フォトジェニックDAYS

両片想いかなんかのお題で書いた炭善です。社会人パロです。
約7000字/現パロ

 九月三日生まれの身長百七十三センチ、体重も平均。体格はまさに中肉中背で特別優れたパーツもなく、顔もまあ、多分平均。優れてはないけど悪目立ちなのは髪の毛で、生まれた時から金髪ってなんなんだろな。
 俺は朝も早よから用意したお弁当を一眼レフでパシャリと撮る。そしてその写真をすぐにパソコンに飛ばすと弁当箱に箸を突っ込んだ。弁当箱に入っているものをすぐに食べるのはどうなのかと思うけど、それは置いておいて俺はパソコンからSNSに写真を投稿する。

『今日のお弁当。つくねがメイン』
 
 簡単なキャプションなのは長々書くのをやめてしまったからだ。昔、一回アカウントを移動した際に写真だけで十分かなと思ったのだ。コメントの方の返信をきちんとしたいからキャプションまで凝っていられない。
 俺は作りたての弁当を食べながら、昨日の弁当の写真についたコメントを今度はスマホから捌いていく。可愛い絵文字や、♡マークがついたコメントにほんの少しだけ嬉しくなりながら、一人暮らしで静かな部屋で弁当を食べる。
 なんてこともない高校生の頃からの趣味だ。ただ、こう……人に認知されたいという欲求で始めたことではあった。俺はあまり教養のある人間でもないからブログは面倒で、文より写真の方が気分が上がるから映えそうな写真を撮ってはSNSにあげていた。そのうち映えるものを探すのも大変で、親無しの一人暮らしをしてる金のない高校生にはしんどくて、実利のあるものにしようと弁当を丁寧に作っては写真に撮ってSNSにあげるようになった。
 最初はあまりフォロワーもいいねもなかったけど、一枚一枚と写真が増えるごとにだんだんといいねも増えて、ついでに料理の腕もあがって、料理の腕が上がればフォロワーも増えてと、俺は弁当作りや料理にのめり込んでいった。と言っても映える料理がいいから、ついつい見栄え重視になっちゃうんだけどな。でも安い食材で作れるものばっかりだから、再現性はある程度あると思う。
「よし、ごちそーさま!」
 俺は食べ終わった弁当箱をシンクで軽く洗うと食洗機の中に入れる。料理が趣味だからキッチン広い部屋を借りてるんだけど、まさか食洗機付きとは思わなかった。めちゃくちゃありがたい。
 俺はヘアワックスを簡単につけて前髪を整え、ネクタイを締めてジャケットを引っ掴んだ。朝から凝った弁当作りしてるから俺は寝坊知らずだ。昔は早起きが苦手だったけど習慣って凄いよな。まあ、毎日のSNSの写真投稿は俺のもはやライフワークみたいなものだから仕方ない。やらない方が気持ち悪い。
「行ってきまーす」
 俺は返事なんてないのを知ってるけど、自分の部屋に挨拶をした。これも習慣の一つだ。孤児で施設育ちの俺だけど、施設長の爺ちゃんに挨拶はしっかりしろって言われてきたからな。高校と同時に学生寮での一人暮らしを始めた俺はもう十年間も、毎朝ひとりで挨拶をきめてる。おかしいな。高校生の俺が立てた未来設計ではもう結婚してる筈だったんだけど?
 そう思いながらも俺は少しウキウキした気分でいつも通りの電車に乗り、そしていつも通りの時間で降りると、いつ通りの時間にオフィスと同じビルに入っている一階のコンビニに寄る。
 始業時間よりも一時間近く早いからまだ人も少なく、俺はソワソワした心地でカップラーメンが並んでいる棚の前に立った。昨日は海鮮系だったから、今日は何にしようかなと即席カップラーメンを選んでいると背後にヌッと気配がして振り返る。
 そこに居たのはやはりというか何というか、俺がわざわざここのコンビニにの、この時間に入る理由の奴だった。俺の背後に黙って立っていた奴はギュッと眉を顰めて俺の手元を睨んでいる。
「おはよ、竈門君」
「……おはようございます。我妻さん、またカップラーメンですか?」
「好きだからねぇ」
 俺はふふんと口元を上げてカップラーメンを手に取る。これが俺の今日の昼飯だ。それを持ってレジに行く途中でゆで卵も追加して、人が並んでいないレジに商品を置いた。隣のレジをチラリと見れば、珈琲を頼んでいる竈門君がいて、その真っ直ぐな立ち姿に俺はホッと小さく息を吐いた。
(はーあぁ。今日もカッコいい)
 俺はニヤケそうになるのを何とか堪えながら交通系のカードで支払いをする。ビニール袋に入った俺のランチを店員の可愛い女の子から受け取って、食べる時を楽しみだなぁ、なんて思いながら珈琲メーカーのところにいく。珈琲メーカーのところでは、竈門君がカップをじーっと睨みつけていた。何をそんなに親の仇のように、カップに注がれる珈琲を見つめているのかと思うけど、人当たりのいい竈門君がちょっと難しい顔しているのは特別な感じがする。なんだろう。他の子達が滅多に見れないっていうのに、俺はよく見てますよーみたいな優越感?
 俺はちょっと不機嫌そうな竈門君に「男前が今日も台無しだぞ〜」と肘でつけば、竈門君はうんざりした顔で俺を振り返る。それにちょっとだけ「あ、やっちゃったかな?」と思うけど、竈門君はすぐにぷっと頬を膨らませたので大丈夫だと判断した。それにしても……二十五になる男が頬を膨らませるのはどうなのよ?可愛すぎん?ずるいだろそんなの。こんなの部署の女性陣に見られたら、また竈門君の人気が上がってしまう。
「俺の顔についてはほっといてください。それより、我妻さんだってレジに並んだ時からニヤけ顔晒してましたよ!」
「ええ!?うっそ!?恥ずかしっ!」
 竈門君は出来上がった珈琲に蓋をすると俺を置いてスタスタ歩いて行ってしまう。その足取りは迷いがなくて、会社に入ったばかりの二年前はもうちょっと迷いがあったのになと、少しずつ可愛げの減っていく一つ下の後輩の後を追う。俺は竈門君の後ろ姿を見ながら、かっこいいなぁとまた思う。すっかり一人前の男だ。この男を育てたのは俺なんだぜ!!……なーんて自慢して回りたい。
 俺は高卒で今の会社に入ったから、年数的には三年目の竈門君よりずっと先輩だ。だから新入社員で入ってきた竈門君を指導係は俺で、本当にこの立派な三年目の社会人は俺が育てたんだよ。自慢してもいいんじゃない?しないけどさ。
「先輩、どうぞ」
「ん?」
 俺は先行く竈門君がエレベーターを開けて待ってくれているのを、しげしげと見る。竈門君は先程の不機嫌そうな顔はやめてしまったようで、いつも通りだ。しかし今ちょっと、いつも通りじゃなかったな。竈門君は動かない俺に「先輩?どうしました?」と小首を傾げたのでにやーっと笑ってぽんぽんと竈門君の肩を叩いてエレベーターに乗り込む。
「ありがとな、後輩君」
「あっ!」
 竈門君は真っ赤になって口元を押さえた。その様子に「まだまだやっぱり可愛いところばっかりだなぁ」なんて思いながら、俺は十六階のボタンを押した。竈門君はまたむすりと顔を不機嫌そうにしてしまっている。
「ごめんって。久しぶりに言われたからさ。それ、俺が新人指導してた時の呼び方じゃん」
「やめてください!揶揄うなんて酷いですよ!」
「しょーがないじゃん。竈門君は俺にとったら可愛い後輩だからなぁ〜」
 そう言って到着したエレベーターを降りた。オフィスは閑散としてて、こんな早くに出勤するなんて、自分はもの好きだなと思う。けど一年目に入社してきた竈門君の教育の為の計画とか、資料とか作る為に早めに出社してたんだよな。そういうの、朝一の方が頭働くし、けど出勤時間になったら朝一にミーティングあるし、クライアント向けの計画書作りたいしと時間がない。だからこの時間に来るようになったんだけど、竈門君は竈門君で朝に資格の勉強したり、会社の業務を覚えるために早く出社してて……それで何となーく俺たちはいつもこの時間なんだ。
「我妻さん、それじゃあ」
「うん。じゃあね」
 俺はオフィスに入ってから、そう言って竈門君と別れた。何でって単純にプロジェクトチームが違うから席が離れてるんだよね。竈門君ももう三年目だ。そろそろ俺の庇護を離れて一人でプロジェクト参加できるようにって、隣の部署との合同のプロジェクトに先週から入れられてる。俺はそれがちょっぴり寂しい。けど、それも昼休みまでの事だ。俺たちはこの二年間、一緒に昼飯食うのがお決まりになってるので、どうせ数時間後には顔を突き合わせることになる。
「……待ち遠しいな」
 思わず漏れた言葉に、俺はおっとと思って口を閉じた。こんな言葉を本人に言えやしないが、俺は竈門君と昼飯を食べるのがとっても好きなんだ。それはもう、心が浮き足立つどころか羽が生えて飛んでいくかと思うくらいに。
 俺は一つ年下の、三年目の竈門炭治郎が好きだ。俺は八年目になるのに、三年目の若手を好きになっちゃうとか、入社年数を並べると辛いけど年齢的には一個しか違わないから大目に見て欲しい。
 いやまあ、それ以前に性別が同じなんですけどね。竈門君の性的趣向なんて流石に指導役と言っても聞いた事ない。まあ、確率的にはノンケだろうな。俺もそうだけど。女の子大好き。可愛いよね。でも今は竈門君が特別。竈門君がっていうか……多分、俺の生涯でたった一人になるやつだよこれ。
「竈門さん、おはようございます〜!今日も早いですね〜」
「ああ、おはようございます」
 俺はロマンチックに浸っていてけど、遠くから聞こえて来た会話にしゅーんと心が落ち込む。振り返らずとも分かる。今年入って来た新入社員の女の子だ。指導側の先輩が炭治郎と同じプロジェクトに配属されているから、新入社員の子も入ってるんだよね。あーあ。あの子、可愛いんだよなぁ。あんな可愛い子と苦楽を共にしたら好きになったとしてもおかしくないよね。少なくとも女の子の方は竈門君に興味があるみたいだし。だって君、前はこんな朝早く会社に来なかったよね?たまたま早く来た日に竈門君が居たのに気がついてからだよね?
 あーあ。上がったテンションが下がるのって苦手だわ。まあ、上げて落とされるなんて日常茶飯事なんだけどさぁ。そう思いながらSNSのチェックをしていたら、トントンと肩を叩かれたので振り返った。するとそこには何故か竈門君がいて焦ってしまう。俺、変なこと口走ってないよな!?
「あの、我妻さん……」
「びっくりした!なに!?」
「あ、いえ、ちょっと……」
 竈門君は難しそうな、申し訳なさそうな顔をしていて何かトラブルでもあったのかと俺は首を傾げた。まだ始業前だけど席に着いたらメールチェックくらいはするから、クライアントから急な要求があったのかもしれない。でもまだ竈門君のいる島は竈門君と新人ちゃんしかいないから……まあ、相談に乗るかと俺はクルリと椅子を反転させた。
「なに?何か仕事で問題起きた?」
「いや、違います!仕事のことじゃなくて……その、今日のお昼なんですけど……ちょっと俺、一緒に食べれなくなったので……」
「はあ?」
「実は新人の子に相談したいことがあるって言われて……」
 竈門君はガリガリと頭を掻きながら青い顔をしてそう言った。新人の子ってつまり、あの女の子のことだよね?可愛い女の子にお昼を誘われたってのになんで顔色悪くするんだよ。真っ青になりたいのは俺の方だよ!!
 けどそんなこと言えるわけがない。女の子に、それも相談ごとがあると言われたならそっちを優先するのが当たり前だ。そもそも一緒に昼飯を食べられないと言われても、俺たちは何となく集まってるだけで、示し合わせたわけではない。俺は断りを入れてくる竈門君にそうですかとひとまず頷いた。
「ああ、そう?いや別にそんなの気にしなくても……」
「すみません。明日は大丈夫なので!この埋め合わせはいつかします!」
「いや要らんよ!落ち着け!そもそも一緒に食べましょうなんて約束してないだろ!!」
 だから気にするなと強がりも混ざってそう言えば、竈門君はぐっと眉を寄せて唇を噛んでいた。成人男性にしてはおおきな目が揺れて、綺麗な形の柳眉が形を歪めるのに俺は瞬きを忘れる。
「そうですか」
 竈門君はそれだけ言うとクルリと踵を返して行ってしまった。最後の声が不機嫌そのものに聞こえて「あれっ!?」って思うけど、オフィスに課長の宇髄さんが入ってきたから絡まれないように俺はサッと椅子を戻してパソコンのメール画面を開く。とりあえず仕事してるフリ。図体でかい奴特有の威圧感が背後に迫ってる気がするけど……気のせい気のせい。
「おい我妻〜。なんで俺入って来た途端に背中向けてんだよぉ」
「気のせいですよ。おはようございます」
「おはよ」
 背中にかかる圧迫感と耳に吹き込まれるいい声に俺はチッと舌打ちした。宇髄さんとは昔からの知り合いだから、調子に乗られないようになるべく冷たくする放心なんだ。まあ、後々百倍になって返ってくるんだけどさ。
「そうだ我妻。話があるから、今日の昼は外な」
「えぇ?いきなり言います?」
「お前いつもカップ麺だろーが」
 宇髄さんはぽこんと俺の頭を叩いて席に向かった。いやまあ、確かに日持ち関係ないですし。ゆで卵はおやつにできますし?
「……タイミング良かったってやつかな」
 今日のお昼はどうせ一人の予定になってしまったのだ。好きな人が女の子とランチかぁ。まあ、竈門君はお弁当だから外に行くんじゃないだろうけど。竈門君はずーっとお弁当派なんだよね。俺も前はそうだったけど、男があんまり気合入って綺麗な弁当を食べてると彼女がいるって思われちゃうんだよな。俺は竈門君に会うまでは女の子が好きで結婚したくて彼女募集中だったから、インスタ映えしすぎる弁当を会社で食べるのはあんまり……なんだよなぁ。女の子の方も男がインスタ映え狙ってるの見るとちょっと引くみたいだし。だから会社では専ら買い食いなんだけどさ。弁当系を買うと味が微妙だから逆に嫌で、なんなら割り切ってカップ麺とか食べてるってわけ。
 まあ、なんにせよ今日は竈門君とお昼は食べられないんだ。それなら宇髄さんに美味しい定食でもご馳走してもらおう。俺はそう決めて、頭と気持ちを切り替えると、伸びをしてからマウスに手を乗せた。

****

  七月十四日生まれの身長百七十五センチ、体重は趣味の筋トレのせいか多少平均より重め。体格は、まあまあ鍛えられてるなって感じだが特別誇らしいとか、凄いとか思われるほどじゃない。健康を意識して筋トレしてるだけだしな。
 俺はトイレの鏡に映る自分の平凡さに溜息をついた。ここのところ……というか、新しいプロジェクトに入ってからどうにも調子が上がらない。最初は頑張るぞと物凄く意気込んでいたのに、何かあった時に横を振り返っても信頼していた先輩はもういないのだと自覚したらダメだった。隣にいる中村さんがダメなわけじゃない。ただ、俺が、単純に好きな人との時間が減ったのだと思ってしまうのがダメなんだ。
 俺は一年前から一つ歳上の先輩、我妻先輩に恋している。いや、気がついたのが一年前なだけで、もっと前から好きだったと思う。その人は新入社員の俺の指導役で、初めて会った時に「一個しか違わないから気楽にしてくれていいよ」と部署配属というものに、それなりに緊張していた俺に対してそう言ってくれた。
 我妻先輩は大人しいように見えて気安い人で、部署の中でも揶揄われたり、小突かれたりと可愛がられている人だった。そんな人だから俺も次第にリラックスしていき、我妻先輩にら何でも相談できる、というような感覚になった。けど我妻先輩は俺と一個しか違わなくても、業務のことは何でも知ってるし、仕事のことで質問すると的確な答えがすぐに返ってくるし、指導も上手で、一年後の俺はこんな風になれるのかなぁ?なんて不安になることもあったけど、我妻先輩について行けば絶対に大丈夫と俺は一年目を過ごした。
 そして俺は二年目になり、次の新人を部署に迎えた。我妻先輩は今度の新人には指導役をやらないみたいだった。でも俺が指導役をするって話も出なくて、それにちょっとショックを受けた。俺って能力足りてないのかな、なんて落ち込んだ。
 でもそれからすぐにあった新歓歓迎の席で、新人の子が「我妻先輩は何年目なんですか?」と質問して、我妻先輩が「今年で七年目だよ。俺、高卒入社だから」と言ったのに俺はビールを吹き出しそうになった。隣で咳き込む俺に我妻先輩が「おいおい大丈夫?」とお絞りを渡してくれるのをありがたく受け取りつつ、俺は二度目のショックを受ける。
 なんてことだ。一個違いだから二年目だと思ってた。すごく先輩だった。俺が四年間大学で勉強している間に、我妻先輩は四年間も実戦の場で学んで働いていたのかと思うと、俺も高卒で会社に入れば良かったと今更なことを思ってしまう。
 元々この会社は高卒採用も比率として高いから、高校卒業したら入社試験を受けようかなと思っていたんだ。でも家族が「大学くらい通っていいんだ!!」と言ってくれたので、俺はありがたく大学に進んだわけだが……我妻先輩がいたって知った今なら、あの時の俺に会社を受けろと言いたい。
 それから新歓歓迎会の後日、会社のパソコンで我妻先輩の役職を調べてみると『主任』と書いてあった。完全に見落としている自分にまたショックを受けつつ、我妻先輩と俺の間にある実力と経験に愕然とする。どうやってそれを埋めればいいのだろうか。どうやったら追いつけるのだろうかと頭を抱えて……俺はふと気がつく。
 どうして自分はこんなに我妻先輩に拘るのだろうか。勤続年数が違うなら実力も違う。一個しか違わなくても向こうはずっと先輩なんだから、俺との違いを比べて落ち込むのは違う筈だと。
 だけど俺の気持ちはもやもやして晴れない。仕事中も集中しきれなくて、うーんうーんと悩んでいたら、隣の席にいた我妻先輩が「竈門君、ちょっと仕様説明するから十分後にミーティングルームAに集合」と言ってきた。
 それを聞いて、ひとまず作業していた分を保存して、ノートや筆記具を持ってミーティングルームに向かう。なんだろう、仕様は固まってた筈なのにと思いながら先にミーティングルームという区切られた部屋に入って待っていたら、我妻先輩が「お疲れ様〜」と言いながらコンビニのビニール袋を下げてやって来た。
 俺がぼんやりそれを見ていると、我妻先輩は「はー疲れた。肩バキバキ」なんて言いながら、ビニール袋からコンビニのコーヒーを二つ出して、一つを俺の前に置く。そして個包装のチョコレートも出してきて、俺はパチパチと瞬いた。我妻先輩の手にはなんの資料もパソコンもない。
 仕様の説明はどうしたのかと思いながら、コーヒーを飲んでチョコレートを食べる我妻先輩を見ていると、我妻先輩は顎をしゃくって俺にもコーヒーとチョコレートを勧めてくる。先輩のくれたものを断るのも良くないなと思ってそれぞれを口にした。苦味のあるコーヒーは頭をスッキリさせてくれる気がするし、チョコレートは苦いコーヒーの後に食べると甘味が引き立って美味しい。そう思いながらチョコレートを齧っていると我妻先輩はにいっと笑う。

「根詰め過ぎると効率下がるから、内緒で休憩。それ賄賂だから、竈門君も共犯な」

 その時の我妻先輩の表情と、言葉を見聞きして、そしてどうしてこんな事をしたのか考えた途端、俺を襲ったのは情けなさと不甲斐なさだった。間違いなく我妻先輩は、俺の調子が上がらないのを見抜き、心配して息抜きをさせようとしてくれたんだろう。
 我妻先輩は自分の仕事をしながら、後輩である俺の様子を見て、フォローや励ましをしてくれている。それに俺は完膚なきまでに負けているし、勝負にならない、お話にならないと思って悲しくなった。
 いや、俺は別に我妻先輩に勝ちたいわけじゃない。俺はただ、我妻先輩に頼られたいのだ。我妻先輩が困った時に支えてやりたいんだ。我妻先輩が俺にしてくれるみたいに。
 けどそんなの土台無理だ。我妻先輩のしている仕事は俺には難し過ぎるから請け負えるわけがない。我妻先輩が困った時に頼るのはもっと上の役職の人だ。我妻先輩が俺を頼るわけがないし、俺は我妻先輩を支えてやる事ができない。悔しい。悲しい。せめて入社が一年違いであれば我妻先輩に追いついて支えることができたかもしれないのに。
 なぜ俺と我妻先輩の間には五年もの歳月が横たわっているんだ!!年齢は一個しか変わらないのに!!こんな何にもできない俺じゃ、我妻先輩に振り向いてもらえない!好きになってもらえない!!
 というわけで、俺は自分の気持ちに気がついた。我妻先輩に向けている気持ちに気がついた。我妻先輩は俺に恋愛としての好意を寄せられているなんて微塵も思っていないのだろう。当たり前のように俺と仲良くしてくれている。それは嬉しいけど……全くもって眼中にないと分かって辛い。気安くなんの警戒もなく揶揄われたり、絡まれたりするのが嬉しいけど辛い。だからついつい、子供みたいに不機嫌になってしまう。
「……俺は思春期の学生か……?はぁ……。またやってしまった……」
 やる気が上がらないせいか、朝の我妻先輩とのやり取りを思い出してしまった。俺と我妻先輩は習慣として一緒に昼を食べる事が多い。何も言わなくても、窓際にあるちょっとしたミーティングスペースに行くのだ。前までは席が隣だったから当たり前の顔でついて行っていたけど、俺が別プロジェクトに移動になってからは違う。そのスペースに俺が先に座っていることもあるし、我妻先輩が座っていることもある。だから何も言わずともそこに集合という形になってるんだと俺は思ってたんだけど、それはどうやら違ったらしい。
「…………」
 俺は手洗いを済ませるとスマホを出してSNSのアプリを起動する。タイムラインにはフォロワーの投稿と広告が入り混じっていて、俺はすいすいとそれを下げて見ていく。楽しい。
 実は言うと俺はこのSNSを見るのが好きだ。隙間時間についつい見てしまう。と言っても俺自身は投稿していないし、フォローしている人も一人だけだ。そしてフォローしている人には「アプリは入れたけど、結局やってません」と言い張っている。まあ、見ているだけで投稿はしてないから丸切りの嘘でもない。
「……ストーカーみたいだな」
 俺はタイムラインいっぱいに出ている我妻先輩の投稿を見つめて肩を落とす。好きな人の日常とか好きな人の目線から見た素敵なものとか分かるのは凄く楽しいが、その人のだけをこっそり見ているって少しヤバいとも思う。けどそれがやめられない。
 我妻先輩はSNS映えする写真が好きらしくて、空とか、花とか、自撮り写真とかあげている。俺としては加工はしないほうがいいなぁって思うけど、まあしょうがない。ふざけてデカ目加工してる我妻先輩も可愛い。
「……よしっ。元気でたぞ」
 俺はリアルの我妻先輩に凹まされて、SNSの我妻先輩に励まされている。三年目になっても俺は成長してるなという実感がない。相変わらず追いつけない背中に焦れるけど、今は出来ることをしてくしかない。そう思ってSNSのアプリを終了しようと思ったら、指が滑って検索ボタンを押してしまった。すると過去に俺が検索したキーワードに関連した画像がオススメ機能で表示されてしまう。
「うっ……!」
 俺は表示された画像にダメージを受けた。別にグロ画像とかではない。ただひたすら、美味しそうで綺麗なお弁当の写真だ。俺はその写真を見つめて、相変わらずSNS映えしていて、かつ美味しそうな弁当だなと溜息をつく。そしてついつい見たくもないのに写真をタップしてあるユーザーの投稿写真を追って見ていく。
「…………はぁ……」
 いけない。また落ち込んできた。俺は綺麗な弁当の写真を歯を噛んで見つめる。別に腹が空いているわけじゃない。ただ、このユーザーの写真に心を折られかけた事があるので苦手なんだ。でもこのユーザーの綺麗な弁当の写真は……我妻先輩がよく見ているものなんだよなぁ。やっぱりインスタ映えするからか、我妻先輩がちょくちょく見ているんだ。さっきも昼が一緒に食べられなくなったと言いに行った時にも見ていたし。我妻先輩が見ているのを見かけ過ぎてユーザー名を覚えてしまった。ああ、俺もこんな綺麗に弁当を作れたらなあ、なんて思わず恨めしい声が出てしまいそうになる。
 実は我妻先輩に頼ってもらえるように、支えられるようにと考えた時に、仕事はダメでも私生活はどうかと思った事がある。我妻先輩はいっつも昼にカップ麺を食べるから、食生活の乱れを感じてもっと健康に配慮すべきだろうと俺が弁当を作るのはどうかなと考えついたんだ。
 けどそれは実行される前に頓挫した。我妻先輩が楽しそうに見ているSNSの弁当の写真があまりにも凄かったから、ただ普通にあるおかずを詰めただけの俺の弁当ではダメだと感じたんだ。
 母親が働いているから、俺の家は子供もみんなそれなりに料理ができる。順繰りに料理当番がくるからな。でも家族が多くて洒落っ気なんて出している余裕も時間も我が家にはなく、俺も見栄えがある程度悪くなくて食べられれば良いだろうとSNSで映えふと言われるような料理は作れないし、綺麗に盛り付けるセンスもない。でも、我妻先輩にSNS映えが好きだ。
 センス、センスが欲しい。センスさえ有れば俺は我妻先輩に料理を振る舞えるのに!我妻先輩の胃袋を落とす事ができるかもしれないのに!!
 そう思って右手を握りしめていたら、トイレに他の人がやって来たのが鏡越しに見えてハッとする。しまった。長居をし過ぎてしまった。今日は金曜だから、定時に上がれれば我妻先輩にどっかで食べて行かないかと誘いやすい!でも仕事が終わってないと我妻先輩はさっさと帰ってしまう!!あの人、よっぽどのことない限り残業絶対しないからな。
 俺は昼休みに一緒に居られないんだから、アフターは逃したくないと急いで座席に戻る。我妻先輩は埋め合わせとか要らないって言ってたけど……気にせず誘おう。そう決めて、席に戻り、気合を入れてパソコンに向かった途端、プロジェクトリーダーが「今夜、みんなで飲みに行こうかー!」と朗らかに言ってきて……俺はその日また一つ、社会の厳しさを知り、そして大人になった。

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