連綿と逝く

鬼滅の刃の最終巻を読み、書き下ろしを読み、結局は炭善が萌え溢れた結果で書いた小話です。
自分が腐ったまま生き抜く為に書いた感じです。
最終回の子孫に繋がる勝手解釈と展開なので、炭治郎の子はカナヲちゃんが産んでるし、善逸の子は禰󠄀豆子ちゃんが産んでる。
そして伊アオ。でも炭善が完全にまとまってる。
ネタバレと地雷注意。
約7000字/原作軸/最終話後

 炭治郎が唐突にその気持ちに気がついた時に思ったことは、「どうしよう」であった。その日、炭治郎と善逸は二人で雲取山を降りて炭を売りにでていた。炭治郎一人であると片手が使えなくて不便ということもあるが、善逸が共にいるとその金色の髪が大変目印になり、遠くからでも炭を買いに走ってきて来る人たちがいるのだ。
 善逸は「俺は歩く看板かよ」と言いながら、雷に打たれて変わってしまったというその髪を摘んで膨れていたが、摘んだ毛先が日に当てられて煌めくその様に、炭治郎は愛しさを胸に蓄えた。そして唐突に気がついたのだ。己が善逸に懸想しているということに。 
「どうしよう、善逸。どうやら俺は善逸のことを誰よりも一番、好きみたいだ」
 炭治郎はついつい、気がついた衝撃のまま、隣にいた善逸に気持ちを口にしてしまった。衝撃が大き過ぎて、一人で抱えることができなかったのだ。今の今まで、善逸が炭治郎の心の重荷を頻繁に持ってくれていたから習慣が出てしまったとも言える。なので炭治郎はするりと懸想している相手に心情を吐露してしまったのだ。相談的なノリで。
「は?一番は禰󠄀豆子ちゃんだろう?」
「禰󠄀豆子は一番大切だ。でも……好きなのは善逸なんだ」
 対して好きと言われた善逸は、炭治郎の言葉をよく飲み込めていなかったのか珍しく明後日な返しを珍した。炭治郎の中の一番は妹の禰󠄀豆子であるという譲れない解釈があるためだろう。そして炭治郎の「禰󠄀豆子は一番大切」という言葉を聞き、頷き、しばし沈黙をして……そして「えっ!?炭治郎って俺のこと好きなぉ!?」と真っ赤になって両頬を抑えて叫んだ。その声は町中に響き、炭治郎の恋心はあっという間に知れ渡った。それこそ、噂好きの鎹鴉にまで聞かれた為に、ありとあらゆる所に知れ渡ったのだ。
 さてさて。そんなこんなで一瞬にして外堀を埋められた我妻善逸であったが、声が大きかった自分のせいとも言えるので自業自得だと皆んなに笑われ、祝福された。「俺が好きなのは禰󠄀豆子ちゃんですけどぉ!?」と善逸は毎回言ってはみるものの、自分を好きと隠さない炭治郎と一つ屋根の下で暮らしているのだ。好意に弱い善逸はすぐにグラグラとする。
 自分に想いを寄せてくれる竈門家長男。自分が想いを寄せる竈門家長女。善逸はぐらんぐらんと揺れて、時には熱まで出し、それを炭治郎に丹念に世話され、さらに迷うという人生最大のモテ期を味わった気分になった。一人にしかモテていないけれど。
 そんな惑う善逸に引導……もとい、一線を越えさせた切っ掛けは竈門家長女であった。ある日、彼女が蝶屋敷の少女達に遊びに来ないかと誘われたのだ。四人で行ければ良かったのだが、炭治郎は後日に麓の町会にでる予定があったので出かけられない。
「俺はまた今度にするよ。三人で行って来てくれ」
 そう言われても兄だけ残してなんて寂しすぎる。禰󠄀豆子はそう言ってふと、機転を利かせて口にしてしまったのだ。
「お兄ちゃんが心配だから、善逸さんはお兄ちゃんと一緒にいてくれませんか?」
「えっ」
 禰󠄀豆子は炭治郎が善逸に想いを寄せているのは重々承知している。けれど自分に善逸が想いを寄せているのは知らない。なので残酷にも「お兄ちゃんの恋路を応援するっ!」と息巻いて善逸に炭治郎と共に留守番してくれないかと頼み込んだ。となれば、禰󠄀豆子の頼みを善逸が断れるわけない。炭治郎は炭治郎で、家に帰ってきてからというもの、我慢を少しずつやめていたので都合の良い展開に黙っていた。

 そしてその夜、とうとう二人は親友同士の垣根を超えた。筆舌に尽くしがたい、熱すぎる夜であったことだけは確かで、その日を境に善逸は「好きな人は禰󠄀豆子ちゃんだよ!!」と言うことはなくなった。
 さてさて、想い人と結ばれてめでたしめでたし……とならなかったのが、竈門家の長男として生まれ、長男として『継承』という概念が強い竈門炭治郎の面倒なところである。炭治郎はある日、またまた唐突に気がついたのだ。このままでは子孫ができないということに。ちなみに子孫云々で問題が起きたのは竈門家側ではない。我妻家側だ。
 ありがたい事に、竈門家はまだ長女の禰豆子がいる。確率は低いが、婿養子を取ればまだ機会はある。幸いな事に物凄い人脈のある産屋敷家という伝手があるので、他所よりも確率は高いだろう。しかし我妻はダメだ。善逸一人しかその血がない。
「どうしよう、善逸。このままでは我妻の家名が消えてしまうぞ!!」
「え?別によくない?」
 しっぽりと肌を合わせた夜にそんなことを言われた善逸は「こいつ何言ってんだ」状態である。好き勝手して、後ろでしかイケない身体にした奴が子孫が云々と何を言っているのか。善逸からすれば、そんなものは炭治郎に抱かれた時からもう捨てているものだ。
 我妻善逸は一途な男だ。七人の恋人たちにはそれぞれ一途に愛を捧げたし、初めて肌を繋げた炭治郎にも勿論、生涯の愛を捧げるつもりだ。捨てられない限りは。善逸は家名に『我が妻よ』と未来の妻を夢見て名乗るほど、家族が欲しかったのだ。炭治郎はそんな自分を手にして、身体を開いて愛を教え込んだのだから、必ず責任をとって欲しいと善逸は思っている。『我が妻よ』と思ってつけた家名が『我れが妻よ』になるとは……と善逸は遠い目をして布団に転がった。
 しかし、炭治郎は折れなかった。善逸の家名がなくなるのが、善逸の血が消えてしまうのが嫌だった。竈門家の血は続いていく。きっと、これからも。けれど善逸は間違いなく、このままでは血が絶える。愛する人の血が絶えてしまうなんて。未来に繋がらないなんてと炭治郎は胸が苦しくなる。
 炭治郎は痣の後遺症で長くは生きられない可能性が高い。そうなれば二十五で善逸を置いていく事になる。正式な結婚もできない善逸は一人きりの家名で生き、そして死ぬのだ。炭治郎はそれにポロリと泣き、どうしても先に死ぬだろう自分の不甲斐なさに歯を食いしばる。善逸にこの気持ちを伝えても「痣はお前のせいじゃないだろ」と言われるだけなのが容易に想像できる。炭治郎は好きな人に看取ってもらえるが、善逸はその先を一人きりで生きるのだ。
(俺が善逸に好きって言わなければ……ああ、でもダメだ……善逸を手に入れられなかった『もし』なんて想像もできない。したくない)
 炭治郎はすっかり自分は我儘になってしまったなと泣きながら思う。善逸は「何で泣いてんだよ〜!子供はしょうがないだろ〜!俺たちは男同士なんだからどっちも埋めないんだからさ!それよりお前こそ子供できないの嫌になって俺を捨てるなよっ!?捨てたら恨むからな!お前だけを!!」
「七代祟るんじゃないのか……」
「お前の不始末を子孫に背負わせるのは可哀想だろーがっ!!」
「うう……善逸は優しいなぁ……」
 やはりこの男の血を絶やすのはよくない。炭治郎はそう思って決心を固めると善逸に言った。子が産めないなら……産める人に頼むしかないっ!!
「善逸っ!!」
「なに?」
「禰󠄀豆子に善逸の子供を産んでもらおう!!」
 炭治郎のこの言葉に、珍しく善逸は言葉よりも早く手が出た。扉を突き破り、炭治郎は土間に転がったが諦めなかった。善逸の了承を取るのは難しいと判断して、まずは相手である禰󠄀豆子に相談しようと思ったのだ。そしてまさかなんと、禰󠄀豆子の了承が取れてしまったのだ。
 炭治郎に「禰豆子に産んでもらおう!」と言われてぶん殴った善逸も、まさか翌日の昼に禰󠄀豆子も交えて『我妻家の子孫繁栄計画』の話し合いになった時は宇宙を見た気がした。気が遠くなったし、気絶した。そしてその日はたっぷりと寝て、朝に起きた時には……炭治郎はいなかった。
「たたた、炭治郎がいないっ!!」
「あ、お早うございます善逸さん。お兄ちゃんなら、自分の子を産んでくれる人を探しに出掛けましたよ」
「やっぱりいいいいい!!」
 善逸は気絶した後、自分が理路整然と炭治郎を説き伏せている夢を見ていた。以前の善逸ならば夢だと一蹴してしまうが、今の善逸ならば分かる。あれは寝ながら喋っている自分だ。夢ではなく、本当にあったやり取りだ。そして、眠りながら喋っていた己は、炭治郎に何を言ったかというと——。
「俺だけ子を残すのは平等じゃないだろう。俺だって炭治郎の血が通った子が見たいんぜ。子を残すのが俺だけなら……絶対に嫌だ。俺に子作りさせたいなら、炭治郎。お前もしろよ」
 ——という感じだ。
「何を言ってんだ俺はぁぁ!!炭治郎の子供は見たいけどさぁぁぁぁ!!」
「おい、うるせぇぞ紋逸。しばらくの間、権八郎の野郎は家を開けてるんだから、俺たちが炭焼くんだぞ」
「嘘でしょう!?あいつマジでヤル気満々じゃねぇか!!浮気ものめぇぇぇぇ!!」
 そう叫んでも善逸は伊之助に引きずられて仕事をさせられた。炭治郎はどこに消えたのか。そして誰を抱いたのか、善逸はさめざめ泣きながら炭治郎の帰りを待った。
 そして一週間の後、炭治郎は帰ってきた。善逸は渾身の力で炭治郎を殴った。浮気者めと泣きながら詰り、謝らない炭治郎に抱きしめられて、本当に種をどこかに撒いたことを理解した。そしてそれから十月十日、善逸はとてもソワソワとして過ごす事になる。炭治郎が自分以外の人を抱いたのだという事実。しかしそれをけしかけたのは眠っていたとしても自分であるという、行き場のない想いに悩まされ、でも炭治郎は相変わらず一心に自分に気持ちを注いでくる。本当に種を撒いた感じなのだろう。
 善逸は相手の子が可哀想と思ったり、炭治郎の奴めと罵ったり、そんなに俺に子供を持たせたいんだなぁとそのイカれた本気具合に震えたりと善逸は妊婦でもないのに産まれてくる子を想って繊細であった。そしてその日はやってきた。炭治郎の元に、「子供が産まれた」という知らせが鎹鴉を通してきたのだ。
「産まれた!すごい!しかも双子だそうだ!」
「やったねお兄ちゃん!早くお祝いにいこう!」
「あわわ……」
 盛り上がる竈門兄妹に連れられて善逸は蝶屋敷にやって来た。善逸は久しく見ていなかった門が前に、炭治郎が誰に頼んだかを察する。たぶん、こんなヤバい願いを聞いてくれる子はこの屋敷には一人しかいない。二つ結びの子の方は、良識的だからだ。
「カナヲちゃん!おめでとう!」
「ありがとう、禰󠄀豆子。ほら、あなたたちの一応お父さんが来ましたよ」
 そう言って布団に横たわるカナヲの右側に、産まれたばかりの赤子が二人いた。一人は炭治郎の面影を感じられ、そしてもう一人にもカナヲの面影を感じる。善逸は産まれた赤子二人を見て、今の今まで抱えていた不安が一気に霧散した。
「……ううっ……赤ちゃんだ……。炭治郎の赤ちゃん……カナヲちゃんとの……おめでとう……良かった……三人とも無事で良かった……!」
 善逸は目の当たりにした生命の神秘に、感動した。相手はどうであれ、炭治郎の血を継ぐ子がこの世に誕生したのだ。好きな人の、幸せになって欲しい人の子供。自分では決して産めないその命の奇跡に善逸はほとほとと泣いた。浮気とかそんなのどうでもいい。大切な仲間であるカナヲが無事に出産を終えられたのが喜ばしい。そして産まれた瞬間から自分の宝物の一つになった赤子が達が愛しい。人が脈々と命を繋いでいくという尊さの一片を、善逸は理解した気がした。炭治郎もこれを自分に求めているのだと、その時ようやく、分かった気がした。
「じゃあ、今度は善逸の番だな」
「は?」
 感動に身を震わせていた善逸だが、炭治郎に肩を掴まれて固まった。そして気がつけばいつの間にか縛り上げられており……伊之助の肩に担ぎ上げられてしまう。
「ごめんな伊之助」
「いいぜ。子分達の頼みだからな!」
「えっ、えっ、えっ!?」
 慌てる善逸に反して炭治郎は落ち着いた様子で先導していく。辿り着いた先は蝶屋敷の離れだ。そこには布団が二組敷かれており、部屋にはいつの間に先回りしていたのか、禰󠄀豆子が少しばかり恥ずかしそうにしながら正座している。
「えっ……た、炭治郎……こ、これって……」
「言っただろう?今度は善逸の番だ」
「いや、俺の番って……禰󠄀豆子ちゃんに悪いでしょ!?」
「大丈夫です善逸さん!妹として、お兄ちゃんの役に私も立ちたいんです!」
「もっと自分を大切にしてっ!?えっ!?あっ!?何で目隠しするのっ!?」
「幾ら善逸でも禰󠄀豆子の肌は見せられないぞ。……このまま縛ってやるからな。大丈夫だ!俺が補助するから!」
「補助って何だよっ!!怖いよっ!!こんなんでできるかっ!!」
「平気だよ。俺はこの状態で補助なくても何とかなった」
「お前、縛り上げられたまま搾り取られたのかよっ!?」
 まさかの子作りの仕方にびっくりする。炭治郎も目隠し状態で縛られて子種を出させられたのか。想像するだけで凄い状況だし、それが今から自分の身に起きるのだと善逸は嫌々と首を振った。しかし現実は無情で、善逸は拘束され、目隠しをされた状態で布団の上に転がされる。この場にいるのが竈門兄妹で、その清らかな音がなければ善逸は恐怖で発狂していたかもしれない。この状況で音が清らかな竈門兄妹も恐ろしいが。
「待って、待って!待ってぇぇ!!」
 善逸は拘束されているのに剥ぎ取られる衣服に身をくねらせた。人権がない。そして炭治郎の補助……というか、善逸は後ろを弄られないとイケないので炭治郎に貫かれながら、子種を出した。絵面は間違いなく酷かった。善逸はそれから一月、禰󠄀豆子の顔を直視できかった。幸いなことに、善逸は一回で結果が出せたので、恐ろしい目は一度きりで終わったのだった。

****

「何回思い出しても、到底書き残せない出来事だわ」
 善逸は秋風に吹かれながら、文机に向い、筆を墨につけた。開け放たれた障子の向こうには庭があり、竈門家と我妻家の子供達が駆け回っている。その姿をぼんやり見つめながら善逸は口元を緩めた。戦争が終わり十年は経ち、人々には余裕が生まれている。様変わりした日本にほんの少しだけ「ついていけないなぁ」と思いながら、善逸は再び紙に筆を走らせた。未来へと時が進む中、自分はこうして過去を書き綴っているなんてと思わなくもないが、若かりし頃の出来事を辛くとも書き記したいと善逸は歳を取って思ったのだ。
 それは自分が尊敬していた師のそう変わらない歳になったからかもしれない。尊敬していた師や、憎くとも言い表せぬ感情を持ち合わせている兄弟子のことも、自分が消えればどこにも残らないのだと思ってしまったからかもしれない。他にも守るために散っていった命がたくさんあった。それらを掬い上げることにはならないが、それでも何かを残したいと、善逸はこうして筆をとっている。
 鬼狩りになったこと。修行が辛かったこと。素晴らしい出会いと、悲しい別れ。善逸は少しずつ、少しずつと書き連ねながら、記憶を鮮明にしていく。そしていつも思い出すのは額に痣があり、花札のような耳飾りをした……泣きたくなるような優しい音をさせていた少年のことだ。彼とは友達になり、親友になり、兄弟のようになり、家族のようなものになり……そして並々ならぬ想いで共に生きることになった。
 間にとんでもない出来事が沢山あって、正直なところ破局の危機だろうということもあったが、結果として善逸は竈門家の孫子と我妻家の孫子に囲まれている。竈門家に至ってはみんな何故か早婚なので既に曽孫の代だ。いまも三歳になるかと言った曽孫な娘がよちよちと歩いて、善逸の孫達に囲まれて遊んでもらっている。
「しかし……流石は炭治郎とカナヲちゃんの血だな。皆んな顔がいい……」
 善逸は時折り、二人が夫婦になれば良かったのにと思うことがあるが、それは遠い昔に断たれた道だ。断たれたも何も、その道筋がなかったらしいのだが。炭治郎とカナヲは二人で話し合って、それぞれ残したいものの為に子供を作ることに決めた。炭治郎は竈門家を。カナヲちゃんは蝶屋敷を継ぐ子が欲しかった。だから二人産んで、それぞれに担っておもらおうと思ったのだが、一回で双子が産まれた。しかしどちらも女の子で、その辺りでもまた様々とあったが……善逸も色々と奮闘した結果、炭治郎を系譜とする竈門家も存在し、蝶屋敷を維持し続ける栗花落家も変わらずある。伊之助に関しては戦争の最中で行方が分からなくなったが、アオイが共にいたはずなので上手くやっているだろうと思っていた。もしかしたら、栗花落家にはアオイから手紙くらいは届いているかもしれない。
「それにしても……俺たちの家は複雑だなぁ……」
 何しろ善逸は結婚していない。炭治郎もまた、結婚はしなかった。けれどどちらの子供もいて、家名は続いている。不思議なことだと思いながら善逸は、禰󠄀豆子に似てきた孫娘にデレりと頬を緩めた。善逸の生涯のマドンナは今はどこにいるのだろうか。きっと戦争の復興目覚まし我が国のどこかを精力的に飛び回っているのだろう。善逸の子を産んだ禰󠄀豆子は、結婚ではなく仕事をしたいと自分で衣服の会社を立ち上げてしまった。そして時たま帰って来るが、いつも忙しく輝きつつ働いている。
「俺も炭治郎も、結局は奥さんに逃げられた男やもめなんだよなぁ」
 そう言って鼻で笑うと、どすっと腰を蹴られて善逸は前のめりになる。筆から墨が散り、紙にポタリと落ちた。
「あーっ!おいこらっ!紙が汚れたぞ!!」
「……善逸が嘘を言うからだろう。俺は男やもめじゃない。善逸と事実婚をずーっとしている」
 おやつが乗ったお盆を片手で持つ老齢の男は、しわくちゃの顔で笑った。その笑みは、出会った頃のまだ少年だった時の面影がある。外を走る孫達には貫禄ある姿を取り繕うくせにと、自分にだけ見せる子供っぽさに善逸もつられて笑う。自分を置き去りに、早く逝ってしまうかもしれないと泣きた夜は数知れず。けど、それに飽きたのは何十年前だっただろうか。
「あーあ。全く……とんでもねぇ奴と所帯を持ったもんだよな。おーい。皆んなー。おやつだぞー」
 善逸は筆を戻すと庭に向かって声を掛けた。おやつと聞いて嬉しそうに笑う孫達に、善逸はじわりと幸せを噛み締める。命は続くのだ。想いを繋げるために。

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