く感想を持ちつつ、謝花梅を見やった。謝花梅は悔しそうに歯を噛み合わせて竈門炭治郎を睨んでいる。それに気をよくした竈門炭治郎はダメ押しで善子に言った。特別な名前が呼べないなら、他のものが欲しい。
「分かった、善子ってずっと呼ぶよ。そうだ善子。連絡先を交換しないか?」
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「俺、とうとう彼氏ができるかもしれない!!これはもう結婚かもしれない!!絶対に運命だ!!」
 ぷぴーと顔から蒸気が出るのではないかというほどに真っ赤な顔をした善子が民宿の一室で大騒ぎしていた。それにアオイは苦笑いし、カナヲはにこにこと笑みを浮かべ、謝花梅は美しい容貌を美しく歪めていた。謝花梅ほどの美貌であれば、表情が歪んでも美しいのだ。
 しかし三人は騒ぐ善子など慣れたものなので、しばし善子を見つめたのちにすぐに元の話に戻った。なんであったか。そうだ、コンビニに後で行こうという話だった。
「飲み物欲しいです」
「さっき買っておけば良かったね。プリン食べたいな」
「私、アイス食べたーい。限定のやつとかないかしら」
「ちょっとぉ!三人ともちゃんと聞いてくれよ!!無視しないで!!」
 身をくねらせて涙を滲ませる善子に、やれやれと謝花梅は居住まいを多少正した。正したといっても、畳に寝転がっているのを脚を崩して座る……というのに変えた程度であるが。
「なーにが運命よ。たまたまよ、たまたま」
 そう言って善子の話を一蹴した謝花梅であるが、善子は雑な対応をされるのに慣れているしあまり気にしていないのか塩対応な謝花梅にも負けない。ふんすと鼻息荒く、反論をした。
「そんなわけあるかい!だって、まさか、泊まるところも同じ民宿だっんだぞ!?これって凄くない!?」
「凄くないわよ。家族連れが車で来るのが多いから、この辺は民宿あんまりないの。宿が同じでも不思議じゃないわ」
 ひらりと手のひらを動かして、謝花梅は善子の運命論を断じた。実際には少し離れたところに大型ホテルがあるが、そのことについて謝花梅は言わない。知っているが、言えば面倒なことになるのは間違いないからだ。
(それにしても宿まで同じだなんて最悪っ!!浜辺で会ってなくても、どのみち食堂で会うことになってたじゃない!)
 こんな事なら候補日をずらせば良かったと思うけれど、四人が揃うのはこの週しかなかったのだ。あとは三人とかになってしまう。それは良くない。
(幸い、泊まってる部屋は離れてるし……ここの棟は女性専用だから男は入れないし……善逸を部屋から出さなければ大丈夫)
 謝花梅はスマートフォンを操作しながら、今日撮った写真を整理していた。女四人で遊んだ時はそれぞれフォルダ分けしているのだ。サボると写真が溜まってしまって面倒なことになるのでその日のうちにやるのがいい。しかし写真にチラチラ映り込む男どもにイラッとするなと、謝花梅は顔を顰めた。加工してカットしてやろうかと善子のすぐ近くに立つ竈門炭治郎をトリミング機能の範囲外に合わせる。
「……でもさあ、絶対に炭治郎は俺の運命だよ」
「まだ言ってんの?」
「うん。だってさあ、良く考えてみてよ。梅もカナヲちゃんもアオイちゃんもいるのにさぁ、俺を選ぶなんておかしいじゃん。俺、不細工だもん」
 善子の言葉に謝花梅はピタリとスマホの操作を止める。あと少しで竈門炭治郎の写っている範囲をカットできるところだったのにと思いながら、チラッと善子を見ると、彼女はヘニョっと桜型の眉毛を下げて唇を突き出している。その顔は確かにお世辞にも美しいとは言えず、謝花梅は黙り込んだ。
「善子は普段は普通だけど、笑うと可愛いわよ」
「……愛嬌が、ありますよね……」
「カナヲちゃんもアオイちゃんもありがとう……。でも、それ、あんまり褒められてる気がしないんだよおおおおお!!俺は不細工です!保育園の時からずーっとそう言われてきてるもん!!」
 わっと畳の上にうずくまった善子に謝花梅は押し黙る。残念ながら、謝花梅の審美眼では善子はお世辞にも美しいとは言えないからだ。申し訳ないが、梅は美しさに関しては嘘はつかない。
「ずーっとずーっと梅と比較されてきたんだよ!?自分がどの程度か分かってるよ!!正直梅といたら、皆んな絶対に梅を好きになるから俺は結婚できないなーって半分諦めモードだったけど……でも、でも炭治郎は違うじゃん!なんでか知らないけど俺に興味あるんだよ!一緒にいたいって俺をナンパしてきたんだよ!?これを運命にしないと俺は結婚できないかもじゃん!!いや、本当になんで俺を選んだのよ炭治郎!こんなに俺以外は美女が揃ってるのに!!」
「……身体が目的なんじゃないの?」
 炭治郎、炭治郎と呼ぶのが気に食わなくて、謝花梅は腹立たしさに任せてそう言った。そしてきっかり三拍、部屋が沈黙したことで自分が何を言ったのか理解した。しまった。善子は胸が大きいのがコンプレックスだった。普段ならまだしも、男が、しかも善子が関心ある男が絡んでいるときに言うべきことではなかった。謝花梅はどうしよう、謝るか、しかし謝るのは苦手だと焦りながら善子を見れば、善子は悲しそうに寂しそうな顔をしていて——。
「なんでそんな酷いこと言うんだよぉ……」
 くすんと泣く善子にやってしまったと謝花梅は思った。これは謝らねばならない展開だ。しかしどうにも苦手なのだ。謝罪というものが。口からどうしても「ごめん」が出できにくい。
「……ちょっと、お兄ちゃんに電話してくる」
 結局、謝花梅はそれだけ言って部屋を出た。そして廊下を曲がり、非常階段のある突き当たりで止まる。その間にも手はスイスイと動いていて謝花梅の兄である、謝花妓夫太郎を呼び出していた。電話はツーコールで繋がり、『もしもしぃ?』という声が聞こえる。その声を聞いたところで謝花梅は「お兄ちゃぁぁぁん!」と泣きすぎるように、今日あった酷い出来事について話し始めたのだった。

(仔細、電話中なり)

「——というわけなのよ!お願いお兄ちゃん、なんとかしてぇ!!このままじゃ善逸に彼氏ができちゃう!!」
『落ち着け梅ぇ。善子ちゃんに彼氏ができるのは別に悪いことじゃねぇだろうがよぉ。前から欲しい欲しいって言ってたし……』
「何言ってんのお兄ちゃん!!」
 謝花梅は民宿の廊下で電話先の兄、妓夫太郎に声をあらげた。そして続けて「相手は鬼狩りなのよ!!しかも善子の仲間だった奴でお兄ちゃんを殺した奴よ!!」と叫びそうになったがぐっと堪えた。それは言ってはダメなことだからだ。なぜなら妓夫太郎は謝花梅と違って鬼の頃の記憶がない。生まれ変わったら一切合切を忘れて幸せに笑っていたのだから、謝花梅は余計な事を言って辛い事を思い出させたくはなかった。自分のせいで鬼狩りに負けたことも、そもそも自分のせいで鬼になったことも、今の兄には背負わせたくはなかったのだ。
「……やだよ!善逸に彼氏なんて必要ないじゃん!!」
『そんなわけないだろぉ。善子ちゃんだっていつかは結婚して子供を産むんだよぉ。そうしない人もいるけどよぉ。梅も知ってるだろ?善子ちゃんは結婚してお母さんになるのが夢なのをさぁ』
 謝花梅と善子が幼馴染ということは、妓夫太郎と善子も幼馴染というわけだ。歳が離れているし、謝花梅がいたので妓夫太郎と善子が仲良く遊んだのは小学校に上がる前までであったが、妓夫太郎からすれば善子も妹のようなものだ。妹の謝花梅と同じように成長を見守っている節があった。
「お母さんになりたいならお兄ちゃんと結婚すればいいじゃん!!」
『あー……俺にはもう彼女いるからなぁ』
「知ってるわよ!!お兄ちゃんの馬鹿!!お幸せに!!自分でなんとかするわよ!!」
『梅ぇ、お前もそろそろ善子ちゃん離れを……』
 聞きたくない小言に梅は通話を切った。妓夫太郎は梅があまりにも善子にべったりなので心配をしているのだ。思春期の頃にソワソワしながら「もしかしてよぉ。梅はその……そういう意味で善子ちゃんを好きなのかぁ?」なんて聞いてきたことがあった程に、確かに謝花梅はずーっと善子と一緒であった。
 しかし妓夫太郎の心配しているような感情を謝花梅は善子に持ち合わせていない。純粋に友達として過ごすのが好きで、しかし誰よりも優先されたいという願望はあった。だがそもそも謝花梅は自分に自信があったし、傲慢である。自分は世界一好かれるべき存在だと思っているし、実際に大半の男性に一番素敵だと思われるくらいの容姿がある。だからこそ、幼馴染で友達である善子の一番でありたいのだ。謝花梅が善子を特別な存在としているのだから、同じく善子も謝花梅を特別な存在とし続けるべきだ。
「善逸に彼氏はいらない。特にあの男はダメよ!!」
 謝花梅はスマホをギュウッと握った。思い起こすだけで腹が立つ。あの男の余裕ある態度に腹が立つのだ。しかしあまりダメダメと言うと善子はしょんぼりしてしまう。いつもの騒がしさをなくし、「なんでそんなこと言うんだよぉ」と寂しそうに悲しそうに俯いて呟くだろう。本当に、本当にその善子は苦手なのだ。胸が痛くなる。
 謝花梅は先ほどそんな顔をさせたのを思い出し、ウロウロとその場を行ったり来たりする。謝るか、いやでも、と考えを巡らせるも、チラッと竈門炭治郎の顔が浮かんで謝花梅は来た道を戻っていく。
(迷ってる場合じゃなかった!!善逸と喧嘩なんてなったら、竈門炭治郎の思う壺よ!!弱ってる善逸につけ込んで何をしてくるか分からないじゃない!!)
 謝花梅は珍しく謝ることにした。善子と何かあった場合、殆どにおいて善子が折れる。しかしたまーにどうしても折れない場合がある。もし今回がそれならば、善子は謝花梅が謝るまで許してくれないだろう。二、三日くらい距離を取られてしまう。だが今回は悠長にことを構えていられないのだ。余計な虫が善子に迫っている。離れているのは善子が危険だ。
(あ、謝る!謝るわよ!それでいいんでしょ!!)
 謝花梅は意を決して部屋の扉を開けた。開ける際に躊躇をしたが、モタモタするのは性に合わない。決めたらやるべきだと一気に扉を横スライドさせた。
「善逸!さっきは悪かったわよ!!」
 そう言って部屋に踏み込んだが、謝花梅を見つめる目は二対だけである。それはアオイとカナヲで、善子のものはない。謝花梅はアレっと思いつつキョロリと部屋を見渡した。
「善子さんなら、炭治郎さんに呼び出されてスキップして出て行きましたよ」
「えっ!?いつ!?」
「本当についさっきです。ついでにコンビニで買い物してくるって言われました」
「散歩に誘われたんだって。『やっぱり運命じゃん!俺も会いたかった!』って飛び上がって喜んで出てったよ」
「なんで止めてくれなかったのよ!!もう夜よ!?若い女が家族でもない若い男と二人きりで出歩く時間じゃないでしょ!?」
 責める謝花梅にアオイもカナヲも苦笑いだ。謝花梅は四人の中でも、少し、古風というか男に対する警戒心が強い。見習うべきとは分かっているが、見た目が派手なのにアンバランスだなとは思う。しかし男を惹きつける謝花梅だからこそ、男に対して警戒心を人一倍持っているのだと理解もしていた。前世の影響とかは知らない。
「そうですけど……まあ、炭治郎さんですし」
「そうだよね。炭治郎だし、いいかなぁって」
「なんなよアンタ達のその竈門炭治郎に対する信頼感は!!というよりも最初からなんかアイツに甘くない!?なんで!?」
「なんで……?なんでかしら?」
「なんとなーく……炭治郎は絶対に善子を大切にするだろうなっておもうからかな?」
 そんな事を言うアオイとカナヲに謝花梅は地団駄を踏んだ。今までは善子に近づく男を追い払うのに積極的に協力してくれていたのに、なぜ竈門炭治郎の時はこうなのかと旗色の悪さに謝花梅は苛立ちが募る。謝花梅は知らないのだ。アオイもカナヲも前世で鬼狩りであったことを知らないので、二人が無意識に竈門炭治郎を肯定する理由が分からない。
「もういい!私、探してくる!」
「あっ、梅!」
 謝花梅はそう言って部屋を飛び出した。追いかけねばならない。暗い夜道で二人きりなんて危ないではないか。だって相手は身体目当ての男なのだ。謝花梅は廊下を走りながらギリギリと歯を噛み合わせる。善子には言えなかったが、竈門炭治郎は善子の体を狙っている。間違いない。海でこっそり善子の胸や腹を見ていた。取り繕っていても謝花梅には分かる。男の欲というものは前世でよく知っていたのだ。伊達に百年以上も花魁をしていたわけじゃない。
(竈門炭治郎は善逸の身体が目的なのよ!だいたい前世で善逸が男だったのよ!?あいつは一緒にいたんだから知り合いなんでしょう!?戦ってる最中の様子を考えると……たぶん、仲良かったみたいだし……。普通ありえる!?前世で友達だった男が生まれ変わって女になったからって言い寄るとかありえる!?竈門炭治郎って奴はなにを考えてんのよ!!)
 男から女になった途端、ナンパしてくる元友達とか怖い。謝花梅はそう思いながらひた走った。外に飛び出し、コンビニへの道をと思うところで街頭の下にヤンキー座りしている人間がいるのに気がついて立ち止まる。
(うわっ。もう一人の鬼狩りだわ……)
 謝花梅の方を見る、そのヤンキー座りの男は嘴平伊之助であった。こんなところで何をしているのかと思いながらも、謝花梅は胸を張って目の前を通り過ぎようとする。しかし嘴平伊之助はそんな謝花梅を呼び止めた。
「おい、待てよ。もう外暗いぞ。女が一人で出歩く時間じゃねぇ」
 その言葉に謝花梅はギラリと嘴平伊之助を睨みつけた。向こうも謝花梅を負けじと睨んでいるので、友好的ではないのが分かる。
「何よ。アンタに心配される筋合いはないわ」
「そういうわけには行かねぇ。お前に何かあれば、紋逸がメソメソするって権八郎が言ってたからな。……半逸が部屋にいなけりゃ追いかけてくるって健太郎は言ってたけど、本当に来たな」
「……全然知らない名前ばっかりなんだけど。そいつら誰よ」
 謝花梅はハァーっと息を吐くと嘴平伊之助を無視して歩き出した。しかしそんな謝花梅の後を嘴平伊之助はついてくる。それが嫌で足を早めても、謝花梅よりだいぶ大きい嘴平伊之助はその長い足で難なくついて来てしまう。
「……もー!ついて来ないで!!」
「炭治郎と善逸がどこ行ったのかも分からないのに探し回るのとか危ねぇだろ。お前、もう鬼じゃなくてただの人間なんだから」
「煩いわね!!あの男が善逸を連れ出さなければこんなことしてないわよ!!というかアンタも普通に記憶あるのね!!もう何なのよ!!そんなにアタシが憎いの!?今回の人生は何にも悪いことしてないのに!!しゃしゃり出て来ないでよ!!」
 そう言って叫ぶと、嘴平伊之助は美しい顔のまま謝花梅を見つめている。その目は謝花梅に何の興味もありませんという様子だ。ではなぜ、こんなしつこくついて回るのか謝花梅には分からない。
「……お前にもう恨みはないけどよ。悪いが紋逸は紋次郎のものだからな」
「紋逸って善逸のこと?紋次郎は竈門炭治郎か……。何なのよ本当に。善逸は……善子は何にも覚えてないのよ!アンタ達のことだって私のことだって忘れてる!昔のアイツじゃないの!善子を前世に巻き込まないで!」
 自分は善子から離れられない事を棚に上げて、謝花梅はそう叫んだ。嘴平伊之助はほんの少しだけ、その花のような美しさのある顔を歪める。記憶がないのにという点はちょっとは意識があるらしい。嘴平伊之助はスッと顔を逸らすとモゴモゴと言った。
「仕方ねぇだろ。……記憶がなくても、俺たちは家族なんだよ。特にアイツらは、炭治郎は善逸と一緒にいないとダメになる」
「はあ!?」
 記憶がなくてもなんて、そんな恐ろしいことあるだろうか。それに竈門炭治郎がダメになるからっていう理由で、なぜ今生の善子を差し出さねばならないのか。謝花梅が一言どころか十個くらい言いたいことがあると空気を吸った瞬間に呼び声がした。
「梅ー!そんなところで何してるの?」
 振り返ると善子が走り寄ってきている。そしてその後ろにはコンビニ袋を持つ竈門炭治郎がいた。結構大量な物資が入った袋を両手に持っている。たぶん、片方は善子の買い物のものだろう。
「……随分と帰り早いわね」
 時間的に考えて、逢引がてらの散歩という感じではない。本当にコンビニに買い出しに行ったという時間だ。てっきり森にでも連れ込まれてしまうかと思ったのだが、竈門炭治郎は何もしなかったらしい。
「うん?だってアイス溶けちゃうだろ?早く帰って来なきゃ。あ、梅の好きなアイスあったよ!」
 そう言いながら竈門炭治郎の元に戻ると、わざわざ袋から出してアイスを見せてくる。しかも二個も。どちらも梅が好きなアイスだ。なんで二個もと思っていると、善子はソワソワしながら梅を見ている。その様子に梅はハッとした。これは善子の仲直りしたい時のサインだ。善子は美味しいものを一緒に食べて仲直りしようというのがいつもの手口なのだ。
「……二個も食べられないから、半分はアンタが食べなさいよ」
「!! へへっ……うん!」
 安心したような顔を見せた善子に、謝花梅もホッとした。そしてチラリと善子の横を見れば、竈門炭治郎がほんの少しだけ残念そうな顔で善子を見ている。それを見て、経験深い謝花梅は「ははーん?」と全てを理解した。
(なるほど?竈門炭治郎的にはもっと一緒にいるつもりだったけど……善逸はこの私も仲直り早くしたいから、さっさとコンビニに行って買い物して帰ってきたってわけね?ふぅーん?)
 つまりは誘いに喜んで乗ってきたけど、善子は謝花梅のことを考えていたというわけだ。これは軍配は私に上がったなと謝花梅は余裕の顔で竈門炭治郎を見た。そして謝花梅の視線に気がついたのか竈門炭治郎は苦い顔をしたが、すぐにそんな痕跡は消してしまう。しかし勝者の謝花梅にはひたすら負け犬としか見えなかった。
(ふふふ。どう?竈門炭治郎!前世でどれほど仲良かったか知らないけど、今は私の方が善逸とは仲良しなのよ!!)
 胸を張って竈門炭治郎を見ていた謝花梅の手を善子がとった。自然と手を繋いでくる善子にますます上機嫌だ。今夜は気分良く眠れそうだと思いながら、部屋に帰ろうと思った謝花梅だが竈門炭治郎が一瞬だけ目を鋭くしてから、柔和に笑って言った。
「それじゃあ善子。荷物は食堂に持って行っておくから、アオイさん達もを呼んで来てくれ」
「うん、分かった」
「ちょっと待ちなさい!よく分からないわ!!」
 話の流れについていけず、謝花梅は待ったをかけた。もしかしなくても、嫌な予感しかしない。しかしそんなのはお構いなしというように善子はこてんと首を傾げた。
「うん?折角だからうちのグループと炭治郎のグループでお菓子食べようと思って。たくさん買っちゃったし。いいよね?」
 期待した目で見て来る善子からは「まだ炭治郎と一緒にいたいんだよ〜!」という気持ちがビシビシ伝わってくる。謝花梅は「ダメっ!!」と言いたいが、自分から謝っていないのでバツが悪い。ブルブル震えながら、小さく頷く他ない。
(もおおおおお!!やっぱり最低な日だわ!!)
 そう思いながら竈門炭治郎を見れば、少し得意げな顔をしていて……その顔を引っ叩いてやりたいと謝花梅は拳を握りたいけれど、善子と繋がっているのでできそうにもなかった。

人物補足

【謝花梅】
 前世で上弦の陸だった鬼。生まれ変わったら記憶があった。保育園で善子と出会い、子供などと遊びたくないとしていたが、自分の親と善子の親が仲良いのでズルズルと一緒にいることが多くなり、泣いて鼻水垂らしてもついてくる善子にすっかり絆された。
 キツい性格であるのを自覚しているが直すつもりはないし、自分は世界一美人だと思っている。なので自分と比べると造形が劣る善子を不細工と思っているが、それが悪いとは思っていない。不細工でも好ましい顔があるのを知っている。該当者が兄と善子と仲のいい数人程度しかいないが。
ちなみに他人が善子を不細工だと評した場合、それに同意するが間髪入れずに「あんたも善子と似たようなもんよ。けどアンタは善子よりも魅力ないわ」と言ってくる。わざとじゃない。
 善子が思春期になったあたりでニョキニョキと乳が育ってきたので、善子にますますへばりついて男の目を自分に向けてる。その甲斐あって善子ちゃんは見事に霞んでモテませんでした。
 将来はモテなくて結婚できなかった善子とシェアハウスだと思ってたけど、見事に竈門炭治郎に被弾して将来の夢はなくなった。絶対に認めないと邪魔しようとするけれど、残念ながら炭治郎と善子は出会った瞬間に両思いなので足止めくらいしかできてない。いや、足止めすら出来てない。
 前世に引っ張られている善子をなんとか守ろうと思ってるけど、全然出来てない。思い出さないで欲しいとずーっと思ってる。前世の善逸はどうでもいいから、善子に側にいてほしい。
 結局、炭善♀は順当にお付き合い、結婚しちゃうけど普通に二人の新居の側に部屋を借りるし、モデル業のかたわら、毎日のように遊びにくるし、夕飯は食べてく。弱みを作りたくないから食費は色をつけて炭治郎に叩きつけている。文句言うな。
 なお炭善♀は子供を四人くらい設けて、善子似も炭治郎似もいるけどどっちに似てても善子の子だからちゃんと可愛がってる。ただ子供は苦手だから構い方は割と控えめ。
 ちなみに人生で最高にスカッとした瞬間は炭善♀の長男(5)におもちゃの指輪を貰って「大人になったら僕と結婚してください!」と言われたのを帰宅した炭治郎に高笑いと共に自慢した時。炭治郎は相当なダメージを受けた。
 ちなみに余裕綽々で調子に乗っていたが、竈門家の長男の執念深さと実直さを甘く見ていたため見事に十五年後、梅ちゃんは大変なことになる。

【我妻善子】
 我妻善逸が生まれ変わった結果、女の子になった姿。なんやかんやあった結果、両親とは一緒に暮らしてない。仕事で海外とか行ってるといいね!!生きてるといいね!!
 小さい頃から梅ちゃんと育っていて、キツい女の子は苦手だが梅ちゃんは完全に別。そういう生き物だと思っている。謝花梅は女の子ではない。謝花梅である。たぶん、梅ちゃんに百合の才能があれば見事に梅善になりえたが、その未来が来る前に炭治郎に海でナンパされたので回避した。
 梅ちゃんに不細工と言われて育ったので、まあ、顔の造形は悪いのだろうなと思っている。しかし不細工と言いながら嬉しそうな顔で髪を盛ってきたり、化粧を施したりして、仕上がると「可愛く出来たわ!」と笑う梅ちゃんを見て育ったので、顔の造形が悪くても好かれることは出来るという事実を知っている。なお梅ちゃんのせいで今まで彼氏はできてなかったが、梅ちゃんに見向きもしなかった炭治郎にガチで運命を感じてる。
 ちなみに相当に頭が弱い。勉強は出来ないわけではないが、楽しいことをしたいので努力は苦手。生まれと育ち的にぬくぬくと育ったので、前世に比べて平和ボケしているし、女子校育ちなので男のこともよく分かってない。さらには梅ちゃんに面倒見られていたので相当に箱入り育ちになってしまった。
 結果として炭治郎に捕まったが、相手も前世の記憶がある男なので精神的に実年齢より成熟してるので善子は相変わらず頭は弱いままだった。加えて記憶がないと同時に耳の良さもあまりないので、察しもあまり良くない。炭治郎と梅ちゃんがバチバチやりあってるのは流石に気がついているが、喧嘩するほど仲がいいというしなぁと思ってる。
 ちなみに炭治郎と梅ちゃんがよく二人でバチバチやり合ってる様子に「あの二人の浮気とか心配しないの?」と無粋なことをモブに言われたことがあるが、一切その心配はしていない。炭治郎はさておき、梅ちゃんが自分を裏切るわけがないと知っている。
 善子は生涯にわたって記憶を思い出さない。思い出すと梅ちゃんの親友である善子はいなくなってしまうのと同義なので、前世の記憶である善逸♂は無意識領域の中で炭治郎に悪いなと思いつつもじっと来世を待っている。

【竈門炭治郎】
 見事に出遅れた男。スタートは出遅れたけど、善逸が女の子に生まれていてかつ、梅ちゃんに百合の才能がなかったので滑り込みセーフだった。ある意味ラッキー。善逸が男のまま記憶がなく、梅ちゃんと幼馴染の場合は間違いなく善梅ルートであった。
 記憶は幼い頃からあり、ずっと善逸を探していてその経過で伊之助や玄弥と出会ったが善逸とは出会えなかった。大学生になって村田さんに誘われて海に遊びに来たら、そこでまさかの善子に出会えたので逃さないように本能的に手を掴み取っていた。本人はナンパのつもりはないが、見事にナンパであった。
 鼻の良さは昔と変わらないので、名乗った段階で善子から好意の匂いを感じ取り勝利を確信していた。間違いなく自分の顔は善子の好みである自信があったので、押して押して押しまくればイケると考えていたが隣にいる梅ちゃんが上弦の陸の鬼だったことに気がついて一気に警戒をする。
 しかし匂いで梅ちゃんが今生の我妻善子に好意があるのを感じ取って、危険視するのはやめた。ただ邪魔をしてくるなとは思っている。でも善子も梅ちゃんに懐いているし、大好きなようだし、あとたぶん善子が誰にも捕まらずフリーなのは梅ちゃんのおかげだということは分かっている。
 梅ちゃんに邪魔されつつも善子と距離を縮めて無事に交際スタート、双方の家族にも覚えがよく婚約、そして結婚とステップを進めた。しかし前世では親友ポジも恋人ポジも両方持ってたから、今回は親友ポジを梅ちゃんに盗られているのが不服。梅ちゃんが嫌いなわけではないし、善子を譲ってくれるならもう少し対応を柔らかくするつもりだが、梅ちゃんは譲らないのでバチバチは止まらない。
 話の中に全く出てこなかったが、炭治郎と善子は同い歳。同じ歳の為に善子がお姉さんぶることないので歳下のおねだりみたいなアドバテージを失っている。ただおねだりする時は顔の良さでゴリ押すので関係ない。

その後のおまけ

「信じらんない。このご時世に23で結婚とかありえなくない?大学卒業したての歳よ?」
「善子は短大卒だからとっくに社会人だぞ?」
「知ってるわよ!私と一緒に卒業したんだから!!」
 ウェディング専門の貸衣装店にて、見目麗しい美女となかなかの男ぶりの青年が揃ってドレスを見ながら話し合いをしている。青年の方はドレスを流して見ているが美女の方は真剣な眼差しでドレスを取っ替え引っ替えしている。この空間に新しくやってきたカップルはなんて美男美女のカップルなんだと思うかもしれないが、間違うことなかれ。この二人はそんな関係性ではないき、そんな未来は永劫こない。
「それより何で君がいるんだ?俺と善子の結婚式の衣装選びなのに」
「はあ?そんなの決まってんでしょ!?あんた達がセンスないからよ!分かってるの!?結婚式は一生に一回しかないのよ!?しかも私が初めて出席する結婚式なの!私が輝かしい過ぎるのは当然なんだから新郎新婦がダサいのなんてイヤなのよ!!」
 そう言いながらドレスをあーでもないこーでもないとドレスを見ている美女……謝花梅に新郎である竈門炭治郎はやれやれと息を吐く。口では何と言おうとも、謝花梅は我妻善子の結婚式に並々ならぬ想いがあるのだろう。それがたとえ相手が気に食わなくても、親友の晴れ舞台だ。世界で一番、幸せに微笑んでいてほしいのだろうなという謝花梅の考えは竈門炭治郎には筒抜けだった。
(善子にはとことん甘いよなぁ。まあ、善子も彼女に任せるつもりみたいだし、俺は善子が俺のためにウェディングドレスを着てくれるならなんでもいい)
 そんなことを思いながら、更衣室の前にあるシングルの椅子に腰掛けると周りにも同じような男性客がいる。やはり女性のドレス選びには男は殆ど不要だよなと思いながら、竈門炭治郎はくたびれた様子の男性客を見た。しかし竈門炭治郎は善子の色んなドレス姿が見られるのは楽しいので、ここにいるのは苦痛ではない。ドレス選びの権利は元から竈門炭治郎にはないので、観客としてここに座り、ドレスを披露してくれるのに拍手をするのがお仕事だ。
 そんなことを竈門炭治郎が思っていると更衣室のカーテンが開いた。まるで緞帳が開いたような心地で竈門炭治郎はカーテンの先に視線を向ける。そこには簡単に髪をアップした、ウェディングドレス姿の善子がいた。もう何着も試着しているいるというのに、毎回恥ずかしそうにしているのが可愛らしく、竈門炭治郎は目を細めて笑った。
「ど、どうかな?」
「凄い、きれ……「うーん。なしね。前レースのデザインは悪くないけど……胸がある分、太って見えるわね。後ろの裾もちょっと長さが足りないわ。次、これ着せて」
 そう言って謝花梅が新しいドレスをコンシェルジュに渡した。コンシェルジュも慌ててそのドレスを受け取ると試着室に持っていく。
「待ってくれ!まだ善子のこのドレス姿をよく見れてない!」
「煩いわねぇ。このドレスは善子にはあってないからもういいの」
「そういうわけにはいかない!このドレスも似合ってる!スマホで写真くらい撮りたい!」
 そう言って竈門炭治郎はスマホを構えるが、謝花梅が竈門炭治郎の腕を止める。何をするんだと竈門炭治郎が振り返れば謝花梅は首を傾げて竈門炭治郎を下から睨みつけている。
「時間がないのよ……。この店の予約時間は二時間しかないの。分かる?その短い時間で善子に似合う最高の一着を見つける必要があるのよ。分かったらさっさとこの手を下ろしな!!アンタは毎回毎回、写真を撮りすぎなのよ!!今じゃなくて!結婚式当日の一番綺麗な善子の写真の方が大事でしょうが!!」
「それは分かるけど今も俺は捨てられない!!」
 店の中で大声で騒ぐ二人を無視して、善子はコンシェルジュの人にドレス姿の写真を一枚撮ってもらった。確認すれば照れ臭そうに微笑む善子の背景には向かい合って言い争っている竈門炭治郎と謝花梅の姿がある。その一枚にふふふっと嬉しそうに善子は笑う。
「……新郎様とお友達様……仲が宜しいんですね?」
 呆気に取られたように言い争う二人を見るコンシェルジュに、善子は「そうですねぇ」と困ったように首を傾げた。

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